タレント専属契約の違約金と芸名使用について
民事|会社の営業の自由と個人の経済活動の自由|パブリシティ権について最高裁平成24年2月2日判決
目次
質問:
娘は高校生の時にタレントモデル事務所と専属マネージメント契約を締結して数年間芸能活動を続けてきましたが、ファンの男性と個人的なメール連絡をしていることが事務所に発覚し、契約解除と500万円の損害賠償の通知を受け取りました。そして、従来活動してきた芸名も今後使用することはできないというのです。事務所から男女交際や個人的な連絡は一切禁止であり、契約書の違約条項に損害賠償の予定として500万円の賠償が明記されていると主張されました。個人的なメール連絡といっても他愛もないものですし、賠償金は支払わなければなりませんか。また、芸名の継続使用もできないのでしょうか。
回答:
1、 契約書に記載されていたとしても、契約の解除の有効性、賠償責任があるか、芸名の使用の可否については、契約書の合理性、違反の程度など具体的な事情により結論が異なります。
2、タレントやモデル志望の若者が芸能事務所と専属マネージメント契約を締結することがあります。当人は歌唱レッスンを受けたり、演技指導を受けたり、減量トレーニングを受けたりして芸能活動の訓練を行い、事務所側は、これらの費用を支出し、また、放送局や出版社やCM企業などの顧客に営業活動を行い、モデルタレント活動の仕事を締結し、当人を派遣して収入を得ます。この専属マネージメント契約は、民法典に定められた典型契約ではありませんが、契約当事者の双方に権利義務がある双務契約であり、芸能の仕事を委託する側面もあることから、業務委託契約の要素を含むとも考えられます。様々な契約要素が複合的に含まれている無名契約、非典型契約であると言えます。ほとんどのケースで詳細な契約書が作成され、双方署名捺印されています。
3、このマネージメント契約には、芸能活動の妨げになるような男女交際禁止、ファンとの個別連絡禁止などの条項が含まれていることもありますし、マネージメント契約終了後も肖像や芸名も含めたパブリシティー権が事務所に所属するので当人であっても芸名を使用し続けることはできないとする条項が含まれていることがあります。これらの契約条項を文字通りに解釈すれば、全て事務所側の主張が正しいということになります。他方、ケースバイケースとなりますが、違約金条項の内容や金額に合理性が無かったり、芸名の使用禁止期間に合理性が無かったりした場合には、当該特約条項が民法90条の公序良俗違反「民法第90条(公序良俗)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」として無効と判断されることもあります。
4、男女交際禁止について、高等学校の校則に関する判例がありますので御紹介致します。パブリシティー権や芸名グループ名の使用継続に関する判例もいくつかありますので、御紹介致します。
5、ご相談のケースでは、ファンとの個別連絡内容が、芸能活動に致命的な影響をあたえるべきものであって契約解除に値するようなものであったのか、また、事務所側の損害額が、契約書に定められた予定額にふさわしいものであったのか個別具体的な検討が必要です。また、芸名の使用継続についても、事務所側から十分な代償措置が提供されていたのか、禁止期間の長さが事務所側の投下資本回収の観点から見て合理的範囲に留まるものか、ケースバイケースの検討が必要となります。一般論となりますが、小規模の芸能事務所などではタレント志望者に対して法外な要求を繰り返しているケースも散見されます。代理人弁護士を入れるなどして、適切な条件で和解合意できないかどうか模索すると良いでしょう
6、タレント契約に関する関連事例集参照。
解説:
1、タレント専属契約
一般的に、芸能事務所とモデルタレントや演奏家の専属マネジメント契約は、事務所が専属的にテレビや放送や出版やコマーシャルなどの出演交渉を専属的に受託し、タレントが事務所の指示に従って芸能活動を行うものです。タレントは事務所の専属タレントとして事務所の指示に従って芸能活動を行い、事務所がタレントに対し当該芸能活動に係る報酬等を支払うことが定められています。
タレント本人は歌唱レッスンを受けたり、演技指導を受けたり、減量トレーニングを受けたりして芸能活動をするための育成訓練を行い、また、スタジオでレコーディングを行い、事務所側は費用を支出し、また放送局や出版社やCM企業などの顧客に営業活動を行い、モデルタレント活動の仕事を斡旋締結し、タレントを派遣して収入を得ます。この専属マネジメント契約は、民法典に定められた典型契約ではありませんが、契約当事者の双方に権利義務がある双務契約であり、芸能の仕事を委託する側面もあることから、委任契約の規定が準用される業務委託契約の要素を含むとも考えられます。様々な契約要素が複合的に含まれている無名契約、非典型契約であると言えます。ほとんどのケースで詳細な契約書が作成され、双方署名捺印されています。最初の契約時には事務所側の立場が強いためか、事務所側に有利な条項が多くなっていることが多いようです。
専属契約書では、芸能活動の妨げとなるようなファンとの個別連絡や男女交際を禁止する条項が定められていたり、その違約金として数百万円の損害金が定められていることもあります。また、マネジメント契約終了後も肖像や芸名などのパブリシティ権は事務所に原始的に所属し、当該芸名を使用する場合には事務所の事前承諾が必要であるとする条項が定められていることもあります。
事務所としては、タレントとして売り出すのに費用をかけているわけですから、投下した費用の回収、利益を目的とする契約には合理性があります。しかし、合理性を逸脱してタレントに不利益を負わせるような契約は検討が必要になります。
2、公序良俗違反
前記のようなマネジメント契約が締結され契約書が作成されていたとしても、契約内容が法令に違反していたり、社会的相当性を逸脱している場合は、公序良俗違反として、当該条項が無効となる場合もあります。また、当事者間の衡平性が著しく阻害され、契約当事者の一方が不当に(根拠なく)過大な利益を得る場合も、暴利行為として公序良俗違反で無効になると解されています。
民法90条(公序良俗)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
無効となるもので有名なのは妾契約・愛人契約や人身売買の契約、奴隷契約です。個人の尊厳を無視するような不相当な契約内容が仮に当事者間で形式的に合意されたとしても、その内容に関して明確な契約書が作成されていたとしても、それは法的に当事者を拘束するような契約内容として有効にはならないし、裁判所に訴え出て履行の強制を求めることもできないとされているのです。公序良俗違反の法律行為に裁判所は手を貸すことができません。
従って、マネージメント契約書の中で、ファンクラブに限定するなどファンとの交流方法の指定がなされていたり、タレント活動を阻害するような男女交際の禁止が定められていたり、また、契約終了後の芸名や肖像の使用禁止が定められていたとしても、その契約条項の有効性は、契約書の字句文言とは別に、双務契約の公平性を逸脱していないかどうか、公序良俗の範囲を逸脱していないかどうかも含めて、個々の有効性を判断していく必要があります。
3、判例紹介
芸名や肖像の使用については、パブリシティ権として議論されています。パブリシティ権は個人の人格に基づくものですから、原則としてタレント個人にありますが、第三者に譲渡することや、一定の制限を加えることは可能です。ここでは事務所へのパブリシティ権の譲渡やその制限の妥当性という点から議論されることになりますが、パブリシティ権を理解するうえで重要な最高裁判所の判例がありますので紹介します。
(1)パブリシティ権について最高裁平成24年2月2日判決
『人の氏名,肖像等(以下,併せて「肖像等」という。)は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有すると解される(氏名につき,最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁,肖像につき,最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁,最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁各参照)。そして,肖像等は,商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。他方,肖像等に顧客吸引力を有する者は,社会の耳目を集めるなどして,その肖像等を時事報道,論説,創作物等に使用されることもあるのであって,その使用を正当な表現行為等として受忍すべき場合もあるというべきである。そうすると,肖像等を無断で使用する行為は,①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となると解するのが相当である。』
これは、パブリシティ権の性質と利害調整を判示した最高裁判決です。(芸名も含む)氏名や肖像(画像)は、個人の人格の象徴であるから、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有し、芸能人であっても誰でも、顧客吸引力を有する者は、これらの氏名や肖像を用いて排他的に商業利用する権利(パブリシティ権)を有するが、その肖像等は「時事報道、論説、創作物等に使用されることもあるのであって、その使用を正当な表現行為等として受任すべき場合もある」と判示しています。
この判例では、有名なパブリシティ権の3類型も判示されています。①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合、にはパブリシティ権の侵害が発生し得るとされました。
(2)男女交際禁止について東京地裁令和4年11月30日判決
また、契約書に男女交際を禁止する条項があるということですが、個人の自由を制限するような文言の有効性の検討が必要になります。このような契約について問題とした判例はありませんので、私立学校で男女交際を禁止した校則の効力が問題となった判例を参考として紹介します。
『本件校則は、生徒が男女交際により傷付くという事態を避けるとともに、男女交際が他の生徒に悪影響を与えることを防止することにより、生徒を学業等に専念させることを目的とするものである(認定事実⑴ウ)ところ、本件校則が上記特色を有する本件高校における在学関係設定の目的と関連したものであることは明らかである。また、心身の発達途上の段階にある高校生にとって、男女交際が生活習慣の乱れ等の要因になり得ること自体は否定できず、本件校則の内容は、本件高校の教育理念や教育方針等に鑑みれば、男女交際の禁止により生徒を学業等に専念させるためのものとして、社会通念に照らして合理的なものであるということができる。』
これは「特定の男女間の交際は、生徒の本分と照らし合わせ、禁止する。」という校則が定められていた私立高等学校において、「私立学校が有する上記包括的権能は、無制限なものではなく、在学関係設定の目的と関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものである」としつつ、男女交際を禁ずる校則そのものは有効であるが、当該事案の運用における不適切な対応があったとして学校側の民事賠償責任を認定したものでした。
勿論、若者にとって男女交際も含めて、誰とどのように連絡し交流するのかは、自己決定権、幸福追求権にも密接に関係する重要な行為となります。契約書で1年365日24時間の全てを拘束されるのはおかしい、日本国憲法の個人の尊厳、幸福追求権の理念に照らしても一律に禁止されることは不合理と感じられるかもしれません。
タレントの専属マネジメント契約の場合、契約当事者が未成年の生徒なのか成人なのかによっても影響するところですが、テレビやラジオや出版やコマーシャル活動において、例えばタレントの不倫関係が発覚するなどすれば出版放映差し止めになったりして違約金の負担を生ずるなど事務所側に多額の損害が生じ得ることは容易に想像することができます。そのような損害を回避するために、タレントの好感度や一定のイメージ、ブランド力を維持するために、ブランドコントロールの手段を事務所に付与するために、タレント活動する契約期間内に限って、ファンとの交流や男女交際の方法を制限するような特約条項が定められることも考えられることになります。従って、ファンとの交流禁止条項があったとしても、最終的に問題となるのは、その条項と、実際に発生した事情との間の適用関係、運用が相当であったか、損害賠償の予定があったとしても、その金額が発生した事情に見合う相当なものであったかどうか、ということになります。契約書の文言を形式的に解釈することはできないということです。
(3)終了後の演奏活動に関する知財高裁令和4年12月26日判決
マネージメント契約終了後にタレントの演奏活動について、事務所の承諾を必要とする条項の有効性が争われた判例を紹介します。条項の目的は事務所の先行投資資本の回収にあるとしても、契約終了後の制約には合理性がないとしています。
『ア 前記(1)の①「本件条項により、本件専属契約終了後6か月間、一審原告らが本件グループとして活動をするためには一審被告会社の承諾が必要」であるとの理解は、本件条項が有効であることを前提とするものであるから、本件条項の有効性について検討する。
イ 本件条項は、前記1(1)のとおり、「実演家は、契約期間終了後6ヶ月間、甲(一審被告会社)への事前の承諾なく、甲以外の第三者との間で、マネージメント契約等実演を目的とするいかなる契約も締結することはできない。」とするものであり、一審原告らが、本件専属契約終了後6か月間、一審被告会社以外の者との間で実演を目的とする契約を締結することを、実質的に禁止するものである。本件専属契約における「実演」は、前記1(1)の本件契約書の第2条に規定されるもので、演奏活動以外にも、コマーシャルフィルムへの出演や、執筆、キャラクターグッズ関連の活動、ファンクラブやファンサイトに関する活動も含むものであって、一審原告らの実演家ないしアーティストとしての活動一般を広く含むものと認められる。
ウ 本件専属契約は、実演家である一審原告らと一審被告会社との間において、一審被告会社が一審原告らのマネージメントを行うことを目的として締結されたものであり、本件専属契約中の各条項は、当事者間で合意されたものとして特段の事情がない限り有効と考えらえるところである。しかしながら、前提事実(2)及び前記1(2)のとおり、本件グループは、平成22年12月以降、シングルやアルバムを発売したり、単独ライブを開催したり、雑誌の表紙を飾るなど精力的な活動をしていたものであり、特に平成24年7月以降は一審原告ら4名ともが構成メンバーとして、長期間にわたり本件グループとしてバンド活動をすることにより実演家としての活動を行ってきたところ、本件条項は、本件専属契約の終了後において、上記のような一審原告らの実演家としての活動を広範に制約し、一審原告らが自ら習得した技能や経験を活用して活動することを禁止するものであって、一審原告らの職業選択の自由ないし営業の自由を制約するものである。そうすると、本件条項による制約に合理性がない場合には本件条項は公序良俗に反し無効と解すべきであり、合理性の有無については、本件条項を設けた目的、本件条項による保護される一審被告会社の利益、一審原告らの受ける不利益その他の状況を総合考慮して判断するのが相当である。
エ そこで検討するに、一審被告らは、本件条項について、先行投資回収のために設けたものであると主張しているところ、一審原告らの需要者(一審原告らのファン)に訴求するのは一審原告らの実演等であって、一審被告会社に所属する他の実演家の実演等ではないのであるから、本件条項により一審原告らの実演活動を制約したとしても、それによって一審被告会社に利益が生じて先行投資回収という目的が達成されるなどということはなく、本件条項による一審原告らの活動の制約と一審被告会社の先行投資回収には何ら関係がないというほかない。また、仮に、一審被告会社に先行投資回収の必要性があり、それに関して一審原告らが何らかの責任を負うような場合であったとしても、これについては一審原告らの実演活動等により生じる利益を分配するなどの方法による金銭的な解決が可能であるから、上記必要性は、本件専属契約終了後の一審原告らの活動を制約する理由となるものではない(加えて、本件専属契約の合意解約がされた令和元年7月13日までに、本件専属契約が締結された平成22年8月1日から約9年間、一審原告ら全員が本件グループに加入することとなった平成24年7月からでも約7年間が経過しており、また、本件専属契約も数回にわたり更新されてきたものであること(前提事実(2))からすると、本件においては、一審被告会社による先行投資の回収は当然に終了しているものと考えられるところである。)。
そうすると、その余の点につき検討するまでもなく、本件条項による制約には何ら合理性がないというほかないから、本件条項は公序良俗に違反し無効であると解するのが相当である。』
この判例は、「実演家は、契約期間終了後6ヶ月間、甲への事前の承諾なく、甲以外の第三者との間で、マネージメント契約等実演を目的とするいかなる契約も締結することはできない。」とする契約条項には合理性が無く無効であると判示しています。原告側は、営業の自由の他、職業選択の自由も侵害されていると主張しましたが、裁判所は、これを全面的に認めました。「一審原告らの需要者(一審原告らのファン)に訴求するのは一審原告らの実演等であって、一審被告会社に所属する他の実演家の実演等ではないのであるから、本件条項により一審原告らの実演活動を制約したとしても、それによって一審被告会社に利益が生じて先行投資回収という目的が達成されるなどということはなく、本件条項による一審原告らの活動の制約と一審被告会社の先行投資回収には何ら関係がないというほかない」と判示して、バンド活動の制限をしても事務所側の利益になるわけではないので、活動禁止には合理性が無いと判示しています。タレントマネジメント契約において契約終了後の競業避止義務を定めることには合理性が無いという考え方です。
また、『なお、このことは、実演家人格権である氏名表示権(著作権法90条の2)についても同様であり、本件専属契約終了後において、一審被告会社に、一身専属権である実演家人格権としての氏名表示権、すなわち、本件グループの実演時に本件グループ名を表示するか否か等を決定する権利が帰属することはないから、一審被告会社は、本件グループ名について氏名表示権を行使することもできない。』として、パブリシティ権だけでなく、著作権法上の氏名表示権もアーティスト自身に帰属すると判示しています。
(4)芸名の使用差し止めに関する東京地裁令和4年12月8日判決
マネージメント契約終了後に無制限に何らの対価もなくその使用を制限することに合理性はないと判断しています。
『3 本件契約書10条の有効性について
⑴ 本件契約書10条は、本件契約の契約期間中はもとより、本件契約の終了後においても、被告による(芸能活動における)本件芸名の使用を原告の諾否にかからしめるものである(前記前提事実⑵ア )。
⑵ しかしながら、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分については、前記2⑵イで認定判示したとおり、無効であると認められるところ、本件芸名に係るパブリシティ権が被告に帰属し(前記2)、本件契約が既に終了しているにもかかわらず(前記1)、原告が本件契約書10条により、無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つというのは、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の効力を実質的に認めることに他ならない。また、本件契約の終了後も、本件契約書10条による制約を被告に課すことに対する代償措置が講じられていることを認める足りる証拠もない。
そうすると、本件契約書10条に、原告が被告の芸能人としての育成等のために投下した資本の回収機会を確保する上で必要なブランドコントロールの手段を原告に付与するという目的があるとしても、前述したとおり、そもそも、投下資本の回収は、基本的に、原告と被告との間で適切に協議した上で、合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであって、上記の目的が、パブリシティ権の帰属主体でない原告に、被告に対する何の代償措置もないまま、本件契約の終了後も無期限に被告による本件芸名の使用についての諾否の権限を持たせることまでを正当化するものとはならない。
したがって、本件契約書10条のうち少なくとも本件契約の終了後も無期限に原告に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であるというべきである。』
この判例は、「被告は本契約期間中はもとより契約終了後においても、原告の命名した以下の芸名および名称を原告の承諾なしに使用してはならない。 「C」」とする契約条項が締結されていた場合でも、例えば契約終了後も定期的に対価を支払い続ける合意があるなど当事者間で適切な代償措置がなされているなどの事情が無ければ、一律に無期限で芸名の使用を制限する条項は公序良俗違反で無効となると判示しています。
パブリシティ権の譲渡性については、芸名肖像などの人格権に由来する権利であるけれど、「パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない。」として、契約で譲渡し得ることを示唆しています。
そして本件におけるパブリシティ権の帰属先については、「本件芸名の顧客吸引力は、飽くまでも被告の芸能活動の結果生じたものであり、需要者が本件芸名によって想起・識別するのも実際に芸能活動等を行った被告であって、原告ではない」として、本件芸名に係るパブリシティ権は、需要者が本件芸名によって想起・識別するところの被告に帰属するものと認めるのが相当である、としています。契約書にパブリシティ権の包括的帰属や譲渡の条項が定められていたとしても、適切な対価を伴う代償措置が定められていなければ当該条項は公序良俗違反で無効になると判示しています。もしも経済的価値のあるパブリシティ権を当事者の合意によって、賃貸または無期限の包括譲渡するのであれば、それに見合うだけの経済的対価が必要になるという判断です。
この判例で注目すべき点は、パブリシティ権の帰属を判断する際の判断基準として、事務所側の「投下資本の回収機会の確保」について言及している点です。判例では、「確かに、本件契約が継続していた間の被告の芸能活動は、原告のマネージメント業務により支えられてきた側面があり、そのために原告において一定の営業上の努力や経済的負担をしており(甲33及びA)、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、そのような原告が投下した資本の回収の一手段として位置づけることができる。しかし、原告による投下資本の回収は、基本的に、原告と被告との間で適切に協議した上で、(専属契約について)合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものである」としています。
事務所側が育成や売り込みなどに相応の資本を投下して、タレント活動を支えてきた実績があれば、パブリシティ権を利用してこれを回収しようとする契約条項を定めることは有効と解釈され得ることになります。この時の利益衡量は、事務所側の育成期間も含めた投下資本累計額と、その回収状況、また、タレント側の芸能活動の収入に対する貢献度を比較衡量して定められることになるでしょう。
(5)不正競争防止法2条1項1号該当性に関する令和5年12月11日判決
次にタレントが、芸能事務所が契約解除後にホームページ上にタレントの芸名や肖像写真を掲載し続けていたことを不正競争防止法違反に該当するとして損害賠償を請求した判例を紹介します。タレント側が事務所に退所を申し出て、事務所側がそれを認めず契約解除の有効性が別件訴訟で争われていた期間に、ホームページ上の所属タレントとして掲載され続けていたという事案です。裁判所は結論としては、当該事案の場合はタレントが営業等の主体であるとは認められないとして不正競争防止法の適用を否定しました。
『不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」とは、人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。
これを本件についてみると、原告の氏名又は肖像は、原告を示す人物識別情報であり、本来的に商品又は営業の出所表示機能を有するものではない。そして、前記前提事実によれば、原告は、芸能プロダクションである被告に所属する一タレントであったにすぎず、原告自身がプロダクション業務等を行っていた事実を認めるに足りない。そして、本件全証拠をもっても、原告の氏名又は肖像が、その人物識別情報を超えて、原告自身の営業等を表示する二次的意味を有するものと認めることはできず、まして、原告の氏名及び肖像が、タレントとしての原告自身の知名度とは別に、原告自身の営業等を表示するものとして周知であるものとは、明らかに認めるに足りない。
したがって、原告の氏名又は肖像が周知な商品等表示に該当するものと認めることはできない。
これに対し、原告は、原告の氏名又は肖像が商品の出所又は営業の主体を示す表示である旨主張するものの、原告は、芸能プロダクションである被告に所属する一タレントであったにすぎず、本件全証拠によっても、原告自身が営業等の主体である事実を認めるに足りないことは、上記において説示したとおりである。したがって、原告の主張は、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」を正解するものとはいえず、採用することができない。』
※不正競争防止法第2条(定義)1項 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一号 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
タレントの芸名トラブルで不正競争防止法2条1項1号違反の主張がなされることがありますが、この判例では、タレント本人がプロダクションから独立して営業主体として活動していたわけではないから、本条違反に当たらないと判示しています。不正競争防止法は、商標登録していない場合でも、事実上商品名を用いて営業している者の営業上の利益(権利)を保護する趣旨の法規範ですので、芸能事務所に所属して活動していたタレントには本条の利益を主張する権利は無いと判断しているのです。
4、さいごに
ご相談のケースでは、ファンとの個別連絡内容が芸能活動に致命的な影響をあたえるべきものであって契約解除に値するようなものであったのか、また、事務所側の損害額が、契約書に定められた損害賠償予定額にふさわしいものであったのか個別検討が必要です。具体的には、娘さんの育成期間から現在に至るまでの事務所側の経済負担がどれほどであったのか、娘さんの芸能活動の結果どれくらいの収入が現在までにあったのか、など、個々の事情を精査する必要があります。
また、芸名の使用禁止についても、事務所側から十分な代償措置が提供されていたのか、禁止期間の長さが事務所側の投下資本回収の観点から見て合理的範囲に留まるものか、ケースバイケースの検討が必要となります。判例では、タレント本人の営業の自由や職業選択の自由を認めて、半年程度の使用禁止・活動禁止であっても無効とするものがあります。勿論、無期限に芸名の使用を認めないような条項は、定期的に相当額の償金を支払うなどの代償措置が定められていない限り無効とされる可能性が高いでしょう。近時の判例は、タレント・アーティストの営業の自由や職業選択の自由、自己決定権や人格権を重視しているように思われます。タレントが自分らしく生きていく、活動していくことに理解を示しています。
一般論となりますが、小規模の芸能事務所などではタレント志望者との間で専属契約を乱発し、十分な育成費用も支出せず、些細な違反を理由に法外な要求を繰り返しているケースも散見されます。そのような場合には、代理人弁護士を入れるなどして、適切な条件で和解合意できないかどうか模索すると良いでしょう。お困りの場合は、お近くの弁護士事務所に御相談なさってみて下さい。
以上