児童福祉法による一時保護とその終了
行政|児童への虐待の恐れによる児童福祉法による一時保護|大阪地判平成23年8月25日判決|判例地方自治362号101頁|平成19年1月2日雇児発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知|子ども虐待対応の手引き(平成25年8月 改正版)
目次
質問:
私達夫婦には小学校5年生になる息子がいますが,本日,児童相談所から連絡があり,「お宅の息子さんを一時保護した」という連絡がありました。どうやら,息子にできたあざを見た学校が通報したことが原因のようです。
確かに,息子にできたあざは,しつけのために私が叩いてしまったからですが,叩いたのは数回だけですし,いまは本当に反省しております。妻や私の実家,妻の実家も協力してくれると言っています。
何とか息子を家に戻すことはできませんでしょうか。
回答:
お子様になされた措置は,小学5年生の身体のあざの発見による通告により(児童虐待防止不法2条、6条)児童福祉法に基づく「一時保護」といわれるもので(児童福祉法33条1項,同条2項),親権者である両親やお子様本人の意思に反して,児童相談所の所長の職権でできることになっています。
この一時保護は原則として2か月間と決まっていますが,延長が可能ですし,ケースによっては一時保護より重い施設の入所措置が取られる可能性もあります。
そのため,早期の帰宅を実現するためには,こちらからのアプローチが必要です。そして,一時保護の終了(解除)が認められ,より重い施設入所措置を採られないための考慮要素としては,一般的に,①お子様の意思,②虐待の再発の危険性の有無(今回の暴力の動機を明らかにすることが重要です。一般の親子関係と異なることが何もないことを積極的に説明する必要があり、暴力の前例があると保護の必要性が非常に大きくなります。当然のことですが暴力はいかなる理由があっても児童相談所は認めません。教育的体罰など問題外となります。),③再発を防ぐための周囲の環境の存在(社会資源の有無)を挙げることができます。
そのため,単に一時保護の終了を求めるだけではなく,具体的に「虐待」がなかったこと,虐待があったとしても今後生じないための対策を検討し,親族等の協力を得る等の環境調整をした上で,説得的な主張をしなければなりません。
本件では,暴力によるしつけ自体が問題であったことを自覚していること,一方で日常的な虐待があったわけではないこと,そのため今後の虐待もないこと,親戚の厳格な監督・協力が期待できることをまとめて主張していくことになります。親戚等の協力については,親戚から児童相談所に宛てた上申書等を作成することも有益です。
以上は,児童相談所との話し合いによって,児童相談所(所長)が自主的に一時保護を終了することを行うことを目指す方法ですが,自主的な終了が見込めない場合には,訴訟手続により一時保護決定処分の取り消しを求めることになります。訴訟においては一時保護決定についての処分権者(児童相談所所長)の広い裁量が認められると解されるため,暴力をふるった事実が存在しない等の特別な事情がない限り,判決によって取り消しが認められる可能性は高いとはいえません。教育の名の下に行われる暴力、体罰は刑法上の違法性阻却事由例えば正当防衛以外いかなる理由によっても(たとえ教育が目的でも)正当化されないからです。子供は聞き分けがないので、子供の将来を考えという理由で暴力(有形力の行為)を行うことは基本的に教育とは無関係な親権者の単なる違法行為という評価となります。法治国家では、自力救済は認められていません。従って、裁判所の救済はほぼ受けられないと思われます。例外的に、過失行為による暴力と認定されるような場合か、全体的に見て教育上軽微な有形力の行使と評価できるような場合だけでしょう。いずれの方法を選択するにしても,専門的な知識のある代理人にご相談することをお勧めいたします。
当事務所関連事例集1017番、1016番参照。その他、一時保護に関する関連事例集参照。
解説:
1 一時保護について
(1)まず,今回の件が発覚したのは,学校からの児童相談所への通告(児童虐待の防止等に関する法律6条1項 、2条)によるものであると考えられます。
これを受けた児童相談所は,調査の上,今回,あなたのお子様に対して「一時保護」といわれる措置により,児童相談所において保護したことになります。この一時保護措置は,児童福祉法(以下「法」といいます。)33条1項,同条2項に規定があります。
(2)一時保護措置ですが,これは虐待等の恐れがある児童を,児童養護施設等に入所させる措置(法26条1項,法27条1項,同2項)等の適切な措置をとるまでの間,保護者から当該児童を引き離して保護するために緊急に行われる暫定的な措置となります。
一時保護は緊急かつ暫定的な措置ですから,通常の児童養護施設への入所措置の場合と異なり,児童本人やその保護者の同意がない場合でも,家庭裁判所の承認を経ず職権で保護が可能です。虐待は、無抵抗の児童の生来的天賦の人権(教育を受け成長する権利 憲法26条。児童福祉法1条乃至3条 、児童虐待防止法1条)を侵害するものであり、そのような恐れがある児童を一時的に保護するのは国家社会の義務と考えられます。本来、憲法上(憲法26条1項)親権者が教育の権限を持っているのですが、親権者自らがその権限を行使せず、濫用する危険がある以上、国家の財産でもある児童の人権を守るために事後的救済が意味をなさないことからその緊急性を重視し国家社会が一時的にその権限を代行することになります。従って両親の同意は不要ですし、裁判所の判断も不要として行政の裁量権を大きく認めています。
また,一時保護措置の期間も,上記一時保護措置の目的から2か月間を超えない期間(法33条3項)とされていますが,一方で必要があるときには延長が可能とされており(同条4項,親権者等の意思に反する延長について児童福祉審議会の意見聴取を要する点につき同条5項),実務上は多くのケースで延長がなされています。
(3)一時保護中に当該児童に対する措置が決定されることになりますが,措置としては,大きく分けて①在宅指導と②児童養護施設への入所や里親への委託等の措置があります。
この措置の判断にあたっては,児童相談所において,児童福祉司,児童心理司,医師等の専門家による様々な視点からの診断を行った上で,判定会議という会議を行が行われることになります。そして,その判定結果を元にしてどのような措置をとることにするか,という児童と保護者に対する援助指針が決定されることになります(判定結果を踏まえて援助方針を決定する会議を援助方針会議といいます)。
この援助方針において,児童養護施設の入所や里親への委託措置が決定された場合,保護者の同意が得られなくとも,当該児童相談所を所管する都道府県が家庭裁判所の承認を得た上で,強制的に当該措置をとることも可能です(法28条1項)。
2 一時保護措置の終了に向けた活動について
(1)以上から,児童養護施設への入所や里親への委託措置を回避し,一時保護を早急に終了し,お子様の身柄を取り戻すためには,児童相談所において援助方針が決定する前にしかるべき活動を行い,援助方針を在宅による指導に止める必要があります。
(2)そこで,具体的にするべき活動ですが,大きく分けて①環境の調整と②児童相談所との交渉ということになります。①環境の調整とは,問題点(児童相談所からみて問題だと思われる部分)の把握と解消であり,②児童相談所との交渉は,環境の調整の結果を分かりやすく主張することになります。以下,具体的に説明していきます。
(3)まず,環境の調整ですが,一時保護措置を終了して児童を家庭に復帰させるための考慮要素については,厚生省がガイドラインを示しているので参考となります(子ども虐待対応の手引きの改正について(平成19年1月2日雇児発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知、平成25年8月23日改正))。
※厚生労働省、子ども虐待対応の手引き(平成25年8月 改正版)
この通知によると,一時保護措置の終了及び在宅指導の決定は,「子どもの意思を尊重しつつ、虐待の再発の危険性が認められないことと、再発を防ぐ家族周辺の援助体制のネットワークが形成されているか否かにより判断」されることになります。
したがって,①当該児童が家に戻るという意思を持っている事,②虐待の再発の危険性がない事(前提として暴力、体罰の動機、原因を明らかにしその対策を具体的に示す必要があります。例えば、親子関係に特別な事情がないかどうか。出生から現在までの教育事情を明確にする。再婚、養子、兄弟関係等),③そのための周囲の環境・協力体制が整っている事が一時保護措置の終了に必要な要素となります。
(4)もっとも,一時保護措置を取られた場合,児童との面会も制限されますから,①当該児童の意思については,確認・調整の余地はあまりありません。そのため,②再発の危険性を除去し,③そのための周囲の環境・協力体制を構築することに注力することになります。
②再発の危険性の除去については,単に「もうしない」と言うだけでは足りず,行為に及んでしまった保護者自身が,行為が「虐待」と評価されることを自覚し,そういった行為に至る原因を発見した上で,その原因を除去することになります。何らかの外的な要因でストレスを抱えていて,そのストレスが行為に及んでしまった原因になっているのであれば,その発見と除去が必要となります。
具体例としては,定職についていなくて収入が安定していなかった場合には就職して安定した収入を得る,精神的な疾患が疑われる場合は精神科の診断を受けて治療を開始する等が考えられるところですが,再婚かどうか、出生に特別な事情がないか、前例がないか等いずれにしても一時保護前後で,目に見える形で改善の結果を示すことが重要です。
また,上記の診断の一環として,児童相談所から家庭訪問等が打診されることがありますから,予め整頓・掃除しておく等の対策も必要です。
③周囲の環境づくりとしては,近くの親族等に状況をしっかり説明して,協力の約束を得ることが必要です。その上で,具体的な協力の方法,すなわち監督の方法を話し合って決めることになります。
(5)続いて,児童相談所との交渉ですが,具体的には上記環境の調整によって改善された点等をまとめ,分かりやすく主張していくことになります。具体的には,行為に及んでしまった保護者の反省文の作成や,今後の虐待の再発を防ぐための具体的な約束を定めた誓約書の作成,病院での診断書や治療経過の取得,協力を得られる親族からの上申書の作成,それらをまとめた上で,一時保護措置の終了(ひいては在宅指導決定)の判断が相当であるとの意見書を作成する等が考えられるところですが,その方法自体は各ケースによって異なるため,一概には説明できません。
(6)以上が,一時保護解除に向けて行うべき活動になります。
一時保護措置という形で児童相談所が一旦介入した以上,「特段問題はなかったけれども,一時保護を解除して子どもを返してほしい」という希望が通ることはまずありません。一時保護措置がなぜなされてしまったのかという問題点を自覚し,その問題点を,児童相談所等の介入なしで改善していく方法を具体的に提案することが大切です。
そのための客観的資料として,上記反省文,誓約書,診断書等が有益です。
3 一時保護に対する訴訟での争い方について
(1)上記は,一時保護措置を前提としたうえで,そこから進んだ措置(施設入所措置等)の回避と,早期の一時保護措置解除を目的とする活動です。
つまり,これまでの対応は,一時保護措置が採られた場合に,当該措置自体は有効なものとした上で,①出来るだけ早い段階で一時保護措置を終了させ,②終了に伴い決定される「援助方針」(上記1・(3)参照)が,施設入所措置ではなく,在宅指導となることを目指すための対応,ということになります。
(2)かかる活動と異なり,そもそも一時保護措置自体の効力を争うことも可能です。
その場合,一時保護措置という処分の取り消しを求めて訴訟を提起することになります。
これは,一時保護措置が,児童福祉法33条に基づく児童相談所所長ないし自治体による処分,それも保護者や当該児童の意思に反して当該児童の身柄を保護する処分であるため,行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使」に該当し,したがって処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法3条2項)の対象となるためです。
なお,一時保護措置の処分取り消しの訴訟をしている間は,原則として一時保護処分の効力が残っているため,当該児童が家に戻ることはありません(行政事件訴訟法25条1項)。そのため,処分取り消し訴訟をしている間,暫定的にも当該児童を家に戻すためには別途執行停止の申立てをすることになります(行政事件訴訟法25条2項)。この執行停止の申し立ては,「処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(同条2項)を要件とし,かつ「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるとき」には認められません(同条4項)。本件において,「本案について理由がない」とは,一時保護措置が取り消される理由がないことを意味します。
(3)そこで,いかなる場合に一時保護措置が取り消されるのかが問題となりますが,下記参考裁判例は「条文の文言が「必要があると認めるときは」となっていること(法33条1項、2項)のほか、児童の福祉に関する判断には児童心理学等の専門的な知見が必要とされることに鑑みれば、当該児童が要保護児童等に当たると認められるか否か、要保護児童等に一時保護を加えるか否かなどの判断は、いずれも都道府県知事ないし児童相談所長の合理的な裁量に委ねられていると解すべきである。したがって、その裁量権の逸脱又は濫用が認められる場合に限って一時保護は違法となり、取り消されるべきものといえる。」と判断しています。
これは,判断権者である都道府県知事ないし児童相談所長に広い裁量(決定権限)を認めたものです。したがって,一時保護措置が違法であり,取り消されるという判断がなされるのは,一時保護の原因とされている事実が存在しなかった場合,すなわち事実誤認があった場合等の限られたケースである,と考えたほうが現実的です。
虐待の恐れの典型例は 暴力、体罰です。これを正当化する主張は刑法上の緊急行為、正当業務行為以外一切通りません。いかなる理由を挙げても暴力、体罰は法的に是認されません。法治国家にいては成人でも、自力救済はすべて禁止され暴力は緊急行為等違法性阻却事由以外全て犯罪であり刑事罰を受けることにあります。いわんや、抵抗力のない児童に体罰、暴力を行使することなど論外であり、児童の両親、社会国家から教育を受け人間として成長していく天賦の人権(憲法26条)を本来保護されるべき家庭内において侵害するようであれば、さらに違法性が強く責任非難が大きく、親権は一時的に停止し、国家社会がこれを代行することになります。そういう意味からも、「虐待の恐れ」「必要があると認めるとき」という判断については行政側の裁量権が大きいといえるでしょう。
(4)本件では,数回しか手をあげていない,ということですが,あざができている事実からすると一時保護処分が適法であったと判断される可能性は高いといえます。
したがって,本件では一時保護処分の適法性自体を争う,というよりも,やはり一時保護処分自体は受け入れた上で環境を改善し,早期解除を目指す方がより現実的であるといえます。
4 おわりに
上記の通り,一時保護処分はあくまでも暫定的な保護措置ですが,この段階で改善を示す事ができなければ,より強い保護処分(施設入所措置等)が取られることになります。
環境の改善自体はご自身の努力や親族間の協力が不可欠ですが,改善の方法や児童相談所への主張の方法等については法的な知識が必要です。弁護士等にご相談されることをお勧めします。
以上