盗撮目的の建造物侵入罪での逮捕・勾留と余罪の追送致
刑事|盗撮目的の建造物侵入罪で逮捕され、迷惑防止条例違反での追送致が予定されている場合の弁護活動|被害者が顔見知りの場合の準抗告
目次
質問
都内で働く息子が、勤務先において従業員専用の女子トイレに小型カメラを設置し、盗撮をしていたことが発覚し、建造物侵入の容疑で逮捕・勾留されてしまいました。
息子は事実関係を認めており、可能であれば、会社や被害女性との円満な示談による解決を希望しております。ただ、国選弁護人の話によると、盗撮行為を理由とする迷惑防止条例違反の件で追送致が予定されているから、再逮捕・再勾留される可能性が高く、示談を急ぐ理由はないとのことでした。
示談が成立する前に起訴されてしまわないか不安なのですが、このまま待っていれば良いのでしょうか。親心から、息子のことを可能な限り早く釈放してもらいたい気持ちでいます。
回答
1 逮捕・勾留中に関連する余罪の追送致が予想される場合、検察庁の対応としては、勾留期間が満了する前に余罪について再逮捕・再勾留を行い、十分な捜査の期間を確保するという場合もあれば、追送致分も含めて、勾留(延長)期間内に終局処分を決定するという場合もあります。
検察官が再逮捕を行うかどうかの方針を決定する時期に決まりはありませんし、検察官によっては方針をギリギリまで開示しないこともありますから、示談等の情状弁護活動は、基本的に、再逮捕されない前提で動いておく必要があるでしょう。示談の成立は勾留決定に対する準抗告をする場合も有利に働きますし、起訴後の保釈申請にも有利な事情となりますから、早めに示談交渉を始める必要があります。
2 ご子息の行為には①建造物侵入罪(刑法130条)と②公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の処罰に関する条例(以下「東京都迷惑防止条例」といいます。)違反の罪(8条2項1号、5条1項2号イ)が成立します。
建造物侵入との関係の被害者はトイレの管理者である勤務先会社、東京都迷惑防止条例違反との関係の被害者は被写体となってしまった女性従業員です。基本的には略式手続きによる罰金が量刑相場となりますが、会社及び被害女性の双方と示談を成立させることができれば、不起訴処分を狙うことも十分に可能でしょう。ただし、同種の前科・前歴が存在する場合や、常習性が認められるような場合は、公判請求相当と判断されることもあり、その場合、示談が成立しても罰金は免れられない可能性が高いでしょう。
3 身柄の釈放との関係ですが、事後的に勾留を争う手段として、裁判官の勾留決定に対する準抗告の申立てが考えられます。電車内での痴漢行為等、被害者との面識がないケースでは、示談の成否を問わず、比較的申立てが認められる(勾留決定が取り消される)一方で、本件のような顔見知り同士の犯行の場合、罪証隠滅のおそれを理由に、示談が成立しない限り準抗告の申立てが認められない可能性が高いという実情があります。そのため、本件では、被害者との示談交渉に早急に着手することが不可欠といえます。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 成立する犯罪と終局処分の見通し
1 成立する罪名と刑罰
ご子息の行為は、①盗撮行為という不法な目的をもって会社のトイレに侵入したという点と②トイレ内にカメラを設定して盗撮行為を行ったという点に分けることができ、①建造物侵入罪(刑法130条)と②東京都迷惑防止条例違反の罪(8条2項1号、5条1項2号イ)が成立します。
現在、建造物侵入で逮捕・勾留されておりますが、盗撮に用いたカメラが押収され、データが証拠保全されたような場合は、今後、迷惑防止条例違反の件で追送致され、まとめて処分の対象となるでしょう。
東京都迷惑防止条例ですが、平成30年の改正により、盗撮行為の規制対象が拡大されました。すなわち、これまでは「公共の場所又は公共の乗物」に限定され、公共性が要件となっていたところ、改正により公共性の要件が撤廃され、「人が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいるような場所」にも適用が認められることとなりました。本件の犯行現場である会社のトイレに公共性が認められるかは微妙なところですが、いずれにせよ本条例の規制対象となります。
建造物侵入の法定刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金と定められており、東京都迷惑条例違反(盗撮)の法定刑は1年以下の懲役または100万円以下の罰金と定められております。両罪は目的・手段の関係にありますから、牽連犯として処理されます(刑法54条後段)。
2 終局処分の見通し
建造物侵入との関係の被害者はトイレの管理者である勤務先会社、東京都迷惑防止条例違反との関係の被害者は被写体となってしまった女性従業員です。基本的には略式手続きによる罰金が量刑相場となりますが、会社及び被害女性の双方と示談を成立させることができれば、不起訴処分を狙うことも十分に可能でしょう。ただし、同種の前科・前歴が存在する場合や、常習性が認められるような場合は、公判請求相当と判断されることもあり、その場合、示談が成立しても罰金は免れられない可能性が高いといえます。
第2 刑事手続きの流れと追送致の予定について
1 現在の状況
ご子息は、建造物侵入の件で逮捕され、現在、逮捕に引き続く勾留を理由として身体拘束を受けております(刑訴法205条1項)。
勾留の要件は、①勾留の理由と②勾留の必要性です。
①勾留の理由があるというためには、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(刑訴法60条1項柱書)があると共に、同条項各号(1号:住居不定、2号:罪証隠滅のおそれ、3号:逃亡のおそれ)のいずれかを満たす必要があります。
また、②勾留の理由が認められても、事案の軽重、勾留による不利益の程度、捜査の実情等を総合的に判断し、被疑者を勾留することが実質的に相当でない場合は、勾留の必要性を欠くこととなります(刑訴法87条参照)。令状裁判官は、これらの要件を満たすものと考えて、検察官の勾留請求を認める決定を出しました。
2 今後の流れ
被疑者勾留の期間は原則10日間ですが(刑訴法208条1項)、「やむを得ない事由」が存在する時は、更に10日間延長することが可能とされています(刑訴法208条2項)。
本件では、建造物侵入の目的である盗撮行為についても捜査を行う必要があり、盗撮画像の解析や被害女性からの聴取等である程度時間を要することが見込まれます。厳密に考えれば、盗撮行為そのものは、迷惑防止条例違反という別罪を構成するため、余罪捜査の必要性を勾留延長の理由として良いのか、という疑念も生じますが、侵入の目的が盗撮である以上、裁判官としては勾留延長請求があれば、延長を認める可能性が高いといえます。
また、これとは別に、迷惑防止条例違反の件について追送致が予定でされているようですから、再逮捕・再勾留の可能性も出てきます。警察から余罪の追送致を受けた検察庁の対応としては、勾留期間が満了する前に余罪について再逮捕・再勾留を行い、十分な捜査の期間を確保するという場合もあれば、追送致分も含めて、勾留(延長)期間内に終局処分を決定するという場合もあります。
検察官が再逮捕を行うかどうかの方針を決定する時期に決まりはありませんし、検察官によっては方針をギリギリまで開示しないこともありますから、示談等の情状弁護活動は、基本的に、再逮捕されない前提で動いておく必要があるでしょう。
いずれにせよ、検察官は、勾留期間の満期日の前日までには終局処分の方針、すなわち正式起訴(公判請求)するか、略式起訴(罰金)するか、不起訴とするかを決定することになります。
第3 身柄の解放に向けた弁護活動について
1 勾留決定に対する準抗告
早期の身柄釈放を目指す観点からは、裁判官の勾留(延長)決定に対する準抗告(刑訴法429条1項2号)を申し立てることが考えられるでしょう。
電車内での痴漢行為のように、被害者との面識がないような場合は、実務上、示談未成立の段階でも準抗告が認められて勾留決定が取り消される事例が増えてきました。しかし、本件のように被害者との面識がある場合は、示談未成立の段階では、勾留の要件である罪証隠滅のおそれ(接触の危険)があると判断されやすい傾向にあります。
まずは、示談未成立の状態で準抗告の申立てを試み、棄却された場合は、早期の示談成立を目指して被害者との交渉を開始することになります。
2 被害者との示談
被害者との示談が成立しない段階での準抗告が棄却された場合は、やはり、本件犯行の特性として、被害者が顔見知りである点が影響していると考えるのが自然です。被害者との示談が成立すれば、被害者への接触の危険(罪証隠滅のおそれ)が減退すると考えられ、準抗告が通りやすくなります。そのため、早急に被害者との示談交渉を開始することになります。
建造物侵入の件の被害者はトイレの管理者である会社ということになりますので、当然、会社との示談を目指すことになります。また、これに加え、追送致を予定されている迷惑防止条例違反の件の被害者は、画像に映り込んでいた女性従業員全員ということになりますが、女性従業員との示談交渉も、追送致前から先んじて行っておくべきといえます。その理由ですが、被害に遭った女性従業員が場合によっては多数人に渡り、示談交渉が難航することが予想されるところ、勾留満期日までの時間的制約から示談が間に合わなくなることを回避する必要があるためです。
前述のとおり、追送致が予定されている迷惑防止条例違反の件について、検察官が再逮捕・再勾留を予定しているとは限りません。そうなると、建造物侵入の件について勾留延長請求がされたとしても、残された時間はそう長くないことが分かります。会社側は平日しか対応できないのが原則ですし、10日の勾留延長期間の終わりが土日や祝日と被る場合は、検察庁の運用として、勾留延長期間を金曜日ないし祝前日までとして請求することになるため、弁護人としては、「まだ時間がある」という認識は絶対に持ってはならないといえます。
なお、仮に女性従業員との示談が早期に成立すれば、追送致自体が行われない可能性も出てきますから、早期に示談を成立させることは大変重要なことなのです。
示談が成立した場合は、検察官にその旨報告すると共に、処分保留での釈放を促すことになります。検察官が釈放に消極的な場合は、上記のとおり、速やかに準抗告を申し立て、裁判所の判断を仰ぎます。
3 示談を拒否された場合の対応
示談に応じられないとの明確な回答があった場合でも、贖罪寄付を行う等、可能な限りの反省を示すことを検討するべきです。
第4 まとめ
本件では、何もしなければ、長期間の勾留による身体拘束を受けた上で前科も付いてしまうことになります。
早期の身柄釈放及び終局処分の軽減をご希望されるのであれば、早急に弁護人を選任して示談を中心とした弁護活動を依頼する必要があります。
起訴前の刑事弁護に精通した弁護士への相談をお勧めします。
以上