法の支配と民事訴訟実務入門(平成20年8月21日改訂)
総論13、複数の紛争(訴訟物)がある場合、訴えの提起後の紛争対象(訴訟物)の変更、訴えの変更、反訴、中間確認の訴え、訴えの併合。
Q:
1. 取引先のAに500万円の貸金請求の民事訴訟を起こしましたが、よく考えてみたら車両の売買代金300万円もあるので追加して請求しようと思います。今からでも可能でしょうか。
2. 又訴訟の途中で被告は、900万円も返済したので金400万円は払いすぎなので400万円を逆に返してほしいと無関係なことを主張していますが、私が起こした訴訟で被告も400万円の請求訴訟を私に提起することができるでしょうか。
3. 次に500万円の貸金債権はAと仕事仲間であった叔父さんBから遺贈により取得したものですが、叔父Bは痴ほう症であり遺言自体が無効であると言っています。遺言の有効無効をこの訴訟で確認することはできますか。
4. Aに対して、最初から500万円の貸金請求と車両の売買代金300万円の請求を合わせてすることもできるのでしょうか。
A:
1. 貴方の取引先Aに対する、500万円の貸金請求の訴えに追加して、300万円の車両の売買代金請求の訴えを起こそうとしていますが、これは原則的に訴えの変更として認められています(民訴143条)。
2. 被告が、原告に対して400万円の過払いによる不当利得請求することは可能です。これを反訴と言います(民訴146条)。
3. 500万円の貸金請求の争いですが、被告が貸金債権の前提となる遺言の無効を争っているのであれば、貸金債権の存否を判断する前提としてまず有効無効を確認することが可能です。これを中間確認の訴えと言います(民訴145条)。
4. もちろん可能です。貴方が最初から貸金請求、売買代金請求をすることは訴えの併合といい適正、公平迅速低廉な紛争解決につながり何の問題もありません(民訴136条)。
解説
1. 貴方のご質問は取引先に対する進行中の500万円の貸し金請求手続きで、貸金とは無関係な300万円の車両の売買代金請求を提起できるかということですから、民訴143条が規定する訴えの変更の問題となります。
2. 143条の制度趣旨は、法の支配、私的自治の原則から当事者間の私的紛争を適正公平迅速低廉に解決するという点にあります。原告被告間に複数の紛争、審判の対象がある場合、当初一つの事件についての訴訟でも、事件関係に関連性があれば追加して判断の対象にして一挙に紛争を解決できれば各紛争に矛盾なく適正で当事者に公平な解決につながり、結果的に迅速で低廉な紛争解決につながるからです。
3. 訴えの変更は条文上の「請求の変更」と記載されていますが、この「請求」とは民事訴訟における審判(裁判、裁判官の判断)の対象すなわち訴訟物という意味です。訴状の記載事項(民訴133条)、判決の記載事項(同280条同、その他同275条)の「請求の趣旨」の「請求」と同じ意味になります。民事訴訟では訴訟形態が理論上整理されており3つに分かれ、本件のような500万円支払えという訴訟を学問上給付訴訟と言います。その他に確認訴訟(貴方の所有権を確認するとの裁判を求める。単に確認するだけで解決する事件のときに利用します)、形成訴訟(貴方と、妻を離婚するとの判決を求める。離婚の判決により離婚という法律関係状態が作られることになります。給付訴訟、確認訴訟は判決前から請求権、所有権が理論上存在するので別個の訴訟形態になるわけです)があります。本件給付訴訟における最初の訴訟物は、500万円の貸金請求であり、追加する300万円の売買代金請求は要件事実も貸金とは異なり訴訟上別個の争い、訴訟物になります。このように給付訴訟では請求の趣旨と、訴状に記載される請求の原因(貸金、売買事実は請求原因のところに書かれるので)とにより訴訟物が判断特定されることになります(これに対して確認、形成訴訟では請求の趣旨だけで訴訟物は特定されますので訴訟物の変更は請求の趣旨だけ見れば分かることになります。形成訴訟について別な考えもあります)。難しくなってきましたが、民事訴訟の理論的争いについて訴訟物理論(法の支配の理念のとらえ方により新訴訟物理論、旧訴訟物理論に分かれます。本件では結論に差異はありません)があり全体を理解するのに訴訟物の理解が必要ですのでほんの少しだけ前提を説明しました。変更とは文言上素直に読めば交換的(貸金請求を売買代金請求に変更する)に変更することですが、紛争の迅速な一挙解決のため本件のような訴訟物が複数になる追加的変更も解釈上認められています。
4. 次に売買代金請求の追加は条文上「請求の基礎に変更がない限り」と言えるかどうかが問題ですが、請求の基礎に変更がないとは、当事者間に存在する争いを一挙に適正、公平、迅速に解決するため、かなり広く解釈されており、抽象的ですが両訴訟物の同時審理が妥当である事実資料の社会関係における一体性、緊密性が存在することを意味します。貸金と売買は要件が異なっても貴方と、知人との取引関係から生じたものであり迅速、一体審理が妥当である事実資料が認められます。従って、次の要件がある限り訴訟物の変更は認められることになります。
5. 又、本条の趣旨から、迅速な裁判のため訴訟を遅延させる変更は許されませんし(条文上明記されています)、新しい訴訟物についても裁判所は管轄権が必要ですが、売買代金請求は同一管轄であり問題ありません。また訴訟物の追加は別個の訴えを起こすのと同じことですから訴状のように書面によらなければなりません(民訴143条2項)。
6. 尚、訴えの変更は、口頭弁論終結までにしなければいけません。控訴された場合は、口頭弁論が継続していますので控訴審の口頭弁論終結時までにしなければいけません。紛争の対象である訴訟物が変更になったのですから適正公平な解決のため相手方にも攻撃防御のチャンスを与えなければならず口頭弁論が終了すればその機会が失われてしまうからです。
7. 【書式 訴えの変更申立書】
訴えの変更申立書
(印紙)
平成20年5月1日
東京地方裁判所( 支部)民事部 御中
原 告 氏 名
被 告 氏 名
上記当事者間平成19年(ワ)第322号貸金請求事件について、下記の通り原告は請求の趣旨を追加的に変更する。
原 告 氏 名 印
請 求 の 趣 旨の変更。
訴状記載請求の趣旨を以下のとおり変更する。
1 被告は,原告に対し,金800万円及び、内500万円に対する平成20年2月18日から、内300万円に対する平成20年4月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
請 求 の 原 因の追加。
訴状記載の請求原因について以下のとおり追加変更する。
第1 金銭消費貸借
原告は、被告に対し平成19年2月10日金500万円を期限の定めなく貸し渡し、被告は返還の約束をして同日金500万円を受領しその後原告が相当の期間を定め500万円の返還を請求したが被告はこれに応じない。
さらに原告は被告に対し平成20年4 月1日原告所有の自家用車(平成18年型セドリック車体番号2436781 )を金300万円、代金支払期日同月20日の約束で売り渡したが支払期日を経過しても右代金を支払わない。(甲4売買契約書,甲5請求書)。
第2 結語
よって、原告は被告に対し、被告に対する金銭消費貸借及び、及び売買代金による支払い債務の履行として、金800万円及び、内500万円に対する平成20年2月18日から、内300万円に対する平成20年4月21日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払いを求め、訴え追加的に変更する。
以上
立 証 方 法
甲4号証 売買契約書
甲5号証 通知催告書
付 属 書 類
甲号証正本、副本 各1通
8. 被告が主張している400万円の不当利得返還請求は、500万円貸金請求とは別個の請求ですから、被告が新たに返還請求訴訟(訴え)を起こせばいいはずですが、貸金から生じた新たな紛争ですから別の裁判所、別の裁判官で審理するよりも、現在進行中の貸金請求訴訟手続きを被告が利用できないか、問題となります。被告が同一訴訟で逆に原告を相手に訴えを提起することを「反訴(民訴146条)」と言います。先ほど説明した訴訟物が追加になった訴えの変更と同じことであり、ただ被告が訴訟物を追加しただけの形態です。民訴146条は「本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合」と抽象的に規定していますが、 この解釈も訴えの変更の「請求の基礎の同一」と同様に法の支配の理念から紛争を適正公平、迅速低廉に解決するという趣旨から同じ手続きで解決する方が妥当かどうかという観点から解釈されています。本件でいえば、反訴原告の主張である400万円の過払い請求は被告の弁済の抗弁を前提としておりこれを別々の裁判官に判断させると結果的に矛盾した判断の可能性もありますから適正、公平迅速な解決という点から一緒に判断を下したほうがいいということになります。弁済は攻撃防御方法の一つですから「防御の方法に関連する請求」ということになります。その他の要件も訴えの変更とほぼ同様です。訴えと同じく書面を作成することになります。
9. 【書式 反訴状】
反 訴 状
(印紙)
平成20年3月1日
東京地方裁判所( 支部)民事部 御中
〒100−0024
住 所 東京都千代田区霞ヶ関1丁目5番10号
反訴原告(本訴被告) 氏 名
〒104−2213
住 所 東京都中央区銀座4丁目15番 10号
霞ヶ関マンション101号室
反訴被告(本訴原告) 氏 名
不当利得請求事件
訴訟物の価額 金400万円
貼用印紙額 金 2万5000円
上記当事者間御庁平成20年(ワ)第567号貸金請求等事件について本訴被告は以下の通り反訴を提起する。
反訴原告(本訴被告) 氏 名 印
請 求 の 趣 旨
1 被告は,原告に対し,金400万円及びこれに対する平成20年4月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
請 求 の 原 因
第1 金銭消費貸借
反訴原告は、反訴被告から平成19年2月10日金500万円を期限の定めなく借り受け、返還の約束をして同日金500万円を受領した。
反訴原告は平成20年1月ころから5回に分けて合計900万円を返済した(乙1号証1―5)。そこで平成20年5月2日到達の内容証明郵便を持って7日以内過払い金を支払うよう通知催告したが反訴被告は返還に応じない(乙2通知催告書,甲3配達証明書)。
第2 結語
よって、反訴原告は反訴被告に対し、反訴被告に対する不当利得による支払い債務の履行として、金400万円の支払いと平成20年5月10日から完済まで年6パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求め、訴えを提起する。
以上
立 証 方 法
乙1号証 領収書
乙2号証 通知催告書
乙3号証 配達証明書郵便はがき
付 属 書 類
1 反訴状副本 1通
2 乙号証正本、副本 各1通
10. 貴方が提起した訴えの審判の対象、訴訟物は、500万円の貸金請求権ですが、請求原因は、被告と叔父Bとの消費貸借契約による500万円の交付及び遺言による500万円の遺贈ということになります。被告は、遺言の意思能力がなく無効すなわち500万円貸金債権の遺贈の無効を主張していますから、原告としては遺言、遺贈の有効性について反証することになります。裁判所が、叔父の遺言の有効性を認めて500万円の貸金訴訟に勝訴判決を取得し確定したとしても判決の効力(再度同じ紛争について異なる判断ができない効力を既判力と言います。判決の効力の一つです)は500万円の貸金請求についてしか及びませんから(民訴114条1項)、被告Aは再度、遺言の無効を主張して貴方と叔父Bの遺言に関連する紛争(例えば他にもAに対する権利に関して叔父Bから遺贈を受けたような場合)について争うことは可能になります。しかし、それでは遺言の無効という同じ争点について再度主張立証を行わなければならず適正、公平、迅速、低廉な紛争解決なりません。そこで貴方(被告Aも)は中間確認の訴えを提起して紛争の蒸し返しを防ぐことができます。「請求を拡張して」と規定されているように実質的には既判力の拡張と言われています。確認の訴えも別個の紛争、訴訟物ですから通常の訴えの提起と同様の手続きが必要です。中間確認の訴えは、原告被告ともにできますし、訴訟物が訴え提起後複数になるので前述した訴えの変更、反訴と同じ類型ですが、「訴訟の進行中に争いになっている法律関係の成立又は不成立」について提起されるところに特色があります。すなわち、進行中の訴訟の前提となる法律関係の存在、不存在の確認ということになります。その他の要件は、訴えの変更、反訴と構造は同じです。本件では、貴方は、遺言確認の訴え、被告は遺言無効確認の訴えを中間確認の訴えとして提起することが可能です。
11. 最初から貸金請求と売買代金請求合計800万円を合わせて請求することに何の問題もありません。この場合、訴訟上は、別個の紛争、争いとなりますから、訴訟物は2つあるということになります。本件のように給付請求訴訟における紛争・判断の対象となる訴訟物の個数は、請求の趣旨と請求原因によって特定し決めますから、2つになるわけです。これに対して、確認訴訟、形成訴訟の場合は、請求の趣旨だけで訴訟物の個数を特定することができます。
このように複数の請求を合わせて行うことは、両方の訴訟物について同種の訴訟手続による場合で裁判所が管轄権を有していれば、原則として認められます。但し、家庭裁判所の手続による離婚請求と地方裁判所の貸金請求は併合できません。これを民事訴訟法上、訴えの併合と言います(民訴136条)。訴えの併合は基本的に紛争の適正、公平、迅速低廉な解決につながり、法の支配の理念から自由に認められています。訴訟物間の関連性は必要ありません。訴訟提起後の訴訟物の追加は前述したように種々の条件が必要ですが、その理由は訴え提起後に自由に訴訟物の追加を認めると紛争が混乱し迅速低廉な解決を阻害する可能性があるからです。
≪条文参照≫
民事訴訟法
(既判力の範囲)
第百十四条 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
2 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲)
第百十五条 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。
一 当事者
二 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人
三 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人
四 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者
2 前項の規定は、仮執行の宣言について準用する。
(訴え提起の方式)
第百三十三条 訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。
2 訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 当事者及び法定代理人
二 請求の趣旨及び原因
(請求の併合)
第百三十六条 数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる。
(訴えの変更)
第百四十三条 原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。ただし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させることとなるときは、この限りでない。
2 請求の変更は、書面でしなければならない。
3 前項の書面は、相手方に送達しなければならない。
4 裁判所は、請求又は請求の原因の変更を不当であると認めるときは、申立てにより又は職権で、その変更を許さない旨の決定をしなければならない。
(中間確認の訴え)
第百四十五条 裁判が訴訟の進行中に争いとなっている法律関係の成立又は不成立に係るときは、当事者は、請求を拡張して、その法律関係の確認の判決を求めることができる。ただし、その確認の請求が他の裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属するときは、この限りでない。
2 前項の訴訟が係属する裁判所が第六条第一項各号に定める裁判所である場合において、前項の確認の請求が同条第一項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときは、前項ただし書の規定は、適用しない。
3 第百四十三条第二項及び第三項の規定は、第一項の規定による請求の拡張について準用する。
(反訴)
第百四十六条 被告は、本訴の目的である請求又は防御の方法と関連する請求を目的とする場合に限り、口頭弁論の終結に至るまで、本訴の係属する裁判所に反訴を提起することができる。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 反訴の目的である請求が他の裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属するとき。
二 反訴の提起により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき。
2 本訴の係属する裁判所が第六条第一項各号に定める裁判所である場合において、反訴の目的である請求が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときは、前項第一号の規定は、適用しない。
3 反訴については、訴えに関する規定による。
(訴え提起前の和解)
第二百七十五条 民事上の争いについては、当事者は、請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。
(判決書の記載事項)
第二百八十条 判決書に事実及び理由を記載するには、請求の趣旨及び原因の要旨、その原因の有無並びに請求を排斥する理由である抗弁の要旨を表示すれば足りる。