定期借家契約の期間満了後における終了通知の有効性
民事|定期建物賃貸借の終了通知を失念した場合における明渡しの可否|黙示による普通賃貸借契約の認定を回避するための対策|東京地判平成21年3月19日他
目次
質問
私が所有するビルの1階部分(以下「本件貸室」といいます。)について、X社との間で、3年間の定期借家契約を締結し、貸していたのですが、6ヶ月前までに終了通知を出さないと終了の事実を対抗できないことを失念しており、終了通知をしないまま、契約期間が満了してしまいました。
契約期間経過後も3か月たってしまいましたが、X社は本件貸室を占有し、賃料と同額を送金してきており、あたかも契約が当然に更新されたかのような振る舞いをしております。
しかし、本件貸室をもっと高い賃料で借りてくれる別の企業が見つかっており、私としては、今からでも定期借家契約の終了を理由に明渡しをしてほしいと思っています。
今後の見通しについて教えてください。
回答
1 定期借家契約の賃貸借期間の経過後に終了通知を行った場合でも、契約の終了を賃借人に対抗できるか(通知の有効性)が問題となりますが、参考裁判例①(東京地判平成21年3月19日判例時報2054号98頁)は、これを肯定し、「契約期間満了後であっても、終了通知をすれば、6ヶ月の経過後に終了を対抗できる」、明渡しを請求できるとしています。
2 ただし、「期間満了後も賃借人が建物の使用を継続し、賃貸人も異議なく賃料を受領しているような場合には、黙示的に新たな普通建物賃貸借契約が締結されたものと解すべきである」旨判示したものがあり(参考裁判例②:東京地判平成29年11月22日TKC25550939)、賃貸人が賃貸借契約の継続を前提とするような挙動を取っていると、場合によっては新たに普通賃貸借契約を認定されてしまう、つまり定期賃貸借契約終了後に別途普通賃貸借契約が締結されたと判断されてしますリスクがあることに注意が必要です。
3 このような事態を招かないためにも、速やかに終了を通知すると共に6ヶ月後の明渡しを請求する内容の通知書を内容証明郵便の形式で送付し、定期借家契約の期間満了による終了を前提に立退きを希望していることを明確にしておくべきです。ご相談の場合、期間満了後3か月を経過しているということですが、経過してしまった理由、期間終了後の賃借人とのやり取りなど問題となりますが、単に通知を忘れてしまっていて、普通賃貸借契約を締結するような行動が全くないということであれば、定期賃貸借契約の終了を主張して明け渡しを求めることは可能と考えられます。以下、解説いたします。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 定期借家契約と普通賃貸借契約について
1 建物の普通賃貸借契約は、更新が原則とされ(借地借家法26条)、更新の拒絶には正当事由が要求されるため(借地借家法28条)、賃貸人は簡単に賃貸借契約を終了させることが出来ない(賃借人が保護される)仕組みとなっています。住宅の確保は、国民の生活にとって欠くことの出来ない不可欠な要素であることから、居住用建物の賃貸借契約では、借主が不利な立場にならないように、政策的に保護を与えようという制度趣旨から、このような仕組みとなっているのです。
しかし、この制度を貫くと、建物の取壊しが予定されているとか、転勤の間だけ自宅不動産を他人に貸したい等、一定期間に限って賃貸借契約を締結したいという需要があっても、一度契約を締結してしまうと出て行ってもらうことが難しいと考え、住宅を貸すことを躊躇するケースが出てくることになります。
そこで、平成12年の借地借家法の改正により、定期借家制度が導入されたのです。期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、契約の更新がないこととする旨を定めることができるとされました(借地借家法38条1項)。
2 ただ、定期賃貸借は、契約締結において経済的に弱い立場にある賃借人の保護を基本趣旨としながら、むしろ例外的に賃貸人側の利益を考慮した制度ですから、その要件は厳格に解釈されることになります。
すなわち、書面での契約に限られ(借地借家法38条1項)、さらに賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければなりません(借地借家法38条2項)。賃貸人がこの説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とされます(同条3項)。
また、最判平成24年9月13日民集66巻9号3263頁は、「法38条2項所定の書面は、賃借人が、当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず、契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。」とし、賃貸借契約書の一部に記載するだけでは足りないという判断が示されています。
定期賃貸借の契約書や定期賃貸借であることを説明する書面等の各書式については、定期借家推進協議会ホームページをご覧ください。
第2 定期借家契約の終了通知について
1 借地借家法38条4項の規律
定期借家契約が更新を前提としない契約であることは上記のとおりですが、以下では、契約の終了に関する規律を見ていきます。
建物賃貸借契約の期間が1年以上の場合、建物の賃貸人は、期間の満了の1年前から6月前までの通知期間内に、建物の賃借人に対し、期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができません(借地借家法38条4項)。ただし、通知期間の経過後(期間満了まで6か月内という場合)であっても、賃貸人が賃借人に対しその旨の通知をし、その通知の日から6月を経過した後は、終了を対抗できます(同条項但書き)。
2 契約期間満了後の終了通知の有効性
前項で説明した借地借家法38条4項但し書きは、通知期間を遅れて行われた通知の効力についての規定です。しかし、ご相談の場合は期間満了後に通知をした場合、定期賃貸借終了を対抗できるのかという問題で、条文の規定はありません。問題は、賃貸借期間の経過後に終了通知を行った場合の、当該通知の有効性です。
参考裁判例①(東京地判平成21年3月19日)は、「定期借家契約は期間満了によって確定的に終了し、賃借人は本来の占有権原を失うのであり、このことは、契約終了通知が義務づけられていない契約期間1年未満のものと、これが義務づけられた契約期間1年以上のものとで異なるものではないし、後者について終了通知がされたか否かによって異なるものでもない」とした上で、「契約期間1年以上のものについては、賃借人に終了通知がされてから6か月後までは、賃貸人は賃借人に対して定期借家契約の終了を対抗することができないため、賃借人は明渡しを猶予されるのであり、このことは、契約終了通知が期間満了前にされた場合と期間満了後にされた場合とで異なるものではない」と判示しました。
この裁判例の考え方からすると、契約期間満了後であっても、終了通知をすれば、6ヶ月の経過後に終了を対抗できる=明渡しを請求できるという結論になりそうです。
第3 終了通知後の明渡しに対する制限|黙示による普通賃貸借契約締結の認定
ただし、裁判例の中には、「定期借家契約の終了通知をした場合において、賃貸人がいつでも明渡請求できるとすることは、建物を使用継続する賃借人の地位をいたずらに不安定にするものであって、定期借家制度がそのような運用を予定しているとは解し難い」から、「期間満了後も賃借人が建物の使用を継続し、賃貸人も異議なく賃料を受領しているような場合には、黙示的に新たな普通建物賃貸借契約が締結されたものと解すべきである」旨判示したものがあります(参考裁判例②:東京地判平成29年11月22日)。
要するに、定期借家契約の期間満了後に賃貸人側が新たな賃貸借契約の存在を前提とするような挙動を取っていた場合は、黙示の賃貸借契約の成立が認定されてしまう可能性があるということです。この事案では、通知期間内に終了の通知はしていましたが、平成23年8月31日の期間終了後平成26年5月8日まで、明渡の通知をせずに特に異議も述べずに賃料を受領していたという事案でした。期間終了後3年弱従前とおりの家賃を受領していたという事実関係でした。
この裁判例の考え方からすれば、定期借家契約の期間満了後でも、終了を通知しさえすれば、6ヶ月経過後に当然に契約の終了を対抗できる、という結論にはならないことが分かります。
なお、黙示の成立が認められるのは、従前と同様に定期借家契約というわけではなく、普通賃貸借契約であることに注意が必要です。このような状況を招いた不動産オーナーの頭には、新たに契約書の取り交わしをしない限り、賃貸借契約が別途成立するはずがないという考えが前提にある以上、契約期間満了後に新たに定期借家契約の説明書面を交付することなど期待できない状況だからです。定期借家契約の説明書面を新たに交付するのは、通常、定期建物賃貸借の再契約を意図的に打診しようとする場合しか考えられません。
普通賃貸借は、定期賃貸借と異なり、解約に正当事由が要求されますので、賃貸人側からすれば、解約に大きな制限が課されることになり、容易に契約の終了を主張できないことになってしまいます。
第4 黙示による普通賃貸借契約を認定されないために必要なこと
このような事態を防止するためには、定期借家契約の期間内に終了通知を出すことを失念しないよう気を付けると共に、契約期間満了後は速やかに明渡しを求める必要があります。
また、万が一契約期間内に終了通知を出すことを失念してしまったとしても、参考裁判例①からすれば、定期借家契約は期間満了によって確定的に終了する(終了通知は賃借人に猶予期間を与えるためのものに過ぎない)以上、契約期間満了後にできるだけ早く終了通知を行った上で、新たな賃貸借契約の存在を前提とするような挙動を取らずに、6ヶ月後の明渡しを求めれば、黙示による普通賃貸借契約の成立が認定されずに済み、賃借人に契約終了を対抗できることになるでしょう。
本件でも、この点を参考にした上で、速やかに終了を通知すると共に6ヶ月後の明渡しを求める内容の通知書を内容証明郵便の形式で送付し、記録に残すことが必要となります。定期借家契約の期間満了による終了を前提に立退きを希望していることを明確にしておく趣旨です。
なお、明渡しまでの賃料相当損害金を請求すること自体は、契約の終了と矛盾する事実ではないため、問題ないと考えられますが、賃貸借契約の条件について積極的に話し合いを行う等、賃貸借契約の締結を前提とするようなやり取りは控えるべきでしょう。
以上