父の相続の際の不公平を母の相続において遺留分として修正する方法

家事・相続|共同相続人間で無償で相続分が譲渡された場合「贈与」(民法903条)にあたるか|遺留分減殺請求の民法改正|最高裁判所平成30年10月19日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

両親の相続に関する相談です。

私の父は、平成21年に死亡しました。相続人は、母、兄、妹、私の4人でした。父の遺産としては、預金や不動産など合計6000万円相当の遺産がありましたが、母と妹は、兄に対して無償で相続分を譲渡しました。そのため、私が遺産全体の1/6相当の1000万円の預金を相続し、兄がその余の預金や不動産の全部を相続しました。分割の内容は、遺産分割調停で決めました。私は、あまり調停案に納得がいかなかったのですが、兄から「母の相続の際に考慮するから」と言われ、調停に応じました。

この度、母が死亡し、相続が開始することになりましたが、両親の遺産のほとんどは父の名義であったため、母名義の遺産は殆どないことが発覚しました。

このような場合、私は、兄に対して、父の相続の際に多めに遺産を取得したことについて、何か請求することはできないのでしょうか。

回答

1 お父様の遺産分割については、既に家庭裁判所で調停が成立しているとのことですので、今から不服を申立てて、やり直しを行うことは、原則として不可能です。

一方で、お父様の遺産分割の際には、お母様から兄に対して、無償で相続分の譲渡がされているとのことです。

このような場合、お母様から兄になされた無償の相続分の譲渡が、母から受けられるはずであった相続分を侵害する「贈与」に該当するとして、兄に対して遺留分減殺請求を行うことが考えられます。

具体的には、兄が父から遺産として相続した預金や不動産の一部を自分に移転することを請求できる可能性があります。

2 父の相続における相続分の譲渡が、母の相続における贈与として遺留分減殺請求権の対象となるかについては、減殺請求を認めない高等裁判所の裁判例が存在していました。

しかし、平成30年10月19日の最高裁判所の判決では、「共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる」と判断しました。

つまり、相続分の譲渡によって兄が利益を得ているような場合には、遺留分減殺請求の対象となる可能性が高いといえます。

3 具体的にどの程度の金額の減殺請求が可能か否かは、父の相続の際の債務負担の有無や、寄与分及び特別受益等についてどこまで考慮・反映がされたかによって変わります。そのため、具合的な算定には、複雑な計算や財産評価が必要となります。

また、民法の改正に伴う期間制限の変更などの注意も必要です。民法の遺留分減殺請求に関する規定については、既に改正法が公布されており、平成31年(令和元年)7月1日より施行され、相続人間での贈与に対する遺留分減殺請求について、期間が10年以内のものに限られることになりました。

お母様のなくなったのが7月1日以降の場合は改正法が適用されますから、相続分の譲渡がいつ行われたのか注意が必要です。

法律上保全されるべき権利を確保するためには、よく弁護士に相談することをお勧め致します。

4 遺留分減殺請求の民法改正については、『遺留分侵害額請求手続について|民法改正』で解説しています。その他の関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 父の遺産分割の不公平について

お父様の遺産分割については、既に家庭裁判所で調停が成立しているとのことですので、今から不服を申立てて、やり直しを行うことは、原則として不可能です。

一方で、お父様の遺産分割の際には、お母様から兄に対して、無償で相続分の譲渡がされ、結果、兄が遺産の殆ど相続したとのことです。

このような場合、お母様の相続の際に、お母様から兄になされた無償の相続分の譲渡が、「贈与」に該当するとして、遺留分減殺請求を行うことが考えられます。

2 遺留分減殺請求の可否

(1) 問題の所在

遺留分とは、一定の範囲の法定相続人(配偶者、直系の相続人)について、最低限取得することが認められる遺産のことです。被相続人が、相続発生時に遺産を残していなかったとしても、それが遺言や生前贈与による場合、一定の部分については、遺留分として、遺留分権利者である法定相続人が請求(遺留分減殺請求)により取得することができます。

遺留分として請求できる相続分の対象となる贈与は、原則として相続開始前の1年前に行われたものに限られます(民法1030条)。もっとも、その贈与が法定相続人に対するものであって、「特別受益」に該当する場合、期間の限定なく遺留分減殺請求の対象となります(民法1044条、903条1項)。特別受益に該当するか否かの条件は、「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与」を受けることですが、一般的に不動産や多額の金銭の贈与は、「生計の資本としての贈与」に該当すると判断されます。

本件でも、父の相続時に母から兄に対してなされた相続分の譲渡が上記の生計の資本としての「贈与」に該当するとすれば、遺留分減殺請求の対象となります。

しかし、相続分の譲渡が「贈与」であると認められるかについては、法律上、主に下記の2点の問題があります。

まず、①相続分の譲渡が、「財産権の移転」といえるかという問題です。通常、「贈与」とは、無償で財産権の移転を受けることを意味します。

しかし、相続分の譲渡による相続財産の持分の移転は、単に「相続分」という相続財産全体の持ち分、権利を移転するだけであり、個別の遺産の帰属(預金や不動産)を決めるものではありません。これらの個別の遺産の帰属は、相続分の譲渡があった後に、残された相続人が遺産分割協議で決めることになります。つまり、相続分の譲渡があっただけでは、譲受人(本件では兄)に、経済的な利益(財産権の取得)が発生しているとは言えないのではないか、という問題が生じます。

法律上の理屈としても、最終的に遺産分割が確定すれば、その遡及効によって、相続分の譲受人は相続開始時に遡って「被相続人(父)から」直接財産を取得したことになる(民法909)から、「譲渡人(母)から」譲受人に相続財産の贈与があったとは観念できないことになります。

次に、②相続分の譲渡は、必ずしも譲受人に経済的利益をもたらすものとはいえないという点です。例えば、相続財産のうち借金などの債務の方が多ければ、相続分の譲渡はむしろ譲受人にとって経済的に不利益となります。

(2) 裁判所の判例

上記のような問題点については、平成30年10月19日に最高裁判所による判断が示されています。

その判例の事例は、本件類似の事実関係でしたが、原審(高等裁判所)は、上記のような問題点を重視し、相続分の譲渡は遺留分減殺請求の対象とはならない、と判断しました。

しかし、最高裁判所は、下記のような理由を示した上で原審の判断を破棄し、相続分の譲渡も遺留分減殺請求の対象となり得ると判断しました。

最高裁判所平成30年10月19日判決

共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し、相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。

そして、相続分の譲渡を受けた共同相続人は、従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割手続等に加わり、当該遺産分割手続等において、他の共同相続人に対し、従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分との合計に相当する価額の相続財産の分配を求めることができることとなる。

このように、相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、譲渡人から譲受人に対し経済的利益を合意によって移転するものということができる。遺産の分割が相続開始の時に遡ってその効力を生ずる(民法909条本文)とされていることは、以上のように解することの妨げとなるものではない。

したがって、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる

つまり最高裁判所は、上記の問題点については、相続分の譲渡により、その後の遺産分割手続きにおいて自己の相続分に譲り受けた相続分を加算した相続財産の分配を請求することが可能であるから、原則的には贈与と同じく財産の移転があったと評価できるとして問題ないとした上で、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、遺留分減殺請求の対象となる、と判断したのです。

一般的に、無償で相続分の譲渡が実施されるような場合には、その後の遺産分割である程度のプラスの財産の存在が見込まれ譲受人に経済的利益が生じている場合がほとんどでしょうから、無償での譲渡を原則として贈与に該当すると判断した最高裁判所の判断は、実態を踏まえた妥当な判断であるといえます。

(3) 具体的に請求可能な金額

以上のように無償での相続分譲渡が遺留分減殺請求の対象となるとして、果たして遺留分減殺請求の対象と「譲渡された相続分」の価額をどう評価するかについては、特段判断が示されておりません。

基本的には、遺産分割協議において、決められた具体的な相続分をもとに判断されることになります。本件で言えば、遺産分割調停において、兄が相続した財産のうち、母から譲渡を受けた相続分(全体の1/2)の価額である3000万円が、遺留分減殺請求の対象となる贈与の価額となります。

この場合、請求可能な遺留分の金額は、あなたが母の相続において有する法定相続分(1/3)の二分の一である1/6である500万円となります。

一方で、兄が父の相続債務を弁済しているような場合には、負担付贈与と同じ扱いとなり、その債務分が贈与の価額から除外される可能性が高いでしょう(民法1038条)。また兄からは、自分は父や母に対して寄与分が存在していたし、またそもそも父の相続の際には弟の特別受益があったから、父の相続の際の相続分のうち、「贈与」を受けたといえる価額はもっと小さいのだ、等の反論を受ける可能性もあります。

このような兄の反論が認められるか否かは、父の遺産分割の際に、寄与分や特別受益について実際に協議が為されたか、相続分に考慮されたかによって大きく変わります。

具体的に減殺請求が可能な金額が存在するか否かの見通しや、具体的な計算は、非常に複雑となる可能性が高いため、お近くの弁護士に相談した方が良いでしょう。その際には、父の遺産分割調停の際にどのような協議に基づいて相続分が計算されたかも、詳細に説明する必要があります。

3 相続法の改正

なお、民法の遺留分減殺請求に関する規定については、既に改正法が公布されており、平成31年(令和元年)7月1日より施行されています。

本件に大きく関連する主な改正点としては、相続人間での贈与に対する遺留分減殺請求について、期間が10年以内のものに限られるという点です。上で述べたとおり、現行法では、相続人間の特別受益に該当する贈与については、期間の制限なく遺留分減殺請求の対象とされていました。しかし、改正法では、相続人に対する贈与は、相続開始前の10年間にされたものに限り遺留分の基礎財産に含めることとなります(新民法1044条3項、1043条)。

本件でも、父の相続が約10年前とのことですので、新法の施行前に遺留分減殺請求を行った方が良いでしょう。

また、遺留分減殺請求の方法について、金銭支払いの請求が可能となりました。現行法では、遺留分権利者は、相手に対して贈与を受けた財産の持分の返還しか求めることができず、相手方が金銭での支払いを選択しない限り、遺留分侵害額を金銭で支払うよう請求することはできませんでした。そのため、贈与されたのが不動産である場合、その不動産の持ち分を移転するよう要求することしかできず、後に不動産の共有物分割の問題が生じることがありました。

改正法では、遺留分返還方法については、遺留分減殺請求という形ではなく、遺留分侵害額を金銭請求することが可能とされています(新民法1046条、1047条)。

4 まとめ

相続の単純化のために、親の一方が無くなったときに相続分の譲渡を行うことは、実務上よくある事例ですが、その結果として、親の財産を兄弟の一人が事実上独占してしまう結果となることは度々見られます。

これを是正するためには、上記のような最高裁判例を踏まえた遺留分減殺請求を行い、また譲渡された相続分を適正に評価して、相手方に対して請求する必要があります。

また、民法の改正に伴う期間制限の変更などの注意も必要です。

法律上保全されるべき権利を確保するためには、よく弁護士に相談することをお勧め致します。

以上

関連事例集

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参照条文
民法

第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。

(遺産の分割の効力)
第九百九条 遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一

(遺留分の算定)
第千二十九条 遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。
2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。

第千三十条 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。

(遺贈又は贈与の減殺請求)
第千三十一条 遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。

(負担付贈与の減殺請求)
第千三十八条 負担付贈与は、その目的の価額から負担の価額を控除したものについて、その減殺を請求することができる。

(遺留分権利者に対する価額による弁償)
第千四十一条 受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2 前項の規定は、前条第一項ただし書の場合について準用する。

(減殺請求権の期間の制限)
第千四十二条 減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

民法(平成29年改正)

第千四十四条 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

(遺留分侵害額の請求)
第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額
二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

(受遺者又は受贈者の負担額)
第千四十七条 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺
者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
2 第九百四条、第千四十三条第二項及び第千四十五条の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
3 前条第一項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第一項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において、当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は、消滅した当該債務の額の限度において消滅する。
4 受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。
5 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。