請負契約における心理的瑕疵の責任|親方がリフォーム現場で自殺した事案

民事|工事請負業者側の自殺による心理的瑕疵|損害賠償義務の範囲、自殺による減価率|不法行為責任の成否および716条との関係|民法改正による契約不適合責任の規律|東京地判平成24年11月6日他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は、いわゆるリフォーム工事を請け負っている会社の代表取締役をしております。

この度、弊社で施工していたマンションの一部屋のリフォーム現場において、弊社と契約していた現場親方の自殺が発生してしまいました。

工事自体は終了していますし、もう鍵も渡しているのですが、このトラブルによって、契約に定めた請負代金の支払いをしてもらっていません。

そもそも、支払いはしてもらえるのでしょうか。

回答

本件のような請負契約の場合、仕事の目的物たる「リフォーム後の部屋」に「瑕疵」がある場合、民法上、瑕疵修補責任または損害賠償責任を負うことになります。

後述のとおり、一般的には、工事関係者の自殺の事実自体は、心理的嫌悪感を生じさせるため「瑕疵」に該当する、というのが裁判例です。

また修補が観念できないため、損害賠償責任を負うことになり、当該賠償額は、請負代金と相殺されることになります。

具体的な損害賠償額ですが、一般的には、心理的嫌悪等による減価額(もともとの値段×減価率)が損害になります。裁判例からすると、おおよそのレンジは20%から50%くらいのようですが、時間経過(自殺から時間が経てば経つほど減価率は低くなる)や当該建物の使用目的(居住物件か投資物件か)等の具体的事情によって変わってくるところです。

また、当該減価が、自殺が発生した部屋だけではなく、周囲の部屋や土地にまで及ぶかについても問題になります。マンションの一部屋での事故であれば、土地まで減価が及ぶことはあまりありませんが、一軒家の場合には土地の減価を認めることもありますし、他の部屋の減価については、死亡した具体的な場所によって異なる判断になっているようです。

さらに、上記の請負契約における損害賠償責任だけではなく、現場親方との契約関係や、自殺の経緯によっては、別途不法行為責任(慰謝料)を負う可能性も否定できません。

そのため、請負代金の請求交渉に際しては、これらの損害についての交渉が不可欠です。

なお、本事例に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 はじめに

あなたの会社と、リフォームの依頼者との間の契約は、民法上の請負契約というもので、リフォーム工事完了後のマンションの引渡し(実際は鍵の引渡し)によって当然に契約通りの報酬請求権が発生することになります(民法632条、同633条)。

しかし、請負契約においては、仕事の目的物(今回だとリフォームした部屋)に「瑕疵」があるときには、その修補や損害賠償請求ができ(民法634条)、またその請求は、報酬と引き換えに求めることができます(民法634条2項による533条の準用)。

そこで、以下では、①本件において、自殺の事実が民法634条に定める請負契約における「瑕疵」に当たるか、②当たる場合にはどういった「修補や損害賠償請求」が認められるのか、その範囲についてはどうか、③その他の責任を負うことはあるか、について説明していきます。

2 請負契約の瑕疵担保責任

(1) 自殺の「瑕疵」(契約不適合)該当性

まず、①本件において自殺の事実が請負契約における「瑕疵」に当たるか、という点ですが、民法634条等に規定する瑕疵担保責任の「瑕疵」とは、一般的に「取引通念からみて通常であれば同種の物が有するべき品質・性能を欠いていること」を指します。

これを前提とすると、本件において「リフォーム中の工事現場で、現場監督が自死したこと」が仕事の目的物である本件部屋の「取引通念からみて通常であれば同種の物が有するべき品質・性能を欠いて」いるといえるかが問題となります。

この点について、東京地判平成24年11月6日は、建物の建築工事中に、建築工事を請け負った工務店の現場所長が、工事現場の足場で自殺したという事案において、「請負契約において仕事の目的物に瑕疵があるという場合における「瑕疵」とは、完成された仕事に契約に定められた内容どおりでない点があるか、又は、当事者があらかじめ定めた性質を欠くなど不完全な点を有することをいうと解される。」としています。

その上で、「建物の請負契約においては、注文者と請負人との間では、請負人の行為により、完成した建物において注文者が住み心地の良さを欠くと感ずるような心理的に嫌悪すべき事由を発生させないことが、たとえ明示されていなくても契約の内容とされているものと解される」としました。

そして、「本件事故が、全くの第三者ではなく、工事を受注したa工務店の現場所長として、被告においても面識がある者の自殺であること、建物と密接した本件工事現場の足場にひもをかけるという態様でなされたものであり、本件事故がどの程度記憶に残り続けるかを判断するにあたり、建物の内部で発生した自殺と区別すべき理由はないことに加え、被告が、長く離れて暮らしていた子どもと、同居予定のCも含めて快適に住めるようにするために本件建物を建てようとしたという経緯も併せ考慮すると、被告が、本件事故により生じた心理的嫌悪感により、本件建物に居住することに強い抵抗を感じているとしても無理はないものと認められる。そうすると、本件事故は、被告が本件建物の住み心地の良さを欠くと感ずるような心理的に嫌悪すべき事由といえる。」と判示し、上記の「心理的に嫌悪すべき事由を発生させないこと」という契約に反したため、「本件事故により生じた心理的嫌悪感は、本件請負契約に基づく仕事の目的物の瑕疵にあた」るとしています。

この裁判例からすると、具体的な自死の状況にもよりますが本件においても「現場親方の自殺」は心理的に嫌悪すべき事由として、請負契約における仕事の目的物の瑕疵に該当する可能性が高いと言えます。

民法改正による変更
新法は旧法の634条から640条を大幅に削減し、請負の瑕疵担保責任は債権総則の規律によることとしています(新法559条による売買の節の規定の準用)。

したがって、旧法で「瑕疵」として扱われた問題は、新法では契約不適合責任(新法562条1項、564条)として扱われることになります。

もっとも、新法でも上記結論に変わりはありません。契約不適合責任は、当事者の合意内容を中心に検討するものの、「瑕疵」と同様に「その種類の物として通常有すべき品質・性能」という客観的基準により判断されるからです。

新法でも、現場親方がリフォーム現場で自殺した場合、「品質」が「契約の内容に適合しないもの」(新法562条1項)と判断され、損害賠償責任を負担することになります(新法564条)。

(2) 損害賠償義務の範囲|自殺による減価率

仮に、目的物の瑕疵に当たる、という場合、次に②どの範囲での責任を負うのか、具体的にはどの程度の損害賠償義務を負うのか、という点が問題になります。

なお、上記のとおり、仕事の目的物に瑕疵があった場合には、修補か損害賠償義務(あるいはその両方)を負うのですが、本件のような心理的な瑕疵については、「修補」を観念できない以上、損害賠償義務だけを負うことになります。

自殺という心理的瑕疵による減価率について、例えば土地の売買について、自死があったことによる減価率が争点となった東京地判平成25年3月29日は、「本件では、本件自殺の存在による本件土地の減価額を直接に認定する証拠はないが、P3は、陳述書(甲20)において20%ないし30%の減価であると述べていること、証拠(甲20、甲25の1ないし8、乙2、証人P3)及び弁論の全趣旨によれば、三共ホームの代表者P4も、平成23年2月ころの被告との面談のなかで、もし自分が本件自殺の事実を知っていたら坪単価8万円(原告の購入価格)は出せない、せいぜい5、6万円であると述べており、これは25%から37.5%の減価を意味すること、原告は、結局、本件土地を当初の予定どおりに区画割りした上、9棟の建物を建てて販売しているが、繰り返し値下げをした結果、当初の売出価格(各棟2000万円前後)に比べ平均して20%以上の下落が生じたことが認められる」として、減価率を20%としています。

また、上記東京地判平成24年11月6日については、事故から損害賠償請求までの期間が1年と短かったことも考慮して、減価率を30%としています。

また、下記の東京地判平成25年7月3日においては、鑑定によって減価率を50%としています。

このように、減価率にはばらつきがあり、上記裁判例においても、具体的な証拠や証言等から減価率を判示しているため、個別の事情における主張(あるいは鑑定)によって、より低い(高い)減価率になり得ることになります。特に、時間の経過によって、心理的嫌悪感は薄れるものですから、減価率に直接影響するものと考えられます。

(3) 減価の及ぶ範囲

もうひとつ、この不動産の減価がどこまで及ぶか、具体的には、マンションの一室内の自死によって、マンション全体や土地の減価まで認められるか、という問題があります。

この点について、東京地判平成25年7月3日判例時報2213号59頁は、マンション一棟の売買契約において、その一部屋での自殺による瑕疵担保責任に基づく損害賠償額が問題となりました。 同裁判例は、自死の場所や報道や噂の広まり方、新規入居者の状況等の具体的な事情から、当該自死が発生した部屋(減価率50%)と直下の部屋(減価率10%)は認めたものの、マンションの他の部屋や土地についての減価は認めませんでした。

3 不法行為責任

(1) 不法行為責任の成否

最後に、③上記請負契約における瑕疵担保責任以外に、契約の相手方に対して負い得る責任ですが、考えられるものとして、不法行為責任(民法709条)があります。

上記の東京地判平成24年11月6日は、建物内での自死は、(上記のとおり)一般に心理的嫌悪感を与える行為であるため、建物所有者に対する民法上の不法行為(民法709条)が成立すると判示し、その上で、「本件事故によって被告が受けた衝撃(心理的嫌悪感)及びそれにより被告が本件建物に居住することに強い抵抗を感じるに至ったことを考慮すると、本件建物の交換価値の下落分の賠償とは別に、被告自身の精神的苦痛に対する慰謝料を認容すべきであり、その額は100万円が相当である」としています。

ただし、この不法行為は、行為者すなわち自死した者の行為ですから、直接不法行為責任が生じるのは、自死した者の相続人(遺族)ということになります。

(2) 使用者責任の成否

そこで次に検討するべきなのは、使用者責任によって会社が責任を負うことがないか、という点です。

民法715条に規定する使用者責任とは、①「ある事業のために他人を使用する者」は、②その「事業の執行について」、③被用者が第三者に加えた場合で、④「使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき」または「相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」という免責事由に該当しない場合には、使用者も損害を負うという規定で、上記東京地判平成24年11月6日では、「本件事故に至る経緯からすると、Aの上記行為は、a工務店の事業の執行と密接に関連するものであるから、Aの行為により生じた被告に損害が生じたのであれば、a工務店も、これについて使用者責任を負うもの」と判示しました。これは、従業員であれば、①の使用関係については認められることを前提として、具体的事実のもとでは、自死という不法行為が「事業の執行について」なされたものである、と認定したことによります。

(3) 716条による使用者責任の排斥

そこで、本件の場合はさらに検討が必要です。本件において、あなたの会社と亡くなられた現場親方との「契約」の内容が明確ではありませんが、上記裁判例のとおり、いわゆる雇用関係にある場合には①「ある事業のために他人を使用する者」(使用関係)という要件は問題なく認められていますが、仮に請負契約であった場合、民法716条の規定により、使用者責任が排斥されているためです。

あなたの会社と現場親方との関係が、請負契約(いわゆる現場親方が下請けに当たる場合)には、民法716条により使用者責任が排斥されていることから、不法行為責任は負わない、と言えそうです。

しかし、最判昭和37年12月14日最高裁判所民事判例集16巻12号2368頁では、元請・下請関係の場合であっても、「直接間接に元請負人の指揮監督関係が及んでいる場合」には、「使用者と被用者との関係と同視しうる」として、民法716条ではなく、同715条の使用者責任を問い得ると判示しています。

4 具体的な対応

以上からすると、①(リフォームを含む)建築工事中のリフォーム工事建物内での自死は、心理的嫌悪を招くものであるため、一般的に請負契約における「瑕疵」に当たることを前提として、②瑕疵による損害すなわち建物自体の価値の減少として、時価の20パーセントから50パーセントの損害については認めざるを得ないこと、建物が存在している土地や、マンションの場合の他の部屋の減価については損害に含まれず、また減価率も低い、ということについて、上記のような各裁判例で挙げられている具体的な事情を踏まえ、請負代金請求と併せて交渉する、ということになります。

また、③不法行為責任(使用者責任)については、上記のとおり、あなたの会社と現場親方との契約関係が重要になります。

また、注文者とあなたの会社との関係に絞って説明いたしましたが、実際には、自死した現場親方の遺族との関係(遺族からの請求だけではなく遺族への請求)も問題になり得るところですし、そもそも、上記のとおりこちらから注文者への請負代金の請求の場面ですから、その交渉は難航することが予想されます。

早い段階で、弁護士に相談されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

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参照条文
民法

(請負)
第六百三十二条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

(報酬の支払時期)
第六百三十三条 報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。

(請負人の担保責任)
第六百三十四条 仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第五百三十三条の規定を準用する。

(使用者等の責任)
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

(注文者の責任)
第七百十六条 注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない。ただし、注文又は指図についてその注文者に過失があったときは、この限りでない。