医療保護入院における退院請求
行政|精神保健及び精神障害者福祉に関する法律|退院請求の具体的手続き
目次
質問:
妻が医療保護入院をしています。退院したいのですが、医師が強制的に入院させているといいうことで退院することが出来ません。退院するにはどうしたらよいでしょうか。
妻は,子どもがいないこともあって,ペットの犬を実の我が子のように可愛がっていました。その犬が最近亡くなってしまい,そのショックからか,妻は,ご飯が喉を通らないといった状態となってしまい,見る見るうちにやせ細っていきました。私も妻の状態をとても心配していたのですが,そのような折,妻が倒れてしまい,病院に緊急搬送されました。そこで,担当のお医者さんから,妻が摂食障害である,このままでは命に関わると告げられました。妻としては,入院する程ではないと考えていたようですが,私は,命を落としては大変だと思い,担当のお医者さんに言われるがまま,医療保護入院というものに同意してしまいました。
その後,妻の体重はある程度回復し,当初の入院予定期間も経過したのですが,担当のお医者さんからは,一向に退院の話はありませんでした。そのような中,妻から,「少し強い口調で,退院したいと抗議しただけで,突然,ベルトでベッドに固定された。」,「一刻も早く,この病院を退院したい。」,「必要であれば,他の病院に入院するということでも,そちらの方が良い。」と涙ながらに懇願されました。そのため,私は,担当のお医者さんに対し,妻を退院させて欲しいと直談判しましたが,医療保護入院は強制的に入院させられる制度だの一点張りで,担当のお医者さんは,まともに取り合ってくれませんでした。
そもそも,この医療保護入院というものは何なのでしょうか。ベルトでベッドに固定するなど,許されることなのでしょうか。どうにかして,一刻でも早く,この病院から妻を退院させたいです。
回答:
1 精神科病院に医療保護入院中の者又はその家族等は,都道府県知事に対し,精神科病院の管理者に対し,その者を退院させることを命じ(医療保護入院の場合),若しくは,その者の処遇の改善のために必要な措置を採ることを命じることを求めることができます(精福法38条の4)。
また、医療保護入院中でも弁護士との面会を制限することはできません。まずは、弁護士に入院中の患者との面会を依頼して、面会してもらい、そのうえで必要があれば都道府県知事に対する退院請求を検討するのが良いでしょう。現時点では刑事事件のような国選弁護人の選任は法制度としてはありませんが、費用が負担できない場合は法律扶助制度の利用も可能です。
まず,医療保護入院とは,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精福法」といいます。)33条に定められている,精神障害者の入院形態の1つで,家族の同意等,一定の要件の下で,患者本人の意思に基づかなくとも,強制的に入院させることができる制度をいいます。
なお,その他の入院形態としては,任意入院(医師が治療のために必要と判断した場合に,患者本人の意思に基づき行われる入院形態。ただし,退院を申し出ても,72時間以内に限って退院が制限されることがあります。精福法20条。),措置入院(精神疾患があり,自傷他害のおそれがある場合で,知事の診察命令による2人以上の精神保健指定医(入院を継続する必要があるかどうかの判定等の職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められ,厚生労働大臣より指定を受けた医師。精福法18条1項。)の診察の結果が一致して入院が必要と認められたとき,知事の決定によって行われる,強制的な(患者本人の意思に基づかない)入院形態。精福法29条。),緊急措置入院(精神疾患があり,自傷他害のおそれがある場合で,正規の措置入院の手続きがとれず,しかも急速を要するとき,精神保健指定医1人の診察の結果に基づき知事の決定により72時間以内に限って行われる,強制的な(患者本人の意思に基づかない)入院形態。精福法29条の2。),応急入院(患者本人又はその家族等の同意がなくても,精神保健指定医が緊急の入院が必要と認めたときに,72時間以内に限って行われる強制的な入院形態。精福法33条の7。)があります。
精福法条,「精神障害者」とは,統合失調症,精神作用物質による急性中毒又はその依存症,知的障害,精神病質その他の精神疾患を有する者をいうとされており(精福法5条),摂食障害と診断された患者も,この「精神障害者」に含まれるため,奥様も医療保護入院の対象となり得ます。
2 医療保護入院手続きが取られた場合は,入院中の患者について,その行動に必要な制限を加えてことができるとされています(精福法36条1項)。具体的には,通信・面会の制限,隔離,身体的拘束等が挙げられます。
この内,通信・面会の制限については,弁護士との信書の発受,患者代理人弁護士との電話,患者代理人弁護士及び患者又はその家族等の依頼により代理人になろうとする弁護士との面会は制限から除外されています(精福法36条2項,昭和36年4月8日厚生省告示第128号)。また,隔離及び身体的拘束については,12時間を超える場合には,精神保健指定医が必要と認めることが要求され,12時間を超えない場合であっても,その要否の判断か医師によって行わなければならないとされています(精福法36条2項,昭和36年4月8日厚生省告示第129号・同告示第130号)。
奥様の場合,退院したいと抗議したところ,身体的拘束を受けたということですので,その態様にもよるところですが,後述の処遇改善請求(精神病院に入院中の患者又はその家族等が,入院中の処遇を不服として,都道府県知事に対し,精神科病院の管理者に,その患者の処遇を改善させるように命じるよう請求する制度)という手続きを検討された方が宜しいでしょう。
3 医師が奥様の退院を許可しない状況の中,奥様の退院を実現するためには,後述の退院請求(精神病院に入院中の患者又はその家族等が,入院を不服として,都道府県知事に対して,精神科病院の管理者に,その患者を退院させるように命じるよう請求する制度)という手続きを取ることが考えられます。
この退院請求手続きは,統計上,ハードルが高い手続きではありますが(令和2年度の東京都の審査状況では,退院が認められたのは,211件中2件とされています。ちなみに退院請求事案は入院患者全体の2パーセント程度です。),退院請求をした上で,医師と交渉することによって,医師が自発的に退院を認める場合もあり,そのような意味でも,有意義な手続きといえるでしょう。以上よりどうしても病院側が応じないようであれば、通信に制限がない弁護士に依頼しその処遇(身体的、精神的拘束の程度、内容が重要。狭い部屋に多人数で隔離されているような状況、薬による服用の強制等)に関し本人との面会、通信を多用して調査し、入院による肉体的、精神的異常に起因する一切の法的責任を追及する旨の内容証明を送付して訴訟も辞さない旨の通知により交渉することも考える必要があります。
解説:
【解説】
1 医療保護入院について
⑴ 要件について
医療保護入院が認められるためには,①「精神障害者」であること,②「医療及び保護のため入院の必要がある者」であること,③「精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にない」こと,④①乃至③について,精神保健指定医による判定があること,⑤「家族等のうちいずれかの者の同意がある」ことが必要となります(精福法33条1項)。
以下,各要件を解説していきます。
ア ①「精神障害者」であること
「精神障害者」とは,上記のとおり,精福法条,統合失調症,精神作用物質による急性中毒又はその依存症,知的障害,精神病質その他の精神疾患を有する者をいうとされています(精福法5条)。
摂食障害と診断された患者も,この「精神障害者」に含まれるため,奥様も医療保護入院の対象となり得ます。
イ ②「医療及び保護のため入院の必要がある者」であること
「医療及び保護のため入院の必要がある」とは,自傷他害のおそれがあり,入院治療の必要性が認められる場合を含む概念であるものの,地域生活を維持して入院を回避するための合理的配慮を尽くした上で,入院治療以外に医療及び保護を図るための手段が存在しない場合をいうと解されています(精神科救急医療ガイドライン2015年版参照)。これは,医療保護入院制度が行動の自由を剥奪するものであることによると考えられます。
ウ ③「精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にない」こと
「当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にない」とは,単に本人が入院に同意しないというだけでなく,本人に病識がない等,入院の必要性について本人が適切な判断をすることができない状態をいうと解されています。これは,医療についての自己決定権(憲法13条)が保障されているため,精神障害のために自己決定できる状態にない場合には,まずは自己決定できるよう支援し,支援を尽くしてもなおこれができない場合に初めて医学的介入が許されることによると考えられます。
本件では,奥様のご意向として,現在入院中の病院を兎に角,退院したいというものであり,場合によっては,他の病院に入院することはあり得るということであれば,病識の有無という観点から,この要件の不充足を重点的に主張することが考えられるでしょう。
エ ④①乃至③について,精神保健指定医による判定があること
精神保健指定医とは,入院を継続する必要があるかどうかの判定等の職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められ,厚生労働大臣より指定を受けた医師を指します(精福法18条1項)。
厚生労働大臣が精神保健指定医として指定するためには,当該医師が「五年以上診断又は治療に従事した経験を有すること」,「三年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有すること」,「厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること」,「厚生労働大臣の登録を受けた者が厚生労働省令で定めるところにより行う研修(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること」が必要となります。
かつては精神衛生鑑定医の制度(都道府県知事が入院措置を行うか否か,入院中の患者につき入院継続の必要があるかどうかを判断するに当たって,精神衛生鑑定医が医学的診断を下す,という制度)が取られていましたが,精神科医療においては,患者本人が病識を欠きがちであるという特徴があるが故に,患者本人の意思に基づかずに入院治療や一定の行動制限を行うことがあるため,都道府県知事の適正な権限行使を担保するだけでは不十分であることから,精神保健指定医の制度が設けられ,精神保健指定医が入院を継続する必要があるかどうか,入院を必要とするかどうか,行動の制限を必要とするかどうか等の判定等を行うこととなりました。
オ ⑤「家族等のうちいずれかの者の同意がある」こと
今般の法改正により,保護者制度(当該精神障害者の配偶者等のうちの1人において,精神障害者に必要な治療を受けさせ,財産上の保護を行うなど,精神障害者の生活行動一般における保護の任に当たらせる制度)が廃止されましたが,それに伴い,医療保護入院について,家族等のうちいずれかの者の同意を必要とすることとされました。その改正の趣旨は,適切な入院治療へのアクセスを確保しつつ,医療保護入院における精神障害者の家族等に対する十分な説明とその合意の確保,精神障害者の権利擁護等を図る点にあります。
この点,「医療保護入院における家族等の同意に関する運用について」(平成26年1月24日障精発0124第1号 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課長通知)においても,「医療保護入院においては,その診察の際に付き添う家族等が,通例,当該精神障害者を身近で支える家族等であると考えられることから,精神科病院の管理者は,原則として,診察の際に患者に付き添う家族等に対して入院治療の必要性等について十分な説明を行い,当該家族等から同意を得ることが適切である。」旨が記載されています。
なお,ここでいう「家族等」とは,精福法上,「当該精神障害者の配偶者,親権を行う者,扶養義務者及び後見人又は保佐人」をいうとされています。ただし,この内,「行方の知れない者」,「当該精神障害者に対して訴訟をしている者又はした者並びにその配偶者及び直系血族」,「家庭裁判所で免ぜられた法定代理人,保佐人又は補助人」,「心身の故障により前項の規定による同意又は不同意の意思表示を適切に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの」及び「未成年者」は除外されます(精福法33条2項)。
この「家族等のうちいずれかの者の同意」は医療保護入院時にあれば足り,後日,これを撤回したとしても,患者が当然に退院となるわけではなく,精神保健指定医の判断として退院とならない限りは,退院請求手続きによらなければなりません。もっとも,上記の趣旨からしても,同意をした家族等がこれを撤回したということは,事実上,精神保健指定医の判断や後述の精神医療審査会の判断に影響を及ぼし得るので,本件でも,同意の撤回を行っておいた方が良いでしょう。
⑵ 退院促進措置について
今般の法改正により,退院後生活環境相談員の選任(精福法33条の4),地域援助事業者との連携(精福法33条の5),医療保護入院者退院支援委員会の設置・審議(精福法33条の6)といった退院促進措置が新たに設けられました。
以下,各措置を解説していきます。
ア 退院後生活環境相談員の選任(精福法33条の4)について
医療保護入院者の退院による地域移行の促進を担う退院後生活環境相談員に関しては,精福法33条の4で定められており,これは,医療保護入院者の早期退院のためには,精神科病院内において,患者の治療だけでなく,その者の退院後の生活環境の調整も行われることが重要であることを踏まえ,医療保護入院者の退院による地域における生活への移行を促進するための措置の一つとして設けられた規定です。
退院後生活環境相談員については,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行規則(以下「施行規則」といいます。)15条の2において,その資格要件が定められており,①精神保健福祉士,②看護職員(保健師を含む。),作業療法士,社会福祉士として,精神障害者に関する業務の経験者,③3年以上,精神障害者及びその家族等との退院後の生活環境についての相談及び指導に関する業務に従事した経験を有する者であって,かつ,厚生労働大臣が定める研修を修了した者であることが資格要件とされています。
その責務・役割としては,医療保護入院者が可能な限り早期に退院することができるよう,個々の医療保護入院者の退院支援のための取組みにおいて中心的な役割を果たすこと等が挙げられているところ,退院後生活環境相談員から精神保健指定医に対し,患者を退院させるよう働きかけてくれる場合や,特に本件のように,現在入院中の病院を兎に角,退院したく,他の病院に入院することはあり得るということであれば,退院後生活環境相談員が転院先の病院を探して紹介してくれる場合もあるので,(現在入院中の病院からの)退院を実現するに当たって,退院後生活環境相談員と密にコミュニケーションを取ることは重要といえるでしょう。
イ 地域援助事業者との連携(精福法33条の5)について
地域援助事業者との連携に関しては,精福法33条の5で定められており,これは,医療保護入院者の退院・地域生活への移行を促進するためには,入院中又は退院後の福祉サービスの利用が重要な役割を果たしますが,精神障害者及びその家族等は,そもそも地域で如何なる福祉サービスが利用可能なにか,如何に福祉サービス利用の申請を行うか等について情報を把握していないことが多いこと等から,医療保護入院者及びその家族等に対し,その相談等を行うことができる地域援助事業者を紹介する努力義務を,精神科病院の管理者に課した規定です。
ウ 医療保護入院者退院支援委員会の設置・審議(精福法33条の6)について
精福法33条の6は,精神科病院の管理者が医療保護入院者の退院による地域における生活への移行を促進するために必要な体制の整備その他の措置を講じる義務を規定したもので,具体的には,施行規則15条の6等において,措置の内容が定められています。
施行規則15条の6では,医療保護入院者退院支援委員会の開催について定められており,①入院期間が1年未満の医療保護入院者であって,入院時に入院届に添付された入院診療計画書記載の推定入院期間を経過するもの,②入院期間が1年未満の医療保護入院者であって,委員会の審議により設定された推定入院期間を経過するもの,③入院期間が1年以上の医療保護入院者であって,精神科病院の管理者が委員会での審議が必要と認めるものを対象として,推定入院期間が経過する再に医療保護入院者退院支援委員会を開催し,医療保護入院の入院継続の必要性の有無とその理由,入院継続が必要な場合の委員会開催時点からの推定される入院期間及びその入院における退院促進に向けた措置について,審議を行うこととされています。
患者本人及びその家族等は,希望すれば,医療保護入院者退院支援委員会の構成員となることができるところ(施行規則15条の7第2,3項),医療保護入院者退院支援委員会は退院を実現するための事実上の交渉の場ともなり得,これに出席した上で(代理人弁護士を付けている場合は,当該代理人弁護士も同席させた方が良いでしょう。),その意向や主張内容を主治医や精神保健指定医に伝えることは重要といえるでしょう。
2 精神科病院における処遇について
精神科病院における処遇については,精福法36条1項が「精神科病院の管理者は,入院中の者につき,その医療又は保護に欠くことのできない限度において,その行動について必要な制限を行うことができる。」旨を定めています。このように,行動制限は,「医療又は保護に欠くことのできない限度において」のみ可能とされており,専ら精神医学上の判断から,患者の症状に照らして個別具体的に決められることとされています。具体的には,行動制限として,通信・面会の制限,隔離,身体的拘束等が挙げられます。
また,精福法37条1項は「厚生労働大臣は,前条に定めるもののほか,精神科病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる。」旨を規定しているところ,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十七条第一項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準では,通信・面会,患者の隔離,身体的拘束等について,基本的な考え方や対象となる患者に関する事項,遵守事項等が定められています。特に身体的拘束については,基本的な考え方として,「身体的拘束は,制限の程度が強く,また,二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため,代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり,できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならない」,「身体的拘束は,当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり,制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならない」,「身体的拘束を行う場合は,身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし,手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐,縄その他の物は使用してはならない」とされた上で,①「自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合」,②「多動又は不穏が顕著である場合」,③「精神障害のために,そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合」であり,かつ,「身体的拘束以外によい代替方法がない場合」にのみ,これを行うことできるものとされています。その他,遵守事項として,「身体的拘束に当たっては,当該患者に対して身体的拘束を行う理由を知らせるよう努めるとともに,身体的拘束を行った旨及びその理由並びに身体的拘束を開始した日時及び解除した日時を診療録に記載するものとする」,「身体的拘束を行っている間においては,原則として常時の臨床的観察を行い,適切な医療及び保護を確保しなければならないものとする」,「身体的拘束が漫然と行われることがないように,医師は頻回に診察を行うものとする」旨が規定されています。
なお,通信・面会の制限については,弁護士との信書の発受,患者代理人弁護士との電話,患者代理人弁護士及び患者又はその家族等の依頼により代理人になろうとする弁護士との面会は制限から除外されています(精福法36条2項,昭和36年4月8日厚生省告示第128号)。
3 退院請求手続き,処遇改善請求手続きについて
ア 精神科病院に入院中の者又はその家族等は,都道府県知事に対し,当該入院中の者を退院させ(措置入院の場合),又は,精神科病院の管理者に対し,その者を退院させることを命じ(医療保護入院の場合),若しくは,その者の処遇の改善のために必要な措置を採ることを命じることを求めることができます(精福法38条の4)。
退院請求,処遇改善請求は,書面をもって行うことが原則とされていますが,口頭(電話を含む。)での請求も認められています。これに当たって申し立てるべき事項としては,①患者の住所,氏名及び生年月日,②請求者が患者本人でない場合にあっては,その者の住所,氏名及び患者との続柄,③患者が入院している精神科病院の名称,④請求の趣旨及び理由,⑤請求年月日が挙げられます(施行規則22条)。なお,処遇改善請求における④請求の趣旨及び理由については,例えば,懲罰的な閉鎖病棟の使用,患者の隔離及び身体的拘束の実施等に関する事項や,医療保護入院者に関する退院後生活環境相談員による相談等の退院促進措置に関する事項等が想定されるところです。
イ 退院請求,処遇改善請求がなされると,精神医療審査会(精福法12条。精神医療審査会は,その指名する委員5人をもって構成される合議体で,審査の案件を取り扱います(精福法14条1項,38条の5)。合議体を構成する委員は,精神障害者の医療に関し学識経験を有する者(精神保健指定医である者に限る。)が2名以上,精神障害者の保健又は福祉に関し学識経験を有する者が1名以上,法律に関し学識経験を有する者が1名以上でなければならないとされています(精福法14条2項)。)に事件が配点された上で,まずは,意見聴取が行われることになります。
通常,意見聴取は,退院請求,処遇改善請求をした者と当該審査に係る入院中の患者が入院している精神科病院の管理者を対象として(精神医療審査会が必要と認めるときは,当該患者やその家族等も意見聴取の対象となります。),精神障害者の医療に関し学識経験を有する者1名と他の委員1名とで行われます。その方法は,面接の上で行うことが原則とされていますが,精神医療審査会の判断で,書面を提出させる方法によることもできるとされています。なお,当該患者に代理人がいる場合で,当該代理人が当該患者の面接に立ち会うことを申し出たときは,その立会いを認めなければならないものとされています。その他,精神医療審査会は,審査をするに当たって,必要に応じて,請求の対象となった入院中の患者の同意を得た上で,精神保健指定医である委員により診察を行うこともできます。
その上で,精神医療審査会において合議体審査が行われることとなります(なお,この合議体審査は,精神医療審査会の事務局を務める,各都道府県に設置された精神保健福祉センターで行われる場合が多いです。)。その審査に当たっては,合議体は,必要に応じ,①当該審査に係る入院中の患者,②退院請求,処遇改善請求をした者,③当該患者が入院している精神科病院の管理者又はその代理人,④当該患者の主治医等,⑤当該患者の入院に同意した家族等に対し,意見を求めることができるほか,①当該患者が入院している精神科病院の管理者又はその代理人,②当該患者の主治医等,③その他の関係者に対し,出頭を命じて審問をすることができます。そして,退院請求,処遇改善請求をした者,当該患者が入院している精神科病院の管理者若しくはその代理人及び合議体が認めたその他の者は,原則として,合議体の審査の場で意見を陳述することができますが,退院請求,処遇改善請求をした者が当該審査に係る入院中の患者本人である場合で,上記の意見聴取により十分意見を把握することができており,合議体が改めて意見聴取をする必要はないと認めたときは,退院請求,処遇改善請求をした者(当該審査に係る入院中の患者)は,合議体の審査の場で意見を陳述することはできません。ただし,当該患者に弁護士である代理人がおり,当該患者が当該代理人による意見陳述を求めた場合は,合議体は当該代理人に審査の場で意見を述べる機会を与えなければならないとされています(以上,「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第十二条に規定する精神医療審査会について」(精神医療審査会運営マニュアル)参照。)。
ウ かかる合議体審査を経た上で,精神医療審査会は,都道府県知事に対し,退院請求については,①引き続き現在の入院形態での入院が適当と認められること,②他の入院形態への移行が適当と認められること,③合議体が定める期間内に,他の入院形態へ移行することが適当と認められること,④入院の継続は適当でないこと,⑤合議体が退院の請求を認めない場合であっても,当該処遇の請求に関して適当でない事項があるときは,その処遇内容が適当でないこと,処遇改善請求については,①処遇は適当と認めること,②処遇は適当でないこと,及び,合議体が求める処遇を行うべきこと,という内容の結果を通知することとなります(精福法38条の5第2項)。
その後,都道府県知事は,精神医療審査会の審査結果に基づき,その入院が必要でないと認められた者を退院させ(措置入院の場合),又は,当該精神科病院の管理者に対し,その者を退院させることを命じ(医療保護入院の場合),若しくは,その者の処遇の改善のために必要な措置を採ることを命じた上で(精福法38条の5第5項),①退院請求,処遇改善請求をした者,②当該審査に係る入院中の患者が入院している精神科病院の管理者,③当該患者,④当該患者の家族等に対し,精神医療審査会の審査結果及びこれに基づき採った措置を通知することとなります(精福法38条の5第6項)。
なお,退院請求,処遇改善請求は,精神科医療分野の特殊性に鑑み,人権擁護の観点から入院の要否等に関し,迅速かつ専門的に審査するために,特に精福法において制度化されたものであり,行政不服審査法において行政処分(都道府県知事による措置入院等)について一般的に認められている不服申立てとは全く別のものですので,退院請求,処遇改善請求を行った措置入院者等も,別途,当該処分の審査請求(行政庁の処分又は不作為について,権限のある別の行政庁に対して不服を申し立てること)等を行うことはできます。
4 最後に
退院請求,処遇改善請求を行うに当たっては,各事案を要件等に沿って精緻に分析して,意見書等を提出する必要があるほか,主治医等との交渉も,患者本人やそのご家族等では困難なところが大きいところかと存じます。そのため,退院請求,処遇改善請求等の経験のある弁護士にご相談されることをお勧めいたします。