「相続させる」旨の遺言と預金の払戻し

家事|相続|遺産分割|被相続人の意思と共同相続人、第三債務者の利益対立|最高裁平成3年4月19日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文・判例

質問:

先日、父が亡くなったのですが、父の自筆証書遺言書がタンスの引出しから出てきました。そこには、「遺言者は、遺言者の有する●●銀行●●支店普通預金口座番号●●●●●●●の預金を、●●(私)に相続させる。」と記載されていました。父は、遺言書に記載のあった銀行口座で、自身の財産を一元的に管理しており、その全部を私に相続させるという内容です。母は既に他界しており、家族は私と兄の2人だけだったのですが、父のお世話は私しかしておらず、兄は実家に一切寄り付きもしませんでした。そうしたこともあり、父はこのような遺言を残したのだと思います。

私は、インターネットで調べて、検認という手続きを裁判所で行った上で、父の自筆証書遺言書に従い、●●銀行で預金の払戻しを受けようとしたのですが、●●銀行の担当者から「預金の払戻しに当たっては、相続人全員の印鑑証明書を添付して、その署名捺印のある同意書を提出してもらう必要がある。」などと言われ、預金の払戻しを拒否されてしまいました。

私は、兄の署名捺印のある同意書や兄の印鑑証明書を●●銀行に提出しなければ、預金の払戻しを受けることができないのでしょうか。兄は、遺言の内容に不満を持っている様子で、協力してくれるとは到底思えません。

なお、自筆証書遺言書には、日付や氏名も記載されており、その全部が自書されているほか、押印もしっかりとあります。

回答:

ご相談の内容の遺言書があれば、他の相続人の同意書なくして預金の払い戻しを受けることは可能です。他に、お父様の亡くなったことを証明するための除籍謄本、相談者様の戸籍謄本、住民票があれば銀行に払い戻しを請求できます。

「相続させる」という文言の遺言書の効力については学説上争いがありましたが、最高裁の判例では、「相続させる」旨の遺言を遺産分割方法を指定したものと解した上で、遺言の効力発生と同時に、遺産承継の効力が生じる、という説が支持されました。従って、お父様が死亡した時点で預金の払い戻し請求権は遺言により、指定された方に移転していることになります。

銀行は、払い戻した後で他の相続人からクレームがあることを嫌がり、他の相続人が払い戻しに同意していることの証として印鑑証明書を付けた同意書を要求することが多いのですが、法律上はそのような同意書は不要です。解説で、自筆証書遺言、検認の続き、相続させるという遺言の文言の解釈について詳しく説明しますので参考にして下さい。

遺言書に関する関連事例集参照。

解説:

1 遺言の意義及び種類

⑴ 遺言とは、一定の方式で表示された個人の意思に、この者の死後、それに即した法的効果を与えるという法技術であるといわれています。少し難しい表現とはなっていますが、簡単に言えば、遺言によって、自身の死後の財産の行方を自由に決めることができるということになります。

私有財産制、私的自治の原則という近代以降の市民法の大原則から言えば、自身の財産は自由に処分できることになります。しかし、処分しないうちに死亡してしまうと、その処分権が相続人に移転してしまうので、元々の権利者が処分できないことになってしまいます。そこで、死後も自身の財産を処分できるようにしたのが遺言の制度です。

⑵ 遺言は、その方式によって、自筆証書遺言(民法968条)、公正証書遺言(同法969条)、秘密証書遺言(同法970条)、死亡危急時遺言(同法976条)、伝染病隔離時遺言(同法977条)、在船時遺言(同法978条)、難船時遺言(同法979条)に区分されます。遺言の効力発生時点で、遺言者は既に死亡しているため、遺言が遺言者の意思を果たして正確に反映しているのか、確認することができないことから、有効な遺言と認められるためには、厳格な要件が定められています。

ここでは、本件で問題となっている自筆証書遺言について、以下、詳しく解説していきます。

自筆証書遺言は、財産目録を除き、全部を自筆で書き上げる遺言です。①その全文を自書すること、②日付を自書すること、③氏名を自書すること、④押印があることが要件になります(同法968条1項)。以前は、相続財産の目録についても、自書することが要求されていましたが、近年の法改正により、相続財産の目録は、自書でなく、パソコンを利用したり、不動産(土地・建物)の登記事項証明書や通帳のコピー等の資料を添付したりする方法で作成することができるようになりました(同法968条2項)。

自筆証書遺言は、公正証書遺言や秘密証書遺言とは異なり、公証人や証人の関与を必要とせず、単独で作成することができるので、最もお手軽な遺言といえるかもしれません。

もっとも、その作成者(遺言者)の遺言能力(遺言内容を理解し、遺言の結果を弁識しうるに足る意思能力)や偽造・変造に対する疑義が生じやすいほか、隠匿・毀棄の危険にも晒されてしまうというデメリットがあります。また、上記の自筆証書遺言の要件が備わっていないと、そもそも遺言が無効とされてしまう可能性すらあります。

そのため、自筆証書遺言においては、家庭裁判所での遺言書の検認という手続きを経る必要があります。

2 遺言書の検認

遺言書の検認とは、相続人に対し、遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名等、検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続をいいます。遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。

相続人は、自筆証書遺言書を発見した場合は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければなりません(民法1004条1項、同条2項)。また、封印のある自筆証書遺言書については、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、これを開封することができないとされています(同条3項)。もし検認を経ないで遺言を執行したり、封印のある自筆証書遺言書家庭裁判所外で開封したりしてしまった場合には、五万円以下の過料を科されることがあるので(同法1005条)、この点には注意が必要です。

検認の申立てがあると、まず、裁判所より、相続人に対し、検認期日(検認を行う日)の通知が行われます。申立人以外の相続人が検認期日に出席するかどうかは、各人の判断に任されており、全員が揃わなSたとしても、検認手続は行われます。検認期日では、申立人から遺言書を提出し、出席した相続人等の立会のもと、裁判官が、封がされた遺言書については、これを開封の上、遺言書を検認します。検認が終わった後は、預金の払戻しを受けるに当たって、少なくとも、遺言書に検認済証明書が付いていることが必要となるので、検認済証明書の申請を行うことになります。

3 「相続させる」旨の遺言による預金の払戻し

⑴ 「相続させる」旨の遺言について、最高裁平成3年4月19日判決は、「右の『相続させる』趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外なら」ず、「したがって、右の『相続させる』趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であ」るとした上で、「このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される」としています。

学説上は、①「相続させる」旨の遺言を遺贈を内容としたものと解した上で、遺言の効力発生と同時に、遺産承継の効力が生じるとする見解、②「相続させる」旨の遺言を遺産分割方法を指定したものと解した上で、遺産承継の効力が生じるためには、別途、遺産分割協議を要するとする説、③「相続させる」旨の遺言を遺産分割方法を指定したものと解した上で、遺言の効力発生と同時に、遺産承継の効力が生じるとする見解の3説が対立していましたが、上記の最高裁判決により、実務上は、③の説が取られることが明らかとされました。

なお、「相続させる」旨の遺言は、改正民法では、「特定財産承継遺言」と呼称されています(民法1014条2項参照)。

⑵ 上記のとおり、「相続させる」旨の遺言の場合は、当該遺産は、遺産分割協議や家庭裁判所での遺産分割審判等を経ることを要さずに、当該遺言の効力発生と同時に、直ちに当該相続人に承継されることになります。そのため、相談者様は、お父様が亡くなられたのと同時に、お父様の有した●●銀行●●支店普通預金口座番号●●●●●●●の預金を取得していることになります。

この事実を証するために、相続人全員の印鑑証明書を添付して、その署名捺印のある同意書を提出する必要性は一切ない(相談者様が当該預金を取得するに当たり、その兄の同意は一切不要である)ため、●●銀行は、相談者様の兄の署名捺印がある同意書や相談者様の兄の印鑑証明書が提出されなSたとしても、相談者様に対し、当該預金を払い戻さなければなりません。

なお、東京地裁平成25年12月19日判決でも、「相続させる」旨の自筆証書遺言に基づく預金の払戻請求が認容され、銀行に対し、預金の払戻し(及び遅延損害金の支払い)が命じられています。

4 まとめ

以上のとおり、●●銀行は、相談者様の預金払戻請求に応じなければならない立場にありますが、後の紛争に巻き込まれたくないとの思いから、これを拒否していると考えられます。なお、「相続させる」旨の自筆証書遺言に基づく預金の払戻請求であるにもかかわらず、相続人全員の印鑑証明書を添付して、その署名捺印のある同意書を提出しなければこれに応じない、との対応を取っている銀行は、数多く見受けられるところです。

預金払戻請求に応じさせるためには、●●銀行に対し、裁判例を踏まえ、「相続させる」旨の遺言の意義や趣旨を説明する必要がありますが、その説明が相談者様ご本人では難しいようであれば、お近くの法律事務所でご相談の上、弁護士に代理人として対応してもらうというのも1つの方法かと思います。

以上

関連事例集

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※参照条文

【民法】

(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)

第908条

1 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。

2 共同相続人は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割をしない旨の契約をすることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。

3 前項の契約は、五年以内の期間を定めて更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。

4 前条第二項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。

5 家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて前項の期間を更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。

(自筆証書遺言)

第968条

1 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。

3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、S、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

(公正証書遺言)

第969条

公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。

① 証人二人以上の立会いがあること。

② 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。

③ 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。

④ 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。

⑤ 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。

(秘密証書遺言)

第970条

1 秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。

① 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。

② 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。

③ 遺言者が、公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。

④ 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。

2 第九百六十八条第三項の規定は、秘密証書による遺言について準用する。

(死亡の危急に迫った者の遺言)

第976条

1 疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、証人三人以上の立会いをもって、その一人に遺言の趣旨を口授して、これをすることができる。この場合においては、その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。

2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述して、同項の口授に代えなければならない。

3 第一項後段の遺言者又は他の証人が耳が聞こえない者である場合には、遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は、同項後段に規定する筆記した内容を通訳人の通訳によりその遺言者又は他の証人に伝えて、同項後段の読み聞かせに代えることができる。

4 前三項の規定によりした遺言は、遺言の日から二十日以内に、証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。

5 家庭裁判所は、前項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない。

(伝染病隔離者の遺言)

第977条

伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所に在る者は、警察官一人及び証人一人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。

(在船者の遺言)

第978条

船舶中に在る者は、船長又は事務員一人及び証人二人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。

(船舶遭難者の遺言)

第979条

1 船舶が遭難した場合において、当該船舶中に在って死亡の危急に迫った者は、証人二人以上の立会いをもって口頭で遺言をすることができる。

2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、通訳人の通訳によりこれをしなければならない。

3 前二項の規定に従ってした遺言は、証人が、その趣旨を筆記して、これに署名し、印を押し、S、証人の一人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。

4 第九百七十六条第五項の規定は、前項の場合について準用する。

(遺言書の検認)

第1004条

1 遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。

2 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。

3 封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない。

(過料)

第1005条

前条の規定により遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、五万円以下の過料に処する。

(特定財産に関する遺言の執行)

第1014条

1 前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。

2 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。

3 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。

4 前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

《参考判例》

(最高裁平成3年4月19日判決)

上告代理人小川正澄、同小川まゆみ上告理由第一点、第二点及び第三点について

Sが第一審判決別紙物件目録記載の一ないし六の土地を前所有者から買い受けてその所有権を取得したとした原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原審は、登記簿の所有名義がSになったことだけから右事実を認定したのではなく、同人が台東不動産株式会社の社長として相応の収入を得ていたことなどの事実をも適法に確定した上で、Sの売買による所有権取得の事実を認定しているのであり、原審の右認定の過程に、所論の立証責任に関する法令違反、経験則違反、釈明義務違反等の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第五点及び第六点について

一 原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。

1 第一審共同被告SSはSの夫、上告人(第一審被告)はSの長女、被上告人(第一審原告)はSの二女、第一審共同原告KはSの三女で、いずれもSの相続人であり、第一審共同原告Oは被上告人の夫であるが、Sは昭和六一年四月三日死亡した。

2 Sは、第一審判決別紙物件目録記載の一ないし八の土地(ただし、八の土地については四分の一の共有持分)を所有していたが、(1) 昭和五八年二月一一日付け自筆証書により右三ないし六の土地について「上出一家の相続とする」旨の遺言を、(2) 同月一九日付け自筆証書により右一及び二の土地について「上出の相続とする」との遺言を、(3) 同五九年七月一日付け自筆証書により右七の土地について「Oに譲る」との遺言を、(4) 同日付け自筆証書により右八の土地のSの持分四分の一について「角田に相続させて下さい」旨の遺言をそれぞれした。右各遺言書は、昭和六一年六月二三日東京家庭裁判所において検認を受けたが、右の遺言のうち、(1)の遺言は、被上告人とその夫Oに各二分の一の持分を与える趣旨であり、(2)の遺言の「上出」は被上告人を、(4)の遺言の「角田」はKをそれぞれ指すものである。なお、Kは、右八の土地についてSの持分とは別に四分の一の共有持分を有していた。

二 原審は、右事実関係に基づき、次のように判断した。

右(1)、(3)におけるSの相続人でないOに対する「相続とする」「譲る」旨の遺言の趣旨は、遺贈と解すべきであるが、右(1)における被上告人に対する「相続とする」との遺言、(2)の「相続とする」との遺言及び(4)の「相続させて下さい」との遺言の趣旨は、民法九〇八条に規定する遺産分割の方法を指定したものと解すべきである。そして、右遺産分割の方法を指定した遺言によって、右(1)、(2)又は(4)の遺言に記載された特定の遺産が被上告人又はKの相続により帰属することが確定するのは、相続人が相続の承認、放棄の自由を有することを考え併せれば、当該相続人が右の遺言の趣旨を受け容れる意思を他の共同相続人に対し明確に表明した時点であると解するのが合理的であるところ、被上告人については遅くとも本訴を提起した昭和六一年九月二五日、Kについては同じく同年一〇月三一日のそれぞれの時点において右の意思を明確に表明したものというべきであるから、相続開始の時に遡り、被上告人は前記一及び二の土地の所有権と三ないし六の土地の二分の一の共有持分を、Kは前記八の土地のSの四分の一の共有持分をそれぞれ相続により取得したものというべきであり、Oは、前記(3)の遺言の効力が生じた昭和六一年四月三日、前記七の土地の所有権を遺贈により取得したものというべきである。したがって、被上告人の請求のうち前記一及び二の土地の所有権並びに三ないし六の土地の二分の一の共有持分を有することの確認を求める部分、Oの前記七の土地の所有権を有することの確認を求める請求及びKの前記八の土地の四分の一を超え二分の一の共有持分を有することの確認を求める請求は、いずれも認容すべきであり、被上告人のその余の請求(三ないし六の土地の右共有持分を超える所有権の確認を求める請求)は理由がない。

三 被相続人の遺産の承継関係に関する遺言については、遺言書において表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものであるところ、遺言者は、各相続人との関係にあっては、その者と各相続人との身分関係及び生活関係、各相続人の現在及び将来の生活状況及び資力その他の経済関係、特定の不動産その他の遺産についての特定の相続人のかかわりあいの関係等各般の事情を配慮して遺言をするのであるから、遺言書において特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言者の意思が表明されている場合、当該相続人も当該遺産を他の共同相続人と共にではあるが当然相続する地位にあることにかんがみれば、遺言者の意思は、右の各般の事情を配慮して、当該遺産を当該相続人をして、他の共同相続人と共にではなくして、単独で相続させようとする趣旨のものと解するのが当然の合理的な意思解釈というべきであり、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではない。そして、右の「相続させる」趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させようとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法を定めるものであって、民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとしているのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させることをも遺言で定めることを可能にするために外ならない。したがって、右の「相続させる」趣旨の遺言は、正に同条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。そしてその場合、遺産分割の協議又は審判においては、当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がされることはいうまでもないとしても、当該遺産については、右の協議又は審判を経る余地はないものというべきである。もっとも、そのような場合においても、当該特定の相続人はなお相続の放棄の自由を有するのであるから、その者が所定の相続の放棄をしたときは、さかのぼって当該遺産がその者に相続されなSたことになるのはもちろんであり、また、場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。

原審の適法に確定した事実関係の下では前記特段の事情はないというべきであり、被上告人が前記各土地の所有権ないし共有持分を相続により取得したとした原判決の判断は、結論において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(東京地裁平成25年12月19日判決)

第1 請求

被告は、原告に対し、585万5855円及びこれに対する平成25年6月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は、亡B(以下「B」という。)の法定相続人である原告が、被告に対し、被告に預け入れられているBの遺産であるB名義の預金をBの自筆証書遺言に基づき全部相続したとして、Bと被告との間の預金契約による預金払戻請求権に基づき、前記預金の残高585万5855円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提となる事実(証拠を掲記していない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる。)

(1) 原告は、Bの長女である。

(2) 被告は、銀行法に基づく銀行であり、株式会社である。

(3) 別紙記載のとおり、平成10年12月28日付けで、Bの署名、押印がされたBの自筆証書遺言(以下「本件遺言」又は「本件遺言書」という。)が存在する(甲4の1、甲8、原告本人)。

(4) Bは、平成23年12月8日、死亡した。Bの法定相続人には、原告のほか、Bの長男(原告の兄)であるC(以下「C」という。)がいる。

(5) 被告稲城支店には、Bの遺産であるB名義の普通預金(口座番号〈省略〉。以下「本件普通預金」という。)及び定期預金(口座番号〈省略〉。以下「本件定期預金」といい、本件普通預金と本件定期預金を併せ「本件預金」という。)が存在する。

本件定期預金の残高は、平成23年9月30日現在で300万円である。

(6) 本件遺言書は、平成24年4月19日、東京家庭裁判所立川支部において、検認された(甲4の1ないし3)。

2 争点

(1) 本件遺言の解釈

(原告の主張)

本件遺言書によれば、Bが自己の財産を原告に全部相続させる趣旨の遺言をしたことは明らかであるから、原告は、本件遺言に基づきBの遺産である本件預金を全部相続した。

(被告の主張)

本件遺言書には、その趣旨が不明確の記載や相互に矛盾、抵触するような記載があるから、原告が本件遺言に基づきBの遺産である本件預金を全部相続したとは認められない。

(2) 払い戻されるべき本件預金の額

(原告の主張)

本件普通預金の残高は、平成24年5月17日現在で285万5855円であるから、本件定期預金の残高300万円と併せ、払い戻されるべき本件預金の額は、585万5855円である。

(被告の主張)

本件普通預金の残高は、平成25年6月13日現在で282万3184円である。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(本件遺言の解釈)について

本件遺言書には、「遺言書」と題して、「Bの預貯金残りと不動産全てはXのものとする」との記載(以下「本件記載1」という。)があるところ、原告がBの長女であること等の事情を併せ考えると、本件記載1は、Bがその死亡時に存在する自己の財産を法定相続人の1人である原告に全部相続させる趣旨のものと解されるから、原告は、本件遺言に基づき、Bの遺産である本件預金を全部相続したというべきである。

被告は、①本件遺言書は本件預金の口座が開設される前に作成されたものであり、本件遺言による相続財産に本件預金が含まれているか否かは不明であること、②本件遺言書には、「子供二人でわける(半分づつ)」との記載(以下「本件記載2」という。)があるところ、これによれば、Bの遺産を原告とCの2人で分けるとの趣旨にも読むことができ、本件記載1と本件記載2とで相互に矛盾、抵触する内容となっていること、③本件遺言書の作成当時、Bが自己の財産の全てを原告に相続させるべき特別な事情はなSたこと等を理由に、本件遺言書からはBの財産を原告に全部相続させるとの趣旨は読み取れないなどと主張する。

しかし、前記①について、Bが遺言書と題して本件記載1の内容を含む本件遺言書を作成していることからすれば、Bにおいて、将来取得する財産を含めその死亡時に存在する自己の財産の全てを原告に相続させる意思を有していたことが推認できる反面、本件遺言書を見ても、相続財産の対象を本件遺言書が作成された時点に存在した財産に限るとの趣旨の記載は見当たらないから、本件遺言書が作成された後に本件預金の口座が開設されたからといって、本件預金が本件遺言による相続財産の対象とならないということはできない。また、前記②について、証拠(甲4の1、甲8、原告本人)によれば、本件記載2は、香川県大川郡H(当時)にある寺の住職を務めていたBの父(原告の祖父)であるDの遺産相続に関する記載であることが認められるところ、このとおり本件記載2はBの遺産相続に関する記載ではなく、本件記載1と矛盾、抵触するものとはいえないことからすれば、本件記載2をもって本件記載1の効力が否定されることにはならないというべきである。さらに、前記③について、本件遺言書の作成当時、Bが自己の財産を原告に全部相続させる意思を有していなSたにもかかわらず、本件記載1の内容を含む本件遺言書を作成したなどの事情は窺われないから、Bが自己の財産を原告に全部相続させる趣旨の遺言をしたことが直ちに不自然であるなどということはできない。その他、本件遺言の解釈についての前記認定判断を覆すべき事情は見当たらない。

したがって、被告の前記主張は、採用することができない。

2 争点(2)(払い戻されるべき本件預金の額)について

証拠(乙4)によれば、本件普通預金の残高は、平成25年8月5日現在で282万3184円であることが認められる。

したがって、原告に払い戻されるべき本件預金の額は、本件普通預金の残高と本件定期預金の残高(300万円)とを併せ、582万3184円となる。

3 結論

以上によれば、原告の請求は、被告に対して預金払戻請求権に基づき582万3184円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成25年6月5日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める部分について理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、原告の敗訴部分が僅かであることから、民事訴訟法64条ただし書によりこれを全部被告に負担させることとして、主文のとおり判決する。