再開発組合と一部地権者との密約の存在
民事|再開発|みなし公務員|都再法140条|役員・審査委員に対する贈賄、収賄罪の適用|東京地方裁判所平成28年9月29日判決
目次
質問:
私は,駅前で建物1階を賃借して喫茶店を経営しております。このたび、駅前で再開発事業が行われるということなり,既に再開発組合が設立認可され,現在は,再開発組合の担当者から,権利変換後に再開発ビルに再入居する際の区域の説明と,一時移転のための営業補償について概算の提示を受けています。
しかし,再開発ビルに戻ってくる際の場所が,ビル2階の端という非常に悪い立地を指定されており,全く納得ができません。また営業補償の金額も著しく少額です。対して,再開発組合の理事長になっている地主さんは,1階に大きな区域を取得することが決まっているようです。
これは不公平ではないのかと再開発組合担当者に訴えているのですが,「再開発事業は全ての地権者に対して平等,公平に進めています。これで納得してもらうしかありません。」などと言っています。
私は,再開発組合担当者の言う通り,現在の提案で納得するしかないのでしょうか。再開発組合に対して意見を主張する手段はないのでしょうか。
回答:
都市再開発事業における権利変換処分は,都市再開発法に基づく行政処分となります。そのため,その処分内容が法律上の要件に合致していることが必要であることはもちろん,その行政処分が手続きとして適正に行われる必要があります。
この点,本件では,再開発組合が大地主である組合理事長に対して便宜を図っている疑惑があるとのことですが,仮にそのような便宜が図られているとすれば,都再法上の贈収賄(理事長は行政処分を行う立場にあり公務員と同様に扱われます。組合の職員も同様です。法140条。)にも該当する違法な行為となる可能性もあります。仮に贈収賄には該当しないとしても,再開発事業の手続きの違法性を推認させる事情の一つとなると言えます。そのため,この点を指摘して,組合との交渉を適正に進めることも可能です。
場合によっては,権利変換処分に対する審査請求や取消訴訟(行政訴訟),等の公の場でこれらの違法性を指摘することも検討する必要があります。
もっとも,単に疑惑のみを指摘しても,効果はありません。客観的な先例として,組合理事長と再開発組合側で不公平な便宜が図られている慣例があることも具体的に指摘すべきです(例えば,東京地方裁判所平成28年9月29日判決では、再開発事業を推進する不動産会社が,再開発組合の理事長となった大地主との間で,同事業の対象地区内の地権者の賛成同意を取りまとめや,その他の事業推進に協力することの対価として,合計6000万円を支払う旨の覚書を締結していた事実が確認されています)。加えて,本件の特別な事情を主張するために,理事長に対する権利変換の内容の情報開示を請求した上でその不当性を指摘することのほか,その他の便宜の有無(例えば,理事長の所有不動産に関して組合が賃貸借契約を締結していることなど)の調査も必要です。
組合の職員も贈収賄の適用がありますので組合から委託を受けたコンサルタント会社も含め、これらの視点から些細な違法行為でも見逃してはいけません。組合側は、法律の裏付けがある行政事件として権力を背景に強引に手続きを進めてきますから些細な手続き上のミスも許してはいけません。 これらの点をご本人の力で追及することは困難と思う場合は、再開発手続に詳しい弁護士事務所に御相談なさると良いでしょう。
解説:
1 都市再開発事業の事業主体と組合理事長との関係
本件では,再開発組合が大地主である組合理事長に対して便宜を図っている疑惑があるとのことです。
法律上,再開発組合の組合員は,従前の権利者(地主や建物の所有権者)に限られます。建前としては,これらの従前権利者が,再開発組合を組織し,事業を遂行することとされています(都再法11条)。
しかし,地主等の従前権利者にはノウハウがなくが専門の業者の協力なしに単独で再開発事業を進めることは実際にはできません。事業を立ち上げるのは,専門の業者であるいわゆるディベロッパー(不動産開発業者)や再開発コンサルタント会社であり,これらの企業が区域内の従前権利者(特に広い面積を所有する大地主)に企画を持ちかけて協力を依頼し,再開発準備組合が組織されることとなります。再開発準備組合の構成員は従前権利者ですが,実際に事業を遂行する主体(再開発の立案実行の決定を行うが形式的には組合員の多数決という結果にもってゆく。)は,当然,ディベロッパー等の社員です。これらの企業は,再開発組合が正式に設立認可された後は,「参加組合員」として,形式上も事業の遂行に参加することになります(この参加組合員が建築費等の費用の代わりに保留床を売買という形で取得するわけです。ここに真の組合員と参加組合員の利益対立が発生します。 都再法21条)。
もっとも,再開発事業の最終的な決定権限は,あくまで従前権利者による多数決の原理により進行するため,事業を遂行したいディベロッパーらとしては,従前権利者の賛成多数を取り付ける必要があります。特に,再開発組合の設立の際には,権利者の人数だけでなく,区域内の宅地の面積の多数も決議の要件となるため,区域内に多くの面積を所有している地主の賛成協力が不可欠となります。
そのため,事業の実質的主体となるディベロッパーは,まず区域内の大地主に協力を依頼し,同人に理事長として名目上の事業主体となることを要請することになります。この選任、人選は事実上秘密裏に行われることになります(何らかの利益を説明し参加組合人側につく役員例えば地主等を見つけてきて推薦、形式的に議決する。)。この時期から組合員は積極的に活動しディベロッパー、参加組合人から支配されない中立の役員を選任する必要があります。
そしてそのような依頼をする際には,何等かの「見返り」が設定されていることが多いのは事実です。そのため、職務に関して賄賂を収受し、又は要求し、若しくは約束したときは、三年以下の懲役に処する。という規定により公務員と同様の職務の公平性、透明性が強く要求され些細な内容でも総会、委員会でも見逃すことはできません。通常の一般地方公務員であれば、業務に関し些細な菓子折でも受け取ることはできませんのでその重要性は明白です。
具体的には,組合理事長(大地主)が所有する物件を再開発組合が高額な賃料で賃借したり,権利変換の内容として同人に優先的に希望する箇所をあてがったり,はてはディベロッパー等から現金を含めた直接的な利益供与がされているような例もあります。
例えば,東京地方裁判所平成28年9月29日判決の事例では,再開発事業を推進する不動産会社が,再開発組合の理事長となった大地主との間で,同事業の対象地区内の地権者の賛成同意を取りまとめや,その他の事業推進に協力することの対価として,合計6000万円を支払う旨の覚書を締結していたことが認められています。
2 不公平な取扱いを追及する手段
仮に上記のような組合理事長らへの利益供与がされている場合には,都再法上の贈収賄の罪(都再法140条1項)が成立する可能性があります。
仮に贈収賄とはならない場合であっても,権利変換処分の手続きの適正を大きく損なう事情として,権利変換処分自体の違法性を推認させる事情であると言えます。
これらの点を指摘することによって,再開発組合との交渉を適正、公正に進めることも可能です。特に有効な手段は,権利変換処分に対する審査請求の手続きや,裁判所への取消訴訟(行政訴訟),等の,公の手続きの場でこれらの違法性を指摘することです。ディベロッパーらとしては,当然,上記のような利益供与を行うことは許されませんので,これらの適正な法律上の場で,問題点を調査、追及することが最も適切といえます。
もちろん,単に疑惑のみを指摘しても,効果はありません。客観的な先例として,組合理事長と再開発組合側で不公平な便宜が図られている慣例があることも具体的に指摘すべきです。
例えば,理事長に対する権利変換の内容の情報開示を請求した上でその不当性を指摘することのほか,その他の便宜の有無の調査も必要です。例えば,理事長の所有不動産を再開発組合が事務所として賃借し,その賃料を相場よりも高額に設定することによって,間接的に理事長に便宜を供与するなどの手法は多く見られます。そのため,これら契約関係の調査を実施することも効果的となります。
また,上記の東京地裁判決のような具体的な先例を指摘することも有効です。再開発事業を遂行するディベロッパーは数が限られているため,不適切な先例の当事者との繋がりが指摘できる場合もあります。
これらの点をご本人の力で追及することは困難な場合、まずは,再開発手続に詳しい弁護士事務所に御相談なさると良いでしょう。
3 まとめ
再開発組合との交渉で勝利を勝ち取るためには,再開発組合のあらゆる問題点を検証し,その違法性の要所となる点を見極めて追及することが必要です。再開発事業に精通した弁護士に相談の上で対応されることをお勧めいたします。
以上