消滅時効期間経過後の支払督促の申立てと消滅時効の援用
民事|仮執行宣言付き支払い命令に既判力はあるか|宮崎地判令和2年10月21日
目次
質問:
私は会社を経営していたのですが,事業が行き詰まり,平成20年4月頃,友人から金300万円を借りました。その際,会社を借主,返済期限を平成21年4月末日とする金銭消費貸借契約書を作成し,私も連帯保証人になりました。
結局,会社は倒産してしまい,返済期限を過ぎてもお金を返せませんでした。その後,友人から定期的にお金を返すよう連絡がありましたが,自分が生活するのでいっぱいいっぱいで無視していたところ,今年(令和3年)の5月に支払督促の申立てがされました。どうせお金も払えないので,これも無視していたところ,裁判所から仮執行宣言付きの支払い命令(支払督促と同じ意味です)が郵送されました。
後から私の債務は消滅時効により消滅していることを知ったのですが,今から消滅時効を主張して支払いを免れることはできるのでしょうか。
回答:
まず,相談者様は,平成20年4月頃,経営していた会社がご友人から金300万円を借りる際に、連帯保証人になっていることから,300万円について連帯保証債務を負っていることになります。債務の消滅時効の期間については、民法が改正されていますが、改正前の平成20年の借り入れということで、旧法が適用され,消滅時効期間は10年となりますが(旧民法167条1項)。今年の5月に支払督促の申立てがあった時点において,既に消滅時効期間が経過していたことになります。
しかし、消滅時効の制度では、証明時効期間が経過したことにより債務が消滅したことを裁判所が判断するためには、時効の援用と言って、債務者が(民法145条)時効完成による利益を受ける意思があることを表示する必要があります。
そこで、ご相談の場合、仮執行宣言付きの支払い命令が郵送(送達といいます)された後でも、消滅時効の援用が出来るのか問題となります。この点については、仮執行宣言の支払命令は債務者が異議の申し立てをしないでいた場合確定判決の効力と同一の効力を有すると民事訴訟法396条で規定されていることから、裁判における判決が確定した場合はもはや、消滅時効の援用はできないので、それとの比較で検討が必要になります。この点については、仮執行宣言付き支払い命令には既判力がないとされていることから、別途消滅時効を主張して債務の不存在を主張することは可能とされています。
その点が解決できたとしてさらに相談者様は,ご友人が申し立てた支払督促に対し,異議を申し立てることなく,無視をしていることから,かかる対応を取った後に消滅時効を援用することは,信義則(民法1条2項)に反するものとして,許されないのではないかという点が問題となります。
この点についても,宮崎地判令和2年10月21日は,債務者が積極的に債務の存在を認める行為をしているわけではないとして消滅時効を援用することができなくなるものではない旨を判旨しています。時効の完成を許した点を考えると、債権者側の利益を考慮しても妥当な結論と思われます。
したがって,相談者様は,消滅時効の援用をすることが出来ます。但し、既に仮執行宣言付きの支払命令は効力を生じていますから、債権者が、強制執行を申し立てた場合は、執行停止の仮処分、請求異議訴訟を起こさないと強制執行の手続きは進むことになります。
解説:
1 旧民法167条1項と新民法166条1項のいずれが適用されるか
令和2年4月1日施行の改正民法で、債権の消滅時効の期間について、債権者が権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年債権者が権利を行使できる時(客観的起算点)から10年が経過したとき消滅することになりました。改正前の民法では、一般的な民事債権については時効の期間が権利を行使できる時から10年となっていましたので、原則5年になったと考えてよいでしょう。
本件では,旧民法167条1項と新民法166条1項のいずれが適用されるかにより,結論を異にするわけではありませんが,消滅時効期間に関しては,附則(平成29年6月2日法律第44号)10条4項が「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については,なお従前の例による。」と定めていることから(なお,ここでいう「施行日前に債権が生じた場合」には,施行日以後に債権が生じた場合であって,その原因である法律行為が施行日前にされたときを含みます(同10条1項参照)。),施行日である令和2年4月1日よりも前の平成20年4月頃に,ご友人から金300万円を借り,金銭消費貸借契約が成立している本件では,新民法166条1項ではなく,旧民法167条1項が適用されることとなります。なお、民法改正前には商事債権については5年の短期消滅時効期間が定められていましたので、商事債権ということになれば5年間の短期消滅時効となります。
御相談の場合、返済期限が平成21年4月末日ということですから、いずれに消滅時効の期間は経過しているといえます。
2 消滅時効期間経過後の支払督促の申立てに異議を述べなかったことにより時効援用権が喪失するか
⑴ まず,前提として,支払督促について,手続の概略等を説明します。
支払督促は,金銭の支払又は有価証券若しくは代替物の引渡しを求める場合に利用することのできる手続きで,訴訟と異なり,書類審査のみで裁判所(書記官)が請求に理由があるかどうかを判断し,これが認められると判断された場合には,裁判所から金銭の支払いを命じられることとなります。
支払督促を受け取ってから2週間以内に異議の申立てをしなければ,今度は仮執行宣言の申立てをすることができることとなり,当該申立てについて,裁判所(書記官)が改めて書類審査をし,問題がなければ,仮執行宣言が発付され,仮執行宣言付きの支払督促が送達されます。
そして,申立人は,当該仮執行宣言に基づき,強制執行の申立てをすることができるようになります。
もっとも,支払督促及び仮執行宣言付きの支払督促に対して異議を申し立てた場合には,請求額に応じ,地方裁判所又は簡易裁判所での訴訟手続きに移行します。しかし、仮執行宣言自体は有効ですから、債権者が仮執行宣言に基づいて、強制執行を申し立てた場合は、執行停止の裁判を申し立てて、強制執行の手付きを止める必要があります(民事訴訟法403条3号)。
なお,本件は,消滅時効期間経過後に支払督促の申立てがなされた事案ですので,直接には関係ありませんが,(仮執行宣言付きの)支払督促の確定により,消滅時効は中断(更新)されることになります(旧民法147条1号,150条,新民法147条1項2号,2項)。
⑵ 次に、民事訴訟法396条で。支払い督促が確定した場合確定判決と同一の効力を有する、と定めていることから、後日消滅時効を援用して債権の消滅を主張できるのか疑問もあります。しかし、この点は確定判決の既判力の問題であり、当事者が主張立証を尽くした確定判決とは異なり、支払督促には、確定判決のように既判力はないことに争いはありませんので、あまり問題にはなりません。
更に、債務者が消滅時効期間経過後消滅時効の援用をできたのに、支払い命令が裁判所から届いたのに援用もしなかったのに、仮執行宣言付き支払い督促についての異議申立期間を経過した後でも、消滅時効を援用できるのか、援用できるとすると債権者に酷であり、また裁判所の手続きを無視しており、そのような債務者に時効の援用を認めることが妥当なのかという問題が出てきます。
この点について、消滅時効完成後に債務の一部弁済をしたり,支払することを約したりするなどして,債務の存在を承認した場合,債務者は消滅時効を援用することができるのかという点が問題となった事案に関し,最判昭和41年4月20日は,「債務者が,自己の負担する債務について時効が完成したのちに,債権者に対し債務の承認をした以上,時効完成の事実を知らなかつたときでも,爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。けだし,時効の完成後,債務者が債務の承認をすることは,時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり,相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから,その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが,信義則に照らし,相当であるからである。」と判旨し,消滅時効期間経過後に債務承認行為をしておきながら消滅時効の援用をするのは相手方の信頼を裏切る行為であることを理由に,消滅時効期間経過後に債務承認行為をした場合,消滅時効を援用することは,信義則(民法1条2項)に反するものとして,許されないとしました。
この判例との関係上,支払督促に対して異議を申し立てることなく漫然と放置した後に消滅時効を援用することは,信義則(民法1条2項)に反するものとして,許されないのではないかという点が問題となります。もっとも,この点に関し,宮崎地判令和2年10月21日は,「そのような消極的対応は,時効による債務消滅の主張と相容れないものとまではいえず,それゆえ,本件貸金債権の消滅時効の援用は,信義則に反するとはいえない」と判旨し,支払督促に対して異議を申し立てることなく漫然と放置した場合であっても,消滅時効を援用することができるとしています。
最判昭和41年4月20日の事案では,債務の承認という積極的な行為をし,相手方に信頼を生じさせたのに対し,宮崎地判令和2年10月21日の事案では,支払督促に対して異議を申し立てることなく漫然と放置するという消極的な対応に終始したにとどまり,相手方に信頼を生じさせたわけではないということが,両者の違いを生んだものと考えられます。
したがって,本件では,相談者様は,支払督促に対して異議を申し立てなかったという消極的な対応を取ったにとどまるので,消滅時効を援用することができます。
3 まとめ
以上より,相談者様は,消滅時効の援用をすれば,支払いを免れることができると考えられます。具体的な手続きとしては、消滅時効を援用して支払い義務がないことを債権者に通知することになります。仮に債権者が、仮執行宣言付き支払い命令を債務名義として強制執行を申し立てた場合は、請求異議の訴え(民事執行法34条)を起こす必要があります。また、それだけでは、強制執行の手続きは止まりませんので、強制執行停止の申し立てをする必要があります(民事執行法39条)。
もしご自身での訴訟対応が困難であるのであれば,お近くの法律事務所に相談されることをお勧めいたします。
以上です。