社内不倫を理由とした懲戒解雇の可否
労働|労働審判|地位保全仮処分|地位確認訴訟|東京高裁昭和41年7月30日判決|旭川地裁平成元年12月27日判決
目次
質問:
私は、某食品メーカーに勤め、営業部に配属されていた者です。私には、妻がいるのですが、夫婦関係はあまり上手くいっていませんでした。そのような折、担当していた営業先から契約を打ち切られてしまい、何をやっても上手くいかないと打ちひしがれていました。そんな私を見た直属の上司の女性が、私を元気付けようとして、2人で飲みに行こうと誘ってくれました。その上司の女性も結婚しているのですが、酒席では、お互いに仕事や結婚生活の愚痴を言い合って、意気投合しました。そうこうしている内に、酔いが回った影響もあって、私たちは会社近くのラブホテルで一夜を共にしました。翌日以降は、何事もなかったように過ごしていたのですが、どうやら私たちがラブホテルに入って行くところを見ていた人がいたらしく、暫くして、私たちが不倫関係にあるという噂が会社内で広まってしまいました。そのため、私たちは、人事部に呼び出され、事情聴取を受けた上、自宅待機を命じられました。その後、私たちには、社内の風紀を乱したとして、懲戒解雇処分が科されました。
勿論、私が上司の女性と不貞行為に及んだことは、決して褒められた行為ではなく、会社にも多少の迷惑をかけたかもしれませんが、会社の業務とは一切関係がなく、あくまで私的な出来事です。それにもかかわらず、懲戒解雇処分を科すというのは、正直、過剰であると感じています。この懲戒解雇処分の違法性を訴え、職場復帰することはできないのでしょうか。
なお、就業規則には、懲戒解雇処分に関する定めが設けられていましたが、社内の不貞行為について具体的に規定されたものではありませんでした。
回答:
会社、使用者が、懲戒権の発動として、従業員に対して懲戒解雇処分を科すには、正当な手続きにより設けられた就業規則に懲戒事由、懲戒の内容が定められていることが前提ですが、就業規則に定められた懲戒事由があったとしてもこれを自由に行えるわけではなく、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を充たすことが必要となります(同法16条)。
特に、社内不倫を理由とした懲戒解雇については、裁判例に照らして考えれば、従業員の不貞行為が、あくまで私生活上の行為であって、通常、会社の秩序や運営には影響を及ぼさないものであるため、これを超えて、会社に損害を与えたり、企業運営に具体的な影響を与えたりした場合でない限り、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を欠くとして、懲戒解雇処分は無効であると判断されることになるでしょう。
本件では、お伺いしたご事情限りですと、相談者様の不貞行為が会社に損害を与えたり、企業運営に具体的な影響を与えたりした、といったご事情は存在しないようですので、懲戒解雇処分の違法性を訴え、職場復帰する途も十分にあり得るところです。
法的な手続きとしては、主に、労働審判や地位確認訴訟の2つが挙げられますが、基本的には、迅速性が重視されている労働審判を選択することになるでしょう。
懲戒解雇に関する関連事例集参照。
解説:
1 労働契約の概要
⑴ 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立します(労働契約法6条)。
すなわち、労働者と使用者との間で、①労働者が使用者の指揮命令下で労務を提供すること、②使用者が労働者に対し、労務の提供の対価として賃金を支払うことを合意することにより、労働契約は成立するのです。
⑵ 労働契約の基本原則は、同法3条に定められており、①労使対等の原則、②均衡考慮の原則、③仕事と生活の調和への配慮の原則、④信義誠実の原則、⑤権利濫用の禁止の原則が存在します。
第1に、①労使対等の原則とは、当事者である労働者と使用者との対等な立場での合意に基づき、労働契約を締結・変更しなければならない、という原則をいいます。これは、労働者が一般的に弱者の立場にあることから、労働条件を決定するに際し、対等な立場での合意に基づかなければならないとすることで、労働者を保護することを目的としたものです。
第2に、②均衡考慮の原則とは、当事者である労働者と使用者が労働契約を締結し、又は、これを変更する場合には、就業の実態に応じて、均衡を考慮しなければならない、という原則をいいます。ここでいう「均衡を考慮」とは、正社員、契約社員、パートタイマー等の就業形態の違い自体によって処遇を差別してはならない、ということを意味します。
第3に、③仕事と生活の調和への配慮の原則は、近年、過労死が多く報告されていること等から、ワーク・ライフ・バランスを実現して、多様な働き方を尊重しようとする原則です。
第4に、④信義誠実の原則は、労働契約が遵守されることが個別労働関係紛争を防止することに繋がることから、契約の一般原則であり、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行われなければならない」旨を規定した民法1条2項が、労働契約にも当然に適用されることを確認した原則です。
第5に、⑤権利濫用の禁止の原則は、個別労働関係紛争の中には、権利濫用に該当する事案も存在することから、契約の一般原則であり、「権利の濫用は、これを許さない」旨を規定した民法1条3項が、労働契約にも当然に適用されることを確認した原則です。
⑶ 労働契約と混同されやすい契約類型としては、例えば、業務委託契約が挙げられます。業務委託契約は、受託者が特定の仕事の完成の委託を受け、委託者がその仕事の完成の対価として報酬を支払うことを内容とした契約であり、受託者が委託者の指揮命令に服する、といった関係はありません。この点に労働契約との根本的な違いが認められます。
なお、最高裁平成8年11月28日判決でも、労働者に該当するか否かにつき、使用者の指揮命令下で働いていたと認められるか否かが判断基準とされています。
2 懲戒解雇処分の概要
⑴ まず、懲戒解雇処分とは、企業秩序の違反に対し、一種の秩序罰として、使用者が有する懲戒権の発動として行われる解雇処分のことをいいます。
労使対等を前提とする労働法関係において、例外的に使用者に労働者に対する懲戒権、秩序罰を加える権限が認められるのは、職場の秩序維持の必要性が根拠とされています。従って、懲戒権が認められるとしても、その根拠となる就業規則は職場秩序維持という点から法的に有効なものでなくてなりませんし、その発動は必要最小限のものに限定されなければなりません。いくら正当に成立した就業規則に懲戒事由が定められているとしても懲戒事由に該当するか、その処分は妥当といえるかという点について、職場の秩序維持という点からその必要性合理性が問題になります。この点、最高裁平成15年10月10日判決では、「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和四九年(オ)第一一八八号同五四年一〇月三〇日第三小法廷判決・民集三三巻六号六四七頁参照)。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」旨が判旨されています。そのため、懲戒解雇処分の有効性を吟味するに当たっては、まずは、就業規則に懲戒解雇処分に関する定めが設けられているかどうかを確認する必要があります。
⑵ そして、労働契約法では、懲戒につき、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」旨を定められた上で(同法15条)、特に、解雇につき、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」旨を定められています(同法16条)。
すなわち、懲戒解雇処分が有効と認められるためには、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を充たすことが必要となります。①客観的に合理的な理由の存在については、労働者の義務違反や規律違反行為の内容及び程度等に鑑み、解雇を正当化することができるだけの理由があるかどうかが判断されることになります。また、②社会通念上の相当性の存在については、労働者の義務違反や規律違反行為の内容及び程度等に照らし、懲戒解雇処分が均衡の取れたものかどうかが判断されることになります。
3 社内不倫を理由とした懲戒解雇の可否
⑴ 社内不倫を理由とした解雇を有効とした裁判例としては、東京高裁昭和41年7月30日判決が挙げられます。
当該判決は、地方鉄道業、自動車運送業、電力供給業、索道事業、自動車道事業、旅館、遊園地その他の観光事業等を営む会社にバスの運転手として勤めていたXが、妻子のある立場であるにもかかわらず、当時未成年であり、バスガイドとして勤めていた同僚Yと複数回情交関係を結び、妊娠・中絶させるに至った、という事案に関するものですが、卒業生を当該会社に就職させている地元学校の関係職員に当該会社従業員の風紀に対する不信感を与え、当該会社の求人に支障を及ぼすべき情勢が生じていると事実認定した上で、Xの不貞行為により、現に、Yの退職、他の女子従業員の不安動揺、求人についての悪影響を招来したほか、当該会社の企業者としての社会的な地位や名誉、信用等を傷つけるとともに、多かれ少なかれ、その業務の正常な運営を阻害し、もって、当該会社に損害を与えたものと認められるとして、解雇は有効であると判断しています。
なお、当該会社では、労働協約において、就業規則上の懲戒事由と同様の内容を通常解雇事由として規定しており、当該会社は、当該労働協約に基づき、Xに対し、通常解雇処分を科していますが、当該判決は、社内不倫を理由として懲戒解雇相当であると実質的に判断したものと評されています。この事案では、多数の男性運転手と女性バスガイドが所属し、定期的に女性バスガイドを募集しつつ、円滑に運転手とバスガイドの組み合わせを指定して安全運行を維持しなければならない、また顧客に対するイメージも営業成績に影響し得るという会社側の業務事情も考慮されたと言えるでしょう。
⑵ 他方、社内不倫を理由とした懲戒解雇を無効とした裁判例としては、旭川地裁平成元年12月27日判決が挙げられます。
当該判決は、水道の本管・排水管の敷設、水洗工事等を主な業とする会社に勤めていたXが、妻子のある同僚Yと親しく交際するようになり、やがて男女間係を含む恋愛関係を結ぶに至った、という事案に関するものですが、X及びYの地位、職務内容、交際の態様、会社の規模、業態等に照らしても、XとYとの交際が債務者の職場の風紀・秩序を乱し、その企業運営に具体的な影響を与えたと一応認めるに足りる疎明はないとして、懲戒解雇処分は無効であると判断しています。
⑶ 上記の東京高裁昭和41年7月30日判決と旭川地裁平成元年12月27日判決とを比較すると、両者の決定的な違いは、会社に損害を与えたものと認められるか否か、企業運営に具体的な影響を与えたか否かにあるといえます。
すなわち、会社従業員の不貞行為は、あくまで私生活上の行為であって、通常、会社の秩序や運営には影響を及ぼさないものであるため、これを超えて、会社に損害を与えたり、企業運営に具体的な影響を与えたりした場合でない限り、①客観的に合理的な理由の存在、②社会通念上の相当性の存在という要件を欠くとして、懲戒解雇処分は無効であると判断されることになります。
4 具体的な法的手続き
懲戒解雇処分の効力を争う法的な手続きとしては、主に、労働審判や地位確認訴訟の2つが挙げられます。
労働審判は、個々の労働者と事業主との間の労働関係のトラブルを、その実情に即し、迅速、適正かつ実効的に解決するための裁判所における手続です。
労働審判では、迅速性が重視されており、原則として3回以内の期日で審理を終えることになっています。審理に要する期間としては、80日程度であり、訴訟が通常1年以上を要する手続きであることと比較すると、その迅速性が分かるかと思います。また、訴訟とは異なり、非公開で行われます。
具体的な審理の流れとしては、管轄する地方裁判所に申立書を提出して労働審判の申立てを行うと、特別の事由がある場合を除き、申立てがなされた日から40日以内の日に第1回の期日が指定され、当事者双方が裁判所に呼び出されます。この際、相手方に対しては、期日呼出状のほか、申立書の写し等も送付されます。相手方は、労働審判官が定めた期限までに、答弁書等を提出しなければなりません。期日では、労働審判官(裁判官)1名と労働審判員2名で構成される労働審判委員会、及び、申立人と相手方の双方(並びにその代理人)により、審理が進められることとなり、事実関係や法律論に関する双方の言い分の聴取や争点の整理のほか、必要に応じて、直接、申立人本人や相手方の関係者等からの事情聴取が行われます。話合いによる解決の見込みがあれば、調停(当事者間の合意)での解決が試みられますが、話合いが纏まらない場合は、労働審判委員会が、審理の結果、認められた当事者間の権利関係と手続の経過を踏まえ、事案の実情に即した判断(労働審判)を示します。事案の実情に即した判断ということで、法的には解雇の無効を申し立てると、解雇が無効とすれば、今後も従業員としての地位が認められるということになりますが、今後の就業が難しい場合は、解雇扱いにして解決金として将来の賃金相当の支払いを命じる、という審判も可能です。
労働審判は、裁判上の和解、ひいては、判決と同一の効力を有するため、これが確定すれば、その内容によっては、強制執行を申し立てることもできるようになります。ただし、労働審判に対して不服があるときは、当事者は、審判書の送達を受けた日又は労働審判期日において労働審判の口頭告知を受けた日から2週間以内に裁判所に異議の申立てをすることができ、この異議の申立てがなされた場合は、労働審判は効力を失い、訴訟手続に移行することになります。
手続選択という観点から言えば、基本的には、迅速性が重視されている労働審判を選択し、相手方である企業側が徹底抗戦の構えを見せており、労働審判についても異議の申立てを行ってくると予想される場合には、地位保全仮処分や地位確認訴訟を選択するということになるでしょう。
以上