店舗賃貸契約の立ち退き交渉(最終改訂平成25年6月16日)

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店舗を借りて営業しているが、家主から立ち退きの要求を受けている、という場合があります。立ち退きに応じる義務があるでしょうか。また、立退き料の算定はどのように考えるべきでしょうか。


概要:

1、 ショッピングセンターやデパート百貨店の店舗の出店契約には様々な契約形態があり、契約形態により結論が異なります。しかし、いずれの契約形態にしろ長期間契約が継続している場合、突然契約を解除されてしまうと出店している者は不利益を受けてしまいますから、契約形態ごとに、どの程度保護されるかが問題となります。

2、 考えられる契約形態として@「業務委託契約」(賃貸借ではなく、準委任の一種である業務委託契約、販売委託契約)、A「ケース貸し契約」(借地借家法の適用されない賃貸借契約)、B「建物賃貸借契約」(借地借家法の適用される賃貸借)、C「特約付き建物賃貸借契約」(借地借家法は適用されるがショッピングセンターの特殊性が反映された契約)などがあります。

3、  具体的事案において、どのような契約形態に該当するのかは、契約書の名称だけでなく当事者間に締結された契約書類及び付属書類に定められた内容や、実際に使用している店舗の営業状況や、店舗の物理形状などから、総合的に判断されます。一般には、ショッピングセンターやデパート百貨店などの場合は、店舗全体としての統一性を維持する必要性が認められますので、完全な独立店舗の建物賃貸借契約と異なり、借主側にリニューアルに協力する義務が認められる契約形態「特約付き建物賃貸借契約」になる場合が多いでしょう。

4、 「業務委託契約」の場合、契約の解除は自由にできるのが原則ですが、長年継続されてきた契約であって、当事者間に信頼関係が形成され、契約が継続すべきことの期待を生じるに至った状態にある場合は、「期間の定めのない継続的契約の解約の法理」が適用され、相手方の解除権行使を制限できる場合があります。

5、 「ケース貸し契約」の場合、民法が定める賃貸借契約の性質を有する特殊な契約であると解釈できますが、借主に独立の占有が認められないため、借地借家法の適用も無く、従って、借地借家法30条「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする」という規定の適用もありませんので、契約書に定められた解除権を貸主側が自由に行使できるのが原則となります。しかし、長年継続され、当事者間に信頼関係が形成され、契約が継続すべきことの期待を生じるに至った状態にある場合は、「業務委託契約」の場合と同様に相手方の解除権行使を制限できる場合があります。

6、 借地借家法が適用される「建物賃貸借契約」の場合、賃貸借契約の更新拒絶あるいは契約解除の意思表示に際し、正当事由を具備していることが必要であると解釈されています。正当事由には、貸主側の事情と借主側の事情が相互に影響しますが、借主側の建物を利用する利益が大きい場合は、いわゆる「借家権価格」に基づいた正当事由の提案が必要になると解される事例もあります。借主側としては、借家権価格に基づいた相当額の立退き料の提示の無い更新拒絶意思表示は無効である、という法的な主張をしていくことになります。ショッピングセンターやデパート百貨店を退店することにより、店舗の営業が成り立たなくなってしまうような特殊事情がある場合は、借家権価格に対する割り増しが相当であると判断される可能性もあります。

7、 ショッピングセンターの特殊性が契約条件に組み込まれた「特約付き建物賃貸借契約」の場合は、通常の建物賃貸借事件と同様の正当事由要件を検討する他に、当事者に合意されたショッピングセンターのリニューアル等に伴うテナントの移動や変更や賃料改訂特約に基づく変更が可能かどうかを検討することが必要です。


解説:

1、 ショッピングセンターやデパート百貨店の店舗の出店契約には様々な契約形態があります。どの契約形態に該当するのかについては、契約書の記載された名称ではなく、契約の内容によって判断されます。以下、順番に列挙します。

(1)「業務委託契約」(賃貸借ではなく、準委任の一種である業務委託契約、販売委託契約)

委任契約、民法643条「委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。」
準委任契約、民法656条「この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。」

法律行為の委託というのは、要するに、本人に代わって代理人として法律行為を行うということです。いわゆる代理店契約というのが、委任契約となります。保険代理店や携帯代理店で契約書を作成すると、本人(保険会社や携帯電話会社)と顧客との間に直接契約が発生することになります。これに対し、本人に法的効力を発生させるような法律行為を行わない場合を、事実行為の代行と言い、これを依頼することを準委任契約と言います。例えば、ショッピングセンターの専門店街で商品を購入してもショッピングセンターの運営会社と顧客との間の売買契約は成立しません。このように代理行為を伴わない業務委託契約が準委任契約になります。デパートやショッピングセンターで業務委託契約が行われる場合は、業務の内容としては、「店舗内における特定の商品の販売業務」ということになります。契約書では、委託する業務内容が詳細に記載されますが、店舗内における販売場所の指定などは行われないことが多いです。販売する建物の一部を賃貸するものではないので、販売場所の特定は契約の重要な要素とはならないからです。


(2)「ケース貸し契約」(借地借家法の適用されない賃貸借契約)

これは賃貸借契約の一種ではありますが、建物の賃貸借とはみなされないので、借地借家法が適用されない契約形態となります。

賃貸借契約、民法601条「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」

借地借家法では、明確な建物の定義はなされていませんが、判例上、「土地に定着し、周壁を有し、屋根を有し、永続的に居住又は営業用途に用いることができ、客観的に他の部分と区別され、独立的、排他的な支配=占有が可能であるようなもの」が借地借家法の適用がある建物とされています(最高裁昭和42年6月2日判決、最高裁平成4年2月6日判決など)。

最高裁平成4年2月6日判決抜粋「本件施設物は、鉄道高架下施設であるが、土地に定着し、周壁を有し、鉄道高架を屋根としており、永続して営業の用に供することが可能なものであるから、借家法にいう建物に当たる。本件店舗は、本件施設の一部を区切ったものであるが、隣の部分とはブロックにベニヤを張った壁によって客観的に区別されていて、独立的、排他的な支配が可能であるから、借家法にいう建物にあたる」

また、不動産登記法と区分所有法にも次のような定義があります。

不動産登記法2条22号「区分建物 一棟の建物の構造上区分された部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものであって、建物の区分所有等に関する法律第二条第三項 に規定する専有部分であるものをいう。」
区分所有法1条「一棟の建物に構造上区分された数個の部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものがあるときは、その各部分は、この法律の定めるところにより、それぞれ所有権の目的とすることができる。」

このように見てくると、店舗内に設置された移動可能な動産である「特定の販売ケース」だけを賃貸借契約の目的としているような契約には、借地借家法は適用されない、いわゆる「ケース貸し契約」ということになります。

民法86条1項土地及びその定着物は、不動産とする。
同2項 不動産以外の物は、すべて動産とする。


(3)「特約付き建物賃貸借契約」(借地借家法は適用されるがショッピングセンターの特殊性が反映された契約)

建物の一部の賃貸借ではあるが、ショッピングセンターの一区画であるなど特殊性があり、ショッピングセンター全体の統一性を維持する必要性が認められ、貸主側も借主側も、当該店舗がショッピングセンターの一部として運営され、ショッピングセンター全体のリニューアルについても相互に協力すべきことが契約書上も明らかとなっているような場合には、賃貸借契約書のリニューアルに伴う、貸主側からの一方的な通知による、場所変更や、店舗閉店や、面積変更や、賃料変更などの条件変更権が認められる場合があります。判例では、このような契約を、「ケース貸し」と「独立店舗の賃貸借」の中間形態であると判断しています。

名古屋高裁平成9年6月25日判決「以上の各事実によると、一審原告の、その賃借部分に対する占有の独立性は、希薄であって、その占有及び前記売上金処理の形態、並びに後記認定の通り、貸主である補助参加人において、売り場を移動・変更する権利を留保していること等から見ると、○○におけるテナントしての一審原告の契約上の地位は、「百貨店のケース貸」と一般の「独立店舗の賃貸借」との中間的性格を有するものと解される上、本契約中においては、一個の営業体としてのショッピングセンターの一体性の維持と、ショッピングセンター全体の集客力の維持という共通の利益のために、一般の独立店舗の賃貸借には見られないような、各種の制約を合意されているものということができる。」

借地借家法には、30条で「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。」という強行規定がありますが、この、ショッピングセンターの特約については、判例上、「相互の利益のために定められたもの」と認められることから、貸主側の一方的な変更権を定めた特約条項も無効にはならない、と解釈されています。

名古屋高裁平成9年6月25日判決「本件契約の前記特性を考慮し、かつ、右のように限定を付して解する限り、本契約19条(引用者注=借主がリニューアルに伴う移転や面積変更や賃料変更や工事費用負担を受け入れるという特約)は、相互の利益のために定められたものということができるから、本件賃貸借に借家法が適用されるとしても、本件契約19条が、借家法6条又は7条(引用者注=借地借家法30条の強行規定に相当)の趣旨に反するものということはできない。」


(4)「建物賃貸借契約」(借地借家法の適用される賃貸借)

これは、最もオーソドックスな独立店舗建物の賃貸借契約です。借地借家法に定められた、賃借人の保護規定が適用され、期間の定めのある建物賃貸借契約の更新拒絶の意思表示、又は、期間の定めの無い建物賃貸借契約の解除の場合には、立退き料の提供など、いわゆる「正当事由」の要件を具備することが必要となります。

借地借家法28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。


2、 具体的事案において、どのような契約形態であるのか、ということは、当事者間に締結された契約書類及び付属書類や、実際に使用している店舗の営業状況や、店舗の物理形状などから、総合的に判断されます。

主な契約条件の切り分けのポイントは、「賃貸借契約と言えるかどうか」、「建物の賃貸借と言えるか」、「独立店舗の賃貸借と言えるか」ということの3点になります。

賃貸借契約といえるかどうか、という点については、当事者間の契約書で、契約の形式が「業務委託・販売委託」になっているか、「賃貸借」になっているか、が重要となります。勿論、契約書において、このような表題や用語を用いていない場合でも、契約内容が販売委託なのか、何らかの賃貸契約なのか、契約条項から読み解く必要があります。テナント側が営業する場所の特定がなされていないような契約の場合には、業務委託契約と判断される可能性が高まると言えます。

対象物が建物と言えるかどうか、という点については、前記判例の通り、対象物が、「土地に定着し、周壁を有し、屋根を有し、永続的に居住又は営業用途に用いることができ、客観的に他の部分と区別され、独立的、排他的な支配=占有が可能であるようなもの」と言えるかどうか、という点が、判断基準となります。

また、独立店舗の賃貸借と言えるかどうか、という点については、対象となる店舗がショッピングセンターに所属する店舗として運営されるか、それとも、ショッピングセンターとは別個に営業されるか、ということが重要になります。独立の出入り口を有するか、営業時間や休業日などは独自に定めることができるか、顧客から見てショッピングセンターに所属する店舗と言えるかどうか、などの基準があります。

一般に、ショッピングセンターやデパート百貨店などの場合は、店舗全体としての統一性を維持する必要性が認められますので、完全な独立店舗の建物賃貸借契約と異なり、借主側にリニューアルに協力する義務が認められる契約形態「特約付き建物賃貸借契約」になると解釈されています。具体的事情にもよりますが、本件の契約形態も、独立店舗の賃貸借契約ということにはならない可能性が高いと思います。


3、「業務委託契約」の場合、契約の解除は自由にできるのが原則ですが、長年継続されてきた契約であって、当事者間に信頼関係が形成され、契約上の義務を履行するために設備投資などの準備も継続して行い、契約が継続すべきことの期待を生じるに至った状態にある場合は、「期間の定めのない継続的契約の解約の法理」が適用され、相手方の解除権行使を制限できる場合があります。

東京地裁昭和57年10月19日判決
本判決は、製品ラベルの大断加工を継続的に受注していた下請業者が一方的に取引を中止した元請業者に対して損害賠償を求めた事案についてのものです。判決は、「前認定の事実によれば、原告と被告の間には、昭和四六年頃から原告が被告のハミングラベル印刷加工の加工体制に組み込まれて専属的にその一工程である大断加工を受持つ下請業者として、被告から継続的に毎月原告の売上げの八割方を占めるほぼ一定数量の発注を受け、納品するという継続的な取引関係にあったものということができ、しかも原告は、被告の発注に対応するため相当の投資をして大断加工に必要な機械設備、人員等の確保に努めてきたものということができるが、右のような取引関係に立つ当事者間においては、右のように受注者側がその受注のため相当の金銭的出捐等をなしている場合は、注文者は已むを得ない特段の事由がなければ、相当の予告期間を設けるか、または相当な損失補償をなさない限り一方的に取引を中止することは許されないと解するのが、公平の原則ないし信義誠実の原則に照らし相当である。」との判断を示した上で、具体的事情の下での特段の事由を否定し、6か月分の逸失利益の賠償を認めています。

「期間の定めのない継続的契約の解約の法理」では、通常の建物賃貸借契約の解除における正当事由とは理屈(法律構成)は異なりますが、結果的に、同様の金銭補償が行われるケースが多いと言えます。業務委託契約だからといって簡単に諦めてしまうのではなく、契約解除を拒否できないかどうか、賠償請求が可能かどうか、法的な検討を行うことをお勧め致します。



4、 「ケース貸し契約」の場合、民法が定める賃貸借契約の性質を有する特殊な契約であると解釈できますが、借主に独立の占有が認められないため、借地借家法の適用も無く、従って、借地借家法30条「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする」という規定の適用もありませんので、契約書に定められた解除権を貸主側が自由に行使できるのが原則となります。

しかし、借地借家法が適用されない「ケース貸し契約」又は「売り場貸し契約」であっても、具体的事情において、契約が相当長期間に継続しているか、又は、継続することが前提とされており、借主側としても相当多額の出店費用を負担しているような場合においては、貸主側から一方的に、更新拒絶の意思表示をしたり、契約解除を申し出たりすることは、権利濫用として認められない可能性があります。

東京地裁平成20年6月30日判決「このような本件賃貸借契約及びそれに至る事情等に照らしてみると、原告及び被告とも、本件出店区画の使用が本件契約条項(前提事実(2)ウ)のように二年の契約期間で直ちに終了することは想定しておらず、いずれも相当長期間の出店を予定していたものと認めるのが相当である(保証金の返還期間からすれば、少なくとも一五年程度の期間が想定される。)。そうすると、特段の事情もないのに、単に二年の契約期間が満了したというのみで契約の更新を拒絶することは、本件出店区画に多額の出費をして出店をし、賃料の増額にも応じてきた被告の不利益にかんがみると、権利の濫用となる余地があるものというべきである。」

「もっとも、前記の事情に照らしてみると、上記の事由のみによって、賃料増額に応じた直後に、しかも、予定された保証金返還期間も経過していない時期に本件賃貸借契約を終了させることは、被告が本件店舗において既に一〇年の営業を継続してきたことを考慮してもなお、支出した費用の回収等について不測の損害をもたらす可能性があることを否定することができないから、本件においては、その点の考慮をすべき必要があるというべきである。
 この点につき、原告は、本件出店区画の原状回復義務(被告の見積りによれば一四五三万二五七五円)。の免除に加えて、三〇〇〇万円の立退料の支払を申し出ている。
 そこで、上記の事情に原告の上記申出を併せ考慮してみれば、被告の経済的損失も相当程度の填補がされるものと認められるから、原告による本件賃貸借契約の更新拒絶は権利の濫用に当たるものとまで認めることができないというべきである。」

この判例では、デパートの売り場の賃貸契約について、借地借家法の適用は否定されながらも、原状回復費用1453万円の免除と、立退き料3000万円の提供がなければ、更新拒絶は権利濫用として認められない、という判断になっています。この事例では、最低保証賃料が227万円となっておりますので、賃料換算で、6.4か月分の原状回復費用免除と、13.2か月分の立退き料の提供が必要と判断していることになります。「ケース貸し契約」だからといって簡単に諦めてしまうのではなく、契約解除を拒否できないかどうか、賠償請求が可能かどうか、法的な検討を行うことをお勧め致します。


5、 借地借家法が適用される「建物賃貸借契約」の場合、賃貸借契約の更新拒絶あるいは契約解除の意思表示に際し、正当事由を具備していることが必要であると解釈されています。正当事由には、貸主側の事情と借主側の事情が相互に影響しますが、借主側の建物を利用する利益が大きい場合は、いわゆる「借家権価格」に基づいた正当事由の提案が必要になると解される事例もあります。借主側としては、借家権価格に基づいた相当額の立退き料の提示の無い更新拒絶意思表示は無効である、という法的な主張をしていくことになります。ショッピングセンターやデパート百貨店を退店することにより、店舗の営業が成り立たなくなってしますような特殊事情がある場合は、借家権価格に対する割り増しが相当であると判断される可能性もあります。

借家権価格とは、相続税評価基準や、道路収用時の損失補償基準などで用いられる、借家人の経済的利益を算定するための計算により算出される、借家人の有する経済的価値であり、主な計算方法として、「割合方式」、「補償方式」、「差額賃料還元方式」の3種類があります。不動産鑑定士が鑑定評価を行う場合は、それぞれの方式で借家権価格を算出した後で、例えば差額還元7、割合方式1.5、補償方式1.5などの加重平均を行い、鑑定士の評価として金額を出すことが多いようです。この重み付けは、評価対象地の特性を踏まえて算出されます。

(1) 割合方式は、税法上用いられる、相続税財産評価基準における借家人の権利相当額の評価方法を準用して求める計算方法です。実際の計算方法は、相続税財産評価基準通達94番で指定されています。

「借家権の価額は、次の算式により計算した価額によって評価する。ただし、この権利が権利金等の名称をもって取引される慣行のない地域にあるものについては、評価しない。

借家権価格=借家権の目的となっている家屋の価格×借家権割合×賃貸割合」

ここで、 「借家権割合」は、国税局長の定める割合ですが、30パーセント程度が多いようです。賃借割合は、建物内の賃借部分の床面積の割合です。

(2) 補償方式は、道路用地買収時などに用いられる「公共用地の取得に伴う損失補償基準」の建物移転等に伴う借家人に対する補償額に手法を準用して求められたものです。実際の計算方法は、公共用地の取得に伴う損失補償基準細則第18で指定されています。

借家権価格 = 返還されない権利金補償額 + 返還される権利金補償額

返還されない権利金補償額 = 標準家賃月額 × 補償月数

ここで、標準家賃月額は、新たな建物を賃借する場合の賃料相当額で、事案により2〜4割の範囲で面積を増額した建物の賃料で計算することができます。補償月数は、従前の賃借建物に照応する建物の当該地域における新規賃貸事例において標準的と認められる一時金の月数とされています。

返還される権利金補償額 = (標準家賃月額 × 補償月数 − 権利金返還見込額) 
× { (1+r)^n − 1 } ÷ (1+r)^n 

ここで、rは年利率で、nは従来賃貸契約が継続すべき期間で10年が標準期間です。要するに、借家契約が中途解約されずに継続していた場合は、標準的な権利金の額から、退去時に戻ってくる権利金の金額を控除した残額を、貸主に預託していることになり、この期間の利息相当額を、賃借人が利益として受けることになる、という計算です。
 
(3)差額賃料還元方式は、評価対象建物の経済価値に即応した適正な賃料(正常実質賃料)から実際に支払っている賃料を控除したいわゆる借り得分をその持続する期間により還元して求められる計算方法です。賃貸物件の経済的価値を、同物件に投下された資本と見て、それを一定の期待利回りで運用した場合に得られる運用益に賃貸物件の維持に必要な管理費と公租公課を加えた額とします。

借家権価格 = (建物価格×期待利回り+管理費+公租公課)− 支払い年間賃料
× 持続年数

この計算方法では、借家権設定時の権利金が数式に含まれませんが、実質的に借り得部分には、償却される権利金が含まれていると考えることができますので、具体的事案においては、借家人の権利を不当に害するおそれは無いと解釈されています。


立ち退きの正当事由判断の際に、算出された借家権価格に対して割り増しすべきことが判断された事例を紹介します。

東京高裁平成10年9月30日判決「本件建物部分の明渡しによる控訴人の不利益は、単に借家権の喪失にとどまらず、今後他の新規の店舗を確保しても固定客の喪失等による営業上の損失が大きく、営業不振ないし営業廃止の危険性があること、代替店舗確保に要する費用、移転費用等が多額に及ぶことなどの諸点を勘案すれば、被控訴人の解約申入れの正当事由を具備するための立退料としては少なくとも金4000万円の提供を要するものと認めるのが相当である。」

本件で鑑定士の算定した借家権価格は2675万円とされていますので、営業損失を勘案して、約1.5倍の割り増しが認められたことになります。

なお、居住用建物の賃貸借契約においては、立ち退きの正当事由判断に際して、借家権価格を用いないことが多くなっていますので、注意が必要です。営業用建物の賃貸借契約の場合は、この理屈が当てはまらないということを法的に主張していくことが必要です。

東京高裁平成12年3月23日民事部判決 (建物明渡請求控訴事件)
「本件共同住宅が建築されてから四〇年を経過していること及び本件共同住宅が存する土地の地理的条件からすると,被控訴人が本件共同住宅及び隣接する建物の改築計画を持つことには十分な合理性がある。そして,控訴人らの本件建物の使用の必要性は,住居とすることに尽きている。そのような場合の立退料としては,引越料その他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一,二年分程度の範囲内の金額が,移転のための資金の一部を補填するものとして認められるべきものである。それ以上に,高額な敷地権価格と僅かな建物価格の合計額を基に,これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは,正当事由があり賃貸借が終了するのに,あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算定するもので,思考として一貫性を欠き相当ではない。被控訴人は,昭和六三年一〇月以降賃料を据え置くなどの措置を採り,また,控訴人らが本件建物より高額な賃料の住居に移転するために当面必要な資金として十分と思われる立退料二〇〇万円を提供する意思を示している。これらの賃料の据え置きと立退料の提供は,正当事由の補完たりうるのであって,被控訴人の解約申入れには正当の事由があり,解約の申入れは,その効力を生じたものというべきである。そして,被控訴人の明渡しの請求を権利の濫用ということはできない。」

6、 ショッピングセンターの特殊性が契約条件に組み込まれた「特約付き建物賃貸借契約」の場合は、借地借家法28条の適用がありますから通常の建物賃貸借事件と同様の正当事由要件を検討する他に、当事者に合意されたショッピングセンターのリニューアル等に伴うテナントの移動や変更や賃料改訂特約に基づく変更が可能かどうかを検討することが必要です。

7、以上の通り、ショッピングセンターやデパート百貨店の入店契約には、様々な契約形態がありますが、どの契約形態であったとしても、テナントの権利が保護される可能性はありますので、貸主側からの一方的な退店通告があっても、すぐに応じてしまうことはせず、弁護士に相談して対応を協議することをお勧めいたします。


<参考条文>

公共用地の取得に伴う損失補償基準(用地対策連絡会決定)
第34条(借家人に対する補償)
第1項 土地等の取得又は土地等の使用に伴い建物の全部又は一部を現に賃借りしている者がある場合において、賃借りを継続することが困難となると認められるときは、その者が新たに当該建物に照応する他の建物の全部又は一部を賃借りするために通常要する費用を補償するものとする。
第2項 前項の場合において、従前の建物の全部又は一部の賃借料が新たに賃借りする建物について通常支払われる賃借料相当額に比し低額であると認められるときは、賃借りの事情を総合的に考慮して適正に算定した額を補償するものとする。

公共用地の取得に伴う損失補償基準細則(用地対策連絡会決定)
第18 基準第34条(借家人に対する補償)は、次により処理する。
1 本条第1項の賃借りを継続することが困難となると認められるときとは、次
に掲げるときとするものとする。
(一) 建物の移転先を残地以外の土地と認定したとき又は建物の移転工法として
構内再築工法を認定したとき。ただし、移転後の建物で賃貸借を継続するこ
第18 基準第34条(借家人に対する補償)は、次により処理する。
1 本条第1項の賃借りを継続することが困難となると認められるときとは、次
に掲げるときとするものとする。
(一) 建物の移転先を残地以外の土地と認定したとき又は建物の移転工法として
構内再築工法を認定したとき。ただし、移転後の建物で賃貸借を継続することが
確実であると認められるときは、この限りでない。
(二) 建物の移転先を残地と認定し、かつ、建物の移転工法として構内再築工法
以外の工法を認定した場合において、新たな一時金の支出が伴う等従前の契
約条件の著しい変更が確実であると認められるとき。
2 本条第1項の補償額は、次の(一)及び(二)に掲げる借家の際に要する一
時金の区分に応じて、(一)及び(二)に掲げる式により算定した額を標準と
して定めるものとする。ただし、当該地域において一時金を支払う慣行のない
場合は、補償しないものとする。
(一) 賃貸借契約において借家人に返還されないことと約定されている一時金
標準家賃(月額)×補償月数
標準家賃 従前の賃借建物に照応する建物(従前の建物が狭小なため当該
地域に照応する建物がないと認められる場合は当該地域に存在
する借家事例を勘案の上、20パーセントの範囲内で借家面積
を補正した建物とすることができるものとする。この場合にお
いて、借家人が高齢である等の事情があるため生活圏が限定さ
れ当該生活圏外への転居が著しく困難と認められるときは、当
該生活圏において従前の居住を継続するのに社会通念上相当と
認められる規模の建物(借家面積を40パーセント増加補正し
た建物を限度とする。)とすることができるものとする。以下
同じ。)の当該地域における新規賃貸事例において標準的と認
められる月額賃貸料とする。
補償月数 従前の賃借建物に照応する建物の当該地域における新規賃貸事
例において標準的と認められる一時金の月数とする。
(二) 賃貸借契約において借家人に返還されることと約定されている一時金
(標準家賃(月額)×補償月数−従前貸主からの返還見込額)×
{ (1+r)^n−1 } ÷ (1+r)^n
標準家賃及び補償月数 (一)に定めるとおりとする。
従前貸主からの返還見込額 現賃借時に支払われた一時金の額のうち、建
物の移転による契約終了に伴い貸主から借家人に契約上返還さ
れることとなる金額をいう。ただし、現賃貸借契約終了時にお
いて修繕費等原状回復に要する費用又は借家人の債務の不履行
が存在する場合において、それらについて貸主が借家人に返還
しないこととなる金額は、返還見込額に含めるものとする。
r 年利率
n 賃借期間 従前の賃借建物において賃借りを継続したであろうと認め
られる期間であって、10年を標準とする。
3 本条第2項の補償額は、次式により算定する。
(標準家賃(月額)−現在家賃(月額))×12×補償年数
標準家賃 従前の賃借建物に照応する建物の当該地域における新規賃借事例
において標準的と認められる月額賃借料とする。
補償年数 別表第5(家賃差補償年数表)の区分による範囲内で定める
ものとする。ただし、建物の全部又は一部を現に賃借りしている者が居住又は
使用している期間が、この表の区分による年数を下回る場合は、当該期間(当
該期間が1年未満の場合は1年)を年数とみなす。
なお、特段の事情があると認められるときは、各区分の補償年数を1年の範
囲内で補正することができるものとする。


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