No.1167|離婚に関する問題

認知された子の養育費は遡って請求できるか

家事|養育費支払いの始期|認知判決と養育費を遡って請求するための要件

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

交際していた男性の子を妊娠、出産しました。出産後、彼に対して認知を求めましたが、拒否されました。彼の子どもであることは間違いないので、弁護士を依頼して強制認知等させようかと思っていますが、この場合、養育費はいつから請求できるのでしょうか。

回答

生物学上の父親が任意に認知をしない場合は、認知訴訟を提起し、認知が確定するまでは、父親であること、扶養義務者であること自体が確定しませんから、請求する前提を欠くことになります。そのため、養育費を請求するにはまず、認知判決が必要になります。

認知判決後に養育費を請求する場合、出生直後の分まで遡って請求できるのか、それとも認知判決確定後に請求をした時点からの養育費しか請求できないのか法律上は明確ではありません。

この点は、養育費支払いの根拠を扶養義務、生活保持義務に求めることから従来から、養育費の請求があった時点以降のものしか認められないという考え方が多数でした。

しかし、このような考え方に立ったとしても、認知判決があった場合には、認知は出生のときに遡って効力を発生させる民法の趣旨にのっとり、出生時から養育費を請求する意思が明確であった場合には、養育費の支払義務も遡及させると言う判例があります。

認知判決確定後認知の届け出を提出してすぐに養育費を請求すれば、出生時から請求する意思が明確にあったと認定されやすくなります。また、認知判決前にも養育費を内容証明郵便等で請求しておけば遡って請求できることになると考えられます。

解説

1 養育費支払の始期

養育費の支払の始期については、請求時からという考え方と、それより以前からの支払いを認める考え方があり、裁判例などでも分かれています。

(1)請求時から認める立場

請求時からという考え方は、養育費の支払い義務の根拠を扶養義務にあるとし、扶養の程度方法は当事者間の協議で決める、という民法の規定を根拠とします(民法877、879条)。扶養の義務というのは抽象的な義務であり、具体的な扶養の義務は協議が成立して初めて生じるのであるから、少なくとも請求する前からの支払いは認められない(この考え方でも、請求している以上は協議が成立していなくても具体的な請求権が生じていると考える)というものです。

(2)遡って認める立場

これに対し、請求前からの支払いを認める考え方は、未成熟の子どもの両親の扶養義務は夫婦の同居扶助義務にも根拠があり、一般的な扶養義務とは異なること(民法752条)、支払義務を認めても、義務者に取り立てて不当、不意打ちになることが無いこと、逆に、権利者に支払いを受けさせることが正義にかなうと考えられることなどを理由とします。養育費については、扶養の義務といっても子どもが成熟している場合の親子や兄弟間の扶養義務とは異なり、扶養義務として最低限の具体的な義務を認めることは不当とはいえないでしょう。いずれにしろ、具体的状況からの総合判断、というケースが多いため、一律に請求できる時期を判断することは難しいでしょう。

ただ、養育費についても実務では請求時からという考え方が依然根強いですから、原則は請求時からと考え、請求時からさかのぼって請求するためには、具体的に養育費を支払う必要があったという、根拠を検討、準備しておく必要があります。

2 認知の請求について

本件の場合、父親が認知も拒否しているため、養育費の請求の前に、認知の請求をする必要があります。現在はDNA鑑定も発達し、より正確な判定が可能になっていますので、本当の父親であれば、最終的には強制的に認知をさせることも可能です。しかし、相手が非協力的で争ってくる場合、強制的な認知を確定させるには、やはり最低でも数ヶ月程度の時間がかかります。

なお、認知訴訟の場合はDNA鑑定が必要ですが、父親である被告が鑑定に応じない場合も予測されます。強制的に資料を採取することはできませんから事前に用意しておいた方が良いでしょう。

3 養育費の支払いの始期に関する裁判例

このように、父親が認知をしない場合、認知請求訴訟が必要で、それが未確定の場合、認知が確定するまでは法的には子の父親はいないことになり、そもそも養育費の請求をすることができません。このような場合に、認知判決確定後の請求時からしか養育費の支払いを認めないとすると、相手方は認知を拒否すればそれだけ養育費の支払いをまぬかれることになり、不当な結果となります。このような結論は不公平であることは間違いありません。

この点大阪高裁は、認知の直後に養育費の請求を行った場合には、民法784条が、認知は出生のときにさかのぼって効力を生じると規定していることから、これにより、養育費の支払義務もこの出生時に遡及すると判断しました。

なお、この裁判例は、認知に基づく戸籍の届出の「直後に」養育費の支払いの調停の申し立てなされていて、当初からの請求の意思が明確だったと評価できるところがポイントであると考えられます。

このような点を考えると出産時から養育費の請求を内容証明郵便でしておくことは有益な方法と考えられます。もちろん、出生後は認知の戸籍届け出後であれば家庭裁判所に調停を起こすことが必要です。

4 養育費を遡って請求するには

養育費の請求には、慰謝料や財産分与と異なり、時効消滅はありません。しかし、実務では請求時からという考え方が根強く残っています。そして、請求から遡って養育費の請求が認められるには、事案ごとの総合判断ですが、

①支払を命じることが義務者にとって不意打ちとなり、著しく不当な結果にならないこと

②権利者に支払いを認めるべき事情が認められること

③今まで請求しなかった(できなかった)ことに合理的な理由があること

このような事情が必要になります(私見)。

いずれにせよ、資力の低下、証拠の散逸の問題もありますので、請求は早めに行うべきです。養育費のことで困ったら、早めに弁護士に相談されると良いでしょう。相手が任意に支払わない場合は、養育費の家事調停を提起することが考えられます。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文
民法

(認知)
第七百七十九条 嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。

(認知能力)
第七百八十条 認知をするには、父又は母が未成年者又は成年被後見人であるときであっても、その法定代理人の同意を要しない。

(認知の方式)
第七百八十一条 認知は、戸籍法 の定めるところにより届け出ることによってする。
2 認知は、遺言によっても、することができる。

(成年の子の認知)
第七百八十二条 成年の子は、その承諾がなければ、これを認知することができない。 (胎児又は死亡した子の認知)

第七百八十三条 父は、胎内に在る子でも、認知することができる。この場合においては、母の承諾を得なければならない。
2 父又は母は、死亡した子でも、その直系卑属があるときに限り、認知することができる。この場合において、その直系卑属が成年者であるときは、その承諾を得なければならない。

(認知の効力)
第七百八十四条 認知は、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者が既に取得した権利を害することはできない。

(認知の取消しの禁止)
第七百八十五条 認知をした父又は母は、その認知を取り消すことができない。

(認知に対する反対の事実の主張)
第七百八十六条 子その他の利害関係人は、認知に対して反対の事実を主張することができる。

(認知の訴え)
第七百八十七条 子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は、認知の訴えを提起することができる。ただし、父又は母の死亡の日から三年を経過したときは、この限りでない。

(認知後の子の監護に関する事項の定め等)
第七百八十八条 第七百六十六条の規定は、父が認知する場合について準用する。

参考判例
子の監護に関する処分(養育費請求)審判に対する即時抗告事件
大阪高等裁判所平成16年(ラ)第83号
平成16年5月19日決定(抜粋)
第1 抗告に至る経緯

一件記録によれば、次の事実が認められる。

1 抗告人と相手方は、平成11年、同じゲームセンターのアルバイト店員として稼働していたことから知り合い、相手方がその職場を退職した平成12年8月ころから交際を始めた。

3 抗告人は、平成13年12月10日、相手方との間の女児である未成年者を出産した。未成年者は、平成15年3月21日確定の家事審判(大阪家庭裁判所堺支部平成14年(家イ)第△△△△号事件につき家事審判法23条に基づいてされた合意に相当する審判)により、相手方の子であることが認知された。

4 抗告人は、平成15年4月2日、未成年者の認知に関する戸籍の届出をし、同年4月19日、相手方に養育費の分担を求める家事調停を申し立てたが(大阪家庭裁判所堺支部平成15年(家イ)第○○○号)、同調停は同年11月11日に不成立となって審判手続(原審)に移行した。

7 原審裁判所は、平成15年12月4日、未成年者の養育費について、平成14年6月分以降の相手方の分担額を定めるのが相当であると判断し、かつ、抗告人の収入が零円、相手方の収入が年額158万円であると認定し、相手方の分担額を月額2万円と定め、相手方に対しその給付を命ずる審判をした。

第3 当裁判所の判断
1 養育費分担の始期について

前記第1の1ないし4の事実経過に照らせば、未成年者の養育費については、その出生時に遡って相手方の分担額を定めるのが相当である。

原審判は、抗告人が養育費の支払を求めた平成14年6月を分担の始期としているが、未成年者の認知審判確定前に、抗告人が相手方に未成年者の養育費の支払を求める法律上の根拠はなかったのであるから、上記請求時をもって分担の始期とすることに合理的な根拠があるとは考えられない。本件のように、幼児について認知審判が確定し、その確定の直後にその養育費分担調停の申立てがされた場合には、民法784条の認知の遡及効の規定に従い、認知された幼児の出生時に遡って分担額を定めるのが相当である。