法の支配と民事訴訟実務入門(平成20年9月4日改訂)
各論8、遺留分減殺請求を自分でやる。形成権の性質、根拠。
質問:
父が3か月前に他界し、遺言は、長男に全財産を相続させるというものでした。相続人は母親と長男、次男、長女の4人です。相続財産は貯金が5000万円と自宅の土地建物(時価1億円)です。私は次男です。長男が多く相続するのは理解できますが、ほかの相続人が一銭も相続できないというのは納得いきません。法律上はどのような扱いになっているのでしょうか。できれば、少しでも相続したいと考えています。
回答:
1. 遺言により長男を除いた相続人は相続権を有しませんが、各々法定相続分の2分の1について遺留分減殺請求の意思表示をすることにより長男に対し請求することができます(民法1028条)。権利行使期間(1年)に制限がありますので注意してください。
解説
まず、遺留分の基本的考え方を説明します。
各論遺産分割で述べたように、相続の根拠が私有財産制にある以上たとえ所有者が死亡してもその遺産は元所有者(被相続人)の意思(または推定的意思)に従い処分されますから、国家等第三者が勝手に介入することはできません。被相続人の方が、見ず知らずの人に全財産を譲渡・寄付するという内容の遺言書を作成していても、その意思を尊重しなければなりません。しかし、遺産の形成は、形式名義上は被相続人の法律行為等によって蓄積されたものであっても、実態的には一緒に生活している家族構成員の長期間にわたる計算できない有形無形の精神的物質的貢献、援助なくしてはできなかったはずですし、遺産により生活してきた家族の生活権、期待権の確保も人道社会保障上無視することはできません。そこで法は法定相続人に対し、遺留分という、遺産に対する一定割合の取り分、請求権を認めました。唯、憲法上の私有財産制の例外をなすものであり、遺留分という具体的請求権を法定相続人であれば当然にもともと有するのではなく、権利者がその遺留分に基づく権利行使(減殺請求)の意思表示をした場合に初めて具体的請求権として生じるものであるという特殊な権利構成となっています(法1042条)。これを法律上形成権と言います。例えば貸金請求権は、貸主が行使の意思表示をしなくても消費貸借という事実があれば具体的債権を有しているので形成権ではありません。一般の人には理解が難しいと思いますが、形成権とは、行使する人の明確な意思表示により初めて権利行使の実現(権利変動)を認めたほうが法律関係を適正、合理的に処理できるときに認められています。取消権、解除権、離婚請求権(意思表示だけでなくさらに裁判も必要です)等です。形成訴訟の構成も理屈は同一です。さらに権利行使の期間制限、権利者の範囲の限定も私有財産制の例外規定であるという点に最終的根拠が求められます。
遺留分による請求は、遺産に関する家庭内の争いですが家事審判事項・人事訴訟事件にはなっていません。家族内の争いですが家族の経済的生活保持を目的にしていますので計算上の問題であり財産的色彩が強く一般の財産請求権と同じく家庭裁判所ではなくて、地方(簡易)裁判所で訴訟手続きを行うことができます。以下詳論します。
1 遺言と遺留分の関係について
遺言(「ゆいごん」または「いごん」と読みます。)については、民法960条以下に詳しく規定されています。民法の原則は私的自治、ということで、自分の財産は自分の意思で管理処分するのが原則ですから、死後自分の財産をどのように処分するかについても原則は権利者である死亡した人の生前の意思に従うことになっています。ただ、死亡した人の生前の意思は何なのか、死後判断することは容易ではありません。そこで、死後の財産の処分については自分の意思を遺言書という書面で明らかにしてかなければならない、としたのが遺言の制度です。書面に一定の要件を付し、死者の直前の意思が明らかな書面でなければ遺言としての効力がないとされています。
質問にあるような長男に全部の財産を相続させるというような遺言も、遺言として必要な形式がそろっていれば、内容的には不公平かもしれませんが、問題がないことになります(もし、遺言の効力を争うのであれば、遺言が偽造されたものであるとか、様式を満たしていないなどを理由とするしかありません。)
しかしこのような遺言が有効としても、相続人からするとある程度の相続財産を引き継ぐこと期待していたのに、全く相続できないというのはいかにも気の毒な話です。そこで民法は一定の相続人の期待を保護するために「遺留分」というものを認め、遺言は有効としても遺留分については、遺言にかかわらず相続できるように扱っています。一定の相続人とは兄弟以外の相続人です。兄弟の場合は、「兄弟は他人の始まり」という諺もあるように、相続についての期待は法的な保護には値しない、というのが民法を作った人の考え方です。ところで、代襲相続権は一転して兄弟にも認められるのですが(法882条2項、887条2項)、これは私有財産制をとる以上、理論上最後まで被相続人の推定的意思を推し量って遺産を血縁者に相続させ国家への帰属を認めません。遺留分は本来の所有者である被相続人の明確な意思に反して行う例外的処置ですのでこのように差異が生じるのです。
2 遺留分の割合について
遺留分は相続財産に対する割合で定められ、直系尊属だけが相続人の場合は3分の1、それ以外の場合は法定相続分の2分の1とされています(民1028)。ご質問の場合は配偶者と子供が相続人ですから遺留分は2分の1で、各自の法定相続分は2分の1ですからその相続財産の4分の1が遺留分です。子供が3人いれば各子供の遺留分は12分の1になります。
3 遺留分を害する遺言がある場合どうすればよいか
初めに説明したとおり、遺留分を侵害する遺言も有効です。遺留分権利者の権利行使の主張があってはじめて、権利の主張が可能になります。
4 遺留分をどのように行使するか
遺留分権利者が権利を行使することを、遺留分減殺請求といいます(民1031)。条文には「遺贈及び・・贈与の減殺を請求することができる」と記載されているだけです。そこで「減殺を請求する」という条文の文言から、遺贈及び贈与を受けた人に対する意思表示で権利を行使すると解釈され、この意思表示によって遺留分権利者に具体的な権利が発生すると解釈されています。このような権利を形成権(一方的な意思表示により権利が発生する権利という意味です)と呼んで居ます。このような権利ですから、行使されるのか否か不安定な状態で、長く続くと関係者が困ってしまいます。そこで、権利の行使について時間的な制約が設けられ、民法1042条は遺留分減殺請求権は、「相続の開始及び減殺すべき贈与遺言があったことを知った時」から1年以内に行使しないと消滅すると規定しています。
このように、期間の制限があるため、配達証明付きの内容証明郵便で請求しておく必要があります。参考に内容証明郵便の例を挙げておきます。
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遺留分減殺請求書
被相続人氏名 ○○○○
相続開始日 平成○年○月○日
本籍地 ○県○市○町○○
最後の住所地 ○県○市○町○○
法定相続人 ○○□□(被通知人)
法定相続人 ○○△△(通知人)
私は、上記被相続人○○○○の法定相続人であり、相続財産の12分の1を遺留分として有しておりますが、次の行為が私の遺留分を侵害しているので、民法1031条により、遺留分減殺請求致します。直ちに必要な手続きにご協力下さい。
本書面到達後2週間以内に、上記要請に御協力頂けず、何らの誠意あるご対応も頂けない場合は、訴訟提起を行わざるを得ませんので悪しからずご了承下さい。
1、 遺言書(〇〇公証役場)による相続分の指定
遺言書日付 平成○年○月○日
2 相続財産
不動産の表示
所在 ○県○市○町○○
地番 ○○
地目 宅地
地積 ○平米
その他の相続財産
平成○年○月○日
通知人 ○県○市○町○○ ○○△△
被通知人 ○県○市○町○○ ○○□□
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5 減殺請求をした後の対応
遺留分減殺請求をすると、その効果により、遺留分権利者に権利が発生します。つまり、亡くなった人(「被相続人」といいます)から権利を相続により承継することになります。そこで次に、各権利の実現(引渡し、登記など)という作業が残ります。ご質問の場合あなたが、遺留分減殺請求を長男の方に行えば、貯金5000万円の12分の1の権利と土地、建物について12分の1の権利が発生します。貯金は、金融機関に対する返還請求権という債権で、金銭債権ですから分割できることになっています。遺言が執行されていなければ、あなたは金融機関に5000万円の12分の1を払い戻すよう請求できます。もし、長男の方が遺言に従って貯金全額を引き出していれば、長男の方に請求することになります(本来受け取れないものを受け取ったということで不当利得として返還請求することになるでしょう。)
土地や建物の不動産についても遺留分減殺請求によりあなたは持ち分12分の1を被相続人から相続しています。遺言により長男の名義に登記されている場合は持ち分12分の1について遺留分減殺請求を根拠に移転登記請求をすることになります。どうしても応じてくれないときは、仮差押の上、移転登記訴訟を起すことになります(この場合、どのような登記を求めるかは検討が必要ですので専門家に相談した方が良いでしょう)。
このように説明すると遺留分減殺請求は簡単なようにも思えるかもしれませんが、生前贈与や遺贈がたくさんある場合複雑になりますので、具体的な権利関係については遺言を基に専門家に相談する方が良いでしょう。
≪条文参照≫
民法
(子及びその代襲者等の相続権)
第八百八十七条 被相続人の子は、相続人となる。
2 被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。
3 前項の規定は、代襲者が、相続の開始以前に死亡し、又は第八百九十一条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その代襲相続権を失った場合について準用する。
第八百八十八条 削除
(直系尊属及び兄弟姉妹の相続権)
第八百八十九条 次に掲げる者は、第八百八十七条の規定により相続人となるべき者がない場合には、次に掲げる順序の順位に従って相続人となる。
一 被相続人の直系尊属。ただし、親等の異なる者の間では、その近い者を先にする。
二 被相続人の兄弟姉妹
2 第八百八十七条第二項の規定は、前項第二号の場合について準用する。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一
(減殺請求権の期間の制限)
第千四十二条 減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。