公務員の退職金不支給問題
行政|労働|公務員の生活権|労働者の人権と行政権の公正な行使による社会秩序の維持による利益対立|判断基準|最高裁判所令和5年6月27日判決
目次
質問:
勤続30年の地方公務員です。先日酒気帯び運転で検挙され、罰金刑の略式命令を受けてしまいました。公務員なのですが、職場から事情聴取の問い合わせを受けています。勤めている役所では飲酒運転による交通事故を撲滅することを市長が重点政策として掲げており、職員の飲酒運転は重い処分とする通達が出ていました。私は飲酒運転を反省し、退職になってしまうことは仕方ないと思いますが、懲戒免職になると退職金が一切出ないことになってしまうと聞きましたので心配です。数年前から老朽化した実家を建て替える計画があり退職金を当てにしていたので困ってしまいます。退職金が出ないのも仕方ないのでしょうか。
回答:
1、 地方公務員の、懲戒処分、退職金の支払いについては条例で、勤務の状況、非違行為の内容、非違行為後の状況など諸般の事情を考慮して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないことが出来ると定められています。原則として、処分権限者の裁量の範囲で処分されることになりますが、この裁量の範囲を超えた場合は、裁判で争うことが出来ます。
2、 退職金手当地方公務員に法令違反などの非違行為があった場合には、地方公務員法29条1項および4項により、任命権者による懲戒処分として懲戒免職処分や停職処分や減給処分を受ける可能性があります。懲戒手続の詳細は、各自治体の議会が制定する条例で定められます。職員の退職手当に関する条例にも、非違行為があった場合に、退職手当の一部又は全部を不支給とすることができる旨が定められていることが多くなっています。
3、公務員の任用についても懲戒手続についても、退職手当の支給についても、各行政庁において、行政目的を達成するための広汎な裁量が認められています。日々の行政実務に精通していることが任命権者の裁量の源泉です。いわゆる当不当の問題には司法審査は親しまないとされています。行政庁の退職金不支給決定が違法性を帯びて取り消し訴訟の対象となるのは、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限られるとされています。この問題に関する、近時の最高裁判所令和5年6月27日判決がありますので、ご紹介致します。
4、退職金不支給となってしまった場合に司法手続きにより取り消してもらうことは一般に困難であると言わざるを得ません。ご相談のケースでは、勤務先から事情聴取の要請を受けている段階ということです。代理人弁護士を依頼して、代理人経由で事情報告する方法もありますし、依願退職を受理して貰えるように交渉できる場合もあります。処分を受けていない段階であれば一度経験のある弁護士事務所に御相談なさってみることをお勧めいたします。
5、退職金に関する関連事例集参照。
解説:
1、地方公務員の懲戒処分と退職手当
地方公務員に法令違反などの非違行為があった場合には、地方公務員法29条1項および4項により、任命権者による懲戒処分として懲戒免職処分や停職処分や減給処分を受ける可能性があります。
地方公務員法29条(懲戒)1項 職員が次の各号のいずれかに該当する場合には、当該職員に対し、懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれらに基づく条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
2項 職員が、任命権者の要請に応じ当該地方公共団体の特別職に属する地方公務員、他の地方公共団体若しくは特定地方独立行政法人の地方公務員、国家公務員又は地方公社(地方住宅供給公社、地方道路公社及び土地開発公社をいう。)その他その業務が地方公共団体若しくは国の事務若しくは事業と密接な関連を有する法人のうち条例で定めるものに使用される者(以下この項において「特別職地方公務員等」という。)となるため退職し、引き続き特別職地方公務員等として在職した後、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合(一の特別職地方公務員等として在職した後、引き続き一以上の特別職地方公務員等として在職し、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合を含む。)において、当該退職までの引き続く職員としての在職期間(当該退職前に同様の退職(以下この項において「先の退職」という。)、特別職地方公務員等としての在職及び職員としての採用がある場合には、当該先の退職までの引き続く職員としての在職期間を含む。次項において「要請に応じた退職前の在職期間」という。)中に前項各号のいずれかに該当したときは、当該職員に対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。
3項 定年前再任用短時間勤務職員(第二十二条の四第一項の規定により採用された職員に限る。以下この項において同じ。)が、条例年齢以上退職者となつた日までの引き続く職員としての在職期間(要請に応じた退職前の在職期間を含む。)又は第二十二条の四第一項の規定によりかつて採用されて定年前再任用短時間勤務職員として在職していた期間中に第一項各号のいずれかに該当したときは、当該職員に対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。
4項 職員の懲戒の手続及び効果は、法律に特別の定めがある場合を除くほか、条例で定めなければならない。
懲戒手続の詳細は、各自治体の議会が制定する条例で定められます。東京都の「職員の懲戒に関する条例」の抜粋を御案内致します。
※東京都「職員の懲戒に関する条例」第1条(この条例の目的) この条例は、職員(市町村立学校職員給与負担法(昭和二十三年法律第百三十五号)第一条及び第二条に規定する職員を含む。以下同じ。)の懲戒の手続及び効果その他懲戒に関し規定することを目的とする。
第2条(懲戒手続) 戒告、減給、停職又は免職の処分は、その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならない。
第3条(減給の効果)
1項 常勤職員及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二十八条の五第一項に規定する短時間勤務の職を占める職員(以下「再任用短時間勤務職員」という。)に対する減給は、一日以上六月以下の範囲で給料及び地域手当の合計額の五分の一以下を減ずるものとする。
2項 非常勤職員(再任用短時間勤務職員を除く。)に対する減給は、一日以上六月以下の範囲で報酬の額(職員の給与に関する条例(昭和二十六年東京都条例第七十五号)第十二条に規定する通勤手当に相当する額及び同条例第十五条に規定する超過勤務手当に相当する額を除く。)の五分の一以下を減ずるものとする。
第4条(停職の効果)
1項 停職の期間は、一日以上六月以下とする。
2項 停職者は、その職を保有するが、職務に従事しない。
3項 停職者は、停職の期間中いかなる給与又は報酬も支給されない。
第5条(刑事事件係属中の懲戒) 懲戒に付せらるべき事件が、刑事裁判所に係属する間においても、任命権者は同一事件について、適宜に懲戒手続を進めることができる。
第6条(この条例の実施に関し必要な事項) この条例の実施に関し必要な事項は、人事委員会の承認を経て任命権者が定める。
さらに、職員の懲戒免職処分があった場合には、退職手当の一部または全部が不支給となる場合があります。東京都の条例抜粋をご案内致します。
※東京都「職員の退職手当に関する条例」第17条(懲戒免職等処分を受けた場合等の退職手当の支給制限)
1項 退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、事情(当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違に至つた経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響をいう。)を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。
一号 懲戒免職等処分を受けて退職をした者
二号 地方公務員法第二十八条第四項の規定による失職又はこれに準ずる退職をした者
2項 退職手当管理機関は、前項の規定による処分を行うときは、その理由を付記した書面により、その旨を当該処分を受けるべき者に通知しなければならない。
3項 退職手当管理機関は、前項の規定による通知をする場合において、当該処分を受けるべき者の所在が知れないときは、当該処分の内容を東京都公報に掲載することをもつて通知に代えることができる。この場合においては、その掲載した日から起算して二週間を経過した日に、通知が当該処分を受けるべき者に到達したものとみなす。
2、参考判例(最高裁判所令和5年6月27日判決)
地方公務員の懲戒免職に伴う退職手当の不支給処分について、この処分が著しく相当性を欠いて違法となるのはどのような場合でしょうか。参考となる近時の最高裁判例がありますのでご紹介致します。
事案は、公立高校の教師が、酒気帯び運転で物損事故を起こし逮捕され新聞等で報道され、罰金35万円という有罪判決を得たというもので、教育委員会は懲戒免職、退職金の全額不支給という処分をしましたがこれを不服として裁判に及んだところ、原審の高等裁判所は退職金の全額不支給は不当と判断し3割の支払いを命じましたが、最高裁判所は不支給とする処分が裁量の範囲内にあると判断したものです。
(1)最高裁判所令和5年6月27日判決
(あ)宮城県退職手当条例
「本件は、上告人の公立学校教員であった被上告人が、酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)を受けたことに伴い、職員の退職手当に関する条例(昭和28年宮城県条例第70号。令和元年宮城県条例第51号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)12条1項1号の規定(以下「本件規定」という。)により、退職手当管理機関である宮城県教育委員会(以下「県教委」という。)から、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分(以下「本件全部支給制限処分」という。)を受けたため、上告人を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
⑴ 本件規定は、退職をした者(以下「退職者」という。)が、懲戒免職処分を
受けて退職をした者に該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職者に対し、当該退職者が占めていた職の職務及び責任、当該退職者の勤務の状況、当該退職者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違後における当該退職者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案して、当該退職に係る一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分(以下「退職手当支給制限処分」という。)を行うことができる旨を規定する。」
(い)非違行為およびその影響
「被上告人は、昭和62年4月に上告人の公立学校教員に採用され、以後、
教諭として勤務した。被上告人につき、本件懲戒免職処分以外の懲戒処分歴はなく、その勤務状況にも特段の問題は見られなかった。
イ 被上告人は、平成29年4月28日、当時勤務していた上告人の高等学校
(以下「本件高校」という。)の同僚の歓迎会に参加するため、本件高校から自家用車を運転し、その会場付近の駐車場に駐車した。被上告人は、同日午後6時20分頃から午後10時20分頃まで、上記歓迎会に参加し、ビールを中ジョッキとグラスで各1杯程度、日本酒を3合程度飲んだ。そして、被上告人は、同日午後10時30分頃、20㎞以上離れた自宅に帰るため、上記自家用車の運転を開始し、約100m走行した場所にある丁字路交差点を右折した際、過失により、優先道路から同交差点に進入してきた車両と衝突し、同車両に物的損害を生じさせる事故(以下「本件事故」という。)を起こした。
その後、被上告人は、呼気1Lにつき0.35㎎のアルコールが検出されたことから、道路交通法違反の罪(酒気帯び運転)で現行犯逮捕された。上記逮捕の事実については、被上告人の氏名及び職業も含めて報道され、本件高校は、全校集会や保護者会を開き、被上告人の学級担任の業務等を他の教諭に担当させるなどの対応をした。」
(う)本件事案の前提事情および懲戒処分
「ウ 県教委は、平成29年5月17日付けで、被上告人に対し、上記イの酒気帯び運転(以下「本件非違行為」という。)を理由として本件懲戒免職処分をするとともに、本件規定により、一般の退職手当等(1724万6467円)の全部を支給しないこととする本件全部支給制限処分をした。
エ 被上告人は、平成29年10月30日、上記イの罪により罰金35万円の略式命令を受けた。
⑶ 本件非違行為に先立ち、県教委の教育長は、平成27年度及び同28年度に上告人の教職員が酒気帯び運転や酒酔い運転により検挙されるなどの事例が相次いでいたことを受けて、平成28年5月16日付け及び同年7月14日付けで、各教育機関の長等に宛てて、今後飲酒運転に対する懲戒処分についてはより厳格に運用していくといった方針を示すなどして、服務規律の確保を求める旨の通知等を発出していた。また、県教委は、同月、被上告人を含む教職員に対し、非常事態として注意喚起をしていた中で教職員による飲酒運転が繰り返されたことは極めて遺憾であり、飲酒運転につき免職又は5月以上の停職とする旨の懲戒処分の量定に係る基準を改正するなど、今後はより厳格に対応する旨を記載した周知文書を配布していた。」
(え)高裁判決(退職手当の3割は支給すべきとした)
「原審は、上記事実関係等の下において、本件懲戒免職処分は適法であるとしてその取消請求を棄却すべきものとした上で、要旨次のとおり判断し、本件全部支給制限処分の取消請求を一部認容した。
被上告人については、本件非違行為の内容及び程度等から、一般の退職手当等が大幅に減額されることはやむを得ない。しかしながら、本件規定は、一般の退職手当等には勤続報償としての性格のみならず、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職手当支給制限処分をするに当たり、長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮をすることを求めたものと解される。そして、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すると、本件全部支給制限処分は、本件規定の趣旨を超えて被上告人に著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち、被上告人の一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであると認められる。」
(お)最高裁判所の判断
「しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
⑴ 本件条例の規定により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。
そして、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。
そうすると、本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。
そして、本件規定は、退職手当支給制限処分に係る判断に当たり勘案すべき事情を列挙するのみであり、そのうち公務に対する信頼に及ぼす影響の程度等、公務員に固有の事情を他の事情に比して重視すべきでないとする趣旨を含むものとは解されない。また、本件規定の内容に加え、本件規定と趣旨を同じくするものと解される国家公務員退職手当法(令和元年法律第37号による改正前のもの)12条1項1号等の規定の内容及びその立法経緯を踏まえても、本件規定からは、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする場合を含め、退職手当支給制限処分をする場合を例外的なものに限定する趣旨を読み取ることはできない。
⑵ 以上を踏まえて、本件全部支給制限処分の適否について検討すると、前記事実関係等によれば、被上告人は、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものである。現に、被上告人が、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものであるといわざるを得ない。
しかも、被上告人は、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い。
以上によれば、本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。」
この裁判例では、宮城県の退職手当条例で懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解釈し、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限って違法であると判断すべきであるとしています。行政権限を所掌し、職員の職務の実情に精通している任命権者が、行政目的を遂行するために、広汎な裁量を有しているとしているのです。
そして、「県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情」のもとで、「自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとした」行為は、「現に、被上告人が、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものである」とされ、「被上告人は、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられ」、「現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされた」ものであり、「本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであった」ことから、本件不支給処分は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない、と判断しています。
(2)宇賀裁判官の反対意見
このように、最高裁判所の確定した多数意見は極めて厳格なものでしたが、宇賀裁判官の反対意見も付されておりますのでご紹介致します。3割の支給を相当とした高裁判決を是認したものです。
「県教委が制定した「一般の退職手当等の支給制限処分等の運用について」では、停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職処分とされたときには、一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討することとし、その場合であっても、公務に対する信頼に及ぼす影響に留意して、慎重な検討を行うこととしている。しかるところ、同じく県教委が制定した「教職員に対する懲戒処分原案の基準」では、飲酒運転を行った場合は、免職又は5月以上の停職とされており、平成27年に3名の高校教員が酒気帯び運転で停職処分とされた例があるほか、上告人の職員の飲酒運転による非違行為で停職処分にとどめられた例は少なくない。しかも、飲酒運転を取り締まる立場にあり、その意味で教職員以上に飲酒運転を自制すべき立場にあるともいい得る警察官が、被上告人による本件非違行為より後の平成30年に酒気帯び運転を行った事案では、停職3月の懲戒処分にとどめられている。
したがって、被上告人については、停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職処分がされたといえ、一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分をすることを、公務に対する信頼に及ぼす影響に留意して慎重に検討すべきであったといえる。
本件では、被上告人が教諭として生徒に範を垂れる立場にあったにもかかわらず、安易に飲酒運転を行ったことは公務に対する信頼を損ねるものであり、一般の退職手当等の大幅な減額はやむを得ないと考える。
しかし、上記警察官の非違行為と本件非違行為との間には、内容や態様の面で相違もあったとうかがわれるとはいえ、飲酒運転による公務に対する信頼の失墜という点では、飲酒運転を取り締まる立場にある警察官による酒気帯び運転の方が影響が大きいと思われるにもかかわらず、上記警察官は、停職3月の懲戒処分を受けたにとどまり、一般の退職手当等を減額されることはないものと考えられる。そのことに、被上告人が管理職ではなく、過去に懲戒処分を受けたことがなく、30年余り勤続してきたこと、本件事故による被害は物損にとどまり既に回復されていること、被上告人が反省の情を示していること等を考慮すると、一般の退職手当等の有する給与の後払いや退職後の生活保障の機能を完全に否定するのは酷に過ぎるなどとして、本件全部支給制限処分の取消請求を一部認容した原審の判断に違法があるとは考え難い。」
(3)判例検討
確定した最高裁判決は、退職金の全額不支給を適法とした厳しい判断でしたが、宇賀裁判官の反対意見では、同時期に飲酒運転で懲戒処分を受けた教職員や警察官の事例では停職処分に留まっているものがあり退職金の支給制限も受けなかったことから、当該事例の処分が重すぎる(酷に過ぎる)として、3割の支給を認めた原審の判断を是認しています。
上記裁判例(多数意見)では、退職手当条例で定める退職手当には、「勤続報償的な性格」を中心としつつ、「給与の後払的な性格」や「生活保障的な性格」をも有するものと解釈されています。非違行為の内容や公務や公務への信頼に与えた影響を考慮して、勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当の一部又は全部の支給制限をすることができるが、このような不支給の判断をするためには、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができないとして、任命権者の広汎な裁量を認めているのです。そして、この裁量があることを前提として、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきとしています。
最高裁判決は、本邦の司法判断の最終審ですから重い判断ですが、飽くまでも個別具体的な事例における事例判断となります。当然ながら、あなたの事案の様に別の事案であれば、異なった判断となる可能性もあります。上記最高裁判決の事案では、高裁判決で3割の退職金支給を認めていますし、最高裁段階でも反対意見が付されています。当該事案は、判断が分かれる可能性のある、ぎりぎりの事案、いわゆる限界事例とも言えるものでした。
上記判例に言及された、判断材料を列挙します。
・職場における飲酒運転防止の周知状況・対象者が占めていた職務内容および職責(管理職かどうか)
・対象者の勤続年数
・対象者の従来の勤務状況(本件懲戒処分以外の懲戒処分歴)
・飲酒した機会は職務上か私的なものか
・飲酒した時間と飲酒量
・飲酒してから飲酒運転するまでの時間
・飲酒運転しようとした距離
・飲酒運転の結果に起こした交通事故の内容(物損事故か人身事故か)
・飲酒運転の結果に起こした交通事故の被害状況及び被害回復状況
・飲酒運転の結果に起こした交通事故の過失割合
・飲酒運転で検挙された時のアルコール量
・飲酒運転の末に事故を起こして検挙されたことの報道内容(地域社会に与えた影響)
・職場における対応状況、受けた影響(全校集会や臨時保護者会、代替要員の手配状況)
・当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度
・当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響
・刑事処分の内容
・対象者の反省の情が示されている程度(対象者の言動)
・当該非違行為と近接する時期に発生した同種非違行為の処分状況(停職だったものがあったか)
・当該非違行為と近接する時期に発生した同種非違行為における退職金の支給状況
このように見てくると、ひとつとして同じ事件は有り得ず、ケースバイケースの判断にならざるを得ないことが分かりますが、上記最高裁判決で示されたように、公務遂行するために任用された公務員の職責は重く、任命権者の幅広い裁量が認められているところではありますので、一旦懲戒免職処分と退職金不支給の処分が出てしまいますと、司法審査でこれを覆すことは一般に困難であることは否定できません。司法審査の前段階で、懲戒処分や退職手当不支給の処分を受けてしまう前に、上記のポイントについて詳細に主張・交渉することが必要です。軽微な事案だった、偶発的な事案で悪質では無かった、十分に反省していること、被害弁償も迅速に十分に行われていることなどを詳細に丁寧に説明するのです。
3、まとめ
以上の通り、非違行為があった場合に、どのような懲戒処分がなされるのか、また、退職手当の支給制限がどのように行われるのかは、当該非違行為そのものだけでなく、非違行為後の反省状況や被害弁償状況や刑事処分内容なども大きく影響することになります。また、退職手当の支給制限については、任命権者の裁量が幅広く認められるところですので、職場の調査に対する説明方法によって、その裁量権の行使状況が影響し得ることになります。
従いまして、飲酒運転の末に交通事故を起こして検挙されてしまったというような場合には、勤務先の懲戒処分が出てしまう前に、刑事処分を軽減するための弁護活動に加え、交通事故の被害者に対する民事被害弁償の示談交渉も必要ですし、非違行為に至ってしまった情状と非違行為後の反省状況などを勤務先にしっかり説明する職場交渉も重要になって参ります。つまり、事件発生直後に、「警察・検察」、「交通事故被害者」、「職場勤務先」の3者に対して、同時に最大限の弁護活動を行う必要があるのです。これらの活動の結果として、刑事不起訴処分を得て、被害者との民事示談も成立し、職場との関係では、例えば依願退職が認められることになれば、退職金は全額支給されることになります。勤続年数が長い場合などには、ほんの少しの対応の違いが大きな支給額の差に帰結することになります。事件直後の対策を怠り、正式な処分が出てしまったあとで司法審査の場面で争おうとしてもなかなか難しいことが多いと言わざるを得ません。
お困りの場合は、一度経験のある弁護士事務所に御相談なさることをお勧めいたします。不思議なもので、対象者本人が自分で弁明すると反省が足りないと思われてしまうこともありますが、同じ内容でも代理人弁護士が第三者の立場で主張した方が、任命権者の理解を得られるチャンスが大きいこともあるのです。処分が出る前なら、司法手続き以外の弁護活動が効果的な場合もあるので一度ご相談なさってみて下さい。
以上