特別縁故者による相続財産の取得手続き
家事|相続|特別縁故者|利益対立|特別縁故者の経済的利益と被相続人の推定的意思|相続の基本原則|具体的手続き
目次
質問:
私は、ある男性と長年同居し、役所に婚姻届を提出してはいないのですが、夫婦として生活していました。ところが、同居を開始して10年程が経過した頃、夫が肝臓がんを患ってしまいました。私は、3年程の間、夫とともに、闘病生活を送ってきましたが、肝臓がんが発覚した時点で既に病状が大分進行していたこともあって、この春、夫は亡くなってしまいました。
私たち夫婦は、夫の持ち家を住まいとしていたのですが、私は、その家を夫から相続して、住み続けることができるのでしょうか。恥ずかしながら、私に収入はなく、その家に住むことができないとなると、路頭に迷うこととなってしまいますので、大変困っております。
夫からは、遺言書を作って、私に自身の持ち家を譲りたい、との話もあったのですが、私は、縁起でもないと思い、これを固辞いたしましたので、遺言書も残っておりません。また、私たち夫婦の間に子はなく、夫は、両親を既に亡くし、兄弟姉妹もおらず、私との同居を開始するまで天涯孤独の身でした。
回答:
婚姻届が提出されていない以上、相談者様は、法律上の配偶者とはいえず、相続人には当たりません。ただ、ご主人には、お子さんやご両親、ご兄妹姉妹がおらず、法定相続人がいない場合となります。法定相続人がいない場合は、相続人がないことを確定させるために相続財産清算人を選任し、特別縁故者に対する財産分与という手続きで被相続人の財産を承継する手続きがあります。
相談者様は、10数年の長きに亘って、ご主人と同居し、夫婦として共同生活を送られていたということですので、内縁の妻として特別縁故者に当たり、ご主人の持ち家等の相続財産の分与を受けられるものと考えられます。
法的な手続きとしては、まずは、相続財産清算人の選任の申立てを行い、相続人がいないことを確定させた上で、特別縁故者に対する相続財産の分与の申立てを行うこととなります。特別縁故者に対する相続財産の分与の申立ては、相続人がいないことが確定した後3か月以内に行う必要がありますので、この点、ご注意ください。
そして、裁判所において、被相続人の相続財産を分与するとの審判がなされ、これが確定すると、被相続人の相続財産の分与を受ける権利が形成されますので、相談者様は、ご主人の持ち家の名義をご自身に変更して、そのお家にお住まいになり続けることができるようになります。
特別縁故者に関する関連事例集参照。
解説:
1 相続の基本原則
そもそも、相続とは、ある人(被相続人)が死亡したときにその人の財産上の権利義務(遺産)を特定の人が引き継ぐことをいい、その人の死亡によって開始されます(民法882条)。
そして、遺言書が残されていない限り、原則として、民法で定められた法定相続人が遺産を引き継ぎ、法定相続人が数名の場合は共同相続といい民法で定められた法定相続分に従い、被相続人の財産上の権利義務を引き継ぐことになります。ただし、遺産分割協議を行い、全ての法定相続人が合意するのであれば、法定相続分と異なる割合によって被相続人の財産上の権利義務を引き継ぐことも可能です(同法907条1項)。
この点、民法は、法定相続人について、配偶者は常に相続人となるとした上で(同法890条)、第1順位の相続人を子とし(同法887条1項)、第2順位の相続人を直系尊属(父母や祖父母)とし(同法889条1項1号)、第3順位の相続人を兄弟姉妹としています(同項2号)。また、法定相続分については、配偶者のみが法定相続人である場合は、配偶者が被相続人の財産上の権利義務の全部を引き継ぎ、配偶者と子が法定相続人である場合は、配偶者が2分の1、子供(2人以上のときは、その全員で)が2分の1の割合で被相続人の財産上の権利義務を引き継ぎ(同法900条1号)、配偶者と直系尊属が法定相続人である場合は、配偶者が3分の2、直系尊属が(2人以上のときは、全員で)3分の1の割合で被相続人の財産上の権利義務を引き継ぎ(同法2号)、配偶者と兄弟姉妹が法定相続人である場合は、配偶者が4分の3、兄弟姉妹(2人以上のときは、全員で)4分の1の割合で被相続人の財産上の権利義務を引き継ぐとしています。なお、子、直系尊属、兄弟姉妹がそれぞれ2人以上いるときは、原則として均等に分けることとなります(同条4号)。
ここでいう配偶者とは、市区町村役場に婚姻届を提出して受理された者を指しますので、婚姻届が市区町村役場提出されていない以上、内縁関係にあったとしても相談者様は、ここでいう配偶者には当たりません。
ご相談の場合は、亡くなった方には上記の法定相続人はいないということですから相続人が存在しない場合ということになり、特別縁故者への相続財産の分与が考えられます。
2 特別縁故者への相続財産の分与
法定相続人が存在しない場合は、被相続人の財産上の権利である相続財産は、最終的には、国庫に帰属することになりますが(民法959条)、裁判所の判断により、国庫に帰属する運命にある相続財産の全部又は一部が被相続人との間に特別の縁故関係があったと認められる者(特別縁故者)に分与されることがあります(同法958条の2第1項)。
特別縁故者として認められるのは、「被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者」(同項)です。相談者様のような、市区町村役場に婚姻届を提出していないものの、事実上、夫婦として生活していた内縁の夫や妻は、「被相続人と生計を同じくしていた者」として、特別縁故者に当たります。東京家裁昭和38年10月7日審判でも、被相続人と長年に亘って共同生活を送ってきた内縁の妻を特別縁故者と認め、同人に対して相続財産を分与するのが相当との判断を示しています。被相続人と長年に亘って共同生活を送ってきた内縁の妻や夫と認められるための証拠としては、同居年数の分かる住民票や、対外的にも夫婦として生活していたことが分かる近隣住民等の陳述書等が考えられるでしょう。なお、内縁の夫や妻と認めるか否かは、諸般の事情から判断されることとなりますが、婚姻届け出はしていなくても婚姻生活を送る意思と婚姻生活の実態が要件となります。おおよその目安として、3年以上の夫婦としての同居期間があれば、内縁の夫や妻と認められやすくなる傾向にあります。
また、特別縁故者への相続財産の分与の程度・内容は、家庭裁判所の裁量に委ねられてはいます。実務上、特別縁故者が内縁の妻や夫、事実上の養親子以外の者である場合は、元々、相続を期待する立場にないことから、基本的に、分与割合が5割を超えることはありません。他方、特別縁故者が内縁の妻や夫、事実上の養親子である場合は、基本的に、残された相続財産の全部の分与を受けることができます(名古屋家裁平成6年3月25日審判参照)。
3 具体的な法的手続き
まずは、被相続人に法定相続人が存在しないことを確定させるために、被相続人の最終住所地を管轄する家庭裁判所において、相続財産清算人の選任の申立てを行わなければなりません(民法952条1項)。この申立てに当たっては、相続財産に預貯金等が含まれていないなど、相続財産の内容からして、相続財産清算人の報酬等の財源が見込めない場合には、管理費用として、50~100万円程度を予納する必要があります(小規模庁では、2、30万円程のところもあります。)。相続財産清算人が選任されると、相続財産清算人が選任されたことを知らせるための公告及び相続人を捜すための公告(官報公告)が6か月以上の期間を定めて行われます(同条2項)。これによって遺産相続が発生している事実を世の中全体に知らせ、法定相続人の申し出を促します。この公告の期間満了までに、法定相続人が現れなければ、法定相続人がいないことが確定します。逆に、法定相続人が現れれば、相続財産は法定相続人が受け取ることになり、特別縁故者への相続財産の分与は行われないこととなります。
その上で、法定相続人が現れず、法定相続人がいないことが確定した場合には、その確定後3か月以内に、被相続人の最終住所地を管轄する家庭裁判所において、特別縁故者に対する相続財産の分与の申立てを行うこととなります(同958条の2)。この3か月という期間を経過すると、特別縁故者に対する相続財産の分与の申立てを行うことができなくなってしまうので、注意しましょう。その審理は、申立人の提出書類の審査や相続財産清算人への意見聴取によって行われますが、場合によっては、裁判官による審問(裁判所が事件を審理するため、書面又は口頭で、当事者その他の利害関係人に陳述させること。)や家庭裁判所調査官による調査が行われることもあります。そして、被相続人の相続財産を分与するとの審判がなされ、これが確定すると、特別縁故者において被相続人の相続財産の分与を受ける権利が形成されることとなり、特別縁故者は、被相続人の相続財産である預貯金の払戻しを受けたり、不動産の名義を自身に変更したりすることができるようになります。
10数年にわたり被相続人名義の家で共同生活を送られてきたということですから原則として内縁関係にあったと認められ、生活の拠点となっていた家について相談者様に分与が認められる可能性が高いと言えます。なお、内縁関係とはいえ、関係の程度に軽重があることが考えられ、遺産全部を分与されるかいなかは、生活状況等を具体的に検討して裁判所が判断することになります。
4 まとめ
以上より、相談者様は、特別縁故者として、ご主人の相続財産の分与を受けることのできる地位にあると考えられます。ただ、実際にご主人の相続財産の分与を受けるためには、相続財産清算人の選任の申立てと特別縁故者に対する相続財産の分与の申立てという2段階の法的な手続きを経なければならないほか、内縁の妻として特別縁故者に当たること、内縁関係が濃密であり全部の遺産を分与すべきであることなどの主張立証も尽くさなければなりません。そのため、お近くの法律事務所で、遺産相続に精通した弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
以上