キャッシュカードの闇金業者への交付
刑事|犯罪収益移転防止法違反|被疑者が交付相手に騙された場合でも成立するか|東京高等裁判所平成26年6月20日判決
目次
質問:
私は、30歳の会社員です。専業主婦の妻と子、3人で暮らしています。このところ私の給料だけでは生活費が苦しくなってきたところ、私の携帯電話のメールに融資案内のチラシが送られてきました。低金利で20万円まで融資をすると書いてありました。私は早速その金融業者に電話をしてみました。金融業者によると、「20万円まで融資をする。(私の)使っていない口座があれば、その口座のキャッシュカードと暗証番号を送ってもらいたい。月々の返済は,その口座に入金してくれれば、こちらで送ってもらったキャッシュカードで引出しをする。(私の)口座で返済処理をするので銀行手数料はかからない。返済が終われば,キャッシュカードは返す。」と言われました。
私は20万円の融資を受けるために、使っていなかった口座があったのでそのキャッシュカードを金融業者に送りました。送ってから5日ほど経ち郵便は届いているはずですが、金融業者からの入金はありませんし、電話をしてもつながりません。
友人に相談したところ、騙されてキャッシュカードを渡しても、それがオレオレ詐欺のような犯罪に使用されると、私も犯罪者になるといわれました。私は騙されたのに犯罪者になるのでしょうか。今後どのように対処すればよいのでしょうか。
回答:
1 「犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」と言います。)」第28条2項後段には、「通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、有償で、預貯金通帳等を譲り渡し、交付し、又は提供した者も」、他人に成りすましてキャッシュカード等を取得した者と同様に、「一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と定められています。特に犯罪に使用するということを知っていることは犯罪の要件とはなっていませんから、御相談のように騙されてキャッシュカードを渡してしまった場合もこの条文に該当することになります。ヤミ金業者など金融業者(以下「業者」といいます)の融資勧誘に乗ってしまい、業者から言われるがまま、ご自分のキャッシュカードを送ってしまい、振込詐欺に利用された、との相談が増えています。ご自身名義の通帳やキャッシュカードは第三者に送ってはいけません。
2 ご相談者様が業者に渡したキャッシュカードは振込詐欺などの特殊詐欺に利用される恐れがあります。直ちに銀行に連絡をし、口座停止・解約などの手続をとる必要があります。
3 キャッシュカードが既に振込詐欺などに利用された場合は、刑事事件に発展する可能性もありますので弁護士に相談し、自首をするかどうかも含めて今後の対応を検討しておく必要があります。
確かに、融資を受けるためにだまされてキャッシュカードを渡してしまった場合まで犯罪となるのかについては疑問も生じます。この点、第三者にキャッシュカードを渡したことが犯収法第28条2項後段にあたるかどうか争われた東京高等裁判所平成26年6月20日判決について、解説で紹介します。
この裁判例では、金融業者と称する者にキャッシュカードを交付してしまった行為が、犯収法第28条2項後段にあたり有罪となるかどうか、争われたケースです。判決は同条項に該当することを認めて有罪としました。被疑者としては自らの行為を違法とははっきり認識していない状況ですが、この錯誤はいわゆる法律の錯誤(刑法38条3項)で犯罪の成立に影響はありません。
解説:
第一 犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」と言います。)違反について
1 犯収法
「犯収法」では、他人に成りすまして銀行口座を開設する行為を処罰する他に、既に開設されている銀行口座の通帳やキャッシュカードを、第三者から譲り受ける行為を犯収法違反として処罰しています。しかしそれだけでは、他人の口座を利用して犯罪を行うことを防ぐためには不十分ですから、他人に成りすまして口座を利用する目的であること知りながら、キャッシュカードなどを譲り渡す行為も、譲り受ける行為と同様に処罰の対象としています。さらに、そのような目的であることを知らなくても通常の商取引、金融取引として行われるものではなく、正当の理由もなく有償でキャッシュカード等を譲り受け又は譲り渡す行為も同様に処罰の対象とされています。
犯収法第28条は
(1)他人になりすまして口座を利用する目的で通帳・キャッシュカード等を譲り受ける行為(犯罪収益移転防止法28条1項前段)
(2)(1)の目的を知りながら、通帳・キャッシュカード等を譲り渡す行為(犯罪収益移転防止法28条2項前段)
(3)a通常の商取引又は金融取引として行われるものでなく、
bその他の正当な理由もなく、
c有償で
通帳・キャッシュカード等を譲り受け、または譲り渡す行為(犯罪収益移転防止法28条2項後段)
以上の行為は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金と規定されています。
2 特に(3)は、自分では犯罪に使用されることは全く知らない場合、例えば通帳・キャッシュカードをだまし取られる事案なども該当しますので、刑罰の対象となることについて注意が必要です。
第二 犯収法第28条2項後段について
ご相談者様のように自己のキャッシュカードを金融業者と称する者に渡してしまったことは犯収法第28条後段の適用が問題になります。
同条項は
キャッシュカード等の交付が,
・「通常の商取引又は金融取引として」行われておらず
・「正当な理由」もないにもかかわらず,
・「有償」で
・通帳等を譲り渡ししたことになるのではないか,という問題です。
特に、「正当な理由」について、親族間や友人間であれば,キャッシュカードを貸主に渡しても悪用されるおそれは比較的低いし,口座名義人が信頼できる相手に預貯金の引出しを依頼することはしばしば行われているから家族・友人にキャッシュカードを渡したからと言って、直ちに「正当な理由」がないとは言えません。これが金銭の貸借の場合、第三者にキャッシュカードを交付することが犯収法第28条2項後段に当たるかどうか争われた判例が東京高等裁判所平成26年6月20日判決です。次項で解説します。
第三 東京高等裁判所平成26年6月20日判決
東高刑時報 65巻47頁
東京高等裁判所(刑事)判決時報65巻1~12号47頁
【当事者】
X:一般人。アサダと称する金融業者Yから融資を受けようとして
Yと交渉。Yの指示に従い、自己の有するキャッシュカードを
Yに郵送(実際はY名義の私書箱宛)。
Y:金融業を称する者。アサダと名乗るが実際は氏名不詳。
Xに融資をすると偽り、X名義のキャッシュカードを送らせて
だまし取る。このキャッシュカードで振込詐欺を行ったと思われる。
【事案の経過】
1 Xは、アサダと名乗る金融業者Yからの30万円まで融資するのチラシが自身の携帯電話にメールで届いたので、チラシに記載されたYの電話番号に電話をし、30万円の融資の申し込みをした。
2 YがXに30万円を融資するための条件として提示したのは、
(1)月1回3万円ずつ12回支払って合計36万円を返済すること,
(2)担保として本件キャッシュカードをYに交付し,その暗証番号を伝えること,
(3)月々の返済金を本件X名義のキャッシュカードに係るXの口座に入金し,Yは本件キャッシュカードでこれを払い戻して返済を受け、
(4)返済完了後に同カードの返還を受けること
だった。
3 Xは自己のキャッシュカード・暗証番号のメモをYの指示した住所に送付したが、宛先は郵便局の私書箱だった。
4 キャッシュカード配達の数日後に、X名義のカードは振込詐欺に利用されたことが発覚した。
5 Xがキャッシュカードを第三者に交付したことは、犯罪収益法28条2項後段にあたるとして起訴された。
【争点】
Xがキャッシュカードを第三者に交付したことは、犯罪収益法28条2項後段(・・・通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、有償で、預貯金通帳等を譲り渡し、交付し、又は提供した者・・・)にあたるか。
すなわち、XからYへのキャッシュカードの交付が
1 通常の商取引又は金融取引として行われておらず、
2 その他の正当な理由がないにもかかわらず、、
3 有償で
通帳・キャッシュカード等を譲り渡したと言えるかどうかが問題となった。
【判決】
東京高裁判決は、次の理由により、犯罪収益法28条2項後段にあたるとしてXに有罪判決を下しています(『 』部分は判決文からの引用です)。
1 通常の商取引又は金融取引として行われたかどうか。
『キャッシュカードを他人に貸与することが一般に取引規定(約款)等で禁じられていることに照らし、貸金債務の返済又は担保のためにキャッシュカードを交付することは、通常の商取引又は金融取引にあたらない。』
2 正当な理由があるかどうか。
判決は、『例えば,親族間や友人間で信頼関係がある者の間の貸借(後記の有償性を満たすこともある。)であれば,キャッシュカードを貸主に渡しても悪用されるおそれは比較的低いし,口座名義人が信頼できる相手に預貯金の引出しを依頼することはしばしば行われている』として、正当な理由がある場合を例示し、債務の返済・担保のためにキャッシュカードを第三者に交付することに正当な理由があるかどうかを検討しています。
本件について判決は、正当な理由があると認められないとしています。
『Xは、
・アサダとは電子メールで勧誘を受けて電話で話をしただけであり,アサダが本名かどうか,どこかの組織や事務所に属しているのかも分かっていなかった。
・融資について契約書等を交わしておらず,貸主が誰かも不明であったし,カードの送付先は「郵便代行A内『B』」(実際には私書箱)であった。
そうすると
・Xは,アサダが本件キャッシュカードを悪用しないだろうと信頼できる状況にはなく,アサダを追跡するための情報も有しておらず,アサダによるカードの悪用を防止する手立てが全くなかった。
・キャッシュカードの利用規定に反して,このような相手にかかる態様でカードを交付することは,健全な経済行為として保護する必要性が欠ける一方,本罪が予防しようとしている預貯金口座の不正利用につながりやすいものであって,
『正当な理由がある場合には該当しないというべきである。』と判断しています。
3 有償かどうか。
『本件キャッシュカードを交付することは,・・・アサダから30万円を借り受けるための条件になっていたと認められる。そうすると,被告人は,融資を受けるという対価を得る約束で本件キャッシュカードを交付したといえるから,原判決が説示するとおり,有償性を肯定できる。』
として有償性を肯定しています。
このように東京高裁判決は、Xの本件キャッシュカードの交付が犯罪収益法28条2項後段のいずれの要件を充たすとして、Xに有罪判決を下しています。
原則として、自分の銀行口座のキャッシュカードを自分以外の人に渡すことはできませんが、ATMまで本院が病気などで行けない場合もありうることで、そのような場合まで、犯罪として処罰されることがないのは当然といえます。問題は、犯罪に使用される可能性があるか否か、という点から考えることになります。それまで面識のない人物であったのか、キャッシュカードを渡す必要性があったか否か、という点から検討することになります。ご相談の場合、渡した相手はこれまで面識のない金融業者ですから、犯罪に使用される可能性がないとは言えません。また、返済の口座は、貸主の銀行口座にするのが普通であり、債務者口座に入金してそこから貸主が引き出して返済に充てるということは、通常の取引とは言えません。自分名義の口座に入金したとしても返済したことにはなりませんし、入金後に誰が引き出したのか不明となるため、そのような返済方法は極めて不自然といえます。お金に困って、貸してくれるところに頼ってだまされた事情は分かりますが、それだけでは、犯罪を不成立とする正当な理由があったとは言えないでしょう。
第四 最後に
ご相談者様の場合、金融業者と名乗る者に宛ててキャッシュカードを送ってしまったとのことですが、このキャッシュカードを利用して振込詐欺などの特殊詐欺が行われたかどうか明らかになっていません。早急に銀行に連絡をして、口座を停止・解約することがまず必要です。そのようなことをしても犯罪が成立していることは否定できませんが、犯罪に利用されていなければ処罰の対象となることはないでしょう。また、仮に振込詐欺などの特殊詐欺に利用された場合であっても、譲渡後すぐに口座の解約やキャッシュカードを無効にする金融機関に通報した場合であれば、処罰に関して考慮されるでしょう。不明であれば至急弁護士に相談することが必要となるでしょう。
以上