被相続人による借金の肩代わりの特別受益性

家事|遺産分割|民法903条|第三者弁済|みなし相続財産

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

先日、父が亡くなり、四十九日も過ぎたため、私と弟の2人で遺産分割協議を行うことになりました。弟は、子どもの進学のために、教育ローンを組んでいたのですが、その返済に窮するようになり、父がこれを一括して繰り上げ返済しました。その金額は500万円程にもなります。

私は、このような支援を父から受けたことはなく、特別受益というものに当たると思うのですが、弟は、この点を考慮せずに遺産分割を行いたいと全く譲りません。実際のところ、父による繰り上げ返済は、特別受益に当たるものとして、遺産分割に際して考慮すべきなのでしょうか。

父は、生前、「孫のためにあげたようなもんだから。」と話して、弟に対し、繰り上げ返済分の支払いを一切要求していませんでした。

回答:

結論としては、繰り上げ返済の資金提供を受けた弟さんは、特別受益者となり、繰り上げ返済の資金500万円を相続財産とみなして、遺産の分割を計算することになります(民法903条)。

相続の原則は、被相続人が死亡した時に相続が開始し、相続人が相続財産についての権利義務を当然に承継します。従って、相続は発生時の被相続人の財産が相続財産となり、相続人が数名いる共同相続の場合は、相続発生時の財産について共同相続人で承継することになります。従って遺産分割の対象も、相続発生時、被相続人の死亡時点での財産に限られます。このように考えると、生前に多くの財産を譲られた相続人がいる場合不公平が生じます。そこでこのような不公平を解消するため、生前の贈与分について相続財産に持ち戻して計算する制度が特別受益の相続分の規定です(民法903条)。

このように特別受益とは、共同相続人の中に被相続人から遺贈又は一定の目的での贈与を受けた者がいる場合に、公平の見地から、これを、具体的相続分を算定する際に考慮するものです。遺贈等の目的が特別受益に当たる場合は、相続財産に、当該遺贈等の目的を加え(持戻し)、その合計額を相続財産とみなして(みなし相続財産)、これに法定相続分(相続分の指定・譲渡等があれば、それにより変更されたもの。)を乗じて、各共同相続人の具体的相続分を算出し、その際、当該遺贈等を受けた共同相続人については、当該遺贈等の目的の価額を控除することになります。

弟さんが組んでいた教育ローンの肩代わりをしたということですが、法律構成として考えられるのは、被相続人による借金の肩代わり(第三者弁済)、あるいは被相続人が弟さんに返済資金を贈与して弟さんが返済した、二つの場合が考えられます。一般的には、後者の場合多いでしょうし、その場合は贈与として、生計の資本としての贈与として、特別受益の対象となるかどうか検討することになります。第三者弁済の場合(被相続人が、債権者に第三者として弁済した場合で、現実的には少ないでしょう)は、被相続人が第三者弁済によって取得した求償権を放棄していたかどうかが重要なポイントになります。すなわち、被相続人が求償権を放棄していたのであれば、借金を肩代わりしてもらった(第三者弁済をしてもらった)共同相続人は、誰に対しても、借金額に相当する金銭を支払う必要がなく、その分の債務消滅の利益を確定的に得たといえるため、被相続人による借金の肩代わり(第三者弁済)は、特別受益の対象となり得ます。

お伺いしたご事情によれば、お父様は、生前、「孫のためにあげたようなもんだから。」と話して、弟さんに対し、繰り上げ返済分の支払いを一切要求していなかったということですので、借金の肩代わり(第三者弁済)によって取得した求償権を放棄していたものと考えられます。したがって、その金額の大きさからしても、お父様による借金の肩代わり(第三者弁済)は、相続財産の前渡しと評価すべきものとして、特別受益の対象となる可能性が高く、これを前提とすれば、遺産分割に際し、お父様による借金の肩代わり(第三者弁済)分の500万円を持ち戻すなどして考慮すべきといえます。仮に求償権を放棄していないと認められる場合は、弟さんに対する債権が相続財産となりますから、遺産分割の対象となります。具体的な分割の結論としては変わりないことになります。

特別受益に関する関連事例集参照。

解説:

1 はじめに

遺産分割とは、被相続人の遺産を共同相続人に分配する手続きをいいますが、これを行うに当たっては、まず始めに、各共同相続人の権利義務の分量を確定させる必要があります。

通常は、法定相続分(民法によって定められた相続割合)がその計算の出発点となりますが、遺言による法定相続分の変更があった場合には、その相続分(指定相続分)を出発点にすることになります。

ただ、いずれの相続分も、1という数字に対する抽象的な割合でしかなく、各共同相続人が実際に取得する「具体的相続分」は、次項で述べる特別受益や寄与分を考慮して決せられることになります。

2 特別受益について

⑴ 概要

特別受益とは、共同相続人の中に被相続人から遺贈又は一定の目的での贈与を受けた者がいる場合に、公平の見地から、これを、具体的相続分を算定する際に考慮するものです。

遺贈等の目的が特別受益に当たる場合は、相続財産に、当該遺贈等の目的を加え(持戻し)、その合計額を相続財産とみなして(みなし相続財産)、これに法定相続分(相続分の指定・譲渡等があれば、それにより変更されたもの。)を乗じて、各共同相続人の具体的相続分を算出し、その際、当該遺贈等を受けた共同相続人については、当該遺贈等の目的の価額を控除することになります。

ただし、持ち戻し免除の意思表示(黙示の場合もあり。)がある場合は、この限りではないとされています(民法903条3項)。

⑵ 特別受益者

特別受益者は、基本的には、相続人に限られますが、相続人の親族に対する生前贈与等であっても、実質的には、当該相続人に対するものと認められるのであれば、当該相続人に対する特別受益に当たることになります。

⑶ 特別受益性

特別受益の対象となるのは、遺贈、婚姻若しくは養子縁組のための贈与、生計の資本としての贈与であり(民法903条1項)、さらに、相続させる遺言も対象となります。

生前贈与が特別受益に当たるか否かは、それが相続財産の前渡しと評価することができるか否かによりますが、それは、贈与額、趣旨、時期等の諸般の事情から判断されることになります。

「生計の資本としての贈与」を受けたという文言は、一般的にあまり使われませんが、通常の生活費とは不要の義務を超えた援助はすべて該当するとされています。例えば、住宅購入資金や海外留学の費用等、扶養の範囲を超える、多額の金銭援助については、特別受益に該当する可能性があります。

3 被相続人による借金の肩代わりの特別受益性

⑴ 債務の第三者弁済(民法474条)

そもそも、借金の肩代わりは、法的には、債務の第三者弁済(民法474条)と評価されるものです。

なお、弟さんが金融機関から教育ローンを組んでいたということですから、一般的には被相続人であるお父様が返済資金を弟さんに渡して弟さんが自分名義で金融機関に連絡して返済することが多いでしょう。その場合は、弟さんが自分の名前で返済していますから、第三者の弁済ではなく弟さんに弁済資金を贈与したことになります。

第三者弁済は、これを行うことができるのが原則です。ただ、第三者が弁済をするについて正当な利益を有していない場合は、債務者や債権者の意思に反して、第三者弁済を行うことはできません。また、債務の性質が第三者弁済を許さない場合や、当事者が第三者弁済を禁止し、若しくは、制限する旨の意思表示をした場合も、第三者弁済を行うことはできません。

そして、第三者弁済がなされると、債務が消滅するほか、第三者は、債務者に対し、求償権を取得して、本来、債務者が負担すべきだった分の返還を求めることができるようになります。

⑵ 求償権放棄

その上で、被相続人による借金の肩代わり(第三者弁済)が、生計の資本としての贈与に当たり、特別受益の対象となるかどうかは、被相続人が第三者弁済によって取得した求償権を放棄していたかどうかが重要なポイントになります。

つまり、被相続人が求償権を放棄していたのであれば、借金を肩代わりしてもらった(第三者弁済をしてもらった)共同相続人は、誰に対しても、借金額に相当する金銭を支払う必要がなく、その分の債務消滅の利益を確定的に得たといえるため、被相続人による借金の肩代わり(第三者弁済)は、特別受益の対象となり得ます。

これに対し、被相続人が求償権を放棄していなかったのであれば、借金を肩代わりしてもらった(第三者弁済をしてもらった)共同相続人は、被相続人や他の共同相続人から借金額に相当する金銭の支払請求を受けることが想定されるなど、その分の債務消滅の利益を確定的に得たとはいえないため、被相続人による借金の肩代わり(第三者弁済)は、特別受益の対象となり得ません。一次的に債務を立て替え払いして貰っただけで、求償権の請求を受ける立場であり、支払い義務が消えたわけでは無いからです。

なお、上記2の⑶記載のとおり、結局のところ、相続財産の前渡しと評価することができるか否かによるのであって、被相続人が求償権を放棄していたからといって、必ず被相続人による借金の肩代わり(第三者弁済)が特別受益の対象となるというわけではなく、この点には留意する必要があります。

4 本件における検討

お父様は、生前、「孫のためにあげたようなもんだから。」と話して、弟さんに対し、繰り上げ返済分の支払いを一切要求していなかったということですので、借金の肩代わり(第三者弁済)によって取得した求償権を放棄していたもの、あるいは返済資金の贈与があったと考えられます。

したがって、その金額の大きさ、返済したローンの趣旨からしても、お父様による借金の肩代わり(第三者弁済)は、相続財産の前渡しと評価すべきものとして、特別受益の対象となる可能性が高いといえるでしょう。

これを前提とすれば、他のお父様の遺産に、借金の肩代わり(第三者弁済)分の500万円を加え(持ち戻し)、その合計額を相続財産とみなして(みなし相続財産)、これに法定相続分である2分の1(民法900条4号)を乗じて、各共同相続人の具体的相続分を算出することになります。

以上のとおり、特別受益性の議論には、少なからず複雑な側面があるため、もし弟さんとのお話し合いがこのまま平行線をたどるようであれば、お近くの法律事務所で弁護士にご相談されることをお勧めします。

以上

関連事例集

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※参照条文

【民法】

第474条(第三者弁済)

1 債務の弁済は、第三者もすることができる。

2 弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときは、この限りでない。

3 前項に規定する第三者は、債権者の意思に反して弁済をすることができない。ただし、その第三者が債務者の委託を受けて弁済をする場合において、そのことを債権者が知っていたときは、この限りでない。

4 前三項の規定は、その債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、又は当事者が第三者の弁済を禁止し、若しくは制限する旨の意思表示をしたときは、適用しない。

第900条(法定相続分)

同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。

① 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各二分の一とする。

② 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二とし、直系尊属の相続分は、三分の一とする。

③ 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三とし、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。

④ 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。

第903条(特別受益者の相続分)

1 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。

3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。

4 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。