医籍登録遅延回避
行政|医籍登録とそれ以前の刑事事件との関連性|手続上の対応
目次
質問
私は半年後に医師国家試験の受験を予定している医学生です。2年前に,女性器が露出した無修正のわいせつ画像をインターネット上に掲載したことが警察に発覚してしまい,書類送検後に電磁的記録記録媒体陳列罪(刑法175条1項)で、罰金30万円を納付しました。この件が医師免許申請に影響し,免許が付与されないあるいは付与の時期が遅れるなどの不利益を被る可能性はありますでしょうか。
人生の重要な局面ですから,万全を期すために,出来ることは全てやっておきたいと考えております。
回答
1 医師法第4条3号には,「罰金以上の刑に処せられた者」には,医師「免許を与えないことがある」と定められています。しかし,実際に免許が付与されない場合は限定的であり,現役医師の医道審議会での処分相場と相関関係にあるとされています。すなわち,医道審議会で免許取消相当と判断される重大事案類型においては医師免許が付与されない場合がある,ということになります。
2 ただし,厚生労働省が公表している「免許申請にかかる留意事項について」の中でも指摘されているとおり,免許自体は付与されるとしても,そのための審査に通常よりも時間を要する場合があることには注意を要します。医道審議会において医業停止以上の処分が想定される事案類型の場合は,事案に応じた医業停止期間の相場と近しい留保期間が設けられる可能性があると考えて良いでしょう。
他方で,戒告処分以下が想定される場合,特に留保されることなく,通常の申請と変わりなく付与される例もあるようですが,そのような地位が保証されているわけではないことにも留意が必要です。
3 あなたの場合,わいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪(刑法175条1項)で罰金に処せられた前科があるとのことですが,同罪で罰金刑となった場合における医道審議会での処分相場は戒告となっており,比較的軽微な事案とはいえます。そのため,何ら対策を講じなくとも,留保されず,通常の申請と変わりなく医師免許が付与される可能性も勿論ありますが,その地位が保証されているわけではありません。
万全を期すためには医師免許の交付申請時において十分な弁明資料の提供を行い留保の可能性を少しでも下げる努力をしておくことが望ましいといえます。具体的には,弁護士の法的意見書に加え,社会に対する贖罪の意を表するために寄付を行ったことの証明書を提出すること,医師免許付与の遅延による不利益が大きいことの証明として,内定している研修先との仮契約書や内的先から取り付けた「しっかり指導するので遅延なく医籍登録を求める」など嘆願書を提出することなどが考えられます。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 医師免許付与の要件
医師免許の付与の要件については,医師法第4条に定めがあります。
(医師法)第四条 次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある。
一号 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
二号 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
三号 罰金以上の刑に処せられた者
四号 前号に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
医師国家試験に合格した医学生の申請があれば,医師免許を付与するのが原則としつつ,例外的に,医師法4条所定の要件を満たす場合には,免許を与えないことがあり得るという構造が読み取れます。
このうち,「罰金以上の刑に処せられた者」(第3号)に対する免許付与についての実務上の運用ですが,現役医師の医道審議会における行政処分との相関性が高いと言われております。すなわち,医道審議会における行政処分では,戒告,医業停止,医師免許取消がそれぞれ用意されているところ,それに対応する形で,犯した罪の内容その他の諸般の事情に照らして免許取消相当と判断される事案類型においては,医師免許が付与されない場合がある,ということになります。
また,免許自体は付与されるとしても,そのための審査に通常よりも時間を要する場合があることには注意を要します。厚生労働省が公表している「免許申請にかかる留意事項について」の中でも,その旨が記載されています。
この点,「罰金以上の罪に処せられた者」の医籍登録が実際にどの程度遅れるのかについて,公表された明確な基準はございませんが,実際の運用では,やはり現役医師の医道審議会における行政処分との相関性が強いようです。すなわち,医業停止以上の処分が想定される場合は,事案に応じた医業停止期間の相場と近しい留保期間が設けられる可能性があると考えて良いでしょう。戒告処分以下が想定される場合,特に留保されることなく,通常の申請と変わりなく付与される例もあるようですが,そのような地位が保証されているわけではないことに留意が必要です。
なお,ここにいう「罰金以上の刑に処せられたことがある場合」というのは,刑の法律上の効果が消滅していないことが条件となっています。例えば,懲役刑で執行猶予期間を満了した場合や(刑法27条),一定の期間が経過し刑の消滅(刑法34条の2)となった場合には,刑の言渡しの効果が消滅しますので,敢えて医師免許申請の際に刑に処せられたことを告げる必要はありません(この点も,上記厚生労働省の案内に記載があります)。
2 医籍登録の遅延を回避する必要性について
医師国家試験は例年2月初旬に行われます。合格発表は3月中旬とされ,試験に合格した場合,速やかに,厚生労働大臣に医師免許交付申請を行い、医籍登録、医師免許交付ということになります。合格発表前に初期研修先の内定が出ている(仮契約の締結)のが通常であり,内定先は,4月からの研修を前提として準備を進めております。したがって,試験に合格したにもかかわらず医師免許の付与がされない,あるいは付与に通常よりも時間を要するという事態になれば,医師法第4条の所定の要件を具備していないとの推定が働き,研修先から問題視されてしまう危険があります。特に不利益がなければ良いですが,最悪の場合,内定の取消し等の重大な不利益を被る可能性もありますから,医師免許付与に時間を要するような事態は極力控えたいところです。
本件は,モザイク処理をしていないわいせつ画像をインターネット上に掲載した事案であり,わいせつ電磁的記録記録媒体陳列罪(刑法175条1項)が成立することになります。同罪で罰金刑となった場合における医道審議会での処分相場は戒告となっており,比較的軽微な事案と言えるでしょう。そのため,何ら対策を講じなくとも,留保されず,通常の申請と変わりなく医師免許が付与される可能性も勿論ありますが,その地位が保証されているわけではありません。一定期間,付与が留保される可能性も否定はできませんので,万全を来すためには,以下で述べるとおり,医師免許の交付申請時において十分な弁明資料の提供を行い,留保の可能性を少しでも下げる努力をしておくことが望ましいといえます。
3 医師免許の交付申請時の提出資料
前述の厚生労働省公表にかかる「免許申請にかかる留意事項について」の中では,罰金以上の刑に処せられたことがある方の場合,略歴書や反省文を添付することが認められています。すなわち,厚生労働省としても,医師免許の付与にあたって,本人の反省状況等の事後的な事情を考慮していることが所与の前提となっていると理解することができます。
そのため,略歴書や反省文に限らず,申請者の弁明のための資料を最大限準備した上で,免許申請時に提出することも可能と考えられます。その際、弁護士に相談するなどし、免許付与の留保に関する弁護士作成の法的な意見書の作成や,その他、有利な添付書類提出も有効な方法です。
具体的には,申請者の反省の示し方は,反省文に限られるものではありませんので,たとえば,社会に対する贖罪の意を表するために寄付を行ったことの証明書を添付することなども考えられます。また,医師免許付与の遅延による不利益が大きいことの証明として,内定している研修先との仮契約書や内的先から取り付けた嘆願書等を提出することも考えられます。
これらの弁明活動により,仮に罰金前科がある場合でも,前科のない方と特に差異なく,通常どおりの期間で医師免許の交付が受けられた例が多数存在します。医師としての一歩を踏み出すにあたり,障害となる事態は出来る限り避けたいところです,前科の件でご心配な方は,一度法律事務所へ相談することを考えてみましょう。
以上