無賃乗車と鉄道営業法違反
刑事|電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)|東京地判平成24年6月25日判例タイムズ1384号363頁|鉄道会社との和解とその対策
目次
質問:
先日,会社帰りの駅構内で,私服の警察官に呼び止められました。定期券を見せるように言われて見せたところ,私が実際に電車に乗って移動した経路と,定期券の経路が異なることを指摘されました。そのまま駅にある警察署に連れていかれて,事情を聞かれました。その日は帰ってくることができたのですが,帰り際に「また呼ぶかもしれない」と言われました。私の会社は,いわゆるかたい職場ですし,海外への出張も多いので,罰金刑であっても前科が付くのは避けたいと考えております。どうすれば良いのでしょうか。
回答:
本件のように,定期券等に書かれた経路と異なる経路で乗車した場合,故意でなければ「無賃送還」といって問題になることはありませんが,故意による乗車は「不正乗車」として,犯罪が成立する可能性があります。
後述のとおり,具体的には,鉄道営業法違反が考えられるところですが,それ以外にも,建造物侵入罪,軽犯罪法違反,また重い罪として電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた裁判例もあります。
さらに,そもそも本件のようなケースでは,「なぜ声をかけられたのか」を考える必要があります。一般論として,あなたの電車移動についてきた上で声をかける,というのは,何らかの別の犯罪,具体的には痴漢や盗撮等の迷惑防止条例違反等の嫌疑をかけていた可能性が高いと言えます。
本件において,どのような経緯であなたが不正乗車をしたとして声をかけられたのかによって,上記いかなる犯罪が問議されているかは不明ですから,まずは鉄道警察の担当者と話しをして聞き出すように努めることが必要ですし,取り調べに同行して,他の嫌疑についての取り調べを防ぐことも有用です。
また,上記いかなる嫌疑がかけられているかを問わず,まずは鉄道会社との示談(和解)を早期にしてしまうことも不可欠です。一般的に、JR等では、鉄道会社に対する侵害行為(電車に対する落書き、毀損行為、駅勤務員に対する暴力行為については一罰百戒の効果を考え和解には応じないようですが、会社として経済的損失も考慮する場合もありますので専門家(弁護士)との綿密な協議、対応が必要となるでしょう。
いずれにしても,まずはお近くの法律事務所にご相談ください。
解説:
1 はじめに
定期券に記載された経路以外の経路で乗車をすることは,いわゆる不正乗車に該当します。改札から出ておらず,例えば終点から乗り続けて折り返すような乗車でも成立するため,駅から出ていない時点でも「不正乗車」に該当することになります。
「不正乗車」は鉄道営業法や軽犯罪法に該当する行為ですし,後述のとおり,本件のようなケースではこれらから「発展」することもございます。
また,ご指摘のとおり,仮に罰金刑を受けてしまうと,少額であっても,アメリカ等のへの入国について,制限がかかる可能性も否定できません。
そのため,以下では,本件について成立が考えられる犯罪について説明したうえで,その後の懸念と,それを踏まえた具体的対応について説明いたします。
2 不正乗車によって成立する犯罪について
(1) 本件について,まず成立を考えるべき法律が鉄道営業法です。鉄道営業法29条は,「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ」(本文),「有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ」(1号)には,50円以下の罰金又は科料になる旨定めています。
なお,「50円以下」という金額ですが,この鉄道営業法が明治33年に作られたことに起因するもので,現在は50円以下の罰金(または科料)ではありません。罰金等臨時措置法2条によって,上限が2万円を下回る罰金刑は,一律2万円を上限とするものに変更されています。
また,鉄道営業法29条に定める不正乗車の罪は,親告罪です(鉄道営業法33条の2)。親告罪とは,告訴がない限りは起訴(公訴)できない犯罪のことで,要するに,検察官が公訴する時点で,鉄道会社からの告訴がない場合には,訴訟条件を欠くものとして不起訴処分とする,ということになります。
なお,上記のように,この犯罪自体は,改札を出ずとも,乗車券(定期券)の計路外の乗車によって成立するのですが,「うっかり乗り過ごした」場合等,故意がない場合(誤って乗車した場合)には,当然成立しません。この場合,「無賃送還」といって,当該区間の運賃は発生しません(JR旅客運賃規則291条及び同292条参照)。
(2) また,「有効な乗車券等がないのに改札内に入っている」ことをとり挙げて,軽犯罪法1条32号や建造物侵入罪(刑法130条)で検挙されることもあり得るところです。改札に入る時点から、定期券とは違う経路の乗車を意図しその間の運賃を免れる目的をもって有効な定期券で改札を入れば許可なく駅構内に真に法に侵入したと判断されます。軽犯罪法は,拘留(刑法16条)または科料(刑法17条)ですから上記鉄道営業法よりも軽い罪ですが,建造物侵入罪は「三年以下の懲役又は十万円以下の罰金」ですから鉄道営業法違反よりも重く,またいずれも親告罪ではありません。
さらに,連続しない乗車券等の利用によって改札を出て,実際に乗車した経路に対応した運賃の一部の支払を免れた,といえる場合(いわゆるキセル乗車)には,より重い電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)の成立が認められた事例もあります(東京地判平成24年6月25日判例タイムズ1384号363頁)。
(3) ただ,電気計算機使用詐欺罪が問議される場合は,基本的には常習性がある場合等に限られているようです(上記裁判例も,起訴されているものだけでも複数回,複数人でのキセル乗車のケースです)。
本件は,過去の不正乗車の状況や,どのような経緯及び状況であったのか不透明ですから,まずはこれらの犯罪のいずれが問題になっているかを検討する必要があります。
3 本件の展開について
以上の「不正乗車に関連して成立し得る犯罪」の他に,本件のようなケースでは気になることがあります。
上記のとおり,単なる「乗り過ごし」では鉄道営業法違反をはじめとする犯罪は成立しません。
そして,実際の取り扱いにおいて,「乗り過ごし」と(認識の上での)経路外乗車との区別をつけることが難しいため,本件のように刑事事件として取り扱われること自体が「よくあること」ではありません。
そもそも,上記どの犯罪についても,その場で不正乗車を問議するためには,ご質問の中にあったように,あなたの電車での移動の経路を追っていたことになりますが,「なぜわざわざ追っていたのか」という点が問題になります。
一般論として,このようなケースにおいて,私服警察官は,全く別の犯罪,具体的には迷惑防止条例違反等(いわゆる盗撮・痴漢,つきまとい)の嫌疑をかけていた可能性が否定できません。
本件については,どのような行動の結果,声をかけられるに至ったのか不明ですが,このような嫌疑をかけられていることを念頭において対応するべきであるといえます。
4 本件の対応について
(1) 以上を踏まえて,本件の対応ですが,まずはいかなる犯罪の嫌疑がかけられているのかを探る必要があります。
具体的な嫌疑については,当然開示されないことも多いところですが,弁護人が担当の警察官と話をすると,ある程度は把握できることがございます。
(2) また,今後の取り調べについても,鉄道営業法違反ではない他の重い罪の成立を防ぐため,また上記のとおり他の嫌疑に発展しないように,弁護人と対応について打ち合わせをしておくことや,取り調べに弁護人を同行させることも有効です。特に,弁護人の同行は,(取り調べ自体には立ち会えなかったとしても)取り調べを行う捜査機関にとって「圧力」になることがあります。
(3) さらに,併行して,当該鉄道会社との間で,スムーズな和解を試みる必要があります。
特に鉄道営業法違反の場合,上記のとおり親告罪であるため,和解ができて告訴の取り下げが行われさえすれば無条件で不起訴になりますし,仮に建造物侵入や軽犯罪法,より重い詐欺罪等(電子計算機使用詐欺罪や偽造有価証券行使等罪)に該当すると判断されるとしても,鉄道会社という明確な被害者がいる以上,和解(示談)は不可欠です。
また,事件を早期に終結させることは,上記他の嫌疑との関係でも有益です。
(4) 具体的な和解ですが,不正乗車の場合,鉄道会社は,鉄道営業法18条2項と鉄道運輸規程19条により,正規の運賃の2倍(以内)の割増運賃を請求できることになっていることから,正規運賃の3倍(不正乗車した区間の正規運賃が500円の場合,割増運賃1000円を含む1500円)を支払うことで和解を試みることが通常です。もちろん,他の犯罪(詐欺等)の場合は,また違う金額での和解の打診が必要になりますから,事案に応じた検討が必要です。一般的に、JR等では、鉄道会社に対する侵害行為(電車に対する落書き、毀損行為、駅勤務員に対する暴力行為については一罰百戒の効果を考え和解には応じないようですが、会社として経済的損失も考慮する場合もありますので専門家との綿密な協議、対応が必要となるでしょう。
(5) いずれにしても,ご事情・状況によっては弁護人による対応が不可欠です。まずは弁護士にご相談ください。
以上