業務妨害を受けた場合の対応|告訴と民事保全による保護
刑事・民事|偽計業務妨害罪と威力業務妨害罪の区別|業務妨害受けた場合における告訴の方法、具体的な提出書類|仮の地位を定める仮処分手続|ラーメン激戦区で広告看板を掲げたところ、ライバル店が広告をスプレーで黒塗りにした事案
目次
質問
私は最近とある商店街でラーメン店を開業した者です。いわゆるラーメン激戦区で、周りには同業者が多数います。
私は、何としても生き残るために、宣伝広告に力を入れようと思い、商店街の入口付近にあるビルの壁に広告看板を設置させてもらっていました。勿論、ビルの所有者の許可を得て私が設置したものです。
ところが、別のラーメン店の店主が、顧客を奪われると思ったのか、その看板をスプレーで黒塗りにしてしまいました。一部始終を知り合いが目撃しており、私に知らせてくれたため、すぐに発覚しました。
私はすぐに当該店主に会いに行き、抗議をしましたが、あろうことか「看板など設置されても困るよ。こっちは商売あがったりなんだよ。」などと言う始末で、話になりませんでした。
黒塗りにされた看板に再度広告を貼り付けようと思いますが、また妨害をしてくることが予想されます。このようなことは絶対に許されるべきではないと思っています。今後私はどのような対応が出来るでしょうか。
回答
1 看板をスプレーで黒塗りにした行為は、刑法上の器物損壊罪、偽計業務妨害罪等に該当します。まずは、証拠保全の上、刑事告訴の手続きを検討することになります。捜査機関が被害届、告訴を受理してくれないときは(軽微な事件ですと実務上意外と多いです。)、軽犯罪法違反(1項33号)で被害届を出してください。拘留(1日以上30日未満)、科料(千円以上1万円未満)ですが、科料は刑事上の刑罰、前科となりますから今後の営業継続についてその社会的効果は少なくありません。意外な抑止力になる可能性があります(刑法16条、17条)。
2 また、今後も妨害行為が続く蓋然性が高い状況であれば、裁判所に、妨害禁止の仮処分命令の申立てを行うことも考えられます。また、スプレーによる汚れを取り除く等、原状回復が可能であれば、当該除去についても申立ての趣旨に入れるべきでしょう。
3 刑事告訴も仮処分の申立ても、証拠の準備を入念に行う必要があります。スプレーで黒塗りにされる前後の看板の状況を撮影した写真を報告書形式でまとめた写真撮影報告書、一連の経緯に関するあなたや目撃者等の陳述書等の準備がメインとなるでしょう。
4 いずれの手続きも、正確性・迅速性が鍵となります。弁護士であれば、手続きに慣れていますので、余分な時間を掛けずに進めることが出来ますので、一度法律事務所にご相談に行かれると良いでしょう。
5 その他の関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 刑事告訴について
1 本件行為について成立が考えられる犯罪
(1) 器物損壊罪
まず、器物損壊罪(刑法261条)の成立が考えられます。他人の物を損壊した場合に成立する犯罪で、法定刑は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金です。
本件で、あなたが設置した看板が「他人の物」に該当することは明らかです。また、「損壊」とはその物の効用を害する一切の行為を意味するところ、看板を黒塗りにする行為は看板としての効用を害することが明白ですから、同罪が成立することになります。
(2) 偽計業務妨害罪|威力業務妨害罪との区別
次に、偽計を用いて人の業務を妨害したといえる場合、偽計業務妨害罪(刑法233条後段)が成立します。法定刑は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金です。
「偽計」とは、人を欺き(欺罔し)、あるいは、人の錯誤・不知を利用したり、人を誘惑したりするほか、計略や策略を講じるなど、威力以外の不正な手段を用いることをいいます。一般的には偽計とは人を欺く行為ですからスプレーで黒塗りする行為が偽計といえるのか疑問が生じます。この点については威力業務妨害罪の威力との関係で検討する必要があります。「偽計」ではなく「威力」を用いて人の業務を妨害する威力業務妨害罪(刑法234条)との区別がしばしば問題となります。
「威力」とは、人の意思を制圧するような勢力をいい(最判昭和32年2月21日刑集11巻2号877頁)、暴行・脅迫はもちろん、それにまで至らないものであっても、社会的、経済的地位・権勢を利用した威迫、多衆・団体の力の誇示、騒音喧噪、物の損壊等およそ人の意思を制圧するに足りる勢力一切を含むとされます。
両者の区別については、行為の態様又は結果のいずれかが公然・誇示的、可視的であれば「威力」であり、これらが非公然・隠密的、不可視的であれば「偽計」であるとの基準が実務上で採用されているところですが、なかなか区別のつきにくいこともあります。
本件では、たしかに看板が黒塗りされた状態は外部から可視的と言えますが、店主であるあなたに気付かれない所で黒塗りにすることで、顧客をして看板の内容の認識を不能にさせる(正しい情報を伝えない)という策略を講じているという面を重視すれば、偽計業務妨害の方の成立がしっくりきます。
ただし、後述する告訴の手続きにおいては、担当の警察官と協議して、最も立件しやすい犯罪での告訴を行うことになるでしょう。
2 刑事告訴の手続き
(1) 告訴の意義と告訴を行う目的
「告訴」(刑事訴訟法230条)とは、被害者、法定代理人、親族等の告訴権者が、検察官や司法警察員(捜査機関)に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示です。なお、告訴権者または犯人を除いた第三者が、捜査機関に対して犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示のことを「告発」といいます(刑事訴訟法239条1項)。
告訴・告発がなされた場合、捜査機関は基本的に受理しなければなりません(犯罪捜査規範63条)。その上で、これに関する書類および証拠物を速やかに検察官に送付する必要があります(刑事訴訟法242条)。また、検察官は起訴をしたかどうかの結論を告訴人・告発人に通知する義務を負い(同法260条)、請求があるときは、不起訴理由を告知しなければなりません(同法261条)。
上記のとおり、告訴を受理した捜査機関には捜査開始が義務付けられており、証拠十分かつ犯情が特に軽微でなければ、検察官は被告訴人を起訴する方向で動くことになります。当然、被告訴人としても、警察等からの連絡を受けて自身が捜査対象となっている事実を知れば、犯罪行為を中止し、また被害弁償の提案をするインセンティブが働くことになります。すなわち、犯罪行為の中止と被害回復が告訴を行う目的となります。
本件において、加害者である店主が今後も看板の利用を妨害してくる可能性がある以上、速やかに刑事告訴をして、犯罪行為を中止させるべきでしょう。また、場合によっては、相手が示談の申入れをしてくることも考えられますので、その機会に被害弁償金を獲得することが出来る可能性もあるでしょう。
(2) 具体的手続きについて
ア 告訴関係書類の準備
前述のとおり、捜査機関は告訴・告発の受理義務が課されています(犯罪捜査規範63条)。しかし、実際には、警察としては告訴を受理したがらないのが現状で、告訴・告発の受理のハードルは高いといって良いでしょう。その場合は、後述のように軽犯罪法違反の告訴も考える必要があります。
「犯罪により害を被った」(刑事訴訟法230条)ことについて、ある程度確からしいと思わせる証拠がないと、告訴は受理されません。確実な証拠が求められている訳ではありませんが、抽象的すぎる被害申告では、そもそも受付自体を断られてしまうことになります。
告訴を受理させるためには、事件の日時、場所、被害態様等について可能な限り特定した上で、事前に出来る限りの証拠の収集・保全をすることが必要です。また、告訴は口頭でも可能ですが、受理の可能性を上げるためには、書面にまとめて提出することが不可欠といえます。具体的には、告訴状の作成と、添付資料として提出するための証拠の準備が主な作業内容となります。
本件で考えられる証拠ですが、直接証拠として目撃者の供述が挙げられますので、協力を仰いで、陳述書を作成することが考えられます。
また、黒塗りにされる前後の看板の状態を説明するために、写真撮影報告書を作成します。黒塗りにされる前の状態の看板の写真があると良いですが、残っていなくても、被害状況を説明するだけでも意味がありますので、被害現場の写真は最低限写真撮影しておくべきです。なお、グーグルマップのストリートビューに被害前の看板の様子が映っている可能性もありますので、簡単に諦めずに手を尽くすべきです。
その他、看板があなたの所有であることを示す証拠や、場所を特定するために、看板が設置してあるビルの登記情報も添付すると良いでしょう。
最後にあなた自身の陳述書を作成すれば、添付資料としては十分です。
イ 捜査機関への提出
書類が準備できたら、被害場所を管轄する警察署に行き、告訴状を提出すると共に、担当の警察官に事情を詳細に説明し、告訴を受理するよう説得することになります。
時間が経過し過ぎていると、受け付けてもらえないこともありますので、迅速な行動が必要となります。考えられる対策として、事件発覚直後にまずは取り急ぎ警察署に事件の発生を報告しておき、準備が整い次第告訴状を提出しに行くことを伝達しておくことが考えられます。
場合によっては、弁護士同伴で行った方が、本気度が伝わり、真摯に対応してもらえるでしょう。
ウ 軽犯罪法違反による被害届
捜査機関が業務妨害についての被害届、告訴を受理してくれないときは(軽微な事件ですと実務上意外と多いです。)、軽犯罪法違反(1項33号)で被害届を出してください。拘留(1日以上30日未満)、科料(千円以上1万円未満)ですが科料は刑事上の刑罰、前科となりますから今後の営業継続についてその社会的効果は少なくありません。意外な抑止力になる可能性があります(刑法16条、17条)。
第2 民事保全手続き
1 本件で考えられる保全手続き
他人の看板スプレーで黒塗りする行為は、他人の権利を侵害する違法な行為ですから、損害賠償の請求ができることは勿論ですが、看板を設置した広告の目的を達成するということからは、再度看板を設置する必要があります。
しかし再度設置した場合、更にスプレーで黒塗りするなどの妨害が予想されます。
そのような場合緊急の措置として仮処分、看板の使用を妨害してはならないという命令を裁判所に申し立てることが出来ます。この仮処分が認められるためには、被保全権利があることと、仮処分の必要性が要件となります。
(1) 被保全権利について
仮処分が認められるためには、権利が侵害されているので、この権利を守る、ということが必要があるということを裁判所に説明する必要があります。
本件であなたのどのような権利が侵害されているのかというと、看板の利用を妨害されているということですが整理すると、看板の所有権の侵害、建物の壁面を借りている賃借権、看板を占有利用していた占有権の侵害ということになります。
その上で、「利用を妨害してはならない」という請求や「妨害した状態を元に戻しなさい」という請求を行うことになります。
法的な言葉で表現すると、あなたは相手方に対して、所有権に基づく妨害予防請求権、妨害排除請求権並びに賃借権並びに賃借権に基づく占有権を有していることになります。
(2)保全手続きの概要
所有権に基づく妨害予防請求や妨害排除請求は、裁判所に訴訟提起をして、判決を得る方法が原則になりますが、判決は、証拠による緻密な事実認定を経て行われるため、当事者間の主張・立証を尽くすために何度も期日を重ね、1年単位で時間が掛かってしまうという現実があります。
判決が出るまで業務妨害行為が継続するのでは十分な権利救済となりませんから、妨害行為を仮に禁止する決定を裁判所に出してもらう必要があります。それが、民事保全手続きです。
(3) 保全手続きの種類と本件で選択する手続き
民事保全手続きには、大きく分けて、金銭債権の保全を目的とする「仮差押」と、金銭債権以外の保全を目的とする「仮処分」がありますが(民事保全法1条)、今回は所有権に基づく妨害予防請求権、妨害排除請求権といった金銭債権以外の保全を目的としていますので、「仮処分」の手続きを選択することになります。
仮処分には、「係争物に関する仮処分」と「仮の地位を定める仮処分」の2種類があります。
「係争物に関する仮処分」は金銭債権以外の権利の実現を保全するために現状維持を命じる手続きで、処分禁止の仮処分(民事保全法53条1項)と占有移転禁止の仮処分(民事保全法25条の2第1項、62条)の2つが用意されています。
他方で、「仮の地位を定める仮処分」とは、本訴前に債権者に仮の地位を認める事により、権利保全を実現する手続きです。仮差押と係争物に関する仮処分以外の全てがこれに含まれますので、仮の地位を定める仮処分の範囲は広く、実務上多用されています。
所有権に基づく妨害予防請求権と妨害排除請求権を保全するためには、妨害の禁止や原状回復を享受する権利を仮に定めてもらう必要がありますので、処分禁止の仮処分ではなく、仮の地位を定める仮処分を選択することになります。
2 申立ての手続きについて
(1) 概要
仮処分命令の申立てにあたっては、被保全権利の存在と保全の必要性を疎明する必要があり(民事保全法13条2項)、具体的事情を記載した仮処分命令申立書に疎明資料(証拠)を添付して提出することになります。
ここでいう疎明とは、裁判所の心証の程度が証明より低く、一応確からしいという程度をいうとされています。要証事実の証明(裁判所に対し、事実の存在について確信を抱く程度の心証を得させるために証拠を提出すること)が求められる民事訴訟と異なるのは、保全手続きが緊急性と暫定性を前提とする制度であるためです。
(2) 申立ての準備
まずは、申立ての準備として、被保全権利の存在と保全の必要性を記載した保全命令申立書と、これを裏付ける疎明資料を準備することになります。
被保全権利の存在の疎明資料については、陳述書や写真撮影報告書等、基本的には刑事告訴の際の添付資料と共通します。
保全の必要性ですが、仮処分における必要性の要件は、「著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」とされます(民事保全法23条2項)。看板による集客に支障が生じることで売上低下を招くこと、今後も妨害が続く蓋然性が高いことを説得的に主張することになります。
(3) 申立後の手続き
仮処分の申立て後は、双方審尋(当事者双方立会いの下で申立てに理由があるか否かを審理する手続き)が行われた上(民事保全法23条4項・2項)、申立てに理由があると認められれば裁判所によって仮処分命令が発せられることになります。
なお、発令に際して一定額の担保金の納付を求められることが大半ですので(民事保全法14条1項)、頭に留めておく必要があります。
第3 まとめ
業務妨害には迅速な対応が不可欠です。刑事告訴と仮処分の二本立てで対抗する必要がありますが、証拠による裏付けが薄い等の理由により権利救済が図れないことも珍しいことはありません。どのような権利がどのように侵害されているのかを法的に説明しなければなりませんし、どの程度の資料を準備すれば良いのか、といった見通しも必要となってきます。
弁護士であれば、ある程度見通しを立てた上で迅速に手続きを進めることができますから、お近くの法律事務所ご相談に行かれることをお勧めいたします。
以上