明け渡し断行仮処分とは

民事|行政|再開発|民事保全法23条2項|仮の地位を定める仮処分|断行の仮処分と建物所有者である地権者としての対応

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

都市再開発手続きの区域内に建物を所有して飲食業をしています。立ち退きの費用等の補償、建て替え後に所有できる建物について納得が出来ず、反対していたのですが、権利変換期日も過ぎて、「明け渡し通知」というものが送られてきました。その後、組合の代理人弁護士から「あなたの主張は法令に照らして通らないので応じられない。このままだと裁判所の断行仮処分で強制執行により来月末までに退去して頂く」と言われました。断行の仮処分、強制執行で来月立ち退きさせられてしまうなんて、本当でしょうか。

回答:

1 建物明け渡し断行仮処分は、民事保全法23条2項に定められた「仮の地位を定める仮処分」の一形態で、本裁判の結論が出る前でも、仮の法的地位として明け渡しの強制執行を仮処分で命ずるという例外的な措置です。被保全権利の疎明と、保全の必要性の疎明が必要とされています。仮地位仮処分は、建物明け渡し断行などの重大な結果を伴うので、原則として申立人(債権者)と、相手方(債務者)の双方が裁判所に出頭して裁判官の前で主張立証(疎明)を行う双方審尋手続きが必要とされています(民事保全法23条4項)。保全手続きですから、通常数か月以内に結審する迅速な手続きとなります。

都市再開発法では、権利変換期日に再開発地域内の建物所有権は、再開発組合帰属することになり、従来の権利者は、当然に所有権を失うと定められています(都市再開発法87条2項)。そこで、組合は取得した所有権を被保全権利として、建物明渡の断行の仮処分を申し立てることが出来ます。もちろん本裁判でも建物明渡請求の裁判を起こせますが、本裁判では。一審判決まで早くても1年程度かかりますし、控訴、上告により確定までかなりの年数がかかり、建物の解体、工事着工までのスケジュールを考えると本裁判では到底間に合わないことから、断行の仮処分という手続きをとることになります。

2 断行仮処分における「保全の必要性」は、通常の仮処分よりも厳格に運用されています。再開発の場合、一見すると、工事の遅れにより莫大な損害が発生することが予測され、保全の必要性が認められるようにも考えられます。しかし、ここでも必要性は厳格に運用され、立ち退きを迫られる債務者側の利益を考慮して必要性を判断することになります。もしも御相談のように、自分の主張には正当な根拠があると考えている場合には、諦めてしまわず、経験のある弁護士事務所に御相談なさり、正々堂々と応訴することが必要です。

特に 権利変換手続きが、地権者の多数決による同意により(組合設立、事業計画決定には再開発区域の地権者の3分の2,対象区域の面積の3分の2以上)決められる場合には(都再法 14条1項、11条1項、2項)結果的に所有権者の意思に反して財産権を奪われるのですから高度の公共性(公共施設の建築、道路の拡張等の公共性が本来必要である。)が要求されますが、再開発の実態が大企業の企業経営、営利追及の側面を有する第一種市街地再開発事業においては憲法違反等(憲法29条)多くの論点を含む重大事案であると考える必要性があります。以上の趣旨から、再開発における不当な内容、手続き違反は厳格に解釈し、巨大な資本、情報を有する組合、参加組合人 に対しては適正、公平な対応をあらゆる法的手段を用いて要請することが求められます。

3 再開発関連事例集参照。1806番1999番

解説:

1、第一種市街地再開発事業

都市再開発法による市街地再開発手続きは、火災が延焼しやすい木造密集区域の建物をまとめて不燃建物に更新したり、不燃建物であっても建築基準法の耐震基準の改訂に伴って現行耐震基準を満たさなくなってしまったいわゆる既存不適格の旧耐震建物を建て替えることにより、都市の防災機能を高め、商業機能を高めることにより国民経済の振興を図るという公共目的のために、区域内建物の一体建て替え手続きを定めたものです。

都市再開発法第1条(目的) この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。

都市再開発法では、民間主導の第一種市街地再開発手続きと、公共団体主導の第二種市街地再開発手続きが定められています。前記のような都市機能の更新が必要であるという事情は変わりませんが、第二種市街地再開発事業では、国際空港整備やオリンピックや国際万国博覧会のために一帯整備が必要であるなど特に公共性・緊急性の高い事業について、事業者となる地方自治体などが一旦すべての権利を取得して、施設建築物整備後に従前地権者に再度権利を割り当てる「管理処分方式」で建て替えが行われます。

都市再開発法第3条の2

都市計画法第十二条第二項の規定により第二種市街地再開発事業について都市計画に定めるべき施行区域は、次の各号に掲げる条件に該当する土地の区域でなければならない。

第2号のロ 当該区域内に駅前広場、大規模な火災等が発生した場合における公衆の避難の用に供する公園又は広場その他の重要な公共施設で政令で定めるものを早急に整備する必要があり、かつ、当該公共施設の整備と併せて当該区域内の建築物及び建築敷地の整備を一体的に行うことが合理的であること。

これに対して、第一種市街地再開発手続きにおいては、区域内地権者の発意と申請により再開発手続きを進めることができます。

民間の地権者が集まって再開発事業を進める第一種市街地再開発事業では、施行区域内の土地所有者や借地権者が5名以上集まって、事業計画を定め、施行区域内の宅地所有権者及び借地権者の面積と人数で、それぞれ3分の2以上の同意を得て、組合設立認可申請をすることができます。

都市再開発法第11条(認可)

第1項 第一種市街地再開発事業の施行区域内の宅地について所有権又は借地権を有する者は、五人以上共同して、定款及び事業計画を定め、国土交通省令で定めるところにより、都道府県知事の認可を受けて組合を設立することができる。

第14条(宅地の所有者及び借地権者の同意)

1項 第十一条第一項又は第二項の規定による認可を申請しようとする者は、組合の設立について、施行地区となるべき区域内の宅地について所有権を有するすべての者及びその区域内の宅地について借地権を有するすべての者のそれぞれの三分の二以上の同意を得なければならない。この場合においては、同意した者が所有するその区域内の宅地の地積と同意した者のその区域内の借地の地積との合計が、その区域内の宅地の総地積と借地の総地積との合計の三分の二以上でなければならない。

再開発組合の設立が認可されると、権利変換計画案を作成し、組合決議を経て都道府県知事に対して権利変換計画認可申請をすることにより、権利変換期日に、借家権や借地権など施行区域内の従来の権利が一旦全て消滅し、敷地所有権は一旦施行者である再開発組合に帰属することになり、複雑な権利関係を整理して、建て替えを円滑にすすめることができるようになります。

2、権利変換手続きと明け渡し請求

都市再開発法における権利変換とは、都市再開発法の第一種市街地再開発事業において、地権者の集まりである市街地再開発組合が法令の要件に従って都道府県に申請することにより、権利変換期日に当該区域内の建物の権利が一括して再開発組合に移転し、建物所有権を目的とする権利は全て消滅し、建て替え後の新しい建物について、従前の権利者に対して権利が割り当てられる手続です。

権利変換は、組合が定めた権利変換計画を都道府県知事や国土交通大臣が認可した場合に、権利変換期日に次の(1)~(4)の効力が生じるものです。建物は一旦組合に権利が移行しますが、建物除却(取り壊し)及び再建築を経て、新しい建物の権利は、権利変換計画に定められた者が新たに取得することができます(都市再開発法73条1項2号)。従来建物賃貸借契約で建物を賃借していた借家権者は、権利変換後の家主が取得する建物に対して借家権を取得することができます(都市再開発法77条5項)。

(1)施行区域内の土地は、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する(都市再開発法87条1項前段)。

(2)従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条1項後段)。

(3)施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者(組合)に帰属する(都市再開発法87条2項前段)。

(4)当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条2項後段)。

権利変換計画書の書式を御案内致します。

通常、従来あった建物を解体して新しい建物を建築する場合、建物の除却や借家権の解除などの立退きの問題は、ひとつひとつの権利者について個別に同意を得て権利消滅の法律効果を発生させていく必要がありますが、権利変換手続を用いることにより、再開発施行区域内の権利関係を一度に移動させることができ、建物の建て替えがスムーズに進むというメリットがあります。

憲法29条1項 財産権は、これを侵してはならない。 民法206条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

近代私法の「所有権絶対の原則」からすれば、土地や建物を所有する所有権者は、自分の土地建物をどのように利用しようとも(建て替えるか建て替えないかは)自由(憲法29条1項、民法206条)であるのが原則ですが、特に都市部・市街地の密集地域においては、大規模都市災害に備えて防災機能を高める必要から不燃建物の比率を上げる必要がありますし、道路区画も避難等に備えて整備する必要があります。

個人の財産権であっても、特に不動産賃借権は、社会から完全に独立して単独で存在し得るものではなく、都市防災機能の向上など近隣区域内の共同の必要性を満たすために、建て替え手続きに協力する義務を負うことがあるのです。

国民経済の発展のため商業機能を高めるには建物の高層化が必須であり、所有権者だからといって、駅前に木造2階建ての店舗を永久に存続させることは、公共の福祉の観点から許容されないことになります。都市再開発法の権利変換手続きにより、都市部の再開発促進区域においては、個別の同意を経なくても、建物の建て替えが進行してゆくことになります。

権利変換計画が認可され、権利変換期日が到来すると、建物の所有権は全て一旦再開発組合に移行することになり(都市再開発法87条2項)、建て替え工事の必要がある場合は、組合は、従前からの占有者に対して明け渡し請求することができます(都市再開発法96条1項)。

都市再開発法87条(権利変換期日における権利の変換)

1項 施行地区内の土地は、権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する。この場合において、従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。

2項 権利変換期日において、施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者に帰属し、当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。ただし、第六十六条第七項の承認を受けないで新築された建築物及び施行地区外に移転すべき旨の第七十一条第一項の申出があつた建築物については、この限りでない。

都市再開発法96条(土地の明渡し)

1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。

2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。

建物の占有者が任意の明渡しに応じない場合は、都市再開発法98条2項および行政代執行法2条により、行政庁による強制的な建物明け渡し措置ができる規定がありますが、実務上は極めて抑制的に運用されている規定です。これは民間主導の第一種市街地再開発事業というよりも、行政主導の第二種市街地再開発事業において高度の公益性が認められる場合に例外的に検討されるべき手続きと考えられます。例えば、期日が決まっているオリンピック(国際競技大会)を開催するために競技場周辺の第二種市街地再開発事業が計画されており、長年掛けて準備が進められてきたがどうしても1軒の地権者だけが理由なく明け渡しを拒んでいるような場合に検討されることになるでしょう。

都市再開発法98条2項 第九十六条第三項の場合において土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転すべき者がその義務を履行しないとき、履行しても十分でないとき、又は履行しても明渡しの期限までに完了する見込みがないときは、都道府県知事等は、施行者の請求により、行政代執行法(昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。 行政代執行法2条 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。

従来建物所有権を持っていた所有権者であっても所有権を喪失してしまい、従来賃借権を持って正当な占有権限を有していた借家権者であっても借家権を喪失して、新たな権利者となった再開発組合から明け渡し請求を受けてしまうという法律の構造になっています。

3、実体法の権利義務確定と明け渡しの実現

このように、従来何十年も建物を利用されてきた所有権者や借家権者にとっては驚くべき権利義務の変換が「都市再開発法」には規定されています。このような重大な権利義務の変更は、本当に認められてしまうのでしょうか。

都市再開発法87条2項に「権利変換期日において、施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者に帰属し、当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。」と規定されているからといって、本当にそんなに簡単に、従前権利者の権利が無くなってしまうのでしょうか。店舗が倒産してしまうような条件を強要されて、強制的に退去させられてしまうことがあるのでしょうか。

そのような疑問を持たれる方も多いと思います。特に御相談のケースのように、都市再開発法の手続きに瑕疵(問題となるようなミス、トラブル)があった場合でも、そのまま権利変換計画認可の法的効力は発生するのでしょうか。

民法には、意思表示に問題がある場合は、その意思表示は無効になったり、取り消し得るものになることが法定されています(民法95条1項、同96条1項など)。

民法95条1項(錯誤)意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。

一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤

二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤

民法96条(詐欺又は強迫)

1項 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

再開発組合に提出した同意書や申出書などの意思表示に問題があった場合は、この法的効力の有無が問題になることも当然にあり得ることになります。また、都市再開発法の手続きにミスがあった場合に、権利変換や明け渡し請求の法的効力には影響しないのでしょうか。

例えば、権利変換計画の内容に誤りがある場合に、当該権利変換計画は効力を生じるのでしょうか。組合設立手続きの中で事務局員からの虚偽説明があり、組合設立同意書を誤って提出してしまった場合は、同意書の効力に問題は無いのでしょうか。

このような疑問を持つことは当然のことです。実際の再開発手続きでは、再開発組合事務局が、憲法の財産権保障の内容や都市再開発法の制度趣旨をよく理解せず「とにかく形式的に手続きが進みさえすればよい」という態度で、脅し透かし泣き落とし騙し口約束などの手段で、無理やり多数決を成立させたり、同意書を集めたりする事例も後を絶ちません。

そのような場合に、本当に手続が有効なのか、法的に審査するのは、権限および管轄のある裁判所となります。本邦は法治国家ですから、権利義務の有無を最終的に確定するのは司法審査手続きを経た場合だけになります。法的に明け渡し請求権の有効性が確定した場合に、初めて民事執行法に基づく明け渡しの強制執行ができることになります。

裁判所において自らの主張を根拠づける攻撃防御方法の準備と提出が保障され主張立証の機会を与えられているのは、憲法32条の裁判を受ける権利と、憲法31条の適正手続保障が、民事訴訟法や刑事訴訟法で具体化されているからです。

日本国憲法第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。 第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

これは法治国家におけるもっとも大切な法規範になります。公開裁判で原告と被告が相互に意見を戦わせ、証人尋問などの証拠調べをし、一般市民がそれを傍聴して意見表明することもできる、そのような権利義務の確定の過程を求めることができるのが、近代立憲法治国家の最低条件なのです。裁判も法令も無い統治機構と言えば、「法の支配」法治国家とは反対に、独裁制による「人の支配」ということになってしまいます。これは法秩序の崩壊した状態であり、人権保障も社会秩序の維持も不可能となってしまいます。

誤りやミスがあった場合に、それを修正し、権利を回復できるのが、司法審査のメリットになります。司法審査が保障されなければ、財産権や自由権を含む人権保障が失われた状態を是正することも出来ず、結局人権保障が有名無実化し、大きな社会的混乱を招いてしまいます。

従って、行政代執行手続きを用いない場合、市街地再開発組合は、裁判所に明け渡し請求権の強制執行をするための債務名義(勝訴判決)を求めて、建物明け渡し請求訴訟を提起しなければならないというのが大原則になります。

4、建物明け渡し断行仮処分

ところが、本件のように組合側が、本裁判だけでなく、建物明け渡し断行の仮処分を申し立ててくることがあります。これは、本裁判を経る前でも、裁判所の保全命令で、当事者間の仮の法的地位として建物の明渡しを命ずるもので、裁判を待たずに強制執行により明け渡しを実現することもできるものです。根拠規定は民事保全法23第2項です。

民事保全法23条2項 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。

これは、平成3年に改正された旧民事訴訟法760条の規定を引き継いで制定されたものです。

第七百六十条 仮処分ハ争アル権利関係ニ付キ仮ノ地位ヲ定ムル為ニモ亦之ヲ為スコトヲ得但其処分ハ殊ニ継続スル権利関係ニ付キ著シキ損害ヲ避ケ若クハ急迫ナル強暴ヲ防ク為メ又ハ其他ノ理由ニ因リ之ヲ必要トスルトキニ限ル

仮の地位を定める仮処分命令を発令するには、被保全権利の疎明と、保全の必要性の疎明が必要とされています。

疎明というのは、本裁判における勝訴判決言い渡しが可能となる合理的疑いを残さない程度の立証状態である証明よりも程度の軽い立証程度で、裁判官に一応確かであろうから担保の提供を命じて仮処分を発令できるという心証を与える程度の立証度合いのことです。

仮地位仮処分は、建物明け渡し断行(明け渡しの実現)などの重大な結果を伴うので、原則として申立人(債権者)と、相手方(債務者)の双方が裁判所に出頭して裁判官の前で主張立証(疎明)を行う双方審尋手続きが必要とされています(民事保全法23条4項)。

なお、保全手続きにおける債権者と債務者というのは、借金の貸主と借主のような権利の存否を示すものではなく、被保全債権を根拠として仮処分を求めている立場と、それを主張されている立場、と言う程度の意味であり、どちらが有利でどちらが不利という意味は無く、手続き上の申立人と相手方という立場を示すものに過ぎません。

5、断行仮処分の要件

断行仮処分も保全手続きの一種ですから、証拠調べをして判決を出すための正式裁判の口頭弁論期日ではなく、裁判官が保全決定を出すかどうかを決めるための審尋手続きとなります。裁判ではなく、簡易な決定の手続きです。

保全手続きですから、通常数か月以内に結審する迅速な手続きとなります。主に、民事保全法23条2項の、「仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。」という要件について双方が主張をすることになります。

具体的には、「被保全権利の存否」と、「保全の必要性」について、双方が意見を戦わせることになります。

都市再開発法96条2項の明渡し請求権を被保全権利とする場合、行政処分の公定力に対する注意が必要となります。

行政処分の「公定力」は、行政処分が行われた場合に、行政行為に多少の瑕疵(問題)がある場合でも行政処分の効力に影響しないことを指します。

最高裁判所昭和30年12月26日判決「行政処分は、たとえ違法であつても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解すべき」とされているもので、手続きに大きな瑕疵が無い限り明け渡し請求権の効力は否定されないというものです。

「保全の必要性」については、次のような場合に認められやすいものとされています。なお、保全の必要性というと、債権者の権利の実現の必要性というようにも読めますが、債権者の損害、利益だけでなく債務者のどのような権利、利益が侵害されるのか、それでも仮の処分を認めることが必要なのか否か、という見地から双方の利益を衡量して判断されます。

(1)債務者の行為が執行妨害的と評価される場合

債権者が先行する手続きで取得した占有を債務者が法的根拠なく侵奪した場合や、債権者が勝訴判決に基づいて建物の占有を取得しようとしているときに債務者が法的根拠なく占有を侵奪し強制執行の妨げとなっているようなケースが考えられます。

(2)債権者の占有を債務者が暴力的に侵奪した場合

係争不動産の占有権限の存否に争いがある場合に、債務者が法的手続きを経由せずに暴力的に占有を奪取したような場合に、占有権限の存否を裁判手続きで確定させる前提として、まず占有状態を奪取前の状態に戻すことが考えられます。

(3)債務者の目的物使用の必要性が著しく小さい場合

債務者の占有が形骸化している場合、あるいは債務者が現実に占有を行っていない場合、債務者の占有が近隣物権で充分代替可能であることなど。

(4)債権者の受ける損害が著しく大きい場合

債権者が将来の具体的期日における占有を取得していないことにより格別の損害を受ける場合など。暴力団抗争の恐れが高い組事務所が突然開設され、近隣住民に流れ弾が当たって生命身体に重大な危害が加えられてしまう危険が大きいなど。

(5)債務者の行為が重大な公益侵害となる場合

極めて公共性の高い公共事業の遂行にあたり、必要な手続きを全て経ているにも関わらず、債務者が理由なく明け渡しを拒んでいる場合など。

(6)債務者が裁判を受ける権利を事実上放棄していると同視できる場合

債務者が当事者間の連絡を拒否し、裁判所からの明渡し訴訟の訴状送達を拒んでいる、断行仮処分の審尋手続きにも協力しないなど、法的に争う機会を放棄していると同視できる場合など。

過去の裁判例で仮の地位を定める仮処分を認めたものがありますので御紹介致します。

※平成29年4月27日 京都地方裁判所決定 「A会内部での抗争が続いている状況下では,A会の暴力団組事務所として使用されている本件事務所周辺で抗争事件が発生する可能性は高い。そのような事態になれば,本件事務所の周辺にある本件施設の利用者や職員の生命身体に危険を及ぼすという取り返しのつかない結果が生じる可能性がある。また,抗争事件の発生に至らなくても,債権者はいつ抗争事件が発生するとも限らない状況のもとで,施設の利用者への対応や施設の利用制限をするなど平穏にその業務を遂行する権利を害され続けることになるのであるから,仮処分により,本件事務所を暴力団組事務所等として使用することの差止めを求める必要性は極めて高いというべきである。したがって,保全の必要性も認められる。」

これは暴力団事務所から20mの距離に市民活動総合センターを運営する地方自治体が暴力団事務所の使用差し止めを求めた仮地位仮処分申立事件でした。断行仮処分で執行官による組事務所の強制排除を求めた事案です。

本件では、「生命身体に危険を及ぼす」という損害が、「取り返しのつかない」結果が生じる可能性があることを認定し、仮処分命令を発令しています。まさに、裁判手続きを経ていては生命身体に重大な結果を生じてしまい、結果として裁判を受ける権利も実質的に失われてしまう事態を回避するための緊急的な措置として一刻も早く組事務所の排除が必要な事例であり、断行仮処分が認められた事案でした。法治国家ですから裁判手続きを経て強制執行するのが原則ですが、その例外として、正式裁判をやっていると却って重大な損害が発生してしまい裁判を受ける権利が実質的に失われてしまうような危険性が大きい時に、民事保全手続きによる仮処分として仮の法的地位を命じて、それを執行することができるとされているのです。

以上みてきたように、正式な裁判手続きを省略して、仮の地位として明け渡しを実行してしまう断行仮処分は極めて重大な結果をもたらすことから慎重に判断することが必要になります。

御相談の事例の様に長年店舗営業を継続して来ているケースのような場合には、債務者(借家人)の立場として占有を継続する必要性が著しく小さいとは評価し難いことになりますので、簡単に断行仮処分が認められるかどうか分かりません。現実に仮店舗に移転して、内装工事を行い、顧客に移転を告知し、営業再開し、建て替え期間の3~5年間などの仮店舗営業を行い、再度、再開発ビルの内装工事を行い、顧客に再移転を告知し、営業再開し、従来の営業状況に戻るまでの全損害を補うための見積もりをすることは簡単なことではないでしょう。再入居後の店舗の配置や床面積についても、客寄せに支障が無いかどうか十分に検討する必要があります。内装費や移転費などで特殊事情があれば資料を用意して主張していく必要があります。

6、さいごに

断行仮処分は、判決が出る前に強制執行により明け渡しを実現してしまうものですから、「満足的仮処分」と呼ばれています。断行仮処分が執行されると、事実上紛争が解決してしまい、本案訴訟で争われる事例も少なくなってしまうことから、仮処分が「本案代替化」しているとも言われます。

断行仮処分の本案代替化は、無用の紛争長期化を回避できるというプラスの側面もありますが、明け渡しをさせられる債務者にとっては、十分な攻撃防御方法を尽くすことができず、三審制のチェックを受けることもできない不利益があるマイナスの側面もあります。実質的な紛争が存在しないような事例であれば別ですが、本件のような店舗の死活問題にかかわるような事例では、適切な手続きであるとは言えないでしょう。もしも御相談のように、自分の主張には正当な根拠があると考えている場合には、諦めてしまわず、弁護士事務所に御相談なさり、正々堂々と応訴することが必要です。

以上

関連事例集

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参照条文
民事保全法23条(仮処分命令の必要性等)

1 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。

2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。

3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。

4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。