長期間別居している配偶者からの離婚請求

家事|離婚|最高裁判所昭和62年9月2日判決|東京高等裁判所平成30年12月5日

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は妻と性格が合わず,独断で家を出て10年以上別居しており、最近は妻と離婚の話をしていますが妻は離婚に反対しています。子供は2人いますが、2人とも大学を卒業し、現在は就職し独立しています。妻には別居してから今でも毎月の生活費を送っています。私は現在一人暮らしで、別居前から現在まで妻以外の女性と交際したことはありません。女性がいる場合、有責配偶者となり離婚の裁判はできないことは知っていますが、離婚の理由は性格の不一致ということで、私に一方的責任はないと思いますので、有責配偶者には当たらないと思います。こうした状況で私は裁判をすれば妻と離婚することができるでしょうか。

回答

1 離婚の裁判を起こせるのは、法律で定める離婚事由が認められる場合に限られています(民法770条)。同条1項5号には「婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき」と規定されているため、10年間の別居が婚姻を継続しがたい重大な事由に該当するか問題となります。基準となるのは婚姻が破綻していて、円満な夫婦関係に戻ることができるか否か、という点です。当事者間での協議、協議がまとまらないときは調停、調停でもまとまらないときに離婚裁判を起こすことになります。

2 更に、離婚事由に該当するとしても、離婚事由に責任のある配偶者の一方からの離婚請求を裁判所が認めることはについて、公平・正義の見地から許されないのではないか問題とされ、請求が認められない場合もあるとされています。離婚の原因を自ら作っておきながら相手が離婚に反対しているのに裁判で離婚を認めることは、裁判所が離婚を積極的に認めることになり公平な裁判所という原則に反するのではないかという問題です。この点について、離婚原因に責任のある者、有責配偶者といいますが,配偶者の一方からの離婚請求については、離婚請求が信義誠実の原則に反する場合は離婚を認めないというのが裁判所の立場です。

3 離婚請求が信義則に反するかどうかの判断基準を示した判例として最高裁判所昭和62年9月2日判決(事案は有責配偶者からの離婚請求に関するもの)があります。

また、有責配偶者とまでは言えないとしても、長期間の別居を理由とする配偶者の一方からの離婚請求について信義則に反するかどうか具体的に判断した東京高等裁判所平成30年12月5日判決があります。解説で具体的に説明します。

4 関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

第一 離婚の手続について

夫婦が離婚をする場合、まず当事者間で協議をすることが必要になります(民法第763条)。協議がまとまらないとき、家庭裁判所に離婚の調停を申し立てることになります(家事事件手続法244条、257条1項)。

当事者間での協議がまとまらず、調停も成立しなかったときときは家庭裁判所に離婚の訴えを提起することになります(人事訴訟法2条1号、4条)。

第二 裁判上の離婚請求と離婚事由について

裁判上の離婚事由は,民法770条1項の1号から5号までに規定されています。

民法770条(裁判上の離婚)
第1項 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
1号 配偶者に不貞な行為があったとき。
2号 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
3号 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
4号 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
5号 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

この民法770条1項のうち,1号から4号までは具体的な離婚原因が示されており,5号は「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」という抽象的な事由を規定しています。

長期間の別居は5号の「婚姻を継続しがたい重大な事由」にあたるかどうかが問題になります。「婚姻を継続しがたい重大な事由」とは、婚姻の破綻といい、婚姻関係とは認められない事由があり、しかもそれが修復不可能な場合とされています。従って、長期間の別居というだけでは、「婚姻を継続しがたい重大な事由」が認められることにはならず、具体的に別居の原因や、別居の状況、子供の関係などを考慮して、誰が見ても婚姻を続けることは無理があると判断される事由があることが必要になります。

第三 有責配偶者からの離婚請求に関する最高裁判所昭和62年9月2日判決について

条文上は、婚姻を継続しがたい重大な事由があると認められれば、裁判離婚の要件は満たしており、離婚原因に責任のある配偶者であっても、裁判所に離婚の請求をすれば離婚が認められるはずです。しかし、自ら離婚の原因を作りながら、相手が離婚に応じないからといって離婚の裁判を起こし、婚姻の破綻を認定して離婚を裁判所が認めることは公平という点から認められないことは明らかです。とはいえ、円満な夫婦関係を大前提とする家族法の下で破綻している夫婦を法的に夫婦として認めておくことにも疑問が残ります。

この点について、最高裁判所は昭和62年9月2日の有責配偶者からの離婚請求に関する事案についての判決で、離婚請求が信義則に反しないものであること、信義則の判断にあたっては次の諸事情を考慮すべきであると示しています。(『』内は判決文より)

『離婚は社会的・法的秩序としての婚姻を廃絶するものであるから、離婚請求は、正義・公平の観念、社会的倫理観に反するものであつてはならないことは当然であつて、この意味で離婚請求は、身分法をも包含する民法全体の指導理念たる信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものといわなければならない。』

『五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たつては、』

1 有責配偶者の責任の態様・程度を考慮すべきであるが、

2 相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、

3 離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子、殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況、

4 別居後に形成された生活関係、たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等

5 時の経過がこれらの諸事情に与える影響

を考慮しなければいけないとしています。

第四 一般的に、男性が別の女性と結婚するために離婚裁判を起こす場合、前記の最高裁判所の判例が、参考になりますが、別居の原因が正確の不一致である場合のように婚姻の破綻について一方的に非がある、とは言えない場合も同様に考えてよいのか検討が必要になります。

この点について、7年以上別居している夫からの一方的な離婚請求が信義則に反しないかどうか判断した東京高等裁判所平成30年12月5日判決について

本件は夫からの離婚申出があり7年以上別居した夫婦について、夫からの離婚訴訟が提起された事案で、上記最高裁判決で示された信義則違反かどうかの判断基準から夫からの離婚請求は信義則に反するとして認めなかったものです。以下詳述します。

参考文献は、判例時報2427号16頁 判例タイムズ1461号126頁

【当事者】

X:夫。Y及び家族とは7年以上別居している。

Yとの離婚を求めて離婚調停・裁判を提起。原告。

Y:妻。被告。Xとの別居中もXの実父を献身的に介護した。

(その他家族)

長女:離婚裁判時は就職し独立。

二女:離婚裁判時は高校生。Yと同居。

Xの実父:高齢により一人暮らしが困難なためXY家族と同居。Yの介護を受ける。本件離婚判決時以前に死亡。

【事案の経過】

平成5年8月31日:XY婚姻し届出をした。

平成9年2月:長女誕生。

平成15年2月:二女誕生。

平成21年11月14日:Xの実父が同居するようになり、Yが日常生活の面倒をみる。

平成23年7月25日:Xは自身の単身赴任中にYに離婚したいとの申し入れをする。

(その後、XYの別居生活は7年以上継続している)

平成29年1月30日:XはYとの離婚を求め、調停不調を経て離婚の訴えを提起。

平成29年5月ころ:Yは不整脈の診断を受け、膝関節痛もあり、就業は困難と懸念されている。

【争点】

別居期間が7年以上に及ぶ場合、「婚姻を継続しがたい重大な事由」があるとして離婚が認められるか。

【判決】

高裁判決は、別居期間が7年以上の長期間に及ぶとしても「婚姻を継続しがたい重大な事由」があるとは言えないとし、仮にあるとしても離婚原因を作出した夫からの離婚請求は信義則に反するとして離婚を認めず請求を棄却しました。

判決の理由は次のとおりです。

離婚請求が認められるためには民法の理念である信義誠実の原則に反しないことが必要で、有責配偶者からの離婚請求に関する最高裁昭和62年9月2日判決は有責配偶者の主張がない場合でも信義誠実の原則の適用一般に通用する考え方として、同最高裁判決と同じように次の事情を考慮して判断することが必要としています。

1離婚請求者の離婚原因発生についての寄与の有無,態様,程度,

2相手方配偶者の婚姻継続意思及び離婚請求者に対する感情,

3離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的,社会的,経済的状態及び夫婦間の子の監護・教育・福祉の状況,

4別居後に形成された生活関係,

5時の経過がこれらの諸事情に与える影響など,

そして、本件については前記1、2、3、5の事情を考慮し次のように判断しています。

1 婚姻を継続し難い重大な事由の発生原因はもっぱら夫Xにある。

(妻Yとの話し合いを一切拒絶。家族を放置したまま7年以上の別居)

2 妻Yは婚姻継続意思を有し、現在でもXに自宅に戻って二女とともに暮らしてほしいと願っている。

3 妻Yは健康状態も悪化しており、就業も困難で、離婚によりXからの婚姻費用を失うと経済的苦境に陥り、ひいては二女の監護にも悪影響を及ぼす。

5 妻Yや次女に及ぼす悪影響が時の経過により軽減し解消するような事情は見当たらない。

こうした事情から高裁判決は夫Xからの離婚請求を信義誠実の原則に反するとして認めませんでした。なお、判断基準4「別居後に形成された生活関係」は別居後に内縁関係にあるとか婚外子がいるとかの事情ですが、本件ではそのような事情はないため本件判決では判断の事情とはされていません。

第五 最後に

引用した高裁判決では7年以上の別居でも離婚請求は信義則に反するとして認めませんでした。ただし、離婚請求者が話し合いもせず別居してしまった事情や、残された妻が子供や相手の父親の介護をして同居の機会を設けようとしていたこと、子供が高校生であり同居を希望していること、妻の今後の生活という諸般の事情を考慮し、現状での別居を肯定するのもやむを得ないと判断されたため、離婚は認められなかったのですから、長期間の別居の場合、離婚請求が信義則に反せずに認められる場合もあることが、判決が示した信義則についての判断基準から読み取れます。離婚が絶対に認められないわけではありません。ご相談者様は一度、お近くの弁護士に具体的な事情を説明して相談されるとよいでしょう。

以上

関連事例集

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参照条文
民法

(婚姻の届出)

第七百三十九条 婚姻は、戸籍法 (昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。

2 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。

(協議上の離婚)

第七百六十三条 夫婦は、その協議で、離婚をすることができる。

(婚姻の規定の準用)

第七百六十四条 第七百三十八条、第七百三十九条及び第七百四十七条の規定は、協議上の離婚について準用する。

(財産分与)

第七百六十八条 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。

2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。

3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。

(裁判上の離婚)

第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。

一 配偶者に不貞な行為があったとき。

二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。

三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。

四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。

五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

(協議上の離婚の規定の準用)

第七百七十一条 第七百六十六条から第七百六十九条までの規定は、裁判上の離婚について準用する。

(離婚又は認知の場合の親権者)

第八百十九条 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。

2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。

家事事件手続法

(調停事項等)

第二百四十四条 家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件(別表第一に掲げる事項についての事件を除く。)について調停を行うほか、この編の定めるところにより審判をする。

(調停前置主義)

第二百五十七条 第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。

人事訴訟法

(定義)

第二条 この法律において「人事訴訟」とは、次に掲げる訴えその他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴え(以下「人事に関する訴え」という。)に係る訴訟をいう。

一 婚姻の無効及び取消しの訴え、離婚の訴え、協議上の離婚の無効及び取消しの訴え並びに婚姻関係の存否の確認の訴え