相続人の配偶者による特別寄与料の支払請求(民法改正令和1年7月1日施行)
家事|相続|特別寄与料|改正民法1050条
目次
質問
先日,私の夫の母が亡くなりました。私の夫は10年前に既に亡くなっておりますが,夫の死後も,私は,夫の母と同居し,下半身不随となって,一人では生活のできない夫の母の面倒を見てきました。具体的には,私は,この10年間,一人で,毎日,食事の用意,入浴の介助,失禁した際の処理,散歩の付き添い等を行ってきました。というのも,ヘルパーさんを雇うことも考えたのですが,夫の母が,「他人の世話になるのは嫌だ。」,「頼りになるのはあなただけだ。」と言って,私に面倒を見てもらいたいと懇願したからです。私としても,夫の母であり,娘のように可愛がってくれたので,夫の母の面倒を見てきたこと自体には何の不服もないのですが,自身の母親の面倒を全く見てこなかった夫の兄弟に夫の母の財産が全て相続されるというのは納得できません。私は,夫の母の面倒を見てきたことに関する対価を貰えるのでしょうか。
回答
1 相談者様の夫の母が亡くなったのが2019年7月1日以降ということであれば,「特別の寄与制度」を創設した新民法1050条が適用され,特別寄与料,すなわち,相談者様が夫の母の面倒を見てきたことに関する対価の支払いを相続人に請求することができます。
2 なお,相談者様の夫は10年前に既に亡くなっているということですが,相談者様は「被相続人の親族」(新民法1050条1項)ですので,相談者様の夫の生存に有無に関わらず,特別寄与料の支払請求をすることが可能です。
3 「寄与分」に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 新民法1050条の概要
旧法下における寄与分の制度は(民法904条の2),相続人が相続財産の増加、維持に寄与した場合、法定相続分の他に寄与分として遺産分割において考慮するという制度で、寄与分の請求主体が相続人に限定されていました。しかし,これでは,(相続人ではない)相続人の配偶者等が相続財産の増加維持に寄与した場合において,その者が正当な対価を得ることができず,不公平というほかありません。そこで旧法下においても,実務では,相続人本人ではなく,その配偶者が被相続人に寄与していた場合にあっても,その配偶者を相続人の履行補助者として構成する等して,その配偶者の寄与を相続人の寄与として評価し,従来の寄与分の制度の中で実質的な公平が図られた解決を模索してきました。しかし,本件のように相続人が既に死亡してしまっているケースにおいては,その配偶者に正当な対価を受けさせることができませんでした。
そこで,新法では,従来の寄与分制度に加えて,特別の寄与制度が新設され,被相続人の相続人以外の親族が相続財産の増加維持に特別の寄与をした場合において,相続人に対し,その正当な対価の支払いを請求することができるようになりました。新民法1050条の創設は,本件のように相続人が既に死亡してしまっているケースにおいて特に意義深いものといえます。
民法第1050条
1 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人,相続の放棄をした者及び第八百九十一条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は,相続の開始後,相続人に対し,特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。
2 前項の規定による特別寄与料の支払について,当事者間に協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,特別寄与者は,家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし,特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六箇月を経過したとき,又は相続開始の時から一年を経過したときは,この限りでない。
3 前項本文の場合には,家庭裁判所は,寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して,特別寄与料の額を定める。
4 特別寄与料の額は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。
5 相続人が数人ある場合には,各相続人は,特別寄与料の額に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。
2 特別寄与料の支払請求の要件
新民法1050条1項は「被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人,相続の放棄をした者及び第891条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は,相続の開始後,相続人に対し,特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。」旨を定めています。つまり,特別寄与料の支払請求の要件は,①請求主体が被相続人の親族(相続人,相続の放棄をした者及び第891条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。)であること,②寄与の態様が被相続人に対する療養看護その他の無償の労務提供であること,③当該寄与の結果,被相続人の財産が維持又は増加したこと,④当該寄与の程度が特別の寄与に当たることの4つということになります。
まず,①の要件については,「親族」とは,6親等内の血族,配偶者及び3親等内の姻族のことをいいます。本件で言えば,被相続人である夫の母から見て,相談者様は1親等の姻族ですので,「被相続人の親族」に当たります。なお,「第891条の規定に該当」する者とは,「故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ,又は至らせようとしたために,刑に処せられた者」等の相続欠格事由に該当する者を指します。
次に,②の要件については,「療養看護」とは,疾病や障害がある者を看護・介護することをいいます。この「療養看護」はあくまで例示されたものにすぎませんから,これに限らず,労務の提供があれば足ります。
次に,③の要件については,「被相続人の財産が維持又は増加したこと」とは,被相続人の財産の減少を免れ又は被相続人の財産が増加したことを意味します。本件で言えば,相談者様が被相続人である夫の母の面倒を見てきたことによって,被相続人である夫の母は,在宅介護に要する費用の支出を免れたといえ,その財産の減少を免れたといえます。
最後に,寄与分の制度(民法904条の2)では,「特別の寄与」とは,被相続人との身分関係に基づいて通常期待される程度を超える高度の貢献を意味するのに対し,特別の寄与制度では,「特別の寄与」とは,一定程度を超える貢献を意味するに止まります。このように,特別の寄与制度において,寄与分の制度(民法904条の2)と比較して,要求される貢献の程度が低くても足りるのは,特別寄与料の支払請求の主体には,民法上の扶養義務を負わない者も含まれるためです。
3 特別寄与料の支払請求の手続
まずは,特別寄与者は相続人に対して特別寄与料の支払請求を行い(新民法1050条1項),当事者間において協議を実施することとなります。手紙で特別寄与料の請求書を送付しますが,通知内容や配達された事実を証明するために内容証明郵便など記録の残る形で通知すると良いでしょう。
次いで,当事者間で協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,特別寄与者は,家庭裁判所に対し,協議に代わる処分を請求することができます(新民法1050条2項本文)。具体的にどこの家庭裁判所に申し立てるかは管轄の問題ですが,相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所、あるいは,相続を開始した地を管轄する家庭裁判所に対し,特別の寄与に関する処分調停あるいは審判を申し立てることになります。家事事件手続法257条で家庭に関する事件は、まず、家事調停を申し立てることになっており、特別の寄与の請求は家庭に関する事件ですから、調停を申し立てるのが原則ですが、審判の申し立てをしても、受理されその後調停に付されることになります。調停はあくまでも話合いの手続ですので,合意が成立しなければ,特別寄与料の支払いを受けることができません。そのため,合意形成が難しいと思われる場合は,最終的には裁判官が判断することになる,特別の寄与に関する処分審判を申し立ててしまった方が良いでしょう(調停の申し立てをしても、調停が成立しない場合は、自動的に調停申し立ての時に審判の申し立てがあったとして、審判事件となりますから審判を申し立てるか調停を申し立てるかは考える必要はないといえます。家事事件手続法272条第4項)。なお,これらの申立ては,特別寄与者が相続の開始及び相続人を知ったときから6か月以内,若しくは,相続開始の時から1年以内にしなければならず(新民法1050条2項ただし書),子の期間を経過すると,特別の寄与に関する処分又は審判の申立てをすることができなくなってしまいますので,注意が必要です。
4 特別寄与料の金額の考慮要素及び算定方法
新民法1050条3項は,家庭裁判所は,「寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して」,特別寄与料の額を定める旨を規定し,民法904条の2第2項は,家庭裁判所は,「寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して」,寄与分を定める旨を規定しており,特別の寄与制度と従来の寄与分の制度では,考慮要素について同じ文言を使っているため,特別の寄与制度においても,従来の寄与分の制度における考慮要素に関する考え方が妥当するものと考えられます。
つまり,特別の寄与制度においても,療養看護の場合(病気療養中の被相続人の療養看護を行う場合)は,寄与の時期については,明確な基準はないものの,相当程度長期間に及ぶこと,寄与の方法及び程度については,家事の援助に止まらない介護の範疇に属するものであって,被相続人が要介護2以上に相当する状態にあることが目安となります。また,療養看護の場合における特別寄与料の具体的な金額は,介護士等の専門職による療養看護行為の報酬日額に療養看護日数を乗じて算定された金額に,介護士等の専門職ではないことを考慮した裁量割合(0.5ないし0.8程度)を乗じて算定されることとなります。そして,特別寄与者が被相続人と同居していために生活費を節約することができていた場合は,その生活費分を控除することが公平に適うので,更に,生活費控除率を差し引いた数値(0.5ないし0.7程度)を乗じて算定されることとなります。
他方で,特別の寄与制度においても,家業従事の場合(被相続人が営む事業に従事する場合)は,寄与の時期については,明確な基準はないものの,相当程度長期間に及ぶこと,寄与の方法及び程度については,専業として従事していたことまでは要しないものの,労務の内容が,片手間で行えるようなものではなく,相当程度の負担を要するものであることが目安となります。また,家業従事の場合における特別寄与料の具体的な金額は,賃金センサス等を参考にして通常得られたであろう給与日額を定め,その金額に家業従事日数を乗じて算定されることとなります。そして,特別寄与者が被相続人と同居していために生活費を節約することができていた場合は,その生活費分を控除することが公平に適うので,更に,生活費控除率を差し引いた数値(0.5ないし0.7程度)を乗じて算定されることは,療養看護の場合と同様です。
5 まとめ
本件は療養看護の場合に当たるので,相談者様は,相続人に対し,特別寄与料として,介護士等の専門職による療養看護行為の報酬日額に療養看護日数を乗じて算定された金額に,介護士等の専門職ではないことを考慮した裁量割合(0.5ないし0.8程度)を乗じて算定された金額を請求すれば,これが最終的には審判によって認められる可能性がございます。
相続人との協議や調停又は審判といった法的手続をご自身で行うことが難しいということでしたら,お近くの法律事務所で弁護士に相談されることをお勧めいたします。
以上