指導死の損害賠償請求
民事|教育指導者の安全配慮義務違反|証拠保全|最高裁平成18年3月13日判決|熊本地裁 令和4年1月19日損害賠償請求事件判決
目次
- 質問
- 回答
- 解説
- 関連事例集
- 参考判例
質問:
大学生の息子が体育会の課外活動をしており、コーチからパワーハラスメントの厳しい指導があり、自殺してしまいました。息子は簡単な遺書しか残しませんでしたが、人格を否定され生きている価値が無いというようなことが書いてありました。大学側は、亡くなってしまったことは申し訳ないが、息子さんの精神疾患が原因であり大学に法的責任は無い、という態度です。このままでは息子が浮かばれないと思い、損害賠償請求して真実を明らかにしたいと思いますが可能でしょうか。
回答:
1、損害賠償請求の相手として私立大学を経営する学校法人、指導していたコーチ個人が考えられます。いずれも、学生に対する安全配慮義務を負っており、これらの者に学生の死亡について安全配慮義務の違反があれば損害賠償請求が認められます。
2、私立大学に入学した場合は、在学して大学の単位を履修して付随する活動も行う複合的な「在学契約」が成立していると考えることができます。学生側は、授業料を納め、大学の指導に従い、大学側は、学生が単位を取得するために必要な授業や環境を提供する権利義務を負います。公立大学の場合は、入学試験の結果として入学を許可する行政処分に基づき、受験者が応じる形で、公法上の在学関係が成立しますが、これも私立大学における在学契約と類似する法的関係です。これは民法典に規定されていない「無名契約」とされていますが、当事者の合理的意思解釈により、大学側は、学生が授業を履修し、正規の課外活動を行う場合に、不慮の事故に巻き込まれて生命身体が危険に晒されることのないように安全配慮する義務を負っていると解釈されています。安全配慮義務には、指導のストレスが強すぎて学生が自殺してしまう事も防止すべきことが含まれていると解釈できます。直接指導するコーチについても大学法人の安全配慮義務を履行する履行補助として学生に対して安全配慮義務を負っているとされています。
3、息子さんのように学生が指導の結果亡くなってしまった場合に、大学側に法的責任を生じるのかどうかは、安全配慮義務の内容や、当該課外活動における指導内容や、それを受けて学生側が精神的に悩んでいる様子など、個別具体的な事情を検討する必要があります。
4、自衛隊内部の指導死に関するものですが、参考判例がありますのでご紹介致します。
5、御相談の段階で、大学側が責任を認めていない態度が伺われます。真実を明らかにして責任の有無を法的に確定させるためには、前提として、事実関係を証明する証拠資料を保存することが大切になってきます。息子さんの遺書の他、スマートフォンやパソコンの電子メールなど、息子さんの身の回りの証拠資料を保存し、また、同級生やクラブ仲間など、関係者の証言類も可能な限り保存し、損害賠償請求が可能な状態かどうか、弁護士さんと一緒に考えてみると良いでしょう。
6、いじめ問題、安全配慮義務違反に関する関連事例集参照。
解説:
1、在学契約
私立大学に入学した場合は、学生と学校法人との間に、学生が大学の単位を履修できるするようにすることや課外活動などの学生生活に付随する活動も行うことについて複合的な「在学契約」が成立していると考えることができます。
学生側は、授業料を納め、大学の指導に従い、大学側は、学生が単位を取得するために必要な授業や環境を提供する権利義務を負います。また、大学が部活動費を負担してコーチ監督を任命して、体育会などの課外活動を主催している場合は、これも大学側の責任で提供している教育環境に含まれるものと解釈することができます。
公立大学の場合は、入学試験の結果として入学を許可する行政処分に基づき、受験者が応じる形で、公法上の在学関係が成立しますが、これも私立大学における在学契約と類似する法的関係です。
これは民法典に規定されていない「無名契約」とされていますが、私的自治に基づく当事者の合理的意思解釈により、大学側は、学生が授業を履修し、大学が主催する正規の部活動を行う場合に、不慮の事故に巻き込まれて生命身体が危険に晒されることのないように安全配慮する義務を負っていると解釈されています。安全配慮義務には、指導のストレスが強すぎて学生が自殺してしまう事も防止すべきことが含まれていると解釈できます。
2、安全配慮義務
在学契約における安全配慮義務は、個々の活動に応じて学校側の指導者が取るべき対策の内容によって決まってきます。高校サッカー部の試合中に落雷で生徒が亡くなってしまった事件で学校側の安全配慮義務違反を認めた判例がありますので、ご紹介します。安全配慮義務違反については、事故の危険に対する予見可能性を前提とする予見義務違反と結果回避可能性を前提とする結果回避義務違反の二つの義務違反が問題となります。
※最高裁平成18年3月13日判決
『教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動においては,生徒は担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから,担当教諭は,できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り,クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負うものというべきである。
前記事実関係によれば,落雷による死傷事故は,平成5年から平成7年までに全国で毎年5~11件発生し,毎年3~6人が死亡しており,また,落雷事故を予防するための注意に関しては,平成8年までに,本件各記載等の文献上の記載が多く存在していたというのである。そして,更に前記事実関係によれば,A高校の第2試合の開始直前ころには,本件運動広場の南西方向の上空には黒く固まった暗雲が立ち込め,雷鳴が聞こえ,雲の間で放電が起きるのが目撃されていたというのである。そうすると,上記雷鳴が大きな音ではなかったとしても,同校サッカー部の引率者兼監督であったB教諭としては,上記時点ころまでには落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能であったというべきであり,また,予見すべき注意義務を怠ったものというべきである。このことは,たとえ平均的なスポーツ指導者において,落雷事故発生の危険性の認識が薄く,雨がやみ,空が明るくなり,雷鳴が遠のくにつれ,落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識が一般的なものであったとしても左右されるものではない。なぜなら,上記のような認識は,平成8年までに多く存在していた落雷事故を予防するための注意に関する本件各記載等の内容と相いれないものであり,当時の科学的知見に反するものであって,その指導監督に従って行動する生徒を保護すべきクラブ活動の担当教諭の注意義務を免れさせる事情とはなり得ないからである。
これと異なる見解に立って,B教諭においてA高校の第2試合の開始直前ころに落雷事故発生を予見することが可能であったとはいえないなどとして,被上告学校の損害賠償責任を否定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。』
この最高裁判決で、安全配慮義務は「生徒に発生しうる危険を予見し、事故の発生を未然に防止する措置を執り、生徒を保護すべき注意義務」であるとされています。そして、この予見可能性は、落雷事故のように全国で毎年定期的に発生するような事故であって、報道や文献などにも記載されているものであるならば、指導者として当然にこれを予見すべきものとされているのです。つまり、数十年に一度とか、極めて珍しい事象であれば別ですが、スポーツ競技中の怪我であるとか、指導の行き過ぎによる自殺ということであれば、全国で日々発生し得る危険であると言えますので、具体的事実関係のもとで、学校側は当然にこの危険の発生を予見すべきことになると解釈することができます。
息子さんのように学生が指導の結果亡くなってしまった場合に、大学側に法的責任を生じるのかどうかは、この安全配慮義務の内容や、当該課外活動における具体的指導内容や、それを受けて学生側が精神的に悩んでいる様子など、個別具体的な事情を総合的に検討する必要があります。
3、判例紹介
自衛隊の教育部隊内で教育指導者の安全配慮義務に違反した指導が原因で自殺したという事案について、自殺死亡についての損害賠償を否定した判例を紹介します。この判決では安全配慮義務違反があったことは認められましたが、違反と自殺との相当因果関係は認めらないとしてします。
熊本地裁 令和4年1月19日損害賠償請求事件判決(抜粋)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/149/091149_hanrei.pdf>
『 (1) 被告国の安全配慮義務について
ア 被告国は,公務員に対し,国が公務遂行のために設置すべき場所,施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被告国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。上記義務は,被告国が公務遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得る危険の防止について信義則上負担するものであると解される。
イ 被告国は,その所轄する○○自衛隊に,○○曹及び○○士としての職務の遂行に必要な知識及び技能を習得させるための教育訓練を行うことを任務とする教育部隊である○○曹教育隊を,その中に○○曹候補生課程の教育を担任するa教育中隊を設置し,○○曹候補生課程に入校した学生に対し教育訓練を実施し,隊舎等の施設を提供して施設内の生活を営ませている(前記第2の2(1)オ,(2)ア,イ,(4)ア)。
したがって,被告国は,○○曹候補生課程に入校した学生に対し,学生が教育訓練を受け,隊舎等の施設内において生活を送るに当たり,a教育中隊の組織,体制,設備を適切に整備するなどして,学生の生命,健康に対する危険の発生を防止する義務(安全配慮義務)を負っているものと認められる。
ウ 被告Aは,本件学生が所属していたa教育中隊第1区隊の区隊長であり,学生全体の躾教育を担当する役割を担う同期生会指導部の指導幹部であったこと(前記第2の2(1)ウ)から,直属の部下であった本件学生の生命,健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことは明らかである。また,被告Bはa教育中隊第3区隊の2班長であるが,学生全体の躾教育を担う同期生指導部の指導○○曹であったこと(同エ)から,本件学生の生命,健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことが認められる。
(2) 被告Aの行為について
ア a教育中隊に着隊した学生らは,平成27年10月1日の時点で,伝令を担当する者は上官から要望事項を聞いて伝令業務を行うように指示を受けていたものであり(前記第2の2(2)エ,(4)オ),そのことを教官である被告Aは当然知っていたと考えられるにもかかわらず,被告Aが同月5日,伝令業務のために来た本件学生に「伝令業務のことで…」と声をかけられた際,本件学生に対し「伝令?知らん。帰れ。」などと威圧的な言動をして本件学生を追い返したこと(前記1(1)ア)は,本件学生を混乱させる不適切な言動であったというべきであるが,上記言動自体は単発的な言動にとどまり,直ちに安全配慮義務に該当するものであるとまではいえない。
なお,本件学生は,被告Bから指示された期限である同月2日を過ぎた同月5日に被告Aの所に行っているが,本件学生は同月2日に午前7時30分から午後6時10分までa教育中隊の授業等に参加していた一方,被告Aは同日午後7時頃に退勤しており,同月3日及び4日は休日であったこと(前記第2の2(4)キ)からすれば,本件学生が同月5日になって被告Aに要望事項を聞きに行ったことには何ら落ち度がないというべきである。
イ 被告Aが平成27年10月6日午後0時30分頃(2回)及び同日午後6時5分頃,伝令業務のために教官室を訪れた本件学生を入室要領に沿っていないというだけで具体的にどこがどのように間違っているのかを指導することなく3回にわたり追い返したこと(前記1(1)ウ(ア))は,被告Aの意に沿って伝令業務を行おうとしていた本件学生に,入室の仕方についての些細な誤りも咎めて何度もやり直しを命じられたことにより,指示された伝令業務を遂行することを困難にさせ,夕食が食べられないほど思い悩ませる状況を作り出したものであり,本件学生の心理を混乱させる不適切な行動であったというべきであるが,誤った行動を取った学生に全てを教えてしまうと学生の努力の機会をなくすことになるから,できるまでやり直させることを教育の信条としていたという被告Aが本件学生に入室要領等を確認して入室をやり直すよう命じたことが,直ちに安全配慮義務違反に該当するとまではいえない。
なお,躾教育又は被告Aから入室要領の指導を受けた時に本件学生が記載したノート(甲13)及びメモ帳(甲14の1ないし14の9)の内容は,a教育中隊の学生心得(前記第2の2(2)ウ)や内部の取扱いに沿ったものであることが窺われること(甲15参照),同日午後6時30分頃に本件学生がDに対し教官室への入室の仕方を相談した際も,Dから見て特段間違っている所はなかったこと(前記1(1)ウ(イ))に照らすと,本件学生の入室の仕方に大きな誤りがあったとは考え難い。
ウ 被告Aが同日午後6時45分頃,被告Bが本件学生に胸倉を掴む暴行を加えた際,8mほど離れていた場所からその状況を見ていたにもかかわらず(仮に被告Aが被告Bの背中越しの位置にいて,被告Bが本件学生の胸元辺りを両手で掴んでいるのをはっきりと見ることができていなかったとしても,被告B及び本件学生の挙動から,被告Bが本件学生に暴行を加えていることは容易に認識し得たと考えられる。),被告Bの暴行を制止せず,そのことを咎めもしなかったこと(前記1(1)エ)は,被告Bが被告Aの指揮する第1区隊とは別の第3区隊の班長であったことを踏まえても(もっとも,被告Bは同期生会指導幹部である被告Aの部下でもあった。),被告Bを適切に指導監督すべき立場にある者として部下への暴力を許さないことは当然であり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
エ 被告Aが平成27年10月6日午後7時30分頃,伝令業務ができていない者として本件学生に全学生の前で手を挙げさせ,全学生に午後8時10分まで躾教育で教育された事項を話し合うよう指示したこと(前記1(1)オ)及び話し合いの後再度集合した学生に対し消灯の時間を早めると伝えたこと(同カ)は,本件学生に自らの失態のために全学生が連帯責任を負わされたという屈辱感を与える不適切なものであったし,被告Aは同日午後6時45分頃に本件学生に半長靴は磨かなくて良いと言っていた(前記1(1)エ)ことからすれば,本件学生は伝令業務を行わなくて良い状況にあったといえるにもかかわらず,全学生の前で挙手させることにより本件学生に自己否定感や羞恥心を抱かせ,更に他の学生の消灯時間を早めることにより本件学生を心理的に追い詰めたものであり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
オ 被告Aが同日午後8時30分から午後9時30分の間に,当直室に伝令業務の要望事項を聞きに来た本件学生に対し,お前のような奴は殺してやりたいくらいというような発言をしたこと(前記1(1)キ)は,それまでの過程に照らしても,教官の学生に対する指導として何ら必要性がなく,社会通念上許されない暴言を述べたものにほかならず,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
(3) 被告Bの行為について
ア 被告Bが平成27年10月6日午前7時30分頃,その直前に上官である被告Aから伝令業務を行っていない者がいると聞いたことから,学生全員に対し,伝令を担当する者で要望事項を聞きに行っていない者に挙手を促し,挙手した本件学生及びI学生に口頭で指導したこと(前記1(1)イ)は,伝令を担当する者は学生間で決めることになっており(前記第2の2(4)オ),被告Bが被告Aの伝令が誰であるかは把握していなかったと考えられることからすればその当否は措いて直截的な方法であるといえ,それにより本件学生が一定程度の心理的な圧迫感や羞恥心を感じたと考えられることを踏まえても,学生に対する指導として,その目的及び方法において不適切であるとまではいえず,安全配慮義務違反に該当するとは認められない。
イ 被告Bが平成27年10月6日午後6時45分頃,本件学生の胸倉を両手で掴んで揺すった行為(前記1(1)エ)は,自己の感情を抑えきれずに爆発させて行った明らかな有形力の行使(単なる暴力行為)であり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
また,その前後に,被告Bが,その上官である被告Aが本件学生に自分の半長靴は自分で磨くので伝令業務はしなくて良い旨の指示をしているにもかかわらず,本件学生に伝令業務を行うように強要した言動(前記1(1)エ)も,上記暴力行為と併せて十分な説明もなく自己の見解を押し付ける不合理な指導であり,被告Aに何度も伝令業務のやり直しを命じられていた本件学生を更に混乱させ,心理的に追い詰められる原因の一つとなったものであり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
(4) 小括
前記(2)ウないしオの被告Aの行為及び前記(3)イの被告Bの行為は,教官の学生に対する指導として不適切であるばかりか,努力して伝令業務を遂行しようと一生懸命に行動していた本件学生をいたずらに混乱させて自己否定感や罪悪感を抱かせ,校内の宿舎生活という閉鎖的な環境の中で心理的に追い詰められた状況をもたらすものであり(被告らは,被告A及び被告Bにいじめや嫌がらせの意図はなかったと主張するが,仮に被告A及び被告Bの認識がそうであったとしても,部下という弱い立場かつ入校当初で緊張感や不安感を抱いていた本件学生を追い込む行為であったことには変わりないと考えられる。),それらを理由に被告A及び被告Bが○○自衛隊から懲戒処分を受けていること(前記第2の2(6))に鑑みると,緊迫した戦場や被災地に赴くこともある自衛隊の業務の性質上,上官の隊員の指導において一定の上命下服や厳格さが求められることを踏まえても,教官の裁量を逸脱・濫用し,被告国の所轄するa教育中隊の教官(被告国の履行補助者)としての安全配慮義務に違反したものというべきである。
(5) なお,被告国は,自衛隊法施行規則57条6号,隊員の分限,服務等に関する訓令10条1号,○○自衛隊服務細則8条等の各種規則や,メンタルヘルス施策を推進する旨の通達を整備していたことや,服務指導記録等と心の健康チェック簿,入校時の面接及び「入校所見」等により隊員の心情を把握し,部内外の相談窓口を周知していたことにより安全配慮義務を免れる旨主張する。
しかし,前記(4)の被告A及び被告Bの各行為は,「防衛省におけるパワー・ハラスメントの防止等に関する指針について」(甲10)に違反し,上記各種規則にも違反するものであると解されるし,a教育中隊に本件学生のh派遣隊における心の健康チェックや服務指導記録簿は引き継がれておらず(前記第2の2(3)エ),被告A及び被告Bは本件学生の「入校所見」及び「本教育における抱負」を閲覧していなかった(同(4)コ)のであるから,本件学生の心身の状態をa教育中隊は十分に把握していなかったというべきである。また,部内外の相談窓口も,本件学生及びその他の学生に周知されていなかった(前記1(2)ウのとおり,本件学生から相談を受けた同室のD学生らもC班長に相談することを勧めていた。)のであるから,上記の制度や相談窓口を被告国が形式的に整備していたことにより被告国の安全配慮義務違反の存在が覆されたり,被告国の責任が軽減されるものではない。
3 争点(3)(被告国の安全配慮義務違反と本件学生の死亡との間の相当因果関係の有無)について
(1) 本件学生が自殺に至る機序について
ア 本件学生は,平成27年9月29日にa教育中隊に入校した後まもない同年10月2日までに被告Aの伝令業務を担当することとなり(前記第2の2(4)オ,カ),それまでと異なる新しい環境や業務に対する不安や,初対面の上官に対する緊張等のストレスを感じていたと考えられるし,本件学生は,同月5日の夜に被告Aの所に伝令業務に行ったときには威圧的な言動により追い返され(前記1(1)ア),同月6日の昼休みからも被告Aから十分な指示がされないまま繰り返し追い返され(同イ),他の学生に相談して修正した後もよく理由が分からないまま追い返されるという不適切な指導を受け,夕食も取ることができない状況にあった(同ウ)もので,同日夕方の時点で本件学生は既に伝令業務の遂行について思い悩んで自信を喪失し,その不安感緊張感は大きくなっていたことが推認される。
イ そのような中で,本件学生は,同日午後6時45分頃以降に被告A及び被告Bが行った安全配慮義務に違反する行為(前記1(1)エないしキ)を受けたものであり,本件学生の遺書にa教育中隊に入隊後「胸ぐらをつかまれ,お前のような奴を見てると殺したくなると言われた時,自分は終わってるんだなと思いました。」「103名の前で毎日毎日吊るし上げにされると思うとやり切れないです」と記載されていること(前記第2の2(5)ア)に照らすと,特に,被告Bから胸倉を両手で掴んで揺すられる暴行を受けたことや,被告Aから学生全員の前で恥をかかされたこと,個別の指導中にお前のような奴は殺してやりたいくらいという暴言を吐かれたことが,本件学生に肉体的な痛みにとどまず,かなり強度の心理的圧迫及び精神的苦痛を与え,精神的な疲弊をもたらしたことが推認される。
ウ また,本件学生についてはh派遣隊で約3年の間特段問題なく過ごして○○曹の昇進試験にも合格し,平成27年7月に履修前教育も順調に終え(前記第2の2(3)ア~ウ),直前の心身の健康状態に異常は見られていなかったこと(同エ),被告A及びC班長が行った面接においても,特に精神的不調等の異常は見られなかったこと(同(4)イ),本件学生の「入校所見」及び「本教育における抱負」には,本件学生に初めてa教育中隊で教育をうけることへの不安感や緊張感等が記載されているにとどまること(同ウ),同年10月2日の体力測定において,本件学生は比較的良好な結果を出し,合格判定を受けたこと(同ク)からすれば,被告A及び被告Bから指導を受けるまで,本件学生の体調や精神の状態に特段の異常はなかったことが窺われる。
エ そして,自衛隊福岡病院のK医官が,本件学生が自殺した当時,本件学生がa教育中隊に入校後,伝令上番後に実施された教育及び指導を通じて起きた出来事に伴って本件学生に適応障害の症状が生じていたと考えられる旨の意見を述べ(乙32),同病院(精神科医官)のL医官が,本件学生が着隊後数日のうちに,伝令業務に関して深刻に悩むようになり,急速に精神的不調をきたし,適応障害となったことにより自殺したものと考えられる旨の意見を述べ(乙33),それらの意見を踏まえて本件学生の自殺が「適応障害」に起因するものである旨の公務災害認定がされていること(前記第2の2(7))に鑑みると,本件学生は,a教育中隊に着隊後の被告A及び被告Bの違法な指導を一つの要因として適応障害を発症し,自殺に至ったものというべきであり,被告国の安全配慮義務違反と本件学生の死亡との事実的因果関係は認められるというべきである。
(2) 相当因果関係の有無について
ア もっとも,本件学生が被告A及び被告Bから個別的・直接的な指導を受けていたのは,平成27年10月5日及び6日の2日間のみであり,そのうち被告A及び被告Bから安全配慮義務に違反する指導を受けたのは同月6日午後6時45分頃から午後9時30分頃までの短時間にとどまり(特に,被告Bの安全配慮義務に違反する指導は同日午後6時45分頃の1回である。),本件学生は,その後急速に精神的不調をきたし,同月7日未明には自殺を決意するに至っているところ,そのような短期間に本件学生と従前全く交流がなく,本件学生の「入校所見」や「本教育における抱負」を閲覧しておらず特段本件学生に注意をしていなかった被告A及び被告B(前記第2の2(4)コ)において,自らの指導により本件学生が自殺を企図するまで追いつめられることを予期して殊更に狙い撃ち的な指導を行っていたとは考え難い。
イ また,本件学生の遺書の「自分は本当にダメな人間です。」「随分前から自分は人より遅れているなという劣等感ばかり抱いていました」という記載(前記第2の2(5)ア)からは,本件学生がa教育中隊入隊前から相当程度の劣等感や自己否定感を有していたことが推認されるのであって,それらが適応障害の発症に一定の役割を果たした旨の自衛隊福岡病院のK医官の意見(乙32)も併せ考慮すると,本件学生が自殺に至った背景には,被告A及び被告Bの各指導以外の事情も存在したことが窺われる。そして,被告A及び被告Bの安全配慮義務に違反する指導が1日の(しかも短時間)のうちに行われたものであって継続的なものでなく,その強度も繰り返し暴行や脅迫を受けたようなものとは異なることからすれば,本件学生が上記安全配慮義務に違反する指導の翌朝までの間,急速に精神的不調を来して適応障害を発症し,自殺に至ることまでを被告A及び被告B(その他a教育中隊の基幹隊員を含む被告国の職員)が予見することは困難であったといわざるを得ない。
ウ したがって,被告国の安全配慮義務違反(被告国の履行補助者である被告A及び被告Bの安全配慮義務違反)と本件学生の死亡との間に相当因果関係があるということはできない。』
判例検討
1 まず、安全配慮義務について、最高裁昭和50年2月25日判決を参照し、「国は,公務員に対し,国が公務遂行のために設置すべき場所,施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被告国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている」としています。この義務は,被告国が公務遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得る危険の防止について信義則上負担するものであるとしています。本件では、国は,○○曹候補生課程に入校した学生に対し,学生が教育訓練を受け,隊舎等の施設内において生活を送るに当たり,教育中隊の組織,体制,設備を適切に整備するなどして,学生の生命,健康に対する危険の発生を防止する義務(安全配慮義務)を負っているものと認定しています。
2 次に、安全配慮義務に違反した具体的な指導者の言動を認定しています。
教官A
伝令業務のために来た本件学生に「伝令業務のことで…」と声をかけられた際,本件学生に対し「伝令?知らん。帰れ。」などと威圧的な言動をして本件学生を追い返したことは,本件学生を混乱させる不適切な言動であった
平成27年10月6日午後0時30分頃(2回)及び同日午後6時5分頃,伝令業務のために教官室を訪れた本件学生を入室要領に沿っていないというだけで具体的にどこがどのように間違っているのかを指導することなく3回にわたり追い返したことは,被告Aの意に沿って伝令業務を行おうとしていた本件学生に,入室の仕方についての些細な誤りも咎めて何度もやり直しを命じられたことにより,指示された伝令業務を遂行することを困難にさせ,夕食が食べられないほど思い悩ませる状況を作り出したものであり,本件学生の心理を混乱させる不適切な行動であった
教官Aが,教官Bが本件学生に胸倉を掴む暴行を加えた際,8mほど離れていた場所からその状況を見ていたにもかかわらず(仮に教官Aが教官Bの背中越しの位置にいて,被告Bが本件学生の胸元辺りを両手で掴んでいるのをはっきりと見ることができていなかったとしても,教官B及び本件学生の挙動から,教官Bが本件学生に暴行を加えていることは容易に認識し得たと考えられる。),教官Bの暴行を制止せず,そのことを咎めもしなかったことは,教官Bが教官Aの指揮する第1区隊とは別の第3区隊の班長であったことを踏まえても(もっとも,教官Bは同期生会指導幹部である教官Aの部下でもあった。),教官Bを適切に指導監督すべき立場にある者として部下への暴力を許さないことは当然であり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
教官Aが平成27年10月6日午後7時30分頃,伝令業務ができていない者として本件学生に全学生の前で手を挙げさせ,全学生に午後8時10分まで躾教育で教育された事項を話し合うよう指示したこと及び話し合いの後再度集合した学生に対し消灯の時間を早めると伝えたことは,本件学生に自らの失態のために全学生が連帯責任を負わされたという屈辱感を与える不適切なものであったし,被告Aは同日午後6時45分頃に本件学生に半長靴は磨かなくて良いと言っていたことからすれば,本件学生は伝令業務を行わなくて良い状況にあったといえるにもかかわらず,全学生の前で挙手させることにより本件学生に自己否定感や羞恥心を抱かせ,更に他の学生の消灯時間を早めることにより本件学生を心理的に追い詰めたものであり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
教官Aが同日午後8時30分から午後9時30分の間に,当直室に伝令業務の要望事項を聞きに来た本件学生に対し,お前のような奴は殺してやりたいくらいというような発言をしたことは,それまでの過程に照らしても,教官の学生に対する指導として何ら必要性がなく,社会通念上許されない暴言を述べたものにほかならず,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
教官B
教官Bが平成27年10月6日午後6時45分頃,本件学生の胸倉を両手で掴んで揺すった行為は,自己の感情を抑えきれずに爆発させて行った明らかな有形力の行使(単なる暴力行為)であり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
また,その前後に,教官Bが,その上官である教官Aが本件学生に自分の半長靴は自分で磨くので伝令業務はしなくて良い旨の指示をしているにもかかわらず,本件学生に伝令業務を行うように強要した言動も,上記暴力行為と併せて十分な説明もなく自己の見解を押し付ける不合理な指導であり,教官Aに何度も伝令業務のやり直しを命じられていた本件学生を更に混乱させ,心理的に追い詰められる原因の一つとなったものであり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
3 安全配慮義務違反の行為、指導があったことを認定し、次に結果である自殺との因果関係を検討しています。因果関係については事実的因果関係と相当因果関係という点から検討しています。
まず、入校時の初見で、心身に問題が見られなかったことから、不適切な指導により数日のうちに急速に精神的不調をきたし適応障害の症状を生じて自殺したものと考えられるので、不適切な指導による安全配慮義務違反と学生の自殺との間には事実的因果関係が認められると判断しています。この事実的因果関係というのは、「これなければあれなし」という関係であり、不適切な指導が無ければ自殺は発生しなかったということを認定しているのです。
しかし、裁判所は、法的責任を負わせるべきかどうかの基準となる「相当因果関係」の成立を否定し、死亡により発生した損害(生涯にわたって勤労して生じ得た逸失利益や死亡慰謝料)の賠償義務を否定したのです。
相当因果関係とは、民法709条や民法416条で、故意過失に基づく不法行為に対して法的な賠償義務を負わせるためには、あれなければこれなしという事実的因果関係に加えて、法的非難に値する帰責可能性を必要とする法解釈です。具体的には、当該行為から通常生じ得る損害と、当事者に予見可能性と結果回避可能性がある場合の特別損害について、行為者の賠償責任が認められるとするものです。つまり、当該行為を行ったならばどのような損害が通常生じ得るのか行為者が認識できれば、これを行為者は回避すべきですから、回避すべきであったのに、故意過失により回避措置を執らなかったので法的賠償責任を負わせるべきであるとする価値判断です。また、通常生じ得る範囲外の特別損害であっても、行為者が予見可能かつ結果回避可能な損害であったなら、それを故意過失により回避しなかったのだから賠償義務に任ずるということになります。
この、予見可能性と結果回避可能性は、当事者の社会的地位や、両当事者の関係性において個別具体的に判断されることになります。被害者側の持病や気質や過失など特殊事情が影響することもあります。
民法416条(損害賠償の範囲)
1項 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2項 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
※相当因果関係に関する参考判例、最高裁昭和48年6月7日判決
『不法行為による損害賠償についても、民法四一六条が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において、右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきであることは、判例の趣旨とするところであり(大審院大正一二年(オ)第三九八号・第五二一号同一五年五月二二日判決・民集五巻三八六頁、最高裁昭和二八年(オ)第八四九号同三二年一月三一日第一小法廷判決・民集一一巻一号一七〇頁、同昭和三七年(オ)第四四四号同三九年六月二三日第三小法廷判決・民集一八巻五号八四二頁参照)、いまただちにこれを変更する要をみない。本件において、上告人の主張する財産上および精神上の損害は、すべて、被上告人の本件仮処分の執行によつて通常生ずべき損害にあたらず、特別の事情によつて生じたものと解すべきであり、そして、被上告人において、本件仮処分の申請およびその執行の当時、右事情の存在を予見しまたは予見することを得べかりし状況にあつたものとは認められないとした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。)挙示の証拠関係に照らして、正当として肯認することができる。したがつて、原審の認定判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。』
被害者側の特殊事情が影響する予見可能性によって相当因果関係の成否を判断し、加害者の責任を軽減するのは、一般不法行為(交通事故など)における素因減額と類似した考え方です。素因減額は、被害者に心臓病の持病があり、ほんの少しの物理的なショックにより急性心筋梗塞を起こして亡くなってしまったというような場合に、被害者側の過失相殺の規定(民法722条2項)を類推適用して、賠償義務を軽減するものです。被害者側の事情は、因果関係の成立に影響する場合もあれば、賠償額に影響する場合もあるのです。
民法722条2項 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
前記熊本地裁の裁判例では、教官Aと教官Bの個別的・直接的指導は2日のみであったこと、安全配慮義務に違反する行為は数時間以内の短時間に留まること、本件学生が入校前から劣等感を抱いていたこと、学生自身が「本教育における抱負」の「自由意見(これだけは言っておきたいこと。心配なことなど。)」の欄に、「自分は追い込まれると周りの事が見えなくなる短所がある。」と記載していたこと、教官が入校時の「入校所見」や「本教育における抱負」を閲覧しておらず、本件学生が短期間に精神状態を悪化させ適応障害に至り自死してしまうことまで予見することは困難であったと判示し、相当因果関係の成立を否定しました。
このように見てくると、実際に裁判で賠償義務が認められるまでには、様々な段階の主張立証を積み重ねていくことが必要と分かります。
(1)加害行為の事実を特定し、証拠により立証(原告に立証責任があります)
(2)加害行為と損害発生との間の事実的因果関係(あれなければこれなし)
(3)加害行為と損害発生との間の相当因果関係(通常損害に含まれる結果か、特別損害であれば予見可能性と結果回避可能性があったか)
熊本地裁の事例では、教官として不適切な行為があり、安全配慮義務に違反した行為があると認定され、適応障害を発症して自殺に至ったという事実的因果関係まで認められましたが、不適切行為が短期間のものであり、継続的なものでも無かったために、結果発生の予見可能性が認められないとされ、死亡という結果との相当因果関係が否定されました。但し、安全配慮義務違反の行為により受けた精神的苦痛に対する慰謝料として、教官Aの行為について150万円、教官Bの行為について50万円の賠償義務を認めました。更に、訴訟上の請求をするのに弁護士費用が掛かったとして、賠償額の1割の弁護士費用を加算して、国に合計220万円の賠償義務を認めました。親御さんとしては、死亡の結果にも国や教官の法的責任があるとして裁判を提起したものですから、不本意な結果になってしまったと思われますが、安全配慮義務違反の行為は事実認定されましたので、事実関係を明らかにして国や教官に法的責任があるかどうかを審理してもらうという目的は達することができたと思われます。
4、証拠の保全など
御相談のケースにおいても、事実関係を明らかにして、大学側の責任を認めて貰いたいというお気持ちであれば、訴訟提起が可能かどうか、資料を収集して、弁護士に御相談なさると良いでしょう。
御相談の段階で、大学側が責任を認めていない態度が伺われます。真実を明らかにして責任の有無を法的に確定させるためには、前提として、事実関係を証明する証拠資料を保存することが大切となります。訴訟提起したり、内容証明郵便を送付するなどの法的請求に着手してしまいますと、証拠収集が困難となってしまう場合もありますので、まず最初に、どの程度まで証拠収集保存が可能かどうか検討することが必要です。
息子さんが自殺して亡くなってしまい、警察の検視を受けて、加害者による刑事事件ではないということで処理されたのであれば、医師による死体検案書が作成されますし、検視調書などの不起訴記録の閲覧が可能な場合もあります。検視調書で、警察官が息子さんの遺書を現認しているということであれば、それは民事訴訟でも証拠能力が認められるものとなります。
※法務省HPより、不起訴事件記録の開示について
https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji23.html
部活動の日誌や、LINEなどSNSのデジタル記録など、ある程度証拠の特定ができているのであれば、それを確保するための手続きとして、裁判所の証拠収集処分手続き(民事訴訟法132条の4)や、証拠保全手続き(民事訴訟法234条)も検討して下さい。
民事訴訟法132条の4(訴えの提起前における証拠収集の処分)
1項 裁判所は、予告通知者又は前条第一項の返答をした被予告通知者の申立てにより、当該予告通知に係る訴えが提起された場合の立証に必要であることが明らかな証拠となるべきものについて、申立人がこれを自ら収集することが困難であると認められるときは、その予告通知又は返答の相手方(以下この章において単に「相手方」という。)の意見を聴いて、訴えの提起前に、その収集に係る次に掲げる処分をすることができる。ただし、その収集に要すべき時間又は嘱託を受けるべき者の負担が不相当なものとなることその他の事情により、相当でないと認めるときは、この限りでない。
一号 文書(第二百三十一条に規定する物件を含む。以下この章において同じ。)の所持者にその文書の送付を嘱託すること。
二号 必要な調査を官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は学校、商工会議所、取引所その他の団体(次条第一項第二号において「官公署等」という。)に嘱託すること。
三号 専門的な知識経験を有する者にその専門的な知識経験に基づく意見の陳述を嘱託すること。
四号 執行官に対し、物の形状、占有関係その他の現況について調査を命ずること。
2 前項の処分の申立ては、予告通知がされた日から四月の不変期間内にしなければならない。ただし、その期間の経過後にその申立てをすることについて相手方の同意があるときは、この限りでない。
3 第一項の処分の申立ては、既にした予告通知と重複する予告通知又はこれに対する返答に基づいては、することができない。
4 裁判所は、第一項の処分をした後において、同項ただし書に規定する事情により相当でないと認められるに至ったときは、その処分を取り消すことができる。
訴え提起前の証拠収集処分は、平成15年の民事訴訟法改正で導入されたもので、訴訟提起前に、相手方に対して提訴予告通知をすることにより、当事者間で事実確認の照会ができ(民事訴訟法132条の2第1項)、更に、裁判所に対して文書送付嘱託、調査嘱託、専門家に対する意見陳述の嘱託、執行官に対する現状調査命令という4種の証拠収集のための処分を申し立てることができるものです(民事訴訟法132条の4第1項)。
民事訴訟法234条(証拠保全)裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、証拠調べをすることができる。
民事訴訟法235条
1項 訴えの提起後における証拠保全の申立ては、その証拠を使用すべき審級の裁判所にしなければならない。ただし、最初の口頭弁論の期日が指定され、又は事件が弁論準備手続若しくは書面による準備手続に付された後口頭弁論の終結に至るまでの間は、受訴裁判所にしなければならない。
2項 訴えの提起前における証拠保全の申立ては、尋問を受けるべき者若しくは文書を所持する者の居所又は検証物の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にしなければならない。
3項 急迫の事情がある場合には、訴えの提起後であっても、前項の地方裁判所又は簡易裁判所に証拠保全の申立てをすることができる。
証拠保全手続きは、証拠が散逸してしまい訴訟提起後の証拠調べができなくなってしまう恐れがある場合に、あらかじめ証拠調べや証拠の保存をして、その立証結果を保全しておくための手続です。医療過誤事件で病院のカルテを保存したり、詐欺事件の損害賠償請求でパソコン記録や会話録音を保全したりします。
証拠保全の申立ては、証拠が所在する場所の地方裁判所または簡易裁判所に申し立てます(民事訴訟法235条2項)。直ちに証拠保全を行わないと後日証拠調べが出来なくなってしまう事情を申立書に記載します。証拠を保全するための手続きですが、疎明資料として、関連する証拠資料の写しを添付して、証拠保全が必要である事情を説明することが必要です。通常は、申立代理人と裁判官が面接を行い、証拠調べ手続きの開始を行うかどうか審理されます。
証拠保全期日には、証拠保全決定書が証拠管理者に対して執行官送達され、数時間後に、裁判官や裁判所書記官が証拠の所在場所に臨場して検証手続きがなされます。裁判官と申立代理人弁護士が証拠の所在場所に臨場し、証拠を検証する手続きが行われます。証拠物をコピー機で複写したり、デジタルカメラで撮影したりして、検証調書が作成されます。この時、証拠の管理者は、裁判官や執行官の指示に従うことが必要であり、証拠保全の手続きを暴行または脅迫により妨害した場合は、刑法95条1項の公務執行妨害罪で3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金で刑事処分の対象となる場合があります。公務執行妨害の恐れがある場合は、執行官は予め警察署と連携して、警察官同行のもとで臨場します(民事執行法6条1項)。
民事執行法6条(執行官等の職務の執行の確保)
1項 執行官は、職務の執行に際し抵抗を受けるときは、その抵抗を排除するために、威力を用い、又は警察上の援助を求めることができる。ただし、第六十四条の二第五項(第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定に基づく職務の執行については、この限りでない。
息子さんの遺書の他、スマートフォンやパソコンの電子メールなど、息子さんの身の回りの証拠資料を保存し、また、同級生やクラブ仲間など、関係者の証言類も可能な限り保存し、損害賠償請求が可能な状態かどうか弁護士さんと一緒に考えてみると良いでしょう。
※参考判例
※参考判例全文(熊本地裁令和4年1月19日損害賠償請求事件判決)
主文
1被告国は,原告父に対し,110万円及びこれに対する令和元年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告国は,原告母に対し,110万円及びこれに対する令和元年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え
3原告らの被告国に対するその余の請求並びに原告らの被告A及び被告Bに対する各請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,原告らと被告国の間においては,これを40分し,その1を被告国の負担とし,その余を原告らの負担とし,原告らと被告A及び被告Bとの間においては,原告らの負担とする。
5この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告らは,連帯して,原告父に対し,4050万6811円及びこれに対する平成27年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,連帯して,原告母に対し,4050万6811円及びこれに対する平成27年10月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,○○自衛隊の○○曹候補生課程に入校し,a教育中隊に配属中に自殺したB(以下「本件学生」という。)の父母である原告らが,本件学生の自殺の原因は,被告A及び被告Bによる指導の名を借りた暴力的,威圧的ないじめないし嫌がらせ行為にある旨主張して,被告A及びBに対しては民法709条に基づき,被告国に対しては民法715条,国家賠償法1条又は債務不履行に基づき,それぞれ損害賠償金4050万6811円及びこれに対する不法行為日の後である平成27年10月7日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実並びに各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 本件学生は,平成5年○月○日生まれの男性であり,○○自衛隊の自衛官として勤務していたが,平成27年10月7日に自殺した者である。本件学生は,同日当時,第○期第1次○○曹候補生課程の学生(○○士長)として,長崎県佐世保市〈以下省略〉(b駐屯地)所在の西部方面c団d隊a教育中隊(以下「a教育中隊」という。)第1区隊1班に所属していた。(甲8,乙12)
イ 原告父は本件学生の父であり,原告母は本件学生の母である。本件学生の相続人は,原告ら2名である。(争いがない。)
ウ 被告Aは,昭和46年○月○日生まれの男性であり,○○自衛隊の自衛官として勤務している者である。被告Aは,平成25年3月23日付けでa教育中隊に教官(曹長)として配置され,平成27年10月7日当時,a教育中隊の第1区隊長及び同期生会指導幹部を務めていた。(甲8,乙1)
エ 被告Bは,昭和60年○月○日生まれの男性であり,○○自衛隊の自衛官として勤務している者である。被告Bは,平成27年3月23日付けでa教育中隊に助教(2曹)として配置され,同年10月7日当時,a教育中隊の第3区隊2班長及び同期生会指導○○曹を務めていた。(甲8,乙2)
オ 被告国は,被告A及び被告Bが所属する○○自衛隊を所轄している。(争いがない。)
(2) a教育中隊の構成等
ア ○○曹教育隊は,教育部隊であり(○○自衛隊○○曹教育隊等の組織及び編成に関する訓令2条,3条),a教育中隊,e教育中隊,f教育中隊及びg教育中隊をもって編成され(同訓令4条),そのa教育中隊は,○○曹候補生課程の教育を担任することとされている。○○曹候補生課程の目的は,「○○曹としての資質を養うとともに,初級○○曹として必要な基礎的知識及び技能を修得させる」ことにあるとされている(○○自衛隊の教育訓練に関する訓令21条)。(乙14,15)
イ 第○期第1次○○曹候補生課程を受けるためにa教育中隊に入校した学生は本件学生を含めて104名であり,教育期間は平成27年10月1日から同年12月22日とされていた。a教育中隊は,第1区隊(区隊長1名,班長3名,学生35名),第2区隊(区隊長1名,班長3名,学生34名),第3区隊(区隊長1名,班長3名,学生35名)の3つの区隊で編成され,各区隊は更に1班から3班までの3つの班に分けられていた。本件学生の所属していた第1区隊1班には12名の学生がおり,第1区隊の区隊長は被告A,1班の班長はC(以下「C班長」という。)であった。第3区隊2班の班長は被告Bであった。(甲8,乙11,13)
ウ d隊の学生心得
d隊の学生心得第8条には,隊員が関係事務室等へ入室する際の態度等について,以下の事項が規定されている。(乙17)
(ア) 人と話すときは,相手の瞳に柔らかな視線を合わせて話す。相手の目より上を見て話すと威張った感じを与えるので注意する。
(イ) 中隊長,教官,助教等の上官に呼ばれた時は,「ハイ,●●学生」と返事し,上官のところへ行き不動の姿勢で指示を受ける。
(ウ) 上官から指示を受けた内容は復唱する。
(エ) 各室(中隊長室,区隊長室,助教室,事務室)等に入る時は,扉が閉まっている場合必ずノックし応答を待つ。扉が開放状態にある場合ノックはしなくてもよい。
(オ) 事務室等に入る場合は,入口で「●●学生入ります」と断り,部屋に1歩入り部屋の最上級者に敬礼し,「●●学生は誰々に要件があり参りました」と述べる。じ後,要件のある上官の手前2歩の位置で敬礼し,「●●学生は××について指示を受けに参りました」(一例)と要件を述べる。
指示を受けたならば必要に応じメモをとるとともに,その内容を復唱し,敬礼をして方向変換後,出口で最上級者に「●●学生は用件を終わり帰ります」と述べ,敬礼をして退室する。(躾教育ビデオ参照)
(カ) 上官に急用がある場合で,上官が他者と談話中である場合は,「お話し中失礼します」と断って用件を述べる。
(キ) 上官に同行する場合は,上官と歩調を合わせ,左側又は後方を歩く。
(ク) 歩行中上官を追い抜く場合は,敬礼し「失礼します」と断る。上官の直前は横切らない。
(ケ) 居室では脱帽する。
もっとも,当時,a教育中隊では,学生が上官のいる部屋に入室する際には中隊長室のみノックし,他の各室においてはノックしないという学生心得と異なる運用がされており,躾教育の際にその説明がされていた。(甲13)
エ 伝令業務
a教育中隊は,学生らに伝令業務を行わせていた。伝令業務は,教育側の基幹隊員(中隊長,区隊長等)ごとに担当を定められた学生が,基幹隊員のために半長靴(いわゆるミリタリーブーツのような靴)を磨くほか,野外演習の際に野営用の荷物(制服や食器等)をトラックに積載したり,食事の配膳等の庶務事務を行うというものである。伝令業務は,○○自衛隊では一般的に行われているものであり,伝令業務を担当する学生は,基幹隊員から要望事項を聞いた上で伝令業務を行うこととなっていた。a教育中隊の学生らは,話し合いにより1週間又は半週のシフト制で伝令業務の担当者を決めていた。(乙19,20,弁論の全趣旨〔被告国第1準備書面20~21頁参照〕)
(3) 本件学生の○○自衛隊入隊後,a教育中隊着隊までの状況
ア 本件学生は,平成24年3月31日,○○自衛隊の第113教育大隊に一般○○曹候補生として入隊し,同年9月7日付けで西部方面後方支援隊第103施設直接支援大隊第1直接支援中隊h派遣隊(以下「h派遣隊」という。)に配置され,装輪車整備手として勤務していた。(乙12)
イ その後,本件学生は,○○士長から三等○○曹に昇進するための試験に合格し,第○期第1次一般○○曹候補生課程を受けることになった。(争いがない。)
ウ 本件学生は,平成27年7月7日から同月23日までの間,福岡県飯塚市内で○○曹候補生課程の履修前教育を受け,入室要領等を教わった。本件学生は履修前教育中に上官の班長に日記を提出して自己の心情を述べ,当該班長から激励の言葉をかけられていた。(甲19,20)
エ 原隊であるh派遣隊の本件学生の上官が定期的に作成していた個人指導簿(個人指導記録簿)には,h派遣隊に配置されてから本件学生の心身に変調や異常はなかったこと,a教育中隊に入校する直前の同年9月15日及び同月28日にも本件学生に多少緊張の様子は見られたものの,健康状態に異常はなかったことが記載されている。また,本件学生がh派遣隊で受けていた「心の健康チェック」の数値も正常であり,抑うつ性が乏しいものとされるものであり,これらの結果に特異な事項がなかったことから,h派遣隊からa教育中隊に申し送りされていなかった。(乙42~44)
(4) 本件学生のa教育中隊着隊後,平成27年10月5日までの状況
ア 本件学生は,平成27年9月29日,a教育中隊第1区隊1班に配属され,○○自衛隊b駐屯地i号隊舎(本件学生を含む学生らが起居する建物。以下「i号隊舎」という。)4階406号室が居室として割り当てられた。同室は8人部屋で,本件学生のほか,第1区隊1班のD学生(以下「D学生」という。)同班のE学生(以下「E学生」という。),同班のF学生(以下「F学生」という。),同区隊2班のG学生(以下「G学生」という。)が入室していた。(甲7)
イ 本件学生は,同日午後,被告A及びC班長により短時間の面接を受けたが特に異常は見られなかった。(乙4の2頁,乙16の3頁)
ウ 本件学生は,a教育中隊着隊後,自らの目標等を「入校所見」及び「本教育における抱負」に記入して提出した。本件学生の「入校所見」の「全般」欄には,いよいよ教育が始まっていくことに不安と緊張がある旨の記載があり,「本教育における抱負」の「自由意見(これだけは言っておきたいこと。心配なことなど。)」の欄には,「自分は追い込まれると周りの事が見えなくなる短所がある。」との記載がある。(甲11,12)
エ 本件学生らa教育中隊の学生らは,同月30日午後7時から午後9時まで,被告Bから,b駐屯地での過ごし方等に関する躾教育を受けた。(乙16の3頁,乙18の2頁)
オ 本件学生らa教育中隊の学生らは,同年10月1日午後7時から午後9時まで,被告Bから,伝令業務等に関する躾教育を受け,学生間で伝令業務を担当する学生を決め,伝令業務を担当する学生は,同月2日までに担当する上官の要望事項を聞きに行くよう指示された。(乙16の3頁,乙18の2頁)
カ 本件学生は,第1区隊第1班の学生の話合いにより,同月2日までに被告Aの伝令業務を最初に担当することになった。(乙19,20)
キ 本件学生は,同月2日午前7時30分から午前8時30分まで朝礼,午前8時30分から午前11時30分まで座学,午後0時から午後5時10分まで体力素養等,午後5時30分から午後6時10分まで入校式予行,午後9時35分から午後9時50分まで清掃に参加していた一方,単身赴任者の被告Aは同日午後7時頃には退勤して自宅に帰省したことから,本件学生は同日中に被告Aの所に要望事項を聞きに行くことができなかった。(乙4の3頁,乙16の2頁)
ク 同日行われた体力測定において,本件学生は比較的良好な結果を出し,合格判定を受けた。(甲28)
ケ 本件学生は,同月4日までに教官室に行き,被告Aの半長靴磨きを行った。被告Aは,同日午後9時頃自宅から宿舎に戻った際に自分の半長靴磨きがされていることに気付いたが,誰が磨いたのかは気にしなかった。(乙4の3頁)
コ a教育中隊では,学生の提出した「入校所見」及び「本教育における抱負」の内容を隊長,区隊長らが回覧で確認することとなっていたが,同年10月6日の時点で被告A及び被告Bは回覧が回っていなかったことから,これらを閲覧していなかった。(弁論の全趣旨〔被告国第3準備書面10頁参照〕)
(5) 本件学生の死亡
ア 本件学生は,平成27年10月7日未明,遺書のようなメモ(甲17)及び遺書(甲1)を作成した。上記メモには「自分は本当にダメな人間です。今日ハッキリと分かりました。」と,上記遺書には,「随分前から自分は人より遅れているなという劣等感ばかり抱いていました。実際人より劣っているし,この教育間でそれが顕著に表れていました。胸ぐらをつかまれ,お前のような奴を見てると殺したくなると言われた時,自分は終わってるんだなと思いました。このまま教育が続いていった時,指導された人間が手を挙げさせられたとき,自分は毎日手を挙げていることでしょう。そんなのは耐えられない!自分にもつまらないプライドがあります。103名の前で毎日毎日吊るし上げにされると思うとやり切れないです。」と記載されていた。(甲1,17)
イ 本件学生は,平成27年10月7日午前5時頃,i号隊舎4階のトイレ内で自殺した。本件学生の直接死因は,搬送先の佐世保市立総合病院の医師により,縊頸であることが確認された。(乙3)
(6) ○○自衛隊の被告B及び被告Aに対する処分
ア ○○自衛隊西部方面c団長は,平成29年4月21日,被告Bが平成27年10月6日午後6時45分頃,駐屯地勤務隊舎内において,学生である本件学生を指導中,本件学生の胸倉を掴み揺する暴行を加えたことを理由に,被告Bを停職6日とする懲戒処分を行った。(甲2,乙6,30)
イ また,○○自衛隊西部方面c団長は,平成29年4月21日,被告Aが平成26年頃から平成27年10月6日までの間,本件学生を含む複数の学生に対して不適切な暴言を発するとともに,同日午後6時45分頃,被告Bの本件学生に対する暴行を目撃したにもかかわらず,被告Bへの指導及び上司への報告を怠ったことを理由に,被告Aを停職10日とする懲戒処分を行った。(甲2,乙5,28)
(7) 被告国の国家公務員災害補償法に基づく給付等
○○自衛隊西部方面総監は,平成30年8月23日付けの公務災害補償通知書により,本件学生の「適応障害」に起因する縊頸(死亡)を傷病名として補償を受けることができる旨を原告らに通知した。(甲3,乙9,10)
そして,被告国は,公務災害認定に基づき,原告らに対し,国家公務員災害補償法に基づく一時金3083万7420円(遺族補償一時金725万4000円,葬祭補償53万2620円,遺族特別支給金300万円,遺族特別援護金1860万円及び遺族特別給付金145万0800円)を給付した。(乙35)
(8) 本件訴えの提起
原告らは,令和元年7月8日,本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)
(9) 被告国による消滅時効援用の意思表示
被告国は,令和元年12月4日の当審第1回弁論準備手続期日において,原告らに対し,原告らの被告国に対する本訴請求債権につき消滅時効を援用する旨の意思表示をした。(当裁判所に顕著な事実)
3 争点
(1) 被告A及び被告Bが平成27年10月5日から同月6日にかけて本件学生に対して行った各行為の内容
(2) 被告国の安全配慮義務違反の有無
(3) 被告国の安全配慮義務違反と本件学生の死亡との間の相当因果関係の有無
(4) 原告らの損害額
(5) 被告国の民法715条又は国家賠償法1条に基づく責任の有無
(6) 被告A及び被告Bの民法709条に基づく責任の有無
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告A及び被告Bが平成27年10月5日から同月6日にかけて本件学生に対して行った各行為の内容)について
(原告らの主張)
ア 平成27年10月5日午後8時15分頃の被告Aの行為
被告Aは,同時刻頃,伝令として担当の基幹隊員である被告Aに要望事項を聞きに行くよう指示されていた本件学生がi号隊舎2階の教官室(以下「教官室」という。)に入室して「伝令業務に来ました」と発言したのに対し,「何だ」,「伝令?知らん。帰れ。」と述べ,理由もなく本件学生を門前払いした。
イ 同月6日午前7時30分頃の被告Bの行為
被告Bは,同時刻頃,本件学生を含む学生ら104名全員の面前で,伝令業務ができていないなどと述べ,本件学生ともう1名の学生に手を挙げさせ,全員の前で説教を繰り返した。
ウ 同日昼休み頃及び午後6時25分頃の被告Aの行為
被告Aは,同月6日昼休み頃及び同日午後6時25分頃,伝令として教官室に要望事項を聞きに行った本件学生に対し,入室の仕方が悪いなどと述べて突き返した。
エ 同日午後6時45分頃の被告B及び被告Aの行為
被告Bは,同時刻頃,i号隊舎2階廊下において,被告Aが本件学生に「半長靴は磨かなくてよい。他の者にも伝えよ。」と告げた際,本件学生を「ちょっと待て」と呼び止め,「そのままでいいのか」と言って本件学生に近づき,「指導されている時は相手と正対するんじゃないのか?」,「やらなくていいと言われてやらないのか?」と述べて本件学生の胸倉を掴み,「おい,聞いているのか?」,「他の学生はやっているのに,お前はやらなくていいのか?」などと叫んで本件学生に詰め寄った。被告Aは,被告Bの上記行為を目の前で見ていながらこれを制止することなく放置した。
オ 同日午後7時頃の被告Aの行為
被告Aは,同時刻頃,本件学生を含む104名の全学生をi号隊舎の屋外に呼び出し,「伝令業務もろくすっぽ出来ない奴がいる。手を挙げろ」と述べ,本件学生に挙手させた後,学生らに対し「入室要領等躾事項をみんなで話し合い認識を統一せよ」,「午後8時10分まで話し合え」と指示した。
カ 同日午後8時10分頃の被告Aの行為
被告Aは,同時刻頃,集合した学生らに対し「本日は消灯を早める」と述べて,本来は午後11時である消灯を30分早め,午後10時30分に消灯するよう指示した。
キ 同日午後8時30分以降の被告Aの行為
被告Aは,同日午後8時30分以降,本件学生以外の学生らは清掃作業に従事していたにもかかわらず,本件学生を伝令業務のためにi号隊舎2階の当直室(以下「当直室」という。)に呼びつけ,本件学生に対して入室要領ができていないなどと言い募り,本件学生の胸倉を掴み「お前のような奴を見ていると殺したくなる」と発言した。
(被告国の主張)
ア 平成27年10月5日午後8時15分頃の被告Aの行為
a教育中隊第1区隊第2班のH学生(以下「H学生」という。)の作成した答申書(乙7)に,被告Aが同日午後7時から午後8時40分までの間,当直室前の廊下で本件学生に対し「何だ」,「伝令?知らん。帰れ。」と発言した旨の記載があることは認めるが,その余は不知ないし否認する。被告Aはかかる事実の記憶がないとしてこれを争っており,他に当該発言があったことを裏付ける的確な証拠はない。
イ 同年10月6日午前7時30分頃の被告Bの行為
被告Bが同時刻頃,学生全員の前で「伝令の要望事項を聞きに行っていない者いるか?」などと確認した際,本件学生とI学生が挙手したことは認めるが,その余は否認する。被告Bは,その後,I学生には要望事項の確認に向かわせたが,本件学生には被告Aが不在であると判断して要望事項の確認に向かわせることなく,その場で指導をした。
ウ 同日昼休み頃及び午後6時25分頃の被告Aの行為
被告Aが同日午後0時30分頃に2度,午後6時頃に1度教官室又は当直室に入室しようとした本件学生を退室させたことは認めるが,その余は不知ないし否認する。
被告Aは,同日午後0時30分頃,本件学生が教官室付近で入室を躊躇する様子を確認したため,廊下をのぞきこみ,本件学生に入室要領を確認してから入室するよう指導し,その4,5分後に本件学生が再度入室を試みた際も入室要領と異なっていたことから,再度入室要領を確認するよう指示し,本件学生をその場から帰した。また,被告Aは,同日午後6時頃に教官室に入室しようとした際も入室要領と異なっていたことから,再度入室要領を確認するよう指示し,本件学生をその場から帰した。
エ 同日午後6時45分頃の被告Bと被告Aの行為
概ね認めるが,被告Bの指導が叫んで詰め寄るほど激しい態様であったことは否認する。被告Aは,被告Bが自らの指示と矛盾する発言をしていることに気付いたが,被告Bに対する指導を躊躇し,その場では何も言わなかった。
オ 同日午後7時頃の被告Aの行為
被告Aが,同時刻頃,全学生を集めて入室要領等の躾事項を遵守することができていない者がいるので学生間のミーティングで認識を共有するよう指導し,その際,被告Aの発言を受けて本件学生が挙手したことは認める(I学生も挙手したようである。)が,その余は不知ないし否認する。
また,G学生の答申書(乙25)に被告Aが「伝令業務もろくすっぽできない奴がいる。手を挙げろ。」と発言した旨の記載があることは認めるが,被告Aは上記発言を否定しており,他に当該発言があったことを裏付ける的確な証拠はない。
カ 同日午後8時10分頃の被告Aの行為
被告Aが,同時刻頃,学生全員に対し同日の消灯時間を午後10時30分に早める指示をし,実際に午後10時30分に消灯されたことは認める。もっとも,被告Aが消灯時間を早めたのは,学生らに睡眠時間を十分取らせるためである。
キ 同日午後8時30分以降の被告Aの行為
否認する。
D学生の答申書(乙23),E学生の答申書((乙21)及び第1区隊1班の学生長であったJ学生(以下「J学生」という。)の答申書(乙26)によれば,被告Aが同日午後8時30分頃当直室で本件学生に対し伝令業務に関する指導をしたと考えられるものの,その際の被告Aと本件学生の具体的なやり取りは明らかでなく,被告Aは「殺してやりたい」という発言を明確に否定しており,他に当該発言があったことを裏付ける的確な証拠はない。
(被告Aの主張)
ア 平成27年10月5日午後8時15分頃の被告Aの行為について
否認する。被告Aは,当日の当直幹部であり,当直室において,午後8時30分頃から午後9時過ぎまで当直見習い6名に対する教育を行っていたが,その間本件学生は当直室に来なかった。
イ 同日昼休み頃及び午後6時25分頃の被告Aの行為
概ね被告国の主張と同じ。
ウ 同日午後6時45分頃の被告Aの行為
概ね被告国の主張と同じ。被告Bが本件学生の胸元辺りを両手で掴んで揺すった際,被告Aと被告Bは8mほど離れており,背の高い被告Bの背中越しに本件学生が位置していたため,被告Aには,被告Bが本件学生の胸元を掴んだかどうか分からなかった。
エ 同日午後7時頃の被告Aの行為
概ね被告国の主張と同じ。「伝令業務もろくすっぽ出来ない奴がいる。手を挙げろ。」と発言したことは否認する。
オ 同日午後8時10分頃の被告Aの行為
概ね被告国の主張と同じ。
カ 同日午後8時30分以降の被告Aの行為
否認する。
被告Aが本件学生を清掃の時間帯に伝令業務のため当直室に呼びつけて何らかの指導を行ったことはなく,本件学生に対し「殺してやりたい」という発言はしていない。
(被告Bの主張)
ア 平成27年10月6日午前7時30分頃の被告Bの行為
概ね被告国の主張と同じ。
イ 平成27年10月6日午後6時45分頃の被告Bの行為
概ね被告国の主張と同じ。
もっとも,被告Bは,本件学生の胸元辺りを両手で掴んで数秒程度軽く揺すったにすぎない。
(2) 争点(2)(被告国の安全配慮義務違反の有無)について
(原告らの主張)
ア 被告国の安全配慮義務
被告国は,公務員に対し,被告国が公務遂行のために設置すべき場所,施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被告国若しくは上司の指示の下に遂行する公務の管理に当たって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務を負っており,○○自衛官である本件学生の生命・健康を保護すべき義務を負っていた。
イ 被告Aの行為について
被告Aは,本件学生に伝令業務を何度もやり直させ,ねちねちと説教を続けているが,本件学生が当時作成していたノート(甲13)やメモ(甲14)には正しい入室要領が記載されていることや,D学生の前で本件学生が実践した入室行為に何ら問題がなかったことからすれば,本件学生が被告Aの前でした入室行為に明らかな問題があったとは考えられない。これらの行為により,本件学生は精神的に圧迫され,夕食を取ることもできず,自身のせいで共に教育を受けている他の仲間に消灯時間が早まるなどの迷惑をかけており,自らに存在意義がないという心理状態に追い込まれたもので,そのような中でされた被告Aの「お前のような奴を見ていると殺したくなる」という発言は,自衛官としての職務を全うするために○○曹候補生課程を受講していた本件学生への最大限の侮辱であり,本件学生を適応障害に陥らせ,自死を決意させるものであった。また,被告Aは,半長靴磨きを伝令にさせないという通常と異なる指導を行って被告Bの違法な指導のきっかけを与えた上,被告Bより上位の階級を有する者として,被告Bの暴力を伴う違法な指導を止めるべきであったにもかかわらず,これを放置した。これらの行為は,学生に対する指導に名を借りて本件学生を陰湿かつ執拗に付け狙い精神的に痛めつける,暴力的・威圧的なパワーハラスメントに該当し,被告Aは,a教育中隊第1区隊長として,入隊後間もない若干22歳の部下である本件学生の生命,身体を保護すべき安全配慮義務を怠ったというべきである。
ウ 被告Bの行為について
被告Bが学生全員の前で本件学生に手を挙げさせた行為は,被告Aが本件学生に対し直接伝令業務を指導する前の段階であったにもかかわらず,本件学生が伝令業務をきちんと行えていないことを全学生の面前でさらし,本件学生を心理的に追い込む行為であった。また,被告Bが本件学生の胸倉を掴んだ行為は,指導に当たって行うことが絶対に許されるべきでない不当な有形力の行使であるし,被告Aが半長靴を磨かなくても良いと言っているのにそれを咎めることは上官の命令を厳守すべき自衛官に対して命令無視を強要する著しく理不尽な言動であった。これらの行為は,学生に対する指導に名を借りて本件学生を陰湿かつ執拗に付け狙い精神的に痛めつける,暴力的・威圧的なパワーハラスメントに該当し,被告Bは,a教育中隊第3区隊2班長及び同期生会指導○○曹として,入隊後間もない若干22歳の部下である本件学生の生命,身体を保護すべき安全配慮義務を怠ったというべきである。
エ 小括
このように,被告A及び被告Bは,被告国の権力行使の一部又は履行補助者として,本件学生の生命・健康を保護すべき安全配慮義務に違反して本件学生を自死させたものであり,被告国は,本件学生の安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任を負う。
オ 被告国の主張に対する反論
(ア) 被告国は,各種規則を整備するなどして,隊員が心身の健康を損なうことを除去し得るに足りる人的物的諸条件を整えていたから安全配慮義務違反は認められないと主張するが,それらの規則により被告A及び被告Bによる違法行為を防止することはできていないし,被告A及び被告Bは「防衛省におけるパワーハラスメントの防止等に関する指針について」を見たことがないと供述していることからすれば,いじめ防止のための措置が現場ではほとんど採られていなかったというべきであり,上記各種規則の整備により被告国が安全配慮義務を尽くしたものとはいえない。また,本件学生の服務指導記録簿及び心の健康チェックシートは,d隊に引継がれていないのであるから,本件事件の発生と関連性がない。
(イ) 被告国は,「入校所見」や「本教育における抱負」により学生の心情を把握していた旨主張するが,本件学生が初めての環境の中で過ごす率直な不安感・緊張感を明記していた「入校所見」や,本件学生が「自分は追い込まれると周りの事が見えなくなる短所がある」と記載していた「本教育における抱負」を被告A及び被告Bは閲覧していなかったのであるから,被告国は,被告A及び被告Bが現実の指導をする前に各学生の個別の認識や心情に応じた適切な指導を行う体制を整えていなかったというべきである。また,仮に,被告A及び被告Bに上記各書面を閲覧する時間的余裕がなかったとしても,その場合,被告A及び被告Bは,各学生の個性や心情を一定程度把握するまで厳しい言動を控えるべきであったといえる。
(ウ) 被告国は,メンタルヘルス施策に基づいて相談窓口を周知していたと主張するが,本件学生が上官である被告Aや被告Bの言動について部隊内で相談すること自体極めて困難であったもので,実際,本件学生はカウンセラー等に対して相談するに至っていない。したがって,上記相談窓口の周知をもって,被告国が本件学生の生命・身体に対する安全配慮義務を尽くしていたものとはいえない。
(被告国の主張)
ア 国の安全配慮義務
国の安全配慮義務の具体的内容は,国と国家公務員の間の特別の社会的接触の関係を基礎として,公務を安全に遂行するという目的の下において,公務管理者として予測可能な危険を除去し得るに足りる人的物的諸条件を整えることにある。職務上の指導は,その性質上,指導を受けた者に対して心理的負荷を生じさせる要素を内在的に有しており,指導による心理的負荷の有無及び程度は,指導する者とこれを受ける者との関係,指導に至る経緯及びその態様等の様々な事情により異なるし,指導方法には多種多様なものが考えられるから,これを一律に評価することは困難であり,当該指導を行った者の主観的意図・目的,指導の態様等に照らし,社会通念上その裁量を逸脱ないし濫用したと評価できない場合には,当該指導が職務上の安全配慮義務に違背する違法なものとはいえない。
イ 被告Aの行為について
区隊長という立場にある被告Aが,d隊の厳しい躾教育に対する本件学生の不安感を推察できたにもかかわらず,本件学生に対し入室要領について再三にわたり執拗に指導を繰り返し,伝令業務に関する具体的な指示をしなかったことは不適切であったといわざるを得ないが,被告Aはできないときには何回もやり直すスタンスに基づき指導を行ったもので,被告Aの入室要領に係る指導は,本件学生に対するいじめや嫌がらせを目的としたものではなく,本件学生の人格を否定したものともいえないから,直ちに違法とまでは言い難い。
また,被告Aが学生間のミーティングを指示した際に本件学生に全学生の前で挙手させた行為も本件学生に対するいじめや嫌がらせを目的としたものではなく,本件学生以外の学生も挙手していたことや,被告Aが学生の消灯時間を早めた行為は当日部外講話の時間に居眠りをしていた学生が多くいたことから学生に睡眠時間を多く取らせるために行ったものであることからすれば,いずれも裁量を逸脱ないし濫用した違法な指導とまでは評価できない。
さらに,被告Aが本件学生の胸元を掴んだ被告Bの指導を制止することなく傍観した行為は,本件学生に精神的苦痛を与えるものであり,不適切であったといわざるを得ないが,直ちに違法とまでは言い難い。
ウ 被告Bの行為について
被告Bが学生全員の前で本件学生に手を挙げさせた行為は,威圧的と受け止められるものであった可能性はあるものの,指示事項を達成していない学生に対する事情聴取及び指導の目的で行われたもので,本件学生を学生全員の前で指導し続けたり,本件学生を感情的に罵倒したりするものではなく,本件学生の人格を否定するようなものでもなかった。また,被告Bは,当時,伝令業務ができていない者が誰であるかは認識しておらず,特定の個人に対する嫌がらせの意図は有していなかった。したがって,被告Bの上記指導は,その目的及び態様に照らし,裁量を逸脱ないし濫用したものであるとまでは評価できない。
他方,被告Bが本件学生の胸元を掴んで揺すった行為は,本件学生の態度に教育上問題があると判断したためにされたものであり,本件学生に対するいじめ又は嫌がらせの目的でなされたものではなかったが,当時の状況に照らして極めて不適切な有形力の行使であり,その態様等において,裁量を逸脱ないし濫用したものといわざるを得ない。
エ 国家公務員災害補償法上の公務災害認定がされているとしても,公務災害補償では,補償の対象となる災害が公務上の災害であること(公務遂行性と公務起因性)が認められれば足り,使用者の故意,過失は要件となっておらず,責任主義の見地から故意,過失を要する損害賠償とは相違がある。
オ 被告国はa教育中隊の隊員が心身の健康を損なうことを除去し得るに足りる人的物的諸条件を整えていたこと
(ア) 各種規則の整備
自衛隊法施行規則57条6号は,自衛隊の隊員は「部下の隊員を虐待してはならない。」と規定し,隊員の分限,服務等に関する訓令10条1号は,隊員は「職務遂行に際しては,静粛で礼儀正しく,かつ,秩序正しくなければならない。何人に対しても冷静で忍耐強く,正しい判断をし,野卑で粗暴な言語又は態度を慎まなければならない。」と規定している。また,○○自衛隊服務細則8条1項は「上級者は,下級者に対してはその人格を尊重し,肉親の情味をもって接するとともに,公私の別を明らかにし,粗暴な言動は厳に戒めなければならない。」と規定し,同規則40条は「自衛官は,隊務に関し,不当若しくは不法な取扱を受け,又は著しく不便若しくは不利な状態にあると認めるときは,○○幕僚長の定めるところにより,上官に苦情を申し立てその是正を求めることができる。」と規定している。さらに,自衛隊西部方面隊は,部隊内でメンタルヘルス施策を推進させる旨の通達を発出している。
(イ) 服務指導記録簿,心の健康チェック簿による心情把握
○○自衛隊では,各部隊に,被指導者の上官(服務指導者)が,被指導者に対して行った指導状況や相談を受けた際に承知した心情,休暇等の前後の心情等の聞き取りをした内容を各隊員について記録した服務指導記録簿を備え付けているほか,隊員の身上(心情)把握のために心の健康チェック簿を備え付け,各隊員に実施させ,必要な場合には心理的ケアを実施することとしている。
(ウ) 面接及び「入校所見」等による心情把握
d隊では,互いに面識がなく,人間関係も構築されていない若年の隊員が入校することになるため,当該隊員の心情を把握し,じ後の教育に資するために,入校直後に,区隊長ら教官が入校隊員の面接を行い,隊員に入学所見及び本教育における抱負等を記入させ,区隊長らがその内容を確認する仕組みを構築していた。
(エ) 部内外の相談窓口の周知
○○自衛隊では,上官に話しづらい場合や相談したこと自体を知られたくない場合もあることから,直属の上官以外にも相談できる制度として,「相談窓口カード」を掲示板等に常時掲示し,部内外の電話相談窓口,直接相談できる駐屯地臨床心理士,カウンセラー及び部隊相談員を紹介しており,d隊でもそのことを躾教育や朝礼時に紹介するなどして周知していた。
(3) 争点(3)(被告国の安全配慮義務違反と本件学生の死亡との間の相当因果関係の有無)について
(原告らの主張)
ア 自衛隊福岡病院のK医師は,「本件学生の精神疾患罹患に係る聴取書」(乙32)において,本件学生の持っていた劣等感や自己否定感が自殺の原因となるほどのものと結論付けることはできず,入校以前の本件学生の言動からは通常の社会的機能や行為を妨げるような程度の劣等感や自己否定感を本件学生が普段から抱いていたと考えることは困難であり,本件学生の適応障害の主なストレス因として,d隊において特に本件学生が伝令上番後に実施された教育・指導を通じて起きたいくつかの出来事が挙げられる旨を記載しており,これに基づいて本件学生の自死が「適応障害」に起因する自死とされ,公務災害の認定がされていることからすれば,被告A及び被告Bの言動により本件学生が適応障害にり患し,その影響で自死に至ったことは明らかであり,被告国の安全配慮義務違反と本件学生の死亡との間には相当因果関係が認められる。
イ 被告Aは,平成27年10月6日午後0時35分頃に教官室に来た本件学生が,同日の朝の躾教育時に被告Bから指導を受けていた者の顔と一致していたため,本件学生が伝令だと思ったと陳述しており(乙4の5頁),同時点で,入室要領を繰り返し行わせた学生が本件学生であることを認識していた。また,被告Aは,本件学生の自殺後に,同日午後8時以降に本件学生と会ったこと自体を否定する虚偽の供述をし,目撃者であるJ学生に対しても自らにとって不利な証言をしないように威迫するなど,自らの行為によって本件学生が自殺に至ってしまったことを認識した上でその事実を隠そうとしており,被告Aは,自身の行為によって本件学生が自殺に至る可能性があることを十分に認識していたというべきである。
ウ 被告Bは,同日午前7時20分に行った指導の時点で,本件学生のことを認識し,その後,同日午後6時30分から45分にかけて暴力行為を行った際も,本件学生のことが気になっていたと供述しており,同時点で,本件学生に対する指導が集中していることを認識していた。また,被告Bは,本件学生の胸倉を掴んだ際,本件学生が当該暴行に対してされるがままで,自己の身体を守ろうとしていない異常な状態にあったことを認識しており,自身の指導が本件学生の自殺の要因の1つであったと認識している旨供述していることを併せ考慮すれば,被告Bは,少なくとも上記暴行行為を行った同日午後6時45分頃の時点で,本件学生が自死する危険性を具体的に予見できた。
(被告国の主張)
ア 自衛隊福岡病院のL医師は,適応障害を発症した場合でも,直ちに自殺に至るものではないが,本件学生は,様々な要因が重なり合って,普段であれば考えにくい自殺という極端な結論に至り,実行に移してしまったものと考えられる旨の意見を述べており,本件学生の自殺は,被告A及び被告Bの各指導により本件学生が自殺を決意するという特別の事情によって生じたものである。そうすると,被告A及び被告Bの各指導と本件学生の自殺との間に相当因果関係があるといえるためには,被告A及び被告Bがその各指導により本件学生が自殺を決意することを予見可能であったことが必要であると解されるが,本件において,被告A及び被告Bがその各指導により本件学生の自殺の決意を予見することは不可能であったから,被告A及び被告Bの各指導と本件学生の自殺との間に相当因果関係は認められない。
イ 本件学生の自殺については公務災害の認定がされているが,公務災害の認定に当たっては,当該精神障害の発症が業務に内在する危険の現実化といえるか否かが問題となるのであって,その認定がされていることから直ちに自殺との相当因果関係が認められるものではない。
ウ 被告国は,被告B及び被告Aの指導について,「被害者に精神的苦痛を与え自殺に至った遠因をなした行為」として「私的制裁」に該当するとし,懲戒処分を行っているが,これによって当該指導と本件学生の自殺との間の相当因果関係を認めたものではない。
エ 被告A及び被告Bの各指導は,いずれも,本件学生が上官の部屋に入室する際の要領や,上官から指示を受ける場面での対応等を必ずしも十分に習得していなかったことから,その都度,本件学生に対しこれを是正し,教育するために行われたものであり,特定の個人をいじめたり嫌がらせをしたりする目的で狙い撃ちをして継続的にされたものではなく,本件学生が教育隊に着任した翌日から7日(うち2日間は休養日),入校式から2日の短期間に行われたもので,被告A及び被告Bは,本件学生とは初対面であり,本件学生がa教育中隊に着隊した同年9月29日から同年10月2日までの間,本件学生と接触した回数や態様は非常に限定的であったから,本件学生に対して特段の感情を抱いたり,本件学生への嫌がらせの動機を形成する機会はなかった。
オ 被告Aは,平成27年9月29日の入隊時における面接では,本件学生を含む第1区隊の学生全員と1人当たり5,6分ずつ面談しているが,本件学生について特に問題があると感じることはなく,同じ班の他の指導教官からも何らかの問題がある旨の報告は受けていなかった。また,本件学生が入校に際して提出した「入校所見」及び「本教育における抱負」の内容からも本件学生に特に心身の変調等があることは窺われず,本件学生には,入校当時,他の学生と比較しても,教育隊での学習や生活に過度の緊張感や不安感を抱いていたり,特に心身に問題を抱えていたりするような異状はなかった。
カ 被告Aの行為は,本件学生の心身に少なくないストレスを課すものであったとはいえるが,そこからわずか1日も経たないうちに本件学生が適応障害を発症し,又は心理的な視野狭窄状態に陥って自死に至ることを予見することはできなかった。また,被告Aが本件学生の「入校所見」や「本教育における抱負」といった書面の内容を確認しておらず,本件学生の心情面を認識していなかったもので,被告Aが学生全員の前で本件学生を面罵したり,殊更に本件学生の尊厳を毀損するようなことはなかった。したがって,被告Aの各指導によって本件学生が自殺に至ることについての予見可能性は認められない。
仮に,被告Aが,本件学生に対し,お前のような奴は殺してやりたいくらいだという趣旨の発言をしたことが認められるとしても,被告Aと本件学生は短期間の僅かな回数の指導に当たって関わったにすぎないから,上記発言は突発的かつ一過性の暴言と考えるのが相当であり,本件学生の自殺に結び付くような強度の厳しい言動ないし指導であったとは考え難い。
キ 被告Bが直接本件学生を指導したのは平成27年10月6日の午前7時35分頃と同日午後6時45分頃の2回にとどまる。被告Bが学生全員の前で本件学生に挙手させたことは,伝令業務として要望事項を聞きに行けていない者がいることを確認するためにされたものであり,学生全員の前で本件学生を面罵するようなものではなかったし,被告Bが本件学生の胸元付近を両手で掴んで揺すりながら指導した行為も指導の一環として極めて短時間に行われたもので,有形力の程度も人の自殺に結びつくような殴打やその他の体罰等に当たるものではなく,いじめや嫌がらせの目的で繰り返されたものではなかったこと等に照らせば,本件学生が自殺することを被告Bが認識できたということはできない。したがって,被告Bの各指導によって本件学生が自殺に至ることについての予見可能性は認められない。
ク J学生及びD学生は,平成27年10月6日午後8時30分以降に本件学生が落ち込んでいる様子であった旨供述しているが,D学生及びE学生の供述によれば,学生らが,本件学生から,被告Aにお前のような奴は殺してやりたいくらいだと言われた旨を聞いた際には,本件学生に対し,明日にでもC班長に相談した方がいいと述べるにとどまったというのであり,学生らは,本件学生について,自殺するほど心身に変調を来していたものとは認識していなかったと考えられる。そして,被告A及び被告Bは,これらの学生から本件学生の状況について報告を受けておらず,翌朝本件学生が死亡するまでの間にこれを把握する術はなかった。
(4) 争点(4)(原告らの損害額)について
(原告らの主張)
ア 損害額
(ア) 死亡慰謝料 3000万円
本件学生は,本来,未来の○○自衛隊を現場で支え,部隊を背負う役割を担うべき人物でありながら,あろうことか教育機関であるa教育中隊において,被告A及び被告Bから違法かつ不合理極まりない,執拗な嫌がらせ及びいじめ行為を受けたことにより,22歳の若さで自死に追い込まれている。したがって,死亡慰謝料としては3000万円が相当である。
(イ) 死亡逸失利益 4364万8746円
491万1500円(賃金センサス平成29年男女計学歴計)×0.5(生活費控除率)×17.7741(22歳から67歳までの稼働年数45年に応じたライプニッツ係数)=4364万8746円
(ウ) 弁護士費用 736万4875円
前記(ア),(イ)の合計額である7364万8764円の1割である736万4875円が相当である。
(エ) 合計 8101万3621円
(オ) 原告らは,本件学生の相続人であり,本件学生の被告らに対する損害賠償請求権を2分の1ずつ相続した。
イ 損益相殺について
被告国は,原告らに対し本件学生の自殺に関して支給した,遺族補償一時金725万4000円及び葬祭補償53万2620円の合計778万6620円は,損害から控除すべきと主張するが,遺族補償一時金は,遺族である原告らの生活保障の側面があり,本件学生の逸失利益と共通する性質を有していることから,その範囲では同一の事由について支給がなされたといえ,本件学生の死亡による逸失利益等から控除されるものと認められる。葬祭補償は,本件学生の死亡による逸失利益等とは性質を異にし,同一の事由について支給がなされたものとはいえないから,本件学生の死亡による損害額から控除すべきものとは認められない。
(被告国の主張)
ア 被告A及び被告Bの各指導はいじめや嫌がらせの目的でなされたものではなく,殊更に厳しい指導ではなかったというべきで,過失の程度は軽微であること,本件学生が独身であったこと,被告国が本件学生の公務災害認定に基づき,原告らに対し遺族特別援護金1860万円,遺族特別支給金300万円,及び遺族特別給付金145万0800円の合計2305万0800円を給付し,原告らの生活の安定に努めていることを考慮すれば,死亡慰謝料を3000万円とするのは過大である。
イ 損益相殺について
国家公務員災害補償法5条1項では,国が国家賠償法,民法その他の法律による損害賠償の責めに任ずる場合において,同法による補償を行ったときは,同一の事由については,国はその価額の限度において損害賠償の責めを免れる旨規定されている。
被告国は,原告らに対し,本件学生の自殺に関し,同法に基づき,遺族補償一時金725万4000円及び葬祭補償53万2620円の合計778万6620円を給付しており,同額の限度において,被告国は損害賠償責任を免れる。
ウ 過失相殺について
被告Aと被告Bの本件学生に対する各指導は,その目的,態様,継続性,強度等に照らすと,通常精神疾患を発症し,自殺を決意する程度の行為であったとはいえない。それにもかかわらず,本件学生が通常であれば考えにくい自殺という極端な結論に至り,実行に移してしまったことに照らすと,本件学生の心因的要因も自殺の結果に寄与したというべきである。よって,民法722条2項の類推適用により,相当程度の割合に応じた過失相殺がされるべきである。
(5) 争点(5)(被告国の民法715条又は国家賠償法1条に基づく責任の有無)について
(原告らの主張)
ア 被告A及び被告Bの行為は,被告国の事業の執行についてなされたものであるから,被告国は民法715条に基づく使用者責任を負い,また,被告A及び被告Bの行為は,被告国の公権力の行使として行われたものであるから,被告国は国家賠償法1条に基づく責任を負う。
イ 平成28年3月15日の時点では,原告らは,西部方面c団長から本件学生の自死に関して事実上の説明を受けたにすぎず,本件の損害及び加害者は不明であった。原告らが被告A及び被告Bが加害者であることを知り得たのは,本件学生の自死が公務災害であると認定された平成30年8月23日付けの公務災害補償通知書(甲3)を原告らが受け取った日であり,早くても,被告A及び被告Bが本件学生に対して違法な指導を行った事実が認定され,同人らが被告国から懲戒処分を受けた平成29年4月21日頃である。したがって,本件訴えを提起した令和元年7月8日の時点で,3年の消滅時効は完成していなかった。
(被告国の主張)
ア 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし,公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものであり,公権力の行使に当たる公務員がした違法行為を原因とする損害賠償請求については,専ら国家賠償法が適用され,民法の不法行為責任の規定は国家賠償法4条によるもののほかは適用されないものと解される。したがって,仮に,被告A及び被告Bによる本件学生に対する各指導が違法と評価されたとしても,当該各指導は,○○曹及び○○士としての職務の遂行に必要な知識及び技能を修得させるための教育訓練課程で行われた職務行為である以上,国家賠償法1条1項が適用され,民法709条は適用されず,公務員個人である被告B及び被告Aは民事上の損害賠償責任を負わないから,被告国が使用者として民法715条に基づく損害賠償責任を負うこともないというべきである。
イ 国家賠償法4条の準用する民法724条前段の「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味するが,訴訟における立証に耐え得る訴訟資料が存在することについての認識は要しないというべきである。このような認識を必要とすれば,消滅時効の起算点を被害者の立証資料の収集の有無に係らしめることになり,必要以上に加害者の法的地位を不安定にし,加害者の法的地位の安定を図った民法724条の趣旨に反するからである。原告らは,本件学生が自殺した平成27年10月7日以降被告国から被告本件学生の死亡の経緯の調査の状況について複数回説明を受けたほか,学生らに対するアンケート及び聞き取り調査の結果を整理した資料の交付を受けており,西部方面c団長から被告Aが指導を繰り返したことや被告Bが本件学生の胸倉を掴んだこと等の説明を受けた平成28年3月15日の時点では,原告らは「損害及び加害者を知った」ことになり,本件訴訟は同日の時点から3年以上経過した令和元年7月8日に提起されているから,仮に,原告らに国家賠償法1条又は民法715条に基づく損害賠償請求権が認められるとしても,すでに消滅時効が完成している。
(6) 争点(6)(被告A及び被告Bの民法709条に基づく責任の有無)について
(原告らの主張)
被告A及び被告Bが本件学生に対して行った上記(1)(原告らの主張)の各違法行為について,被告A及び被告Bは民法709条に基づき個人責任を負う。
(被告Aの主張)
ア 国家賠償法1条1項上,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体がその被害者に対して賠償責任を負い,公務員個人はその責任を負わないものとされている。同項の趣旨は,公務員個人に責任を認めることにより,公務員個人を委縮させ,公務の適正な執行が妨げられることを防止するというものであるから,職務行為のみならず,職務行為と密接に関連する行為や,客観的に職務執行の外形を備える行為を行った場合についても同項の適用があると解すべきである。したがって,仮に,被告Aが本件学生に対して行った教育,指導が違法であると評価される場合であっても,被告Aの行為は職務行為又は職務関連行為に該当するから,被告A個人は原告らに対して賠償責任を負わない。
イ 被告Aの各行為は,本件学生に対する躾教育その他の職務遂行上必要とされる教育,指導であり,本件学生の人格を否定するような嫌がらせ行為には当たらない。
ウ 原告らが主張する被告Aの行為と本件学生の自死との間の相当因果関係は認められない。そもそも本件学生が自死した当時適応障害に陥っていたかは不明であるし,仮に適応障害となっていたとしても,被告Aが本件学生に対する教育,指導を行った期間は平成27年9月30日から同年10月6日までの,土日を除く5日間しかなく,この間に,○期○○曹候補生課程入校者全104名,1区隊だけでも35名の学生1人1人の心身の状況や資質の違い等に配慮し,教育指導を行うことは困難であった。被告Aは当時回覧の遅れのため学生の「入校所見」を読んでおらず,本件学生が心身の変調をきたしやすいとか,実際に心身の変調をきたしているとの情報は本件学生やその周囲から得られていなかった。加えて,K医官及びL医官は,適応障害から自死に至るケースは極めてまれである旨を述べていることも考慮すれば,被告Aが,本件学生が適応障害に陥った事実を本件学生が自死する以前に把握することは不可能であったというほかない。
エ 原告らの損害額については不知ないし争う。
(被告Bの主張)
ア 国又は公共団体が国家賠償責任を負う場合には公務員個人は民法上の責任を負わないと解すべきであり,被告Bは,原告らに対して損害賠償責任を負わない。
イ 被告Bの上記各行為は,飽くまで,本件学生の態度に教育上問題があると判断し指導として行われたものであり,本件学生に対するいじめ又は嫌がらせの目的でなされたものではなかった。また,被告Bが本件学生の胸元を掴んで軽く揺すったことは,本件学生に対して特段,身体的侵襲を加えるものでなく,数秒程度の短時間であったことからすれば,その裁量を著しく逸脱したもの又はその方法が甚だしく不当なものであるとはいえず,違法性があるとはいえない。
ウ 被告Bの各指導は,通常,本件学生の適応障害を発症させ,自殺に至らしめるものとまではいえず,その他に本件学生が自殺に至る可能性があると予見し得る特段の事情も認められない。したがって,被告Bの各指導により本件学生が死亡することについて予見可能性があったものとはいえず,被告Bの行為と本件学生の死亡との間に相当因果関係は認められない。
エ 原告らの損害額については不知ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告A及び被告Bが平成27年10月5日から同月6日にかけて本件学生に対して行った各行為の内容)について
(1) 前記前提事実及び各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 平成27年10月5日の被告Aの行為
被告Aは,同月5日午後7時から午後8時40分までの間に,当直室において,第1区隊の当直見習いに対する教育を行っていたが,その間伝令業務のため当直室に来た本件学生に気付いた際に「何や目障りだ。何?」とつぶやき,「伝令業務のことで。」と答えた本件学生に「知らん。帰れ。」と述べて追い返した。(甲6の1頁,甲7の2頁,乙7,19,証人D・8頁)
イ 平成27年10月6日午前7時20分頃の被告A及び被告Bの各行為
(ア) 被告Aは,同月6日午前7時20分頃,被告Bに,伝令が要望事項を聞きに来ていないのに被告Aの半長靴が磨かれていたことを伝えた。被告Bは,自分が同月1日の躾教育で伝えた事項ができていない学生がいると考え,同月6日午前7時30分頃,躾教育のためi号隊舎前の広場に集合していた学生全員に対し,伝令を担当する者で基幹隊員に要望事項を聞きに行っていない者がいれば挙手をするように言ったところ,本件学生とI学生が挙手した。(甲6の1~2頁,乙4の5頁,乙16の1頁,乙18の3頁,丁1の3頁,証人E・10頁,証人D・12,16~18頁,証人J・10~11頁,被告A・16~17頁)
(イ) 被告Bは,本件学生とI学生をi号隊舎北側道路の自転車置き場付近に連れ出して指導し,I学生にはすぐに基幹隊員の所に行かせたが,本件学生については,被告Aが授業の準備等でいないと判断して,同日中に被告Aの所に要望事項を聞きに行くよう指示した。被告Aは,被告Bが第1区隊の隊員である本件学生を連れ出して話をしている所を見ていたが,特段の対応を取らなかった。(乙18の3頁,丁1の4~5頁,被告A・18~19頁,被告B・5~8,16~20頁)
ウ 同日午後0時30分頃及び午後6時5分頃の被告Aの行為
(ア) 被告Aは,同日午後0時30分頃,伝令業務のため教官室に来た本件学生に対し,入室要領を確認するように言って追い返し,その4~5分後に本件学生が教官室に来た際も入室要領と違うと言って追い返した。被告Aは,同日午後6時5分頃,本件学生が伝令業務のため当直室に来た際にも入室要領を確認するように言ってC班長の前で追い返した。(乙4の5~6頁,乙22,丙1の6頁,被告A・19~21頁)
(イ) 本件学生は,同日午後6時30分頃,i号隊舎2階の廊下(当直室前)で会ったD学生に入室要領を尋ね,入室要領を身振り手振りで教えてもらったが,本件学生の入室の仕方は,D学生から見て特段間違っているところはなかった。本件学生は,D学生に対し,伝令業務についての指示事項等をどうしても上手くもらえず,入室のやり方が誤っているため追い返されたが,再度被告Aの所に指示を受けに行くと言って当直室に行った。本件学生は,その頃,F学生にも入室要領の相談をした。(甲7の2頁,乙23,24,証人D・4~5,9~10,18頁)
(ウ) 本件学生は,同日午後6時35分から45分頃,i号隊舎4階406号室内で,夕食を食べたか聞いたE学生に対し,夕食を取っておらず,被告Aから入室要領等の指導をされて自分はもうどうしていいか分からないと答えた(なお,学生はおおむね5時30分から6時30分までの間に夕食を取ることとされていた。)。その後,本件学生は,もう一度被告Aの所に指導を受けに行ってくると言って406号室から出て行った。(甲7の6頁,乙21,証人E・4~5,7~8,15頁,証人D・12頁,被告B・21頁,弁論の全趣旨〔被告国第2準備書面10頁〕)
エ 同日午後6時45分頃の被告Aと被告Bの行為
被告Aは,同日午後6時45分頃,i号隊舎2階の廊下に被告Bといた際,伝令業務の要望事項を聞きに来た本件学生に対し,要望事項はなく,自分の半長靴は磨かなくて良いと言い,本件学生が分かりましたと返事をして振り返り歩き始めたときにその指示を班員にも伝えるように言った。その際,被告Bは,本件学生が被告Aに振り向いて「はい。」と返事をしたのを見て,「ちょっと待て,お前」「そんなのでいいのか」と本件学生に言って呼び止め,8mほど離れていた本件学生に近づきながら「指導されている時は,相手と正対するんじゃないのか」,「やらなくていいと言われたらやらないのか」と言い,本件学生の胸倉(胸元辺り)を両手で掴んで揺すり,「おい,聞いているのか?」,「他の学生はやっているのに,お前はやらなくていいのか?」と問い質し,本件学生から返事がされた後に両手を離して「もう,行っていい。」と言った。被告Aは,被告Bが本件学生の胸倉を掴んだときにまずいなと思ったが,被告Bの行為を止めなかった。(甲16,乙18の4頁,丙1の7~8頁,丁1の6~7頁,被告A・8~9,22~25頁,被告B・9~11,21~23頁)
オ 同日午後7時30分頃の被告Aの行為
被告Aは,同日午後7時30分頃,全学生をi号隊舎の屋外に集め,入室要領ができていない学生がいるとして本件学生に手を挙げさせて説教をし,午後8時10分までに学生間で話し合い,躾教育に関する認識を共有するよう指示した。(甲6の1~2頁,乙4,25,証人E・8頁,証人D・10頁,被告A・10,25頁)
カ 同日午後8時10分頃の被告Aの行為
被告Aは,午後8時10分頃に再度集合した学生らに対し,居眠りをしていた学生がいたため,本日は消灯を早めると言い,本来は午後11時である学生らの消灯時刻を30分早め,午後10時30分に消灯することとした(なお,被告国及び被告Aは,消灯時間を早めたのは昼間寝ていた学生がいたことから学生らの睡眠時間を確保するためであった旨主張するが,学生らの側ではそのような受け止めはせず,制裁的な指導であると受け止めていたものと考えられる。)。(甲7の1,6頁,被告A・27~28頁)
キ 同日午後8時30分以降の被告Aの行為
被告Aは,同日午後8時30分から午後9時30分の清掃作業の間に伝令業務の要望事項を聞くため当直室に来た本件学生を指導中,お前のような奴は殺してやりたいというような発言をした。(甲7の2,6頁,乙21,23,26,証人E・5~6,12~14頁,証人D・6,11,14頁,証人J・4~6,8~10,12~15頁)
(2) 事実認定の補足説明
ア 被告国及び被告Aは,被告Aが平成27年10月5日に本件学生に対し上記(1)アの発言をしていない旨主張し,被告Aはそれに沿う陳述(乙4の4頁)・供述(被告A・7,15~16頁)をする。
しかし,被告Aの陳述・供述は本件学生が来た記憶がないという抽象的なものにとどまる一方,同日午後8時20分頃から当直室で当直見習いに対する教育を行ったことは認めている(乙4の4頁)ところ,その場にいたH学生は,その間当直室に来た本件学生に被告Aが上記(1)アの発言をしたことを聞いた旨を同年10月11日にd隊の行った聞き取りで陳述(甲7の7頁)し,同月29日付け西部方面c団長宛て答申書(乙7)でも同様の陳述をしている。また,本件学生と同室で比較的よく話す間柄であったD学生は,同月5日から同月6日にかけて被告Aから入室要領を間違ってネチネチ指導を受けて悩んでいることを本件学生から聞いていたことを上記聞き取りで陳述(甲7の2頁)し,同様の供述(証人D・4,8頁)をしている。さらに,本件学生と同室であったE学生は,同日の消灯直前に今から被告Aの所へ伝令業務の指示受けに行っても駄目だよねと本件学生から相談を受けたことを上記聞き取りで陳述(甲7の6頁)し,同月29日付け西部方面c団長宛て答申書(乙21)でも同様の陳述をし,同様の供述(証人E・4頁)をしており,上記3名の学生の陳述・供述が具体的かつ相互に補強し合うものとなっていることに加え,本件学生が同月2日に被告Aへの伝令業務を行えていなかったこと(なお,同月3日及び4日は休日であり,被告Aは出勤していなかったことから伝令業務を行うことは不可能であった。)とも符合することに照らすと,本件学生が同月5日午後7時から午後8時40分までの間に伝令業務のために被告Aの所に行っていなかったとは考え難く,その際被告Aとの間で上記(1)アのやり取りがあったと考えるのが自然である。よって,被告国及び被告Aの上記主張を採用することはできない。
イ 被告国及び被告Aは,被告Aが同月6日午後7時30分頃に全学生を呼び出した際に上記(1)オの本件学生に手を挙げさせる行為をしていない旨主張し,被告Aはそれに沿う陳述(乙4の6頁)・供述(被告A・10頁)をする。
しかし,G学生は,被告Aが上記発言をした際に本件学生が下を向いてがっくりした様子で手を挙げていたことを同年10月11日にd隊の行った聞き取りで陳述(甲7の1頁)し,同月29日付け西部方面c団長宛て答申書(乙25)でも同様の陳述をしている一方,被告Aも同時刻頃に学生らに対し躾事項で失敗をした者は自ら積極的に手を挙げて他の学生に情報提供するよう述べたことは認めていること(乙4の6頁)からすれば,被告Aにおいて,伝令業務を何度もやり直させていた本件学生を念頭に学生らの前で手を挙げさせた可能性は高いと考えられる。よって,被告国及び被告Aの上記主張を採用することはできない。
ウ 被告国及び被告Aは,被告Aが同月6日午後8時30分から同日午後9時30分頃までの間に本件学生に対して上記(1)キの「殺してやりたい」というような発言をしていない主張し,被告Aもそれに沿う陳述(乙4の7頁,丙1)・供述(被告A・11,27,31頁)をする。
しかし,J学生は,同日午後8時30分頃,被告Aに清掃の点検,確認をしてもらうために当直室に行った際,当直室のドアが開放されており,外の廊下から半長靴を持った本件学生が当直室内で被告Aから指導を受けているのが見えたため,廊下で10分から15分程度待機し,被告Aの本件学生に対する指導が終わっていないか,時折当直室内の様子を見に行っていたところ,その間,被告Aが本件学生に対して怒鳴ったりしている様子はなかったこと,本件学生が当直室から出て行った後当直室に入った際,被告Aから伝令業務はどうなっているんだと問われたこと,当直室との行き帰りに会った本件学生から伝令業務について質問されたが,伝令業務をやったことがないので他に伝令業務を担当している学生に聞くように答えたと陳述(甲7の3頁,乙26)・供述(証人J・4~10,12~15頁)しており,その内容は具体的かつ詳細であるし,被告Aが怒鳴っていなかったことなど被告Aにとって有利な事情も述べており,不自然な点は見られないことに加え,E学生及びD学生も,その頃本件学生が被告Aの所に行っていたと認識していたと供述していること(証人E・5頁,証人D・6頁)に照らすと,上記時間帯に本件学生が被告Aの所に行っていなかったとは考え難い。
そして,本件学生と同室で二段ベッドを共有し最も近しい関係にあったD学生,本件学生と同室であったE学生及びG学生が,同日午後10時の点呼から午後10時30分の消灯時までに,i号隊舎4階406号室内において,元気のない様子であった本件学生から,まだ伝令業務が終わっておらず,被告Aから殺してやりたい,生きていても意味がないというようなことを聞いた(その際,本件学生から「A曹長,俺もう無理」という発言もされた)ことから,翌日C班長に相談したほうが良いといい,そのまま就寝した旨の陳述・供述をしていること(甲7の1,4,6頁,乙21,23,25,証人E・5~6,9~10,13~14頁,証人D・6~7,11,14頁)に加え,本件学生が消灯から自殺前の夜間に作成した遺書には,「お前のような奴を見てると殺したくなると言われた」と記載されていること(甲1),同日中に本件学生の指導を主として行っていた者は被告Aであること(なお,被告Bは突発的・単発的に本件学生の胸倉を掴んだだけであり,被告Bが本件学生に殺してやりたいなどという発言を敢えてする理由を見い出せない。)を併せ考慮すると,本件学生は他の学生が清掃中であった同日午後8時30分から午後9時30分までの間にも伝令業務のために当直室を何回か訪れて被告Aから指導を受け,その中で被告Aが本件学生に対し伝令業務が十分できていないことに関連付けて殺意を示す発言をしたことが推認される。よって,被告国及び被告Aの上記主張を採用することはできない。
エ 被告国及び被告Bは,平成27年10月6日午後6時45分頃の被告Bの本件学生に対する上記(1)エの指導が激しい態様ではなかった旨主張し,被告Bもそれに沿う陳述(乙18,丁1)・供述(被告B・11頁)をする。
しかし,仮に被告Bの主観的認識がそうであったとしても,廊下で会っただけで何ら言葉も交わしていない上官から突然詰め寄られ両手で胸倉を掴まれた本件学生にとっては,理不尽かつ激しい態様の指導であるというべきであり,被告国及び被告Bの上記主張を採用することはできない。
2 争点(2)(被告国の安全配慮義務違反の有無)について
(1) 被告国の安全配慮義務について
ア 被告国は,公務員に対し,国が公務遂行のために設置すべき場所,施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被告国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。上記義務は,被告国が公務遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得る危険の防止について信義則上負担するものであると解される。
イ 被告国は,その所轄する○○自衛隊に,○○曹及び○○士としての職務の遂行に必要な知識及び技能を習得させるための教育訓練を行うことを任務とする教育部隊である○○曹教育隊を,その中に○○曹候補生課程の教育を担任するa教育中隊を設置し,○○曹候補生課程に入校した学生に対し教育訓練を実施し,隊舎等の施設を提供して施設内の生活を営ませている(前記第2の2(1)オ,(2)ア,イ,(4)ア)。
したがって,被告国は,○○曹候補生課程に入校した学生に対し,学生が教育訓練を受け,隊舎等の施設内において生活を送るに当たり,a教育中隊の組織,体制,設備を適切に整備するなどして,学生の生命,健康に対する危険の発生を防止する義務(安全配慮義務)を負っているものと認められる。
ウ 被告Aは,本件学生が所属していたa教育中隊第1区隊の区隊長であり,学生全体の躾教育を担当する役割を担う同期生会指導部の指導幹部であったこと(前記第2の2(1)ウ)から,直属の部下であった本件学生の生命,健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことは明らかである。また,被告Bはa教育中隊第3区隊の2班長であるが,学生全体の躾教育を担う同期生指導部の指導○○曹であったこと(同エ)から,本件学生の生命,健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことが認められる。
(2) 被告Aの行為について
ア a教育中隊に着隊した学生らは,平成27年10月1日の時点で,伝令を担当する者は上官から要望事項を聞いて伝令業務を行うように指示を受けていたものであり(前記第2の2(2)エ,(4)オ),そのことを教官である被告Aは当然知っていたと考えられるにもかかわらず,被告Aが同月5日,伝令業務のために来た本件学生に「伝令業務のことで…」と声をかけられた際,本件学生に対し「伝令?知らん。帰れ。」などと威圧的な言動をして本件学生を追い返したこと(前記1(1)ア)は,本件学生を混乱させる不適切な言動であったというべきであるが,上記言動自体は単発的な言動にとどまり,直ちに安全配慮義務に該当するものであるとまではいえない。
なお,本件学生は,被告Bから指示された期限である同月2日を過ぎた同月5日に被告Aの所に行っているが,本件学生は同月2日に午前7時30分から午後6時10分までa教育中隊の授業等に参加していた一方,被告Aは同日午後7時頃に退勤しており,同月3日及び4日は休日であったこと(前記第2の2(4)キ)からすれば,本件学生が同月5日になって被告Aに要望事項を聞きに行ったことには何ら落ち度がないというべきである。
イ 被告Aが平成27年10月6日午後0時30分頃(2回)及び同日午後6時5分頃,伝令業務のために教官室を訪れた本件学生を入室要領に沿っていないというだけで具体的にどこがどのように間違っているのかを指導することなく3回にわたり追い返したこと(前記1(1)ウ(ア))は,被告Aの意に沿って伝令業務を行おうとしていた本件学生に,入室の仕方についての些細な誤りも咎めて何度もやり直しを命じられたことにより,指示された伝令業務を遂行することを困難にさせ,夕食が食べられないほど思い悩ませる状況を作り出したものであり,本件学生の心理を混乱させる不適切な行動であったというべきであるが,誤った行動を取った学生に全てを教えてしまうと学生の努力の機会をなくすことになるから,できるまでやり直させることを教育の信条としていたという被告Aが本件学生に入室要領等を確認して入室をやり直すよう命じたことが,直ちに安全配慮義務違反に該当するとまではいえない。
なお,躾教育又は被告Aから入室要領の指導を受けた時に本件学生が記載したノート(甲13)及びメモ帳(甲14の1ないし14の9)の内容は,a教育中隊の学生心得(前記第2の2(2)ウ)や内部の取扱いに沿ったものであることが窺われること(甲15参照),同日午後6時30分頃に本件学生がDに対し教官室への入室の仕方を相談した際も,Dから見て特段間違っている所はなかったこと(前記1(1)ウ(イ))に照らすと,本件学生の入室の仕方に大きな誤りがあったとは考え難い。
ウ 被告Aが同日午後6時45分頃,被告Bが本件学生に胸倉を掴む暴行を加えた際,8mほど離れていた場所からその状況を見ていたにもかかわらず(仮に被告Aが被告Bの背中越しの位置にいて,被告Bが本件学生の胸元辺りを両手で掴んでいるのをはっきりと見ることができていなかったとしても,被告B及び本件学生の挙動から,被告Bが本件学生に暴行を加えていることは容易に認識し得たと考えられる。),被告Bの暴行を制止せず,そのことを咎めもしなかったこと(前記1(1)エ)は,被告Bが被告Aの指揮する第1区隊とは別の第3区隊の班長であったことを踏まえても(もっとも,被告Bは同期生会指導幹部である被告Aの部下でもあった。),被告Bを適切に指導監督すべき立場にある者として部下への暴力を許さないことは当然であり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
エ 被告Aが平成27年10月6日午後7時30分頃,伝令業務ができていない者として本件学生に全学生の前で手を挙げさせ,全学生に午後8時10分まで躾教育で教育された事項を話し合うよう指示したこと(前記1(1)オ)及び話し合いの後再度集合した学生に対し消灯の時間を早めると伝えたこと(同カ)は,本件学生に自らの失態のために全学生が連帯責任を負わされたという屈辱感を与える不適切なものであったし,被告Aは同日午後6時45分頃に本件学生に半長靴は磨かなくて良いと言っていた(前記1(1)エ)ことからすれば,本件学生は伝令業務を行わなくて良い状況にあったといえるにもかかわらず,全学生の前で挙手させることにより本件学生に自己否定感や羞恥心を抱かせ,更に他の学生の消灯時間を早めることにより本件学生を心理的に追い詰めたものであり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
オ 被告Aが同日午後8時30分から午後9時30分の間に,当直室に伝令業務の要望事項を聞きに来た本件学生に対し,お前のような奴は殺してやりたいくらいというような発言をしたこと(前記1(1)キ)は,それまでの過程に照らしても,教官の学生に対する指導として何ら必要性がなく,社会通念上許されない暴言を述べたものにほかならず,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
(3) 被告Bの行為について
ア 被告Bが平成27年10月6日午前7時30分頃,その直前に上官である被告Aから伝令業務を行っていない者がいると聞いたことから,学生全員に対し,伝令を担当する者で要望事項を聞きに行っていない者に挙手を促し,挙手した本件学生及びI学生に口頭で指導したこと(前記1(1)イ)は,伝令を担当する者は学生間で決めることになっており(前記第2の2(4)オ),被告Bが被告Aの伝令が誰であるかは把握していなかったと考えられることからすればその当否は措いて直截的な方法であるといえ,それにより本件学生が一定程度の心理的な圧迫感や羞恥心を感じたと考えられることを踏まえても,学生に対する指導として,その目的及び方法において不適切であるとまではいえず,安全配慮義務違反に該当するとは認められない。
イ 被告Bが平成27年10月6日午後6時45分頃,本件学生の胸倉を両手で掴んで揺すった行為(前記1(1)エ)は,自己の感情を抑えきれずに爆発させて行った明らかな有形力の行使(単なる暴力行為)であり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
また,その前後に,被告Bが,その上官である被告Aが本件学生に自分の半長靴は自分で磨くので伝令業務はしなくて良い旨の指示をしているにもかかわらず,本件学生に伝令業務を行うように強要した言動(前記1(1)エ)も,上記暴力行為と併せて十分な説明もなく自己の見解を押し付ける不合理な指導であり,被告Aに何度も伝令業務のやり直しを命じられていた本件学生を更に混乱させ,心理的に追い詰められる原因の一つとなったものであり,安全配慮義務違反に該当するというべきである。
(4) 小括
前記(2)ウないしオの被告Aの行為及び前記(3)イの被告Bの行為は,教官の学生に対する指導として不適切であるばかりか,努力して伝令業務を遂行しようと一生懸命に行動していた本件学生をいたずらに混乱させて自己否定感や罪悪感を抱かせ,校内の宿舎生活という閉鎖的な環境の中で心理的に追い詰められた状況をもたらすものであり(被告らは,被告A及び被告Bにいじめや嫌がらせの意図はなかったと主張するが,仮に被告A及び被告Bの認識がそうであったとしても,部下という弱い立場かつ入校当初で緊張感や不安感を抱いていた本件学生を追い込む行為であったことには変わりないと考えられる。),それらを理由に被告A及び被告Bが○○自衛隊から懲戒処分を受けていること(前記第2の2(6))に鑑みると,緊迫した戦場や被災地に赴くこともある自衛隊の業務の性質上,上官の隊員の指導において一定の上命下服や厳格さが求められることを踏まえても,教官の裁量を逸脱・濫用し,被告国の所轄するa教育中隊の教官(被告国の履行補助者)としての安全配慮義務に違反したものというべきである。
(5) なお,被告国は,自衛隊法施行規則57条6号,隊員の分限,服務等に関する訓令10条1号,○○自衛隊服務細則8条等の各種規則や,メンタルヘルス施策を推進する旨の通達を整備していたことや,服務指導記録等と心の健康チェック簿,入校時の面接及び「入校所見」等により隊員の心情を把握し,部内外の相談窓口を周知していたことにより安全配慮義務を免れる旨主張する。
しかし,前記(4)の被告A及び被告Bの各行為は,「防衛省におけるパワー・ハラスメントの防止等に関する指針について」(甲10)に違反し,上記各種規則にも違反するものであると解されるし,a教育中隊に本件学生のh派遣隊における心の健康チェックや服務指導記録簿は引き継がれておらず(前記第2の2(3)エ),被告A及び被告Bは本件学生の「入校所見」及び「本教育における抱負」を閲覧していなかった(同(4)コ)のであるから,本件学生の心身の状態をa教育中隊は十分に把握していなかったというべきである。また,部内外の相談窓口も,本件学生及びその他の学生に周知されていなかった(前記1(2)ウのとおり,本件学生から相談を受けた同室のD学生らもC班長に相談することを勧めていた。)のであるから,上記の制度や相談窓口を被告国が形式的に整備していたことにより被告国の安全配慮義務違反の存在が覆されたり,被告国の責任が軽減されるものではない。
3 争点(3)(被告国の安全配慮義務違反と本件学生の死亡との間の相当因果関係の有無)について
(1) 本件学生が自殺に至る機序について
ア 本件学生は,平成27年9月29日にa教育中隊に入校した後まもない同年10月2日までに被告Aの伝令業務を担当することとなり(前記第2の2(4)オ,カ),それまでと異なる新しい環境や業務に対する不安や,初対面の上官に対する緊張等のストレスを感じていたと考えられるし,本件学生は,同月5日の夜に被告Aの所に伝令業務に行ったときには威圧的な言動により追い返され(前記1(1)ア),同月6日の昼休みからも被告Aから十分な指示がされないまま繰り返し追い返され(同イ),他の学生に相談して修正した後もよく理由が分からないまま追い返されるという不適切な指導を受け,夕食も取ることができない状況にあった(同ウ)もので,同日夕方の時点で本件学生は既に伝令業務の遂行について思い悩んで自信を喪失し,その不安感緊張感は大きくなっていたことが推認される。
イ そのような中で,本件学生は,同日午後6時45分頃以降に被告A及び被告Bが行った安全配慮義務に違反する行為(前記1(1)エないしキ)を受けたものであり,本件学生の遺書にa教育中隊に入隊後「胸ぐらをつかまれ,お前のような奴を見てると殺したくなると言われた時,自分は終わってるんだなと思いました。」「103名の前で毎日毎日吊るし上げにされると思うとやり切れないです」と記載されていること(前記第2の2(5)ア)に照らすと,特に,被告Bから胸倉を両手で掴んで揺すられる暴行を受けたことや,被告Aから学生全員の前で恥をかかされたこと,個別の指導中にお前のような奴は殺してやりたいくらいという暴言を吐かれたことが,本件学生に肉体的な痛みにとどまず,かなり強度の心理的圧迫及び精神的苦痛を与え,精神的な疲弊をもたらしたことが推認される。
ウ また,本件学生についてはh派遣隊で約3年の間特段問題なく過ごして○○曹の昇進試験にも合格し,平成27年7月に履修前教育も順調に終え(前記第2の2(3)ア~ウ),直前の心身の健康状態に異常は見られていなかったこと(同エ),被告A及びC班長が行った面接においても,特に精神的不調等の異常は見られなかったこと(同(4)イ),本件学生の「入校所見」及び「本教育における抱負」には,本件学生に初めてa教育中隊で教育をうけることへの不安感や緊張感等が記載されているにとどまること(同ウ),同年10月2日の体力測定において,本件学生は比較的良好な結果を出し,合格判定を受けたこと(同ク)からすれば,被告A及び被告Bから指導を受けるまで,本件学生の体調や精神の状態に特段の異常はなかったことが窺われる。
エ そして,自衛隊福岡病院のK医官が,本件学生が自殺した当時,本件学生がa教育中隊に入校後,伝令上番後に実施された教育及び指導を通じて起きた出来事に伴って本件学生に適応障害の症状が生じていたと考えられる旨の意見を述べ(乙32),同病院(精神科医官)のL医官が,本件学生が着隊後数日のうちに,伝令業務に関して深刻に悩むようになり,急速に精神的不調をきたし,適応障害となったことにより自殺したものと考えられる旨の意見を述べ(乙33),それらの意見を踏まえて本件学生の自殺が「適応障害」に起因するものである旨の公務災害認定がされていること(前記第2の2(7))に鑑みると,本件学生は,a教育中隊に着隊後の被告A及び被告Bの違法な指導を一つの要因として適応障害を発症し,自殺に至ったものというべきであり,被告国の安全配慮義務違反と本件学生の死亡との事実的因果関係は認められるというべきである。
(2) 相当因果関係の有無について
ア もっとも,本件学生が被告A及び被告Bから個別的・直接的な指導を受けていたのは,平成27年10月5日及び6日の2日間のみであり,そのうち被告A及び被告Bから安全配慮義務に違反する指導を受けたのは同月6日午後6時45分頃から午後9時30分頃までの短時間にとどまり(特に,被告Bの安全配慮義務に違反する指導は同日午後6時45分頃の1回である。),本件学生は,その後急速に精神的不調をきたし,同月7日未明には自殺を決意するに至っているところ,そのような短期間に本件学生と従前全く交流がなく,本件学生の「入校所見」や「本教育における抱負」を閲覧しておらず特段本件学生に注意をしていなかった被告A及び被告B(前記第2の2(4)コ)において,自らの指導により本件学生が自殺を企図するまで追いつめられることを予期して殊更に狙い撃ち的な指導を行っていたとは考え難い。
イ また,本件学生の遺書の「自分は本当にダメな人間です。」「随分前から自分は人より遅れているなという劣等感ばかり抱いていました」という記載(前記第2の2(5)ア)からは,本件学生がa教育中隊入隊前から相当程度の劣等感や自己否定感を有していたことが推認されるのであって,それらが適応障害の発症に一定の役割を果たした旨の自衛隊福岡病院のK医官の意見(乙32)も併せ考慮すると,本件学生が自殺に至った背景には,被告A及び被告Bの各指導以外の事情も存在したことが窺われる。そして,被告A及び被告Bの安全配慮義務に違反する指導が1日の(しかも短時間)のうちに行われたものであって継続的なものでなく,その強度も繰り返し暴行や脅迫を受けたようなものとは異なることからすれば,本件学生が上記安全配慮義務に違反する指導の翌朝までの間,急速に精神的不調を来して適応障害を発症し,自殺に至ることまでを被告A及び被告B(その他a教育中隊の基幹隊員を含む被告国の職員)が予見することは困難であったといわざるを得ない。
ウ したがって,被告国の安全配慮義務違反(被告国の履行補助者である被告A及び被告Bの安全配慮義務違反)と本件学生の死亡との間に相当因果関係があるということはできない。
4 争点(4)(原告らの損害額)について
(1) 本件学生の慰謝料額
前記2の被告国の所轄するa教育中隊の教官(被告国の履行補助者)である被告A及び被告Bの安全配慮義務違反により,本件学生は,与えられた伝令業務を上官から繰り返し指導を受けても十分に果たせないほど自らの能力が不足しているという劣等感・自己否定感や,連帯責任で夜間に集合させられたり消灯時間を早めさせられた他の学生らにも大きな迷惑をかけているという心理状態に追い込まれたものであり,それらの精神的苦痛・心理的影響が本件学生の自殺の遠因となったと考えられること(もっとも,前記3のとおり,被告A及び被告Bの安全配慮義務違反と本件学生の死亡との間に相当因果関係があるとは認められない。),その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,被告Aの安全配慮義務違反に対する慰謝料は150万円,被告Bの安全配慮義務違反に対する慰謝料は50万円とすることが相当である。
そして,上記合計の慰謝料200万円に対する本件学生の父母である原告ら(前記第2の2(1)イ)の相続分はいずれも2分の1であるから,原告らはそれぞれ100万円の損害賠償請求権を本件学生から相続したことになる。
(2) 損益相殺について
ア 被告国は,被告国が原告らに対し支払った遺族補償一時金725万4000円及び葬祭補償53万2620円(前記第2の2(7))の合計額778万6620円の限度において,被告国は損害賠償責任を免れると主張する。
イ そこで検討するに,国家公務員災害補償法5条1項は,国が国家賠償法等の法律による損害賠償の責めに任ずる場合において国家公務員災害補償法による補償を行ったとき,同一の事由については,国は,その価額の限度においてその損害賠償の責めを免れる旨規定しているが,国家公務員災害補償法上の遺族補償一時金は,国家公務員が公務上死亡し,又は通勤により死亡した場合に,当該国家公務員の配偶者その他その収入によって生計を維持していた遺族に支給されるものであり(同法15条,17条の4,17条の5),遺族に対して,国家公務員の死亡のためその収入によって受けることのできた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活保障を与えることを目的とするものであると解されるから,損害填補の性質を有さない。また,同法上の葬祭補償は,職員が公務上死亡し,又は通勤により死亡した場合に,葬祭を行なう者に対して支給されるものであり(同法18条),遺族に対して,死亡した国家公務員の葬儀費用等を補助する目的とするものであると解されるから,損害填補の性質を有さない。
そうすると,国家公務員災害補償法上の遺族補償一時金及び葬祭補償は,被告国の安全配慮義務違反によって発生した本件学生の精神的苦痛に対する慰謝料(死亡慰謝料ではない。)と実質的に同一ないし同質性が認められず,本件において,原告らが受給した遺族補償一時金及び葬祭補償は,いずれも損益相殺の対象にはならないというべきである。よって,被告国の上記主張を採用することはできない。
(3) 過失相殺について
被告国は,本件学生の心理的要因も自殺に寄与したというべきであり,民法722条の類推適用による過失相殺がされるべきである旨主張するが,上記(1)のとおり,当裁判所の認定する本件学生の慰謝料は,死亡慰謝料ではないから,被告国の上記主張はその前提を欠くことになり,採用できない。
(4) 弁護士費用
本件で認められる諸事情を考慮すると,被告国の安全配慮義務違反と相当因果関係のある弁護士費用として,原告らそれぞれにつき各10万円を認めるのが相当である。
(5) 合計 原告らにつき各110万円(上記(1),(4)の合計)
5 争点(5)(被告国の民法715条又は国家賠償法1条に基づく責任の有無)について
(1) 前記1ないし4までの検討によれば,被告国は,原告らに対し,被告A及び被告Bの違法行為に関して国家賠償法1条に基づく損害賠償責任を負うものと認められる。
(2) なお,原告らは,被告国は民法715条に基づく責任も負う旨主張するが,公権力の行使に当たる公務員が職務行為として行った行為を原因とする損害賠償請求については民法709条,715条は適用されず,国家賠償法1条が適用されると解されるので,原告の上記主張を採用することはできない。
(3) 消滅時効の成否
ア もっとも,国家賠償法上の損害賠償請求権は,債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間が10年であるのと異なり,被害者が「損害及び加害者を知った時」から3年間行使しないときは時効によって消滅する(同法4条,平成29年法律第44号による改正前の民法724条前段)。
被害者が「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味するものと解するのが相当であり,被害者に現実の認識が欠けていても,その立場,知識,能力などから,わずかな努力によって損害や加害者を容易に認識し得るような状況にある場合には,その段階で,損害及び加害者を知ったものと解するべきである(最高裁平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。
イ そこで検討するに,平成27年10月8日,○○自衛隊西部方面c団長の指示により,本件学生の自死に関する調査委員会が立ち上げられ,a教育中隊の基幹隊員及び学生らに対する3回のアンケート等の調査が実施されたこと(甲5~7,乙8),a教育中隊は,その後数回にわたり調査の進捗状況を原告らに報告しており,原告父は,平成28年3月15日までには,被告Bが本件学生の胸倉を掴んだ事実及び被告Aが本件学生を繰り返し指導していた事実を把握していたこと(甲18),a教育中隊が作成し,同日までに原告父に交付した「学生に対する聞き取り結果のまとめ」と題する平成27年10月11日付け書面(甲7)には,本件学生に対する被告A及び被告Bの言動に係るH学生,J学生,D学生及びE学生ら周囲の学生の証言が記載されており,「ご家族に対する説明」と題する同月9日付け書面(甲16)には,被告A及びBの本件学生に対する同月6日午後6時45分頃の言動に係る調査結果が記載されていることに照らすと,原告らは,平成28年3月15日の時点では,被告国に対して国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求をすることが可能な程度に損害及び加害者を知ったものと認められる。
ウ よって,原告らが本件訴えを提起した令和元年7月8日(前記第2の2(8))は,平成28年3月15日から3年が経過しており,被告国が令和元年12月4日に消滅時効を援用する旨の意思表示を行ったこと(同(9))により,原告らの被告国に対する国家賠償法1条に基づく損害賠償請求権は時効により消滅したというべきである。
6 争点(6)(被告A及び被告Bの民法709条に基づく責任の有無)について
(1) 公権力の行使に当たる国の公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって,公務員個人はその責任を負わないものと解される(最高裁昭和47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁)。
(2) そこで検討するに,前記1(1)で認定した被告Aが平成27年10月5日から同月6日にかけて本件学生に対して行った行為及び被告Bが同月6日に本件学生に対して行った行為は,いずれもa教育中隊の教官として本件学生に対して指導する意図で行われたものであり,指導の一環として行われた外形を有しているから,公権力の行使に当たる公務員である被告A及び被告Bがその職務を行うについてしたものであるといえ,国家賠償法1条の適用があることから,被告A及び被告Bの各行為が違法であったことを前提としても,被告A及び被告B各個人は民法709条に基づく損害賠償責任を負わないというべきである(なお,上記のとおり,被告A及び被告Bの行為がa教育中隊における教官の職務と無関係な場面や態様でされたものではなく,学生に対する指導の外形を備えていることからすると,例外的に公務員個人に損害賠償責任を負わせるべき特段の事情も見い出し難いといわざるを得ない。)。
第4 結論
以上によれば,原告らの被告国に対する請求は,安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権(債務不履行責任であり,消滅時効にかかっていない。)に基づき,原告父について110万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和元年8月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,原告母について110万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却する(原告らの被告国に対する民法715条に基づく損害賠償請求権は,公権力の行使に当たる公務員が職務行為として行った行為を原因とする損害賠償請求については同条が適用されないことから認められず,原告らの被告国に対する国家賠償法1条に基づく損害賠償請求権は,同請求権が3年の時効により消滅したことから認められない。)。また,原告らの被告A及び被告Bに対する請求は,同人らの行為が公務員の職務行為に該当し民法709条に基づく個人責任を負わないことからいずれも理由がないので棄却する。
よって,主文のとおり判決する。なお,仮執行免脱宣言は相当でないから,これを付さないこととする。