除斥期間(最終改訂、平成22年4月20日)

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1、(定義)除斥期間とは、法が定めた一定の期間内に権利を行使しないとその期間の経過によって権利が当然に消滅する場合の期間を言います。例えば、売買の瑕疵担保責任(民法560条)の権利行使期間等です。他に権利の一部が他人に属する場合の売買担保責任(566条3項、564条)、使用貸借の責任(600条)、請負人の担保責任(634条)などです。

2、(制度趣旨)私的自治の原則により、当事者間で自由に契約が締結され、権利と義務が設定されます。権利が設定された場合、本来、権利者は何時でも権利主張できるはずです。しかし、私的自治の原則の目的は、公正な法、社会秩序の維持建設にありますので、権利行使の時期を無制限に認めると、いつまでも私的紛争は解決されず、ひいては現実の権利関係は不安定な状況におかれ、公正な社会秩序維持の理想が結果的に実現されません。そこで、社会秩序全体の利益を考え、権利主張を制限する必要性がある法律権利関係については、法が定めた一定の期間経過により幾ら権利があっても主張を認めない、すなわち権利が消滅する、というのが除斥期間です。
 除斥期間は、法律権利関係の紛争終結という視点から定められた法定期間ですから、延長されることは基本的にありません。時効のように、中断(民法146条)や、停止(民法158条後記類推適用の判例があります)の制度もありませんし、当事者の意思に関係なく除斥期間を援用(主張)しなくても(民法145条)裁判所は適用することができることになります。

3、(時効との違い)「除斥期間」に似て非なるものとして「時効期間」があります。時効期間とは、継続している一定の事実状態を尊重し真実の権利関係とは無関係に権利の得喪を生ぜしめる効果がある法定期間を言います。
 定義だけ見ると、消滅時効では一定期間経過により権利主張ができなくなりますし、取得時効でも真の権利者の権利消滅という結果を生じますので、除斥期間との区別が難しいのですが、時効期間は、主に、長期間継続した事実状態の尊重、証拠の散逸、権利の上に眠る者の権利喪失等の理由により一定の事実状態の上に形成された権利関係当事者の利害調整を目的としています。
 他方、除斥期間は、当事者の利害調整ではなく、権利関係の早期紛争解決という権利、法律関係の性質に基づく理由(権利法律関係に内在する理由)によるもので、この点が根本的に異なります。
 時効は、事実状態の上に形成された当事者の利害関係を調整するので、当事者の権利主張により中断、権利行使ができないような場合の停止制度、さらには当事者の権利主張の前提となる援用権という概念が認められます。しかし、除斥期間は、権利の性質に内在する理由による期間制限なので、当事者の意思、利害は無関係なのでそのような制度はありませんし、一律に期間経過とともに権利は消滅します。権利の性質から導かれる当然の法律効果です。
 例えば、売買による瑕疵担保責任(民法570条、566条)による損害賠償請求権、解除権の1年の期間は解釈上、時効期間ではなく除斥期間とされています。特定物売買は本来、目的物に瑕疵があってもそのものを履行すれば、債務を完全に履行したことになり、理論上瑕疵について責任を負うことはないのですが、売買は有償契約であり、当事者間の公平上、買主に瑕疵の損害填補の権利を認めています。これらの請求権は、理論上例外的権利行使であり1年という短期間に限り権利行使を認め紛争の早期解決を図っています。当事者の利害関係を調整すべく1年間不行使の事実状態を尊重して権利消滅を認めているのではないので時効期間ではありません。法律相談事例集キーワード検索993番,926番,814番,807番,492番参照。

4、(除斥期間の見分け方)実際の法律の条文では、不親切なのですが、条文上、除斥期間か時効期間かは明示されていません。全て期間しか定めていませんし、時効によりという言葉でしか表現されていいませんので権利の性質、法律関係の実質を考えて先ほどの基準から解釈により時効期間か除斥期間か判断されることになりますから難しい面があります。以下問題となる除斥期間を説明します。

5、(不法行為の3年は時効期間であり、20年の期間は除斥期間)民法724条は文言上「時効により」と記載されていますが、3年の期間は時効期間ですが、20年は判例・通説も除斥期間と解釈されています。不法行為債権も、通常の債権のように10年が時効期間と考えられますが(民法167条)7年間短縮し、3年の短期消滅時効を定めています。不法行為は、要件である、故意過失、違法性、損害の額等が、偶発的事情により発生するので、契約による生じる債権より短期間で立証が困難になり、当事者間の請求しない事実状態を尊重し、権利の上に眠る者を保護しない趣旨です。これに対し、判例上20年の期間は、除斥期間とされています。最高裁平元年12月21日判決は、以下のように述べています(後記参照)。「たとえ加害者(この事案の場合には県)が、被害者からの損害補償の求めに対し、係の間をたらい回しにして責任の所在を明らかにしなかったという経緯があったとしても、加害行為から20年以上経過した場合、この20年という期間は除斥期間と解される以上、裁判所は職権で損害賠償請求権の消滅を認定すべきである」。この内容は、例えば加害者に信義則に反する行為があったとしても、(20年という期間が除斥期間ではないので、)その事実のみで期間経過による請求権消滅を妨げることはできないということです。

6、学説には反対意見もありますが、判例・通説の趣旨は、20年間以上も損害・加害者が特定されず紛争が長引くことは法律権利関係の安定から好ましくない、との理由によります。しかし当事者の利害調整か、権利の性質による理由かどうかの理屈は、どの様にでも説明が可能なようにも思います。そこで具体的問題としては、時効中断、停止が適用になるかという点で差異が生じます。例えば、20年の時効完成時に権利行使できないような特別の事情があった場合それでも除斥期間により権利消滅となるかという問題です。判例上問題となった事件は、時効停止制度の類推についてです。ただ、時効中断についは、権利の存続期間が延長される危険があり除斥期間の趣旨に反しますので類推は認めていません。

7、(20年の除斥期間と時効停止の類推適用)
 最高裁は、このような具体的不都合を避けるため、20年を除斥期間と認めながら、本来できないはずの時効停止の制度を類推適用しています。しかしこのような不都合を生じる事案は数少ないと思われることから、これまでの除斥期間の理論を貫き、不都合を信義則、公平の原則という一般理論により救済したものと考えられます。

8、(修正した判例)
 最高裁平10年6月12日判決「不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において右不法行為を原因として心身喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告(今の後見開始決定を指します)を受け、後見人に就職した者がその時から6箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である」として、集団予防接種の副作用で重度心身障害者となった被害者とその両親が、被害が生じてから22年を経過してから国に対して国家賠償請求訴訟を提起していた事案について、請求を認めています。この判例により、客観的な時間経過のみをもって賠償請求権の消滅を認めることが「著しく正義・公平の理念に反する」場合には、一種の停止事由を認めることにより、賠償請求を認める余地があることが示されました。

9、(修正した判例)
 最高裁平21年4月28日判決「「被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人に対して被害者の死亡事実を知ることができないような状況を殊更に作り出し,そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま、上記殺害の時から20年が経過したとしても、その後相続人が確定してその時点から6ヶ月以内に相続人が損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法160条の法意に照らし、民法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である」として、加害者が被害者を殺害後、その遺体を自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿した場合、被害者の遺族は被害者死亡の事実を知ることができず、相続人が確定せず賠償請求する機会がなかったのであるから、民法160条の法意に照らし、請求権は消滅しないと判断しています。


〈参考判例〉
1 最判平元年12月21日
(事案) 昭和24年2月14日、鹿児島県鹿児島郡東桜島村(現在、鹿児島市高免町)の山林において発見された国の不発弾の処理作業に従事していたXが、鹿児島県警巡査Aの誤った指示により、爆発に遭い火傷により重度の障害が残った。
 そこで、Xは鹿児島市役所、鹿児島県庁等を訪問し被害の救済を求めたが、係の間をたらい回しにされた上、地区警察署長名で本件事故の責任の所在を不明確にしたと認められる被害調査書が作成される等された。
 その後、事故発生から20年以上が経過した後、国に対して慰謝料を請求する訴訟を提起した。
(判示) 民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。けだし、同条がその前段で3年の短期の時効について規定し、更に同条後段で20年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の3年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の20年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである。
 これを本件についてみるに、被上告人らは、本件事故発生の日である昭和24年2月14日から20年以上経過した後の昭和52年12月17日に本訴を提起して損害賠償を求めたものであるところ、被上告人らの本件請求権は、すでに本訴提起前の右20年の除斥期間が経過した時点で法律上当然に消滅したことになる。そして、このような場合には、裁判所は、除斥期間の性質にかんがみ、本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても,右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断すべきであり、したがって、被上告人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であって採用の限りではない。

2 最判平10年6月12日
(事案) Xは、昭和27年5月19日出生し、同年10月20日、呉市保健所において、予防接種法(昭和28年法律第213号による改正前のもの)5条、10条1項1号に基づき呉市長が実施した痘そうの集団接種を受けた。ところが、その後]はかかる予防接種が原因で、高度の精神障害、知能障害、運動障害及び頻繁なけいれん発作を伴う寝たきりの状態となった。 そこで、Xは昭和49年12月5日、国家賠償請求訴訟を提起した。
(判示) 民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、不法行為による損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により右請求権が消滅したものと判断すべきであるから、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当であると解すべきである。
 ところで、民法158条は、時効の期間満了前6箇月内において未成年者又は禁治産者が法定代理人を有しなかったときは、その者が能力者となり又は法定代理人が就職した時から6箇月内は時効は完成しない旨を規定しているところ、その趣旨は、無能力者は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから、無能力者が法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは無能力者に酷であるとして、これを保護するところにあると解される。
 これに対し、民法724条後段の規定の趣旨は、前記のとおりであるから、右規定を字義どおりに解すれば、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において心神喪失の常況にあるのに後見人を有しない場合には、右20年が経過する前に右不法行為による損害賠償請求権を行使することができないまま、右請求権が消滅することとなる。しかし、これによれば、その心身喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、被害者は、およそ権利行使が不可能であるのに、単に20年が経過したということのみをもって一切の権利行使が許されないこととなる反面、心身喪失の原因を与えた加害者は、20年の経過によって損害賠償義務を免れる結果となり、著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得ない。そうすると、少なくとも右のような場合にあっては、当該被害者を保護する必要があることは、前記時効の場合と同様であり、その限度で民法724条後段の効果を制限することは条理にもかなうというべきである。
 したがって、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。

3  最判平21年4月28日
(事案)Aは,足立区立の小学校に図工教諭として勤務していた者であり,Yはかかる小学校に学校警備主事として勤務していた者であるが、昭和53年8月14日にYは,本件小学校内においてAを殺害し,その死体を自宅の床下に掘った穴に埋めて隠匿した。
  その後、Yの自宅を含む土地は,平成6年ころ,土地区画整理事業の施行地区となった。Yは,当初は自宅の明渡しを拒否していたが,最終的には明渡しを余儀なくされたため,死体が発見されることは避けられないと思い,本件殺害行為から約26年後の平成16年8月21日に,警察署に自首し、事件が発覚した。
 そこで、Aの遺族がYに対して平成17年4月11日に損害賠償請求訴訟を提起した。
(判示) 民法724条後段の規定を字義どおりに解すれば,不法行為により被害者が死亡したが,その相続人が被害者の死亡の事実を知らずに不法行為から20年が経過した場合は,相続人が不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する機会がないまま,同請求権は除斥期間により消滅することとなる。しかしながら,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも,相続人は一切の権利行使をすることが許されず,相続人が確定しないことの原因を作った加害者は損害賠償義務を免れるということは,著しく正義・公平の理念に反する。このような場合に相続人を保護する必要があることは,前記の時効の場合と同様であり,その限度で民法724条後段の効果を制限することは,条理にもかなうというべきである。
 そうすると,被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において,その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じないものと解するのが相当である。


〈参考条文〉
(時効の援用)
第145条  時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
(時効の中断事由)
第147条  時効は、次に掲げる事由によって中断する。
一  請求
二  差押え、仮差押え又は仮処分
三  承認
(未成年者又は成年被後見人と時効の停止)
第158条  時効の期間の満了前六箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。
2  未成年者又は成年被後見人がその財産を管理する父、母又は後見人に対して権利を有するときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は後任の法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その権利について、時効は、完成しない。
(夫婦間の権利の時効の停止)
第159条  夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については、婚姻の解消の時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
(相続財産に関する時効の停止)
第160条  相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
(天災等による時効の停止)
第161条  時効の期間の満了の時に当たり、天災その他避けることのできない事変のため時効を中断することができないときは、その障害が消滅した時から二週間を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
民法709条
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法724条
 不法行為のよる損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過した時も、同様とする。


国家賠償法1条1項
 国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うことについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。


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