再開発における営業廃止の補償の要件および算定方法
都市再開発法|通損補償(都市再開発法97条1項)として営業廃止の補償・営業規模縮小の補償が認められるための要件および金額の算定方法|再開発における移転先・仮移転先の考え方、商業床の取り扱い|権利変換後の適当な移転先が見つからない事案
目次
質問
再開発区域内の駅前建物を賃借して菓子店を営業していますが、区域一帯の再開発の話が進み、再開発組合が設立され、このたび再開発組合から「通損補償明細書」の提示を受けました。権利変換期日が近づいているので転居先を探しておいてくださいと言われました。
我々の店舗は、駅の近くにある総合病院の真向かいに位置しており、お見舞い客がお菓子を持参するために買って下さることで営業が成立しております。仮移転先も病院の仮移転先に隣接している必要がありますが、そのような賃借物件は見当たりません。組合担当者に抗議しましたが「移転先は借家人の責任で探して貰うしかない」という回答です。
組合担当者の発言は法的に正しいのでしょうか。このままですと店舗倒産のおそれもあります。何か対策は無いでしょうか。
回答
1 都市再開発法には、借家人の地区外転出時の移転先も、再入居時の仮移転先も、具体的に移転先をどのように決めるのか法律では明確な定めがありません。移転する借家人が自分で不動産仲介業者に依頼して移転先を探すのが原則となります。都市再開発法では移転時に必要な損失を補償せよと97条1項に規定し、97条2項で補償額について「協議しなければならない」と規定しているだけです。実務上は、参加組合員の紹介による不動産仲介業者が移転先候補の物件を探してきて提示を受けられることが多いです。その意味では、組合担当者の発言は正しいといえます。但し、移転に伴う不利益の補償があります。移転に伴う通損補償(都市再開発法97条1項)が定められていますので検討してください。
2 市街地再開発事業は、都市部の土地高度利用や建物の不燃化や耐震化などの公共目的を推進するために、建物の建て替えや明け渡しについて一括処理を可能とする権利変換という特例を認めた都市再開発法によるビルの建て替え手続です。
3 再開発区域内の建物に関する借家権は権利変換期日に全て消滅し、建物所有権は全て再開発組合に移転され、建物占有者は明け渡しに伴う損失補償の提供を受けて、ビルの建て替え期間の立退きをすべきことが法定されています。
再開発ビルが建築されると、権利変換計画に記載された地権者(建物所有者)が、新しいビルの所有権を取得することができます。借家権者は、従前家主(建物所有者)が取得する建物についての借家権を取得します。借家権者が借家権放棄を選択した場合は、損失補償の提供を受けて転居することになります。
4 再開発に伴う建物の明け渡しの補償は、都市再開発法97条の通損補償により補償されます。これは用地対策連絡会基準、いわゆる「用対連基準」によって算定されることが多いのですが、仮移転後の減収補償などが一般的に不足しがちであり、実際に移転する営業者の立場で見ると不相当な場合も多く見受けられます。
5 権利変換計画の実施に伴って、移転先や仮移転先で営業環境が変わりすぎてしまい、事業の継続が困難になってしまったというような特殊事情がある場合は、移転に伴う通損補償(都市再開発法97条1項)の請求の際に、「営業廃止補償」を求める手段が考えられます。これは、移転すると営業が成り立たないので、営業権の価値そのものを補償して請求するという考え方です。営業権価格の算定方法も様々ありますのでいくつか御案内致します。
6 但し、道路など公共用地の収用手続なども含めて「営業廃止補償」は一般に補償額が大幅に増加してしまうという性質もあり、極めて抑制的に運用されているのが実情です。どうしてもお困りの場合は経験のある弁護士事務所に御相談なさり、一緒に法的主張を考えて貰うと良いでしょう。
解説
第1 市街地再開発事業
市街地再開発事業は、都市部の土地高度利用(国民経済の発展)や、建物の不燃化や耐震化など、公共目的を推進するために、建物の建て替えや明け渡しについて一括処理を可能とする権利変換という特例を認めた都市再開発法によるビルの建て替え手続です。
都市再開発法第1条(目的) この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。
木造家屋の密集区域を鉄骨鉄筋コンクリート造の建物などの耐震不燃建物に建て替えることにより、建物の不燃化と耐震性向上を図ることができ、都市の防災機能を向上させることができます。建物の防災機能が向上することにより、当該建物の所有者や賃借人だけでなく、当該建物の周りの建物の所有者や賃借人の安全性も向上することになります。床面積の増大により人口過密地区を解消したり、上下水道の整備を促進できれば、伝染病の防疫など公衆衛生の向上に役立ちます。
商業区域においては、高層ビルの建設により床面積が増加すれば商業機能を高めることにより、土地の高度利用による国民経済の振興というメリットを享受することもできます。当該建物の商業機能が高まったことの相乗効果により、街の賑わいが増大すれば、当該建物の周りの建物の所有者や賃借人も商業機能が高まったメリットを享受することができます。
土地建物は私有財産ですが、特に市街地においては単独で存在しているものではなく、区域一帯の中で隣地と共に存在し利用されており、ひとつの建物が倒壊したり火災になってしまうと、延焼類焼などにより周りの住人にも被害を巻き込んでしまうおそれがありますし、区域一帯が商業ビジネスで発展しているときに一区画の地主だけが反対してビルの建て替えができないことになってしまうと区域全体の経済発展が阻害されてしまいます。
そこで、市街地の木造家屋密集地区を中心に、行政による「再開発促進区」の都市計画決定(有識者等による都市計画審議会の議決)などを条件として、区域一帯の一括建て替えを促進する都市再開発法の権利変換手続が整備されることになったのです。自分が所有・賃借している土地建物だからと言って、公益性のある周辺一帯の建て替え手続に反対し続けることはできない仕組みになっているのです。
権利変換手続の概要を示します。
(1) 区域一帯の地権者5名以上で再開発組合の設立を準備する任意団体を設立する(市街地再開発勉強会、再開発協議会、再開発準備組合など)
(2) 参加組合員予定者となる不動産デベロッパーなどと協力し、行政協議を経て、都市計画審議会が審議する「再開発促進区」「市街地再開発事業」の原案を取りまとめる。
(3) 都市計画の行政決定(公告)後に、再開発事業計画案と、再開発組合の定款など規約類を用意して、準備組合総会において、再開発組合設立認可申請を行う決議を行い、都道府県知事に対して本組合(市街地再開発組合)設立認可申請を行う。
(4) 設立認可申請書類一式の審査を経て、市区町村が事業計画の縦覧を2週間行い、意見書の提出を募集する。意見書の審査を経て、事業計画と組合設立の認可公告がなされる。
(5) 組合内において住戸選定会などを経て、権利変換計画の原案を作成し、2週間の縦覧を行い、意見書の提出を募集する。意見書の審査を経て、権利変換計画の認可申請を行う。
(6) 行政の審査を経て、権利変換計画認可公告がなされる。通常、権利変換期日は認可公告の1~2週間以内の期日が指定される。
第2 権利変換期日における権利の消長と明け渡し
再開発区域内の建物に関する占有権限(所有権、借家権)は、権利変換計画に従い、権利変換期日に全て消滅し、建物所有権は再開発組合(市街地再開発事業の施行者)に移行し、全ての占有者は、明け渡しに伴う転居費用など損失補償の提供を受けて、ビルの建て替え期間の立退きをすべきことが法定されています。権利変換計画書には、従前建物の土地建物の特定と評価額が記載され、これに対応して割り当てられる(権利変換される)建て替え後の建物の面積と評価額と、敷地利用権の特定と評価額が記載されます。
権利変換の書式は都市再開発法施行規則別記様式第10をご利用ください。
都市再開発法第87条(権利変換期日における権利の変換)
第1項 施行地区内の土地は、権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する。この場合において、従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。
第2項 権利変換期日において、施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者に帰属し、当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。ただし、第六十六条第七項の承認を受けないで新築された建築物及び施行地区外に移転すべき旨の第七十一条第一項の申出があつた建築物については、この限りでない。
権利変換期日に、建物所有権は従前大家から再開発組合に移転し、建物賃借権は消滅することになります(都市再開発法87条2項)。
建物所有権が再開発組合に移転し建物賃借権が消滅すると、従前所有者や賃借人は建物を占有し続ける法律上の根拠を失いますが、都市再開発法では、組合からの明け渡し請求を受けるまでは引き続き占有継続することができると規定されています(都市再開発法96条1項)。
組合からの明け渡し請求は、権利変換期日後に、30日以上の猶予をあけて通知する必要があります(都市再開発法96条2項)。これは通常、内容証明郵便で通知されます。実際の再開発手続においては、権利変換期日前から立ち退きが進行しているケースが多くなっています。
都市再開発法第96条(土地の明渡し)
第1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。
第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。
第3項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地を除く。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。ただし、第九十一条第一項又は次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第4項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地に限る。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地を引き渡し、又は物件を移転し、若しくは除却しなければならない。ただし、次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第5項 第九十五条の規定により建築物を占有する者が施行者に当該建築物を引き渡す場合において、当該建築物に、第六十六条第七項の承認を受けないで改築、増築若しくは大修繕が行われ、又は物件が付加増置された部分があるときは、第八十七条第二項の規定により当該建築物の所有権を失つた者は、当該部分又は物件を除却して、これを取得することができる。
第6項 第一項に規定する処分については、行政手続法第三章の規定は、適用しない。
組合が明け渡しを求める場合は、事前に「権利を有する者が通常受ける損失」を補償する必要があります(都市再開発法97条1項、同96条3項)。
都市再開発法97条(土地の明渡しに伴う損失補償)
第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
第2項 前項の規定による損失の補償額については、施行者と前条第一項の土地の占有者又は物件に関し権利を有する者とが協議しなければならない。
第3項 施行者は、前条第二項の明渡しの期限までに第一項の規定による補償額を支払わなければならない。この場合において、その期限までに前項の協議が成立していないときは、審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決を経て定めた金額を支払わなければならないものとし、その議決については、第七十九条第二項後段の規定を準用する。
第4項 第二項の規定による協議が成立しないときは、施行者又は損失を受けた者は、収用委員会に土地収用法第九十四条第二項の規定による補償額の裁決を申請することができる。
第5項 第八十五条第二項及び第三項、第九十一条第二項及び第三項、第九十二条並びに第九十三条の規定は、第二項の規定による損失の補償について準用する。
この通常損害補償額は、当事者の協議により定めることができますが、当事者の協議が調わない場合は、審査委員の過半数の同意を得た金額を支払って明け渡しを求めることができます。
占有者がこの金額に同意せず、弁済手続に協力しない(組合提示額を受領拒否する)場合は、法務局に対する弁済供託をすることができます。法務局に供託されると、法的には被供託者に弁済したのと同じ効力を有することになりますので(民法494条)、組合は、民事保全法に基づき占有者に対して明け渡しを求める仮処分を申し立てて、強制執行により明け渡しを実現することができます。
第3 都市再開発法97条の通常損害補償
再開発の明け渡しに伴う損失補償は、一般の民事事件で適用される民法415条や709条の損害賠償方法である「実損害」ではなく、都市再開発法97条で「権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない」と定められています。言わば「見込み額」の補償で足りると法定されているわけです。この補償金は、明け渡しの前に受領することができますが、明け渡し後に実損害との差額が発生しても、これを別途請求することはできない仕組みになっています。
このように都市再開発法97条が実損害の弁償を求めず、損失の見込み額の補償で足りると定めているのは、再開発の建て替え手続を簡素化し、一括処理することにより建て替えのスピードアップを図る趣旨であると考えられます。勿論、これは占有者が受ける損失の一部を補償しなくても良い(補償額を減らしても良い)という趣旨ではなく、その算定と弁済方法を民法の一般原則から少し変える手続になっているだけです。
民法415条(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
民法709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
都市再開発法第97条(土地の明渡しに伴う損失補償)
第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
再開発組合が提示する概算額(都市再開発法97条の損失補償額)は、過去の土地収用手続や再開発手続などで蓄積された統計データを基に作成された「用対連基準」に従って算出されることが多くなっています。
これは、土地収用法に基づく損失補償の基準として定められた政令「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」に基づいて定められた国土交通省訓令である「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月29日閣議決定)」に基づいて、中央省庁、公団、公社などの関係機関により設立された用地対策連絡協議会が細目を定めた「公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)」のことを指します。現在では、国土交通省の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」も策定され、ほぼ同じ内容となっております。
【参考】 ・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準 ・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針 ・国土交通省損失補償取扱要領
第4 再開発における移転先および仮移転先の決め方|商業床の取り扱い
実際の再開発手続において、移転先や仮移転先を検討する場合は、各占有者の占有形態の特質を整理することが必要です。従前床の種類毎に移転先の立地がもたらす影響を考えてみましょう。
住居床
基本的にどこに移転しても居住することに差し支えは無いが、日照条件など現行の条件をなるべく考慮した移転先が望ましいと考えられます。
事務所床
基本的にどこに移転しても営業することに差し支えはないと考えられますが、駅からの徒歩距離など事務所としての利便性には配慮を要すると考えられます。来客があっても特定少数の関係者しか想定されません。
商業床
不特定多数の顧客を相手に営業をしている場合、従来の営業状況を維持できるかどうか、業種毎に個別具体的な検討が必要です。建て替え前の顧客が、移転後にきちんと同じくらい集客できるかどうか、詳細な検討が必要です。商業床の場合は業種によって立地に対する要求度が異なってきます。
今回の御相談のような特殊事情(倒産の危機など)があれば最大限に配慮することが必要になります。住居床の占有者であれば何処に移転しても「死ぬ」ということはありませんが、商業床の場合は移転先によっては「死んでしまう(倒産してしまう)」ということが起こり得るのです。区域一帯の建て替えによって公共の福祉を増進し、従前地権者も従来通り再入居できるという都市再開発法の制度趣旨を考えれば、このような企業としての「死」を強要するような権利変換計画を法が許容することはあり得ないと考えられます。
このように、従来の建物の利用状況によって、移転先に対する要求度も変わってくることになりますので慎重な検討が必要になります。組合側があなたの店舗の営業の特殊性を良く理解していない場合は、詳細な資料を提示して、移転先の立地が重要であることを説明し、移転先の提案や必要な補償額に反映するように求めていくことが必要です。
移転先や仮移転先を考える上で重要なことは、都市再開発法上も、実際の実務運用上も、移転先を従前営業場所至近に設置できる保証はないし、その必要性も認められていないということです。
例えば、店舗の名称に「●●駅前店」という名称が付いていたとしても、その駅前に移転できる保証は無く、隣の駅に移転したり、何キロも、時には何十キロ離れた場所に移転することも覚悟しなければならない場合があるということです。極端に言えば、「どこでも良いから移転して下さい」ということです。
その上で、売上が減ったり利益が減ってしまう場合には、その損失を営業補償として補填するというのが都市再開発法の考え方になるのです。
実務上は、都市再開発法97条2項に定められた通損補償協議に付随して、移転先や仮移転先の提案を受けられる場合もあるようです。
都市再開発法第97条(土地の明渡しに伴う損失補償)
第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
第2項 前項の規定による損失の補償額については、施行者と前条第一項の土地の占有者又は物件に関し権利を有する者とが協議しなければならない。
しかし、再開発組合に紹介された不動産仲介業者に全て依存してしまうことはあまり推奨できません。移転先候補の情報や移転に向けた手続状況などが全て再開発組合に漏洩してしまう可能性があるからです。再開発組合に紹介された仲介業者の話を聞くことも良いでしょうが、自分達で独自の仲介業者にも相談することが必要でしょう。
第5 都市再開発法97条通損補償の算定方法
再開発に伴う建物の明け渡しの補償は、都市再開発法97条の通損補償により補償されます。これは用地対策連絡会基準、いわゆる「用対連基準」によって算定されることが多いのですが、仮移転後の減収補償などが一般的に不足しがちであり、実際に移転する営業者の立場で見ると不相当な場合も多く見受けられます。
公共目的で私有財産を制限する場合の補償の考え方として、土地収用法における「完全補償説」を参考にすることができます。憲法29条3項の「正当な補償」の解釈論です。完全補償説は、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであるという考え方です。
日本国憲法第29条
第1項 財産権は、これを侵してはならない。
第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
土地収用法に関して裁判所は、個別の土地の収用に際して完全な補償が必要であるとの考え方を示しています。憲法で認められた所有権絶対、私有財産制の沿革からしても完全補償説が原則と考えられます。
最高裁判所昭和48年10月18日判決
「おもうに、土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法七二条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。」
この判例で言及している昭和42年改正前の土地収用法72条は次のような規定でした。
土地収用法(昭和42年改正前規定)
第72条(土地の収用の損失補償)収用する土地
に対しては、近傍類地の取引価格等を考慮して、相当な価格をもつて補償しなければならない。
対応する現行規定は、次の通りです。
土地収用法(現行規定)
第71条(土地等に対する補償金の額)収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。
この判例では、土地収用法における公共用地の収用が、道路工事や河川工事や砂防工事や運河工事など、特定の場所における個別の不動産を収用するものであって、農地改革の様に全国的に土地の利用関係を変更するものではなく、個別不動産に対して「特別の犠牲」を求める手続だから、原則として、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償が必要であるという考え方に立っています。この理屈は現行の土地収用法71条についても当てはまるものと考えることができます。
このように土地収用の場面における完全補償説は、「収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償」と解釈されています。
このように判例や実務の立場では「正当な補償」には相当な補償で足りる場合と完全な補償が必要な場合があることになりますが、都市再開発の場合は、農地改革など社会全体の変革に伴う私権制限に関する場合ではなく、土地収用の場合と同様に個別的な私権制限の事案といえますから、その場合の「正当な補償」とは「再開発の前後を通じて各権利者の財産価値を等しくならしめるような補償」と解釈できることになります。
これを、再開発における事業者の移転の場面に当てはめて考えると、移転に伴って事業者に経済的損失を与えないような補償が必要となり、移転後の事業の見込みが全く立たず、移転補償に関する用地対策連絡会基準で定められた移転補償では対応できないと考えられる場合は、「営業廃止補償」を求めていくことが考えられます。
第6 営業廃止の補償
1 営業廃止補償・営業規模縮小補償について
再開発に伴う移転先を探しても適当な移転先が見つからず、移転可能な場所があったとしても、そこに移転した場合は経営環境が変わりすぎて従前の営業が全く成り立たなくなってしまうおそれがある場合は、「営業廃止補償」あるいは「営業規模縮小補償」を求めていくことを検討すると良いでしょう。
再開発で良く用いられる「用対連基準」にも「営業廃止補償」の項目はありますが、これが実際の再開発手続で採用されることはほとんどありません。
用対連基準は、土地収用法に基づく損失補償の基準として定められた政令の一種(国土交通省訓令)である「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月29日閣議決定)」に基づいて、中央省庁、公団、公社などの関係機関により設立された用地対策連絡協議会が細目を定めた「公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)」のことを指します。現在では、国土交通省の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」も策定され、ほぼ同じ内容となっております。
【参考】
・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準 ・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針 ・国土交通省損失補償取扱要領 ・財産評価基本通達(抄)
前記公共用地の取得に伴う損失補償基準の営業廃止補償に関する項目を引用します。
公共用地の取得に伴う損失補償基準
(営業廃止の補償)
第47条 土地等の取得又は土地等の使用に伴い通常営業の継続が不能となると認められるときは、次の各号に掲げる額を補償するものとする。
一 免許を受けた営業等の営業の権利等が資産とは独立に取引される慣習があるものについては、その正常な取引価格
二 機械器具等の資産、商品、仕掛品等の売却損その他資本に関して通常生ずる損失額
三 従業員を解雇するため必要となる解雇予告手当相当額、転業が相当と認められる場合において従業員を継続して雇用する必要があるときにおける転業に通常必要とする期間中の休業手当相当額その他労働に関して通常生ずる損失額
四 転業に通常必要とする期間中の従前の収益相当額(個人営業の場合においては、従前の所得相当額)
2 前項の場合において、解雇する従業員に対しては第68条の規定による離職者補償を行うものとし、事業主に対する退職手当補償は行わないものとする。(営業休止の補償)
第48条 土地等の取得又は土地等の使用に伴い通常営業を一時休止する必要があると認められるときは、次の各号に掲げる額を補償するものとする。
一 通常休業を必要とする期間中の営業用資産に対する公租公課等の固定的な経費及び従業員に対する休業手当相当額
二 通常休業を必要とする期間中の収益減(個人営業の場合においては、所得減)
三 休業することにより、又は店舗等の位置を変更することにより、一時的に得意を喪失することによって通常生ずる損失額(前号に掲げるものを除く。)
四 店舗等の移転の際における商品、仕掛品等の減損、移転広告費その他店舗等の移転に伴い通常生ずる損失額
2 営業を休止することなく仮営業所を設置して営業を継続することが必要かつ相当であると認められるときは、仮営業所の設置の費用、仮営業であるための収益減(個人営業の場合においては、所得減)等並びに前項第3号及び第4号に掲げる額を補償するものとする。(営業規模縮小の補償)
第49条 土地等の取得又は土地等の使用に伴い通常営業の規模を縮小しなければならないと認められるときは、次の各号に掲げる額を補償するものとする。
一 営業の規模の縮小に伴う固定資産の売却損、解雇予告手当相当額その他資本及び労働の過剰遊休化により通常生ずる損失額
二 営業の規模の縮小に伴い経営効率が客観的に低下すると認められるときは、これにより通常生ずる損失額
2 前項の場合において、解雇する従業員に対しては第68条の規定による離職者補償を行うものとし、事業主に対する退職手当補償は行わないものとする。国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針
第32 基準第47条(営業廃止の補償)は、次により処理する。
1 通常営業の継続が不能となると認められるときとは、営業所、店舗等が次の各号のいずれかに該当し、かつ、個別的な事情を調査の上、社会通念上当該営業所、店舗等の妥当な移転先がないと認められるときとする。
一 法令等により営業場所が限定され、又は制限される業種に係る営業所等
二 特定地に密着した有名店
三 公有水面の占有を必要とする業種その他の物理的条件により営業場所が限定され
る業種に係る営業所等
四 騒音、振動、臭気等を伴う業種その他の社会的条件により営業場所が限定される
業種に係る営業所等
五 生活共同体を営業基盤とする店舗等であって、当該生活共同体の外に移転するこ
とにより顧客の確保が特に困難になると認められるもの
2 営業の権利等で資産とは独立して取引される慣習があるもの(以下「営業権等」という。)の価格は、正常な取引価格によるものとし、正常な取引価格は近傍又は同種の営業権等の取引価格を基準とし、これらの権利及び補償の対象となる権利等について営業の立地条件、収益性、その他一般の取引における価格形成上の諸要素を総合的に比較考量して算定する。近傍又は同種の営業権等の取引事例がない場合においては、当該営業権等の正常な取引価格は次式により算定した額を標準とする。
R/r
R 年間超過収益額 過去3か年の平均収益額から年間企業者報酬額及び自己資本利子見積額を控除して得た額
この場合において自己資本利子見積額は自己資本額に年利率を乗じて得た額とする。
r 年利率
3 資産、商品、仕掛品等の売却損の補償については、次によるものとする。
(1) 建物、機械、器具、備品等の営業用固定資産の売却損の補償額は、その現在価格から現実に売却し得る価格を控除して得られる価格とし、これらの現在価格の50パーセントを基準とする。ただし、これらの資産が解体処分せざるを得ない状況にあるとき、又はスクラップとしての価値しかないときは、その解体処分価格又はスクラップ価格と現在価格との差額を補償するものとする。
(2) 商品、仕掛品、原材料等の営業用流動資産の売却損の補償額は、その費用価格(仕入費及び加工費等)から現実に売却し得る価格を控除して得られる価格とし、費用価格の50パーセントを標準とする。
4 解雇予告手当相当額の補償額は、解雇することとなる従業員の平均賃金の30日分以上とする。この補償及びその他の営業補償における平均賃金とは、労働基準法(昭和22年法律第49号)第12条に規定する平均賃金を標準とし、同条に規定する平均賃金以外のものでも、通常賃金の一部と考えられる家族手当等は、その内容を調査の上平均賃金に算入できるものとする。
5 同条第1項第3号に規定する転業に通常必要とする期間は、雇主が従来の営業を廃止して新たな営業を開始するために通常必要とする期間であって6か月ないし1年とし、この間の休業手当相当額は、この期間に対応する平均賃金の100分の80を標準として当該平均賃金の100分の60から100分の100までの範囲内で適正に定めた額とする。
6 同条第1項第4号に規定する転業に通常必要とする期間中の従前の収益相当額(個人営業の場合においては所得相当額)は、営業地の地理的条件、営業の内容、被補償者の個人的事情等を考慮して、従来の営業収益(又は営業所得)の2年(被補償者が高齢であること等により円滑な転業が特に困難と認められる場合においては3年)分の範囲内で適正に定めた額とする。この場合において法人営業における従前の収益相当額及び個人営業における従前の所得相当額は、売上高から必要経費を控除した額とし、個人営業の場合には必要経費中に自家労働の評価額を含まないものとする。国土交通省損失補償取扱要領(抜粋)
第21条 運用方針中の補償額の算定に用いる年利率等は、次により処理する。
(2)第9(漁業権等の消滅に係る補償)及び第15(権利の制限に係る補償)第1項(3)一の還元利率並びに第12(水を利用する権利等の消滅に係る補償)第3項、第32(営業廃止の補償)第2項及び第48(特産物補償)第3項の年利率は、8パーセント
2 営業廃止補償が認められる場面
以上の基準は、次のように要約することができます。
営業廃止の補償が認められる場合とは、社会通念上当該営業所、店舗等の妥当な移転先がないといえる場合です。具体的には次の通りです。
・法令等により営業場所が限定され、又は制限される業種に係る営業所等
・特定地に密着した有名店
・公有水面の占有を必要とする業種その他の物理的条件により営業場所が限定される業種に係る営業所等
・騒音、振動、臭気等を伴う業種その他の社会的条件により営業場所が限定される業種に係る営業所等
・生活共同体を営業基盤とする店舗等であって、当該生活共同体の外に移転することにより顧客の確保が特に困難になると認められるもの
3 営業廃止補償額
営業廃止補償額の基準は、次のように要約することができます。
営業権価格=年間超過収益額÷0.08
ここで、年間超過収益額は、過去3か年の平均収益額から年間企業者報酬額及び自己資本利子見積額を控除して得た額です。
年間超過収益額=過去3年の年間平均収益額-年間企業者報酬-自己資本利子見積額
年間起業者報酬額は、財産評価基本通達により、次の金額となります。
・平均利益金額5千万円以下→超過収益金額=ゼロ
・平均利益金額5千万円超~1億円以下→年間起業者報酬額=平均利益金額×0.3+1000万円
・平均利益金額1億円超~3億円以下→年間起業者報酬額=平均利益金額×0.2+2000万円
・平均利益金額3億円超~5億円以下→年間起業者報酬額=平均利益金額×0.1+5000万円
・平均利益金額5億円超→年間起業者報酬額=平均利益金額×0.05+7500万円
自己資本利子見積額は、自己資本額×0.08です。
この計算方法の基本的な考え方は、年間利益を期待利回りで還元して、元本価値を算出するというものです。益回り8パーセントというのは、上場企業における株価収益率(PER)に換算すると12.5倍ということになり、年間利益の12.5倍を営業権価格(株式時価総額)と見積もりすることになります。
しかし、用対連基準では「平均利益金額」に様々な補正要素が加味され、5千万円以下の年間営業利益では営業権価格はゼロとなってしまいますし、「年間企業者報酬額」と「自己資本利子見積額」の名目で、平均収益額から大幅に控除されてしまいますので、営業者の立場では相当とは言えない計算結果となってしまいます。
前記の完全補償説の趣旨に鑑みれば、小規模事業者であっても営業廃止の損失を被るのであれば相当額の補償を求めることができると考えるべきです。小規模事業者の営業廃止補償を一律認めないこととする取り扱いがあった場合は、違法(都市再開発法97条1項違反)又は違憲(憲法29条3項違反)の処分ということで無効主張をすることが考えられます。
第7 具体的主張方法
以上のように、用対連基準によると再開発に伴って事業継続が極めて困難な事例であっても「営業廃止補償」の項目が適用されること自体が困難ですし、仮に適用されたとしても営業権価格はゼロまたは非常に低額の金額となってしまうおそれがあります。具体的な移転先を観念することができないのに、形式的に移転補償額を算出した通損補償の明細書を提示して明け渡しを求めることは不当な要求であると考えられます。
従って、組合側との補償協議を行う場合には、次のような資料を用意して交渉していくことが考えられます。
(1) 同等程度の経営環境の移転先が見つからない事情を示す資料・・・不動産仲介業者との連絡内容を示す書面、賃貸物件検索サイトの条件指定検索結果画面印刷
(2) 入居可能な物件に移転しても経営が成り立たないことを示す資料・・・入居可能物件の詳細資料、入居可能物件近隣の通行量調査など経営環境を示す資料
(3) 従来店舗の顧客の特性を示す資料・・・個々の顧客の個別陳述書(入居可能物件に移転した場合の店舗利用見通しを含む)
(4) 営業廃止補償額を示す資料・・・3年分の損益計算書(複数店舗を経営している法人であれば、当該店舗の営業部分に限った損益計算書を作成する)
組合側は例外的な措置である「営業廃止補償」の適用には難色を示すことが多いでしょう。「営業廃止補償」は一般に補償額が大幅に増加してしまうという事情もあり、極めて抑制的に運用されているのが実情です。
実際の明け渡し交渉は、権利変換期日を待たずに組合設立前後の時期から始まります。どうしてもお困りの場合は経験のある弁護士事務所に御相談なさり、一緒に法的主張を考えて貰うと良いでしょう。
以上