名誉棄損を理由とする損害賠償請求への対応
民事|損害賠償請求された場合|名誉棄損における①公共性,②公益目的,③真実性の証明の要件|東京高判平成30年3月8日|最判平成9年9月9日
目次
質問:
匿名の転職情報サイトに,過去に勤務していた会社に対する批判的な書き込みをしてしまいました。具体的には,「社長による従業員へのセクハラが横行している。」「入社してみると,契約時には聞かされていなかったルールがいくつもあり,信用できない会社だと感じた。」といった内容です。
この件に関し,名誉棄損を理由とする損害賠償請求の民事訴訟を提起されてしまいました。感情に任せた行動なのか,請求金額もかなり高額です。本当に私は損害賠償金を支払う必要があるのでしょうか。
回答:
1 民事上の不法行為としての名誉棄損は,刑事上の名誉棄損罪と異なり,公然と事実を摘示した場合に限らず,公然と意見や論評(具体的な事実でなくても)を表明した場合にも成立します。
事実の摘示と意見論評の表明の区別は,ⅰ)問題となっている部分について,そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合に,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと解せる場合は,当然に事実の適示と言え,ⅱ)直ちにそうは解せないときにも,当該部分の前後の文脈や,記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し,右部分が,修辞上の誇張ないし強調を行うか,比喩的表現方法を用いるか,又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ,間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば,同部分は,事実を摘示するものと見るのが相当である,と判示した最判平成9年9月9日民集51巻8号3804頁が参考になります。
2 また、名誉棄損とは、「人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させる」こととされています。
その上で,名誉棄損罪の場合と同様に,一定の場合に違法性が阻却されるというのが裁判実務の考え方で,その要件は,事実摘示型と意見表明型とで異なります。
事実摘示型の場合は,①公共性,②公益目的,③真実性の証明が要件であり,真実性の証明ができなくとも,右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定されることになります。一方で,意見論評型の場合は,上記3要件に加え,④人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないことが要件となります。
3 本件各投稿の不法行為性ですが,まず,社長によるセクハラの存在は,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ですから,「社長による従業員へのセクハラが横行している。」との投稿は,事実の摘示といえます。匿名掲示板ですから,公然性の要件を満たし,また,セクハラをする人物であるとの事実は,人の社会的評価を低下させることが明らかですから,名誉の棄損といえます。
そこで,違法性阻却事由の検討ですが,本件サイトの目的から逸脱した投稿とまでは言えない以上,公共性,公益目的は認められるでしょう。問題は」真実性の証明の可否で,この点は証拠関係次第です。詳細は解説をご参照ください。
次に,「契約時には聞かされていなかったルールがいくつもあり」との部分は,事実の摘示と言えそうですが,そのことが会社の対応として良いか悪いかの判断が出来ない以上,社会的評価の低下は認められない可能性が高いと思われます。そのため,名誉棄損とは言えないでしょう。
また,「信用できない会社だと感じた。」との部分は,意見表明と言えるところ,会社の対応としての良し悪しの判断がつかないことからすると,一般の閲覧者をして,当該記載を読んでも,社会的評価の低下には結び付かないと考えられますので,やはり名誉棄損とは認められにくいと考えられます。
この問題は憲法の理念上(憲法13条)、精神的自由権の中核となる表現の自由の意義と公共の福祉である個人のプライバシー、経済活動の自由の利害対立という面から考えると公共性、公共目的、真実性の証明は当然の帰結となるでしょう。ただ、意見表明型は、公共性のところで絞られることにより利益の微妙な調整を図るということでしょう。
4 その他関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説:
第1 名誉棄損の成立要件
1 刑事上の責任(名誉棄損罪)
⑴ 刑法230条1項は,名誉棄損罪の構成要件について,①公然性,②事実の摘示,③名誉の毀損と規定しております。
①公然とは,不特定または多数の者が直接に認識できる状態のことを意 味します。②事実の摘示とは,真実であるか否かにかかわらず,具体的な事実を示すことを意味します。そして,③名誉棄損とは,相手方の社会的地位を低下させるおそれのある行為と解されます。
⑵ ただし,④公共性,⑤公益を図る目的を有し,⑥真実性の証明がなされた場合には,違法性が阻却されることになります(刑法230条の2第1項)。また,これに加え,行為者がその事実を真実であると誤信し,誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らし相当の理由があるときは,犯罪の故意がなく,名誉毀損の罪は成立しないという判例法理が確立しております(参考判例①:最判昭和44年6月25日刑集23巻7号975頁)。
2 民事上の責任(不法行為責任)
⑴ これに対し,名誉棄損に関する民事上の責任は,不法行為責任の枠内で論じられることになります。民法の中に,名誉棄損の具体的な要件は規定されておりませんので,基本的には刑事責任としての名誉棄損罪の成立要件を参考に判断されることになります。ただし,最判平成9年9月9日民集51巻8号3804頁(参考判例②)が,「新聞記事による名誉毀損の不法行為は,問題とされる表現が,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば,これが事実を摘示するものであるか,又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず,成立し得るものである。」と判示するように,不法行為としての名誉棄損が成立する対象は,刑事上の名誉棄損罪と異なり,事実の摘示に限られず,意見や論評の表明も含まれるというのが裁判実務の考え方です。
⑵ その上で,参考判例②は,名誉棄損の違法性が阻却されるための要件が事実摘示型の場合と意見論評型の場合とで異なるという前提のもと,それぞれ次のような要件を示しております。
まず,「事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,右行為には違法性がなく,仮に右事実が真実であることの証明がないときにも,行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三曰第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁,最高裁昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。」として,従前の判例の考え方を踏襲しました。
一方で,「ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,右行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一一八八号同六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁昭和六〇年(オ)第一二七四号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照)。そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。」として,意見論評型の場合の違法性阻却事由が事実摘示型の場合と異なることを確認しました。
⑶ そこで,事実の摘示と意見論評とを区別する基準が問題となりますが,参考判例②は,ⅰ)問題となっている部分について,そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合に,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと解せる場合は,当然に事実の適示と言え,ⅱ)直ちにそうは解せないときにも,当該部分の前後の文脈や,記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し,右部分が,修辞上の誇張ないし強調を行うか,比喩的表現方法を用いるか,又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ,間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば,同部分は,事実を摘示するものと見るのが相当である,と判示しています。
第2 本件投稿の不法行為性
以上を前提に,本件投稿が名誉棄損として不法行為を構成するのかについて検討します。
1 「社長による従業員へのセクハラが横行している」との投稿(投稿①)
社長によるセクハラの存在は,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ですから,投稿①は,社長が従業員にセクハラを日常的に行っているといった具体的事実を不特定多数人が閲覧可能なウェブサイト上で公開しているものといえ,公然と事実を摘示したと言えるでしょう。また,セクハラをする人物であるとの事実は,一般的に,相手方の社会的評価を低下させると考えられますので,名誉棄損の事実も認められるでしょう。
では,違法性阻却事由は存在するでしょうか。
まず,公共性,公益目的については,転職会議というサイトへの書き込みが問題となった裁判例(参考判例③:東京高判平成30年3月8日)が参考になります。同裁判例は,「求職者が企業の実情について当該企業に在勤中ないし勤務経験のある人から生の情報を得たりその意見を聞いたりして就職活動の参考にすることは,求人・求職活動を支援することにつながるところ,本件投稿は,上記のような機能を果たしている本件掲示板に投稿され,しかも,被控訴人について,「良い点」を挙げるとともに,「気になること・改善したほうがいい点」を具体的に挙げているのであって(甲2),これらを踏まえると,本件投稿が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあると優に認められる。」としており,少なくとも,転職活動の参考として提供された情報といえる場合は公共性,公益目的が認められると考えて良いでしょう。
続いて,真実性ですが,この点は,「社長によるセクハラ行為具体的な立証材料がどの程度あるのかによって結論が変わってきます。従業員の陳述書,手記,写真やビデオ等,証拠が揃っていれば,真実性の立証が奏功するでしょう。また,立証が奏功しないとしても,資料に照らして,真実であると信じた点に相当な理由があるとの主張も可能です。
証拠関係次第で,違法性阻却事由が認められ,不法行為責任を回避できる可能性があると考えられます。
2 「入社してみると,契約時には聞かされていなかったルールがいくつもあり,信用できない会社だと感じた。」との投稿(投稿②)
投稿②のうち,「契約時には聞かされていなかったルールがいくつもあり」との部分は,事実の摘示と言えそうですが,どのようなルールを指しているのか不明であり,一般的に契約時に伝えるべき事項なのかどうかすら判然としないため,そのことが良いことなのか悪いことなのかの判断もつかず,当該記載をもって社会的評価が低下するとは言い難いように思います。
また,「信用できない会社だと感じた。」との部分は,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものとは言えず,個人的な会社に対する価値観を示した意見の表明ですが,上記のとおり,会社の対応としての良し悪しの判断がつかないことからすると,一般の閲覧者をして,当該記載を読んでも,社会的評価の低下には結び付かないと考えられます。
そのため,名誉毀損の成否を争う余地は十分にあるでしょう。
以上