認知された子の養育費は遡って請求できるか
家事|養育費支払いの始期|認知判決と養育費を遡って請求するための要件
目次
質問
交際していた男性の子を妊娠、出産しました。出産後、彼に対して認知を求めましたが、拒否されました。彼の子どもであることは間違いないので、弁護士を依頼して強制認知等させようかと思っていますが、この場合、養育費はいつから請求できるのでしょうか。
回答
生物学上の父親が任意に認知をしない場合は、認知訴訟を提起し、認知が確定するまでは、父親であること、扶養義務者であること自体が確定しませんから、請求する前提を欠くことになります。そのため、養育費を請求するにはまず、認知判決が必要になります。
認知判決後に養育費を請求する場合、出生直後の分まで遡って請求できるのか、それとも認知判決確定後に請求をした時点からの養育費しか請求できないのか法律上は明確ではありません。
この点は、養育費支払いの根拠を扶養義務、生活保持義務に求めることから従来から、養育費の請求があった時点以降のものしか認められないという考え方が多数でした。
しかし、このような考え方に立ったとしても、認知判決があった場合には、認知は出生のときに遡って効力を発生させる民法の趣旨にのっとり、出生時から養育費を請求する意思が明確であった場合には、養育費の支払義務も遡及させると言う判例があります。
認知判決確定後認知の届け出を提出してすぐに養育費を請求すれば、出生時から請求する意思が明確にあったと認定されやすくなります。また、認知判決前にも養育費を内容証明郵便等で請求しておけば遡って請求できることになると考えられます。
解説
1 養育費支払の始期
養育費の支払の始期については、請求時からという考え方と、それより以前からの支払いを認める考え方があり、裁判例などでも分かれています。
(1)請求時から認める立場
請求時からという考え方は、養育費の支払い義務の根拠を扶養義務にあるとし、扶養の程度方法は当事者間の協議で決める、という民法の規定を根拠とします(民法877、879条)。扶養の義務というのは抽象的な義務であり、具体的な扶養の義務は協議が成立して初めて生じるのであるから、少なくとも請求する前からの支払いは認められない(この考え方でも、請求している以上は協議が成立していなくても具体的な請求権が生じていると考える)というものです。
(2)遡って認める立場
これに対し、請求前からの支払いを認める考え方は、未成熟の子どもの両親の扶養義務は夫婦の同居扶助義務にも根拠があり、一般的な扶養義務とは異なること(民法752条)、支払義務を認めても、義務者に取り立てて不当、不意打ちになることが無いこと、逆に、権利者に支払いを受けさせることが正義にかなうと考えられることなどを理由とします。養育費については、扶養の義務といっても子どもが成熟している場合の親子や兄弟間の扶養義務とは異なり、扶養義務として最低限の具体的な義務を認めることは不当とはいえないでしょう。いずれにしろ、具体的状況からの総合判断、というケースが多いため、一律に請求できる時期を判断することは難しいでしょう。
ただ、養育費についても実務では請求時からという考え方が依然根強いですから、原則は請求時からと考え、請求時からさかのぼって請求するためには、具体的に養育費を支払う必要があったという、根拠を検討、準備しておく必要があります。
2 認知の請求について
本件の場合、父親が認知も拒否しているため、養育費の請求の前に、認知の請求をする必要があります。現在はDNA鑑定も発達し、より正確な判定が可能になっていますので、本当の父親であれば、最終的には強制的に認知をさせることも可能です。しかし、相手が非協力的で争ってくる場合、強制的な認知を確定させるには、やはり最低でも数ヶ月程度の時間がかかります。
なお、認知訴訟の場合はDNA鑑定が必要ですが、父親である被告が鑑定に応じない場合も予測されます。強制的に資料を採取することはできませんから事前に用意しておいた方が良いでしょう。
3 養育費の支払いの始期に関する裁判例
このように、父親が認知をしない場合、認知請求訴訟が必要で、それが未確定の場合、認知が確定するまでは法的には子の父親はいないことになり、そもそも養育費の請求をすることができません。このような場合に、認知判決確定後の請求時からしか養育費の支払いを認めないとすると、相手方は認知を拒否すればそれだけ養育費の支払いをまぬかれることになり、不当な結果となります。このような結論は不公平であることは間違いありません。
この点大阪高裁は、認知の直後に養育費の請求を行った場合には、民法784条が、認知は出生のときにさかのぼって効力を生じると規定していることから、これにより、養育費の支払義務もこの出生時に遡及すると判断しました。
なお、この裁判例は、認知に基づく戸籍の届出の「直後に」養育費の支払いの調停の申し立てなされていて、当初からの請求の意思が明確だったと評価できるところがポイントであると考えられます。
このような点を考えると出産時から養育費の請求を内容証明郵便でしておくことは有益な方法と考えられます。もちろん、出生後は認知の戸籍届け出後であれば家庭裁判所に調停を起こすことが必要です。
4 養育費を遡って請求するには
養育費の請求には、慰謝料や財産分与と異なり、時効消滅はありません。しかし、実務では請求時からという考え方が根強く残っています。そして、請求から遡って養育費の請求が認められるには、事案ごとの総合判断ですが、
①支払を命じることが義務者にとって不意打ちとなり、著しく不当な結果にならないこと
②権利者に支払いを認めるべき事情が認められること
③今まで請求しなかった(できなかった)ことに合理的な理由があること
このような事情が必要になります(私見)。
いずれにせよ、資力の低下、証拠の散逸の問題もありますので、請求は早めに行うべきです。養育費のことで困ったら、早めに弁護士に相談されると良いでしょう。相手が任意に支払わない場合は、養育費の家事調停を提起することが考えられます。
以上