精神疾患による休職と解雇
労働|うつ病による休職|東京地判平成14年4月24日(岡田運送事件)|最判平成10年4月9日(片山組事件)|最判平成26年3月24日(東芝事件)
目次
質問
私が今の会社に就職してから5年になります。半年前までは普通に働いていたのですが、職場のトラブルが原因で、うつ病と診断されてしまいました。会社からは休職を指示されていたのですが、先日「これ以上の休職を認めるわけにはいかないので、解雇する」と言われ、クビになってしまいました。
医師からは、うつ病は快方に向かっていると聞いていたのですが、私はこのままあきらめるほかないのでしょうか。
回答
1 まずは、就業規則等の確認をして、休職制度が定められているか、定められているとしてその期間はどのくらいか、期間満了後はどのような扱いになっているか等を確認する必要があります。もし、休職期間が満了していなければ、満了後も復職の見込みがない場合等を除き、解雇は認められません。
また、仮に定められた期間が満了するとしても、労働者側で復職が可能であることを示すことができれば解雇は無効になりますし、会社側として、解雇を回避するための配慮(復職準備期間を設けたり、他の部署での業務可能性を検討したりする等)を欠く場合には、やはり解雇は無効になります。
2 就業規則が定められていないような場合でも、病気により業務に堪えない、ということで、即解雇ということは認められませんので、解雇が無効となることもあります。
3 また、本件においては明確ではないですが「職場のトラブル」の内容によっては、本件疾患が業務に起因するものであるといえる可能性があります。その場合は、そもそも(療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合を除いて)解雇できません(休職期間満了に伴う自然退職が定められていても同様です)。これらの判断のためには、早い段階で(納得のいく形で)医師の診断を受けることが重要です。
また、業務起因性の疾患の場合、職場に対して損害賠償請求をすることもできる可能性もありますし、労災の申請をすべきケースもあります。
4 いずれにしても複雑な対応が求められますので、ご自身で退職等されないうちに、弁護士に相談されることをお勧めします。
解説
第1 はじめに
精神的な疾患にり患してしまった場合、その後も働き続けることができるかという点は気になるところではないかと思います。
そのためには、まず会社の就業規則を確認する必要があります。就業規則は、労働契約の細則を定めたもので、社員が10人以上いる会社の場合は、就業規則の定めが義務付けられています(労働基準法89条1項)し、社員への周知義務が科せられています(同法106条1項)から、閲覧を求めた場合に会社側は拒否できません(規模が小さい等の理由により就業規則がない場合には、労働契約書(雇用契約書)を確認することになります)。
通常の就業規則(労働契約書)においては、「心身の故障のため業務に堪えないとき」を普通解雇事由として定めていることが一般的ですから、精神的な疾患により、「心身の故障のため業務に堪えないとき」に該当する場合には、形式的に解雇され得る、ということにもなりそうです。
しかし、特定のケースを除き、配慮をすることなく直ちになされる解雇は、合理性を欠き、社会通念上相当ではないとして、解雇権の濫用として無効(労働契約法16条)になる可能性があります。そのため、一般的な就業規則においては、「配慮」として解雇の前段階として休職制度を設けています。本件についても、当該休職制度を使って休職をしているものと思われます。
もっとも、休職期間には上限がありますし、休職期間満了後には解雇される可能性も否定できません。他方で、休職期間や休職期間満了後の復帰の方法、また疾患の原因によっては(休職期間が満了してしまったとしても)解雇を争うことができることもあります。
そこで以下では、①精神的な疾患を理由とした解雇と休職制度、②休職期間満了後の解雇が無効になるケースを説明したうえで、③本件における具体的な対応について検討します。
第2 疾患を理由とした解雇の有効性と休職制度
1 解雇の要件
精神疾患にり患してしまった場合、それを理由とする解雇がただちに認められるかですが、上記のとおり、通常の就業規則あるいは労働契約書には、「心身の故障のため業務に堪えないとき」には普通解雇が可能、との条項があります。業務不能であれば雇用契約を維持することは不可能ですから、この条項には一定の合理性が認められます。
したがって、①精神疾患の程度から、業務に堪えられないと評価できる場合には、解雇事由が認められる、ということになります。
他方で、仮に解雇事由が存在していたとしても、②解雇には合理性と社会通念上の相当性が求められます(労働契約法16条)。
この要件を充足するために、通常、企業では即時に解雇をすることはなく「休職制度」を設けています。休職制度自体は法的な義務ではないのですが、ただちに解雇をすると②解雇の合理性・相当性を欠く可能性が高いので、治療期間を「休職」扱いにして、様子を見る必要がある、と考えられているからです。
そのため、仮にその時点で休職制度を設けていなくても(義務ではないので、休職制度がないことも違法ではない)、実際上は休職扱いを認めることも多くあります。
上記のとおり、義務ではないので、休職期間やその間の給与、社会保険料の支払義務等の条件については各企業によって異なります(少なくとも、健康保険組合から傷病手当金が出る可能性は高いところです)。
2 休職制度の必要性|裁判例の状況
なお、必ず休職期間を置く必要があるか、という点について判断したのが、東京地判平成14年4月24日労働判例828号22頁(岡田運送事件)です。
この事件では、脳梗塞を発症したトラック運転手の原告に対する懲戒解雇の有効性が争点のひとつとなりました。また、この企業においては、就業規則で休職制度が定められていたのですが、この休職制度を適用せずに解雇しています。
裁判所は、「懲戒解雇は、使用者による労働者の特定の企業秩序違反の行為に対する懲戒罰であり、普通解雇は、使用者が行う労働契約の解約権の行使であり、両者はそれぞれその社会的、法的意味を異にする意思表示であるから、懲戒解雇の意思表示がされたからといって、当然に普通解雇の意思表示がされたと認めることはできない。他方、使用者が、懲戒解雇の要件は満たさないとしても、当該労働者との雇用関係を解消したいとの意思を有しており、懲戒解雇に至る経過に照らして、使用者が懲戒解雇の意思表示に、予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には、懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができるものと解される。」として、懲戒解雇は認められないものの、懲戒解雇の意思表示の中に普通解雇の意思表示を含むとしました。
その上で「本件解雇通告の時点(平成11年11月30日)で、トラック運転手としての業務に就くことが不可能な状態であったことが認められるというべきで、就業規則11条(4)の「身体の障害により業務に堪え得ないと認めたとき」の普通解雇事由に該当する」としたうえで、休職制度を適用しなかったことについて「被告の就業規則8条ないし10条は、業務外の傷病による長期欠勤が一定期間に及んだとき、使用者がその従業員に対し、労働契約関係そのものは維持させながら、労務の従事を免除する休職制度であるところ、この趣旨とするところは、労使双方に解雇の猶予を可能とすることにあると解される。したがって、かかる休職制度があるからといって、直ちに休職を命じるまでの欠勤期間中解雇されない利益を従業員に保障したものとはいえず、使用者には休職までの欠勤期間中解雇するか否か、休職に付するか否かについてそれぞれ裁量があり、この裁量を逸脱したと認められる場合にのみ解雇権濫用として解雇が無効となると解すべきである。」
「本件では、前記(1)のとおり、原告は、平成13年1月31日まで就労不能と診断されており、仮に休職までの期間6か月及び休職期間3か月を経過したとしても就労は不能であったのであるから、被告が原告を解雇するに際し、就業規則8条に定める休職までの欠勤期間を待たず、かつ、休職を命じなかったからといって、本件解雇が労使間の信義則に違反し、社会通念上、客観的に合理性を欠くものとして解雇権の濫用になるとはいえない。」
「本件解雇は、普通解雇としては、客観的、合理的な理由があり、社会通念上相当なものとして是認することができるから、解雇権を濫用したものとはいえない。」と判示しました。
3 本件における検討
以上の裁判例からすると、当該時点における疾患の程度から、仮に休職制度を適用したとしても、業務を遂行できないことが明確であれば、ただちに解雇することもできる、と考えられます。
他方で、上記裁判例は、トラック運転手が脳梗塞を発症した場合ですから、休職制度を適用した後の回復可能性や、その後の業務遂行可能性についてある程度客観的に立証が可能な事案でした。
本件のような精神疾患の場合、休職によって復職が不可能であると休職前に示すことは通常難しいと思われるため、やはりただちに解雇を強行することは(程度の問題であれ)難しい、といえるところです。
第3 休職期間満了後の解雇の有効性
1 問題の所在
以上のとおり、精神的疾患にり患して勤務が難しくなってしまった場合、基本的には休職が認められる傾向にあります。そこで次には、休職期間満了後の解雇が認められるか、という点を検討する必要があります。
通常、就業規則等で休職制度が設定されている場合、休職期間満了時点で復職が不可能であれば、解雇を認める条項や自動的に(自然に)退職扱いにする条項が併せて定められていることが多いため問題になります。
2 復職可能性|裁判例の状況
まず前提として、休職期間が満了した時点において、本当に復職が不可能かどうか、という点を考えるべきです。
この点について裁判になった場合、復職可能性の立証責任が使用者にあるのか労働者にあるのか問題となります。この点については、休職期間満了時点で復職可能性がない場合に、解雇をする旨の条項になっているか、自動的に退職扱いにする条項になっているかによって判断が分かれると考えられており、退職扱いにする条項が設けられている場合には、労働者側に復職が可能であることの立証責任がある、と考えられています。
例えば、東京地判平成26年11月26日労働判例1112号47頁は、「業務外傷病により休職した労働者について、休職事由が消滅した(治癒した)というためには、原則として、休職期間満了時に、休職前の職務について労務の提供が十分にできる程度に回復することを要し、このことは、業務外傷病により休職した労働者が主張・立証すべきもの」と判示しました。
具体的な立証方法については、特に、本件のような精神的疾患の場合、外形から復職可能性が判断できないですから、医師の意見が重要になります。
企業が契約している産業医がいれば、その産業医の診断(書)になりますが、その診断に問題がある(こちらに有利な判断ではない)場合には、その根拠を確認したり、場合によっては他の医師からセカンドオピニオンをとる等により、復職可能性の証拠を確保する必要があろうかと思います。
3 他の業務に従事可能な場合
次に、休職期間満了時点で、休職前の業務に100%従事することはできないが、(他の)業務に従事することはできる場合に、解雇(あるいは退職扱い)が認められるか、という点が問題になります。
この点について、まず、最判平成10年4月9日判例タイムズ972号122頁は、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。」
「前記事実関係によれば、上告人は、被上告人に雇用されて以来二一年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、また、上告人提出の病状説明書の記載に誇張がみられるとしても、本件自宅治療命令を受けた当時、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである。そうすると、右事実から直ちに上告人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、上告人の能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。そして、上告人は被上告人において現場監督業務に従事していた労働者が病気、けがなどにより当該業務に従事することができなくなったときに他の部署に配置転換された例があると主張しているが、その点についての認定判断はされていない。そうすると、これらの点について審理判断をしないまま、上告人の労務の提供が債務の本旨に従ったものではないとした原審の前記判断は、上告人と被上告人の労働契約の解釈を誤った違法があるものといわなければならない。」と判示し、他に配置可能な業務があり得るにもかかわらず、これを検討しないでした退職扱いを無効としました。
他にも、東京地判昭和59年1月27日判例時報1106号147頁は、「すなわち、被申請人が申請人の復職を不可能と判断したのは産業医のI医師の判断を尊重したためであることは前認定のとおりであるが、その一瀬医師の判断の基礎となっている資料は、被申請人の新東京国際空港支店運航課の職場と職務内容の現場視察の結果のほか、前記渡辺、片桐鎮夫医師の意見書であったことは前認定のとおりであるところ、これら両意見者の内容も、前認定のとおりであって、いずれも復職の可能性自体を否定するものではなく、復職にあたっては申請人に軽度ではあるが残っている身体平衡機能の異常の後遺症を考慮して自動車運転、高所作業等を禁止するという内容のもの、あるいは、復職にあたっては軽勤務から徐々に通常勤務に戻すことが望ましいという助言を与える内容のものであることが認められ、これら意見書に記載された内容の限りにおいては、前認定の運航搭載課の職場事情のもとにおいて申請人を他の職員の協力を得て当初の間はドキュメンティストの業務のみを行なわせながら徐々に通常勤務に服させていくことも充分に配慮すべきであり、前記の後遺症の回復の見通しについての調査をすることなく、また、復職にあたって右のような配慮を全く考慮することなく、単に一瀬医師の判断のみを尊重して復職不可能と判断した被申請人の措置は決して妥当なものとは認められない。」と、復職準備期間を設けない解雇(退職扱い)を無効としています。
4 疾患の業務起因性
以上の他に検討するべき事情として、疾患の業務起因性があります。仮に、疾患が業務に起因するものであった場合には、労基法19条1項本文により、「疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間」については解雇が制限されています。
上記就業規則において休職期間満了時に自然退職扱いをする条項が定められている場合でも、その休職が業務に起因する場合には、同条項の類推適用により、退職扱いは無効になります。
この業務起因性の認定は、労災と重なりますが、必ずしも労災の認定が必要ではありません。
例えば、最判平成26年3月24日裁判所時報1600号1頁の第一審では、「労働基準法19条1項において業務上の傷病によって療養している者の解雇を制限をしている趣旨は、労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは自己の責めに帰すべき事由による債務不履行であるとはいえないことから、使用者が打切補償(労働基準法81条)を支払う場合又は天災事故その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り、労働者が労働災害補償としての療養(労働基準法75条、76条)のための休業を安心して行えるよう配慮したところにある。そうすると、解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは、労働災害補償制度における「業務上」の疾病かどうかと判断を同じくすると解される。」
「そして、労働災害補償制度における「業務上」の疾病とは、業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ、同制度が使用者の危険責任に基づくものであると理解されていることから、当該疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。」
「したがって、労働基準法19条1項にいう「業務上」の疾病とは、当該業務と相当因果関係にあるものをいい、その発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められることを要するというのが相当である。」と判示し、最高裁でも維持されています。
第4 本件における具体的な対応
以上を踏まえて本件における具体的な対応ですが、まずは就業規則や労働契約書を確認して、休職制度の有無や期間について確認する必要があります。
仮に、就業規則等に休職制度が定められていて、かつ定められている休職期間を満了する前のことであれば、休職期間前の解雇ないし退職扱いは(基本的には)認められません。
また、休職制度が定められていなかった場合や、定められている休職期間が満了している場合には、その後の復職可能性や他に業務可能な配置がないかを検討するとともに、今回の休職の原因が業務に起因するものではないか、も併せて検討する必要があります。
いずれにしても、退職を拒否したにもかかわらず、解雇されてしまった場合には、地位の確認を求めて訴訟や労働審判の申立をすることになりますし、併せて未払いの給与を請求することになります。
また、業務起因性がある場合には、安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求を会社に対してすることができる可能性もあります。
本件の事案では複雑な対応が求められますし、自主的な退職を決めてしまうと復職は難しくなるので、早い段階で弁護士に相談されることをお勧めします。
以上