「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」
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平成14年12月13日
医道審議会医道分科会
平成24年3月4日改正
平成27年9月30日改正
平成29年9月21日改正
平成31年1月30日改正
医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について
(はじめに)
医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師その他の医療の担い手
と医療を受ける者との信頼関係に基づいて行われるものであり、医師、歯科医師その他の医
療の担い手は、医療を受ける者に対し良質かつ適切な医療を行うよう努めるべき責務がある。
また、医師、歯科医師は、医療及び保健指導を掌ることによって、公衆衛生の向上及び増
進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することを任務としている。
医師法第7条第2項及び歯科医師法第7条第2項に規定する行政処分については、医師、
歯科医師が相対的欠格事由に該当する場合又は医師、歯科医師としての品位を損するような
行為があった場合に、医道の観点からその適性等を問い、厚生労働大臣はその免許を取り消
し、又は期間を定めて業務の停止、若しくは戒告を命ずるものである。
医師、歯科医師免許の取消又は業務の停止若しくは戒告の決定については、基本的には、
その事案の重大性、医師、歯科医師として求められる倫理上の観点や国民に与える影響等に
応じて個別に判断されるべきものであり、かつ、公正に行われなければならない。
また、より公正な規範を確立する要請に基づき、一定の考え方を基本としつつ処分内容を
審議することが重要である。
このため、今後、当分科会が行政処分に関する意見を決定するにあたっては、次の「行政
処分の考え方」を参考としつつ、医師、歯科医師として求められる品位や適格性、事案の重
大性、国民に与える影響等を勘案して審議していくこととする。
この「行政処分の考え方」については、行政処分における処分内容が社会情勢・通念等に
より変化しうるべきものであると考えるため、必要に応じて、当分科会の議論を経ながら見
直しを図っていくものとする。
なお、行政処分は、医師、歯科医師の職業倫理、医の倫理、医道の昂揚の一翼を担うもの
でもあり、国民の健康な生活の確保を図っていくためにも厳正なる対処が必要と考えている。
国民の医療に対する信頼確保に資するため、刑事事件とならなかった医療過誤についても、
医療を提供する体制や行為時点における医療の水準などに照らして、明白な注意義務違反が
認められる場合などについては、処分の対象として取り扱うものとし、具体的な運用方法や
その改善方策について、今後早急に検討を加えることとする。
行政処分の考え方
(基本的考え方)
医師、歯科医師の行政処分は、公正、公平に行われなければならないことから、処分
対象となるに至った行為の事実、経緯、過ちの軽重等を正確に判断する必要がある。そ
のため、処分内容の決定にあたっては、司法における刑事処分の量刑や刑の執行が猶予
されたか否かといった判決内容を参考にすることを基本とし、その上で、医師、歯科医
師に求められる倫理に反する行為と判断される場合は、これを考慮して厳しく判断する
こととする。
医師、歯科医師に求められる職業倫理に反する行為については、基本的には、以下の
ように考える。
@
まず、医療提供上中心的な立場を担うべきことを期待される医師、歯科医師が、そ
の業務を行うに当たって当然に負うべき義務を果たしていないことに起因する行為に
ついては、国民の医療に対する信用を失墜するものであり、厳正な対処が求められる。
その義務には、応招義務や診療録に真実を記載する義務など、医師、歯科医師の職業
倫理として遵守することが当然に求められている義務を含む。
A
次に、医師や歯科医師が、医療を提供する機会を利用したり、医師、歯科医師とし
ての身分を利用して行った行為についても、同様の考え方から処分の対象となる。
B
また、医師、歯科医師は、患者の生命・身体を直接預かる資格であることから、業
務以外の場面においても、他人の生命・身体を軽んずる行為をした場合には、厳正な
処分の対象となる。
C
さらに、我が国において医業、歯科医業が非営利の事業と位置付けられていること
にかんがみ、医業、歯科医業を行うに当たり自己の利潤を不正に追求する行為をなし
た場合については、厳正な処分の対象となるものである。また、医師、歯科医師の免
許は、非営利原則に基づいて提供されるべき医療を担い得る者として与えられるもの
であることから、経済的利益を求めて不正行為が行われたときには、業務との直接の
関係を有しない場合であっても、当然に処分の対象となるものである。
D
なお、医事に関し犯罪を行った者については、罰金以上の刑に処せられ、その刑の
言渡しが効力を失った後であっても、医師法第4条第4号又は歯科医師法第4条第4
号に規定する事由に該当するものとして、当然に処分の対象となるものである。
(事案別考え方)
1)医師法、歯科医師法違反(無資格医業、無資格歯科医業の共犯、無診察治療等)
医療は国民の健康に直結する極めて重要なものであることから、医師法、歯科医師
法において、医師、歯科医師の資格・業務を定め、医師、歯科医師以外の者が医業、
歯科医業を行うことを禁止し、その罰則規定は、国民保健に及ぼす危険性の大きさを
考慮して量刑が規定されているところである。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが国民の健康
な生活を確保する任務を負うべき医師、歯科医師自らが、医師法又は歯科医師法に違
反する行為は、その責務を怠った犯罪として、重い処分とする。
2)保健師助産師看護師法等その他の身分法違反(無資格者の関係業務の共犯等)
医療関係職種の身分法は、医師、歯科医師の補助者として医療に従事する者の資格
・業務について規定した法律である。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、医療にお
いて指導的な立場にある医師、歯科医師自らが、医療に関する基本的な法令に違反す
る行為は、医師、歯科医師が当然に果たすべき義務を怠った犯罪として、医師法、歯
科医師法違反と同様に、重い処分とする。
3)医療法違反(無許可開設の共犯等)
医療法は、病院等の開設及び管理等に関し必要な事項を定めることにより、医療を
受ける者の利益の保護を図り、国民の健康の保持に寄与することを目的としている。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、国民の健
康な生活を確保する任務を負う医師、歯科医師自らが、同法令に違反することは、基
本的倫理を遵守せず、国民の健康を危険にさらす行為であることから、重い処分とする。
4)薬事法違反(医薬品の無許可販売又はその共犯等)
薬事法は、医薬品等の品質、有効性及び安全性の確保に必要な措置等を講じること
により、保健衛生の向上を図ることを目的としている。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、国民の健
康な生活を確保する任務を負う医師、歯科医師自らが、同法令に違反することは、基
本的倫理を遵守せず、国民の健康を危険にさらす行為であることから、重い処分とする。
5)麻薬及び向精神薬取締法違反、覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反
(麻薬、向精神
薬、覚せい剤及び大麻の不法譲渡、不法譲受、不法所持、自己施用等)
麻薬、覚醒剤等に関する犯罪に対する司法処分は、一般的には懲役刑となる場合が
多く、その量刑は、不法譲渡した場合や不法所持した麻薬等の量、施用期間の長さ等
を勘案して決定され、累犯者については、更に重い処分となっている。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、国民の健
康な生活を確保する任務を負う医師、歯科医師として、麻薬等の薬効の知識を有し、
その害の大きさを十分認識しているにも関わらず、自ら違反したということに対して
は、重い処分とする。
6)再生医療等の安全性の確保等に関する法律違反(再生医療等提供計画を提出しないで
再生医療等の提供を行った場合等)
再生医療等は、これまで有効な治療法のなかった疾患の治療ができるようになるな
ど、国民の期待が高い一方、新しい医療であることから、安全性の確保等を図りつつ
迅速に提供する必要があるため、再生医療等の安全性の確保等に関する法律(以下
「再生医療等安全性確保法」という。)により、再生医療等を提供しようとする場合
には、あらかじめ再生医療等提供計画を厚生労働大臣に提出することを義務付けるな
ど、再生医療等の安全性の確保に関する手続等を定めている。
再生医療等提供計画を提出しないで再生医療等の提供を行った場合など、国民の健
康な生活を確保する任務を負う医師、歯科医師自らが、同法令に違反することは、再
生医療等の安全な提供を阻害し、医療の質を低下させることにより、国民の生命及び
健康に影響を与えるおそれがあることから、再生医療等安全性確保法に基づく行政処
分とは別に医師法又は歯科医師法に基づく行政処分を行うこととする。
また、その行政処分の程度は、事案の悪質性や注意義務の程度等を考慮して判断す
る。
7)殺人及び傷害(殺人、殺人未遂、傷害(致死)、暴行等)
本来、人の命や身体の安全を守るべき立場にある医師、歯科医師が、殺人や傷害の
罪を犯した場合には厳正な処分をすべきと考えるが、個々の事案では、その様態や原
因が様々であることから、それらを考慮する必要がある。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、殺人、傷
害致死といった悪質な事案は当然に重い処分とし、その他の暴行、傷害等は、医師、
歯科医師としての立場や知識を利用した事案かどうか、事犯に及んだ情状などを考慮
して判断する。
8)業務上過失致死(致傷)
@交通事犯(業務上過失致死、業務上過失傷害、道路交通法違反等)
自動車等による業務上過失致死(傷害)等については、医師、歯科医師に限らず
不慮に犯し得る行為であり、また、医師、歯科医師としての業務と直接の関連性は
なく、その品位を損する程度も低いことから、基本的には戒告等の取り扱いとする。
ただし、救護義務を怠ったひき逃げ等の悪質な事案については、行政処分の対象
とし、行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、人
の命や身体の安全を守るべき立場にある医師、歯科医師としての倫理が欠けている
と判断される場合には、重めの処分とする。
A医療過誤(業務上過失致死、業務上過失傷害等)
人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する医師、歯科医師は、その業務の性
質に照し、危険防止の為に医師、歯科医師として要求される最善の注意義務を尽く
すべきものであり、その義務を怠った時は医療過誤となる。
司法処分においては、当然、医師としての過失の度合い及び結果の大小を中心と
して処分が判断されることとなる。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、明らか
な過失による医療過誤や繰り返し行われた過失など、医師、歯科医師として通常求
められる注意義務が欠けているという事案については、重めの処分とする。
なお、病院の管理体制、医療体制、他の医療従事者における注意義務の程度や生
涯学習に努めていたかなどの事項も考慮して、処分の程度を判断する。
9)猥せつ行為(強制猥せつ、売春防止法違反、児童福祉法違反、青少年育成条例違反等)
国民の健康な生活を確保する任務を負う医師、歯科医師は、倫理上も相応なものが
求められるものであり、猥せつ行為は、医師、歯科医師としての社会的信用を失墜さ
せる行為であり、また、人権を軽んじ他人の身体を軽視した行為である。
行政処分の程度は、基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが、特に、診
療の機会に医師、歯科医師としての立場を利用した猥せつ行為などは、国民の信頼を
裏切る悪質な行為であり、重い処分とする。
10)贈収賄(収賄罪、贈賄罪等)
贈収賄は、医師、歯科医師としての業務に直接関わる事犯ではないが、医師、歯科
医師としての品位を損ない、信頼感を喪失せしめることから、行政処分に付すること
とし、行政処分の程度は、基本的には、司法処分の量刑などを参考に決定する。
なお、特に医師としての地位や立場を利用した事犯など悪質と認められる事案は、
重めの処分とする。
11)詐欺・窃盗(詐欺罪、詐欺幇助、同行使等)
詐欺・窃盗は、医師、歯科医師としての業務に直接関わる事犯ではないが、医師、
歯科医師としての品位を損ない、信頼感を喪失せしめることから、行政処分に付する
こととし、行政処分の程度は、基本的には、司法処分の量刑などを参考に決定する。
なお、特に、医師、歯科医師としての立場を利用して、虚偽の診断書を作成、交付
するなどの方法により詐欺罪に問われるような行為は、業務に関連した犯罪であり、
医師、歯科医師の社会的信用を失墜させる悪質な行為であるため、重い処分とする。
12)文書偽造(虚偽診断書作成、同行使、虚偽有印公文書偽造等)
文書偽造は、医師、歯科医師としての業務に直接関わる事犯ではないが、医師、歯
科医師としての品位を損ない、信頼感を喪失せしめることから、行政処分に付するこ
ととし、行政処分の程度は、基本的には、司法処分の量刑などを参考に決定する。
なお、特に、虚偽の診断書を作成、交付した場合など医師、歯科医師としての立場
を利用した事犯等悪質と認められる事案は、重めの処分とする。
13)税法違反(所得税法違反、法人税法違反、相続税法違反等)
脱税は、医師、歯科医師としての業務に直接関わる事犯ではないが、医師、歯科医
師としての品位を損ない、信頼感を喪失せしめることから、行政処分に付することと
し、行政処分の程度は、基本的には、司法処分の量刑などを参考に決定する。
また、医療は、非営利原則に基づいて提供されるべきものであることから、医業、
歯科医業に係る脱税は、一般的な倫理はもとより、医師、歯科医師としての職業倫理
を欠くものと認められる。このため、診療収入に係る脱税など医業、歯科医業に係る
事案は、重めの処分とする。
14)診療報酬の不正請求等(診療報酬不正請求、検査拒否(保険医等登録取消))
診療報酬制度は、医療の提供の対価として受ける報酬であり、我が国の医療保険制
度において重要な位置を占めており、これを適正に受領することは、医師、歯科医師
に求められる職業倫理においても遵守しなければならない基本的なものである。
診療報酬不正請求は、非営利原則に基づいて提供されるべき医療について、医師、
歯科医師としての地位を利用し社会保険制度を欺いて私腹を肥やす行為であることか
ら、診療報酬の不正請求等により保険医等の登録の取消処分を受けた医師、歯科医師
については、当該健康保険法に基づく行政処分とは別に医師法又は歯科医師法による
行政処分を行うこととする。
当該不正行為は、医師、歯科医師に求められる職業倫理の基本を軽視し、国民の信
頼を裏切り、国民の財産を不当に取得しようというものであり、我が国の国民皆保険
制度の根本に抵触する重大な不正行為である。したがって、その行政処分の程度は、
診療報酬の不正請求により保険医の取消を受けた事案については、当該不正請求を行
ったという事実に着目し、不正の額の多寡に関わらず、一定の処分とする。ただし、
特に悪質性の高い事案の場合には、それを考慮した処分の程度とする。
また、健康保険法等の検査を拒否して保険医の取消を受けた事案については、検査
拒否という行為が、社会保険制度の下に医療を行う医師、歯科医師に求められる職業
倫理から到底許されるべきでないことから、より重い処分を行うこととする。
15)各指定医の指定取消等の処分理由となった行為(精神保健指定医、難病患者医療法に
基づく指定医、児童福祉法に基づく指定医等)
各指定医については、それぞれの根拠法に基づき業務を定めており、当該指定医に
指定された者以外が、その業務を行うことは禁止されている。
これら指定医については、その社会的責務の重さから、指定を受けた上で関係業務
を行うことができる仕組みとされているものであり、当該業務の遂行に当たっては、
医師又は歯科医師としてより一層の職業倫理の遵守が求められるものである。このた
め、指定医の指定取消又はこれに準ずる処分を受けることとなる行為については、当
該社会的要請として求められる業務に対する国民の信頼を失墜させ、医師又は歯科医
師としての品位に欠け、職業倫理に反する行為である場合があることから、そのよう
な場合には、当該指定医制度に基づく行政処分とは別に医師法又は歯科医師法による
行政処分を行うこととする。
また、その行政処分の程度は、事案の悪質性や注意義務の程度等を考慮して判断す
る。