「相続させる」旨の遺言と預金の払戻し
家事|相続|遺産分割|被相続人の意思と共同相続人、第三債務者の利益対立|最高裁平成3年4月19日判決
目次
質問:
先日、父が亡くなったのですが、父の自筆証書遺言書がタンスの引出しから出てきました。そこには、「遺言者は、遺言者の有する●●銀行●●支店普通預金口座番号●●●●●●●の預金を、●●(私)に相続させる。」と記載されていました。父は、遺言書に記載のあった銀行口座で、自身の財産を一元的に管理しており、その全部を私に相続させるという内容です。母は既に他界しており、家族は私と兄の2人だけだったのですが、父のお世話は私しかしておらず、兄は実家に一切寄り付きもしませんでした。そうしたこともあり、父はこのような遺言を残したのだと思います。
私は、インターネットで調べて、検認という手続きを裁判所で行った上で、父の自筆証書遺言書に従い、●●銀行で預金の払戻しを受けようとしたのですが、●●銀行の担当者から「預金の払戻しに当たっては、相続人全員の印鑑証明書を添付して、その署名捺印のある同意書を提出してもらう必要がある。」などと言われ、預金の払戻しを拒否されてしまいました。
私は、兄の署名捺印のある同意書や兄の印鑑証明書を●●銀行に提出しなければ、預金の払戻しを受けることができないのでしょうか。兄は、遺言の内容に不満を持っている様子で、協力してくれるとは到底思えません。
なお、自筆証書遺言書には、日付や氏名も記載されており、その全部が自書されているほか、押印もしっかりとあります。
回答:
ご相談の内容の遺言書があれば、他の相続人の同意書なくして預金の払い戻しを受けることは可能です。他に、お父様の亡くなったことを証明するための除籍謄本、相談者様の戸籍謄本、住民票があれば銀行に払い戻しを請求できます。
「相続させる」という文言の遺言書の効力については学説上争いがありましたが、最高裁の判例では、「相続させる」旨の遺言を遺産分割方法を指定したものと解した上で、遺言の効力発生と同時に、遺産承継の効力が生じる、という説が支持されました。従って、お父様が死亡した時点で預金の払い戻し請求権は遺言により、指定された方に移転していることになります。
銀行は、払い戻した後で他の相続人からクレームがあることを嫌がり、他の相続人が払い戻しに同意していることの証として印鑑証明書を付けた同意書を要求することが多いのですが、法律上はそのような同意書は不要です。解説で、自筆証書遺言、検認の続き、相続させるという遺言の文言の解釈について詳しく説明しますので参考にして下さい。
遺言書に関する関連事例集参照。
解説:
1 遺言の意義及び種類
⑴ 遺言とは、一定の方式で表示された個人の意思に、この者の死後、それに即した法的効果を与えるという法技術であるといわれています。少し難しい表現とはなっていますが、簡単に言えば、遺言によって、自身の死後の財産の行方を自由に決めることができるということになります。
私有財産制、私的自治の原則という近代以降の市民法の大原則から言えば、自身の財産は自由に処分できることになります。しかし、処分しないうちに死亡してしまうと、その処分権が相続人に移転してしまうので、元々の権利者が処分できないことになってしまいます。そこで、死後も自身の財産を処分できるようにしたのが遺言の制度です。
⑵ 遺言は、その方式によって、自筆証書遺言(民法968条)、公正証書遺言(同法969条)、秘密証書遺言(同法970条)、死亡危急時遺言(同法976条)、伝染病隔離時遺言(同法977条)、在船時遺言(同法978条)、難船時遺言(同法979条)に区分されます。遺言の効力発生時点で、遺言者は既に死亡しているため、遺言が遺言者の意思を果たして正確に反映しているのか、確認することができないことから、有効な遺言と認められるためには、厳格な要件が定められています。
ここでは、本件で問題となっている自筆証書遺言について、以下、詳しく解説していきます。
自筆証書遺言は、財産目録を除き、全部を自筆で書き上げる遺言です。①その全文を自書すること、②日付を自書すること、③氏名を自書すること、④押印があることが要件になります(同法968条1項)。以前は、相続財産の目録についても、自書することが要求されていましたが、近年の法改正により、相続財産の目録は、自書でなく、パソコンを利用したり、不動産(土地・建物)の登記事項証明書や通帳のコピー等の資料を添付したりする方法で作成することができるようになりました(同法968条2項)。
自筆証書遺言は、公正証書遺言や秘密証書遺言とは異なり、公証人や証人の関与を必要とせず、単独で作成することができるので、最もお手軽な遺言といえるかもしれません。
もっとも、その作成者(遺言者)の遺言能力(遺言内容を理解し、遺言の結果を弁識しうるに足る意思能力)や偽造・変造に対する疑義が生じやすいほか、隠匿・毀棄の危険にも晒されてしまうというデメリットがあります。また、上記の自筆証書遺言の要件が備わっていないと、そもそも遺言が無効とされてしまう可能性すらあります。
そのため、自筆証書遺言においては、家庭裁判所での遺言書の検認という手続きを経る必要があります。
2 遺言書の検認
遺言書の検認とは、相続人に対し、遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名等、検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続をいいます。遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。
相続人は、自筆証書遺言書を発見した場合は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければなりません(民法1004条1項、同条2項)。また、封印のある自筆証書遺言書については、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、これを開封することができないとされています(同条3項)。もし検認を経ないで遺言を執行したり、封印のある自筆証書遺言書家庭裁判所外で開封したりしてしまった場合には、五万円以下の過料を科されることがあるので(同法1005条)、この点には注意が必要です。
検認の申立てがあると、まず、裁判所より、相続人に対し、検認期日(検認を行う日)の通知が行われます。申立人以外の相続人が検認期日に出席するかどうかは、各人の判断に任されており、全員が揃わなSたとしても、検認手続は行われます。検認期日では、申立人から遺言書を提出し、出席した相続人等の立会のもと、裁判官が、封がされた遺言書については、これを開封の上、遺言書を検認します。検認が終わった後は、預金の払戻しを受けるに当たって、少なくとも、遺言書に検認済証明書が付いていることが必要となるので、検認済証明書の申請を行うことになります。
3 「相続させる」旨の遺言による預金の払戻し
⑴ 「相続させる」旨の遺言について、最高裁平成3年4月19日判決は、「右の『相続させる』趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外なら」ず、「したがって、右の『相続させる』趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であ」るとした上で、「このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される」としています。
学説上は、①「相続させる」旨の遺言を遺贈を内容としたものと解した上で、遺言の効力発生と同時に、遺産承継の効力が生じるとする見解、②「相続させる」旨の遺言を遺産分割方法を指定したものと解した上で、遺産承継の効力が生じるためには、別途、遺産分割協議を要するとする説、③「相続させる」旨の遺言を遺産分割方法を指定したものと解した上で、遺言の効力発生と同時に、遺産承継の効力が生じるとする見解の3説が対立していましたが、上記の最高裁判決により、実務上は、③の説が取られることが明らかとされました。
なお、「相続させる」旨の遺言は、改正民法では、「特定財産承継遺言」と呼称されています(民法1014条2項参照)。
⑵ 上記のとおり、「相続させる」旨の遺言の場合は、当該遺産は、遺産分割協議や家庭裁判所での遺産分割審判等を経ることを要さずに、当該遺言の効力発生と同時に、直ちに当該相続人に承継されることになります。そのため、相談者様は、お父様が亡くなられたのと同時に、お父様の有した●●銀行●●支店普通預金口座番号●●●●●●●の預金を取得していることになります。
この事実を証するために、相続人全員の印鑑証明書を添付して、その署名捺印のある同意書を提出する必要性は一切ない(相談者様が当該預金を取得するに当たり、その兄の同意は一切不要である)ため、●●銀行は、相談者様の兄の署名捺印がある同意書や相談者様の兄の印鑑証明書が提出されなSたとしても、相談者様に対し、当該預金を払い戻さなければなりません。
なお、東京地裁平成25年12月19日判決でも、「相続させる」旨の自筆証書遺言に基づく預金の払戻請求が認容され、銀行に対し、預金の払戻し(及び遅延損害金の支払い)が命じられています。
4 まとめ
以上のとおり、●●銀行は、相談者様の預金払戻請求に応じなければならない立場にありますが、後の紛争に巻き込まれたくないとの思いから、これを拒否していると考えられます。なお、「相続させる」旨の自筆証書遺言に基づく預金の払戻請求であるにもかかわらず、相続人全員の印鑑証明書を添付して、その署名捺印のある同意書を提出しなければこれに応じない、との対応を取っている銀行は、数多く見受けられるところです。
預金払戻請求に応じさせるためには、●●銀行に対し、裁判例を踏まえ、「相続させる」旨の遺言の意義や趣旨を説明する必要がありますが、その説明が相談者様ご本人では難しいようであれば、お近くの法律事務所でご相談の上、弁護士に代理人として対応してもらうというのも1つの方法かと思います。
以上