民法改正後の遺留分侵害額請求手続について
民事・家事|遺留分制度の概要と改正による主要な変更点
目次
質問
令和元年の民法改正で遺留分を請求する手続が変更になったと聞きました。どのように変更されたのでしょうか。
回答
1 令和1年7月1日民法改正により、遺留分減殺請求手続が、遺留分侵害額請求手続に変更となりました。令和1年7月1日以降に亡くなった方(被相続人)の相続財産の遺留分については新法の遺留分侵害額請求手続が適用され、令和1年6月30日以前に亡くなった方(被相続人)の相続財産の遺留分については旧法の遺留分減殺請求手続が適用されます。
遺留分減殺請求権の行使期間は、減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年又は、相続開始から10年ですから(旧民法1042条)、遺留分減殺請求権は、遅くとも令和2年6月30日又は、令和11年6月30日迄に行使する必要があります。
2 民法改正により遺留分の制度が改定されましたが、遺留分の割合など、基本的な考え方に変更はありません。ただ、いくつかの点において若干変更も生じておりますので、ポイントを御案内致します。
解説
第1 令和1年7月1日民法改正
1 遺留分制度概要
改正民法1042条
(遺留分の帰属及びその割合)
第1項 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一号 直系尊属のみが相続人である場合 3分の1
二号 前号に掲げる場合以外の場合 2分の1
遺留分は、被相続人の相続財産のうち、遺言や生前贈与にかかわらず、法定相続分の半分(配偶者や子供など。直系尊属のみが相続人の場合は3分の1)まで、兄弟姉妹以外の相続人に相続する権利を与える制度です。
これは、全ての相続財産を被相続人(亡くなった方)の自由に処分できることにしてしまうと、財産が散逸してしまいますし、被相続人が亡くなった後、兄弟姉妹以外の、直系尊属(両親、祖父母)や、配偶者(夫や妻)や、直系卑属(子供、代襲相続人である孫や曾孫など)の生活保障や、被相続人の財産形成への有形無形の寄与や、相続の期待を害することになってしまうので、相続財産と、相続開始前の一部贈与行為について、相続人の権利を認めて保護する趣旨の制度です。
例えば、妻と成人の子供1人が居る男性が、同程度の価値の建物4棟を所有していた場合に、亡くなる直前に(又は遺贈により)全ての建物を故人の趣味の運営団体である「公益社団法人○○○○」に生前贈与した場合に、妻と子供は、故人の遺志は尊重したいと思うけれども自分達の住む家まで無くなってしまうのは困ると考えて遺留分の請求をして、本来の相続分の半分、建物1棟ずつ(令和1年の民法改正後は、建物1棟に相当する価額)を請求できるようにした制度ということになります。
妻と子供は、遺留分を行使することにより、建物に相当する価額を取得して、生計を維持する期待が保護されることになります。
2 形成権から請求権への転換
まず、遺留分の請求に関する新旧条文を御紹介致します。
旧民法1031条
遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
改正民法1046条
第1項 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
第2項 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第1項に規定する贈与の価額
二 第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額
従来の遺留分減殺請求制度では、遺留分は相続人の相続権(包括承継権)の一部であり、遺留分減殺請求権は「形成権」であると解釈されてきました。
形成権は行使と同時に物権的効力を生じる法的権利です。遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使すると、当然に遺留分対象財産の所有権が遺留分権利者に移転するとされてきました。
例えば不動産について、遺留分減殺請求権を行使すると、実際に引き渡しを受けるかどうか、移転登記されるかどうかは別として、相続財産(過去に贈与された財産)である不動産は、受遺者(遺贈を受ける者として遺言で指定された者)、受贈者(生前贈与を受けた者)と、遺留分権利者の共有状態となり、共有財産の管理や処分について、当事者間の協議が必要となりトラブルが継続するという問題がありました。
遺留分対象資産が事業用資産である場合などには、小規模事業主の事業承継に支障を生じる問題もありました(参考:法務省の説明パンフレット)。
共有状態を解消しようとする共有者がいる場合は、別途共有物分割請求手続(民法256条、258条)の手続が必要となり、協議が整わなければ裁判所で分割方法を審理して、当事者の和解が成立しなければ、現物分割や、競売による分割や、価格賠償の判決が出ることになります。
現物分割の主文例
1 別紙物件目録1から3まで記載の土地を別紙分割目録記載のとおり分割する。
2 被告は、原告に対し、別紙物件目録1から3まで記載の土地のうち別紙分割目録1記載の部分について、共有物分割を原因とする被告持分全部移転登記手続をせよ。
3 原告は、被告に対し、別紙物件目録1から3まで記載の土地のうち別紙分割目録2記載の部分について、共有物分割を原因とする原告持分全部移転登記手続をせよ。
競売による分割の主文例 別紙物件目録1の土地について競売を命じ,その売得金から競売手続費用を控除した金額を,原告に2分の1,被告に2分の1の割合で分割する。
価格賠償の主文例
別紙物件目録記載1の土地,同目録記載2の建物を次のとおり分割する。
(1) 別紙物件目録記載1の土地,同目録記載2の建物を原告の所有とする。
(2) 原告は,被告から次項の登記手続を受けるのと引き換えに,被告に対し,金○円を支払え。
(3) 被告は,原告から前項の金員の支払を受けるのと引き換えに,原告に対し,別紙物件目録記載1の土地,同目録記載2の建物の各持分4分の1について,共有物分割を原因とする持分移転登記手続をせよ。
そこで、令和元年改正民法では、遺留分の請求手続を金銭債権として、形成権から請求権に転換しています。遺留分権利者は、遺留分の権利を行使しても当然に不動産など相続財産の共有持分を取得するわけではなく、現在の名義人(遺留分侵害者)に対する金銭債権を取得することとしたのです。
これによって、相続財産に不動産が含まれている場合に共有状態となった不動産をどのように管理処分するかというトラブルを未然に防ぐことができるようになりました。
改正民法1043条
(遺留分を算定するための財産の価額)
第1項 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
第2項 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。
遺留分の計算は、被相続人(亡くなった方)の死亡時に有していた全財産に、死亡10年以内に相続人に対して行った贈与を加算して、死亡時に残っていた債務全額を控除したものを基礎として行います。権利の価格が不明確な場合は家庭裁判所が鑑定人を選任して価格を決めます。
また、(実務上は珍しいことかもしれませんが)遺留分権利者が、生前贈与や遺贈を受けていた場合や、遺言書で相続分の指定を受けていた場合は、その価額は遺留分侵害額から控除しますし、相続債務の一部を分担する場合(遺留分権利者承継債務)はその額を加算することができます(改正民法1046条2項)。
3 遺留分対象贈与の制限
従来の遺留分減殺請求制度では、特別受益にあたる贈与であれば、被相続人死亡の何年前の贈与であっても、遺留分減殺の対象とされており(旧民法1030条、1044条準用で903条)、遺留分減殺請求権が形成権であったことも併せて、被相続人死亡の相当前に生前贈与を受けた相続人の法的安定性を害するという問題がありました(最高裁平成10年3月24日判決など)。
例えば、婚姻時に土地建物の贈与を受けて自宅として住んでいたところ30年後に、贈与者(例えば父親)が死亡し、他の相続人から遺留分減殺請求を受け、共有物分割請求を受けて、自宅を競売に掛けられてしまうリスクを負ってしまうということがありました。
旧民法1030条
贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。
旧民法903条(旧民法1044条による準用)
第1項
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
最高裁判所平成10年3月24日判決
民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は、右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。』
『けだし、民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は、すべて民法一〇四四条、九〇三条の規定により遺留分算定の基礎となる財産に含まれるところ、右贈与のうち民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものが遺留分減殺の対象とならないとすると、遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず、減殺の対象となるべき遺贈、贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが、このことは遺留分制度の趣旨を没却するものというべきであるからである。
もちろん、これらの法解釈は、相続人間の公平性と、生前贈与の受贈者の生活基盤の保持(法的安定性)というバランスの上に立ったものであったのですが、具体的にどのような事例で遺留分の請求が制限されるのか一義的に定まらず不明確であるという問題がありました。
そこで、改正民法では、相続人に対する贈与は原則として被相続人死亡の10年以内になされたものに限り相続財産に含めて遺留分の算定を行う事と定め、例外的に当事者双方が遺留分を侵害することを知って贈与が行われた場合は、10年以上前の贈与であっても相続財産に加算することとしました(新民法1044条各項)。例外部分は旧法と変わりませんので、原則部分が変更されたことになります。
新民法1044条
第1項 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
第2項 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
第3項 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
新民法第904条
前条に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。
第2 具体的手続
1 新法における遺留分侵害額請求手続
遺留分に関する上記の民法改正は令和1年7月1日に施行されました。令和1年7月1日以降に相続が発生(つまり被相続人が亡くなった)事例について、改正民法の遺留分侵害額請求手続を行うことができます。遺留分減殺請求から、遺留分侵害額請求へと、手続の名称が変わりましたので注意が必要です。
遺留分が侵害されていることを知った日から1年、相続開始から10年以内に、内容証明郵便で遺留分侵害額請求権を行使する通知を行います(新民法1049条)。
内容証明が相手に送達された日を証拠として残しておく必要がありますから配達証明郵便が必要です。また、遺留分侵害額請求をすることを記載すれば足り、金額まで記載する必要はありません。
請求権を行使しても、相手方が支払いをしないときは、相手方住所地を管轄する家庭裁判所に家事調停(遺留分侵害額の請求調停)の申立を行います。
また訴訟を起こすことも可能ですが、その場合は家庭裁判所ではなく地方裁判所、請求金額140万円以下の場合は簡易裁判所になります。
調停では到底話が出来ずに物別れになると予想される場合は、いきなり訴訟を提起することも可能ですが、その場合は訴訟提起の時点で請求する金額を計算しておく必要があります。ですので、遺産総額が不明の場合や遺産の評価が困難な場合は家庭裁判所の調停から始めることになります(参考:家庭裁判所の書式説明ページ(遺留分侵害額請求調停))。
2 旧法による遺留分減殺請求手続
令和1年6月30日までに発生した相続(被相続人が死亡した相続)については従来通り「遺留分減殺請求」手続を取る必要があります。
相続開始から1年以内に、内容証明郵便で遺留分減殺請求権を行使すること、及び所有権持分権に基づいて物件の返還を求める旨を通知します(旧民法1031条、同1042条)。
減殺請求権を行使しても、相手方が物件の返還に応じないときは、相手方住所地を管轄する家庭裁判所に家事調停(遺留分減殺による物件返還請求調停)の申立を行います(参考:家庭裁判所の書式説明ページ(遺留分減殺による物件返還請求調停))。
遺留分減殺請求権の行使期間は、「相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時」から1年間ですから、最も遅くて令和2年6月30日までに内容証明郵便で通知する必要があることになります。
但し、被相続人が亡くなっても、遺留分の侵害を知らなかったということであれば、相続開始から10年までは遺留分減殺請求権を行使することができます(旧民法1042条)。
従って、最も遅くて令和11年6月30日まで、遺留分減殺請求権が行使される可能性があるということになります。
ご両親(被相続人)が亡くなってから1年以上経過している事例など、手続についてお困りの場合はお近くの法律事務所に御相談なさると良いでしょう。
以上