懲戒解雇した場合における解雇予告手当
労働|労働者の権利と経営者の利益対立|山口地裁下関支部昭和39年5月8日決定
目次
- 質問
- 回答
- 解説
- 関連事例集
- 参考条文・判例
質問:
私は、とある会社で人事部長を務めているのですが、当社の従業員が職場内で一方的な理由で傷害事件を起こし、罰金刑を科されたことから、就業規則に従い、社長の決済を得て、直ちに当該従業員を懲戒解雇しました。当該従業員も、職場にはもう居られないと思ったのか、懲戒解雇自体は受け入れているようなのですが、解雇予告手当を支給するように、と要求してきました。
当社は、当該従業員に対し、解雇予告手当を支給しなければならないのでしょうか。警察への対応等で当社も散々迷惑を掛けられたのにもかかわらず、解雇予告手当まで支給しなければならないというのは納得がいきません。
回答:
懲戒解雇の場合であっても、即時解雇するに当たっては、解雇予告手当を支給しなければならないのが原則です。労働基準法20条では、使用者は労働者を解雇しようとする場合は、少なくとも30日前にその予告をしなければならないと規定されており、そこで言う解雇には文言上特に制限はありませんから、懲戒解雇する場合も解雇予告が必要となり、即時解雇の場合は解雇予告手当の支払いが必要になります。
もっとも、「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」には、例外的に、解雇予告手当を不支給とすることができます(労働基準法20条1項ただし書)。この「労働者の責に帰すべき事由」は、実務上、解雇予告や解雇予告手当の支給を必要としない程の重大な背信的行為が労働者にあった場合を指すとされています。単に懲戒解雇に当たるというだけでは不十分です。裁判例では「労働者の責に帰すべき事由」とは労使双方の立場を労働契約上の権利義務の面で公平に勘案して使用者に解雇に当つての予告又は予告手当の支給を要求する必要のない程度に重大な背信的行為が労働者にあつた場合を指しているものと理解され、それは必ずしも企業内部での所謂私契約上の債務不履行といつた場合にのみは限定されないであろうが、本件の如き企業外での出来事で刑事罰を受け、当該企業の名誉を損傷したといつた広い意味での義務違反の場合はそれが、或いは右企業の信用を或る程度左右し、経済的な面での影響も無視できない程度に重大な場合に限定すべき、としています((山口地裁下関支部昭和39年5月8日決定)
より具体的には、職場内における盗取、横領、傷害等の刑法犯に該当する行為(極めて軽微なものを除く。)があった場合などが、「労働者の責に帰すべき事由」があるとされています。本件は、貴社の従業員が職場内で一方的な理由で傷害事件を起こし、罰金刑を科された、との事案ですので、一方的な理由がどのようなものか、傷害の程度、事件の状況にもよるところではありますが、「労働者の責に帰すべき事由」があると判断される可能性が高いように考えられます。
具体的な手続きとしては、所轄の労働基準監督署長に対し、解雇予告除外認定申請書を提出し、解雇予告除外認定を得る必要があります。労基法20条3項では、懲戒解雇については事前に労基署の認定は不要ですが解雇予告手当を支払わない場合は労基署の認定が必要となっています。この際、「労働者の責に帰すべき事由」を基礎付ける事実を証明するための資料も併せて提出することが有用でしょう。この手続きを怠り解雇予告手当を支払わなと、6か月以下の懲役30万円以下の罰金という刑罰規定がありますので注意が必要です(労基法119条)。
解雇手当に関する関連事例集参照。
解説:
1 解雇予告手当の概要
従業員を解雇するに当たっては、それが懲戒解雇だったとしても、原則として、少なくとも30日前までには、解雇する旨を従業員に予告しなければならず、もしその予告をせずに解雇する場合は、解雇までの残日数に応じた平均賃金を支給しなければならないとされています(労働基準法20条)。この「解雇までの残日数に応じた金額」がいわゆる解雇予告手当です。同条は、賃金の支給が突然途絶えてしまうと、労働者が困窮してしまい、その生活を維持することができなくなってしまうことから、かような事態を防止するために、いわば30日の猶予を労働者に与えるための労働者保護の規定といえます。
ただし、解雇する従業員が①日日雇い入れられる者(1か月未満)、②2か月以内の期間を定めて使用される者(期間内)、③季節的業務に4か月以内の期間を定めて使用される者(期間内)、④試用期間中の者(14日未満)のいずれかに当たる場合には、解雇予告手当を支給する必要はありません(労働基準法21条)。
具体的な解雇予告手当の金額の計算は、「平均賃金の1日分×解雇までの残日数」という算定式によることになります。例えば、平均賃金の1日分が1万円であり(なお、平均賃金の1日分は、直近3か月の給与合計額を直近3か月の合計日数で割って算定するのが通常です。)、解雇日の20日前に解雇する旨の予告を行った場合には、解雇予告手当の金額は、「1万円×(30日-20日)」の算定式で計算され、10万円となります。
2 解雇予告手当の不支給が例外的に許容される場合
労働基準法では、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合」や「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」には、例外的に、解雇する旨の予告なしに解雇したとしても、解雇予告手当の支給は不要とされています(同法20条1項ただし書)。
本稿では、後者の「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」について、以下、詳しく解説していきます。
この点に関しては、裁判例が存在し、山口地裁下関支部昭和39年5月8日判決では、「『労働者の責に帰すべき事由』とは労使双方の立場を労働契約上の権利義務の面で公平に勘案して使用者に解雇に当つての予告又は予告手当の支給を要求する必要のない程度に重大な背信的行為が労働者にあつた場合を指しているものと理解され」る旨を判旨しています。
行政通達(昭和23年11月11日基発第1637号、昭和31年3月1日基発第111号)でも、「労働者の責に帰すべき事由」がある場合として、①原則として極めて軽微なものを除き、事業場内における盗取、横領、傷害等刑法犯に該当する行為があった場合、②賭博、風紀紊乱等により職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合、③雇入れの際の採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合及び雇入れの際、使用者が行う調査に対し、不採用の原因となるような経歴を詐称した場合、④他の事業場へ転職した場合、⑤原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合、⑥出勤不良又は出欠常ならず、数回にわたって注意を受けても改めない場合が挙げられています。なお、①と②の場合については、職場外における行為であっても、それが会社の名誉や信頼を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるもの又は労使間の信頼関係を喪失せしめるものであるときは、「労働者の責に帰すべき事由」がある場合に当たるとされています。
ここで注意しなければならないのは、懲戒解雇の場合に必ずしも「労働者の責に帰すべき事由」があると認められるわけではないという点です。すなわち、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合に、懲戒解雇は有効であると認められることになりますが(労働契約法16条)、上記のとおり、「労働者の責に帰すべき事由」があるか否かは、解雇予告や解雇予告手当の支給を必要としない程の重大な背信的行為が労働者にあったか否かから判断されるのであって、両者は判断基準を異にするため、「労働者の責に帰すべき事由」の有無は、懲戒解雇の有効性とは独立して判断されることになります。
3 具体的な手続き
解雇予告手当を不支給として即時解雇するためには、解雇予告除外認定を得る必要があります(労基法20条3項)。
そして、解雇予告除外認定を得るためには、まず、所轄の労働基準監督署長に対し、解雇予告除外認定申請書を提出することになります。この際の提出先は、解雇対象となる従業員が所属する事業所の所在地を管轄する労働基準監督署長です。
所轄の労働基準監督署長は、解雇予告除外認定の申請を受けると、会社及び従業員の双方に対し、聴き取り調査を行います。これは、使用者の恣意的判断による濫用の防止の観点から、解雇予告除外認定申請書だけの書面審査によることなく、労使その他の関係者について実地調査の上で慎重に決定すべきとされているためです。
その上で、所轄の労働基準監督署長において解雇予告除外認定がされた場合には、「認定書」が交付され、また、解雇予告除外認定がされない場合には、「不認定書」が交付されることになりますが、その交付までには、通常は2週間程度、長くとも1か月程度の期間が掛かります。
なお、解雇予告除外認定を得るためには、解雇予告除外認定申請書を提出するだけでなく、「労働者の責に帰すべき事由」を基礎付ける事実を証明するための資料も併せて提出すべきでしょう。
4 まとめ
以上より、本件は、貴社の従業員が職場内で一方的な理由で傷害事件を起こし、罰金刑を科された、との事案ですので、お怪我の程度にもよるところではありますが、「労働者の責に帰すべき事由」があるとして、解雇予告手当を不支給とすることができる可能性が高いように思います。
ただし、解雇予告手当を不支給とするためには、解雇予告除外認定を得る必要があるので(なお、労働基準法20条違反の法定刑は、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金とされています(同法119条1号)。)、この点、注意が必要です。
解雇予告除外認定の申請に際しては、解雇予告除外認定申請書だけでなく、「労働者の責に帰すべき事由」を基礎付ける事実を証明するための資料を併せて提出する必要もあるため、慎重に手続きを進めるのであれば、専門的な知見を有する弁護士を代理人として選任するのも1つでしょう。
以上
※参照条文・判例
【労働基準法】
第20条(解雇の予告)
1 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
2 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。
3 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。
第21条
前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至つた場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続き使用されるに至つた場合においては、この限りでない。
① 日日雇い入れられる者
② 二箇月以内の期間を定めて使用される者
③ 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者
④ 試の使用期間中の者
第119条
① 第三条、第四条、第七条、第十六条、第十七条、第十八条第一項、第十九条、第二十条、第二十二条第四項、第三十二条、第三十四条、第三十五条、第三十六条第六項、第三十七条、第三十九条(第七項を除く。)、第六十一条、第六十二条、第六十四条の三から第六十七条まで、第七十二条、第七十五条から第七十七条まで、第七十九条、第八十条、第九十四条第二項、第九十六条又は第百四条第二項の規定に違反した者
② 第三十三条第二項、第九十六条の二第二項又は第九十六条の三第一項の規定による命令に違反した者
③ 第四十条の規定に基づいて発する厚生労働省令に違反した者
④ 第七十条の規定に基づいて発する厚生労働省令(第六十二条又は第六十四条の三の規定に係る部分に限る。)に違反した者
【労働契約法】
第15条(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
第16条(解雇)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
《参考判例》
(山口地裁下関支部昭和39年5月8日判決)
一、被申請人は肩書地に本店を有し、鉄軌道事業及び一般乗客旅客貸切自動車運送事業を営む株式会社であり、申請人秋田は昭和三〇年三月二三日付で、同杉野は昭和二七年三月一〇日付で被申請人会社に雇傭され昭和三六年三月一三日まで被申請人会社の従業員であつたこと、及び同両名は私鉄中国地方労働組合山陽電軌支部の組合員であることは当事者間に争いのないところである。そして又被申請人会社が申請人両名に対し昭和三六年三月一四日付で諭旨解雇の発令をなしたことも当事者間に争のないところであるが、右解雇の理由及びその効力について争があるので以下判断する。
二、(本件解雇の理由。)
成立につき争のない甲第六号証、甲第九号証、乙第一乃至四号証、乙第一五乃至一八号証、並びに証人浜野了一、同梶山美路の各証言、及び弁論の全趣旨によると、昭和三四年四月三〇日施行の下関市長、同市議会議員選挙に当りその頃申請人秋田は被申請人会社所属独身寮下関市東大坪町所在の交和寮舎監室において同寮居住の被申請人会社電車課運転手井上正和所有の右選挙投票所入場券を窃取し、(窃盗刑法二三五条該当。)次いで当該入場券を申請人杉野に交付して右井上名義での詐偽投票を教唆し、(公職選挙法違反教唆、公職選挙法二三七条二項、刑法六一条該当。法定刑は二年以下の禁錮又は二万五千円以下の罰金。)申請人杉野は右教唆に応じて選挙日当日右井上名義での所謂替玉投票をなし(公職選挙法二三七条二項違反。)たことで、申請人両名は昭和三四年一一月二五日山口地方裁判所下関支部で申請人秋田は懲役四月執行猶予三年に、申請人杉野は罰金五千円に処せられ、次いで同判決は昭和三五年一二月一五日最高裁判所における上告棄却により確定するに至つたこと、及びそのことを理由に被申請人会社はその名誉を害されたものとして昭和三六年六月六日頃、当初同年三月一五日すでに被申請人において申請人等に対し右刑事事件その他を理由に発令していた懲戒解雇を取消して新ためて同年三月一四日に遡つて、申請人両名は被申請人会社の就業規則第八条(従業員は公私を問わず会社の名誉を毀損してはならないことの定め。)第八九条一号(会社の諸規則令達に違背したものは懲戒し得る旨の定め。)同条六号(業務上の過失以外で刑事事件に関係して罰金以上の有罪判決が確定したものは懲戒し得る旨の定め)該当者であるとして同規則九〇条一号(懲戒処分の種類として懲戒解雇又は諭旨解雇がある旨の定め。)を適用して申請人両名に対し諭旨解雇の発令をなしたものであることが疏明される。(被申請人、支部組合間に締結された労働協約が昭和三六年二月二四日失効していることは当事者間に争のないところであるから、本件解雇理由に右労働協約の条項をそのまま適用することはできない。)
なお被申請人は本件解雇に当つては右の外更に(イ)申請人両名につき昭和三五年六月二二日行われた日米安全保障条約改定反対時限ストの際の右両名の電車運転業務威力妨害の事実、及び(ロ)申請人杉野につき同人の昭和三五年一二月二一日における電車課長に対する威圧的言動を、それぞれ本件解雇の事情として勘案した旨主張しているが、元来解雇に当つての理由は労働基準法が予定している解雇権の適正な行使を確保し、その濫用を防止する意味で、その理由であることを明確にして被傭者に表示することが必要であるというべく、当該解雇の効力に関するものである限り表示されなかつた事柄を単なる事情にせよその理由として斟酌することは許されないものというべきで、就中成立につき争のない乙第一五号証及び証人梶山美路の証言によつて明らかなとおり被申請人は本件諭旨解雇に当つてはその理由に右(イ)(ロ)の事実を含ませないものであることを明らかにしている以上単なる事情としても右事実を本件解雇理由に加味することは許されないものというべきであろう。のみならず成立につき争のない甲第六号証、甲第一三号証及び作成者の署名押印のあることからして真正に成立したものと推認される甲第一〇号証並びに弁論の全趣旨によると右(イ)の件は昭和三五年六月二二日支部組合において私鉄総連の指令に基き日米新安全保障条約批准反対その他社内の懸案問題の解決等を意図して時限ストを行つた際、申請人両名が、他の支部組合員三名位と昭和三四年一二月二四日支部組合より分裂して間もない第二組合たる山陽電軌労働組合の組合員二〇名程度が唐戸停留所方面より東駅に向うべく乗車運転する被申請人会社の電車に途中山の口電停で乗り込み、右第二組合員に右ストへの協力方を説得し、その儘進行して次の停留所たる東駅の車庫に入庫せしむべく、第二組合員運転手を一応承諾させて同駅附近まで運行さしたこと、及びその間申請人秋田において納得の上とはいえ乗客二名を下車せしめたような事実が疏明され、右乗客の下車は争議行為としての正常な範囲を逸脱したものというべく、その他右説得等の面でも幾分行きすぎがあつたであろうことを推認するに難くないが、申請人両名が、特に暴行、脅迫、強制等明白に違法な行為に及んだような事実はこれをうかがうことができず、又成立につき争のない乙第六号証及び証人浜野了一の証言をもつてするも被申請人の主張する如く申請人両名が右時限ストに当たり特に解雇等重要な懲戒の対象として問題としなければならない程の不当争議行為をなしたものであるとするに足る疏明ありといえない。又前記(ロ)の件も成立につき争のない甲第一四号証、甲第一五号証によると申請人杉野は他の支部組合員広兼要等が電車課長に対し抗議している現場に遅れて居合わせ、格別の言動もなく間もなくその場を退去した事実がうかがわれるにとどまり被申請人主張の如く電車課長に対し申請人杉野が特に卒先し、且つ積極的にしかも威圧的言動を呈し同課長の業務を妨害したというような形跡は全くうかがわれない。成立につき争のない乙第九号証、及び証人浜野了一の証言によるも右(ロ)の件につき疏明ありとするに足らない。
よつて本件解雇の理由は申請人両名の刑事罰のみであるとしなければならない。
三、(本件解雇の当否。)
本件解雇は前記のとおり被申請人会社の就業規則に根拠を有する懲戒処分の一種たる諭旨解雇で、しかも成立につき争のない乙第二号証(就業規則)によると同規則第九一条により諭旨解雇は原則として即時解雇であることが明らかにされそして弁論の全趣旨によると本件解雇は即時解雇の手続に従つてなされていることがうかがわれる。従つて本件解雇は先ず、即時解雇をなし得る場合につき規定した労働基準法第二〇条一項但書の制限に服すべきものであり、そして又元来就業規則もその内少くとも解雇、退職金、給料等被傭者にとつて重要な労働条件に関するものである限り窮局的には雇傭関係当事者双方の合意(労働契約)にその効力の実質的根拠を有するものであると解すべき限りその内容は雇傭関係の本質と労働力の需給に関する現状に照らし当事者双方の予期し得る通常の観念に従つて、しかも公平な立場で合理的な解釈が試みられる必要があり、もとより使用者側がその一方的見解を強要し得るような性質のものではない。
労働基準法第二〇条一項但書は「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合」の外は「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」にのみ即時解雇を認めている。そして右「労働者の責に帰すべき事由」とは労使双方の立場を労働契約上の権利義務の面で公平に勘案して使用者に解雇に当つての予告又は予告手当の支給を要求する必要のない程度に重大な背信的行為が労働者にあつた場合を指しているものと理解され、それは必しも企業内部での所謂私契約上の債務不履行といつた場合にのみは限定されないであろうが、本件の如き企業外での出来事で刑事罰を受け、当該企業の名誉を損傷したといつた広い意味での義務違反の場合はそれが、或いは右企業の信用を或る程度左右し、経済的な面での影響も無視できない程度に重大な場合に限定すべきで本件の場合申請人両名の前記刑事罰が右即時解雇に値いする程重大なものとは認め難い。従つて本件は仮に被申請人において解雇し得る場合であるとしても通常解雇の方法によらない限り有効なものとはなし得ない。(もつともこの点は成立につき争のない乙第二四号証によつて疏明される金一封及び生活費補給金を実質的に予告手当として解する余地がなくもないがこの点については被申請人より明確な主張がない。)
次に就業規則との関係で考えてみるに成立につき争のない乙第二号証(就業規則)によると被申請人会社は同規則第八九条で懲戒の事由を規定し、同規則第九〇条で右懲戒事由の軽重に従い具体的に量定すべきものとして懲戒処分の内容を(一)懲戒解雇又は諭旨解雇、(二)降級又は降号、(三)出勤停止、(四)減給、(五)譴責の五種に区分していること、そして又右懲戒事由は同規則第八九条六号が「業務上の過失以外で刑事事件に関係して罰金以上の有罪判決が確定された者」としていることの外は概ね直接又は間接に使用者たる被申請人に対し背信的行為をなした場合を規定していることが疏明される。元来私企業を営む使用者が多くの労働者を集団的且つ継続的に雇傭する場合には企業経営の円満な遂行を期するため特に全体としての秩序、職場規律を維持し、服務上の指揮命令の適切な実現を確保する必要があり、そのためには右違背に対する予防的措置として違背者に対する使用者の懲戒という形での民事上の制裁権を認むべき必要もある。そしてそのことは右の趣旨においてのみ集団的な雇傭関係においては通常予想し得る事柄としてもこれを容認すべきところであろう。もつとも右懲戒もその処分の内容が単なる譴責、出勤停止等にとどまらず解雇(退職金の関係も含む)降級、減給等労働者側の経済的不利益を伴う場合には懲戒事由も単なる労働者の義務違反というにとどまらず、企業の経営秩序を紊し、業務の円満な運行を阻害する等により使用者に経済的不利益を蒙らせ、又は蒙らせる虞れのあるような労働者の背信的行為にのみ限定して理解すべきで、その背信性の度合及び右影響の程度に応じ労働者の受ける経済的不利益も左右されるものというべく、その場合なお終身雇傭が通常の現実であることからして解雇は労働者にとつてやはり最も経済的に不利益な場合であると考えられ、従つて懲戒処分としても最も重い内容を有するものと考えられるから右解雇権の発動は少くとも労働者の義務違反が重大で企業の経済的成果への影響も無視できず、当該労働者を企業内に依然存置するにおいては企業経営の円満な遂行が阻害される虞がある場合にのみ限定して認むべきものであろう。成立につき争のない乙第二号証及び証人梶山美路の証言によると被申請人会社における懲戒処分としての諭旨解雇は通常解雇の場合に比し、先ず解雇手続が通常即時解雇である上退職金支給額も依願退職の場合の三割乃至五割相当額であることがうかがわれ、その他懲戒処分としての解雇は仮に雇傭期間の定めがあつてもこれに拘束されることなくその事由の発生とともに何時でも行使することができ、且つ又通常解雇の場合と異なり解雇された労働者に再就職その他の面で事実上相当程度の不利益を与えることも重要でこれを無視することができず、従つて右諸点からして被申請人のなす懲戒処分としての解雇は通常解雇の場合に比し、単にそれが権利濫用にわたらないようにすべきであるということの外に更に相当程度限定して解すべき理由がある。
そこで前記申請人両名の刑事罰が果して懲戒処分として解雇に値する程のものであるかどうかについて考えてみるに、成程前記認定事実からすると右両名の犯罪は単なる取締法規違反ではなく、その態様は悪質で且つ罪責も社会的に重大であり、世間でも相当程度の関心を示す類の罪質であるといえる。しかも成立につき争のない乙第一八乃至二三号証によると新聞紙上にも右犯行が数度掲載され、日常市民との接触も多い被申請人会社としては公衆の信頼を受くべき筈の企業としてその体面を幾分損傷されたであろうことも容易にうかがえる。しかしながら申請人両名の右刑事事件は企業外での出来事で、労働者が特に企業内で服務上使用者に対して負担する義務とは関係のない、むしろ国民として誰しも遵守すべき一般的な義務に関する事犯である上処罰も罰金と執行猶予に終り、現実の業務執行には何ら支障なく、しかも申請人両名の右犯行のみで直ちに同両名の企業内における電車運転手としての正常な業務執行の人格的適応性を否定しなければならない程のものとも認められず、そして又成立につき争のない甲第六号証甲第九号証甲第一七号証によると申請人両名とも日頃の勤務成績は格別の問題もなくむしろ良好で、右犯行についても反省している様子がうかがわれ、更に弁論の全趣旨によると被申請人会社は大資本と多数の従業員を擁し、下関市内、西部一帯に広範な鉄軌道バス路線を有する大企業で、申請人両名が前記刑事罰を受けたことにより私企業として経済的又は経営秩序維持の面で営業上受ける影響は殆んど皆無であると推認されること等を勘案すると、本件刑事罰が懲戒処分としては最も重い解雇に値する程重大なものとは容認し難く、右刑事罰を以て申請人両名を懲戒処分たる諭旨解雇に付したことは使用者たる被申請人として所詮就業規則所定の懲戒権の適正な行使を誤つたものというべきである。
従つて本件解雇は懲戒処分としての解雇権が就業規則所定の本旨に反し不当に行使された場合に当り無効なものというべきである。
四、なお成立につき争のない乙第一五号証(争議妥結に伴う協定)によると昭和三六年六月六日支部組合において被申請人に対し申請人両名の諭旨解雇を承認したような事実が疏明されるが、成立につき争のない甲第一六号証甲第一三号証によると右承認は何ら申請人両名の真意とは関係なく、私鉄総連の説得もあつて当時行われていた争議解決の便法として争議の実勢に応じ支部組合の態度を右の如く明らかにしたにすぎないものであることが疏明され、結局右事実も本件解雇の無効を左右しない。
五、(仮処分の必要性)
弁論の全趣旨によると申請人両名とも所謂給料生活者であり、他に生活を支え得る明確な副業又は安定した経済的資源も有せず、しかも解雇の効力が争われている状態では他への再就職ももとより不可能で、本件解雇の効力についての本案判決の確定を待つていては申請人両名とも著しき損害を蒙る虞れがあり、本件仮処分の必要性は肯認される。
六、よつて申請人両名の雇傭契約上の地位保全を求める仮処分申請は正当で、これを認めた本件仮処分決定はこれを維持するのが相当であるからこれを認可し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
以上