親権者による子の連れ去り
家事|未成年者略取誘拐罪|刑事告訴|人身保護請求|子の引き渡し
目次
質問:
私には、妻と娘がいるのですが、娘は、未だ幼く、保育園に通っています。妻は、もっと幼い頃は、娘のことを可愛がっていたのですが、娘がいわゆるイヤイヤ期に入ってからは、娘のことを怒鳴りつけたりするようになってしまいました。私も仕事が忙しく、育児に積極的に参加できていなかった負い目もあって、始めは、見て見ぬふりをしていたのですが、最近になって、娘へ当たりが余りにも強くなってしまったため、私は、妻に対し、「そんなに強く当たったら可哀想だ。もう少し娘の立場に立って考えた方が良い。」と注意しました。すると、妻は、逆上してしまい、娘に対し、「お前なんかいらない。」と吐き捨てて、自宅を飛び出してしまいました。
その後、数か月の間、連絡も取れない状況が続いていたのですが、先日、私が保育園のお迎えに行くと、娘が妻によって連れ去られてしまっていました。園長先生のお話しでは、突如、妻が保育園に現れて、娘を抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去った、ということでした。
私としては、娘は私のもとで安定して生活していたにもかかわらず、自身の都合で娘を連れ去った妻の身勝手な行いを許すことができません。妻を誘拐の罪で刑事告訴することはできるでしょうか。
回答:
1 まず、奥様は未成年者である娘さんを連れ去っているため、未成年者略取・誘拐罪(刑法224条)の成否を検討することになります。同罪は、未成年者をその生活環境から不法に離脱させ、自己又は第三者の事実的支配下に置く犯罪で、その法定刑(刑法などの刑罰法規の中で、各個の犯罪について規定されている刑の種類及び範囲)は3月以上7年以下の懲役とされています。
2 ここで、奥様が親権者(監護権者)であることから、親権者(監護権者)にも未成年者略取・誘拐罪が成立し得るかが問題となりますが、この点については、著名な最高裁平成17年12月6日決定が存在します。同決定は、要するに、被告人による連れ去りが、他方の親権者や未成年者の意思に反するものであるため、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当することを前提とした上で、被告人も親権者(監護権者)であることは、違法性阻却事由の有無の問題として考慮すべきであるとしたものです(犯罪の成立については、行為が法律に定められた構成要件に該当すること、その行為が違法であること、行為者に責任(故意過失、責任責任能力など)があることが要件とされています。行為が構成要件に該当する場合は原則として違法な行為であり、法律が定める違法性阻却事由や責任阻却事由がない限り犯罪が成立します)。
3 本件でも、奥様は親権者(監護権者)ではあるものの、その連れ去りは、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当するものといえます。その上で、親権者としての権利行使として違法性阻却事由である正当行為(刑法第35条)に該当するか検討することになり①娘さんは相談者様のもとで安定して生活しており、娘さんを連れ去ることが現に必要とされるような特段の事情が認められないこと、②奥様は、突如、保育園に現れて、娘さんを抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去っており、その連れ去りが粗暴で強引な態様のものといえること、③娘さんが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない幼児であること等からすれば、社会的相当性を有する行為だとは認められず、違法性が阻却されることはないでしょう。したがって、奥様には、未成年者略取罪が成立することになります。
4 相談者様は、奥様の処罰を求め、刑事告訴(刑事訴訟法230条)を行うことができます。ただ、警察には、刑事告訴を受理する義務があるのですが(犯罪捜査規範63条)、実際上、何かと理由を付けて、刑事告訴の受理を拒絶しようとしてくることがあります。特に、本件だと、警察は家庭内の問題に介入できないなどと言って、刑事告訴の受理が拒絶される可能性が高いように思えます。そのため、刑事告訴は、口頭でも可能ですが(刑事訴訟法241条)、刑事告訴を受理させるためには、告訴状を作成して、証拠を添付して行い、更には、必要に応じて、上記の決定を示して、これを説明した方が良いでしょう。
5 なお、警察の捜査も相応の時間を要することが見込まれるため、もし娘さんへの虐待が懸念されるような場合には、刑事告訴に先んじて、警察に奥様への注意をお願いするか、児童相談所に相談するなどしてください。娘さんが児童相談所に一時保護(児童福祉法33条)されてしまう可能性も否定できませんが、娘さんの身の安全が第一です。刑事告訴も一つの手段ですが、子どもの保護ということから、子供を取り戻す方が大切なことが多いでしょうから、子の引渡の審判や人身保護法の適用も検討してください。
6 子の引き渡しに関する関連事例集参照。
解説:
1 未成年者略取・誘拐罪の概要
未成年者略取・誘拐罪(刑法224条)は、未成年者をその生活環境から不法に離脱させ、自己又は第三者の事実的支配下に置く犯罪であり、その法定刑(刑法などの刑罰法規の中で、各個の犯罪について規定されている刑の種類及び範囲)は3月以上7年以下の懲役とされています。
未成年者をその生活環境から不法に離脱させ、自己又は第三者の事実的支配下に置く際、暴行・脅迫を手段とする場合を「略取」、欺罔・誘惑を手段とする場合を「誘拐」と呼びます。これらを合わせて「拐取」と呼ばれています。「拐取」は、必ずしも未成年者に対して行われる必要はなく、監護権者に対して行われた場合であっても、「拐取」に当たります。例えば、監護権者に嘘をついて未成年者を連れ出す行為も「誘拐」に当たります。
また、未成年者略取・誘拐罪が成立するためには、当然、行為者に故意があることが必要となるため、例えば、未成年者のことを成人と誤認していたような場合には、故意がなく、同罪は成立しないことになります。
未成年者略取・誘拐罪の保護法益については、学説上、激しい対立が存在します。具体的には、未成年者の自由のみが保護法益であるとする未成年者の自由説、監護権者の監護権のみが保護法益であるとする人的保護関係説、未成年者の自由と監護権者の監護権の2つが保護法益であるとする折衷説、未成年者の自由と安全が保護法益であるとする未成年者の安全説があります。このうち、判例は折衷説の立場を取るものといわれています。折衷説に対しては、監護権者が未成年者を虐待から保護するために奪取した場合にも、同罪が成立することになってしまう、といった批判も存在するところです。
2 監護権者に未成年者略取・誘拐罪が成立し得るか
監護権者に未成年者略取・誘拐罪が成立し得るかという点につき、最高裁平成17年12月6日決定は、「被告人は、Cの共同親権者の1人であるBの実家においてB及びその両親に監護養育されて平穏に生活していたCを、祖母のDに伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り、保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから、その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり、被告人が親権者の1人であることは、その行為の違法性が例外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるべき事情である」とした上で、「被告人は、離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって、そのような行動に出ることにつき、Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから、その行為は、親権者によるものであるとしても、正当なものということはできない。また、本件の行為態様が粗暴で強引なものであること、Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること、その年齢上、常時監護養育が必要とされるのに、略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると、家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば、本件行為につき、違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり、未成年者略取罪の成立を認めた原判断は、正当である。」として、親権者(監護権者)である被告人に同罪の成立を認めています。
これは、被告人による連れ去りが親権者(監護権者)であるBと未成年者であるCのいずれの意思にも反するものであるため、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当することを前提とした上で、被告人も親権者(監護権者)であることは、違法性阻却事由の有無の問題として考慮すべきであるとしたものです。
そして、一般に、刑法が法益保護機能のみならず、社会倫理秩序維持機能をも有することから、違法性の実質は、社会的相当性を逸脱して法益侵害の危険性を惹起することにあると解され、したがって、違法性阻却事由の有無については、社会的相当性を有する行為であるか否かという観点から判断されることになります。上記の決定でも、①虐待から保護する必要があったなど、Cを連れ去ることが現に必要とされるような特段の事情が認められないこと、②被告人による連れ去りの態様が粗暴で強引なものであること、③Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること等を指摘し、家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない、すなわち、社会的相当性を有する行為だとは認められないとして、違法性の阻却を否定しています。
本件でも、奥様は親権者(監護権者)ではあるものの、その連れ去りは、未成年者略取・誘拐罪の構成要件(「未成年者」を「略取」したこと)に該当するものといえます。その上で、①娘さんは相談者様のもとで安定して生活しており、娘さんを連れ去ることが現に必要とされるような特段の事情が認められないこと、②奥様は、突如、保育園に現れて、娘さんを抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去っており、その連れ去りが粗暴で強引な態様のものといえること、③娘さんが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない幼児であること等からすれば、社会的相当性を有する行為だとは認められず、違法性が阻却されることはないでしょう。したがって、奥様には、未成年者略取罪が成立することになります。
3 今後の対応
上記のとおり、奥様には、未成年者略取罪が成立するため、相談者様は、奥様の処罰を求め、刑事告訴を行うことができます。
そもそも、刑事告訴(刑事訴訟法230条)とは、被害者、法定代理人、親族等の告訴権者が、警察や検察官に対し、犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示のことをいいます。刑事告訴がなされた場合、警察は、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、これを受理しなければならず(犯罪捜査規範63条)、刑事告訴の受理後は、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければなりません(刑事訴訟法242条)。検察官においては、起訴したか否かの結論を告訴人に通知する義務を負い、(同法260条)、告訴人からの請求があったときは、不起訴とした理由を告知しなければなりません(同法261条)。
このように、警察には、刑事告訴を受理する義務があるのですが、実際上、何かと理由を付けて、刑事告訴の受理を拒絶しようとしてくることがあります。特に、本件だと、警察は家庭内の問題に介入できないなどと言って、刑事告訴の受理が拒絶される可能性が高いように思えます。そのため、刑事告訴は、口頭でも可能ですが(刑事訴訟法241条)、刑事告訴を受理させるためには、告訴状を作成して、証拠を添付して行い、更には、必要に応じて、上記の決定を示して、これを説明した方が良いでしょう。上記のとおり、違法性の阻却を否定する重要な事情として、奥様が、突如、保育園に現れて、娘さんを抱きかかえて車に乗せ、クラス担任の先生の制止を無視して、そのまま車を発進させて立ち去ってしまったことが挙げられるため、クラス担任の先生の協力を得て、その陳述書を準備して、これを証拠として添付するのが有用です。
なお、警察の捜査も相応の時間を要することが見込まれるため、もし娘さんへの虐待が懸念されるような場合には、刑事告訴に先んじて、警察に奥様への注意をお願いするか、児童相談所に相談するなどしてください。娘さんが児童相談所に一時保護(児童福祉法33条)されてしまう可能性も否定できませんが、娘さんの身の安全が第一です。さらに、子どもの保護ということから、子供を取り戻す方が大切なことが多いでしょうから、子の引渡の審判や人身保護法の適用も検討してください。
以上