認知症の親名義での訴え

民事|家事|成年後見申し立て|京都地方裁判所令和1年10月1日判決・判例時報2456号49頁第3

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集

質問

私は,90歳の母親から母名義の通帳、届出印を預かって管理していたのですが,先日,私の妹が母親を自宅から連れ去っていき施設に入れてしまいました。施設の場所は教えてもらえず,いま母がどこに居るのかも分からない状態です。その上で,私に対して,通帳、届出印の引き渡しと,通帳から引き出したお金の返還を請求してきました。

これらの請求は,母の代理人を名乗る弁護士名義で送られてきていますが,母は高齢で認知症の症状も出ているため,これらの訴えが母の意思によるものとは考えられません。間違いなく妹が弁護士に依頼したのだと思います。

このような請求を拒絶することはできるのでしょうか。なお,母は成年後見人の選任は受けておりません。

回答

1 通帳は名義人本人が管理するのが原則です。また,お母様名義の預金からあなた自身のためにお金を使用したのであれば,それは法律上の不当利得となりますので,本人に返還しなければいけません。従って,お母様の意思によりこれらの請求がされた場合には,その請求は,裁判でも認められる可能性は高いといえます。

2 しかし,裁判を起こすためには,お母様の意思であることが必要です。弁護士がお母様の代理人として裁判などを起こすためには,委任状などの証拠をもってお母様の意思であることを示す必要があります。

裁判例では,訴訟において提出された委任状が,施設入居中の親本人ではなくその子により代筆されたものであり,弁護士への有効な委任が証明されないとして訴えが却下された例もございます。本来弁護士は、委任を受ける際には、本人と面談して意思を確認した上で受任するのが原則です。残念ながら、そのような手続きを省略して受任してしまう弁護士が存在することも事実ですので、たとえ弁護士であっても本人の意思を確認しているのか注意が必要です。

そのため,まずは弁護士に対して委任上状の提示を求めるなどして委任の有効性を確認すべきでしょう。確認を拒否するようであれば請求を拒否すること必要があります。また併せて,お母様の認知症の症状によっては,成年後見の申し立ても検討すべきでしょう。加えて,お母様の相続後の対策も必要です。

具体的な対応については,弁護士に相談されることをお勧めいたします。

3 本件事案に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 親の通帳(預金)の管理と親族からの請求

子が年を取った親の通帳を管理することは通常を行われていることです。もっとも,法律上はあくまで通帳の管理権限は名義人本人にありますので,親から「これからは自分で通帳を管理する。」といって通帳の返還を求められれば,返還しなければなりません。

加えて,本件のように別の親族(兄妹など)が関与している場合,これまでの管理の内容,すなわち出金についても問題視されることが通常です。通帳から,親が使わないような多額のお金が引き出されているような場合には,通帳を管理していた子が自分のために不当に費消したと判断さえ,不当利得としての返還または不法行為としての損害賠償責任が認められる場合もあります。

もし,通帳を管理している子がこれらの請求に応じなかった場合は,親から民事訴訟を提起される場合もあります。出金を不当なものとして返還する義務があるか否かは,具体的な事情により判断が変わると見込まれますが,少なくとも通帳の引き渡し自体は,基本的に子に返還を拒否する理由が認められがたいため,民事訴訟またはそれよりも簡易な仮処分などの手続きが取られれば,返還を拒否することは難しいでしょう。

2 弁護士への委任の確認

⑴ 訴訟委任状による確認

しかし本件では,お母様に認知症の症状が出ており,実際のやり取りはお母様の代理人の弁護士が担当していて,お母様本人は施設に入居しているもののその所在は不明とのことです。このような状況では,果たして請求がお母様の意思によるものなのかの判断が難しい場合があります。

この点,弁護士が委任を受けた場合には,委任状を作成することが通常です。そしてこの委任状は,原則として本人の署名が必要です,そのため,本人の自筆の委任状により母親の意思をまず確認することを求めてもよいでしょう。交渉相手に委任状を提示することは義務ではありませんが,民事訴訟などの法的手続きを起こす場合には,書面で代理人であることを示す必要があります(民事訴訟規則23条1項)。

裁判例においても,弁護士が,高齢で施設に入居したという姉から委任を受けたと主張し,姉の代理人として訴訟を起こしたものの,その際に裁判所に提出した委任状が姉の自筆ではなく,その子の筆跡であったことから,姉本人の意思が確認できないとして訴えを却下した事例があります(京都地方裁判所令和1年10月1日判決・判例時報2456号49頁。控訴審・大阪高等裁判所令和2年3月26日判決)。同事例では,原告代理人弁護士は,委任を受けた際の状況の録音などを証拠として提出しましたが,録音の加工の可能性があるなどと指摘されていります。

もちろん,多くの弁護士の場合は,委任を受ける際には,きちんと委任者本人と面談の上、本人自身の意思確認をしておりますので,上記のような事例は稀ではあります。しかし,本人の親族などから依頼をされて,強引に話を進めようとする弁護士がいることは否定できません。場合によっては,上記のような裁判例も引用した上で,金銭の請求について拒絶することはもちろん、通帳の引き渡しを拒絶することを検討してもよいでしょう。

⑵ その他の対応

その他,あなたの側で考えられる対応としては,お母様の成年後見開始の審判を申し立てることが考えられます。通帳、届出印については,本人の立場で再発行や改印の手続きをとることが可能ですから、あなたが通帳や印鑑の引き渡しを拒んでも、本人の立場で手続きすれば預金を引き出したり解約することは可能です。これが本人の従来の意思に反するという懸念があれば、これを阻止するために、成年後見申し立てを検討して下さい。認知症の影響で判断能力が失われているのであれば,成年後見を開始して成年後見人が通帳を管理するのが原則です。そのため,もし認知症が重度に及んでいるようであれば,成年後見(または補助,補佐)の開始を裁判所に申し立てることが考えられます。本件のようにお母様の所在も不明である場合,状況によってはお母様の意思能力の鑑定が必要となるため,申立て後に一定の予納金納付が必要な場合もありますが,相手に弁護士がついている以上,相手方において医師の診断を受けさせることが多い(その上で意思能力に問題が無いことを示す。)でしょう。

また委任状が確認できた場合には,出金の使途につき不当利得と判断されることがないよう,適切な説明をする準備を整える必要もございます。いずれにせよ,具体的な対応については,弁護士に相談されることをお勧めいたします。

【参照条文】
(民事訴訟規則)

(訴訟代理権の証明等・法第五十四条等)

第二十三条 訴訟代理人の権限は、書面で証明しなければならない。

2 前項の書面が私文書であるときは、裁判所は、公証人その他の認証の権限を有する公務員の認証を受けるべきことを訴訟代理人に命ずることができる。

3 訴訟代理人の権限の消滅の通知をした者は、その旨を裁判所に書面で届け出なければならない。

【参照判例】

京都地方裁判所令和1年10月1日判決・判例時報2456号49頁第3 当裁判所の判断

1 原告訴訟代理人は、原告から本件訴訟について委任を受けたとして、それを証する書面として、本件委任状を提出する。

そこで、以下、本件委任状により、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任したか否か検討するが、本件訴訟は、原告及び亡太郎の子であるB、C、D、甲野竹子の間で、亡太郎の相続に関して様々な訴訟が提起されている中で、これらの紛争の一環として提起されたものであるところ、本件訴訟に関しても、当初、本件訴訟の原告及びBの2名が原告、本件訴訟の被告が被告となり、原告(甲野花子)については、本件と全く同内容の訴訟が提起されていたところ(当庁平成29年(ワ)第3269号、以下「前訴訟」という。なお、本件訴訟の原告訴訟代理人が、前訴訟の原告らの訴訟代理人ないし訴訟復代理人になっている。)、前訴訟の原告(甲野花子)の請求については、原告本人が当裁判所に来て平成30年3月20日に訴えを取り下げていながら(なお、Bの訴えについては、現在も、当裁判所に係属中である。)、再度、同一の訴訟物について、原告訴訟代理人が本件訴訟を提起していることをも踏まえると、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行について委任したかどうかについては、慎重に検討すべきである。

まず、本件委任状の原告の氏名欄については、原告訴訟代理人自身、原告の子であるCによってされたものと主張しており、原告が前訴訟において提出した委任状と比較しても、明らかに筆跡が異なることからすると、原告により記載されたものと認めることはできない。

原告訴訟代理人は、Cが、原告から代署する権限を与えられていたものであるとして、これに沿う証拠としてB及びCの陳述書や現在、原告が入院している○○病院において録音した原告訴訟代理人と原告との会話を録音した音声データを提出する。

しかし、原告訴訟代理人は、原告訴訟代理人、原告の子であるB及びCが、平成30年3月27日に、原告が当時入所していた施設を訪れた際に、原告本人の意思を確認しており、その際の状況については、レコーダーで録音もしている旨主張していながら、その後、平成30年3月27日に、当該施設を訪れた際の録音データが入っていたスマートフォンの機種変更のため、録音したデータが消去された旨主張するに至っており、また、本件委任状の作成日付が平成31年3月18日となっており、原告訴訟代理人の主張する原告本人の意思を確認した日(平成30年3月27日)から1年近く経過していることをも踏まえると、本件委任状がいつ原告本人の意思を確認したものなのか、また、その際、原告との間でどのような会話がされたのかといった点について、それを立証する的確な証拠がないなかで、B及びCの陳述書のみで、原告がCに代署する権限を与えていたと認めることはできない。

また、原告訴訟代理人が提出する、原告と原告訴訟代理人が会話した内容を録音した音声データについても、当該録音されたデータにおける原告とされる者の声が原告本人のものであったとしても、その発声は、呼吸音やうなり声としか聞こえないものも多く含まれており、到底、原告訴訟代理人が作成した反訳書に記載されたような発声がされたものとは認められず、原告が、現在、どの程度の判断能力を有しているのかも判然としないものといわざるを得ない。また、提出された音声データに記録された会話がされた日は、令和元年7月16日である旨主張されているが、提出されたCD-Rにおいて、当該データが作成された日付は、同月23日となっており、仮に、CD-Rに記録された音声データが同月16日にされた会話が録音されたものであるとしても、その後、何らかの加工がされた可能性も否定できない。

そうすると、原告訴訟代理人が提出する音声データによっても、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したことを認めることはできず、その他、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したことを認めるに足りる証拠はない。

2 結論

以上によれば、本件訴えについては、原告訴訟代理人が原告本人から有効な訴訟委任を受けたことについて証明されていないことから、不適法な訴えであるといわざるを得ず、これらを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法69条1項及び2項、同70条を適用して主文のとおり判決する。

以上

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