親族間の意見対立がある場合の成年後見申し立て
家事|成年後見人の身上監護権限|成年後見申し立て必要書類が足りない場合の対策
目次
質問
母は物忘れが多くなりましたが元気に一人暮らししていました。それなのに先日、兄が母を精神病院に医療保護入院させてしまいました。「認知症の検査に行く」と母を騙して連れて行ったようなのです。病院にも連絡しましたが、「治療上会わせられない」の一点張りで面会すらできなくなってしまいました。
母の通帳とキャッシュカードは兄が管理しています。病院などの費用に使うことは理解できますが、それ以外にも勝手にお金を引き出しているのではないかと懸念しています。母は賃貸マンションを所有しており家賃収入もありましたが、それも兄が受領しているかもしれません。兄に財産管理の明細を明らかにしろと連絡していますが「お前には関係ない」と回答を拒否されています。兄の不明瞭な財産管理を辞めさせる方法は無いでしょうか。
回答
1、親族の不明瞭な財産管理を辞めさせる方法として、成年後見の申立てが考えられます。
医療保護入院は、精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)33条による精神病院の入院形式です。指定医の診察と家族等の同意があれば、本人の同意が無くても「強制的に」患者を入院させることができる手続きです。同法には他に措置入院と任意入院があります。
2、精神保健福祉法36条1項で入院患者の処遇が規定されており、患者自身の行動制限に付随して、息子様でも御家族等との面会や電話などが制限されることがあります。
3、お母さまに財産管理能力が失われている状況(「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」民法7条)であれば、成年後見人の申し立ても検討して下さい。成年後見人は、本人に代わってあらゆる財産処分行為をすることができる法的代理人です。
4、成年後見人には「身上監護に関する職務」権限も与えられており、本人と面会し、精神科治療の必要性も薄く、本人の意思により精神科治療を希望しないのであれば、精神科病院を退院し、介護施設への入所手続きを促すことも可能です。
5、成年後見申し立てには、本人の診断書などの添付書類が必要になりますが、母親と面会できない、子供である兄弟姉妹間で意見の対立があるなどの場合は、書類に不足があっても、代理人弁護士を依頼するなどして、成年後見申し立てをすることを検討なさって下さい。申立受理後に家庭裁判所が事務連絡として病院に連絡したり、家庭裁判所調査官の調査により、兄弟姉妹間の意見対立が解消できる可能性もあります。重要な診断書の取得手続きについて裁判所、担当書記官との綿密な協議も必要ですし、後見制度の趣旨から一般的に丁寧な指揮、対応も期待できる事案です。
6、関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1、精神保健福祉法の各種入院手続き
(1)医療保護入院
医療保護入院は、精神保健福祉法33条1項による精神病患者の強制的な入院手続きです。患者自身の同意が無くても、指定医の診察により入院の必要が認められ、家族等の同意があれば、入院させられてしまいます。
精神保健福祉法33条(医療保護入院)第1項 精神科病院の管理者は、次に掲げる者について、その家族等のうちいずれかの者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を入院させることができる。
一号 指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたもの
二号 第三十四条第一項の規定により移送された者
第2項 前項の「家族等」とは、当該精神障害者の配偶者、親権を行う者、扶養義務者及び後見人又は保佐人をいう。ただし、次の各号のいずれかに該当する者を除く。
一号 行方の知れない者
二号 当該精神障害者に対して訴訟をしている者又はした者並びにその配偶者及び直系血族
三号 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
四号 心身の故障により前項の規定による同意又は不同意の意思表示を適切に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
五号 未成年者
この医療保護入院の要件である、「指定医による診察の結果、精神障害者であり」、「医療及び保護のため入院の必要がある者」、「家族等のうちいずれかの者の同意」について解説致します。
「指定医」は、精神保健福祉法18条1項で定められた要件により厚生労働大臣からの指定を受けた精神科の専門医のことです。主な要件は、「5年以上の診断治療経験」、「3年以上の精神障害診断治療経験」、「統合失調症などのケースレポート5件」、「指定医の研修課程修了」です。入院設備を備えた精神科病院の医師のことです。精神保健福祉法18条(精神保健指定医)第1項 厚生労働大臣は、その申請に基づき、次に該当する医師のうち第十九条の四に規定する職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められる者を、精神保健指定医(以下「指定医」という。)に指定する。
一号 五年以上診断又は治療に従事した経験を有すること。
二号 三年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有すること。
三号 厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること。
四号 厚生労働大臣の登録を受けた者が厚生労働省令で定めるところにより行う研修(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること。
「精神障害者」とは、精神保健福祉法5条で、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいうとされ、精神疾患を患っていると診断されれば広く要件を満たすことになります。診断基準は米国由来のDSM5や、WHO世界保健機関由来のICDが使われます。ICDは、「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)」というもので、精神疾患を含む疾病全般の分類基準です。
精神保健福祉法5条(定義)この法律で「精神障害者」とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう。
「医療及び保護のため入院の必要がある者」は、家族等の同意が無くても入院できる精神帆家福祉法29条1項の「措置入院」の要件である、「自傷または他害のおそれ」までは認められなくても、これを予防するために入院の必要があると医師が認めたことを指します。
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第28条の2の規定に基づき厚生労働大臣の定める基準(昭和63年厚生省告示第125号)(抜粋)第一
一 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号。以下「法」という。)第29条第1項の規定に基づく入院に係る精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある旨の法第18条第1項の規定により指定された精神保健指定医による判定は、診察を実施した者について、入院させなければその精神障害のために、次の表に示した病状又は状態像により、自殺企図等、自己の生命、身体を害する行為(以下「自傷行為」という。)又は殺人、傷害、暴行、性的問題行動、侮辱、器物破損、強盗、恐喝、窃盗、詐欺、放火、弄火等他の者の生命、身体、貞操、名誉、財産等又は社会的法益等に害を及ぼす行為(以下「他害行為」といい、原則として刑罰法令に触れる程度の行為をいう。)を引き起こすおそれがあると認めた場合に行うものとすること。
「家族等のうちいずれかの者の同意」は、精神保健福祉法33条2項の家族が同意することを指します。家族等には、患者の配偶者、親権者、扶養義務者及び後見人又は保佐人が含まれます。扶養義務者は、民法877条1項で、直系血族(親子関係、祖父母と孫など)及び兄弟姉妹が含まれます。御相談の事例では、兄様が同意すれば要件を満たしていることになります。
民法877条(扶養義務者)第1項 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
精神保健福祉法33条2項 前項の「家族等」とは、当該精神障害者の配偶者、親権を行う者、扶養義務者及び後見人又は保佐人をいう。ただし、次の各号のいずれかに該当する者を除く。
一 行方の知れない者
二 当該精神障害者に対して訴訟をしている者又はした者並びにその配偶者及び直系血族
三 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
四 心身の故障により前項の規定による同意又は不同意の意思表示を適切に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
五 未成年者
このように、医療保護入院は、患者自身の同意無く、家族の1名と指定医の診察だけで入院させられてしまう手続きですが、精神保健福祉法では、他に「措置入院」と「任意入院」も規定されていますので、対比のために御紹介致します。
(2)措置入院
「措置入院」は、指定医2名以上の診断により自傷他害のおそれがあると認められる場合に、本人の同意無く、家族の同意も要件とせず、都道府県知事の行政処分により入院させることができる手続きです(精神保健福祉法29条1項)。
精神保健福祉法29条(都道府県知事による入院措置)1項 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。
2項 前項の場合において都道府県知事がその者を入院させるには、その指定する二人以上の指定医の診察を経て、その者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めることについて、各指定医の診察の結果が一致した場合でなければならない。
3項 都道府県知事は、第一項の規定による措置を採る場合においては、当該精神障害者に対し、当該入院措置を採る旨、第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせなければならない。
4項 国等の設置した精神科病院及び指定病院の管理者は、病床(病院の一部について第十九条の八の指定を受けている指定病院にあつてはその指定に係る病床)に既に第一項又は次条第一項の規定により入院をさせた者がいるため余裕がない場合のほかは、第一項の精神障害者を入院させなければならない。
措置入院の判定のために必要な指定医の診察は、精神保健福祉法22条1項の診察及び保護申請により行われます。同23条の警察官による通報も端緒となることがあります。22条1項の申請は自傷他害のおそれのある精神障害者を発見した者は誰でも申請できますが、事実上、家族親族からの申し出を受けた警察経由で手続きが進められることが多くなっています。
精神保健福祉法22条(診察及び保護の申請)1項 精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる。
2項 前項の申請をするには、次の事項を記載した申請書を最寄りの保健所長を経て都道府県知事に提出しなければならない。
一 申請者の住所、氏名及び生年月日
二 本人の現在場所、居住地、氏名、性別及び生年月日
三 症状の概要
四 現に本人の保護の任に当たつている者があるときはその者の住所及び氏名
第23条(警察官の通報)警察官は、職務を執行するに当たり、異常な挙動その他周囲の事情から判断して、精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちに、その旨を、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない。
(3)任意入院
「任意入院」は、上記の保護入院や措置入院の要件を満たさない場合でも、指定医の診察により入院した方が良いとの勧めにより、本人の同意に基づき精神科病院に入院する手続きです(精神保健福祉法20条)。任意入院でも、入院者の行動制限などの処遇は措置入院や保護入院と同じですが、任意入院の場合には入院者からの申し出による退院が可能です(精神保健福祉法21条2項)。但し、指定医が必要と認める場合は患者の退院申出後3日間(72時間)は退院させない対応をとることができます(精神保健福祉法21条3項)。
精神保健福祉法20条 精神科病院の管理者は、精神障害者を入院させる場合においては、本人の同意に基づいて入院が行われるように努めなければならない。第21条
1項 精神障害者が自ら入院する場合においては、精神科病院の管理者は、その入院に際し、当該精神障害者に対して第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせ、当該精神障害者から自ら入院する旨を記載した書面を受けなければならない。
2項 精神科病院の管理者は、自ら入院した精神障害者(以下「任意入院者」という。)から退院の申出があつた場合においては、その者を退院させなければならない。
3項 前項に規定する場合において、精神科病院の管理者は、指定医による診察の結果、当該任意入院者の医療及び保護のため入院を継続する必要があると認めたときは、同項の規定にかかわらず、七十二時間を限り、その者を退院させないことができる。
4項 前項に規定する場合において、精神科病院(厚生労働省令で定める基準に適合すると都道府県知事が認めるものに限る。)の管理者は、緊急その他やむを得ない理由があるときは、指定医に代えて指定医以外の医師(医師法(昭和二十三年法律第二百一号)第十六条の六第一項の規定による登録を受けていることその他厚生労働省令で定める基準に該当する者に限る。以下「特定医師」という。)に任意入院者の診察を行わせることができる。この場合において、診察の結果、当該任意入院者の医療及び保護のため入院を継続する必要があると認めたときは、前二項の規定にかかわらず、十二時間を限り、その者を退院させないことができる。
5項 第十九条の四の二の規定は、前項の規定により診察を行つた場合について準用する。この場合において、同条中「指定医は、前条第一項」とあるのは「第二十一条第四項に規定する特定医師は、同項」と、「当該指定医」とあるのは「当該特定医師」と読み替えるものとする。
6項 精神科病院の管理者は、第四項後段の規定による措置を採つたときは、遅滞なく、厚生労働省令で定めるところにより、当該措置に関する記録を作成し、これを保存しなければならない。
7項 精神科病院の管理者は、第三項又は第四項後段の規定による措置を採る場合においては、当該任意入院者に対し、当該措置を採る旨、第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせなければならない。
2、医療保護入院患者の処遇
精神保健福祉法36条と37条で入院患者の処遇が規定されており、患者自身の行動制限に付随して、息子様でも御家族等との面会や電話などが制限されることがあります。
精神保健福祉法36条(処遇)1項 精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる。
2項 精神科病院の管理者は、前項の規定にかかわらず、信書の発受の制限、都道府県その他の行政機関の職員との面会の制限その他の行動の制限であつて、厚生労働大臣があらかじめ社会保障審議会の意見を聴いて定める行動の制限については、これを行うことができない。
3項 第一項の規定による行動の制限のうち、厚生労働大臣があらかじめ社会保障審議会の意見を聴いて定める患者の隔離その他の行動の制限は、指定医が必要と認める場合でなければ行うことができない。
第37条
1項 厚生労働大臣は、前条に定めるもののほか、精神科病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる。
2項 前項の基準が定められたときは、精神科病院の管理者は、その基準を遵守しなければならない。
3項 厚生労働大臣は、第一項の基準を定めようとするときは、あらかじめ、社会保障審議会の意見を聴かなければならない。
※精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十六条第二項の規定に基づき厚生労働大臣が定める行動の制限(平一二厚告五三五・題名追加)
一 信書の発受の制限(刃物、薬物等の異物が同封されていると判断される受信信書について、患者によりこれを開封させ、異物を取り出した上患者に当該受信信書を渡すことは、含まれない。)
二 都道府県及び地方法務局その他の人権擁護に関する行政機関の職員並びに患者の代理人である弁護士との電話の制限
三 都道府県及び地方法務局その他の人権擁護に関する行政機関の職員並びに患者の代理人である弁護士及び患者又はその家族等(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十三条第二項に規定する家族等をいう。)その他の関係者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士との面会の制限
これらの規定は、どちらの精神病院でも遵守しなければならない法令規定となります。要するに弁護士であれば、どんな状況であっても患者本人との面会は制限できないということです。どうしても面会ができずお困りの場合は、弁護士を介して本人と連絡し、意思を確認して退院等請求や成年後見の手続きに繋げていくことが考えられます。御心配であれば弁護士の連絡ができるかどうか法律事務所に相談してみましょう。
3、成年後見制度
今回の御相談では、お兄様がお母さまの銀行口座や賃貸不動産の管理をなさっているということです。過去の経緯は分かりませんが、何らかの委託関係があって継続している行為なのかもしれません。しかし、お兄様が頼まれた範囲を超えて権限を濫用して過度に金銭を引き出しているなどの場合には、本人に代わって法的代理人である成年後見人を選任し、成年後見人から返還請求をして貰う手段が考えられます。
※裁判所の成年後見ポータルサイト
https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp/index.html
(1)成年後見の要件
民法7条により、成年後見開始審判の要件が法定されています。「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」ということが条文上の要件となっており、病気や事故や加齢などにより判断能力が低下し、契約締結したり、金銭や財産の管理能力が不十分になってしまった場合に、家庭裁判所の審判により成年後見人が選任され、本人に代わって法律行為を行うことができる代理人としての法的地位を取得します。
成年後見人は申立時に記載された成年後見人候補者に適性があるかどうか審査され、また、他の親族関係者の意見も確認して、意見対立があるようであれば、第三者である専門職後見人(弁護士、司法書士、行政書士、税理士、社会福祉士、精神保健福祉士)や、市民後見人(後見人養成講座を受講して自治体に登録された「登録市民」など)が選任されます。※東京都の市民成年後見人養成講座https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kiban/sodan/kouken/jigyou/yousei.html
民法7条(後見開始の審判) 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
上記の「事理を弁識する能力」は、契約の締結や履行に際して法律行為の意味を理解し、自分の判断で行為をしたり、しなかったりすることを決められる能力のことです。
この判断能力の程度は、若年者であっても、おおむね11~13歳以上の年齢であれば備えている能力であると言われています。当年10歳5か月の年少者の事理弁識能力を否定した判例があります。
最高裁判所昭和32年6月20日判決 『所論の原判示も亦明確を欠くが、その趣旨とするところは、その引用する第一審判決と相俟つて、本件事故当時被上告人が年令一〇歳五ケ月に達していたとしても事理弁識の能力を備えなかつたものと認むるを相当とすべく、従つて被上告人に過失があつたものと断ずるを得ないというのであつて、しかく判断することも亦必ずしも不当というを得ない。』
他に、11歳11か月の少年店員が主人のために自転車で物を運搬中他人を負傷させた事案で事理弁識能力を認めた大審院大4年5月12日判決や、12歳7か月の少年が空気銃で木の根元を射撃しようとして付近に居た被害者の眼に命中し失明させた事案で責任能力(事理弁識能力)を否定した大審院大正10年2月3日判決があります。
実務上は、認知能力等について、かかりつけ医や精神科医師の診断書をもとに裁判所が事理弁識能力の有無を判断していることが多くなっています。
(2)成年後見の申立権者
民法7条により、成年後見開始審判の申し立て権者の範囲が法定されています。それによると、「本人」、「配偶者」、「四親等内の親族」、「未成年後見人」、「未成年後見監督人」、「保佐人」、「保佐監督人」、「補助人」、「補助監督人」、「検察官」が申立権者となっています。御相談のケースでは、お母様の成年後見人選任が問題となりますので、親子間の1親等ということで、申立権限に問題は無いということになります。兄弟姉妹は2親等、甥姪や叔父叔母は3親等、いとこは4親等ですから、これらの関係のある親族でも申し立てできることになります。
申立権者に検察官が含まれているのは、身寄りの無い高齢者などが困っている場合に、本人または親族に代わって、検察庁法4条に定められた「公益の代表者」としての職務権限を行使することができるからです。
検察庁法第4条 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。
なお、行政サービスを提供し、老人福祉行政を運営する過程で、後見開始審判の必要性を認知した市区町村長は、「六十五歳以上の者につき、その福祉を図るため特に必要があると認めるとき」に、成年後見開始審判の申し立てができると規定されています。これは補充的な規定と解釈されています。可能な限り、行政から4親等以内の申し立て権者に連絡され、申し立てを行うように促されることになります。
老人福祉法32条(審判の請求) 市町村長は、六十五歳以上の者につき、その福祉を図るため特に必要があると認めるときは、民法第七条、第十一条、第十三条第二項、第十五条第一項、第十七条第一項、第八百七十六条の四第一項又は第八百七十六条の九第一項に規定する審判の請求をすることができる。
(3)後見開始審判の法的効果
後見開始の審判があると、成年後見人には本人(成年被後見人)の法律行為に関する代理権(民法859条1項)や取消権(民法9条)が与えられます。当人が契約や履行などの財産処分行為をしたとしても、日常生活に関する事以外で、当人に不利益な行為であれば、成年後見人はいつでも取り消し権を行使して、本人の不利益を回復することができます。
民法859条(財産の管理及び代表)1項 後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。 民法9条(成年被後見人の法律行為) 成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。
また、後見開始審判前の行為であっても、被後見人本人と同じ法的地位に立って、本人が不利益を被るような不適切な行為があった場合には、錯誤取り消し(民法95条1項)や、詐欺取り消し(民法96条1項)などの法的主張を行うことができますし、横領行為や背任行為の被害に逢っていた場合は、成年後見人は、損害賠償請求権(民法415条、709条)や不当利得返還請求権(民法703条)を本人に代わって行使することができます。請求相手が任意に支払いをしないときは民事訴訟を提起して強制的に取り立てることもあります。
民法95条(錯誤)抜粋1項 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2項 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
民法96条1項 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
民法703条(不当利得の返還義務) 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
(4)成年後見人の職務権限
成年後見人の職務権限は、本人に代わって財産行為を行う財産管理行為(民法859条)と、身上監護に関する事務(民法858条)があります。
民法858条(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮) 成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。民法859条(財産の管理及び代表) 後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。
2項 第八百二十四条ただし書の規定は、前項の場合について準用する。
民法824条(財産の管理及び代表) 親権を行う者は、子の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為についてその子を代表する。ただし、その子の行為を目的とする債務を生ずべき場合には、本人の同意を得なければならない。
財産管理行為は、文字通り、財産権の行使や処分に関する行為です。銀行取引、不動産取引、金融取引、税務申告も含めて、本人が行い得るあらゆる取引行為をすることができます。但し、民法643条委任の規定が準用されますので、後見人は事務処理にあたって、「善良なる管理者の注意義務」を負うことになります。少し抽象的で分かりにくいかもしれませんが、これは、プロとして社会通念上一般に期待されている業務上相当な注意をもって慎重に行うことを要するものと解釈されています(銀行員の職務上の注意義務に関する、最高裁判所昭和46年6月10日判決など)。
民法869条(委任及び親権の規定の準用) 第六百四十四条及び第八百三十条の規定は、後見について準用する。民法643条(委任) 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
民法644条(受任者の注意義務) 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
従って、リスクを冒して投資・投機するような金融取引を繰り返すようなことは相当ではないとされています。預貯金口座を管理し、本人の意思を確認した上で、使っていない携帯電話やインターネットの契約、読んでいない雑誌の定期購読があれば契約解除して財産の減少を防いだり、看護施設や病院への支払いのために預貯金口座からの引き出しを行って弁済を行うなどの日常業務が想定できます。基本的に、後見人就任時の被後見人の財産状況を可能な限り従来通りに維持していくということが基本的な方針になります。
本人が不動産を所有しており、賃貸収入を得ていたのであれば、それを継続して賃貸管理することは可能ですが、老人ホーム入所前に住んでいた自宅を賃貸に出したり、売却したりするなどの本人の財産状況や生活状況に対する影響の大きな取引を行う場合は、個別に家庭裁判所の許可を得る必要があります(民法859条の3)。成年後見人は、どうしてその処分行為をする必要があるのかを説明する書面を家庭裁判所に提出します。家庭裁判所は、その行為の必要性や許容性を考慮して許可を下すことになります。
民法859条の3(成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可) 成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。※参考、和歌山家裁の居住用不動産処分の許可の申立て手続きページ
https://www.courts.go.jp/wakayama/l2/l3/l4/Vcms4_00000133.html
身上監護は、自分では身の回りの財産管理行為を適切に行うことができなくなってしまった成年被後見人を代理して法律行為を行う成年後見人の前記「善管注意義務」を具体化したものとされています。代理行為を行うと言っても、本人の生活状況や意思状態を知らなければ適切に代理権を行使することはできませんから、成年被後見人の生活を見守り、本人の意思を尊重して、必要な事務を行う必要があります。但し、身上監護といっても、現実に成年被後見人の生活を介護したりすること(事実行為)まで要求されているわけではありません。介護が必要であれば、介護施設を選定し、契約をするなどして適切な環境を構築することが求められています。
身上監護には、次のような行為が含まれています。
一、医療に関する契約(病院への入院手続き、医療費の支払い。但し、手術の同意などは含まれないと解されています。)
二、介護等に関する契約(地域包括支援センターへの相談、要介護度の認定申請、介護サービス契約の締結、支払い、介護施設への入所契約)
三、住居に関する契約(賃貸契約の更新、解除、転居が必要であれば付随する引っ越し業者との契約、手すりやロープやトイレ改修などが必要であれば必要な工事契約締結)
四、教育、文化的活動、リハビリに関する契約(本人に意欲があれば、本人の意思を尊重して、習い事の契約を手配したり、遊興、交際、旅行、文化活動、地域活動、リハビリに必要な契約を締結し、適切に運用されているか管理します。但し、本人の資産状況に照らして過大な出費を伴う活動や健康上の懸念のある活動は後見人の身上配慮義務の趣旨に合いませんので行うことはできません。)
ここで思い出されるのは、日本国憲法13条と、25条1項です。
日本国憲法第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第25条1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
これは政府に対する国民の権利を定めた法規範ですが、国の立法により成年後見制度を運営するにあたっても、この制度趣旨が適用されることになるでしょう。病気やケガや加齢などにより本人の財産管理能力が失われて、成年後見人に頼る生活に入った場合でも、個人の尊厳は守られるべきですし、幸福追求権はありますし、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が守られるべきであると考えられています。どうして民法の成年後見人の規定の中に、生活上の代理権や取消権の他に、民法858条に「心身の状態及び生活の状況に配慮」という抽象的な文言が含まれているのか、考えるときには、前記の日本国憲法の基本的な考え方を再確認することで理解できるでしょう。家庭裁判所の実務や、成年後見人の日常業務も、これらの考え方が通底され運営されています。
4、成年後見申し立て手続き
このように、本人の福祉を考慮した成年後見人の制度が整備されていますので、判断能力の衰えた本人が何らかの委託を行って家族親族等の一部が財産管理行為を行っていたとしても、その運営状況に不審な点が見られるなどの懸念がある場合は、成年後見人の選任審判の申し立てを家庭裁判所に行うことが考えられます。
(1)管轄
家事事件手続法4条で、住所地を管轄する家庭裁判所が、成年後見開始審判の申し立て書を提出する管轄裁判所になります。自宅から離れた病院に入院している場合でも、従来住んでいた自宅が残っている場合は住民票所在地の家庭裁判所に申し立てします。
家事事件手続法4条(管轄が住所地により定まる場合の管轄権を有する家庭裁判所)家事事件は、管轄が人の住所地により定まる場合において、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときはその居所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属し、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときはその最後の住所地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
(2)申し立て費用
申し立て費用は、次の項目になります。家庭裁判所や、本人の健康状態や鑑定人によって変わりますので個別相談が必要ですが、一例を御紹介致します。
収入印紙、3400円(うち800円が申立書貼付、2600円が後見登記費用)予納切手、4270円(さいたま家裁の場合の一例)
鑑定費用、数十万円以内
※裁判所の後見ポータルサイト
https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp/index.html
(3)申し立て書類
・後見開始申立書(裁判所書式、適宜別紙理由書などで事情説明を補充する)・申立事情説明書(裁判所書式)
・親族の意見書(裁判所書式)
・親族関係図(裁判所書式)
・収支予定表(裁判所書式)
・財産目録(裁判所書式)
・相続財産目録(遺産分割未了の相続財産が有る場合のみ、裁判所書式)
・後見人候補者事情説明書(候補者が居る場合、裁判所書式)
・本人の戸籍全部事項証明書(発行3か月以内)
・本人の住民票(発行3か月以内、マイナンバー記載ないもの)
・後見人候補者の住民票(発行3か月以内、マイナンバー記載ないもの)
・成年後見登記されていないことの証明書(東京法務局で3か月以内に発行)
・本人の診断書(かかりつけ医、精神科専門医など)
・本人情報シートのコピー(裁判所書式)
・健康状態がわかる資料コピー(障害者手帳、介護保険認定証など)
・収入について直近3ヶ月資料コピー
・支出について直近3ヶ月資料コピー
・預金通帳直近1年分コピー
・有価証券(株式、投資信託等)残高資料コピー(証券会社発行)
・生命保険、損害保険についての資料コピー(保険会社発行、解約返戻金額など)
・不動産についての資料コピー(登記事項証明書、賃貸契約書)
・負債についての資料コピー(返済明細書など)
・遺産に関する資料コピー(未分割相続財産が有る場合の、相続財産資料)
同居していない4親等以内の親族が申立する場合、今回の御相談のようにお子さんであっても同居しておらず面会もできていない場合などには、「診断書」や「収入資料」や「支出資料」や「銀行・証券会社・保険会社・不動産」などの資料を用意することが難しい場合もあるでしょう。そのような場合でも、前記の成年後見制度の趣旨に鑑みて、申し立て要件を最低限確認できる、戸籍謄本と住民票が用意できるのであれば、申立書と事情説明シートなどを記入して申し立てすることができます。
(4)申し立て後の手続き
成年後見の申し立てがあると、書類形式を満たしているかなど受付審査を経て、受理されると事件番号が付与され、家庭裁判所の審判官(裁判官)は、その事件を担当する家庭裁判所調査官を選任し、審判に必要な調査を命じます。
一旦成年後見の申し立てをすると、申立人は家庭裁判所の許可なく取り下げをすることができません(家事事件手続法121条)。平成23年の家事事件手続法制定前には、申し立ての取下げについて明文の規制がありませんでしたから、申立人の希望する成年後見人候補者が選任されない見通しとなった場合などに、審判確定直前に取り下げられてしまう事例がありました。そのような場合には、本人に成年後見人を付する必要性が高いにも関わらず、これがなされないことになってしまうという、本人の保護に欠ける不都合を生じており、立法的な解決が図られたのです。
家事事件手続法121条(申立ての取下げの制限)抜粋次に掲げる申立ては、審判がされる前であっても、家庭裁判所の許可を得なければ、取り下げることができない。
一号 後見開始の申立て
家庭裁判所は、後見開始審判する場合には、本人の陳述を聴取する必要がありますので(家事事件手続法120条1項1号)、事情聴取日を設定して、本人や申立人や、成年後見人候補者の意見を徴取します。通常は本人にも家庭裁判所に出頭してもらい調査官面接により意思確認するのが原則ですが、要介護5など、重度の寝たきり状態などの場合には、調査官が病院や介護施設に出向くこともあります。
家事事件手続法120条(陳述及び意見の聴取)抜粋1項 家庭裁判所は、次の各号に掲げる審判をする場合には、当該各号に定める者(第一号から第三号までにあっては、申立人を除く。)の陳述を聴かなければならない。ただし、成年被後見人となるべき者及び成年被後見人については、その者の心身の障害によりその者の陳述を聴くことができないときは、この限りでない。
一号 後見開始の審判 成年被後見人となるべき者
申立書に医師の診断書が添付されていない場合は、家庭裁判所からの事務連絡で、本人が入院している病院に診断書の作成ができないかどうか、協力を打診することもありますし、鑑定に付されることもあります。
家事事件手続法119条(精神の状況に関する鑑定及び意見の聴取)抜粋 1項 家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。
実務上は鑑定なしでも診断書などにより後見開始審判が発令される事案も多くなっていますが、診断書も無く、鑑定も不調で、本人の事理弁識能力の状況が全く確認できない場合には、家裁からの取り下げ指導や却下審判となってしまう可能性もあります。
5、後見人について
後見開始決定の場合は、成年後見人が家庭裁判所によって選任されます。裁判所の権限ですが、候補者がいれば申立の際、後見人候補者を指定して申し立てることが出来ます。もちろん候補者を立てなくても、家庭裁判所から誰か候補者はいないか問い合わせがありますが、開始決定について親族間で意見が違うような場合は、候補者の有無にかかわらず裁判所が第三者として選任します。選任ついては異議を述べることはできませんので、不満がある場合は、選任後の後見人の不都合を理由に成年後見人の解任の申し立てをすることになりますが、合理的な理由がないと解任とはなりませんので注意が必要です。
弁護士等の専門職が管理人となる場合は、費用がかかります。金額は管理する財産によって、一応の基準が決められており、最終的には家庭裁判所が、後見人の申し立てにより決定します。一応の基準として管理財産額が1,000万円以下の場合 月額報酬2万円 管理財産額が1,000万円超5,000万円以下の場合 月額報酬3万円から4万円、管理財産額が5,000万円超の場合 月額報酬5万円から6万円とされています。
6、まとめ
成年後見制度は、本人の福祉のために設計され運用されている制度です。一部の申し立て添付書類が用意できないなどの手続き上の問題については、家庭裁判所と相談して、事務連絡してもらったりして協議して解決できる場合もあります。細かい問題はあるにしても、本人の意思を実現させてあげたいという切実な問題がある場合は、弁護士に相談して家庭裁判所への後見申し立てを検討なさって下さい。とにかくまず動いてみることが問題解決への第一歩になるでしょう。以上です。
以上