有期労働契約社員への退職金不支給と労働契約法第20条について

労働|労働契約法9条|労働契約法20条|最高裁判所令和2年10月13日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文・判例

質問

私は、トラックで商品配送をする会社に期間契約社員として入社し、1年ごとに契約の更新を繰り返し、今では約10年以上もの間、トラックでの商品配送をしています。会社には正社員と契約社員とがおり、正社員には内勤を務める人もいれば、私と同じようにトラック運転をしている人もいます。私が納得できないのは、トラック運転・配送という同じ仕事をしながら、正社員の場合には勤続年数に応じて退職金が支給されるのに、期間契約社員には退職金がまったく支給されないことです。退職時に私から会社の方に支給されていない退職金を請求することはできないでしょうか。

回答

1 退職金の支払いは、労働契約に基づくもので、就業規則に定められた退職金規定が根拠となります。従って、退職金規定がないと、労働契約における使用者の義務としては、退職金支払い義務はないことになります(別途、退職金を支払う旨の合意があればその合意に従って退職金支払い義務が生じますが一般的にはそのような合意はされていません)。しかし、正社員には退職金規定が適用され、同じ仕事をしている有期労働契約社員には退職金規定の定めがないために退職金の支払いについて労働契約に差ができることは、労働契約法20条で禁止されている、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の定めに該当し、違法な行為として、使用者の不法行為による損害賠償請求が出来ることになり、不合理な差別と認められる否かが問題となります。

2 ご相談内容と類似の事案で、最高裁判所令和2年10月13日判決があります。地下鉄構内にある売店を運営する会社に勤めていた有期契約社員が会社に対して支給規程のない退職金の支給を求めた事案で、会社と有期労働契約を締結し、売店の販売業務をしていた有期労働契約社員が、同じ仕事をしながら正社員は退職金規程により勤続年数に応じて退職金を受けることができることから、こうした労働条件の差異が不合理であることを主張し、労働契約法第20条違反として退職金の支給を求めた事案です。

上記事案について、最高裁判所は、正社員には支給され期間契約社員には支給されない退職金について不合理な差異かどうか、退職金の支給目的、正社員と契約社員との業務内容の差異などを検討し、不合理な差異がある場合には退職金の支給もありうることを認めました。ただし、この判例の事案では、当該会社の各種事情を総合判断し、結論として退職金の不支給は不合理な扱いとはならないとしています。この判例については解説(第三)で説明します。

3 ご相談者様の場合、上記最高裁判決によれば、退職金の期間契約社員に対する不支給について合理的な理由がないことを主張し、退職金相当の金額の損害賠償請求が認められることもあり得ますので、一度お近くの弁護士に相談されるとよいでしょう。

解説

第一 労働法の基本的な考え方。

まず、労働法における使用者・労働者の利益の対立について説明します。

1 資本主義社会においては私的自治の基本である契約自由の原則から、労働契約は使用者・労働者が納得して契約するものであれば、不法な契約内容でない限り、どのような内容であっても許されると考えられます。

2 しかし、使用者は経済力を有し、労働者に比べて優越的地位にあり、立場上有利にあるのが一般的です。他方、労働者は労働の対価として賃金の支払いを受けて生活するため、労働者を長期にわたり拘束する契約でありながら、労働者は使用者と常に対等な契約を結べない可能性があります。

3 こうした使用者優位、労働者不利の状況は、個人の尊厳を守り、人間として値する生活を保障した憲法13条、平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に反します。そこで、法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法(労働基準法、労働契約法等)により、労働者が対等に使用者と契約ができ、契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。

4 法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから、その解釈にあたっては使用者、労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければなりません。そして、雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利と憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由とであるのに対し、労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし、個人の尊厳確保に直結した権利ですから、おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。

5 本事例集で問題となる無期労働契約社員(正社員)と有期労働契約社員との間で退職金支給に差異を設ける場合にも、使用者・労働者間の実質的平等を確保する観点からなされなければなりません。

第二 退職金支払い義務と労働契約法第20条について

退職金は、一般的に賃金の後払いの性格を有していますから、賃金を支払う義務があるかという問題となります。使用者の賃金の支払い義務の発生根拠は労働契約です。労働契約の内容は、就業規則、給与規定、退職金規定が契約に取り込まれることになっていて、いますので、退職金規定に定めがないのに退職金を請求するには別途、退職金を支払う合意があったことを主張立証しなくてはなりません。しかし、そのような合意はないのが一般的です。そこで、不合理な差別があったと認められた場合は、使用者の差別行為を労働契約法20条に違反した違法な行為として、不法行為による損害賠償をすることになります。

この点の法律構成については、使用者には、従業員に対する安全配慮義務があることを根拠に不合理な差別を安全配慮義務違反として債務者の債務不履行責任を追及する、という考え方もできるでしょう。しかし、労働契約締結時に退職金規定まで定める義務が使用者にあるか疑問ですし、その後の使用により退職金規定を定めなければならない義務が使用者に発生するのか、疑問もあることから一般的には不法行為として構成することが多いようです。

労働契約法第20条は、労働契約に期間の定めがある場合の労働条件について、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」として労働契約上期間の定めのない場合と比べて不合理な労働条件によることを禁止しています。退職金の支給について、正社員には退職金が支給されるのに対し、契約社員には退職金が支給されないことが、同条により不合理な労働条件かどうかが争われた事案で、最高裁判所令和2年10月13日判決がありますので、次項で解説します。

不合理な差別か否かの判断基準としては、退職金が定められた目的、退職金の金額、職務の内容、配置変更の範囲その他の諸般の事情により総合的、具体的に判断することになります。

この最高裁判決の対象となった事案は、地下鉄構内にある売店を運営する会社に勤めていた有期契約社員が会社に対して退職金の支給を求めたもので、会社と有期労働契約を締結し、売店の販売業務をしていた有期労働契約社員が、同じ仕事をしながら正社員は退職金を受けることができることから、こうした労働条件の差異が不合理であることを主張し、労働契約法第20条違反として退職金の支給を求めた事案です。

(なお、同条は令和2年4月1日施行の「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(いわゆる「パートタイム・有期雇用労働法」・略して「パー有法」)に引き継がれていますが、下記最高裁判所判決は労働契約法第20条を対象とし、同判決の説明の便宜上、以下の解説は労働契約法第20条と表記して説明しています。パー有法の条文は「(不合理な待遇の禁止)第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」と規定しています。)

第三 退職金が有期労働契約社員に支給されないことが労働契約法第20条に反するかどうかが争われた最高裁判所令和2年10月13日判決について

裁判所HP

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89768

判決全文

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf

【当事者】

Xら:第一審原告2名。平成16年にY社と有期労働契約を締結し、地下鉄売店で販売業務をした。Y社とは1年ごとに契約の更新をし、平成26、27年それぞれ65歳の定年まで継続した。Y社に約10年間勤務。

Y社:第一審被告。地下鉄駅構内で売店を運営する株式会社。従業員には契約期間の定めのない無期労働契約社員(以下「正社員」とする)と契約期間の定めのある有期労働契約社員(以下「契約社員」とする)の区分に分けられている。

【争点】

Y社は退職金規程により、正社員には勤続年数に応じて退職金が支給されていたが、Xら契約社員には退職金は支給されていなかった。正社員と契約社員との間で退職金支給について差異を設けることは不合理な労働条件の違いを禁止した労働契約法第20条に違反するのではないか。

【判決】

最高裁は、退職金を正社員に支給し契約社員には支給しないという扱いについて、労働契約法第20条に違反することもあり得るとしましたが、本件については、下記の理由により、同条による不合理な取り扱いまでとはいえないとしました。

判決の概要は次のとおりです。

(1)労働契約法第20条は、労働条件につき期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである。有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。その判断に当たっては、当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

(2)退職金の性質について

上記退職金は、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり、第1審被告は、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

(3)正社員と契約社員との業務内容の違いについて

正社員と契約社員とは、売店業務に従事する点で業務の内容は概ね共通するものの、正社員は販売員が欠けた場合に代務を務め、販売店に対する指導・サポート・トラブル処理などのエリアマネージャー業務に従事することがあるのに対し、契約社員は売店業務に専従していたもので、正社員・契約社員との職務の内容に一定の相違があった。

また、正社員は業務の必要により配置転換等を命じられる現実の可能性があったのに対し、契約社員は業務の内容に変更はなく配置転換を命じられることもなかった。このように両者の職務の内容及び配置の変更の範囲にも一定の相違があった。

(4)契約社員から正社員への登用制度もあったこと

第一審被告は、契約社員に対し、試験による正社員への登用制度を設けており、相当数の契約社員が正社員に登用されていた。

(5)上記事情を総合すると、正社員と契約社員との間に退職金支給の有無に係る労働条件の差異があることは、不合理とまでは評価することはできない。

最高裁判決の概要は以上のとおりで、退職金についても労働契約法第20条により、不合理な労働条件の差異は違法とされることもあるが、本件事案に関しては、各種事情を総合判断して、契約社員に対する退職金の不支給は不合理ではないとしました。

第四 最後に

こうして最高裁判所は、正社員と契約社員との退職金の支給に関する待遇の違いについて、退職金支給の趣旨・目的や職務の内容、正社員への登用の有無などの事情を総合的に検討し、退職金支給の有無が不合理かどうか判断をしています。ご相談者様の場合も、退職金の契約社員に対する不支給が不合理とされることもあり得ますので、一度お近くの弁護士に相談されるとよいでしょう。

以上

関連事例集

※参照条文

〇憲法

(幸福追求権・公共の福祉)

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

(法の下の平等)

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

〇民法

(基本原則)

第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

3 権利の濫用は、これを許さない。

〇労働契約法

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

〇短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律

施行日: 令和二年四月一日

(不合理な待遇の禁止)

第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)

第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。