飲酒運転を理由とする退職金全額不支給処分の可否
行政処分|判断基準|最判昭和52年12月20日|学校関係公務員|退職金の性格|仙台高等裁判所令和3年3月24日判決
目次
質問:
私は,某県内の市立中学校の教頭を務めております。先日,自宅で飲酒して数時間経過した後,中々寝付けなかったため少しドライブをしようとして運転に出た際,警察車両より呼び止められ,飲酒検知を受け呼気検査を受けたところ,呼気中アルコール濃度0.22mg/lが検出されてしまいました。
審査の結果,私は懲戒免職処分となってしまった上に,退職手当約1700万円も全額不支給との処分になってしまいました。
しかし,私は,これまで30年間以上,何の問題も起こすことなく職務に真面目に従事してきました。
今後の生活設計もありますので,せめて退職金を一部だけでも支給してもらうことはできないでしょうか。
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回答:
1 判例上,公務員の懲戒処分については,人事権者の判断に広い裁量を認めています。飲酒運転の事案については,近年,厳罰化の傾向にあり,多くの役所が発生防止のための研修を重点的に実施していることなどからして,例え事故を起こしていなくとも懲戒免職が認められてしまうケースは多いです。
一方,詳細な事情にもよりますが,本件では,飲酒後に数時間が経過していたこと,呼気濃度が取消しの基準にまでは達していないことなどからすれば,免職処分を回避可能な場合もあります。
3 免職処分となってしまった場合,退職手当は,各自治体の条例や運用指針によると,全額不支給となることが多いです。しかし,退職金には,勤続報奨的,賃金後払い的及び生活保障的な性格も存在することから,裁判例上は,免職処分が相当な場合でも,退職金を全額不支給とすることは認めず,不支給処分を取り消した事例も存在します。特に近年では,懲戒免職処分となった場合には一律に退職手当を全額不支給とするような指針は違法とされるケースが多くなっています。
4 既に懲戒免職,退職手当不支給の処分が為された後であれば,審査請求等により,その不当性を訴えることになります。
手続きにおいては,過去の先例等とも比較した上で,免職や退職金の不支給が,不当な処分であることを法的に主張する必要があります。特に,退職金の支給については,具体的な事情を考慮せずに原則全額不支給とする濫用的な運用を取っている都道府県が多いため,事情によっては,法的手続きにより一部の支給を受けられる可能性は十分考えられます。
5 まずは,詳細なご事情を弁護士に相談することをお勧め致します。参考事例集1434番,1549番,1882番もご参照下さい。
解説:
1 懲戒処分に関する判断枠組み
⑴ 懲戒権者の裁量権
公務員に対する懲戒処分については,国家公務員法第82条や,地方公務員法に規定されています。
(地方公務員法)第二九条 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
いかなる場合に懲戒免職処分が許されるかについて,判例では,「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられる(最判昭和52年12月20日)」とされており,懲戒権者の判断に,広い裁量を認めています。
もっとも,その裁量は無限定ではなく,「懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。」として,一定の場合には,懲戒免職処分が違法となる場合も示しています。
⑵ 本件における懲戒免職処分の可否
以上を前提に,本件で懲戒免職処分が相当といえるか否かを検討します。
上記のとおり,裁判所が免職処分の相当性を判断する際には,対象となる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響に加え,従前の勤務態度や処分歴,他の公務員や社会に与える影響等の初犯の事情が考慮されます。
もっとも,多くの自治体の場合は,公務員の懲戒処分につき,ある程度の指針を定めておりますので,裁判所も,当該指針に沿って判断することが多いです。
この点,例えば東京都教育委員会の懲戒処分の指針を例にあげると,飲酒運転については,
ア 酒酔い運転をした職員は、免職とする。 イ 酒気帯び運転をした職員は、免職又は停職とする。
との指針が定められています。
(https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/staff/personnel/duties/files/infringement/sisin_r2.pdf)
上記指針によれば,酒気帯び運転(0.15mg/l以上)の場合でも,停職処分が許容されているところ,本件の相談者の行為は,飲酒後運転まで数時間空いており,飲酒運転に対する確定的な故意があったとまでは認められないこと,検出されたアルコール濃度も免許取消処分の基準(0.25mg/l)以下であること,物損を含めた事故も起こしてはいない等からすると,酒気帯び運転の中でも最も軽い部類であるということができます。
そのため,懲戒免職処分を避けるためには,弁明の機会等において,これらの事実関係(飲酒の程度や運転をした理由)を具体的に主張する必要があります。
2 退職手当全部不支給処分の適法性
地方公務員の退職手当については,各都道府県の退職手当に関する条例により規定されているところ,多くの都道府県では,条例及びその運用基準において,懲戒免職処分となった者に対しては,原則として退職手当を全部不支給とする旨を定めていることが多いです。
例えば千葉県の場合,「職員の退職手当に関する条例」第12条において懲戒免職等処分を受けて退職をした者については,退職金の全部又は一部を支給しない処分を行うことができると定めた上で,同条例の運用方針として,同条に該当する者に対しては,「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする。」定めています(下記参照条文)。
しかし,退職金は,従前の勤続に対する報奨的,賃金の後払い的な側面も強く,また,退職後の生活保障的な性格も存在することから,裁判例上は,懲戒免職処分が止むを得ない場合でも,退職金を一律全額不支給とする運用を認めず,一部の支給を命じたものもあります。
例えば,仙台高等裁判所令和3年3月24日判決では,本件類似の事案について,懲戒免職は適法としたものの,退職手当を全部不支給であるとした処分は裁量権を逸脱又は濫用したものであるとして,処分の取消しを認めています。
同裁判例の原審(福島地裁令和2年7月21日判決)では,「ウ ところで,本件退職手当条例に基づく退職手当の性格は,懲戒免職処分を受けた場合の支給制限が定められている点に照らせば,基本的には勤続や功労に対する報償的性格であると考えられるが,当該職員の給与額と在職期間を要素に退職金が計算される仕組みになっているため(乙7),賃金の後払的性格も有し,また,退職後の生活保障の性格も有しているものと解される。
本件運用方針では,懲戒免職処分を受けた元職員について,退職手当の全部不支給を原則としているが,これは,係る場合は元職員の過去の功績が没却されて報償を与えるには値しないばかりか,非違行為の抑止や公務に対する住民の信頼確保の要請から,賃金の後払的性格や生活保障的性格の側面まで含めて奪われてもやむを得ないという見地に立脚しているものと解される。」としており,「非違行為がこれまでの勤続の功績までをも無にするほどの重大なものであること」を,全額不支給の要件としております。
その上で,当該事例については,「本件酒気帯び運転は,前記のとおり,決して小さな非難に値する程度のものではなく,懲戒免職処分は裁量を逸脱しているとはいえないが,最初から飲酒運転を想定して飲酒を開始するケースとは異なり,自宅で飲酒後に就寝し,その約6時間半後に運転を開始しているため,自己の身体にアルコールが残留しているとしても,相当程度は分解しているものと考えたとしても理解できるところであり,未必的故意はともかく,確定的故意をもって酒気帯び運転に及んだとまでは認められず,悪質な酒気帯び運転とまではいえない。また,事故は起きておらず,原告は,勤続29年以上の間,懲戒処分歴はなく,勤務態度も良好であり,本件非違行為は私生活上の出来事であり,これまで捜査機関の取調べや学校関係者の事情聴取にも素直に応じ,一貫して反省の弁を述べている。そして,原告は,これまで養護学校の勤務経験があるところ,本件酒気帯び運転の直前まで油井小学校で特別支援学級を担当し(前記前提事実(1)),特に同事件の発覚後であるにも関わらず,生徒達から原告宛てに多くの感謝や激励の手紙が届き,保護者らからも原告に対する感謝の意を表明する文書が多数寄せられており(甲14の1ないし6),原告が,精神的に対応が難しい生徒達を相手に誠実に接していた様子がうかがわれ,生徒や保護者との間に強い信頼関係が築かれていたものと推擦され,教諭としての貢献度は相当に大きかったものと考えられる。このように,本件酒気帯び運転の非難の程度,原告の教諭としての功労に諸般の事情を加味して考えると,本件では懲戒免職処分があるとはいえ,原告のこれまでの功労をすべて抹消し,かつ,賃金の後払的性格や生活保障的側面も含めて奪われてもやむを得ないとまではいえず,係る事情を踏まえれば,本件運用方針の例外的要件には当てはまらないものの,退職手当を全部不支給とする本件退職手当支給制限処分は裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものといえる。」など判示した上で,退職金不支給の処分を取消しています。
このように,近時の裁判例では,免職処分となった場合には原則として退職金を不支給とするとの判断枠組みを取らずに,①従前の勤務実績,②支給予定であった退職手当の金額,③非違行為の事情を基に,不支給処分の相当性が判断されています。
そのため,退職金不支給処分の不当性を主張するためには,意見聴取の場では,非違行為につききちんと反省の弁を述べた上で,関係者(生徒や保護者など)の嘆願書の取得を進める等して,①や③の事情につき,自身に有利な証拠を揃える必要があります。そのような対策をすれば,退職金の不支給の処分と取消が認められるケースが増えてきております。
なお,一般的に教育公務員の場合,一般の公務員の場合に比較して,重い懲戒処分が許容される傾向にあります。しかし,長崎地裁平成31年4月16日判決では,人事院懲戒指針を定めと当該地方公共団体の教職員の懲戒基準を比較しつつ,非違行為抑制の観点からして懲戒処分自体の処分量定については,各地方公共団体の定め実情に応じて変わり得るとしても,「退職手当の支払をもって賃金の後払い又は生活保障を図る要請において一般の公務員と被告の教職員とで特段の差異があるわけではない」として,退職手当の不支給処分まで科すことは違法と判断しております。
3 まとめ
既に懲戒免職,退職手当不支給の処分が為された後であれば,審査請求等により,その不当性を訴えることになります。
法的手続きにおいては,過去の先例等とも比較した上で,免職や退職金の不支給が,不当な処分であることを具体的に主張する必要があります。
特に,退職金の支給については,具体的な事情を考慮せずに原則全額不処分とする濫用的な運用を取っている都道府県が多いため,事情によっては,法的手続きにより一部の支給を受けられる可能性は十分考えられます。
まずは,詳細なご事情を弁護士に相談することをお勧め致します。
以上