被用者から会社に対する求償権行使について
民事|会社の従業員が第三者に不法行為をし第三者に損害賠償をした場合、従業員は会社に求償することができるか|最高裁判所令和2年2月28日判決
目次
質問
私は、以前、大手運送会社に勤め、商品を運搬するためにトラックを運転していました。約3年前、会社の業務でトラックを運転しているとき、人身事故を起こしてしまい、被害者に全治3か月の怪我を負わせてしまいました。勤めていた会社は車両について任意保険に入っていませんでした。そのため、私は被害者から裁判を起こされ、判決の結果、約300万円を被害者に支払いました。
現在、当時勤めていた会社は退職していますが、私が被害者に支払った賠償金300万円のうち、いくらかでも勤めていた会社に支払ってもらうことはできないでしょうか。
回答
1 被用者が賠償責任(民法709条 不法行為責任)を負担した場合、被用者から使用者(民法715条使用者責任)に求償権を行使できるかどうかについては、これまで議論がされてきました。民法715号1項により使用者が賠償責任を履行して損害金を支払った場合、民法715条3項は、「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。」として、賠償責任を履行した使用者が被用者に求償できることを規定しています。しかし、逆の場合、ご相談者様のように被用者が賠償をした場合に使用者に求償できるかどうかを規定したものではないため、被用者から使用者への求償の可否について争いがありました。
2 この点について最高裁判所令和2年2月28日判決は、被用者から使用者への求償について、不法行為者である使用者が全額を負担すべきで使用者には求償できないとした原審判決を覆し、使用者と被用者との関係性や使用者・労働者の具体的事情など諸般の事情を考慮し、損害の公平な分担という見地から相当な額については使用者も負担すべきとして、被用者から使用者への求償を認める判断をしました。この判決については、解説で詳しく説明します。
3 ご相談者様の場合、ご自身が被害者に対する賠償金を全額負担したということですが、上記最高裁判決によれば、会社に求償することは可能と考えられます。具体的にどの程度の割合で求償できるかについては、被用者の不法行為における過失の内容や勤務状況によって異なりますが、該当する不法行為において一般的な過失と認められるような場合、例えば交通事故における前方不注意のような場合は、使用者に8割から7割程度の損害を負担させることになります。どのような事情を主張・立証すべきかについて、一度お近くの弁護士に相談されるとよいでしょう。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 民法715条の使用者責任について
労働者が業務の遂行に関して第三者に損害を与えた場合の賠償責任について、民法715条1項本文は「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と規定し、使用者にも損害賠償責任を認めています。いわゆる使用者責任の規定です。
使用者責任の根拠は、報償責任の法理・危険責任の法理とされています。報償責任の法理は、利益を得ている者はその過程で他人の損害を与えた場合、その損害を負担すべきという考え方です。危険責任の法理は、危険な活動で利益を得ている者はその活動により他人の損害を与えた場合、その損害も負担すべきという考え方です。
民法715条1項は報償責任の法理・危険責任の法理から、直接不法行為を行っていない使用者にも責任を負わせるものです。
2 使用者から被用者に対する求償
2 民法715号1項により使用者が賠償責任を負った場合、直接の加害者である被用者に求償できるかどうかについて、民法715条3項は、「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。」として、賠償責任を負担した使用者が被用者である労働者に求償できることを規定しています。
この規定は、使用者が賠償責任を負った場合、直接の加害者である被用者に対して求償を認めた規定で、被用者が賠償をした場合に使用者に求償できるかどうかを規定したものではないため、被用者から使用者への求償の可否について争いがありました。
不法行為の過失責任論からすれば、使用者責任は過失のない使用者に、被害者の保護という点から責任を負わせるもので、代位責任であり、本来は不法行為者である被用者が全額負担すべきであり、使用者から被用者への求償は当然に認められる認められるべきであるが、逆の被用者から使用者への求償は認められないという結論になります。そして、そのような考えによれば、使用者からの求償は全額認められることになるはずです。しかし、被用者に全額負担させることは公平に反するのではないかという点から、使用者からの求償の範囲についても議論がありました。この点について判例があり(最高裁昭和51年7月8日判決)損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度において被用者に対して求償の請求ができる、として使用者の求償について限度があることを認めました。
この最高裁判例を見れば、使用者責任と被用者の不法行為責任の関係について、不法行為が生じた責任の割合を具体的に検討して結論を出すことが必要とされており、逆の場合となる被用者から使用者への求償についても、代位責任だから、使用者には負担がないという理屈は出てこないと考えられます。しかし、逆求償について否定的な見解も有力でした。
これについて、最高裁判所令和2年2月28日判決は、被用者が賠償金を支払った場合、賠償金の全部又は一部について被用者から使用者への求償を認めました。
この判決は、業務中に交通事故を起こして賠償責任を負った被用者が被害者に賠償金を支払った場合、被用者が使用者に賠償額の全部又は一部を求償できるとしたものです。使用者は労働者により利益をもたらされていることから、損失についてもある程度使用者側に負担させるとしたもので、使用者・労働者間の利益調整を図ったものと言えるでしょう。この判決について次に解説します。
3 最高裁判所令和2年2月28日判決
当事者
X:Y社に雇用されトラック運転手として荷物の運送業務に従事。Y社のトラック運転中に交通事故を起こし、被害者Aを死亡させる。Aやその相続人に賠償金を支払う。この賠償金の支払いについて訴訟を起こし、Y社に求償する。原告・上告人。
Y社:貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社。全国に多数の営業所を有する。事業に使用する車両すべてについて自動車保険契約を締結していなかった。Xの使用者。
A:Y社の従業員Xのトラックと交通事故を起こし死亡。相続人はAの長男・二男。Xから賠償金を受ける。
事案の概要
Y社の被用者であったXが,Y社の事業の執行としてトラックを運転中に交通事故を起こし、被害者に加えた損害を賠償した。Xは被害者に損害を賠償したことによりY社に対する求償権を取得したなどと主張して,Y社に対し,求償金等の支払を求めた。
事案の経過
・平成17年5月:XはY社に雇用され,トラック運転手として荷物の運送業務に従事していた。
・平成22年7月26日:Xは上記業務としてトラックを運転中,信号機のない交差点を右折する際,同交差点に進入してきたAの運転する自転車に上記トラックを接触させ,Aを転倒させる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。Aは,同日,本件事故により死亡した。
・Y社は,Aの治療費として合計47万円余りを支払った。
・Aの相続人は,その長男及び二男(以下,それぞれ単に「長男」,「二男」という。)であった。
・平成24年10月:二男は,Y社に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。
・平成25年9月:二男とY社との間で訴訟上の和解が成立し,Y社は,二男に対して和解金1300万円を支払った。
・平成24年12月:長男は,Xに対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。
・平成26年2月:第1審裁判所は,46万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡した。Xは,同年3月,上記判決に従い,長男に対して52万円余りを支払った。
・長男は上記判決を不服として控訴した。
・平成27年9月:控訴審裁判所は,上記判決を変更し,1383万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡し,その後,同判決は確定した。
・平成28年6月:Xは,上記判決に従い,長男のために1552万円余りを有効に弁済供託した。
・その後、XはY社に対し、自己がAの長男に支払った損害賠償金について求償権を取得したとして、Y社に対し訴えを提起する。
争点
使用者の事業の執行について、被用者が第三者に不法行為をし、損害の賠償をした場合、被用者は使用者に対して求償権を取得するか。
原審の高裁判決(『 』は判決文からの引用です。)
最高裁判決が引用する原審高裁判決は、被用者Xから使用者Y社への求償を否定しました。 結論として、被用者が第三者に不法行為をし損害を与えた場合、それが使用者の事業の執行についてなされたものであっても、不法行為者である被用者が全額について賠償し、負担すべきとしました。
『被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。』
そして、原審判決は、民法第715条の使用者責任の規定は、被害を受けた第三者が被用者から賠償金を回収できない場合に備えて、使用者にも損害賠償義務を負わせる規定であり、被用者から使用者に対する求償を認める根拠とはならないとしています。
『民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。』
また、使用者が第三者に損害賠償義務を履行した場合、被用者に対する求償権を制限する過去の最高裁判例(下記最高裁判決で引用される最高裁昭和51年7月8日判決)については、使用者から被用者への求償権が信義則上制限されるもので、被用者から使用者への求償権の行使については考慮の対象とはならないとしています。
『使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。』
こうして原審は、被用者から使用者への求償権の行使は否定しました。
『したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできない。』
最高裁判決】(『 』は判決文からの引用です。)
最高裁は、被用者から使用者への求償権の行使を認めなかった原審判決を覆して、被用者から使用者への求償権の行使を損害の全部又は一部について認めました。
まず、最高裁は、民法715条1項の使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を得ているという報償責任の見地や自己の事業範囲の拡張により第三者に損害を与える危険を増大させている危険責任の見地から、使用者に第三者に対する賠償責任を負わせたものとしています。使用者責任のこのような趣旨から、使用者は第三者に対する関係で賠償責任を負うだけでなく、被用者との関係においても損害の全部又は一部について負担すべき場合があることを認めています。
『民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである・・・このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。』
そして、最高裁は、使用者が第三者に全額を賠償した場合、被用者への求償権の行使を制限した最高裁昭和51年7月8日判決を挙げて、被用者から使用者への求償権の行使について、労使間で損害の負担が異なるのは相当ではないので、労使間の関係等諸般の事情を考慮して、損害の公平な分担の見地から求償権行使の範囲を考慮すべきとしています。
『使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。』
こうして、最高裁は、被用者から使用者への求償についても、使用者と使用者の関係性など諸般の事情を考慮し、損害の公平な分担という見地から相当な額について、認める判断をしました。
『以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。』
なお、使用者・被用者の賠償金の不担割合について、本判決は下級審に再度審理を尽くさせるため差し戻しているので、具体的な負担割合については、判断されていません。
具体的な負担を決める場合、最も重要な点は被用者の不法行為における過失の内容となります。重大な過失、故意に近いような過失の場合は、被用者が全額負担せざるを得ないことになるでしょう。そのような行為は企業活動の一環としては認められないからです。問題は当該行為における過失が通常予想される程度、範囲のものである場合です。そのような場合は死傷者の事業の内容、設備等の規模、労働条件や勤務状況等使用者としての安全配慮義務を尽くしていたかなどの諸般の事情を総合的に考慮し、最終的には公平の見地から負担割合を決めることになります。一般的には使用者、企業側の責任負担が重い、例えば7割程度といって良いでしょう。
なお、上記判決で引用する最高裁判所昭和51年7月8日判決は、本書末尾の参考判例に掲載しておりますので、ご参照下さい。
4 最後に
ご相談者様が起こした交通事故の損害について、全額賠償した場合の使用者に対する求償、また、会社が賠償金を全額被害者に支払った場合、会社から求償金の請求を受けるとしても、上記最高裁判例からは、使用者側・被用者側の諸般の事情を考慮して信義則上相当な限度で求償額が決められることになります。具体的には事実関係において結論が異なりますから、いずれの場合もどのような事情を主張すればよいのかどうか、一度お近くの弁護士に相談されるとよいでしょう。
以上