【民事、賃借権譲渡、介入権、東京事前に高判平成30年10月24日判例タイムズ1464号40頁、東京高判昭和55年2月13日判例タイムズ415号188頁】
質問:私は,現在所有している土地を第三者に貸しており,借主は土地上に建物を建てています。ただ,先日,借主から「別の者に建物を譲渡したい,ついては借地権の譲渡を許可してもらいたい」と連絡がありました。現在の借主は賃料の支払も遅れたりしておらず,不満はないのですが,別の者が借主になるのは面倒ですし,それくらいなら自分で利用しようと思って許可を断ると,「裁判にする」と言われました。どう対応すればよいでしょうか。
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回答:
1、貸している土地上の建物を,借地人が第三者に売却する場合,当然借地権も併せて売却されることになります。その場合,借地権の無断譲渡にならないように,借地人は土地所有者(借地権の設定者)である相談者の承諾を取る必要がありますし,その際には,相談者に対して「承諾料」名目の金銭の支払いをすることになるのが実務上の慣習です。
2、他方で,本件のように借地権設定者が譲渡承諾を拒否した場合,借地人は借地権設定者の「承諾に代わる許可」を裁判所に求める申し立てをすることができます。この裁判(通常の訴訟事件とは異なる流れになるので非訟事件のひとつです)では,借地権設定者の(主に賃料の回収という観点から)不利益にならない場合には,鑑定委員会の鑑定を踏まえて承諾料が定められた上で借地権の譲渡の許可が出されることになります。
3、相談者のように,新しい借地人が出てくるのであれば,自分で利用したい場合には,上記の裁判手続の中で,自分に借地権を売るように求める権利(介入権)が認められています。ただし,後述のとおり一定の場合では認められないこともありますし(介入権の制度趣旨に適合しない場合、判例参照),行使が認められる場合でも,裁判所が選任する鑑定委員の意見をベースに決められてしまうため,相場よりも買取金額が高くついてしまうこともあります。そのため,後述のような事情を踏まえて,交渉によって買取ることができないかを探る必要があります。介入権行使の可否を含め,難しい交渉になりますから,まず弁護士に相談されることをお勧めいたします。
解説:
1 借地権の譲渡一般についての流れ
(1) 土地を借りて,その上に建物を建てている場合,借地人が当該建物を第三者に売却する場合,契約書に承諾扶養の文言がない限り原則として、賃貸人である借地権の設定者(土地所有者)の承諾を取る必要があります(民法612条1項)。
仮に承諾を得ることなく,無断で第三者に当該建物を売却し,借地権を譲渡してしまった場合,借地権の解除事由になります(民法612条2項。ただし,「賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用・収益をなさしめた場合でも、賃借人の当該行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事由があるときは、賃貸人は、本条により契約を解除することができない。」とするのが最判昭和28年9月25日)。特段の自由については、賃借人で主張立証する必要がありますから、賃借人としては事前に承諾を得ておく必要があります。
(2) そのため,土地の賃借人は,借地上の建物を売却する際,当該借地権設定者に対して借地権の譲渡を承諾してもらうよう依頼することになります。
これを受けた借地権設定者(賃貸人)は,承諾をする場合,借地人に対して「承諾料」(名義書換料ともいわれています)の請求ができると考えられています(ただし,後述のとおり例外があります。)。この承諾料の金額については,そもそも法的に根拠があるお金ではないのですが,大都市圏では借地権価格の5%から15%程度が目安となっているようです。
また,借地権価格ですが,基本的には更地土地評価額の60%から70%といわれています。
(3) それでも,本件のように,借地権設定者が第三者への借地権の譲渡の承諾を拒絶した場合には,土地賃借人は,裁判所への申立が可能です(借地借家法19条1項)。
この申立を受けた裁判所は,「(借地権設定者(土地所有者)に)不利となるおそれ」がない場合には,この借地権設定者の承諾に代わって許可を出すことになっています。
この「不利となるおそれ」の具体的な内容ですが,そもそも土地賃貸借契約の基本的な目的が賃料の回収ですから,基本的には新賃借人(予定者)に資力があるか,ということが主たる内容になります。他には,新賃借人(予定者)が暴力団員等であるといった社会的属性(ないし借地権譲渡の目的)も判断されることになります。
これらの観点から「不利となるおそれ」がないと判断される場合には,裁判所は承諾に代わる許可を出すことになりますが,併せて上記の承諾料の額や敷金の引継ぎ,あるいは賃料といった借家条件についても決定することができます(借地借家法19条1項)。
なお,この決定が出された場合,その効力発生後6か月以内に譲渡がなされない場合は,効力が失われることになっています(借地借家法59条)ので,決定後は比較的早い段階で譲渡が進むことになっています。
2 いわゆる「介入権」について
(1) 以上の流れからすると,本件相談者を含む借地権設定者は,借地人の変更に対して何らの抵抗もできないことになってしまいます。そこで借地借家法は,この場合に借地権設定者に借地権の買取を申し出る権利を認めています(借地借家法19条3項)。
借地権の第三者への売買に借地権設定者に「介入」する権利ということで,これを「介入権」と呼んでいます。
この介入権は,あくまでも裁判所に上記承諾に代わる許可を求める申立てがあった場合にのみ行使できるもので,裁判所は承諾に代わる許可申立てがあった場合,この介入権の行使が認められる期間をあらかじめ定めることになっています。
この期間内に借地権設定者が介入権を行使した場合には,裁判所は,相当の対価(借地権を買い取るための対価)を定めて,これを命ずることができるとされています。
(2) これらを踏まえた実際の流れですが,上記のとおり,介入権の行使は,借地権の第三者への譲渡承認に代わる許可申出事件の手続の中で行われることになりますので,流れもこれに沿うものになります。
この事件は,通常の訴訟事件ではなく,「非訟事件」となりますが,本件の特色は,鑑定委員会です。裁判所は,承諾に代わる許可の裁判において,介入権の行使の有無にかかわらず,「特に必要がないと認める場合を除き」鑑定委員会の意見を聞かなければなりません(借地借家法19条6項)。
この鑑定委員会制度は,承諾料や介入権の行使による借地上の建物及び借地の譲渡価格の算定のための制度です。鑑定委員会は,不動産鑑定士や建築士等から構成され,事件ごとに係属裁判所が3人以上を指定することになっています(借地借家法47条)。
指定された鑑定委員会は,現地での鑑定等を経て,裁判所に意見書を提出し,この意見書(及び意見書を踏まえた双方当事者の意見)を経て,決定がなされることになります。
(2) 仮に介入権の行使に基づき,借地権設定者の買い取りが認められる場合の裁判所の決定は,@賃借人から借地権設定者に対し,借地権及び借地上の建物を●●円で譲渡することを命じる,A借地人は借地権設定者に対し,借地権設定者から●●円の支払を受けるのと引き換えに,当該建物についての所有権移転登記を至,かつ建物を明け渡せ,B借地権設定者は,借地人に対し,借地人から所有権移転登記手続及び建物の明渡しを受けるのと引き換えに,●●円を支払え,という内容になります。
また,この決定に対しては,決定書の送達を受けた日から2週間以内に,決定した裁判所に抗告状を出すことで,即時抗告という形で不服申し立てが可能です(非訟事件手続法66条,同法67条)。
3 介入権が認められないケース
以上のとおり,介入権は土地所有者(借地権設定者)に認められた権利なのですが,これが認められないケースもあります。
(1) 例えば,東京事前に高判平成30年10月24日判例タイムズ1464号40頁は,借地権を設定する際の賃貸借契約において,無条件で借地権の譲渡を承諾する旨の特約が付されていたケースです。
判決では,「借地借家法19条3項に定める介入権の申立てが形式的要件を備えている場合には,同申立てを認容すべきである旨」の主張に対して,「民法612条によれば,賃借人は,賃貸人の承諾を得なければ,賃借権の譲渡又は賃借物の転貸をすることができず,賃借人がこれに違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは,賃貸人は,賃貸借契約の解除をすることができるところ,建物の所有を目的とする土地の賃貸借の場合には,建物所有者である借地権者は,借地権の譲渡又は借地の転貸が制限されると,事実上,自己が所有し重要な財産である建物及び借地権の譲渡が不可能になり,他方,賃貸人にとって,借地権の譲渡又は借地の転貸が行われたからといって,必ずしもそれが不利益になるとは限らない。そこで,借地借家法19条1項は,賃貸人が借地権の譲渡又は借地の転貸を承諾せず,当該譲渡又は転貸に基づき第三者に借地の使用又は収益をさせることが賃貸借契約の解除原因になる場合であっても,当該譲渡又は転貸が賃貸人に不利となるおそれがないときは,裁判所が賃貸人の承諾に代わる許可を与え得ることとしたものである。
これに対し,同条3項は,上記のとおり,本来は賃貸人の承諾のない借地権の譲渡又は借地の転貸が禁止され,これに基づいて第三者に借地の使用又は収益をさせることが賃貸借契約の解除原因となる(賃貸人は第三者への借地権の譲渡又は借地の転貸を阻止し得る)にもかかわらず,賃貸人の承諾のない借地権の譲渡又は借地の転貸について同条1項の申立てがされた場合に,賃貸人がこれに対抗して第三者への借地権の譲渡又は借地の転貸を阻止し,自己に対し優先して建物の譲渡及び借地権の譲渡又は借地の転貸をするよう求めることができるとしたものである。」と上記のとおり借地借家法19条1項の承諾に代わる許可申立及び同条3項の介入権の行使の趣旨を説明したうえで,「あらかじめ借地権の譲渡又は借地の転貸についての承諾がされ,当該譲渡又は転貸が民法612条によって制限されず,賃貸借契約の解除原因ともならないような場合には,賃貸人は,第三者への賃借権の譲渡又は借地の転貸を阻止することはできず,借地借家法19条1項の申立てに対する対抗手段を認める必要はない。したがって,上記のような場合には,同条3項の申立ては,形式的要件を備えていても,棄却されると解するのが相当である。
そもそも賃貸人の承諾がある場合は,同条1項の「借地権設定者がその借地権の譲渡又は転貸を承諾しないときは」との要件を欠くのであるから,同項の申立ての利益がなく,同項の申立てを却下すべき(その場合,当然同条3項の申立ても申立ての利益を失うから却下することになる。)ともいえるが,承諾の存在に争いがあるなどの理由で賃借人が同条1項の申立てをする場合には,権利関係を明確にし紛争を防止するために申立ては適法と解されているにすぎないことからすれば,賃貸人の承諾が認められる場合は,同条3項の申立てを認める余地はないというべきである。
これを本件についてみると,本件借地権には本件無条件承諾特約が付され,抗告人は,相手方に対し,あらかじめ本件借地権の譲渡又は本件土地の転貸につき無条件の承諾をしているのであって,本件賃借権の譲渡は民法612条によって制限されず,本件賃貸借契約の解除原因にもならないから,借地借家法19条3項に基づく抗告人の申立ては,棄却されることになる。」として,介入権の行使を認めませんでした。
(2) 他にも,東京高判昭和55年2月13日(判例タイムズ415号188頁)は,借地上の建物が事実上の養子に遺贈されたことを受け,その遺言執行者が(受贈者を新借地人とする)借地権の譲渡の承諾に代わる許可を申立て,借地権設定者がこれに対抗して介入権を行使したというケースで,「借地法九条の二第三項に基づいて、本件宅地等借地権及び本件建物の優先買受を申し立てているところ、同条項の趣旨は、土地賃借人が借地を自ら直接使用することをやめて借地上所有建物と借地権を他に譲渡することにより、借地への投下資本を回収するため、借地権譲渡の許可を申し立てた場合に、借地権が他に移ることを望まない賃貸人に対して右借地権等を相当の価額で優先して買い取ることのできる権能を付与し、もつて、賃借人と賃貸人との利害の調整を図ることにあると解すべきである。ところが本件の場合、芳蔵は、事実上の養子であり、かつ芳蔵死亡時同人と同居していたトミに、芳蔵の遺産である本件建物とその敷地たる本件宅地等の借地権を承継させて利用させる目的で、これらをトミに譲渡する旨遺言したものであることは、前認定事実関係から明らかであり、投下資本の回収を主たる目的とする通常の取引の場合とは事情を異にするものというべく、このような事情のもとに近親者その他の縁故者に対し借地権を譲渡する場合においても、賃貸人に優先買受権を認めることは、借地人の意思を全く無視し、かえつて前示した借地法九条の二第三項の趣旨を失なわせる結果となるというべきである。それゆえこのような場合には、賃貸人に優先買受権はないと解するのが相当である。」と判示してこれを認めなかった裁判例もあります。
(3) その他,借地権と隣地にまたがって立っている建物の譲渡における(借地権部分の)譲渡承諾に代わる許可申立と介入権申立がなされたケースでは,仮に介入権を行使しても,隣地上の建物の取得ができず,事態が解決しないことから,介入権行使が認められなかった(承諾に代わる許可決定がなされた)ケースとして最判平成19年12月4日判例タイムズ1262号83頁があります。
(4) 以上からすると,「賃借人と賃貸人との利害の調整」という介入権(借地借家法19条3項)の趣旨に合致しないようなケースでは,形式的な要件を充足していてもこれを認めないこともある,ということになります。
4 本件における対応
本件における具体的な対応ですが,上記のとおり,介入権が行使できないケースに該当しないかを検討したうえで,行使できそうであれば,@承諾を断る→A承諾に代わる許可申立てをされる→B当該裁判の中で介入権を行使する→C鑑定委員会の意見を踏まえて裁判所が決定する,という流れになろうかと思います。
ただし,介入権の行使によって,借地権設定者が借地権を買い取る場合,鑑定を踏まえた裁判所の決定で価格が決まってしまうため,やはり交渉による場合に比して高額になる傾向にあります。
また,仮に介入権の行使を認める形で裁判所が決定してしまうと(裁判所の定める介入権の行使期間が経過してしまうと),その後の取り下げ(介入権の撤回)はできませんから,鑑定の結果も踏まえ,決定前に判断する必要があります。
本件についても,介入権の申立ては,(借地権者が承諾に代わる許可を申し立てた場合の)最終的な手段として考え,まずは借地権者に承諾の拒否と併せて自ら買い取る交渉をおこなうべきです。
ただ,そのためには,従前の借地契約の内容やなぜ借地権者は承諾を求めるのか,を把握しておく必要がありますし,事前に借地権の価格の見当をつけておく必要も出てきます。
いずれにしても,難しい交渉になることが予想されますから,まずは弁護士にご相談ください。
以上
【参照条文】
民法
(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
第六百十二条 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。
借地借家法
(土地の賃借権の譲渡又は転貸の許可)
第十九条 借地権者が賃借権の目的である土地の上の建物を第三者に譲渡しようとする場合において、その第三者が賃借権を取得し、又は転借をしても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、裁判所は、借地権者の申立てにより、借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができる。この場合において、当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときは、賃借権の譲渡若しくは転貸を条件とする借地条件の変更を命じ、又はその許可を財産上の給付に係らしめることができる。
2 裁判所は、前項の裁判をするには、賃借権の残存期間、借地に関する従前の経過、賃借権の譲渡又は転貸を必要とする事情その他一切の事情を考慮しなければならない。
3 第一項の申立てがあった場合において、裁判所が定める期間内に借地権設定者が自ら建物の譲渡及び賃借権の譲渡又は転貸を受ける旨の申立てをしたときは、裁判所は、同項の規定にかかわらず、相当の対価及び転貸の条件を定めて、これを命ずることができる。この裁判においては、当事者双方に対し、その義務を同時に履行すべきことを命ずることができる。
4 前項の申立ては、第一項の申立てが取り下げられたとき、又は不適法として却下されたときは、その効力を失う。
5 第三項の裁判があった後は、第一項又は第三項の申立ては、当事者の合意がある場合でなければ取り下げることができない。
6 裁判所は、特に必要がないと認める場合を除き、第一項又は第三項の裁判をする前に鑑定委員会の意見を聴かなければならない。
7 前各項の規定は、転借地権が設定されている場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。ただし、借地権設定者が第三項の申立てをするには、借地権者の承諾を得なければならない。
非訟事件手続法
(即時抗告をすることができる裁判)
第六十六条 終局決定により権利又は法律上保護される利益を害された者は、その決定に対し、即時抗告をすることができる。
2 申立てを却下した終局決定に対しては、申立人に限り、即時抗告をすることができる。
3 手続費用の負担の裁判に対しては、独立して即時抗告をすることができない。
(即時抗告期間)
第六十七条 終局決定に対する即時抗告は、二週間の不変期間内にしなければならない。ただし、その期間前に提起した即時抗告の効力を妨げない。
2 即時抗告の期間は、即時抗告をする者が裁判の告知を受ける者である場合にあっては、裁判の告知を受けた日から進行する。
3 前項の期間は、即時抗告をする者が裁判の告知を受ける者でない場合にあっては、申立人(職権で開始した事件においては、裁判を受ける者)が裁判の告知を受けた日(二以上あるときは、当該日のうち最も遅い日)から進行する。