不動産仮差押えの検討、手続の流れ
民事|不動産仮差押|準備と費用|担保金・保証金の目安
目次
質問:
知人にお金を貸しましたが返済期限を過ぎても返済がありません。仕方なく裁判手続きによる債権回収を検討していますが、ネットで「不動産仮差押え」という手段があると知りました。これはどのような手続きで、どのような準備や費用が必要でしょうか。
↓
回答:
1、不動産の仮差押えは民事保全法20条1項で、金銭の支払いを目的とする債権について、勝訴判決(債務名義)の取得と強制執行手続きを経ると時間が掛かり過ぎて、債務者の財産が散逸するなどして強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるとされている、裁判所の保全命令です。
2、仮差押命令が発令されると、当該不動産に仮差押えの登記が嘱託され、登記簿の甲区に「〇年〇月〇日〇〇地方裁判所仮差押命令」という登記原因で登記されます。この登記が入った後に、当該不動産の所有権を取得して所有権移転登記を受けた者は、仮差押債権者に対して後順位の権利者となり、後日、仮差押えが本執行、不動産競売に移行した場合は、競売により所有権を取得した者には、所有権を主張できないことになります。
3、仮差押債権者は、仮差押え申し立て事件の請求債権について、本裁判の申立てを行い、勝訴判決を得て、強制執行の申立てをすると、その時点で債務者の名義でない物件についても、競売することが出来、仮差押えされた順位で配当を受けることができます。仮差押え前に登記されている抵当権等には劣りますが、仮差押え登記後の不動産処分など財産隠匿行為の影響を受けることなく債権回収をすることができます。
4、保全命令は、仮の命令であるため、過誤に基づいて債務者に不当な損害が発生してしまう可能性があり、その損害賠償請求権を保護するため、債権者に対して担保金の納付を条件として発令されます。特に仮差押の事件は、債権者だけの主張、疎明資料により裁判所が債務者の意見を聞かずに決定しますので、債務者の損害を担保する手段が設けられています。仮処分決定は「上記当事者間の仮差押申立事件について、当裁判所は、債権者の申立てを相当と認め、債権者に下記方法による担保をたてさせて、次の通り決定する」という文言で発令されます。担保金の額は、被保全債権の内容と疎明の程度と仮差押対象財産と当事者の資力によって影響されますが、おおよそ対象不動産の価額の5~30パーセントの担保金が必要となります。
5、当事者の任意の督促には応じなかった債務者であっても、裁判所の保全命令が発令された場合は、仮差押えの解除を条件として、任意の弁済が得られる場合もあります。保全処分は本訴の前段階の手続きですが、保全命令を契機として、本訴の手続きを経ることなく、事件全体が解決してしまう場合もあります。その意味でも重要な手続ですから、債権回収の場合には必ず事前に検討されると良いでしょう。仮差押え手続きには密行性があり、被保全権利の特定と疎明(簡易な立証)と、「保全の必要性」についての主張と疎明(簡易な立証)が必要となりますので、通常は弁護士への依頼が必要な手続きです。不動産の調査も含めて、お近くの弁護士事務所に御相談なさって手続きされると良いでしょう。
解説:
1、仮差し押さえ命令
不動産の仮差押えは民事保全法20条1項で、金銭の支払いを目的とする債権について、債務名義の取得と強制執行手続きを経ていては、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるとされている、裁判所の保全命令です。金銭の支払いを目的とする債権であれば、どのような原因によるものでも可能です。例えば、貸したお金の返還を求める債権や、売買代金の支払い、損害賠償の支払いを求める債権など、すべて可能です。しかし、不動産仮差押事件は、のちの不動産競売の効果を確実にするのが目的ですから、不動産を競売して売却代金から債権の回収をすることが出来る場合に限定されるため、仮差押えをして債務者が不動産を処分できないように圧力をかけて、何らかの債権の目的を達成しようとすることはできません。
裁判所の管轄は、第一審の裁判所(本案の裁判所)または、仮差押する不動産の所在地の裁判所です(民事保全法12条1項)。
民事保全法20条(仮差押命令の必要性) 1項 仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
仮差押命令が発令されると、保全執行として、当該不動産に仮差押えの登記が嘱託され、登記簿の甲区に「〇年〇月〇日〇〇地方裁判所仮差押命令」という登記原因で登記されます。
民事保全法47条(不動産に対する仮差押えの執行)抜粋1項 民事執行法第四十三条第一項に規定する不動産(同条第二項の規定により不動産とみなされるものを含む。)に対する仮差押えの執行は、仮差押えの登記をする方法又は強制管理の方法により行う。これらの方法は、併用することができる。
2項 仮差押えの登記をする方法による仮差押えの執行については、仮差押命令を発した裁判所が、保全執行裁判所として管轄する。
3項 仮差押えの登記は、裁判所書記官が嘱託する。
この登記が入った後に、当該不動産の所有権を取得して、所有権移転登記を受けた者や抵当権を設定した者は、仮差押えに対して後順位の権利者となり(民事執行法85条2項)、後日、仮差押えが不動産競売事件に移行した場合は、権利を失うことになりますので不動産の処分が事実上抑制されることになります。
民事執行法85条(配当表の作成)1項 執行裁判所は、配当期日において、第八十七条第一項各号に掲げる各債権者について、その債権の元本及び利息その他の附帯の債権の額、執行費用の額並びに配当の順位及び額を定める。ただし、配当の順位及び額については、配当期日においてすべての債権者間に合意が成立した場合は、この限りでない。
2項 執行裁判所は、前項本文の規定により配当の順位及び額を定める場合には、民法、商法その他の法律の定めるところによらなければならない。
3項 配当期日には、第一項に規定する債権者及び債務者を呼び出さなければならない。
4項 執行裁判所は、配当期日において、第一項本文に規定する事項を定めるため必要があると認めるときは、出頭した債権者及び債務者を審尋し、かつ、即時に取り調べることができる書証の取調べをすることができる。
5項 第一項の規定により同項本文に規定する事項(同項ただし書に規定する場合には、配当の順位及び額を除く。)が定められたときは、裁判所書記官は、配当期日において、配当表を作成しなければならない。
6項 配当表には、売却代金の額及び第一項本文に規定する事項についての執行裁判所の定めの内容(同項ただし書に規定する場合にあつては、配当の順位及び額については、その合意の内容)を記載しなければならない。
7項 第十六条第三項及び第四項の規定は、第一項に規定する債権者(同条第一項前段に規定する者を除く。)に対する呼出状の送達について準用する。
仮差押債権者は、仮差押え申し立て事件の請求債権について、本裁判の申立てを行い、勝訴判決を得て、強制執行の申立てをすると、仮差押えされた順位で配当を受けることができます。仮差押債権者は、仮差押え登記後に登記を得た所有権者や抵当権者に優先して配当を受けることができます。
2、担保の提供
保全命令は、ほとんどの場合、担保金の納付を条件として発令されることになります(民事保全法4条1項)。保全命令は、正式な証拠調べを経ずに、また、債務者側の反論機会を与えることなく審理され発令されるために、万一、債務者に不足の損害を生じた場合は、これを仮差押債権者に賠償させるために予め担保の提供が相当とされているからです。
民事保全法4条(担保の提供)1項 この法律の規定により担保を立てるには、担保を立てるべきことを命じた裁判所又は保全執行裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所に金銭又は担保を立てるべきことを命じた裁判所が相当と認める有価証券(社債、株式等の振替に関する法律(平成十三年法律第七十五号)第二百七十八条第一項に規定する振替債を含む。)を供託する方法その他最高裁判所規則で定める方法によらなければならない。ただし、当事者が特別の契約をしたときは、その契約による。
2項 民事訴訟法(平成八年法律第百九号)第七十七条、第七十九条及び第八十条の規定は、前項の担保について準用する。
仮処分決定は「上記当事者間の仮差押申立事件について、当裁判所は、債権者の申立てを相当と認め、債権者に下記方法による担保をたてさせて、次の通り決定する」という文言で発令されます。
担保金の額は、被保全債権と仮差押対象財産と当事者の資力によって影響されますが、おおよそ対象不動産の価額の5~30パーセントの担保金が必要となります。担保金を裁判所の管轄区域内の法務局に供託して、供託書正本を裁判所に提出すると、仮差押命令が発令されます。
3、担保金額の目安
担保金は、後日本訴で請求債権が認められなかった場合に、債務者が受けてしまう損害を補填するための担保として法務局に供託される金銭となりますから、事件内容(請求債権が本訴で認められることの確実性)や、差し押さえる不動産の性質、当事者の経済状態によって当然に上下する性質を有するものですが、事件の種類や差し押さえ資産の種別に従って、一定の「相場」のようなものは存在します。
参考のために、対象資産に対する担保金の割合として考えられる範囲を示します。この担保金を下げる交渉についても、事件内容や債権者の経済事情などを詳細に説明できるかどうか、代理人弁護士の力量が発揮される問題です。債権者の収入や資産状況に関する資料を裁判所に提出して、相当な担保金額とするよう裁判所と協議します。
参考のために、不動産だけでなく、銀行預金や給料債権など債権仮差し押さえ場合の目安も示します。
債権仮差押=銀行預金や給料債権などの仮差押え(差し押さえされる債権額に対する割合)被保全債権が貸金・賃料・売買代金→20―30パーセント
被保全債権が交通事故損害賠償債権→15パーセント
被保全債権が交通事故以外の損害賠償債権→25―35パーセント
被保全債権が離婚慰謝料財産分与債権→5―15パーセント
不動産仮差押=土地建物マンションの仮差押え(不動産価額に対する割合)
被保全債権が貸金・賃料・売買代金→10-25パーセント
被保全債権が交通事故損害賠償債権→5―10パーセント
被保全債権が交通事故以外の損害賠償債権→15―30パーセント
被保全債権が離婚慰謝料財産分与債権→5―15パーセント
仮差押不動産の価額は、固定資産評価額、路線価、近隣地価公示価格、直近取引事例などの資料を裁判所に提出して、裁判所に判断してもらい、その価額に一定割合を乗じて担保金額が決定されます。例えば、2千万円のマンションを仮差押えする場合は、10パーセントの担保金として、200万円の担保納付を命ぜられることが考えられます。この担保金は、後日担保取り消し手続きを経て最終的に返還を受けることはできますが、仮差押え手続きの間は、債権者が一時的に負担する必要があります。債権を回収したいのに逆にお金を預けなければならないので大変ですが、そのような費用負担が可能かどうかも含めて検討なさって下さい。
4、不動産の調査、剰余の見込みの有無の検討
仮差押えの対象となる債務者所有不動産については、裁判所に対して債権者が具体的に特定して(登記事項証明書を添付して)申し立てをする必要があります。
債務者所有不動産は、債権者が自分で調査して特定しなければなりません。債権者は、債権債務関係資料があれば、債務者の住民票を請求することができますので、債務者の住民票所在地の土地建物を調査してみる方法もありますし、住民票の移動がある場合は、転居前の不動産を調査してみる方法もあります。
調査の際に、住民票の所在地である「住居表示」と、不動産登記簿の所在である「地番」は違う表記になっていることがありますので注意が必要です。例えば「高田1―2-3」という住所は、不動産登記簿では、「高田1丁目1245-1」という地番になっていたりします。そのため、住居表示と地番を比較対照できる特殊な地図(ブルーマップ)を参照して調査することが必要になります。
また、民間の登記情報閲覧サービスを提供している業者の中には、過去に自社が業務で取得した登記情報のデータベースを管理しており、所有者名義で不動産登記簿の「名寄せ検索調査」を依頼できる場合もありますので、債務者氏名や旧姓で調査が可能かどうか、検討なさって下さい。
債務者名義の不動産が見つかった場合は、オーバーローン物件になっていないかどうか、「剰余の見込みの有無」を検討することになります。オーバーローン物件というのは、土地建物の時価を超える抵当権など担保権の設定登記が既に入っている物件のことです。実際に強制競売の申立てをした時に、配当を受けられる可能性があるかどうかの検討が必要となります。民事執行法では、売得金からの配当を申立債権者に弁済する目的で執行手続きが定められているので、売却見込み額が差し押さえ債権者より優先する債権者の配当見込み額と執行費用の合計額を超えない場合には、無益執行禁止の原則により差し押さえが取り消されてしまうからです(民事執行法63条3項)。
具体的には、登記簿の乙区に抵当権や根抵当権や質権などの優先債権が登記されていないか確認し、当該不動産の売却見込み額(時価)から、優先債権の金額を差し引いて、更に競売手続き費用(通常は100~200万円以内)を差し引いて、なお配当可能額が残っているかを検討することになります。
民事保全法には無剰余差し押さえを禁止する規定は有りませんが、実務上は民事保全法13条2項で「保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない」という規定があり、オーバーローン物件の場合はこの条文により「保全の必要性の疎明(説明)が不十分である」として、申立が却下されるおそれがあります。
5、仮差押えの効用
仮差押えは、正式な裁判手続きを経ていない裁判所の仮処分命令であり、仮差押え登記は入りますが、実際に競売手続や配当を受けることが出来るわけではありませんが、登記簿に仮差押え登記が入ることにより、不動産の換価処分は事実上極めて困難になり、また、債務者には相当な心理的圧迫がありますので、仮処分命令発令を契機として、債権者と債務者館の任意の弁済協議が進展することが多くあります。
従前の経過で、当事者の任意の督促には応じなかった債務者であっても、裁判所の保全命令が発令された場合は、仮差押えの解除を条件として、任意の弁済が得られる場合もあります。保全処分は本訴の前段階の手続きですが、保全命令を契機として、本訴の手続きを経ることなく、事件全体が解決してしまう場合もあるのです。その意味でも重要な手続ですから、債権回収の場合には必ず事前に検討されると良いでしょう。
仮差押え手続きには密行性があり、被保全権利の特定と疎明(簡易な立証)と、「保全の必要性」についての主張と疎明(簡易な立証)が必要となります。被保全権利の特定としては、金銭債権が発生する原因となった契約関係についての主張立証、例えば、貸金であれば金銭消費貸借契約書に記載された事項、金銭の交付の事実を記載して、疎明資料として金銭消費貸借契約書、銀行の送金書類や金銭の受領書、催促の内容証明書を提出することになるでしょう。必要性については、調査をしたが他に資産がないことの報告書などを作成して疎明資料として提出することが考えられます。これらを準備して裁判官と面談することになりますので、お近くの弁護士事務所に御相談なさって手続きされると良いでしょう。
以上