生命保険解約返戻金の差押えと生命保険契約の解除

民事|強制執行|最高裁判所平成11年9月9日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は小さな会社を経営しています。3年前、従業員の在職中、生活費が不足しているとのことで借金も申入れをされ、私個人で元従業員にお金を貸しました。その後、返済がないので、貸したお金の支払いを求めて従業員に対し裁判を起こし、勝訴判決を得ています。従業員は退職しましたが、貸金の返済は受けていません。強制執行を考えましたが、従業員には資産らしきものもありません。従業員は生命保険に加入していましたので、生命保険の解約返戻金を差し押さえようと考えています。ただ、生命保険金は解約しないと解約返戻金が請求できないと聞いています。従業員が解約しないと保険会社に取り立てることができないものなのでしょうか。

回答

1 生命保険の解約返戻金を差し押さえた債権者が生命保険会社から取立ができるかどうかについて、解約返戻金は契約者本人が解約しないと発生しないのではないか、解約権は契約者本人だけに帰属する一身専属的な権利なのかという問題があります。

2 この点、最高裁判所は、平成11年9月9日判決で、生命保険契約に保険契約者がいつでも解約でき、解約により解約返戻金が発生するという特約がある場合、生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は、これを取り立てるため、債務者の有する解約権を行使することができる、と判断しました。判例の立場は、保険契約の解約権の行使を民事執行法155条1項で定める債権者の取立て権(「金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる」)に含まれると考える立場で、学説には反対もありますが、判例通説として認められています。

3 ご相談者様の場合も従業員の契約する生命保険契約の解約返戻金を差し押さえて、生命保険会社に対して生命保険契約の解約の意思表示をすることにより解約返戻金の支払いを求めることができます。

4 関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

第一 はじめに

(1)金銭を支払えという判決(「金銭給付判決」と言います)を得ても、債務者が判決通り支払いをしない場合は強制執行の必要があります。しかし、債務者個人に特に見るべき財産がなく、強制執行をしても結果として債権の回収ができないとなることがあります。ただ、債務者が生命保険に加入していることがあり、生命保険契約を解約した場合、解約返戻金が発生し、高額になることもあります。債権者としてはこの解約返戻金請求権を差し押さえて債権の回収を図ることも考えられます。しかし、解約返戻金は保険契約を解約しないと発生しないもので、債権者が解約返戻金を差し押さえても債務者からの解約がなされない限り解約返戻金の支払いを求められないのではないか(解約返戻金は保険契約の解約後に生じる債権ですが、このような将来生じる債権についても,財産的な価値がある債務者の権利として債権差押えは可能とされています。なお、解約権を差押えることは、解約権自体には財産的な価値がなく、保険契約者と密接不可分な権利であり、解約権の差し押さえはできないと考えられています)問題となります。

(2)民事執行法155条1項は「金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる」と規定されています。この債権者の取立権により保険金請求権を保険会社に当然請求できるようにも読めますが、厳格に言えば、解約返戻金請求権は、債務者が解約の意思表示をして初めて生じるものであり、差し押さえた時はまだ発生していませんので債務者の解約の意思表示の条件付(停止条件。民法127条)権利を差し押さえたことになります。条件付権利でも財産的権利である以上差し押さえることは可能ですが(民法129条)、債務者に代わり解除の意思表示をすることができるのかどうか問題があります。解除するかどうかの判断は債務者の意思決定によるものであり、そのような意思表示は債務者の一身専属的権利で債権者は代わりに行使できないのではないかという疑問があるからです。

(3)一身専属権とは、法の理想である公正、公平な権利関係を維持するために本来の権利者の自由な意思により権利行使を認めようとするものです。しかし、いかなる権利が一身専属性を有するかどうかは条文上明確な規定はないため権利の性質、当該権利を認めた趣旨から決定されることになります。

生命保険契約の途中解除の権利(解除権)を認めた趣旨は、主に保険契約者の経済的な必要性、計算上の利益を考慮したものであり財産的色彩が強く、契約者だけが判断、決定する必要がある権利とまでは言えません。従って、解除権行使の債務者の意思の尊重より、財産権を差し押さえた債権者の迅速な権利実現が優先されるべきとも思われます。

(4)生命保険の解約返戻金を差し押さえた債権者が、保険契約の解約権を行使することができるかどうか判断した最高裁判所平成11年9月9日判決を以下に紹介します。判決では、解約権の一身専属性を認めず、差押債権者は解約権を行使できるとしています。

第二 最高裁判所平成11年9月9日判決

裁判所HP

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52238

判決文

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/238/052238_hanrei.pdf

【当事者】

X:Aの債権者。Aに対する確定判決を有する。Aの生命保険契約解約返戻金を差押え、Yに対してAとの生命保険契約の解除をし、解約返戻金の支払いを求めている。

Y:生命保険会社。Aと生命保険契約を締結している。

A:Xの債務者。Yと生命保険契約を締結している。

【事案の経過】

・XはAに対して債権を有していたが、Aからの債務の履行はなかった。

・XはAの契約する生命保険の解約返戻金を差し押さえる。

・XはYに対し、AY間の生命保険契約の解約通知をし、解約返戻金の支払いを求める。

・YがXへの支払いを拒否したので、XはYに対してAの加入する生命保険契約の解約返戻金の支払いを求めて提訴。

【争点】

債務者の契約する生命保険金の解約返戻金を差し押さえた債権者は生命保険の解約権を行使できるか。

【判決】

最高裁判所は、生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は、これを取り立てるため、債務者の有する解約権を行使することができる、と判断しました。その理由は判決文によると以下のとおりです。

(1)金銭債権を差し押さえた債権者は、民事執行法155条1項により、その債権を取り立てることができるとされている

取立権の内容として、差押債権者は、自己の名で被差押債権の取立てに必要な範囲で債務者の一身専属的権利に属するものを除く一切の権利を行使することができるものと解される。

生命保険契約の解約権は、身分法上の権利と性質を異にし、その行使を保険契約者のみの意思に委ねるべき事情はないから、一身専属的権利ではない。

(2)生命保険契約の解約返戻金請求権は、保険契約者が解約権を行使することを条件として効力を生ずる権利であって、解約権を行使することは差し押さえた解約返戻金請求権を現実化させるために必要不可欠な行為である。

差押命令を得た債権者が解約権を行使することができないとすれば、解約返戻金請求権の差押えを認めた実質的意味が失われる結果となるから、解約権の行使は解約返戻金請求権の取立てを目的とする行為というべきである。

他方、生命保険契約は債務者の生活保障手段としての機能を有しており、その解約により債務者が高度障害保険金請求権又は入院給付金請求権等を失うなどの不利益を被ることがあるとして、そのゆえに民事執行法一五三条により差押命令が取り消され、あるいは解約権の行使が権利の濫用となる場合は格別、差押禁止財産として法定されていない生命保険契約の解約返戻金請求権につき預貯金債権等と異なる取扱いをして取立ての対象から除外すべき理由は認められないから、解約権の行使が取立ての目的の範囲を超えるということはできない

(3)本件保険契約は、保険契約者がいつでも保険契約を解約することができ、その場合、保険者が保険契約者に対し、所定の解約返戻金を支払う旨の特約付きであった。

被上告人は、本件保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえ、保険者である上告人に対し、本件保険契約を解約する旨の意思表示をした、というのであるから、被上告人のした本件保険契約の解約は有効というべきである。

このように最高裁判所は、差押債権者は取立権の内容として債務者の一身専属的権利を除く一切の権利を行使でき、生命保険契約の解約は一身専属的権利ではないから債権者も取立権の内容として行使できるものとしました。そして、生命保険金の高度障害保険金請求絢や入院給付金請求権を失わせる点については民事執行法153条が規定する差押命令の取消や権利濫用の法理で処理するものとしています。

第三 最後に

ご相談者様の場合も、保険金の解約返戻金を差し押さえることができ、保険契約の解約により債権額の範囲内で解約返戻金を取得できますので、差し押さえの準備をされるとよいでしょう。具体的な手続きについては一度弁護士に相談されるとよいでしょう。

以上

関連事例集

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参照条文
〇民法

(条件が成就した場合の効果)

第百二十七条 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。

2 解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。

3 当事者が条件が成就した場合の効果をその成就した時以前にさかのぼらせる意思を表示したときは、その意思に従う。

(条件の成否未定の間における権利の処分等)

第百二十九条 条件の成否が未定である間における当事者の権利義務は、一般の規定に従い、処分し、相続し、若しくは保存し、又はそのために担保を供することができる。

(債権者代位権の要件)

第四百二十三条 債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利(以下「被代位権利」という。)を行使することができる。ただし、債務者の一身に専属する権利及び差押えを禁じられた権利は、この限りでない。

2 債権者は、その債権の期限が到来しない間は、被代位権利を行使することができない。ただし、保存行為は、この限りでない。

3 債権者は、その債権が強制執行により実現することのできないものであるときは、被代位権利を行使することができない。

〇民事執行法

(差押禁止債権の範囲の変更)

第百五十三条 執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。

2 事情の変更があつたときは、執行裁判所は、申立てにより、前項の規定により差押命令が取り消された債権を差し押さえ、又は同項の規定による差押命令の全部若しくは一部を取り消すことができる。

3 前二項の申立てがあつたときは、執行裁判所は、その裁判が効力を生ずるまでの間、担保を立てさせ、又は立てさせないで、第三債務者に対し、支払その他の給付の禁止を命ずることができる。

4 第一項又は第二項の規定による差押命令の取消しの申立てを却下する決定に対しては、執行抗告をすることができる。

5 第三項の規定による決定に対しては、不服を申し立てることができない。

(差押債権者の金銭債権の取立て)

第百五十五条 金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。

2 差し押さえられた金銭債権が第百五十二条第一項各号に掲げる債権又は同条第二項に規定する債権である場合(差押債権者の債権に第百五十一条の二第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権が含まれているときを除く。)における前項の規定の適用については、同項中「一週間」とあるのは、「四週間」とする。

3 差押債権者が第三債務者から支払を受けたときは、その債権及び執行費用は、支払を受けた額の限度で、弁済されたものとみなす。

4 差押債権者は、前項の支払を受けたときは、直ちに、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。

5 差押債権者は、第一項の規定により金銭債権を取り立てることができることとなつた日(前項又はこの項の規定による届出をした場合にあつては、最後に当該届出をした日。次項において同じ。)から第三項の支払を受けることなく二年を経過したときは、同項の支払を受けていない旨を執行裁判所に届け出なければならない。

6 第一項の規定により金銭債権を取り立てることができることとなつた日から二年を経過した後四週間以内に差押債権者が前二項の規定による届出をしないときは、執行裁判所は、差押命令を取り消すことができる。

7 差押債権者が前項の規定により差押命令を取り消す旨の決定の告知を受けてから一週間の不変期間内に第四項の規定による届出(差し押さえられた金銭債権の全部の支払を受けた旨の届出を除く。)又は第五項の規定による届出をしたときは、当該決定は、その効力を失う。

8 差押債権者が第五項に規定する期間を経過する前に執行裁判所に第三項の支払を受けていない旨の届出をしたときは、第五項及び第六項の規定の適用については、第五項の規定による届出があつたものとみなす。