家庭ゴミの不適正処理事案における刑事上の責任
刑事|廃棄物の処理及び清掃に関する法律|最決平成18年2月20日刑集60巻2号182頁
目次
質問
都内の一戸建ての家に住んでいる者です。近所のマンションには専用のゴミ集積所が備え付けられており,24時間ゴミ出し可能となっているのですが,先日,当該マンションのゴミ集積所に私の自宅で出たゴミを勝手に捨てているところが見付かってしまい,110番通報されてしまいました。その日は家の大掃除をしていた日で,大量に出たごみ袋をいち早く捨てたいとの気持ちから,そのような行為に及んでしまいました。このようなことをしたのは今回が初めてで,同種の前科・前歴もありません。
臨場した警察官によると,私の行為は廃棄物の不法投棄にあたり,廃棄物処理法違反で罰則の対象になるとのことで,後日警察署で取調べを受けることになりました。できれば前科がつくのを避けたいのですが,何とかならないでしょうか。
回答
1 あなたは現在、「みだりに廃棄物を捨て」た嫌疑により(廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」といいます。)25条1項14号、16条)、刑事手続上の被疑者として捜査対象となっております。
2 判例は,「みだりに」との文言の解釈について、「生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという法の趣旨に照らし,社会的に許容され」る態様か否かで判断しています(最決平成18年2月20日刑集60巻2号182頁)。
自治会で指定された集積所以外に家庭ゴミを自由に捨てて良いとすれば、無秩序にゴミが捨てられることとなり、結果として特定の集積所にゴミが一極集中してしまうなどの、生活環境や公衆衛生を阻害する事態が起こりかねません。このことから、決められた場所以外に捨てる行為は、社会的に許容されていないと考えられ、本件で廃掃法違反の罪が成立する可能性は高いといえるでしょう。
3 量刑ですが、本件は偶発的事情から家庭ごみ(一般廃棄物)を別の集積所に捨ててしまった事案であり、同種の前科・前歴もないこと等からすれば、数十万円程度の罰金刑に止まるでしょう。
とはいえ、罰金も前科になります。前科を回避したい意向が強いのであれば、弁護人を選任して、終局処分軽減に向けた弁護活動をしておくべきでしょう。
4 本件の弁護活動としては、事実上の被害者と考えられるマンション管理組合との示談、任意の団体への贖罪寄付などが考えられます。
5 関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 成立する犯罪
1 廃棄物の不法投棄の禁止
廃掃法16条は,「何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない。」として,廃棄物の不法投棄を禁じています。当該規定に違反した場合の刑罰は,5年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金,又はその併科となっております(廃掃法25条1項14号)。
2 本件行為が廃掃法16条に違反しているか
家庭ごみは,各自治体で定められた分別方法にしたがい,所定のゴミ集積所に捨てることが認められております。決められたルールに従って投棄する限り,それが廃掃法16条に違反することにはなりません。
問題は,決められたルールを守らなかった場合の取扱いです。「みだりに」との文言をどのように解釈するかが問題となりますが,判例は,「生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという法の趣旨に照らし,社会的に許容され」る態様か否かで判断しています(最決平成18年2月20日刑集60巻2号182頁)。
しかし,この規範自体も抽象的なものであり,どこまでが社会的に許容される態様なのかが一義的に導かれるわけではありません。結局は個別の事案ごとに裁判所が社会通念にしたがって判断することになります。
その上で,本件のように,自治会で指定された場所以外のごみ集積所に家庭ごみ(一般廃棄物)を捨てる行為が社会的に許容されない態様といえるか否かですが,家庭ごみを指定されたゴミ集積所に捨てず,他のごみ集積所に捨てて良いとなれば,例えば,自宅前に集積所が設置されている現状に納得がいかない住民がゴミを他の集積所に移動させたり,あるいは決められた曜日以外にゴミ捨てをしたいと考えた住民が他の自治体の集積所にゴミを運搬・投棄したりと,無秩序な行動が誘発されてしまうことが容易に想定されます。また、その結果として、特定の集積所にゴミが一極集中してしまうなどの生活環境や公衆衛生を阻害する事態が生じ得ることも想像に難くありません。
このことから,各自が指定された集積所に捨てるルールを守ることで生活環境の保全と公衆衛生の向上を図っていると考えられ,そのルールに違反した場合は,「みだりに」廃棄物を捨てたことになると考えられます。
実際に,各自治体のHPには,決められた集積所以外にごみを投棄する行為が,廃掃法16条で禁止された不法投棄に該当するという前提での注意書きが散見され,廃掃法違反の罪を構成するとの認識が示されております。
第2 予想される量刑
検察官が処分(起訴あるいは不起訴処分)方針を決めるにあたっては,投棄した廃棄物の内容(一般廃棄物よりも産業廃棄物の方が,悪質性が強い),不法投棄の具体的態様(場所,量や回数等),不法投棄に至った経緯や動機,同種の前科・前歴の有無等を考慮することになります。
本件で捨てたのは家庭ごみ(一般廃棄物)であること,指定外とはいえ,空き地等ではなく集積所に捨てていること,不法投棄に至った経緯も家の大掃除でいつもよりゴミが多めに出たという偶発的な理由によるものであること,同種の前科・前歴もないこと等からすれば,起訴されたとしても略式手続きによる罰金刑が量刑相場となるでしょう。また、大量の産業廃棄物を空き地に運んで埋める等、大規模な悪質性の高い不法投棄というわけでもなく、罰金の金額は、数十万円という程度に止まるでしょう。
第3 処分軽減に向けた弁護活動
1 とはいえ、罰金も前科となります。前科を回避したい場合は、弁護人を選任した上で、処分軽減(不起訴処分)のための活動を行う必要があります。以下では、不起訴処分に向けた具体的な弁護活動の内容をご説明いたします。
2 マンション管理組合との示談
まず考えられるのが、マンション管理組合との間で示談を成立させることです。
この点、窃盗や傷害等の個人的法益に対する罪の場合は、法益保護の対象となる特定の個人(被害者)の被害回復状況や処罰感情の有無が、終局処分に大きな影響を及ぼすと考えられるため、示談が成立すれば、当然のごとく終局処分は軽減されることになります。
これに対し、廃掃法は、「生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的」としており、本件で成立する不法投棄の罪も、特定の個人の法益を保護する趣旨で設けられた犯罪類型ではなく、生活環境や公衆衛生といった社会的法益を保護するための犯罪類型です。従って、マンションの住民や管理組合は同法の犯罪の被害者には理論上は該当しません。被害者と示談することにより被害を救済し、被害者の感情を慰撫するのが示談である、という意味では、管理組合との示談は、本来の被害者との示談とは言えないことになります。しかし、マンションの住人や管理組合が、いわばごみの投棄により事実上の被害(管理組合の理事長その他関係者は、今回の件で捜査機関から事情聴取を受けるなどして,時間的・精神的負担を感じている可能性が高い)に遭ったことは否めませんから、管理組合あるいは被害届出に関与した住民の方に謝罪し、示談金を支払って示談書を作成してもらうことは、反省の態度を示すことになります。当該管理組合との間の示談の成否が終局処分にどこまで影響を及ぼすのかについては、未知数の部分があることは否定できませんが有利な情状となることは明らかです。
担当検察官の考え方にもよりますが、示談をした方が、罰金を回避できる(不起訴処分となる)可能性が高まると考えられます。
そこで、本件でも、一定の金銭を迷惑料として支払う代わりに,処罰を望まないという宥恕文言を記載し、被害届の取下げを約してもらう内容の示談合意書の取交しを目指すことになります。
3 その他の反省方法
担当検察官が終局処分の決定において、示談の状況を十分に考慮してくれない場合(検察官によっては、そもそも被害者情報の開示を弁護人が要請した段階でその旨告げられる場合が多いです。その場合でも、示談をする活動をすべきです。),担当検察官と協議しながら,別途、被疑者の反省の示し方を探ることになります。
社会に対する贖罪の意思を示すという趣旨から,弁護士会などの任意の団体へ贖罪寄付を行うというのも、1つの方法です。その他、生活環境の保全や公衆衛生の向上に資するような、清掃のボランティア活動を行う等、考え得る手段を尽くすべきです。
第4 まとめ
本件のように、当時はそこまで大ごとにはならないだろうと思っていても、予想に反して厳しく取り締まりを受けてしまうことは良くあることです。
自身の行為について当然反省はすべきですが、防御の機会も確保されなければなりません。本件は、弁護人の活動により不起訴にできる可能性がありますので、前科を回避したい意向が強い場合は、弁護人の選任を検討されると良いでしょう。
以上