再開発における権利変換と損失補償|定期建物賃貸借契約の有効性について争いがある場合
都市再開発法|定期建物賃貸借の有効要件|権利変換を受ける権利の存否を判断する基準日の判断方法|基準日における権利について争いがある場合のみなし規定(都再法73条4項)について|定期建物賃貸借契約が権利変換期日より前に終了する事案
目次
質問
私は、ビルの一室を賃借し、飲食店を経営していますが、店舗がある地区につき市街地再開発事業の認可決定が決まり貸主と再開発組合の方から、「あなたの店舗物件は定期建物賃貸借契約となっており、その期間が再開発事業による権利変換期日の予定日よりも前に終了するため、その時期に退去してもらう。再開発事業の対象となることはなく、移転に際しての補償金なども一切支払われない。」との通知がありました。
賃貸借契約書を確認したところ、「定期建物賃貸借契約書」との記載があり、その期間は今から約半年後に設定されています。しかし、私はもともと20年前から普通賃貸借契約で本件建物を賃借していたところを、約10年前に大家から「再開発の可能性があるので定期借家にする必要がある。再開発までは必ず更新できるので安心して欲しい。」などと言われ、契約の切り替えに応じたものです。そのときには、再開発のために移転するときには、当然補償金などが支払われるものと認識していました。
私は、大家や再開発組合のいうとおり、契約期間満了時には退去しなければならないのでしょうか。再開発において、補償金の支払いや自分の権利の保護を主張することはできないでしょうか。
回答
1 補償が受けられるか否かについては、第1に賃貸借契約が定期借家契約としての要件を満たしているか、それとも契約書には定期借家契約と記載してあっても法令要件を満たさないため普通借家契約と認められるか、第2に仮に定期借家契約としても、契約の終期がいつなのかを検討する必要があります。
本件で再開発組合らは、契約が定期建物賃貸借契約であることを前提にしていますが、定期建物賃貸借契約が有効と認められるためには、借地借家38条2項の説明がされていることが必要です。その説明には、判例上厳しい基準が課されています。不動産という人の仕事や居住の重要な拠点の貸し借りに関する契約ですから、退去義務の有無について厳格な要件が求められているのです。
本件でも、書類上定期建物賃貸借契約になっていたとしても、更新が前提であるかのような説明がされていたとのことですので、具体的な経緯によっては、定期建物賃貸借特約が無効である(権利変換期日時にも普通借家権が存在する)ことを主張することができる可能性があります。
2 また、賃貸人や再開発組合は、権利変換期日までに契約期間が終了することを根拠に無条件の退去を要求しているとのことですが、都市再開発法上、借家権のような物件に関する権利の存否について、権利変期日を基準に定めるべきと定めた規定はありません。
都市再開発法の解釈では、所謂評価基準日(事業計画認可決定から30日後、都再法80条1項)の時点で権利を有していれば、再開発事業の対象となる、との解釈も可能です。そのため、この条項の適用を主張し、再開発における権利を主張することも可能です。
3 さらに、都再法では、法律上権利の存否につき争いがある場合には、権利が存在するものとみなすとの規定(都再法73条4項)もあります。本件でも、定期建物賃貸借契約の有効性(借家権の存否)について争いがある場合ですので、当該条文の適用を主張することも考えられます。
4 再開発における定期借家契約の取り扱いについては、法律上も明確に規定されていない部分が多いといえます。そのため、弁護士を通じて法律上の反論を適格に行うことにより、再開発事業において適切な取扱い(補償金の支払いや再開発建物の利用(権利変換))を受けることも十分可能性があります。当初の対応によってその後の反論の可否も変わってきますので、速やかに弁護士に相談されることをお勧めします。
5 都市再開発関連事例集再開発の都市計画決定を法的に争った場合の判断基準については、再開発の都市計画決定を法的に争った場合の判断基準をご参照ください。
解説
1 定期建物賃貸借契約が無効であることの主張
(1) 定期建物賃貸借契約の要件
本件では、大家や再開発組合から、定期建物賃貸借契約であることを根拠に建物明渡を請求されているとのことですので、まずは定期建物賃貸借契約が有効に成立しているか否かが問題となります。
この点、お伺いしている以上からすると、本件では、定期建物賃貸借契約が有効ではない(普通建物賃貸借契約として更新が可能)と反論できる可能性があります。
本来、建物の賃貸借契約において、賃貸人は、契約更新を拒絶する正当な理由が無い限り、賃借人からの契約更新の希望には応じなければならず、契約上の期間が満了したとしても賃貸人の側から一方的に契約を終了させることができないのが原則です。
しかし、いわゆる「定期建物賃貸借契約」により契約をした場合には、賃借人の希望に関わらず契約の更新がないものとし、契約期間の満了により契約更新をせずに契約を終了させることができます(借地借家法38条1項)。建物賃貸借契約の例外として特別に認められる制度で、賃借人には不利益な契約ですから、要件が厳格に定められています。
まず、この定期建物賃貸借契約が有効であるための要件について解説致します。
① 公正証書による等書面によって契約をすること
定期建物賃貸借契約は、当事者の合意を明確化するために、書面によって締結する必要があります(借地借家法38条1項)。条文上は、「公正証書による等」との例示がされていますが、公正証書でなくても一般の書面による契約であれば、定期借家契約を締結できます。
② 更新排除特約の説明義務の履行
加えて、建物の賃貸人が、あらかじめ、建物の賃借人に対し、契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した「書面」を交付して「説明」することが必要です(借地借家法38条2項)。
ここでいう「書面」とは、賃貸借契約とは別個の書面であることが必要です(最判平成22年7月16日)。
また、この「説明」は、不動産仲介業者による重要事項の説明とは別に、賃貸人自身が説明する必要があります(東京地裁平成25年1月23日判決。もっとも、不動産仲介業者が賃貸人の代理人として説明することは認められています。)。
さらにここでいう「説明」は、当該賃借人となる者を基準として、相手方が理解できるように伝えなければならないとされております。そのため、例え説明の書面が交付されていたとしても、実際の説明が不十分であったとして、定期建物賃貸借契約を無効と判断した裁判例もあります。
(2) 本件で考えられる主張
以上を前提に、本件で可能な反論について検討致します。過去の裁判例に照らすと、本件では、以下のような反論が可能と見込まれます。
まず、本件建物については、もともと普通建物賃貸借として契約されていたものが、10年前に定期建物賃貸借契約に切り替えられたとのことです。この点、定期建物賃貸借契約は、普通建物賃貸借契約では通常認められる契約更新が認められないため、賃借人にとっては非常に不利な契約切り替えとなります。
そのため、このような場合には、更新がない点でより不利益な内容となる定期建物賃貸借契約を合意することの説明をしてその旨の認識をさせた上で、契約を締結することを要するものと解するのが相当であると考えられます(東京地裁平成27年 2月24日判決(平25(ワ)10691号))。
また、そのような不利益な契約切り替えとなることから、普通賃貸借から定期賃貸借に切り替える際には、賃借人に対して、そのような不利益を補填するための経済的な給付がされることが通常です。経済的な給付もなしに契約切り替えに合意することには合理性がなく、経済的給付も無く切り替えが実行された場合には、そもそも説明が不十分であったとの推定が働きます(東京地裁平成26年11月20日判決)。
そのため、本件にいて、契約切り替えに際して特段の経済的給付もされていなかったのであれば、これらの裁判例に基づく主張を展開することによって、定期建物賃貸借契約の説明が十分にされていないことを理由として、その有効性を否定することも可能と思われます。
仮に本件が定期建物賃貸借契約でないとなると、普通建物賃貸借契約となりますので、周辺の他の店舗と同じように、再開発事業の対象として補償金の支払いなどの対象となることになります。
2 借家権の存否に関する判断基準時が評価基準日となることの主張
また、本件では、賃貸借契約が定期建物賃貸借契約として有効か否かに関わらず、「都市再開発法上の『評価基準日』においては借家権が未だ存在する以上、いずれにせよ再開発事業の対象とすべきである。」との主張をすることも考えられます。
賃貸人や再開発組合は、権利変換期日までに契約期間が終了することを根拠に無条件の退去を要求しているとのことですが、都市再開発法上、借家権のような物件に関する権利の存否について、権利変期日を基準に定めるべき(権利変換期日よりも前に権利が消滅する場合には、再開発事業の対象とならない)と定めた規定はありません。
この点の取り扱いについては、裁判所の裁判例なども存在せず、現状は、再開発事業を進める再開発組合の一方的な解釈により事業が進められてしまっていることが多いといえます。すなわち、基準日は、80条1項の日か、権利変換期日(法87条、86条の2、73条1項22号)かどうかという争いです。
しかし、都再法80条1項は、権利変換計画を策定する際の基準となる日について、以下のように規定しています。
都市再開発法第80条1第1項
第七十三条第一項第三号、第八号、第十六号又は第十七号の価額は、第七十一条第一項又は第四項(同条第五項において読み替えて適用する場合を含む。)の規定による三十日の期間を経過した日における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額とする。
つまり、同条項は、再開発事業について関係する権利の評価については、事業計画決定の認可公告があった日から起算して30日が経過した日を「評価基準日」とすると定めています。
同条項は、直接的には、権利変換処分により消滅することになる「従前資産(所有権、借地権など)の価額」を、いつの時点の価額で評価するか、その評価基準日を定めた規定ですが、一方で、再開発事業が、権利変換処分をその中核として据えていること、また同規定が権利評価や取扱いについての基準時点を定めた唯一の規定であること、権利変換期日は再開発事業が相当程度進行しないと定まらない不確定な期日であるからことなどからすると、都市再開発事業においては、同「評価基準日」における権利関係を基準として策定する必要があるとの解釈も成り立ちうるところです。
本件でも、事業計画が既に決定しているとのことですので、上記のように都市再開発法における権利の存否に関する判断の基準日時点を「評価基準日」であると主張することによって、あなたの店舗が再開発事業の対象となることを主張することも可能と考えられます。
大家や再開発組合は、このような主張をしない限り、自分達に有利な解釈のもとで、一方的に事業を進めようとする傾向がありますが、適切な主張反論をすれば、計画の修正を含めた適切な対応をしてくるケースも多いです。
そのため、まずは基準日の解釈に関して指摘の上、協議を実施すべきでしょう。
3 権利の存否につき争いがある場合の取り扱いの規定の適用の主張
都市再開発法においては、借家権などの権利に関して争いがありその存否が確定しない場合、当該権利が存在するものとして扱う、と定められています(都再法73条4項)。
本件は、定期建物賃貸借の有効性に争いがあり、ひいては権利変換期日における借家権の存否につき争いが有る事案であるため、当該条項の適用を主張することによって、都市再開発法事業において権利が存在するものとしての扱いを受ける=権利の返還や補償金の支払いなどを受けることが可能となる可能性があります。
この条項の適用を主張するためには、権利の存否について「争いがある」ことが必要となります。そのため、例えば再開発組合が建物の物件調書を作成するに際して、自ら定期建物賃貸借であることを認めて署名してしまったような場合などは、「争いがない」ものとみなされ、同条項を主張することができなくなってしまう可能性もあります。
このような危険を避けるためには、早急に権利の存否について争いがあることを、再開発組合や賃貸人に対して明確化する必要があるでしょう。具体的には、内容証明郵便等により、上記第1項で述べたような理由により定期建物賃貸借契約が無効であることを主張しておく必要があります。
これに対する大家側の対応としては、あなたに対して民事訴訟などを提起することによって、「権利が存在しない」ことを法的に確定させようとしてくることが考えられます。仮に右の民事訴訟が早期に終結すれば、当該民事訴訟の判断に従った結論になりますが、上記のような定期借家契約の有効性に関する争点がある場合、民事訴訟の審理には時間がかかるため、結局は権利の存否について確定できない場合の方が多いといえます。
組合側としては、権利変換前の大家賃貸人が、権利変換期日前に賃貸借契約が終了していることを理由に建物明け渡しの裁判で勝訴しているので、賃借権が不存在であることに争いがない、ということが考えられますが、仮にそうだとしても、定期借家か否かの裁判は時間がかかり、再開発の手続きによる建物の解体開始までには結論が出ないと考えられ、組合の主張は裁判の結論が出ていない以上、認められないことになります。
そのため、上記条文の適用を指摘した交渉により、借家権が存在ことを前提とした有利取り扱いを先取りして受けることができるようになります。
4 まとめ
以上のように、例え定期建物賃貸借契約の形式である場合でも、適切な反論を行うことによって、再開発事業の対象となることを主張可能な場合もあります。
もっとも、これらの反論は、法律上も明確に規定されていない部分が多いく、弁護士を通じて法律上の反論を適格に行う必要性が大きいです。
当初の対応によってその後の反論の可否も変わってきますので、速やかに弁護士に相談されることをお勧めします。
以上