法の支配と民事訴訟実務入門(平成20年8月13日改訂)
総論15、当事者能力、当事者適格、訴訟能力、法定代理人、訴代理人。
Q:
1. 私は大学の同窓会の代表理事なのですが、前理事であるAに対して同窓会の金500万円を貸与しているのですが請求しても返還してくれません。同窓会として返還請求することができますか。
2. 私は知人に500万円貸していたのですが、知人が返済しないので事業が思わしくなく破産になり破産管財人という人が選ばれました。生活が大変なので500万円の貸金請求の裁判を起こそうとしたら管財人しか訴えを提起できないというのです。私は貸金の返還訴訟をどうして提起できないのですか。
3. 私は、高校生なのですが父が亡くなり遺言によりCに対する500万円の貸金債権を相続しました。母は健在です。Cが返済しない場合私は貸金返還請求訴訟を提起できますか。教えてください。
4. 私は、知人に500万円を貸借し200万円の返済を受けましたが領収書は発行していませんので訴訟で500万円を請求したいと思います。弁護士さんを依頼した場合私の指示どおり訴訟を行ってもれえるのでしょうか。
A:
1. 大学の同窓会が、団体としての組織がある限り訴訟の当事者になる能力である「当事者能力」が認められますので(民訴29条)Aに対して500万円の貸金請求訴訟を提起することができます。
2. 破産した貴方は、貸金債権の管理処分権を失い(破産法34条、78条)訴えを提起する資格である「当事者適格」がないので訴えは提起できません(破産法80条)。
3. 未成年者である貴方は、「訴訟能力」がないので(民訴31条)訴えを提起できません。親権者、「法定代理人」である母親が訴えを提起することになります。
4. 「訴訟代理人」である弁護士は、信義誠実の原則から(民訴2条)返済を受けているのに領収書をないことを理由に500万円の訴えを提起することはできません。訴訟中に相談を受けた場合も同様です。
解説
1. 質問1について
大学の同窓会は、代表者理事がいて構成員、財産、決議運営方法が決まっている団体でも、公益性がなく実体法上(民法)法人格は与えられていませんから(民法33条、34条)、権利義務の主体となる資格である権利能力はありません(権利能力を有するのは人と法人です)。但し、公益性がなくても平成20年12月施行の一般社団法人及び一般財団法人に関する法律により登記をすれば権利能力を有することになります。権利能力があれば当然に訴訟活動の主体となり判決の効力を受ける当事者能力を有することになります(民訴28条。通常権利能力と当事者能力は一致します)。権利能力がないのですから、理論的には訴訟活動による訴訟関係の主体にはなりえないのですが、社会生活においては団体が法人格を有するかどうかにかかわらず団体として私的紛争に巻き込まれますから、このような紛争を放置しておくことは公正な法社会秩序を維持しようとする法の支配の理念に合致しません。そこで、民事訴訟法は実体法とは別な観点から、一定の組織を備える団体に当事者能力を認めています(民訴29条)。条文は「代表者又は管理人の定めがあるものは」と規定していますが、代表者のほかに、構成員、財産、決議運営方法の決まりが必要と解釈されています(判例)。従って本件でも要件が備わっていれば上記の同窓会が法人と同じように主体として貸金返還請求ができるわけです。要件が備わっていることを証明するため、訴状を裁判所に出す時点で(運営規約・会則など)必要な資料の提出を裁判所から求められます(民訴規則14)。訴状の記載も法人と同じです。
2. 質問2について
貴方の財産が少ない場合でも、破産宣告を受けると、その財産を多くの債権者に平等に分けなければなりません。破産宣告を受けても、500万円の貸金請求権は、貴方所有の財産であることに変わりありません。しかし、破産法の目的から残り少ない財産を適正、公平、迅速に分配するため、手続中、貴方はすべての財産の管理処分権が奪われ、中立な管財人(弁護士が通常なります)が右権限を持つことになります。債権の管理処分権がなく勝訴しても利益を直接享受しない貴方が訴訟を提起継続しても適正、迅速な裁判は期待できません。そこで財産の管理処分権を有しない貴方は訴訟を具体的に追行する資格を有しないこととなります。この様な資格を民訴には明記されていませんが解釈上「当事者適格」といいます。当事者能力は形式的に判断されますが、当事者適格は訴訟を具体的に担当させるのが訴訟の理想から妥当かどうかにより判断されます。本件のように破産法という法律により適格者が定められるので学問上「法定訴訟担当」と言います。これに対して、当事者が当事者適格を有する者を選んで訴訟を追行することを「任意的訴訟担当」と言い選定当事者という制度が典型です(民訴30条、団体の組織を持たない漁業権、水利権を有する集団が便宜上代表者を選んで訴訟をする場合等です)。無論、適正・迅速・低廉な解決のための制度です。
3. 質問3について
未成年者は実体法(民法)上法律行為を有効に行う能力、資格である法律行為能力を有しません(民法4条)。訴訟行為は、公的解決を目指し長期間攻撃防御を繰り返す手続ですから、法律行為能力がない未成年者は有効に訴訟行為をする能力、資格である訴訟能力ももたないことになります(民訴28条、31条)。従って、基本的に法律行為能力と訴訟能力は一致します。しかし、訴訟行為は、1回限りの取引とは異なりますので、行為能力と違い同意を得ても単独ではできません。本件では法律上の代理人である母親が法定代理人として訴訟行為をすることになります(民訴31条、民法824条)。
4. 質問4について
上記、法律上の代理人に対して、訴訟当事者が自らの意思に基づき代理人を選ぶことができます。これを訴訟代理人と言います。一般的には(簡易裁判所の訴訟行為、支配人等法律上の定めによる場合は例外)、貴方が依頼しようとしている弁護士のことを言います(民訴54条)。貴方が、費用を支払って依頼した弁護士ですから依頼者の指示に従い訴訟行為をしなければならないように考えられるので、200万円の弁済の事実を知っても証拠がない以上訴訟上も500万円の請求をしなければならないようにも思うでしょうが、それは間違いです。弁護士は事実に反する虚偽の申し立てはできません。そもそも民訴54条が訴訟代理人の資格を弁護士に限定しているのは、法の支配の理念に基づき公正な社会法秩序を建設し個人の尊厳の保障を貫くためです。訴訟行為は紛争を公的強制的に解決するために攻撃防御を連続して繰り返すいわば争いの最終局面です。その審理方式は当事者主義が支配しますから、倫理なき不法集団に訴訟代理を任せれば不当な訴訟戦術を繰り返し到底適正公平な解決は望めず公正な社会法秩序の建設、司法権に対する国民の信頼、法の支配の理想は机上の空論となってしまします。そこで、国家が国民の信託により資格を付与し社会正義を使命とする弁護士にしか訴訟代理権を認めなかったのです(弁護士法1条)。その弁護士が自らの職務を放棄するような虚偽の訴訟行為をできるはずがありません。確かに依頼者は訴訟行為の代理を依頼、委任していますが(民法643条)、そもそも委任の本質は法律行為、法律事務の委託を受け受託者が委任の趣旨に従い自らの裁量により自らの意思決定に基づいて本人のために行うものであり、不法な委託は受任者を拘束できませんし、受任者の裁量、意思決定権を侵害するものであり認められません。同じ労務、事務の委託契約でありながら指揮命令に服し裁量権がない労働者との違いはまさにここにあります。訴訟代理人は労働者ではありません。依頼の意思を伝え意のままに行動する使者、伝達者ではないのです。従って、受任者、訴訟代理人は委託行為、代理行為に善管注意義務を有し重い責任を負っているのです(民法644条)。意思決定権、裁量権がない労働者にはこのような責任はありません。民訴55条1項、3項が、特に重要な行為を除き包括的訴訟代理権を認め、訴訟代理権の制限ができないという趣旨は弁護士の職務、委任の本質、訴訟行為の代理の特殊性、法の支配の理念の実現という背景から理解が可能となります。さらに弁護士に限らず訴訟関係者が権利の濫用禁止、信義誠実の原則を遵守することは私的自治の具現化である民事訴訟手続においては制度に内在する基本的条件なのです(民訴2条)。貴方が不当な主張を弁護士に要求すると信頼関係は失われ最終的に弁護士は訴訟代理人を辞任することになります。訴状の記載ですが当事者の欄に訴訟代理人として明記することになります。
5. 【書式 当事者の表示 法定代理人(親権者 後見人)】
訴状
(印紙)
平成20年3月1日
東京地方裁判所( 支部)民事部 御中
〒104−0061
住 所 東京都中央区銀座4丁目15番 10号 (送達場所)
原 告 中 央
太 郎
上記法定代理人親権者 中 央 花 子 印
電話 03−3248−5791
FAX 電話と兼用
〒100−8921
住 所 東京都千代田区霞ヶ関1丁目5番10号
霞ヶ関マンション101号室
被 告 千 代 田 次 郎
6. 【書式 当事者の表示 民訴29条】(同窓会、学会、町内会)
訴状
(印紙)
平成20年3月1日
東京地方裁判所( 支部)民事部 御中
〒104−0061
住 所 東京都中央区銀座4丁目15番 10号 (送達場所)
原 告 *
* 大学同窓会
上記代表者理事長 中 央 太 郎 印
電話 03−3248−5791
FAX 電話と兼用
〒100−8921
住 所 東京都千代田区霞ヶ関1丁目5番10号
霞ヶ関マンション101号室
被 告 千 代 田 次 郎
(注意。同窓会の事務所がない場合は、代表者の住所になります。)
≪条文参照≫
民事訴訟法
(裁判所及び当事者の責務)
第二条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
(原則)
第二十八条 当事者能力、訴訟能力及び訴訟無能力者の法定代理は、この法律に特別の定めがある場合を除き、民法
(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令に従う。訴訟行為をするのに必要な授権についても、同様とする。
(法人でない社団等の当事者能力)
第二十九条 法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。
(選定当事者)
第三十条 共同の利益を有する多数の者で前条の規定に該当しないものは、その中から、全員のために原告又は被告となるべき一人又は数人を選定することができる。
2 訴訟の係属の後、前項の規定により原告又は被告となるべき者を選定したときは、他の当事者は、当然に訴訟から脱退する。
3 係属中の訴訟の原告又は被告と共同の利益を有する者で当事者でないものは、その原告又は被告を自己のためにも原告又は被告となるべき者として選定することができる。
4 第一項又は前項の規定により原告又は被告となるべき者を選定した者(以下「選定者」という。)は、その選定を取り消し、又は選定された当事者(以下「選定当事者」という。)を変更することができる。
5 選定当事者のうち死亡その他の事由によりその資格を喪失した者があるときは、他の選定当事者において全員のために訴訟行為をすることができる。
(未成年者及び成年被後見人の訴訟能力)
第三十一条 未成年者及び成年被後見人は、法定代理人によらなければ、訴訟行為をすることができない。ただし、未成年者が独立して法律行為をすることができる場合は、この限りでない。
(被保佐人、被補助人及び法定代理人の訴訟行為の特則)
第三十二条 被保佐人、被補助人(訴訟行為をすることにつきその補助人の同意を得ることを要するものに限る。次項及び第四十条第四項において同じ。)又は後見人その他の法定代理人が相手方の提起した訴え又は上訴について訴訟行為をするには、保佐人若しくは保佐監督人、補助人若しくは補助監督人又は後見監督人の同意その他の授権を要しない。
2 被保佐人、被補助人又は後見人その他の法定代理人が次に掲げる訴訟行為をするには、特別の授権がなければならない。
一 訴えの取下げ、和解、請求の放棄若しくは認諾又は第四十八条(第五十条第三項及び第五十一条において準用する場合を含む。)の規定による脱退
二 控訴、上告又は第三百十八条第一項の申立ての取下げ
三 第三百六十条(第三百六十七条第二項及び第三百七十八条第二項において準用する場合を含む。)の規定による異議の取下げ又はその取下げについての同意
(外国人の訴訟能力の特則)
第三十三条 外国人は、その本国法によれば訴訟能力を有しない場合であっても、日本法によれば訴訟能力を有すべきときは、訴訟能力者とみなす。
(訴訟能力等を欠く場合の措置等)
第三十四条 訴訟能力、法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権を欠くときは、裁判所は、期間を定めて、その補正を命じなければならない。この場合において、遅滞のため損害を生ずるおそれがあるときは、裁判所は、一時訴訟行為をさせることができる。
2 訴訟能力、法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権を欠く者がした訴訟行為は、これらを有するに至った当事者又は法定代理人の追認により、行為の時にさかのぼってその効力を生ずる。
3 前二項の規定は、選定当事者が訴訟行為をする場合について準用する。
(特別代理人)
第三十五条 法定代理人がない場合又は法定代理人が代理権を行うことができない場合において、未成年者又は成年被後見人に対し訴訟行為をしようとする者は、遅滞のため損害を受けるおそれがあることを疎明して、受訴裁判所の裁判長に特別代理人の選任を申し立てることができる。
2 裁判所は、いつでも特別代理人を改任することができる。
3 特別代理人が訴訟行為をするには、後見人と同一の授権がなければならない。
(法定代理権の消滅の通知)
第三十六条 法定代理権の消滅は、本人又は代理人から相手方に通知しなければ、その効力を生じない。
2 前項の規定は、選定当事者の選定の取消し及び変更について準用する。
(法人の代表者等への準用)
第三十七条 この法律中法定代理及び法定代理人に関する規定は、法人の代表者及び法人でない社団又は財団でその名において訴え、又は訴えられることができるものの代表者又は管理人について準用する。
(訴訟代理人の資格)
第五十四条 法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない者を訴訟代理人とすることができる。
2 前項の許可は、いつでも取り消すことができる。
(訴訟代理権の範囲)
第五十五条 訴訟代理人は、委任を受けた事件について、反訴、参加、強制執行、仮差押え及び仮処分に関する訴訟行為をし、かつ、弁済を受領することができる。
2 訴訟代理人は、次に掲げる事項については、特別の委任を受けなければならない。
一 反訴の提起
二 訴えの取下げ、和解、請求の放棄若しくは認諾又は第四十八条(第五十条第三項及び第五十一条において準用する場合を含む。)の規定による脱退
三 控訴、上告若しくは第三百十八条第一項の申立て又はこれらの取下げ
四 第三百六十条(第三百六十七条第二項及び第三百七十八条第二項において準用する場合を含む。)の規定による異議の取下げ又はその取下げについての同意
五 代理人の選任
3 訴訟代理権は、制限することができない。ただし、弁護士でない訴訟代理人については、この限りでない。
4 前三項の規定は、法令により裁判上の行為をすることができる代理人の権限を妨げない。
(個別代理)
第五十六条 訴訟代理人が数人あるときは、各自当事者を代理する。
2 当事者が前項の規定と異なる定めをしても、その効力を生じない。
(当事者による更正)
第五十七条 訴訟代理人の事実に関する陳述は、当事者が直ちに取り消し、又は更正したときは、その効力を生じない。
(訴訟代理権の不消滅)
第五十八条 訴訟代理権は、次に掲げる事由によっては、消滅しない。
一 当事者の死亡又は訴訟能力の喪失
二 当事者である法人の合併による消滅
三 当事者である受託者の信託に関する任務の終了
四 法定代理人の死亡、訴訟能力の喪失又は代理権の消滅若しくは変更
2 一定の資格を有する者で自己の名で他人のために訴訟の当事者となるものの訴訟代理人の代理権は、当事者の死亡その他の事由による資格の喪失によっては、消滅しない。
3 前項の規定は、選定当事者が死亡その他の事由により資格を喪失した場合について準用する。
民事訴訟規則
第一節 当事者能力及び訴訟能力
(法人でない社団等の当事者能力の判断資料の提出・法第二十九条)
第十四条 裁判所は、法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものとして訴え、又は訴えられた当事者に対し、定款、寄附行為その他の当該当事者の当事者能力を判断するために必要な資料を提出させることができる
破産法
(破産財団の範囲)
第三十四条 破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は、破産財団とする。
(破産管財人の権限)
第七十八条 破産手続開始の決定があった場合には、破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利は、裁判所が選任した破産管財人に専属する。
(当事者適格)
第八十条 破産財団に関する訴えについては、破産管財人を原告又は被告とする。
民法
(未成年者の法律行為)
第五条 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3 第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。
第一節 法人の設立
(法人の成立)
第三十三条 法人は、この法律その他の法律の規定によらなければ、成立しない。
(公益法人の設立)
第三十四条 学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その他の公益に関する社団又は財団であって、営利を目的としないものは、主務官庁の許可を得て、法人とすることができる。
(委任)
第六百四十三条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
(財産の管理及び代表)
第八百二十四条 親権を行う者は、子の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為についてその子を代表する。ただし、その子の行為を目的とする債務を生ずべき場合には、本人の同意を得なければならない。
弁護士法
第一章 弁護士の使命及び職務
(弁護士の使命)
第一条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。