客引き事件の起訴前弁護(身柄釈放)について
刑事|迷惑防止条例違反|客引き検挙事案|弁護士の手続きについて
目次
質問
一昨日,私の夫が,キャバクラの客引きをしていたという容疑で逮捕されてしまいました。声をかけた相手が,私服警察官だったようです。本日,裁判所が10日間の勾留を決定してしまいました。国選弁護人からは,まず10日間は我慢するしかないと言われております。何とか早期に釈放してもらう方法はないでしょうか。
回答
1 早期の釈放を求める手続きとして、勾留決定に対する準抗告の申立てがありますので、国選弁護人に相談したほうが良いでしょう。国選弁護人が準抗告の申し立てをしない場合、納得できないのであれば準抗告の申し立てをするという弁護士を私選弁護人に選任する必要があります。
2 客引き行為は,具体的な行為により罪状は異なりますが、各都道府県の迷惑防止条例違反として処罰されることが多いです。もっとも,その法定刑は,基本的には罰金刑であり,罪としてそこまで重い罪ではありません。
それにも関わらず勾留が認められてしまう理由は,客引きをした本人だけではなく,客引きをさせていた店側の捜査を実施する目的(店側との口裏合わせを予防する目的)であることが多いです。しかし,そのような捜査はあくまで別件の捜査であり,法律上は違法と判断される可能性もあります。
この点を弁護人において適切に指摘した上で、釈放された後も店側と連絡を取らせないなどの対処をしたうえで勾留決定に対する準抗告の申立てをすることになります。
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解説
1 成立し得る犯罪について
(1) 迷惑防止条例違反
客引きの事案について,近年では,各都道府県が制定している迷惑防止条例違反により処罰されることが多いです。例えば,東京都の場合,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」の第7条以下において,客引き行為の規制がされています。
(不当な客引行為等の禁止)第7条 何人も、公共の場所において、不特定の者に対し、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) わいせつな見せ物、物品若しくは行為又はこれらを仮装したものの観覧、販売又は提供 について、客引きをし、又は人に呼び掛け、若しくはビラその他の文書図画を配布し、若 しくは提示して客を誘引すること。
(2) 売春類似行為をするため、公衆の目に触れるような方法で、客引きをし、又は客待ちをすること。
(3) 異性による接待(風適法第2条第3項に規定する接待をいう。以下同じ。)をして酒類を 伴う飲食をさせる行為又はこれを仮装したものの提供について、客引きをし、又は人に呼 び掛け、若しくはビラその他の文書図画を配布し、若しくは提示して客を誘引すること(客 の誘引にあつては、当該誘引に係る異性による接待が性的好奇心をそそるために人の通常 衣服で隠されている下着又は身体に接触し、又は接触させる卑わいな接待である場合に限 る。)。
(4) 前3号に掲げるもののほか、人の身体又は衣服をとらえ、所持品を取りあげ、進路に立ち ふさがり、身辺につきまとう等執ように客引きをすること。
特に,同条1項4号の規定は,客引きの目的(店の種類など)に制限がなく,「人の身体又は衣服をとらえ、所持品を取りあげ、進路に立ち ふさがり、身辺につきまとう」といった行為があれば比較的容易に成立が認定されてしまうため,同号により処罰されることが多いです。
これらの条項に違反した場合,50万円以下の罰金又は拘留若しくは併科に処されることになります(同条例8条4項)。
(2) 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律
またいわゆる風営法でも客引きの規制がされています(風営法22条)。同条に違反した場合,六月以下の懲役若しくは百万円以下の罰金又はこれの併科に処されることになります。もっとも,同法の禁止の対象となるのは,「風俗営業を営む者」が客引きをした場合に限られるため,より要件が広い条例違反で処罰されることが多いです。
(3) 軽犯罪法違反
軽犯罪法1項28号では,「他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者」が処罰の対象とされています。もっとも,同法の罰則は,拘留又は科料という軽微なものに留まるため,適用される事例は多くありません。
2 客引きで勾留された場合の対策
(1) 客引きで勾留されてしまう理由
法律上,勾留が認められるための要件は,①定まった住居を有していないこと,②罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があること,③逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があること,となります。
実務上特に問題となるのが,②または③の要件ですが,単純な客引きの事案であれば,その法定刑は重くとも六月以下の懲役刑であり,適用されるケースの多い迷惑防止条例違反であれば,罰金以下の刑罰しかありません。このような軽い刑罰の事案でまで逃亡を企てることはあまり想定できないため,③の要件が重要となることはありません。
問題は,②の条件ですが,本件のような私服警察官による現行犯逮捕の場合には,その警察官の証言自体が証拠となる一方,警察官の証言を隠滅することは困難であるため,法律を正確に適用すれば,本件自体における罪証隠滅のおそれは認められないことになります。
それにも関わらず勾留が認められてしまう理由は,客引きをした本人だけではなく,客引きをさせていた店側の捜査を実施する目的(店側との口裏合わせを予防する目的)であることが多いです。
東京都迷惑防止条例違反では,いわゆる両罰規定により,客引き行為をしていた者だけでなく,その雇用主や法人も処罰する規定があります(迷惑防止条例違反9条)。そのため,本件でも,勾留が認められてしまった理由は,逮捕された本人を処罰するだけではなく,その雇用主の処罰までをも目的としていることにあると考えらえます。そうすると,釈放した場合には共犯者と口裏を合わせ,証言を隠滅するという形式的な証拠隠滅の危険性が認められてしまい,勾留が認められてしまうことが多いです。
しかし,これらの雇用主側の処罰は,客引きをした者本人からすれば別件であるため,それを主な理由として勾留を認めることは,違法な別件逮捕となる危険が大きいところです。これに対して,捜査機関は,被疑者自身の犯情に関わる事情であるとして,別件逮捕とはならないとの理屈を主張しますが,法定刑が罰金刑以下の犯罪では,犯情により処罰に大きな差異が生じることは少なく,捜査機関の主張も合理的とは言えません。
それでも裁判所が勾留を認めてしまう背景には,客引きという事案の性質上,特段の主張が弁護人からされない場合,一般的な会社員などの場合と比較して,被疑者の身元保証が少ないことが多く,被疑者に対する信用性が著しく低く見られてしまう現実があるように思われます。
上記で述べたこのような先入観に依存した判断がされないためには,以上で述べた法律上の要件の厳格な解釈を弁護人から主張する必要がありますが,そのような対策が取られない場合,そのまま捜査機関主導による勾留が認められてしまうことが多いです。
(2) 釈放のための手続き
すでに勾留が決定してしまった場合には,その勾留決定に対して,準抗告と呼ばれる不服申し立ての手続きを行うことができます(なお、逮捕直後で勾留請求がなされる前であれば、弁護人として勾留請求をしないよう担当検事に、面接、意見書の提出することも可能です。また、勾留請求されてしまった場合は、勾留決定の前の勾留質問までに担当裁判官と面接、意見書の提出をして勾留請求却下の決定を求めることが出来ます)。
準抗告の手続きの中では,上記のような勾留がされてしまった理由に対応した対策を取ることが必要です。
具体的には,前項で述べたような法律上の厳格な解釈を主張したり,家族や親族の身元保証書を提出するのはもちろんのこと,やはり店舗関係者との口裏合わせの危険を排除することが必要です。被疑者本人に状況をよく理解して頂いた上で,釈放後された場合には店舗関係者とは一切連絡を取らせない旨の誓約書を作成して提出することも一定の効果が見込めます。
また,準抗告の手続きの中では,弁護人が担当裁判官と面談を実施することも可能です。その中で,被疑者の釈放後の行動について,よく裁判官に説明した上で,弁護人からの身元保証を行うことも考えられます。一般的に,私選弁護人を親族が選任していることは,客引きの従事者とはいえ反社会的勢力などではないことを示す効果もあります。
なお,状況によっては,雇用主と弁護人において連絡を取り,雇用主の側とも,事件捜査終結までは相互に連絡を取らないことを確認することも考えられます。もっとも,雇用主側との連携は,かえって証拠隠滅を疑わせてしまう危険もありますので,必ず弁護人を通じた上で慎重に進める必要があります。
これらの準備をした上で準抗告の手続きに臨めば,客引きの事案で勾留が決まってしまった場合でも,早期の釈放が得られる可能性は高いです。
3 まとめ
客引きの事例は,適切な弁護活動を行わない限り,捜査機関の主導により不要な身柄の拘束が横行してしまいやすい事例です。速やかに弁護士に相談して適切に対処することをお勧めいたします。
以上