法の支配と民事訴訟実務入門(平成20年8月13日改訂)
総論5、実体法と手続法。権利の存在を規定する法律と権利の確定、強制実現を規定する法律の関係。実体法、訴訟手続法、強制執行手続法。法律を理解する方法。貴方も法律家になれます。
Q:友人に貸した500万円の貸金の返還について本人訴訟を考えていますが、具体的にどのような法律を使うのでしょうか。民法と民事訴訟法が適用されると思うのですがその関係はどうなっているのかよくわかりません。法律の制度、解釈について教えてください。
A:
1. 貴方が500万円を友人から強制的に取り戻すためには、民事訴訟において借りたお金は返しなさいと規定している民法、消費貸借の規定(実体法)、貸し金請求権があると認定する手続である民事訴訟法(権利確定のための訴訟手続法)、確定した権利を強制的に実現する民事執行法(強制執行手続法)が適用になります。
2. 各法律を理解する近道は、条文の暗記ではなく(基本概念の上に立て)何故そのような法律が作られたかという法律の制度趣旨を考え理解する事です。
3. 各法律の制度趣旨は、相矛盾、対立する利益の均衡の上になりっ立っています。対立する各利益が何であるかを体系的に把握理解することが重要です。
4. 貴方が、各々の利益を自分の良心、常識に従い比較考量し抽象的条文を解釈した時その結論がどうであれとりあえず法律家の仲間入りが出来ます。解釈が分かれた場合最終的に貴方の日頃の常識が結論を左右する事になるでしょう。この原理はいかなる法律問題でも同様です。
解説
1. 裁判所は民事訴訟手続を行う場所ですが、自分勝手に手続を進めるわけではなく民事訴訟法という基本法律に従って仕事をしていきます。しかし民事訴訟を何度読んでも紛争を解決する裁判所における手続きしか書いてありません。解決の基準となる法律はどこにも規定がないのです。解決の基準となる法律は別個に国会で議論して作られています。紛争解決の基準となる法律これを法的に「実体法」といいます。裁判官は、実体法を読んで民事訴訟手続に従い当事者が法廷で主張し立証した事実について実体法を適用して判決文を書くのです。すなわち法の解釈、適用は裁判官の専権に属します。貴方が訴状、準備書面に書く法的主張は裁判官の判断を促す意見の一つに過ぎません。これを憲法76条司法権の独立といいます。当事者が主張できるのは例えば貴方が平成O年O月O日500万円を友人に貸し渡したという事実と証拠です。極端に言うと請求の内容と事実さえ主張すれば裁判官は勝手に法律を適用してくれるのです。貴方が友人に500万円を貸し渡したという事実を法廷で主張立証すると、裁判官は領収書等により真実であるという心証ができれば民法(実体法)の消費貸借契約という民法587条を貴方が主張した事実に適用し「500万円を支払え」という判決文を書くのです。すなわち裁判に勝つためには、判断の基準となる実体法と実体法を実現する手続法の両方を勉強しなければなりません。しかし、これだけではありません。貴方が500万円の請求権を仮に東京地方裁判所で判決により認めてもらっても友人がずるい人で500万円を持ってこなければ、判決に基づいて友人の財産(不動産、給料債権等)をまた新たに申し立てて強制的に差し押さえしなければならないのです。すなわち、まとめていうと、民事訴訟は、500万円を借りた人は返済しなければならないという実体法(民法)と、裁判官が500万円の返済請求権を判断確定する手続(民事訴訟法)、更に500万円返済請求権を相手方から無理やり取り立てる手続(強制執行手続、民事執行法)の3段階に分かれるのです。
2. どうしてこのような複雑な構造になったのでしょうか。それは法の支配の理念に求める事が出来ます。法の支配の目的は適正、公平、迅速な権利実現が出来る社会秩序の建設であり、そのためには、先ずどのような権利関係があるかという実体法をまず決め、次に、実体法に基づく権利を確定する手続を別個に用意し、更に以上の手続により確定した権利を実際に強制的に実現する手続を慎重に準備したのです。一見複雑、迂遠なように思うかもしれませんが、権利確定の手続と強制的実現の手続を同時に行えば更なる混乱と遅延が生じる危険があり国民の権利実現の重要性を認識した結果作られた司法制度なのです。
3. 以上のように法治国家では私的紛争について勝手な自力救済は許されませんから適正・公平な法秩序の維持のために、権利実現のための法的仕組みは「実体法」と「訴訟手続法」による権利確定手続と権利を強制的に実現する強制執行手続からなっています。両者を繋ぐのが「債務名義」という書類です。
4. 本人訴訟で問題となる実体法を説明する前に法律の理解の方法を先ず簡単に説明します。法律は、条文の文言も重要ですが、その点に着目すると量が多く解からなくなります。民法だけで1044条もあるのです。
@ 先ず法律の数を恐れる必要はありません。法律、法令は無数です。弁護士だって知らない法律がいっぱいあるのです。担当していない事件の特別法は読んだこともないのが通常です。
A 重要なのは基本概念と何故その法律が出来ているのかという点を理解する事です。制度趣旨です。法律が作られた理由、制定者の真意を理解するのです。民法であれば、財産法と身分関係法に別れますので財産法、身分法はどう理由で必要なのかという概括的理解でかまいません。例えば、法定相続分で妻の相続分は2分1と暗記するのでなくどうして2分の1になっているのかを考える事(被相続人の推定的意思と妻の相続財産への貢献等)が大切ですし規定の背景にはそれぞれ立派な理由があるのです。
B 次に、法律は日本国民全員に適用する一般的基準ですから必ず抽象的に規定してあります。読んで直ぐに理解できないのはそこに原因があります。従って解釈が必要なのです。法律学は解釈学なのです。解釈は特別難しくありません。法律の制度趣旨に従って行えばいいのです。条文の丸暗記はさほど意味がありませんし自慢にもなりません。条文は忘れても結構です。忘れていけないのは法律自体の制度趣旨による体系的理解です。裁判官も個々の条文なんか正確に暗記していません。ただ法律家は基本概念と法律、及び個々の条文の制度趣旨を体系的に理解しているだけなのです。
C 法律の制度趣旨は必ず相矛盾する利益の対立の上に成り立っています。ここが重要です。法律の解釈はこの相矛盾する利益の対立を一方に偏ることなく公平に配慮して自己の常識、良心に従い調和して判断解釈するのです。制度趣旨の理解は、対立する利益が何であるかを理解する事です。例えば民法の財産法は基本的に権利者の保護(静的安全)と取引(動的)の安全です。権利者を保護しようとすると取引の円滑性、迅速性が損なわれる関係にあり相矛盾する関係にあります。例えば金銭の貸し借りである金銭消費貸借(民法587条以下)であれば貸す人と取引関係に入った借主との対立する利益の調整を図る条文なのです。民事(刑事)訴訟法は、適正、公平な判断と迅速性、訴訴訟経済性4つの利益が微妙に対立しています。憲法は人権と公共の福祉、利益です。刑法は、被疑者、被告人の人権と被害者保護及び社会法秩序の維持です。どちらの利益を重要視するかは貴方が今まで蓄積してきた思想、良心に従うことになります。そういう意味で法律を司る者にとって最終的に一番大切なことはバランスの取れた一般常識、良心、考え方というということになります。一方の利益のみを主張する人に法律の解釈は出来ませんし資格もありません。
D 弁護士バッチを見たことがありますか、よく見るとバッチの中には秤の絵が描かれています。これは矛盾対立する利益を公平に考えなさいという法律家の基本的思考を象徴し描いています。資格を持った法律家になるには司法試験に合格しなければなりませんが、その試験は基本的に以上のような思考過程を試す試験といっても過言ではないでしょう。従って、全ての法律を丸暗記しても合格できませんし、大学生でも基本概念の理解と以上の思考過程ができれば合格も可能なのです。
E 貴方も、以上の思考過程により個々の法律を体系的に理解していく事が出来れば法律家の仲間入りが出来ますし本人訴訟の大前提となるでしょう。
5. では、実体法、手続法について説明します。「実体法」は、民法、商法、会社法、借地借家法、消費者契約法、特定商取引法など、当事者間の権利関係自体を定める基準を集めた法律です。個々の実体法を簡単に説明します。
@ 民法:私人間の法律問題について定めた基本法。真実の権利者と取引関係、事実上の利害関係に立つ人の利益を考慮し規定されています。親族法は、個人の尊厳を守り対等な夫婦、親子関係の決まりと身分関係に取引、社会関係を有する第三者との利害関係を内容としています。相続法は遺産に関する権利関係を規定しています。この法律は重要です。私法関係の憲法ともいうべき法律であり、その他の後述する実体法は全て民法の上に成り立っておりこの法律を理解できないと民法の特別法であるその他の法律の本質的理解が困難でしょう。
A 商法:商取引について定めた基本法。取引が営利性を持って継続的に行われるので取引の安全をどう保護するかという点を重視し権利者との調和を図っています。
B 会社法:株式会社等の内部関係や外部との関係を定めた法律。所有者である株主、株主からを委任された経営陣、取引関係に立つ債権者の利害対立を考え規定されています。
C 借地借家法:土地建物の権利関係について、民法の基本規定を修正し詳細に規定する特別法。土地、建物の所有権者と利用権者の利益を調整する法律です。
D 消費者契約法:事業者の利益と一般個人消費者を保護し公平を図るために民法の基本規定を修正し詳細に規定する特別法です。
E 特定商取引法:訪問販売、通信販売、電話勧誘販売等について、Dと同様に民法の基本規定を修正し詳細に規定する特別法。
6. 次に実体法に基づき、法的に権利、法律関係があるかどうかを裁判所で判断し確定する手続が民事訴訟法です。訴訟の提起、審理方式、主張、証拠調べの方法について詳細に規定しています。既に実体法は別個の法律で規定されていますから、民事訴訟法には権利関係の内容は記載がありません。従って、管轄、期日、送達、判決、決定等法律用語が多く読んでいると無味乾燥で面白くありませんし退屈で眠くなってしまうかもしれません。「民訴は眠素に通じます」などと説明する先生もいます。条文の文言は専門的でも民事訴訟法は当事者の私的紛争を互いに対立する適正、公平、迅速、低廉(訴訟経済性)に解決するという利益を調和するものとして規定されています。例えば、民事訴訟をどの裁判所ですること言う「管轄」の決まりも実は、紛争の適正な解決(主張、証拠の収集がしやすい場所はどこか等)、当事者の公平(当事者の利益)、迅速、低廉な(訴訟が早く終了する場所)解決にとり一番適切な裁判所はどこにしたらいいのかという総合的判断から規定されているのです。そのような観点から民事訴訟法の条文を眺めると意外と興味を持って読むことができます。
7. 民事訴訟により主張、立証、釈明の結果裁判所の判断が下されますが、その判断は裁判(判決、決定、命令があります)というのですが、本件でいえば、500万円を支払いなさいという判決です。この判決が上訴等により確定すると権利関係が公に確定されましたので民事訴訟は終了します。
8. しかし、判決により友人が自らの非を悟り500万円を持参または送金してくれれば問題がないのですが、自発的に支払わない場合、判決が確定しても貴方は判決文を掲げて友人の家から実力で500万円を奪ってくる事は出来ません。裁判所の公的判断が下り確定したい以上認めてもいいように思いますが許されません。裁判所によって確定した権利の強制的実現も裁判所の法的手続きによって行わなければならないのです。この手続を定める基本法が民事執行法です。
9. 民事執行法の根拠は、適正な法社会秩序実現、個人の尊厳保障を目的とする法の支配にあります。たとえ公が認めた権利が存在したとしても権利の強制的実現を私人に認めてしまうと相手の財産を私人の恣意的な判断により強制処分する事になり不当な財産侵害の危険が生じ更にこれに対する反撃を誘発し適正な法社会秩序の維持が出来ず個人の尊厳、財産権への侵害の危険が存するからです。
10. 民事執行法による強制執行の基本となるものが、債務名義です。債務名義とは、強制執行により実現しようとする請求権の存在、内容を公的に証明する文書です(民事執行法22条)。この文書は、民事執行法以外の手続きで既に作られていますから裁判所はこの文書に基づき請求権の強制実現を行うのですが対立する利益の上に制定されています。それは、公的に確定された権利者(債権者といいます)の利益、強制的に財産を奪われる義務者(債務者といいます)の財産保障の利益、強制処分された財産を取得した第三者の利益、手続を行う裁判所の利益を適正、公平、迅速、低廉に解決すべく規定されています。そういう観点から条文を読んでみると解かりやすいと思います。
11. 本件では「友人は貴方に対して金500万円を支払え」と書いてある確定判決の正本が債務名義となります。民事執行法22条は債務名義を列挙していますが、重要な点を説明します。22条については、聞きなれない言葉が並んでいると思いますが、債務名義の典型は確定判決です。その他確定判決の様に適正公平な権利確定手続により権利自体が公的に認められたと同じ価値を有する文書を挙げています。債務名義により債務者は強制的に財産を奪われるのですから請求権についての債務者側の主張、意見、が十分なされた実体を有する適正、公平な文書を判決の他に債務名義として認めています。
12.
@ 一号の確定判決とは地方裁判所の判決が出て被告が判決書を受け取って2週間以内に高等裁判所へ控訴しなかった場合や最高裁判決が出た場合の判決のことですが。民事訴訟手続で互いに十分主張立証した後の判断を記載した文書ですからこれに基づき債務者の財産を強制的に奪っても適正であり当事者の公平にも反しません。
A 二号の仮執行宣言つき判決とは例えば500万円を支払えという判決が控訴され確定しない場合に当該判決に「この判決は仮に執行することができる」という仮執行宣言がついている場合です。判決は確定していませんから権利関係も公的に認められていないので強制執行できないのが原則ですが、訴訟で負けた方が、勝つ見込みがないのにわざと上訴して勝った者の権利実現を遅らせる危険がありますので、仮執行を認めても原状回復の簡単な金銭請求について未確定の判決を債務名義としています。当事者の公平に反しませんし、主張立証を尽くした第一審の審理が終了しており適正の面も確保できるという考えです。
B その他、5号、公正証書、7号、和解調書」、4号督促手続による仮執行宣言等も当事者の公平、請求権の適正を考慮して債務名義としています。
13. 以上のように「債務名義」をどうやって取得するのか、「債務名義」をどのように実現するのかという点について定めた手続法の基本が民事訴訟法、民事執行法です。
14.その他手続法として以下のものがあります。
@ 民事保全法:「債務名義」を取得する前の権利者が、債務者の財産が散逸するのを防止するために、強制執行の準備の為に、債務者の財産を仮差押などするための保全手続について規定した法律。
A 不動産登記法:民法などの実体法に基いた権利関係を、法務局(登記所)において登記し公示するための手続を定めた法律。「債務名義」に基いて強制的に登記申請をする手続についても規定されています。
B 裁判所法:どの裁判所にどのような権限があるのかを定めた法律。民事事件でいうと、訴訟の目的物の価額(請求額など)が、140万円未満の場合は簡易裁判所が第一審の裁判所となり、140万円を超える場合は地方裁判所となります。
15. 以上より500万円の請求権について権利を実現するためには、実体法、手続法の両方の場面で、権利の実現に障害がないかどうか、良く検討することが必要になります。弁護士が事件を考える場合は、
@ 実体法の段階で相談者の権利が法的に成立しうるかどうか金銭消費貸借の合意、500万円の交付の特定を検討します。訴訟の中核はやはり実体法の判断です。自ら堂々と主張できる権利があれば必ず立証する直接、間接の事実、証拠収集の可能性は残されているはずです。例えば、借用書、領収書がない場合、金員を貸し渡した当日自分の預金通帳からの引き出ししがあったかどうか。過去にも借用書、領収書がなくて貸していたような経過があるかどうか。友人と借用書なしで500万円もの貸し借りを行うような人間関係であったかどうか。更に弁論の全趣旨(民訴247条)も裁判官の心証形成の一要素になりうるのです。
A 手続法の段階では、勝訴判決を取得しうる証拠(500万円の領収書の存否等)が揃っているかどうか、「債務名義」を取得することができるかどうかを検討します。
B 債務名義」を得た後に強制執行するための財産(貴方の友人の不動産、預金、給料債権等)は確保されているかどうか、「債務名義」を得る前に財産散逸、隠匿の危険等があり仮差押など財産の保全手続は必要かどうか、を検討することになります。
16. 本人訴訟の場合、複雑な事案等で主張、立証方法についてわからなくなった場合は、弁護士のアドヴァイスを受けながら交渉、訴訟を追行する事をお勧めします。「500万円を貸したのに約束どおりに返してくれない」とか争点が少ない事件でも直接証拠がないようであれば前述のように間接的証拠の収集なども大切ですから弁護士との協議が大切です。本書に類似の事例があれば、漠然とで構いませんので、自分がどのような実体法の根拠に基いて請求したいのか考え自分で書式を見て、その資料を用意して、一度弁護士さんに相談してみると良いでしょう。本人訴訟ができるかどうか、勝訴の見込みがあるかどうか、を回答してくれると思います。
17. 新銀座法律事務所でも電話、インターネット無料相談で本人訴訟を行う方に適切なアドヴァイスが出来るよう対応しています。
≪条文参照≫
民事執行法
(債務名義)
第二十二条 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
二 仮執行の宣言を付した判決
三 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては、確定したものに限る。)
四 仮執行の宣言を付した支払督促
四の二 訴訟費用若しくは和解の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第四十二条第四項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては、確定したものに限る。)
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決
六の二 確定した執行決定のある仲裁判断
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)