社内不倫を理由とした懲戒解雇の可否

労働|労働審判|地位保全仮処分|地位確認訴訟|東京高裁昭和41年7月30日判決|旭川地裁平成元年12月27日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文・判例

質問:

私は、某食品メーカーに勤め、営業部に配属されていた者です。私には、妻がいるのですが、夫婦関係はあまり上手くいっていませんでした。そのような折、担当していた営業先から契約を打ち切られてしまい、何をやっても上手くいかないと打ちひしがれていました。そんな私を見た直属の上司の女性が、私を元気付けようとして、2人で飲みに行こうと誘ってくれました。その上司の女性も結婚しているのですが、酒席では、お互いに仕事や結婚生活の愚痴を言い合って、意気投合しました。そうこうしている内に、酔いが回った影響もあって、私たちは会社近くのラブホテルで一夜を共にしました。翌日以降は、何事もなかったように過ごしていたのですが、どうやら私たちがラブホテルに入って行くところを見ていた人がいたらしく、暫くして、私たちが不倫関係にあるという噂が会社内で広まってしまいました。そのため、私たちは、人事部に呼び出され、事情聴取を受けた上、自宅待機を命じられました。その後、私たちには、社内の風紀を乱したとして、懲戒解雇処分が科されました。

勿論、私が上司の女性と不貞行為に及んだことは、決して褒められた行為ではなく、会社にも多少の迷惑をかけたかもしれませんが、会社の業務とは一切関係がなく、あくまで私的な出来事です。それにもかかわらず、懲戒解雇処分を科すというのは、正直、過剰であると感じています。この懲戒解雇処分の違法性を訴え、職場復帰することはできないのでしょうか。

なお、就業規則には、懲戒解雇処分に関する定めが設けられていましたが、社内の不貞行為について具体的に規定されたものではありませんでした。

回答:

会社、使用者が、懲戒権の発動として、従業員に対して懲戒解雇処分を科すには、正当な手続きにより設けられた就業規則に懲戒事由、懲戒の内容が定められていることが前提ですが、就業規則に定められた懲戒事由があったとしてもこれを自由に行えるわけではなく、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を充たすことが必要となります(同法16条)。

特に、社内不倫を理由とした懲戒解雇については、裁判例に照らして考えれば、従業員の不貞行為が、あくまで私生活上の行為であって、通常、会社の秩序や運営には影響を及ぼさないものであるため、これを超えて、会社に損害を与えたり、企業運営に具体的な影響を与えたりした場合でない限り、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を欠くとして、懲戒解雇処分は無効であると判断されることになるでしょう。

本件では、お伺いしたご事情限りですと、相談者様の不貞行為が会社に損害を与えたり、企業運営に具体的な影響を与えたりした、といったご事情は存在しないようですので、懲戒解雇処分の違法性を訴え、職場復帰する途も十分にあり得るところです。

法的な手続きとしては、主に、労働審判や地位確認訴訟の2つが挙げられますが、基本的には、迅速性が重視されている労働審判を選択することになるでしょう。

懲戒解雇に関する関連事例集参照。

解説:

1 労働契約の概要

⑴ 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立します(労働契約法6条)。

すなわち、労働者と使用者との間で、①労働者が使用者の指揮命令下で労務を提供すること、②使用者が労働者に対し、労務の提供の対価として賃金を支払うことを合意することにより、労働契約は成立するのです。

⑵ 労働契約の基本原則は、同法3条に定められており、①労使対等の原則、②均衡考慮の原則、③仕事と生活の調和への配慮の原則、④信義誠実の原則、⑤権利濫用の禁止の原則が存在します。

第1に、①労使対等の原則とは、当事者である労働者と使用者との対等な立場での合意に基づき、労働契約を締結・変更しなければならない、という原則をいいます。これは、労働者が一般的に弱者の立場にあることから、労働条件を決定するに際し、対等な立場での合意に基づかなければならないとすることで、労働者を保護することを目的としたものです。

第2に、②均衡考慮の原則とは、当事者である労働者と使用者が労働契約を締結し、又は、これを変更する場合には、就業の実態に応じて、均衡を考慮しなければならない、という原則をいいます。ここでいう「均衡を考慮」とは、正社員、契約社員、パートタイマー等の就業形態の違い自体によって処遇を差別してはならない、ということを意味します。

第3に、③仕事と生活の調和への配慮の原則は、近年、過労死が多く報告されていること等から、ワーク・ライフ・バランスを実現して、多様な働き方を尊重しようとする原則です。

第4に、④信義誠実の原則は、労働契約が遵守されることが個別労働関係紛争を防止することに繋がることから、契約の一般原則であり、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行われなければならない」旨を規定した民法1条2項が、労働契約にも当然に適用されることを確認した原則です。

第5に、⑤権利濫用の禁止の原則は、個別労働関係紛争の中には、権利濫用に該当する事案も存在することから、契約の一般原則であり、「権利の濫用は、これを許さない」旨を規定した民法1条3項が、労働契約にも当然に適用されることを確認した原則です。

⑶ 労働契約と混同されやすい契約類型としては、例えば、業務委託契約が挙げられます。業務委託契約は、受託者が特定の仕事の完成の委託を受け、委託者がその仕事の完成の対価として報酬を支払うことを内容とした契約であり、受託者が委託者の指揮命令に服する、といった関係はありません。この点に労働契約との根本的な違いが認められます。

なお、最高裁平成8年11月28日判決でも、労働者に該当するか否かにつき、使用者の指揮命令下で働いていたと認められるか否かが判断基準とされています。

2 懲戒解雇処分の概要

⑴ まず、懲戒解雇処分とは、企業秩序の違反に対し、一種の秩序罰として、使用者が有する懲戒権の発動として行われる解雇処分のことをいいます。

労使対等を前提とする労働法関係において、例外的に使用者に労働者に対する懲戒権、秩序罰を加える権限が認められるのは、職場の秩序維持の必要性が根拠とされています。従って、懲戒権が認められるとしても、その根拠となる就業規則は職場秩序維持という点から法的に有効なものでなくてなりませんし、その発動は必要最小限のものに限定されなければなりません。いくら正当に成立した就業規則に懲戒事由が定められているとしても懲戒事由に該当するか、その処分は妥当といえるかという点について、職場の秩序維持という点からその必要性合理性が問題になります。この点、最高裁平成15年10月10日判決では、「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和四九年(オ)第一一八八号同五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁参照)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」旨が判旨されています。そのため、懲戒解雇処分の有効性を吟味するに当たっては、まずは、就業規則に懲戒解雇処分に関する定めが設けられているかどうかを確認する必要があります。

⑵ そして、労働契約法では、懲戒につき、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」旨を定められた上で(同法15条)、特に、解雇につき、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」旨を定められています(同法16条)。

すなわち、懲戒解雇処分が有効と認められるためには、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を充たすことが必要となります。①客観的に合理的な理由の存在については、労働者の義務違反や規律違反行為の内容及び程度等に鑑み、解雇を正当化することができるだけの理由があるかどうかが判断されることになります。また、②社会通念上の相当性の存在については、労働者の義務違反や規律違反行為の内容及び程度等に照らし、懲戒解雇処分が均衡の取れたものかどうかが判断されることになります。

3 社内不倫を理由とした懲戒解雇の可否

⑴ 社内不倫を理由とした解雇を有効とした裁判例としては、東京高裁昭和41年7月30日判決が挙げられます。

当該判決は、地方鉄道業、自動車運送業、電力供給業、索道事業、自動車道事業、旅館、遊園地その他の観光事業等を営む会社にバスの運転手として勤めていたXが、妻子のある立場であるにもかかわらず、当時未成年であり、バスガイドとして勤めていた同僚Yと複数回情交関係を結び、妊娠・中絶させるに至った、という事案に関するものですが、卒業生を当該会社に就職させている地元学校の関係職員に当該会社従業員の風紀に対する不信感を与え、当該会社の求人に支障を及ぼすべき情勢が生じていると事実認定した上で、Xの不貞行為により、現に、Yの退職、他の女子従業員の不安動揺、求人についての悪影響を招来したほか、当該会社の企業者としての社会的な地位や名誉、信用等を傷つけるとともに、多かれ少なかれ、その業務の正常な運営を阻害し、もって、当該会社に損害を与えたものと認められるとして、解雇は有効であると判断しています。

なお、当該会社では、労働協約において、就業規則上の懲戒事由と同様の内容を通常解雇事由として規定しており、当該会社は、当該労働協約に基づき、Xに対し、通常解雇処分を科していますが、当該判決は、社内不倫を理由として懲戒解雇相当であると実質的に判断したものと評されています。この事案では、多数の男性運転手と女性バスガイドが所属し、定期的に女性バスガイドを募集しつつ、円滑に運転手とバスガイドの組み合わせを指定して安全運行を維持しなければならない、また顧客に対するイメージも営業成績に影響し得るという会社側の業務事情も考慮されたと言えるでしょう。

⑵ 他方、社内不倫を理由とした懲戒解雇を無効とした裁判例としては、旭川地裁平成元年12月27日判決が挙げられます。

当該判決は、水道の本管・排水管の敷設、水洗工事等を主な業とする会社に勤めていたXが、妻子のある同僚Yと親しく交際するようになり、やがて男女間係を含む恋愛関係を結ぶに至った、という事案に関するものですが、X及びYの地位、職務内容、交際の態様、会社の規模、業態等に照らしても、XとYとの交際が債務者の職場の風紀・秩序を乱し、その企業運営に具体的な影響を与えたと一応認めるに足りる疎明はないとして、懲戒解雇処分は無効であると判断しています。

⑶ 上記の東京高裁昭和41年7月30日判決と旭川地裁平成元年12月27日判決とを比較すると、両者の決定的な違いは、会社に損害を与えたものと認められるか否か、企業運営に具体的な影響を与えたか否かにあるといえます。

すなわち、会社従業員の不貞行為は、あくまで私生活上の行為であって、通常、会社の秩序や運営には影響を及ぼさないものであるため、これを超えて、会社に損害を与えたり、企業運営に具体的な影響を与えたりした場合でない限り、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を欠くとして、懲戒解雇処分は無効であると判断されることになります。

4 具体的な法的手続き

懲戒解雇処分の効力を争う法的な手続きとしては、主に、労働審判や地位確認訴訟の2つが挙げられます。

労働審判は、個々の労働者と事業主との間の労働関係のトラブルを、その実情に即し、迅速、適正かつ実効的に解決するための裁判所における手続です。

労働審判では、迅速性が重視されており、原則として3回以内の期日で審理を終えることになっています。審理に要する期間としては、80日程度であり、訴訟が通常1年以上を要する手続きであることと比較すると、その迅速性が分かるかと思います。また、訴訟とは異なり、非公開で行われます。

具体的な審理の流れとしては、管轄する地方裁判所に申立書を提出して労働審判の申立てを行うと、特別の事由がある場合を除き、申立てがなされた日から40日以内の日に第1回の期日が指定され、当事者双方が裁判所に呼び出されます。この際、相手方に対しては、期日呼出状のほか、申立書の写し等も送付されます。相手方は、労働審判官が定めた期限までに、答弁書等を提出しなければなりません。期日では、労働審判官(裁判官)1名と労働審判員2名で構成される労働審判委員会、及び、申立人と相手方の双方(並びにその代理人)により、審理が進められることとなり、事実関係や法律論に関する双方の言い分の聴取や争点の整理のほか、必要に応じて、直接、申立人本人や相手方の関係者等からの事情聴取が行われます。話合いによる解決の見込みがあれば、調停(当事者間の合意)での解決が試みられますが、話合いが纏まらない場合は、労働審判委員会が、審理の結果、認められた当事者間の権利関係と手続の経過を踏まえ、事案の実情に即した判断(労働審判)を示します。事案の実情に即した判断ということで、法的には解雇の無効を申し立てると、解雇が無効とすれば、今後も従業員としての地位が認められるということになりますが、今後の就業が難しい場合は、解雇扱いにして解決金として将来の賃金相当の支払いを命じる、という審判も可能です。

労働審判は、裁判上の和解、ひいては、判決と同一の効力を有するため、これが確定すれば、その内容によっては、強制執行を申し立てることもできるようになります。ただし、労働審判に対して不服があるときは、当事者は、審判書の送達を受けた日又は労働審判期日において労働審判の口頭告知を受けた日から2週間以内に裁判所に異議の申立てをすることができ、この異議の申立てがなされた場合は、労働審判は効力を失い、訴訟手続に移行することになります。

手続選択という観点から言えば、基本的には、迅速性が重視されている労働審判を選択し、相手方である企業側が徹底抗戦の構えを見せており、労働審判についても異議の申立てを行ってくると予想される場合には、地位保全仮処分や地位確認訴訟を選択するということになるでしょう。

以上

関連事例集

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※参照条文・判例

【労働契約法】

第3条(労働契約の原則)

1 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

第6条(労働契約の成立)

労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

第15条(懲戒)

使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

第16条(解雇)

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

《参考判例》

(最高裁平成15年10月10日判決)

上告人の上告受理申立て理由について

1 本件は、△△株式会社(以下「△△」という。)の従業員であった上告人が、懲戒解雇されたため、当時の△△の代表者であった被上告人乙川次郎外三名に対し、違法な懲戒解雇の決定に関与したとして、民法七〇九条、商法二六六条の三に基づき、損害賠償を請求する事案である。

2 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(1) △△は、化学プラント・産業機械プラントの設計、施工を目的とする株式会社であり、大阪市西区に本社を置くほか、平成四年四月、門真市に設計請負部門である「エンジニアリングセンター」(以下「センター」という。)を開設した。センターにはセンター長の下に設計者が勤務しており、同六年当時のセンター長は被上告人丙田であった。上告人は、同五年二月、△△に雇用され、センターにおいて設計業務に従事していた。

(2) 同六年六月一五日当時、△△の取締役は、被上告人乙川次郎、同乙川花子及び同丙田であり、被上告人乙川次郎は代表取締役であった。

(3) △△は、昭和六一年八月一日、労働者代表の同意を得た上で、同日から実施する就業規則(以下「旧就業規則」という。)を作成し、同年一〇月三〇日、大阪西労働基準監督署長に届け出た。旧就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めていた。

(4) △△は、平成六年四月一日から旧就業規則を変更した就業規則(以下「新就業規則」という。)を実施することとし、同年六月二日、労働者代表の同意を得た上で、同月八日、大阪西労働基準監督署長に届け出た。新就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めている。

(5) △△は、同月一五日、新就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用して、上告人を懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)した。その理由は、上告人が、同五年九月から同六年五月三〇日までの間、得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的態度をとり、上司に対して暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりしたなどというものであった。

(6) 上告人は、本件懲戒解雇以前に、被上告人丙田に対し、センターに勤務する労働者に適用される就業規則について質問したが、この際には、旧就業規則はセンターに備え付けられていなかった。

3 以上の事実関係の下において、原審は、次のとおり判断して、本件懲戒解雇を有効とし、上告人の請求をすべて棄却すべきものとした。

(1) △△が新就業規則について労働者代表の同意を得たのは平成六年六月二日であり、それまでに新就業規則が△△の労働者らに周知されていたと認めるべき証拠はないから、上告人の同日以前の行為については、旧就業規則における懲戒解雇事由が存するか否かについて検討すべきである。

(2) 前記2(3)の事実が認められる以上、上告人がセンターに勤務中、旧就業規則がセンターに備え付けられていなかったとしても、そのゆえをもって、旧就業規則がセンター勤務の労働者に効力を有しないと解することはできない。

(3) 上告人には、旧就業規則所定の懲戒解雇事由がある。△△は、新就業規則に定める懲戒解雇事由を理由として上告人を懲戒解雇したが、新就業規則所定の懲戒解雇事由は、旧就業規則の懲戒解雇事由を取り込んだ上、更に詳細にしたものということができるから、本件懲戒解雇は有効である。

4 しかしながら、原審の判断のうち、上記(2)は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和四九年(オ)第一一八八号同五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁参照)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。

原審は、△△が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを大阪西労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

5 そこで、原判決を破棄し、上記の点等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(東京高裁昭和41年7月30日判決)

一、控訴会社が肩書住所地に本社をおき、地方鉄道業、自動車運送業等を営む株式会社であり、被控訴人が昭和三三年三月七日控訴会社に期間の定めなく雇傭され、翌三四年四月一日以降その自動車部営業課須坂営業区に所属し乗合自動車の運転士として勤務して来たところ、昭和四〇年六月二七日控訴会社より被控訴人に対し同年五月三一日付退職辞令が送達されたことは当事者間に争がない。

二、そこで右退職辞令送達に至るまでの経緯について検討するに、いずれも成立に争のない乙第二、第五、第六、第九、第一二、第一三、第一四、第一七、第一八号証、甲第五号証の一ないし三、同第一七、第一九号証、原審証人宮崎博道の証言により真正に成立したものと認められる乙第一、第三、第四、第八、第一〇号証(ただし乙第四号証中の「懲戒について」のうちの処分欄記載部分を除く爾余の部分については成立に争がない。)、当審証人高橋栄治の証言により真正に成立したものと認められる乙第七、第一五号証、当審証人勝山政海の証言により真正に成立したものと認められる乙第一一号証の一、二、弁論の全趣旨により真正の成立を認めうる乙第一六号証、当審証人高橋栄治、同笠井恒雄(一部)、同勝山政海、同田中健治の各証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、原判決理由、二、(1)ないし(4)(原判決六枚目表三行目から八枚目表一〇行目までの部分)(注、例集一六巻五号七五二ページ一行目から七五三ページ一二行目)において原審の認定したところと同一の事実(ただし右二、(3)については左記(イ)(ロ)のとおり補充訂正する。)を一応認めうるので、右同一認定部分につき原判決の説示を引用する。

(イ) 会社(控訴会社)の人事関係担当者らは、昭和四〇年三月三日須坂営業区の現場責任者より勝山英子の妊娠中絶の報を受け早速事情を調査せしめたところ、同月五日被控訴人は須坂営業区長に対し同女と関係のあつた事実を認めて謝罪の意を表明し、また右営業区長その他の現場責任者等においてその頃同女の父勝山政海、被控訴人の妻駒津都、その他同僚等について原判決認定(2)の事実の存することを確かめえたため、会社側は右事実関係について確信を抱き、被控訴人の右所為は就業規則第九七条第四号および第一四号に該当する故これを懲戒解雇に処すべきものと考え、同年五月一三日労働協約第二〇条人事委員会規程により人事委員会を招集し、被控訴人の懲戒解雇の件について諮問した。会社側委員七名、労働組合側役員三名を含む委員七名合計一四名より構成されている右委員会は、全員出席のうえ協議した結果、本件非行が女子従業員の就業に及ぼす悪影響を考慮し職場の風紀を維持する必要上被控訴人を解雇するのはやむをえないが、本人およびその家族の将来を斟酌し懲戒解雇処分を避けて通常解雇処分とする、ただしこれにさきだつて被控訴人に対し依願退職の方法をとるよう勧告し、この勧告に応じないとき解雇すべき旨決議した。

そこで会社はこの決議の趣旨に則り、被控訴人に対し同年五月末日までに依願退職の方法をとるよう勧告し、これに応じないときは協約第二八条第五号により同日をもつて被控訴人を通常解雇に処すべき旨決定し、同年五月一四日須坂営業区長を通じてこの旨を被控訴人に伝えるとともに直ちに退職願を提出するよう勧告し、五月一杯賃金を支払うが六月からは出勤するに及ばない、即ち退職願を提出しなければ五月末日限りで解雇する旨を申し渡した。

(ロ) 原判決六枚目表一〇行目から一一行目にかけて(注、同上七五二ページ三行目)「高等学校卒業直後の」とあるのを「中学校または高等学校卒業直後の」と、同じく六枚目裏二行目から三行目にかけて(注、同上ページ五行目)「地元高等学校の」とあるのを「地元の中学校および高等学校の」とそれぞれ訂正する。

以上の認定に反する疎明はすべて採用しない。

右認定事実によれば、控訴会社は労働協約の規定にしたがい、被控訴人の解雇について人事委員会に諮問したうえ協約第二八条第五号により通常解雇に付する旨決定し、被控訴人に対し昭和四〇年五月三一日限り解雇する旨の意思表示をしたことが明らかである。

控訴人は、(1)被控訴人を就業規則第九五条第六号所定の諭旨退職に付したのであり、それは就業規則第九七条第四号、協約第二八条第一号により有効である、(2)仮に諭旨退職に付したのではないとしても、被控訴人を本来懲戒解雇に付すべきところを通常解雇に処したのであつて、右は協約第二八条第一号により有効である旨主張する。

しかし、控訴会社は当初被控訴人を懲戒解雇に付すべきものと考えたものの、人事委員会の意見を尊重して通常解雇処分をとることに変更しこれを実行したこと叙上のとおりであつて、懲戒の一種たる諭旨退職の処分をとらなかつたことが明らかであるから、(1)の主張は失当である。

就業規則は労働協約の労働条件その他労働者の待遇に関する規範的部分に反してはならず(なお協約第九条に、この協約は就業規則その他従業員に関する諸規程に優先する、と規定されてある。)、協約第二八条には解雇事由が具体的に定められているのであるから、就業規則第一九条の解雇事由の規定にかゝわりなく、控訴会社は協約第二八条各号の一に該当する事由がある場合に限つて、従業員を解雇することができる。他面就業規則にはその第一〇章に懲戒に関する諸規定が設けられ、その第三節冒頭の第九七条に同条各号の一に該当する事由があるときは懲戒処分たる降職、諭旨退職または懲戒解雇に処する旨規定されているとともに、協約中には懲戒について第一七条(会社は従業員の……解雇……懲戒……について組合と協議して決める。)、第三六条(会社が従業員を賞罰するについては、組合と協議して定める表彰・懲戒規程に基づいて行う。)、第一〇二条(次の各号の一に該当する者に対しては、その当日の勤務を禁じ、懲戒処分を行う。一、……二、……三、……四、……)の各規定が存するのみで、しかも第三六条の懲戒規程は未だに制定されていず(当審証人笠井恒雄証言)、解雇規定たる第二八条の第一号に「懲戒により解雇処分をされたとき。」と規定されているのみであるから、これと同条の他の各号とを対比するとき、同条第一号において控訴会社が就業規則第九七条の規定にしたがい懲戒による解雇処分をなしうることが確認されているとともに、同条第二号ないし第八号において通常解雇の事由が定められているものと解される。すなわち、控訴会社は協約第二八条第一号、就業規則第九七条により懲戒による解雇処分をなしうるとともに、協約第二八条第二号ないし第八号により通常解雇をなしうるものと解する。そして協約第二八条第四号、第五号および第六号には就業規則第九七条第三号、第四号および第一号の各規定と同一ないし類似の内容が規定されているが、後者は解雇以外の降職または諭旨退職等の懲戒事由たる場合をも含んでおり、かつ、懲戒解雇事由に該当する場合においても事情を勘案して懲戒解雇に処することなく、同一の事由を通常解雇事由と定めた協約の当該条項にもとづいて通常解雇に付することは、もとより妨げないところと解すべきであり、この点は控訴人主張のとおりであるが、既に控訴会社が通常解雇の処置を択んだ以上、その経緯の如何を問わず、これをもつて協約第二八条第一号の「懲戒により解雇処分をされたとき」とある条項によつたものといいえないことは明らかである。

三、前記二の冒頭掲記の各証拠(ただし以下認定に直接関係ないものを除く)によれば、控訴会社の営むバス事業は、バス運行の安全、正確、利便および利用者たる乗客のこれによせる信頼、好感等の程度如何によつて著しくその業績に影響を受けるものであるが、このバスを運転し乗客に接する部門は乗務する運転士および車掌に委ねられており、両者は同一バス内において二人だけで長時間勤務を共にし、しかも長距離区間の定期路線バスないし観光バスに乗務する場合にはその勤務の途中で宿泊を共にせざるをえない特殊な職場環境に置かれていること、これがため右業績は、運転士および車掌等直接担当者の勤務状況によつて左右される程度が他の業種に比し極めて大であり、しかもその勤務は当該運転士および車掌の自律にまつほかはない面が多いところ、一般に年長で勤続年数も比較的長い運転士が中、高等学校卒業直後の数年間勤務するにとどまるのを通例とする若年の女子車掌に対し強い影響力をもつているので、運転士の勤務内容殊にその女子車掌に対する関係については業務運営上格別の配慮をなす必要の存すること、また右のような職場環境の特殊性から男女間の風紀問題が発生し易い機縁が多く、運転士および女子車掌間に不純な関係が生じたときは、それがそのまゝ職場内に持ちこまれて乗務態度にまであらわれ規律を弛緩せしめる虞れがあるため、控訴会社はそのバス事業を正常に運営する必要上運転士および女子車掌間の風紀を維持するよう厳に従業員を戒め、自動車運転士服務必携(乙第九号証)に、職場規律の一項目として「職場内の異性との交際については、特に慎まなければならない」旨摘示して運転士の注意を喚起する等の措置を講じていること、控訴会社の全従業員は約二、〇〇〇名(内、自動車運転士約六二〇名、女子車掌約四二〇名)に達し、そのうち被控訴人および勝山英子の配属された須坂営業区は、定期路線乗合バス約五〇台、全職員一五〇名余、運転士約七〇名、女子車掌約六〇名等をもつて構成されているのであるが、右車掌は平均年令約二〇才で勤続年数が比較的短かく毎春地元の中学校および高等学校卒業者のなかから採用されており、そのうちには現従業員の子女が相当数含まれている関係上、職場規律就中運転士および女子車掌間の風紀が厳正に保持されるべきことに関しては、本人はもとより父兄、教師、現従業員の深く留意するところであつて、殊に若年層についての求人難の傾向が年毎に深まつて来ている最近の情勢から、所要人員の確保のためにも風紀保持の必要性がいよいよ痛感されるようになつたこと、そこで控訴会社は近年風紀問題について一層厳格な態度をもつて臨み宿泊先で同乗の女子車掌に対して不都合の行為した運転士を責めてこれを退職せしめた事例も生じていること、しかるところ女子車掌勝山英子(昭和二一年八月三一日生、中学校卒業直後車掌として採用され、昭和三九年一〇月頃以降控訴会社自動車部須坂営業区に所属した。)の入院手術によつて被控訴人の前記非行が露わになり控訴会社女子従業員等に不安の念を抱かせただけでなく、卒業生を控訴会社に就職させている地元学校の関係職員に控訴会社従業員の風紀に対する不信感を与え、控訴会社の求人に支障を及ぼすべき情勢をも生じたことがいずれも疎明される。被控訴人提出の資料によつては、これに反する疎明ありとなすに足りない。

以上認定の状況の下に考察するに、被控訴人の所為はまさに協約第二八条第五号中に「著しく風紀・秩序を乱して会社の体面を汚し、損害を与えたとき」と規定されてある解雇事由に該当するものといわざるをえない。何故ならば、右第五号の全文は、文理上、控訴会社の従業員が、職場の内外を問わず、破廉恥罪にあたる行為または著しく風紀・秩序を紊す行為をなし、これによつて控訴会社の体面すなわち乗合自動車運送業等を営む企業者としての社会的地位、信用、名誉等を汚し、かつ控訴会社に損害を与えた場合を指称するものと解されるところ、右のような状況の下に、妻子を有し分別ある年輩の運転士たる被控訴人が無責任にも同じ職場に勤務する未成年の女子車掌と長期間にわたり不倫な関係を結んだ挙句同女を妊娠させ、その中絶手術を受けて退職するの止むなきに至らしめた行為は、それ自体すでに控訴会社従業員間の風紀を紊し職場の秩序を破ること著しきものであり、これによつて現に当該女子車掌の退職、女子従業員の不安動揺、求人についての悪影響等を招来したほか、バス事業を経営する控訴会社の企業者としての社会的地位、名誉、信用等を傷つけるとともに多かれ少かれその業務の正常な運営を阻害し、もつて控訴会社に損害を与えたものと認められるからである。元来運転士および女子車掌間の風紀維持はバス事業運営のため経営者として最も留意すべき重要事項であるから、控訴会社が運転士たる被控訴人によつて引き起された本件の如き態様程度の風紀紊乱に対し、事業体の名誉信用を維持し、その正常なる業務の運営を計るうえに到底これを放置しえないものとして協約所定の該当条項を適用し被控訴人を企業の埓外に排除したのは、その立場上まことにやむをえない措置であつたといわざるをえない。これを解雇権の濫用であるとする被控訴人の主張は全く理由がない。

被控訴人は控訴会社の女子従業員の労働条件ないし保護対策の劣悪なことおよび勝山英子の平素の行状にも本件風紀事故発生の一因がある旨主張するけれども、十分な疎明がなく、また仮令そのようなことがあつたとしても、それは被控訴人の職場における立場、事案の態様および惹起した結果等よりみて、被控訴人の負うべき責任を軽減する事由となりえないことは明かである。

四、したがつて被控訴人と控訴会社との間の雇傭関係は解雇によつてすでに消滅し、被控訴人主張の被保全権利についてはその疎明のないことに帰し、保証を立てさせて右疎明を補わせることも相当でないから、被控訴人の本件仮処分申請はこれを却下すべきである。以上と所見を異にする原判決は不当につき到底取消を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(旭川地裁平成元年12月27日判決)

一 債務者が管工事の施工等を業とする有限会社であり、一般住宅を事務所としていること、債権者が昭和六一年一一月経理事務担当として債務者に採用された者であること、債務者が毎月一五日従業員に賃金を支給し、債権者の昭和六三年五月当時の賃金の基本給が一一万円、住宅手当が一万円、通勤手当が五〇〇〇円であったこと、債権者が右の採用後間もなく乙川と急速に親しくなり、同人との関係が債務者の従業員らばかりでなく、債務者の取引関係者の間においても取り沙汰されるようになったこと、債務者が昭和六三年四月九日債権者に対し、同年五月三一日付をもって同人を解雇する旨の意思表示(以下、「本件解雇」という。)をしたこと、債権者が長男と暮らしていること、以上の各事実は当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、債務者の就業規則に債務者主張のとおり懲戒に関する定めの存在することが一応認められる。

二 そこで、本件解雇の効力について判断する。

1 本件解雇に至る経緯

〈証拠〉によれば次の事実が一応認められる。

(一) 債務者は、水道の本管・排水管の敷設、水洗工事等を主な業とし、いわゆる正社員及び季節雇用者が各約一〇名程の規模の有限会社である。債権者は、昭和五一年に大学を卒業して会社勤めをし、昭和五二年五月に結婚して一子を儲けたものの、昭和六一年八月一八日子の親権者を債権者と定めて夫と協議離婚し、その後募集広告に応じて同年一一月一日債務者に雇用されたものであるが、昭和六二年五月ころから債務者の従業員であり妻子のある乙川と親しく交際するようになり、やがて男女間係を含む恋愛関係を結ぶに至った。

(二) 債権者と乙川との交際は、乙川が昭和六二年八月ころ債権者の住むアパートに泊まるなどした際にアパートの前に停めた乙川の車を会社の従業員に見られたり、そのころ債権者と乙川とが会社の事務室内で弁当のおかずを交換して食べたり、親しそうに話したりしていたため間もなく会社の従業員らに知られるところになり、従業員、取引関係者らの噂の種にされるようになった。

(三) 債務者の代表者は、従業員や取引関係者から債権者と乙川との関係を聞き、同年一〇月ころ、乙川に対し、妻と子のためにも債権者との交際を断つよう忠告したが、その後も同人らの交際は続いた上、乙川の妻が乙川から離婚をほのめかされて困っているなどという話を人伝てに聞いたこともあって、更に昭和六三年一月、債権者及び乙川に対し、「プライベートなことに干渉できないが、二人は交際を止めた方がよい。」旨の忠告をした。

(四) 債権者と乙川の事務机は、会社の事務室において、昭和六二年七月までは他の従業員の机を隔てて配置されていたところ、同年八月ころ、債権者と乙川は、右従業員が退職したことをきっかけに、無線機や電話をとるために便利だとして両者の事務机を隣接させたが、同年一二月債務者の代表者から指示を受けて、再び他の従業員の机で隔てるよう置き直した。

(五) 債務者の代表者らは、前記忠告後も債権者と乙川との交際が依然として続いていたため、同年四月二日乙川に対し、債権者が二か月後くらいをめどに会社を辞めるよう話をして貰いたい旨申し向けた。乙川からこの旨を伝えられた債権者は、同月五日債務者の代表者に会って右の件について説明を求めたところ、同人から、乙川との交際に対し会社内外で非難の声が上がっていること、交際により、社内の風紀が乱され、従業員の仕事の意欲が低下し、債務者の代表者の体面が汚されることなどの理由をあげて退職して欲しいと告げられた。

これに対し、債権者は、交際により風紀が乱されたり仕事の意欲が低下したことはないし、乙川との関係はプライベートなことで、当事者間で解決に向けて話し合っているところだから退職しなければならない理由はない旨答え、退職の意思のないことを伝えたが、債務者の代表者から、「家庭を壊すのはよくないし、二人の交際は不倫であって、いくら仕事に支障がなくとも従業員に示しがつかず、私が笑い者になるからとにかく会社を辞めて欲しい。」旨言い渡された。

(六) 債務者の代表者は、同月九日債権者に対し、債権者が債務者の従業員で妻子のある男性と恋愛(不倫)関係を続け、会社全体の風紀・秩序を乱し、企業の運営に支障をきたしたので、解雇する旨記載した解雇通知書を手渡し、本件解雇をした。

以上の事実が一応認められ、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。

2 解雇の効力

債権者が妻子ある乙川と男女関係を含む恋愛関係を継続することは、特段の事情のない限りその妻に対する不法行為となる上、社会的に非難される余地のある行為であるから、債務者の前記就業規則第二三条二号所定の「素行不良」に該当しうることは一応否定できないところである。しかしながら、右規程中の「職場の風紀・秩序を乱した」とは、これが従業員の懲戒事由とされていることなどからして、債務者の企業運営に具体的な影響を与えるものに限ると解すべきところ、前記認定の債権者及び乙川の地位、職務内容、交際の態様、会社の規模、業態等に照らしても、債権者と乙川との交際が債務者の職場の風紀・秩序を乱し、その企業運営に具体的な影響を与えたと一応認めるに足りる疎明はない。債務者は、債権者が乙川と共に一つのどんぶりからラーメンを食べるなど常軌を逸した行為に及んだため、債務者の従業員が右の行為等を見るに見兼ねて事務所に立ち入らなくなったし、乙川が必要な仕事をせずに事務所で債権者と一緒にいるようになった旨主張し、〈証拠〉にはこれに沿う部分があるが、これらはいずれも〈証拠〉に照らし措信できず、他に債務者の右主張事実を一応認めるに足りる疎明はない。

以上の次第で、本件解雇は、懲戒事由に該当する事実があるとはいえないから無効であり、他に主張・疎明のない本件においては、債権者は依然として債務者の従業員たる地位を有するものである。

三 賃金の請求と保全の必要性

債務者が従業員に対し毎月一五日に賃金を支給していたこと、債権者の昭和六三年五月当時の賃金の基本給が一一万円、住宅手当が一万円であったことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、債務者が本件解雇後、債権者を従業員として取り扱わず、賃金も支払っていないこと、債権者は、それまで債務者から支給を受ける賃金でその生計を維持してきており、賃金の支給を受けられなければ回復し難い損害を受けるおそれがあることが一応認められるので、一か月当たり右基本給と住宅手当の合計額一二万円の限度で仮払いについて保全の必要性があるものというべきであるが、その必要性は本案事件の第一審判決言渡後においてはこれを認められない。

また、債権者は通勤手当の仮払いも請求しているが、〈証拠〉によれば、同手当は賃金に含まれていないことが明らかである上、特段の事情のない本件においては、同手当は従業員が現実に要した場合にこれを支給する性質のものであると認められるから、通勤費用を支出しなかった原因が債務者の行為にあったか否かを問わず、債権者が債務者に仮払いを求めることはできないものというべきである。

四 よって、本件仮処分申請は主文第一、二項の限度で理由があるので、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないので却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

以上