支部管轄事件の勾留決定に対する準抗告申立て
刑事|支部が夜間・休日で準抗告の申し立てができない場合の対応|最判昭和44年3月25日決定
目次
質問
都内で働く息子が、出張先で痴漢行為の疑いがもたれ、迷惑防止条例違反の容疑で逮捕され、昨日、勾留が決まってしまいました。明日からの3連休は出張先での大事な会議が入っており、すぐに釈放してもらわないと会社に迷惑をかけてしまうことになります。
しかし、国選弁護人の話によると、本件の管轄裁判所は本庁ではなく支部であり、明日からの3連休は裁判官が常駐していないから、勾留に対する不服申立ての手続を行うことが出来るのは連休明けになると言われてしまいました。
息子は事実関係を認めているようですが、可能であれば、被害女性との円満な示談による解決を希望しております。
それでも息子は勾留し続けられてしまうのでしょうか。親心から、息子のことを可能な限り早く釈放してもらいたい気持ちでいます。
回答
1 国選弁護人の「勾留に対する不服申し立て」は、刑事訴訟法429条1項2号に定められており、勾留決定に対する準抗告の申立てといいます。刑事訴訟法第60条で定める勾留の要件がないのに勾留決定がなされており不当な決定であるという申立てです。
いわゆる痴漢行為や盗撮行為といった迷惑防止条例違反の罪は、被害者との面識がない場当たり的な犯行がほとんどであり、本来、罪証隠滅や逃亡のおそれは類型的に低いと考えられます。
近年は、被疑事実に対する認否の状況や示談の成否にかかわらず、検察官の勾留請求が却下される例が増えており、準抗告により原裁判が取り消される可能性は十分にあるといえます。
2 準抗告の申立先は、原則として勾留決定を出した管轄裁判所ということになります。しかし、本件のように小規模な支部裁判所の場合、夜間や休日に当直の裁判官が常駐していないことがあり、また、裁判官の人員の都合で夜間や休日に合議体を組むことが出来ない場合もあります。
このような不都合を回避するために、本庁を申立先とすることが認められるべきであり、実際に、そのような運用がなされています。地方裁判所の支部には独立の司法行政権を与えられておらず、外部に対しては本庁と一体をなすものであるからです。
従って、国選弁護人の説明のように支部に準抗告の申し立てをする必要はなく、連休で支部に裁判官がいないということであれば本庁に申し立てることが出来ます。
本件は、連休中の釈放であれば勤務会社に対する説明も余裕をもってできますし、事案により懲戒解雇等の関係でも大きな意味を持つことになります。時間との戦いになる面がありますので即日、接見は不可欠です。真夜中でも接見はできますので他の弁護士にも相談してみましょう。
3 終局処分との関係では、被害者との間で示談を成立させることで、不起訴処分の獲得が十分に可能です。
解説
第1 刑事手続きの流れについて
ご子息は、迷惑防止条例違反の嫌疑で逮捕され、現在、逮捕に引き続く勾留を理由として身体拘束を受けております(刑訴法205条1項)。
勾留の要件は、①勾留の理由と②勾留の必要性です。
①勾留の理由があるというためには、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(刑訴法60条1項柱書)があると共に、同条項各号(1号:住居不定、2号:罪証隠滅のおそれ、3号:逃亡のおそれ)のいずれかを満たす必要があります。
また、②勾留の理由が認められても、事案の軽重、勾留による不利益の程度、捜査の実情等を総合的に判断し、被疑者を勾留することが実質的に相当でない場合は、勾留の必要性を欠くこととなります(刑訴法87条参照)。
令状裁判官は、これらの要件を満たすものと考えて、検察官の勾留請求を認める決定を出しました。
被疑者勾留の期間は原則10日間ですが(刑訴法208条1項)、「やむを得ない事由」が存在する時は、更に10日間延長することが可能とされています(刑訴法208条2項)。
検察官は、勾留期間の満期日の前日までに終局処分の方針、すなわち正式起訴(公判請求)するか、略式起訴(罰金)するか、不起訴とするかを決定することになります。
検察官の判断で満期日前に釈放することは稀であり、後述の勾留決定に対する準抗告が認められる等、弁護人が積極的な働きかけを行わない限り、勾留による身柄拘束は続きます。
第2 本件の弁護活動について
1 身柄の早期釈放に向けた活動
(1) 勾留決定に対する準抗告の申立て
早期の身柄釈放を目指す観点からは、裁判官の勾留(延長)決定に対する準抗告(刑訴法429条1項2号)を申し立てることが考えられるでしょう。
いわゆる痴漢行為や盗撮行為といった迷惑防止条例違反の罪は、被害者との面識がない場当たり的な犯行がほとんどであり、本来、罪証隠滅や逃亡のおそれは類型的に低いと考えられます。このようなこともあり、近年は、迷惑防止条例違反の事案で示談の成否や認否の状況を問わず、検察官の勾留請求が却下される例が増えており、これに伴い、検察官が勾留請求自体をしない例も増えてきました。
しかし、依然として安易な勾留請求、勾留決定は見受けられます。迷惑防止条例違反の事案における弁護人の職責としては、送検直後から検察官に勾留請求をしないよう働きかけを行うべきですし、仮に勾留請求された場合は、裁判官に対して勾留決定を出さないよう働きかけを行うべきですが、本件のように勾留決定が出てしまった場合は、速やかに準抗告の申立てを行い、勾留決定の取消しを狙うべきです。
罪証隠滅や逃亡のおそれが類型的に認められやすい事案においては、被害者との間の示談が成立するまで準抗告が認められる可能性が低いといえますが、迷惑防止条例違反の場合は、示談の成否にかかわらず、原裁判が取り消される可能性が十分にあります。
したがい、まずは準抗告の申立てを何よりも優先させ、仮に棄却された場合は、後述のとおり、早期の示談成立を目指すことになります。
示談が成立すれば、被害者への接触の危険(罪証隠滅のおそれ)が減退すると考えられ、準抗告が認められる可能性が極めて高い状況になるでしょう。
(2) 申立ての管轄について
準抗告の申立先は、決定をした裁判官の所属する裁判所が管轄裁判所ということになりますが、本件のように小規模な支部裁判所の場合、夜間や休日に当直の裁判官が常駐していないことがあり、弁護人が準抗告の申立書を持参しても、窓口が開いておらず、提出できないという事態が起こり得ます。
また、勾留の裁判に対する準抗告は3名の裁判官で構成される合議体によって審理・決定がなされなければならないところ(裁判所法26条2項4号、3項、刑事訴訟法429条3項、1項2号)、そもそも支部裁判所の規模によっては、夜間や休日に合議体を組むことが出来ない場合もあります。
しかし、夜間や休日に準抗告の申立てが出来ないというのは、被疑者の人権(憲法34条後段)との兼ね合いで大変問題です。そこで、このような場合には、本庁を申立先とすることが認められるべきです。
「地方裁判所の支部は、地方裁判所の事務の一部を取り扱うため、本庁の所在地を離れて設けられたものであるが、原則として、独立の司法行政権を与えられていないから、それ自体司法行政官庁ではなく、司法行政官庁としての本庁に包摂され、外部に対しては本庁と一体をなすものであつて、支部の権限、管轄区域は、裁判所内部の事務分配の基準にすぎないものと解すべきである。」と判示した最判昭和44年3月25日決定刑集23巻3号212頁からも、本庁が準抗告の判断権限(管轄権)を有することは明らかです。
なお、弁護人は弁護人選任届を提出しない限り弁護活動ができませんが、小規模な地方検察庁支部の中には、裁判所同様、夜間・休日窓口が設けられていない場合があります。この場合、裁判所同様、弁護人選任届を検察庁本庁に提出することになります(刑事訴訟規則17条 弁護人選任届出書は事件を取り扱う検察官又は司法警察職員となっています。勾留決定があったということですから担当検察官は決まっているので担当検察官宛に提出することになります)。
2 処分軽減に向けた活動(被害者との示談)
迷惑防止条例は健全な風俗秩序という社会法益を保護法益としており、個人に対する犯罪ではないとされます。
とはいえ、痴漢行為を受けた者が実質的な被害者である以上、当該被害者との示談の成否は、検察官の終局処分に大きな影響を及ぼします。初犯であれば、示談の成立により不起訴処分の可能性が極めて高くなります。
また、被害者側から示談に応じられないとの明確な回答があった場合でも、贖罪寄付を行う等、可能な限りの反省を示すことで、不起訴処分が獲得できる場合があります。
第3 まとめ
本件では、何もしなければ、長期間の勾留による身体拘束を受けた上で前科も付いてしまうことになります。
早期の身柄釈放及び終局処分の軽減をご希望されるのであれば、早急に弁護人を選任して示談を中心とした弁護活動を依頼する必要があります。
刑事弁護に精通した弁護士への相談をお勧めします。
以上