住宅トラブル|民法改正後の危険負担・瑕疵担保について
民事|引渡し前に建物が倒壊した場合の代金支払義務の有無|建物引渡し後の売主に対する修繕請求の可否
目次
質問
1 私は,都内に住む会社員です。退職後は千葉の田舎で暮らそうと考え,今年4月,古い一軒家の売買契約を締結しました。建物の引渡しは2週間後に予定していたのですが,引き渡しを受ける前に,先日の大型台風で近くの木が倒れて建物を直撃し,建物が倒壊してしまいました。
売主からは,「既に契約は成立しているのだから,全額代金は支払ってもらう。法律上も,このような倒壊の危険は買主が負担することとなっている。」と言われて困っています。どう対応したら良いでしょうか。
2 また、古い建物で、売主からは以前シロアリが出て修理したことも聞いています。引渡し後にシロアリで修理が必要な場合、売主に修理を求めることはできますか。売主は修理したので問題ないといっていますが心配になりました。
回答
1 今回のご質問1のような,いわゆる「危険負担」の問題については,平成29年の民法(債権法)改正(令和2年4月1日施行)によって,従前の債権者負担の規定が廃止され,債務者の負担とされることになりました(民法536条1項)。つまり,債権者(買主)は,反対給付(売買代金の支払い)を拒否できることとなります。本件でも,あなたは代金の支払いを拒絶することができるのが原則です。
2 今回のご質問2のように,売買の目的物について、何らかの欠陥(瑕疵)があった場合について,改正前の旧民法では,瑕疵担保責任(契約上の債務不履行ではなく特別に法で定めた責任)として規律がされていました。
しかし,新民法では,契約内容に不適合の給付をした契約上の責任(債務不履行責任)として規律するものとし,契約の目的を達成するために,履行の追完請求や代金の減額請求,さらに一般の債務不履行責任の追及として契約の解除や損害賠償等の請求を認めています。
3 改正を踏まえていかなる請求が最もあなたにとって有利かについては,弁護士などの専門家と相談して検討することをお勧めいたします。
解説
1 危険負担の改正について
今回のご質問1のように,売買契約の目的物が,引渡前に双方の責めに帰することができない事由によって滅失した場合の問題は,いわゆる「危険負担」の問題とされていました。
この点について,以前の民法534条では,「その負担は債権者の負担に帰する」と定められていました。つまり,本件のように台風等の自然災害で建物が滅失,損傷した場合でも,債権者(買主)は契約どおりの売買代金を支払わなければならない,とされていました。その理由は、特定物売買契約締結をした以上民法の物件変動の意思主義(民法176条)により、権利は、買主(債権者)に観念的ではあるが移転しているので危険も負担すべきであるから買主は代金支払い義務は免れないとされていました。
しかし,買主が未だ引渡しを受けていないうちに(実質的支配が移らない)建物が滅失してしまったにも関わらず,代金の全額を支払わなければいけないのは不公平、合理性がないとして,上記の平成29年の民法改正により,上記民法534条の規定は削除されました。
そして,新法536条1項では,このような場合につき「債権者は,反対給付の履行を拒むことができる」とされています。つまり,債権者(買主)は,反対給付(売買代金の支払い)を拒否できることとなりました。したがって本件でも,あなたは代金の支払いを拒絶することができるのが原則です。
なお,同条項はあくまで履行の拒絶を定めたものですので,確定的に代金支払い義務を消滅させるためには,契約自体を解除する旨を相手に連絡しておいた方が良いでしょう。
ご自身での協議が困難な場合などには,弁護士を通じて支払いの拒絶及び解除の通知をすることをお勧めいたします。
2 瑕疵担保責任について
今回のご質問2のように,売買の目的物について何らかの欠陥(瑕疵)があった場合について,改正前の旧民法では,瑕疵担保責任として規律がされていました。
旧民法では,中古住宅などの特定物の売買においては,その目的物について欠陥があった場合でも,その物自体を引き渡せば,契約上の義務は履行したことになるとの考え方がありました。すなわち,その目的物を引き渡した時点で、売買契約上の債務は完全に履行したことになり,引渡し後にその欠陥が見つかっても債務不履行にはならないとの考え方です。中古物件のような特定物の売買においては、売買の目的物は、欠陥があったとしても欠陥のあったそのものであり、その目的物を売り渡すことが売主の債務であり、欠陥のないものを売り渡す責任はないという考え方です。
そのような考え方だと,本件の質問2のようにシロアリなどの隠れた瑕疵(欠陥)が見つかった場合には,売主に対して債務不履行を前提にした請求ができないことになります。それでは買主の保護に欠けるため,瑕疵担保責任として,損害賠償請求権や,契約の解除請求権を認めていました。
しかし,このような瑕疵担保責任の追及のためには,いくつかの要件が障害となることもありました。例えば,旧法570条では瑕疵が「隠れた」瑕疵であることを要件としていたため,本件のように事前に何等かの説明があった場合,要件が満たされず,瑕疵担保責任の追及が不可能な場合もありました。
新法ではより契約責任の現代化、公平化をはかるため,目的物の瑕疵について,上記のような法律上の特別の責任ではなく,純粋な契約上の責任としています。実際に売主のした給付が契約に適合していなかった場合には債務不履行となり,買主は売主に対して各種の請求をすることが可能となりました。
具体的には,目的物の修補や代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求できることとなりました(新法562条)。
また,買主が相当の期間を定めて催告し,その期間内に履行の追完がない場合は,代金の減額が請求できるとしました(新法563条1項)。この代金の減額請求は,旧法では数量不足等の場合にのみ認められていましたが,改正により契約内容に適合しない給付全般について認められることとなりました。
さらに,上記のように特定物の売買でも債務不履行の一態様であることとなったため,契約の解除や損害賠償請求も可能です(新民法564条)。
つまり,買主は,追完請求,代金減額請求,解除,損害賠償請求等の方法の中から自分の都合の良い請求を選択できることになりました。
今回のようなケースでも,追完請求の一つとして修補の請求をすることも可能となります。いかなる請求が最もあなたにとって有利かについては,弁護士などの専門家と相談して検討することをお勧めいたします。
3 その他
今回のケースとは異なりますが,売主が買主に目的物を引き渡した場合において,その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し,又は損傷したときは,買主は,その滅失又は損傷を理由として,履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができません(新民法567条)。この場合において、買主は、代金の支払を拒むこともできません。
新法の施行日である令和2年4月1日よりも以前に締結された売買契約については,従前の規定が適用されます。
今回の債権法改正は,実務への影響が大きい点もおおいところです。思わぬ不利益を受けぬよう,弁護士に相談しながら対応されることをお勧めいたします。
以上